国内の旅

2019年03月06日

跳び飛びの旅

 
飛行機に乗る。それは、出張や観光地へ向かうためだけに限りません。「飛行機に乗ること」そのものを目的とした旅もあります。何年か前に取材した奄美大島をベースに南西諸島をめぐる「アイランドホッピング」などが、まさにそう。1泊2日で計16フライトを体験する、まさに犁羔豊瓩箸發い┐襯劵魁璽旅でした。

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私が参加したのは、JALグループの一員である日本エアコミューター(JAC)を利用した1泊2日ツアーです。羽田からの早朝便で鹿児島へ飛び、乗り継いで奄美大島へ。そこから小型プロペラ機サーブ340で島々を巡ります。奄美大島を飛び立つと最初に喜界島へ向かい、喜界島のあとは再び奄美大島に引き返して、次は徳之島へ。徳之島に着いたら、また奄美大島を経由してスタート地点の鹿児島に戻る。そこまでが初日のスケジュールでした。どの便も空港での滞在時間は25分しかなく、その間にいちいち荷物を下ろしては、セキュリティチェックを受けて次の便に乗り込みます。たった25分では、街に出ているヒマもありません。

1便でも遅れてしまうと乗り継げなくなるのでは? そう不安に思う人もいるでしょうが、心配無用です。上記のコースを1機のサーブ340が便名を変えながら飛んでいくので、乗り遅れるリスクはありません。島から島へぴょんぴょんと飛び移っていくそんなアイランドホッピング・フライトを初日に6回、2日目は沖永良部島や与論島なども目的地に加えて朝から8回繰り返しました。東京からのアクセス便を含めると、1泊2日で16フライトになるのです。

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さて、今年も同様なツアーが売り出されています。昨夕届いたJALマイレージバンクのメルマガで「跳び飛びの旅」と題してPRしていました。募集しているのは、1泊2日もしくは2泊3日で8〜15フライトを体験するもの。日本エアコミューターの新機材ATR42〔写真〕を利用するツアーのほか、今年は那覇をベースに沖縄の島々を周遊する琉球エアーコミューター(RAC)利用のツアーも。詳細はこちらからご覧ください。島旅がそろそろいい季節です。

S.Akimoto at 11:53|Permalink

2019年01月25日

世界遺産・白川郷

 
今月の14日と20日、岐阜県の白川郷でライトアップイベントがありました。観光協会の主導で2018年7月に事前の「完全予約制」が導入されてからは、はじめてとなるイベントです。私が不定期に寄稿している旅行・観光専門サイト『トラベルボイス』にそんな記事が出ていました。

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世界遺産である白川郷の同ライトアップイベントではそれまで、住民600名弱の地域に7000〜8000名の観光客が押し寄せ、さまざまな問題が発生していました。交通渋滞や違法駐車、景観破壊、住民とのトラブルなどです。昨年からスタートした事前予約制は、観光客が急増加したことで現地受け入れ能力を超える「オーバーツーリズム」対応策の一環として導入されたもの。抽選形式の事前の予約を受けることで、イベントは大きなトラブルもなくスムーズに完了し、来場者にも好評だったそうです。

もう少し詳しく書くと、白川郷ライトアップを運営・管理する「旅ジョブ」がイベントアプリ「peatix」を通じた事前の予約受付を実施。日帰り駐車場も予約制にしました。その結果、駐車場待ちの時間が大幅に短縮したほか、会場内が整然としたことでライトアップの幻想的な風景を満喫できるようになったなどのメリットもあったようです。合掌造りの集落が美しい白川郷は、私も過去に何度も訪れ、思い出も少なくありません。それだけに、こうした新しい試みが成功したこはとても喜ばしいことです。

同イベントはこのあとも、1月27日、2月3日、11日、17日に開催されます。ぜひ事前予約のうえで足を運んでみてください。日本の冬の犖局景瓩肪もが魅了されるはずです。なお、上の写真は、2015年の秋に合掌集落を訪れたときに撮影しました。

S.Akimoto at 11:48|Permalink

2018年07月05日

天草・津紀行

 
津は、小さな町です。民家が建ちならぶ小路を進んでいくと、別次元の世界に入ったよう。歩いている私の横を、宅配便の軽四輪車両が遠慮がちにすり抜けていきます。その先に教会が見えました。400年以上前にこの地にキリスト教が伝えられたときから、時間が止まってしまったような光景です。

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「教会というと小高い丘とかに建つものが多いので、珍しくないですか?」と、案内役を買ってでてくうれた現地ボランティアガイドの森田哲雄さん(75)が言います。「ユニークな立地から“海の天主堂”とも呼ばれているんですよ」

