中東・アフリカの旅
2012年03月19日
幸せな“街猫”たち
犬か猫かと聞かれたら、私は間違いなく「猫派」です。過去に犬を飼ったのは一匹だけですが、猫は東京・下町の私の実家に代々何匹も住みつき、いつも大切な家族の一員でした。そんな猫派の私にとって、イスタンブールはとても楽しい街です。なにせ、どこを歩いても街じゅうが猫だらけなのですから。

観光地の広場で、土産屋の軒先で、坂道を上った住宅地で──猫に出会わないことはまずありません。野良猫かな? それとも誰かの飼い猫? どっちだろうと思って焼き栗を売っていた屋台のおじさんに訊ねてみたら、そのどっちでもありませんでした。どこからかやってきて、近所の人たちみんなに可愛がられている「街猫」なのだそうです。
猫が近寄ってくると、イスタンブールの人たちは邪険に追い払ったりしません。ねだられると自分のパンを分けてやり、観光客が猫にカメラを向けると、嬉しそうにそれを眺めています。私が海沿いのカフェでお茶を飲んでいたら、猫が一匹店に入ってきて、ウエイターの足もとにまとわりつきました。仕事中はさすがにダメだろうと思って見ていたら、ウエイターは隣のテーブルで給仕しながらそっとクツを脱ぎ、足先で猫のお腹をこちょこちょ。テーブルの下には、ペットボトルの底の部分を切り取ってお皿にした、猫用の飲み水が置かれていました。
イスタンブールの猫たちは、本当に幸せそう。お腹をすかせてゴミ箱を漁る必要もないから、どの猫もみんな小ぎれいです。私もお茶に添えられてきたビスケットを小さくちぎって手のひらに乗せ、舌先で「チュッ、チュッ」と招き寄せようしましたが、猫は見向きもしません。ウエイターが笑って首を振り、私に言いました。
「ちがうちがう。イスタンブールではこうやるのさ」
彼は唇で「ピシ、ピシ、ピシ」と声を出します。すると猫はすぐ反応して寄ってきました。この街で猫に話しかけるには、トルコ語が必須のようです。その後は、猫を見かけるたびに「ピシ、ピシ、ピシ」と声をかけ、たくさんの街猫と友だちになりました。こんなことを覚え、また少しこの街の“通”になれた気がしています。
S.Akimoto at 00:31|Permalink
2011年01月31日
エジプト情勢
エジプトから600人近い日本人旅行者らが出国できずにいると聞いて、心配していました。今朝入った情報では、そのうちの半数余りはエジプト航空の成田行きで現地を発ったそうですが、それでもまだ多くの人たちがカイロ国際空港に足止めされている状況です。

エジプト情勢、気になります。北アフリカ・チュニジアの独裁体制を打倒した市民デモの動きが、人口8,000万人を抱える中東最大のこの国にも飛び火しました。アラブの民衆革命の波は、おそらくもう誰も止められません。
アフリカや中東は「怖い」というイメージがありますが、エジプトとチュニジアはわりと治安のいい国でした。ある外国の調査機関による国別の治安ランキング調査では、エジプトは日本より上位にランクされていた記憶もあります〔写真は2回目のエジプト旅行で撮影〕。観光収入が国の重要な経済基盤になっているため、外国人旅行者に対する窃盗などの犯罪を厳重に取り締まってきた結果でしょうが、これは強権政治で市民を抑圧してきた事実の裏返しなのかも知れません。
チャプリンはかつて、映画『独裁者』の中で「飛行機とラジオは私たちの距離を縮めた。民主主義の旗の下で手をつなごう!」と演説しました。その「ラジオ」がいまはインターネットに変わり、世界の人々が瞬時につながる時代になっています。情報の共有化と同時に、これからはチャプリンの言うもう一つの「飛行機」も、ますます重要な役割をはたしていってもらわなければなりません。平和のためには、やはり人と人とが自由に行き来して直接ふれあうことも大切ですから。
S.Akimoto at 10:03|Permalink
2010年11月29日
微笑みの国のエアライン
タイの人たちは物腰がとてもやわらかで、人にやさしく接してくれます。タイ国際航空を利用するとき、私はいつもそう感じてきました。いいえ、これは客室乗務員と乗客という関係に限ったことではありません。バンコクベースで働く日本人クルーの一人は、以前のインタビィーで私にこんなことを言っていました。