由来記によると、教会は1569(永禄12)年にルイス・デ・アルメイダ神により建てられ、ここを中心に天草にキリスト教が栄えました。その後、1638(寛永15)年に禁教令が施行されると、津では激しい迫害の嵐が吹きあれます。教徒たちは隠れキリシタンとなって真夜中にひっそり集まっては神を礼拝し、祈り続けたらしい。1872(明治5)年にキリシタン禁制が廃止され、240年ぶりに津に着任した新しい神父は、人々から熱烈な歓迎をうけました。教会は明治以来3度建て直され、現在のゴジック風建築はフランス人のハルブ神父が1934(昭和9)年に改築したものです。内部が畳敷きというのも、教会では珍しい。津に住むキリシタン信者たちの祈りの家として、いまも毎日のように人が集まってきます。

教会をあとにし、道幅1メートルほどの「トウヤ」と呼ばれる海へ続く路地を進みます。洋角湾に出ました。過去に激しい弾圧があったのが嘘のような、穏やかな海です。地元の人なのでしょう、海に突き出た小さな木の桟橋で老人が二人、のんびりと釣り糸を垂れていました。そんな光景に目を向け、森田さんが「ご覧のように静かな集落ですが、来年のいまごろは観光客がどっと増えているかもしれませんね」と複雑そうな心境を表情ににじませます。ここがユネスコの世界遺産の候補になっていたからです。ユネスコ世界遺産委員会は6月30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界文化遺産に登録すると発表しました。

S.Akimoto at 17:00|Permalink

2018年07月02日

天草・津紀行

 
「天草へ行ったら、津(さきつ)まで足を伸ばしてみるといい」──恩師からそう言われ、訪れたのは、あれはいつごろだったでしょうか。隠れキリシタンについて研究し、調べていた時代だから、おそらくは20代の後半か。

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天草に到着した翌日、ガルニエ神父がつくった大江の天主堂を訪ねたあと、私は山中の道を経て津の町を目指しました。明治初期に大江にきて昭和15年に同村でなくなったガルニエ神父が、長く大江と津の両教会を兼務していたというから、道のりはさほど遠くありません。天草の下島を地図でみると、頭のとがった男の横顔に見えてきます。顔が向いているのは西の方角。目が都呂々川の入り江で、その下に、おそろしいばかりに裂けた口が海の潮を飲んだり吐いたりしている。この裂けた口が「羊角(ようかく)湾」と名づけられたのは、おそらく明治後でしょう。

砂浜は湾の奥まったところに少しあるだけで、津のあたりはいきなり山(岬)が海から生えています。水深もかなり深そう。湾入が複雑なため、船はひとたびこの羊角湾に入ると、四方八方の風から守られます。ただし湾内の形が広かったり狭かったりするので、大型船を入れるには操舵がかなりやっかいなのでは? そんなことを考えながら、いよいよ津の集落に入りました。これからゆっくり歩いてみます。

以上の文章の原型は、1年ほど前に書いたものです。ワケあって、ちょっとアレンジしてこのBlog『雲の上の書斎から』に再現しました。近くアップする後編に続けたいと思います。

S.Akimoto at 06:31|Permalink

2017年10月16日

柿田川湧水

 
澄んだ川の底から、新しい水が次々に湧き出てきます。まるで呼吸をしているかのように。静岡県の三島に近い、柿田川公園に来ました。環境庁の「名水百選」にも認定されている湧水群のダイナミックな活動を目の当たりにし、地球の息遣いに触れた気分です。

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冷たい雨が降りつづくなか、週末をともにした雑誌編集長と女流写真家に「せっかくだから足を伸ばしてみましょう」と誘われ、国道1号線沿いにある同公園へ。交通量の多い通りに面しているとは思えないほど、公園内はさわやかな自然に覆われています。木々の葉が傘代わりになって、雨も気になりません。緑のトンネルを抜けた先に展望台があり、そこから水の湧き出る様子をぼんやり見下ろしていたら、頭の中は知らぬ間に26年前にタイムスリップしていました。

富士山に降った雨や雪は時間をかけてゆっくりと地中に浸み込み、伏流水となって水を通さない粘土や溶岩層のあいだを少しずつ流れ落ちていきます。それが目の前の川に湧き水となった現れるまでに要する年月は、国土交通省がトリチウム濃度から分析した結果によると、なんと26〜28年。何層もの天然のフィルターをくぐり抜けてたどり着いた水は、とにかく澄み切っていて、新鮮でした。

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1日に湧き出す水は100万トンともいわれ、その規模は東洋一。何度も手ですくって飲んだのはもちろん、公園内の茶店でも湧水を使用して淹れたコーヒーをいただき、パワーチャージができました。そのパワーをもとに、今週もまた精力的に仕事に取り組みます。

S.Akimoto at 12:17|Permalink

2017年10月11日

沖永良部島から

 
2週間ほどご無沙汰してしまいました。今日は南の島より、10月最初のBlogを更新しています。鹿児島から約550キロ南の海に浮かぶ隆起サンゴ礁の島、沖永良部島まで飛んできました。気温は30度を超え、真夏のような天気です。

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鹿児島から利用したのは、JAC(日本エアコミューター)のフライトです。今年4月から48人乗りの新しいターボプロップ機、ATR42での運航をスタートしました。その乗り心地を体験する──というのが、今回の取材の大きなテーマ。日本でATR42を導入するのはJACが2社目で、その1年前からすでに天草エアラインが飛ばしはじめています。天草エアラインのATR42にももちろん乗りましたが、航空会社や路線が変わると、また違った味わいがあります。

垂直尾翼の“鶴丸マーク”のほか、南国の就航地をイメージした赤いハイビスカスがボディにペイントされています。後部ドアから乗り降りするというのも、ATRならではです。乗員は機長と副操縦士のほか、キャビンアテンダントは1名のみ。アナウンスからセーフティ・デモンストレーション、ドリンクのサービスまでをてきぱきとこなしていました。

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エンジン音が静かなのもATR42の特徴です。主翼がボディの上部に設置されている高翼機なので、どの席も窓からの眺望が遮られません。ジェット機が約1万メートルの高度を飛行するのに対して、プロペラ機であるATRが飛ぶのは最高でも6000メートル程度。冒頭に書いたように、今日は真夏のような晴天で、青い海と南国の島々の景色を存分に楽しむことができました。

S.Akimoto at 14:40|Permalink

2016年10月14日

日本から乗るA350

 
フィンエアーのエアバスA350が昨日(13日)と今日(14日)の二日間、機材繰りの関係で成田に飛んできています。親しい広報担当者から「見にきますか〜?」と連絡をもらいました。乗りもしない飛行機を見にわざわざ成田まで出かけるほど、私はマニアではありません(笑)。同社のA350は南仏トゥールーズのエアバス本社で1号機を受領したときに現地でいっぱい見たし、撮影もしたし、トゥールーズからフィンエアーの本社があるヘルシンキまでのフェリーフライトにも乗りましたし〔写真〕。

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もちろん営業フライトとなると、話は別です。営業フライトには絶対乗りたい! 日本から乗れる最初のA350はフィンエアーの成田発ヘルシンキ行きになるだろうと、これまでいろんなメディアで書き、私自身も楽しみにしてきました。早ければ2016年中にも、と思っていたところ、最新の計画では2017年の夏スケジュールからになるらしい。「2017年夏にはA350を投入して成田/ヘルシンキ線を増便する」と本社発表もありました。

ところで先日、ベトナム航空が今年の冬スケジュールから関西発のホーチミン線にA350を投入すると発表がありました。ということは、フィンエアーよりも先に! 最初の就航先が関空とは、とても意外です。

いずれにしても、A350には乗りたい。来年夏にフィンエアーでヘルシンキへ飛ぶか? あるいはひと足先にベトナム航空で関西からホーチミンを目指すか? 悩みに悩んで、決めました。そうだ、両方乗ろう──と。つい先日、ベトナム北部の取材から戻ったばかりなので、こんどはホーチミンを起点に南部を歩こうか。そして来年夏は、ヘルシンキを経由して、大好きなラップランドまで足を伸ばそう! 考えるだけで、楽しくなってきました。

S.Akimoto at 00:07|Permalink

2016年07月21日

勢いづく韓国LCC

 
韓国のLCCが日本での就航地を拡大しています。昨日(7月20日)も2社が新規路線での運航を開始。その1社が仁川から札幌に乗り入れたチェジュ航空〔写真=チャーリィ古庄氏撮影〕で、同社にとって東京、大阪、名古屋、福岡、沖縄などに続く9番目の日本路線になりました。もう1社は仁川/福岡線を開設したイースター航空で、初日から95%の搭乗率を記録したそうです。

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イースター航空といえば、2011年7月に仁川と成田を結ぶ基幹路線で定期運航を始めたLCCです。その後、仁川から大阪や沖縄に、さらに釜山と大阪を結ぶ路線も開設。昨日の福岡線就航で日本路線は5つに増えました。

アシアナ航空が設立した新しいLCC、エアソウルも日本への就航準備を進めています。予定しているのは、アシアナ航空が週3往復で飛ばしてきた仁川/静岡、仁川/高松と、新しい路線である仁川/長崎、仁川/山口宇部の計4路線。静岡線と高松線はアシアナ航空から引き継ぐ形で、週3往復だったのを週5往復に増やします。