「クルー同士でも、彼女たちのやさしさは日々感じます。仕事で何かミスをすると、必ず誰かが寄ってきて『気にしないで、大丈夫だから』と声をかけてくれたり。信頼できる仲間に囲まれているなって思いました。タイを旅して、タイの人たちのそんなやさしさに接し、この人たちといっしょに働きたいと思うようになったという人も少なくありません」
今年9月末から10月初めにかけて訪ねた南アフリカ共和国へは、いくつかあるルートの中から、私はタイ国際航空のバンコク経由便を選びました。その取材報告が、『誠Style』で連載中の『“飛行機と空と旅”の話』で本日より掲載になっています。タイトルは「タイ国際航空で行く南ア・サファリの旅」。前・後編の2回に分けてのレポートで、今日アップされた前編ではタイ国際航空のフライトルポ〔写真〕を中心に、日本から約20時間かけて到着したヨハネスブルグでの初日の様子までを書きました。
今週金曜日(12月3日)にアップ予定の後編では、サファリ取材の詳しいレポートをお届けします。現地で出会ったたくさんの動物たちの写真を掲載していますので、こちらもどうぞお楽しみに。
≫≫≫「タイ国際航空で行く南ア・サファリの旅(前編)」
≫≫≫「タイ国際航空で行く南ア・サファリの旅(後編)」
S.Akimoto at 08:57|Permalink
2010年10月25日
世界一のコレクター
ご覧のように、とにかくものすごい数のモデルプレーンなんです。ここはトルコ・イスタンブール国際空港でグランドハンドリング業務を仕切っている会社のオフィスの一室。先々週、取材でイスタンブールに滞在していた際に、この会社のオーナーであるゴーカン・サリゴルさんが招待してくれました。

彼が集めたモデルプレーンはおよそ3,000機。まさに世界一のコレクターといっていいでしょう。写真に私と写っているのは、ほんの一部に過ぎません。あちこちの部屋中に飾ってあります。それぞれの機体には世界のエアラインのロゴマークが入っていて、機種も最新型からすでに退役して姿を消してしまった懐かしいものまで。これだけ集めるのに、いったい何年の歳月とどれくらいのお金を使っているのか?
サリゴルさんは航空写真家としての腕もプロ並みで、日本の各地の空港にも撮影に来たと言っていました。そのときに、今回の取材の同行者であるチャーリィ古庄氏とも知り合いになったそうです。この日も、チャーリィ氏を通じて招待という運びになりました。
私が手にしているのはトルコの航空史をつづった写真集で、これもサリゴルさんが出版したものです。彼のオフィスの書庫には、航空機やエアラインに関する世界中の書籍がずらりと並んでいました。仕事も趣味も、とにかくヒコーキだらけ。あ、そういえば彼は、私の著書も蔵書コレクションに加えたいと言ってくれたんだっけ。いま思い出しました。さっそく何冊かを小包みにまとめて、イスタンブールに送らないと!
S.Akimoto at 23:28|Permalink
2010年10月02日
南アの子供たち
今回の旅の途中、たくさんの子供たちに出会いました。ヨハネスブルグに到着した初日には、ネルソン・マンデラ・スクエアのあるサントンに向かうハウトレイン(Gautrain)の車内で、何組かの家族でいっしょに乗っていた小学生たちに。「これ、新しい電車なんだよ」と教えてくれたのは年長の男の子です。彼が言うように、ハウトレインは2010年のサッカーW杯の開催に合わせて建設されたもので、自分たちの国の新しい鉄道が子供たちはとても誇らしげでした。