これら韓国系LCCの就航地拡大が、日本の地方都市で暮らす人たちにどんな恩恵をもたらすのか。日韓の人の移動や物流がどこまで拡大するのか。注目です。

S.Akimoto at 11:07|Permalink

2016年06月30日

日本地図を塗りつぶす

 
1泊2日で訪ねた九州・佐賀の旅から戻りました。連日の雨でしたが、今回はスプリングジャパンと佐賀県の協力で実現した視察取材。魅力的な観光スポットも多く、鯉料理や有明海産の海の幸などグルメ素材も豊富なことが体感できました〔写真は小城市の「清水の滝」周辺で食べられる鯉のあらい〕。同行した旅ライターらとともに今後再訪し、旬な情報を発信していきたいと思っています。

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私は20代の半ばからライターとして活動を始め、30代までは経済誌などにも多くの記事を寄せていました。その頃は取材で国内の地方都市に頻繁に出かけ、これまで47都道府県のすべてに行ったと思い込んでいたのです。ですが、ちゃんと調べてみると、まだ降り立ったことのない県が二つだけありました。

その一つが、佐賀県です。せっかく全国を歩いてきたので、できれば日本地図をすべて塗りつぶしたい。そんな希望がありました。しかしその後は「航空」をテーマにした海外取材の仕事が増え、国内に時間を割くことができない状況に。今回の佐賀取材は、その意味でもとてもいい機会になりました。

さて、では残る最後の1県は? 島根県です。列車で通ったことは何度かあるのですが、これまで土地を踏んだことがありません。ここまできたら、近く絶対に訪ねようと強く思っています。アクセスは、やはりJALの出雲線になるかな? 日本地図の完全制覇に向けた記念すべき旅になるので、賛同してくれるライターや編集者ら何人かを巻き添えにして、派手に楽しみたいと思います。

S.Akimoto at 07:56|Permalink

2016年06月18日

鳥になって大空へ

 
スタート前にインストラクターから注意点などのレクチャーを受けている右側の黒いポロシャツ姿の男──私です。ここは「ツリーピクニックアドベンチャーいけだ」という、福井県池田町に4月27日に誕生した新しいテーマパーク。「地域創生」をテーマに先日、取材してきました。

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そのコラム記事が先ほど、ヤフー系の総合ニュースサイト『THE PAGE』で配信されました。山の尾根と尾根のあいだにワイヤーを張り、滑車を使って滑り降りる「メガジップライン」を私が実際に体験している動画も掲載されています。

雑誌や新聞、書籍、テレビやラジオなど「航空」をテーマにした情報発信媒体はいろいろあります。ですが本来、私は何でも書く作家です。一般の社会事象などに触れた文章を読者のみなさんが目にする機会は、航空のジャンルほどは多くありません。それらを身近なWeb媒体でもっと読んでもらう機会を増やそうと、新しい発表舞台としてこの『THE PAGE』を選びました。国内外を歩いて取材したコラムなどを今後、配信していきたいと思います。

その第一弾が「過疎化が止まらない福井県池田町に出現した“冒険の森”は、地域創生の切り札になるか?」という観点で取材したコラムです。ぜひご一読ください。

≫≫≫「過疎進む林業の町を「巨大テーマパーク」に! 2つの谷を越えて空を滑る

S.Akimoto at 11:17|Permalink

2016年05月20日

スカイマーク特別便

 
新生スカイマークの特別塗装機「阪神タイガース応援ジェット」で神戸へ。同社の会長であり、友人でもある佐山展生さんから招待され、この日だけのスペシャルフライトを満喫してきました〔写真=クリックすると拡大します〕。

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SK1985便と命名されたこの日の特別フライトは、12時45分に羽田空港を出発して、神戸空港には14時50分に到着。通常の羽田/神戸線よりも50分ほど多く時間がかかりました。理由は飛行ルートの変更によるものです。

広い空を、航空機はどこでも自由に飛べるわけではありません。上空には「ウェイポイント」という、アルファベット5文字で名前がつけられた中継地が点在します。それぞれの名前はユニークで、たとえば「KIRIN(キリン)」「EBISU(エビス)」「MALTS(モルツ)」「LAGER(ラガー)」などのウェイポイントが並ぶ福岡空港付近のルートは、別名「ビールの道」と親しまれてきました。そして関西圏には、阪神タイガースが21年ぶりに優勝した1985年シーズンの、伝説となったクリーンナップトリオによるバックスクリーン3連発の立役者たち──「BERTH(バース)」「KAKEF(掛布)」「OKADA(岡田)」の名前がついたウェイポイントがあります。

今日の特別便は、通常ルートよりも少し遠回りをして、その3つのウェイポイントを通過しての神戸空港へのアプローチ。「SK1985便」という便名に、阪神の躍進に熱狂した当時を思い出しながら、楽しいひとときでした。

S.Akimoto at 21:36|Permalink

2016年04月16日

写っちゃった!

 
熊本市内で2回、天草で1回──震度6を超える巨大地震を計3回体験して、先ほどようやく帰ってきました。頭の揺れと身体の揺れは、いまもまだ収まりません。天草のホテルで昨夜遅く(午前1時25分頃)に遭遇した地震を気象庁は「こっちこそが本震」と発表し、驚いています。

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その本震の影響で、熊本空港は朝から閉鎖に。天草から天草エアラインJALを乗り継ぎ熊本・伊丹を経由して帰京する当初のプランを変更し、福岡経由で羽田を目指すルートを選択しました。

今回の熊本行きはATR社のターボプロップ機「ATR42-600」の取材が目的で、ATR42-600を日本で初導入した天草エアラインの熊本から大阪・伊丹へのフライトを数名の記者らとともに体験しました。昨日の午後、その取材を終えて、伊丹から羽田に帰っていく記者らと別れて私は別行動に。天草エアラインの伊丹からの折り返し便に乗って、熊本経由で天草を訪れ、そこで深夜に3度目の巨大地震に襲われたのです。

湯島の「雲の上の書斎」に戻ってから、いくつかの新聞に目を通していたら、こんな記事を見つけました。ATR42-600の体験取材でいっしょに乗っていた産経新聞記者が書いたものです。上の写真をクリックして拡大してみてください。私が写っています(笑)。ちなみに相手の天草エアラインのCAは、西島皓子(あきこ)さん。記念なので、いまメールして「写真が載ってるよ」伝えておきました。震災で大変なときに、うかれている場合じゃないですが。

S.Akimoto at 18:12|Permalink

2016年04月04日

名水の“総選挙”

 
あれは30代の前半だったでしょうか。「物を書く」仕事の一環として広告やコマーシャルのコピーライターもしていた時代に、サントリーの当時の新商品「南アルプスの天然水」を担当。その源流を求めて、山梨県の白州を訪ねたことがあります。南アルプスに実際に登って、山あいに湧き出る自然の水を手ですくって口につけたときの感動は、それから長いあいだ忘れられませんでした。

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私が「水」に敏感になったのは、その体験があったからだと思います。そしてそれ以後に、本当に「おいしい」と感じる水に出会ったことが2回だけありました。1回は、山形県の月山を旅したときに味わった山麓の湧水群。もう1回は、つい最近──去年秋に取材で訪れた福井県・若狭の「瓜割(うりわり)の滝」の水です。

天徳寺の境内を奥に進むと、マイナスイオンが出まくりといった感じの森が出現し、その先に「瓜割の滝」があります。前にもどこかで書きましたが、夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たいというのが名前の由来です。湧き出る水を口に含むと、命が洗われた気持ちになりました。上の写真は滝の前で撮ったもので、いっしょに写っているのは同行した写真家の倉谷清文氏とライター・エディターの永田知子さん(現在は福岡在住)。取材の最終日には若狭町からインタビューを受け、同町の広報誌「広報わかさ」にも大きく掲載されました〔クリックすると大きなサイズで見られます〕。

環境省は先週、全国の「名水百選」についてインターネットで上位5位を選ぶ人気投票の結果を発表しました。「瓜割の滝」は、おいしさ部門で堂々第2位になったそうです。その知らせを聞いて、あの澄んだ冷たい水の感触が口の中によみがえりました。また近々、訪ねてみたいと思います。

S.Akimoto at 03:14|Permalink

2016年02月14日

福井県若狭の旅

 
若狭を訪ねた紀行エッセイが、本日(2月14日)付けの『SANKEI EXPRESS』の「ZOOM」で掲載されました。相棒の写真家・倉谷清文氏とともに、昨年秋に旅した記録です。首都圏の各駅売店などで購入できますので、ぜひ手に取ってみてください。


若狭の旅は、倉谷氏の呼びかけで実現したものです。彼は若狭の出身で、以前から「一度来てほしい」と言われていました。景色はきれいだし、海の幸が豊富で、きっと気に入ってもらえると思う──と。たしかに彼の言うとおりでしたが、それ以上に印象に残っているのが、人々のやさしさと人懐こさでした。旅を通じて出会った一人ひとりの笑顔が、いまも目を閉じると瞼に浮かんできます。

上の写真は、若狭湾に突き出た常神半島の夕景です。そこで1泊した「竹中」といいう民宿では、夕食で出されたアオリイカの活き造りに感動してついつい飲みすぎ、翌朝遅くまで布団から出られずにいると「あんたら、遊びに来たんじゃないやろ。いつまでぐうたら寝てるの!」とおかみさんに説教されました(笑)。気さくなご夫妻が経営する小さな宿で、自分の実家に帰ったようにくつろいで過ごしたのを思い出します。帰り際に「おかみさん、また叱られにくるね」と言う私を、笑顔で見送ってくれました。