行政の中心地であるプレトリアでは、学校帰りの中学生のグループに遭遇。屋台でアイスクリームを買っていた3人組にカメラを向けると、あちこちから「ぼくも撮ってよ」「私も」とみんな元気に集まってきます。またクルーガー国立公園でのサファリ取材でも、先生に引率された小学校1、2年生くらいの子供たちと途中の休憩ポイントで小さな交流を持ちました〔写真〕。
私たちアジア系の顔は地方の子供たちには珍しいようで、最初は遠くからじっと見つめています。しかしこちらから手を振ると少しずつ慣れてきて、笑ったり、手を振り返してくる子も。近寄って話しかけると、そのうちの一人がはにかみながら答えてくれました。
「どこから来たの?」
「学校から」
「それはわかるよ。先生もいっしょだし。じゃあ、ここに何をしに来たの?」
「エヘヘ。わからない」
「わからない? 野生の動物たちを観察しに来たんでしょ」
「わからないよ。ギャハハハハ」
クルーガー国立公園でのサファリ取材を無事に終え、先ほど、再びヨハネスブルグに戻りました。ホテルの部屋でいま、彼らの笑顔を思い浮かべながらこの文章を書き進めています。次にこの国を訪れるのは、いつになるだろう。そのとき、あの子たちはいくつになっているかな? アパルトヘイトの暗い歴史に幕を閉じ、試行錯誤の中で確実に前進してきた南アフリカ共和国。今年のサッカーW杯開催を経て、この国の一人ひとりが大きな自信を手にしているような印象を受けました。旅で出会った子供たちが大人になってさらに時代を進め、どんな未来を築いていくのか──いまからとても楽しみな気がしています。
S.Akimoto at 13:02|Permalink
2010年09月30日
ゾウだぞぉ〜!
いきなりベタな駄洒落のタイトルで、すみません。今日一日で数えきれないほどの動物たちに遭遇し、はしゃぎたい気分でいっぱいなのです。たとえば下の写真──こんなに間近で野生のゾウの群れを見たのは、生まれて初めてでした。

今朝は4時のウェイクアップ・コールで起床。さっと身支度を整えてホテルを後にし、予約してあった四輪駆動車で、例によってレンジャーとともに動物たちの生息地を目指します。アフリカの大地に朝日が昇りはじめました。30分ほど走ると車は停止して、最初にレンジャーから細かな注意点などの説明があり、いよいよ徒歩でのサファリ探索がスタートです。
そのときでした。レンジャーから、いきなり「上着を脱げ」と言われたのです。明るい色の衣服は動物たちを刺激するから、と。じつは私が着ていたのは、真っ赤な防寒ジャケットでした。
それならそうと、車に乗り込む前に注意してくれたら、他の防寒対策を考えたのに。そう恨みがましく呟きましたが、元はといえば赤い服など着てくるほうが非常識なのかな? きっとどこかに英語でちゃんと表記されていたのも知れませんね。
S.Akimoto at 13:33|Permalink
2010年09月29日
ゲームドライブ
ヨハネスブルグを早朝に出発して、車で約6時間。途中で2回の休憩を入れ、クルーガー国立公園には午後2時前に到着しました。昼食をとり、ホテルにチェックインして少し休んだあと、さっそく夕方からの“ゲームドライブ”に出かけます。

ゲームドライブ(Game Drive)とは、野生の動物を探しながら公園内を車で探索すること。100年前から自然保護区を設定して動物の保護・管理に努めてきたクルーガー国立公園では、動物たちのありのままの姿を観察することができます。16時くらいからの2、3時間が動物たちの行動が活発になると聞いて、私も夕方からのナイトサファリを予約しておきました。
指定された大型の四輪駆動車に乗り込むと、万が一の場合に備えて銃を携えたレンジャー(ガイド役)が自ら運転し、森の奥深くへと分け入っていきます。まずはインパラの群れをカメラに収め、途中で池で遊ぶカバの姿を遠くから観察。そして念願だった野生のキリンを見ることもできました〔写真〕。レンジャーから「目当ての動物に遭遇できるかどうかは運次第です」と言われていたので、ラッキーだったのかも知れません。
明日は早起きして、徒歩で回るウォーキングサファリに出かける予定です。
S.Akimoto at 06:25|Permalink
2010年09月28日
野生動物を食べる
ヨハネスブルグに到着後は空港近くのホテルにチェックインし、今日は市内を中心に歩きました。そして夕刻には、この国に生息する数々の動物の肉料理が食べられるという老舗のレストラン「カーニボル(Carnivore)」へ。初日のディナーは、できれば南アらしい料理が食べたい。そう希望したら、地元の観光局の人が案内してくれたのです。

昔の武士の刀のように長い鉄串で焼いた肉のかたまりを、ウエイターがテーブルに持ってきて切り分けてくれます。牛や豚や鶏、ラムなどのほか、シマウマやクロコダイル、インパラなどがあるというので、実際に焼いている様子を見たいと思いキッチンを覗いてみました。
しかし、どれが何の動物の肉なのか、さっぱり見当がつきません。するとキッチンから出てきて一つひとつ説明してくれたのは、シェフのアベッド・ニゴさんです。
どれが一番のおすすめかと聞くと、これなんかどう? といって見せてくれたのは、何とキリンの肉でした。私は子供の頃からキリンが大好きで、ちょっと躊躇しましたが、シェフにせっかくすすめてもらって断るわけにもいきません。で、恐る恐る口に入れてみると──なんというか、脂身のない(しつこくない)チャーシューを食べている感じ。貴重な体験をしました。
S.Akimoto at 07:34|Permalink
2010年04月13日
庶民派グルメ
フレンチ、中華とならんで世界三大料理のひとつに数えられるトルコ料理。帰国後に会った人たちから「何が一番おいしかった?」と訊ねられ、思い出してみると──トルコ料理の魅力はやっぱり街にあふれる庶民派グルメだという結論に達しました。

イスタンブールの街なかには、安くておいしい屋台料理がいっぱい出ています。たとえば日本でもよく知られるのが、大きな牛肉のかたまりを回転させながら焼き、表面をそぎ落としてパンにはさんで食べる「ドネル・ケバブ」。現地では日本円でだいたい230円くらいで売られていました。
前に来たときには、よく「サバサンド」を食べました。これは塩味のきいたサバの開きを鉄板で焼き、それをレタスとタマネギといっしょにパンにはさんでシンプルにレモンを振りかけただけのトルコの名物料理です。値段はこちらもだいたい230〜240円。
さて、今回の旅で私が一番おいしいなと思ったのが、ひと口サイズの「ミディエ・ドルマス」です〔写真〕。イスタンブールに着いた日の夜、トルコ航空日本支社長のトゥーバ・トプタン・ヤブズさんと新市街の路地裏を歩いていたら、ずらりとムール貝を並べた屋台の前で彼女は「ちょっと待って」とふいに立ち止まりました。お金を払って、いくつか買っています。
「これ、食べてみて」
「貝の身の下に、何が詰まっているんだろう?」
お米のようなそれを貝といっしょに口に入れてみると──味付けされた炒めご飯のようなものでした。いわば、ムール貝のピラフ詰めです。ちょっとレモンをたらして食べるのですが、これがなかなかいけます! 値段を聞くと、5個で200円程度。その安さと味に魅かれて、帰国までの間に3回食べました。
S.Akimoto at 09:21|Permalink
2010年04月10日
旅の終わりに
旧市街をたっぷり満喫した翌日は、初日の夜に歩いた新市街のイスティクラール通りへ再び。今回は昼間なので、タクシム広場からテュネル地区へ結んでいる路面電車にも会うことができました。

通る電車はどれも満員です。レトロな赤い車両が「チン、チン」とベルを鳴らして人をかき分けながら進んでいくのを見ると、みんなつい乗ってみたくなるのでしょう。歩いたほうがよっぽど早そうなのに。車両の外側に無賃乗車の子どもたちがぶら下がっている光景も、すっかりイスタンブールの風物詩になりました。
しばらく歩くと、やがて前方の高台に、ガラタ塔の三角屋根が見えてきました〔写真〕。塔に近づくにつれ、平坦だった道が急な上り坂や階段道に変わりはじめます。周囲に目をやると、同じ方向に歩いているのは観光客風の人がほとんど。みんな塔を目指しているのかも知れません。
ガラタ塔は、14世紀にジェノヴァ人が監視塔として建てたものです。てっぺんの展望台に行くとボスポラス海峡からマルマラ海までが一望できると聞き、旅の終わりに私ものぼってみることにしました。なるほど、360度の絶景です。次はいつ再訪できるかわからないイスタンブールの街並みを、しっかりと目に焼きつけておこう。そう思って、しばらく景色に見入っていました。
S.Akimoto at 14:58|Permalink
2010年04月09日
ブルーモスク
イスタンブールを訪ねるのは、かれこれ十数年ぶりです。で、今日は一日、市内観光に充てることにしました。トルコ航空本社での取材も昨日で無事に終わったので、気ままに、のんびりと。