いい土地で彼は生まれ育ったのだな、と本当にうらやましくなります。その倉谷氏はいま、アメリカ西海岸のLAを取材中。私は明日からシンガポールへ飛びます。『SANKEI EXPRESS』の紙面を前にいっしょに酒を酌み交わせないのは残念ですが、お互い異国の地であの旅の思い出に浸りたいと思います。

S.Akimoto at 04:32|Permalink

2016年01月26日

ガルーダの誕生日

 
成田から約13時間のフライトで、メキシコシティへ。そこからは国内線に乗り継ぎ、現地時間の25日(月)夕刻にカンクンに到着しました。出発前の日本は強烈な寒気におおわれていましたが、こちらは気温が25度前後で、上着をスーツケースにしまい込んで半袖シャツで過ごしています。


マイナス14時間の時差があるので、日本は日付けが変わっていまは1月26日の朝。大荒れだった各地の天気は、もう回復したでしょうか。

ところで、いま「1月26日」と書いて、何か引っかかりました。航空の世界で過去に何かあった日だよな、と。ちょっと気になって調べてみたら、ガルーダ・インドネシア航空の誕生日でした。今日で同社は創立68年を迎えます。その最初の商業飛行で使った機体がご覧の写真──インドのカルカッタと現ミャンマーのラグーンを結んだダグラスDC3です。ジャカルタにある本社(ガルーダシティ)の前に現在も保存・展示されていて、何年か前に取材で訪れたときに撮影しました。

メキシコのカンクンにいながら、地球のちょうど裏側にあたるアジアに思いを馳せる。不思議な気持ちです(笑)。明日からは、このエリア周辺のリゾートやマヤ文明の遺跡などを取材し、facebookとBlogで報告していきますので、お楽しみに。

S.Akimoto at 08:39|Permalink

2016年01月17日

奇跡の湖

 
昨年10月に福井県の若狭を取材しました。そのときに訪ねた「三方(みかた)五湖」の展望台からの美しい眺めが、いまも忘れられません〔写真〕。五つある湖のうち最も大きいのが「水月湖」で、ここは地球の歴史を知るうえでとても重要な湖として世界から注目されています。


年縞、という言葉をご存知でしょうか。湖の底には、長い年月をかけて土などが堆積し、縞模様の層が形成されます。「地層の年輪」とも言われるこの年縞は古代の謎を解くカギであるとして、世界中でサンプルの採取が進められ、研究が重ねられてきました。そしてわかったのが、三方五湖のひとつである水月湖の底に、考古学や地質学における最も重要な手がかりとなるサンプルが眠っていることです。年縞が形成される条件(地形や周辺環境など)が奇跡に近いような形で整い、ここで採取された年縞から現在までに過去7万年の地球の自然や環境の変動が具体的に解析されました。水月湖は世界中の研究者のあいだで「奇跡の地層を持つ湖」と呼ばれるようになったのです。

湖のほとりに建つ「若狭三方縄文博物館」を訪ねたとき、私は学芸員の小島秀彰さんから年縞について詳しい説明を受け、とても興味をもちました。一日中でも聞いていたいワクワクするような話だったのですが、私のにわか知識ではこのBlogでみなさんにうまく説明できません。興味をもっていただけたら、あとは小島さんから直接話を聞いてもらうのがいいと思います。1月24日(日)に東京・青山にある福井県のアンテナショップ“ふくい南青山291”で、小島さん本人による「7万年のしましま/奇跡の湖 水月湖の年縞を語る」と題した講演イベントが開催されることになりました。

私は今月25日よりメキシコ取材に出る予定で、イベント当日はそれまでに入れなければならない原稿の執筆や渡航の準備に追われそうですが、時間がとれれば青山に足を運ぶつもりです。メキシコでは古代遺跡なども訪ねるので、その前に学術的に考古学にアプローチしておくのもいいかなと思うので。13時開始で、入場は無料ですので、みなさんもぜひ神秘の世界に触れてみてください。

S.Akimoto at 11:56|Permalink

2016年01月15日

雪国への憧れ

 
アジアの国々を仕事やプライベートで訪れると、10年くらい前までは「いつか日本を旅行してみたい」と言う何人もの若い人たちと出会いました。当時は円が強く、物価が高騰していた日本への旅はかなりハードルが高かったのでしょう。韓国までは行けても、そこからさらに海を越えるにはお金をたくさん貯めないと難しい。そう彼らは話していました。


その頃といまとは、だいぶ違います。円安が進んだのに加えて、アジアの人たちの生活も豊かになりました。かつて香港で「一度でいいから雪を見てみたい」と私に言っていた友人たちが、現在はスマホを取り出して「見て見て、こないだ北海道へ行ってきたよ」と嬉しそう写真を披露します。

日本の中でも、とくに北海道に強い憧れを持つ人がアジアには多いようです。バンコクから札幌への直行便を運航するタイ国際航空の広報担当も「札幌線は常に満席ですね。エコノミークラスだけでなく、ビジネスクラスも7割がタイ人旅行者で埋まっています」と話していました。アジアのエアラインにとって、新千歳行きは“ドル箱”と言えるかもしれません。

常夏の国シンガポールでも、人々の雪国への憧れは同じです。その旺盛な需要を見込んで、シンガポール航空グループのLCCスクートが札幌への就航を目指しているとの情報が伝わってきました。同社CEOのキャンベル・ウィルソン氏が時事通信のインタビューに「今年の終わりか来年初めに実現させたい」と答えたそうです。私が直接聞いたわけではありませんが、おそらく本当なのでしょう。2月にシンガポールでウィルソン氏に会う予定があるので、そのあたりのこともじっくり聞いてみようと思います。実現したら、同社が運航するボーイング787〔写真〕で札幌からシンガポールへ──という旅も楽しいでしょうね。

S.Akimoto at 16:09|Permalink

2015年12月12日

博多旅情

 
海外の多くのエアラインが最近、九州の福岡に注目しているようです。これまで韓国や中国、台湾、フィリピン、ベトナムなどアジア各都市からの便が就航。2016年3月からのマカオ航空の定期便乗り入れも発表されました。太平洋路線ではホノルル線やグアム線が定着していますし、ヨーロッパでもKLMオランダ航空のアムステルダム線に続き、フィンエアーも2016年夏ダイヤからの福岡線開設を目指して準備を進めています。


海外の知人たちからも「福岡大好き」とよく言われます。「ほら、これこれ」と、博多の屋台で撮った写真を見せてくれる人たちも少なくありません。屋台で飲み食いした体験はとくに強く彼らの思い出に残るようで、9月に香港で会った友人は「今年だけで3回、屋台でごはんを食べた」と話していました。

屋台──いいですね。博多の屋台には、独特な情緒があります。それについては何年か前に、あるメディアにこんなエッセイを寄せました。少し長いので、一部抜粋します。改めて読み返してみたら、私もまたすぐにでも行きたくなりました。

          ◇         ◇

 日が落ちて夜の街がざわつきはじめた頃を見計らって、宿泊しているホテルから中洲・春吉橋の周辺あたりに繰り出す。屋台が最も多く出ているエリアだ。込んでいる屋台でも、私一人なら大丈夫。店主が他の客の腰を少しずつずらして、うまい具合に“空き”をつくってくれる。
 カップルがいる。三人連れのグループもいる。年配の男女に若者が一人という不思議な組み合わせも珍しくない。趣味のこと、会社のこと、家族のこと──酒を酌み交わしながら話に花を咲かせている。けれど博多の屋台は、一人でも淋しくない。
「あまりお見かけしませんが、どちらから?」
 店主がほどよいタイミングで、声をかけてくる。周囲との輪に加わるきっかけをつくってくれるのだ。東京から、と私が答えると、予想どおり両隣の人が「ほう、東京から」と言ってクルッと身体を回転させる。
 仕事ですか? 滞在はいつまで? 話し相手を、こんどは私に定めたようだ。仲間をそっちのけでいいのだろうか、と心配になる。
 やがて、彼らの連れが席を立つ。ほら、私とばかり話しているから、先に帰っちゃうよ。ところが、別れ際に彼らはこんなやりとりを始めるのだ。
「じゃあ、お先に」
「あの、よろしければお名前だけでも」
 そこで私は気づく。酒を注ぎ合って話に熱中していた彼らも、じつは誰一人、知り合いだったわけではないことを。
 博多の夜は、いつだってそんなふうにして更けてゆく


S.Akimoto at 11:34|Permalink

2015年11月05日

大人の梅酒

 
1日の書き物を終えた夜──。書斎の照明を「リラックスモード」に切り替えて、お気に入りのジャズのCDをセットします。深夜に聴く音楽は、音量はやや小さめがいい。最初の曲の演奏が鳴り止むころ、デスクの上のグラスに入れておいた氷が溶け始めました。そこに注ぐのは、最近好きになったあの黄金色のお酒です。


就寝前の、最も解放される、至福の時間です。私はいろいろなお酒を飲みますが、書斎には2年ほど前から「BENICHU 38°」という梅酒を常置するようになりました。梅酒というと、女性向けの甘いお酒のイメージですが、BENICHUは無糖で辛口ドライ。アルコール度数が20°と38°の2種類があります。食事といっしょに飲む場合は20°が合いますが、深夜にロックで飲むなら38°が絶対におすすめ。本当においしいです。