さっそく足を向けたのが、ヨーロッパ側の旧市街でした。イスタンブールを代表する観光名所といえば、この旧市街に建ち並ぶ次の3つでしょう──「トプカプ宮殿」と「アヤソフィア大聖堂」と「スルタンアフメット・ジャミイ」と。どれも狭いエリアに集中しているので、徒歩で回れるのですが、見学するとなるとこれがけっこう大変です。トプカプ宮殿だけでも本当は丸一日かかりますから。
宮殿内に飾られた86カラットダイヤなどの秘宝はもちろん、壁や天井のタイルがまた美しい。日本や中国のおびただしい数の陶磁器コレクションに触れながら「これらがみんな、かつて船やラクダの背中に乗ってここまでやって来たんだなあ」と、遠い昔を空想してしまいます。隣のアヤソフィアは赤い聖堂で、暗くてひんやりした内部にステンドグラスを通して差し込む光がとても幻想的でした。
そして最後に訪ねたのが、「ブルーモスク」の名で呼ばれるスルタンアフメット・ジャミイです〔写真〕。靴を脱いで中に入ると、その名のとおりの“青の世界”にうっとり。でも、外は決して静かとは言えません。いつ来ても世界中からの観光客でいっぱいで、モスクにたどり着くまでの怪しいトルコ人たちの“日本語攻撃”には、めまいがしてきます。「オハヨウゴザイマス」「コンニチハ」に始まって「シャチョウサン」「センセイ」まで。無視して行き過ぎようとすると「チョットマッテクダサイマセヨ」と追いかけてきます。
前に来たときも同じで、地元の知り合いのトルコ人にそのことを話すと、彼は日本語で「気にしない、気にしない」と手を振りながら言いました。
「でも、ブルーモスクは美しかった? 素晴らしかった?」
「うん」と私はうなずきます。「すごく」
「でしょ、でしょ。だったら気にしない、気にしない。美しいものにはみんな、トゲがあるよ」
トルコの人たちは親日的で、みんなとてもフレンドリーです。日本語も上手に操る人が多いのですが、ときどき間違った使い方をするので、話していて頭が混乱します。
S.Akimoto at 15:17|Permalink
2010年04月06日
ボスポラス海峡を望む
かなり強い向かい風の中、イスタンブールまでは結局13時間のフライトになりました。新市街の海沿いのホテルにチェックインしたのは、現地時間の夜10時過ぎ。しかし遅い時間に到着しても、私がそのままホテルにとどまるわけはありません。さっそく車を拾ってタクシム広場まで行き、そこから南に広がるイスティクラール通りを夜の散歩へ──。

イスティクラール通りは、トルコで一番の繁華街です。17世紀頃からヨーロッパ人の居住区として利用され、各国の在外公館やさまざまな宗教・宗派の関連施設がこの界隈に集中。通りには洒落た店が1キロ以上にわたって続きます。昼間は通りの真ん中をレトロな赤い路面電車が走っているのですが、さすがにこの時間は終わっていました。
メイン通りから一歩路地に折れると、いい感じの居酒屋が軒を連ねています。そのうちの一軒で、私もトルコビールと地酒のラクを注文。ほろ酔い気分になったところで、もう一度車を拾い、次はボスポラス海峡に面したカフェを目指しました〔写真〕。以前この街を訪れたときに知り合った地元の人が「イスタンブールっ子はボアーズ(ボスポラスのトルコ語)に家を持つのが一生の夢」と言っていたのを思い出したからです。
私もイスタンブールが好きですが、さすがに家を買うつもりはないので、お茶代だけ払ってその夢をひとかじり。テラス席で海風に当たって1時間ほど過ごし、夜中の2時過ぎにホテルに戻りました。
S.Akimoto at 11:11|Permalink


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