このBENICHUには、福井県産の「紅さし梅」という品種の梅が使用されています。福井といえば、梅の生産量が日本海側で第1位。そのほとんどが若狭湾の南に広がる5つの美しい湖──三方五湖の周辺で栽培されています。先週の若狭の旅で、三方五湖へ足を伸ばした帰りに、BENICHUの製造元(エコファームみかた)を訪ねて梅酒づくりの工程などを見学させてもらいました。

案内してくれたのは、営業と広報を担当している地元出身の藤本佳志さん。「BENICHUは2013年に発売したばかりで、知名度はまだまだ高くありませんが、一度試していただいた人の多くはファンになってくれます。これからも地道に販路を拡大し、たくさんの人たちに大人の味を届けたい」と話していました。同社ホームページからも注文できますので、お酒好きの方はぜひ一度試してみてください。

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2015年11月02日

やじろべえ

 
風情ある町家が街道沿いにつくられた水路などとやさしく調和し、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている福井県若狭町の熊川宿。ここは安土桃山時代から江戸時代にかけて若狭湾で水揚げされた魚介類を京の都へ運ぶ「鯖街道」の宿場町として栄えてきたことは、現地からfacebookでも報告しました。当時のままの古民家がいまも街道の両側1キロ以上にわたって建ち並ぶ、観光名所の一つになっています。


私たちは、地元のボランティア団体「熊川宿おもてなしの会」が運営する旧逸見勘兵衛家に宿泊させてもらいました。熊川に住む人たちの中から募った有志で、宿の運営や接客に当たっています。これについては近く、新聞などのメディアでレポートしますので、楽しみにお待ちください。

さて、熊川宿には夕方到着し、すぐに町の散策を始めました。すると、宿の数軒先の縁台でのんびり風に当たっている老人がいます。私も隣に腰をおろしていろいろ話を聞くと、その老人は、築170年の古民家に住む兼田誠之助さん(80)。木工のおもちゃなどを一品一品、手作りし、観光客らに販売しているそうです。「向かいの軒先に陳列してあるので、見ていってくださいよ」と言われ、覗いてみると──。

手作りと聞いて、さぞ高いのだろうと思ったら、こんなんで商売になるのかなと心配してしまうほどの安さです。そこで、旅の記念にと買ってみたのが、昔懐かしいやじろべえ(本体と土台がそれぞれ100円ずつで、計200円=写真はfacebookで)。帰京して、書斎のテーブルに置きました。朝起きて窓をあけると、カーテンを揺らす風がやじろべえを目覚めさせ、クルクルッと回る姿を見ながら古い街並みと兼田さんの顔を思い浮かべます。心の中で「いい旅だったなあ」と呟きながら。

S.Akimoto at 10:03|Permalink

2015年10月30日

名水の里

 
海外を旅するとき、必ずペットボトルの水を持ち歩いています。水道の水を飲んでいい国とだめな国があるのですが、場所によっていちいち旅のスタイルを変えるのが面倒になり、いつの頃からか「水は買うもの」という意識が定着してしまいました。その習慣は、東京でも同じ。書斎の冷蔵庫には常時、コンビニやスーパーで買ってきたミネラルウォーターのペットボトルが入っています。


昨夜遅くに福井県・若狭の旅から戻りました。いろいろ新しい発見があり、有意義な取材だったのですが、なかでも印象に残った一つがとにかく水がおいしいこと。自然の中に湧き出る水を手ですくって口につけると、命を洗われた気持ちになります。

先ほどfacebookにも大きいサイズでアップしたご覧の写真は、全国名水百選にも選ばれた「瓜割(うりわり)の滝」です。若狭町の天徳寺境内奥に位置し、山あいの岩間から湧き出る清泉は1年を通して水温が変わりません。夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たいことから「瓜割の滝」という名前がつけられました。

滝の入口に、湧き出し口から直接引いた水汲み場があります。帰り際に寄ってみると、大きなポリタンクを二つも三つも携えた人たちが列をつくっていました。大阪から来たという年配の夫妻は「おいしい水を求めてドライブがてらあちこち出かけるが、若狭の水は身体にもやさしい感じ。これまで出会ったなかで一番合うようだね」と話していました。コンビニやスーパーで買わなくても自然にはぐくまれた名水がただで飲める──こういう場所で暮している人たちが、うらやましくなります。

S.Akimoto at 13:50|Permalink

2015年10月28日

アルプス越え

 
福井県の若狭で取材を続けています。東京からのアクセスにはANAの小松線を利用。羽田発8時15分のNH751便の窓側席をとり、南アルプスや北アルプスを間近に見下ろしながら快適な空の旅を楽しみました。その飛行ルートを、ざっと紹介しましょう。


羽田を離陸し東京湾上空で左に旋回すると、左手前方に東京ディズニーランドが見えてきます。そこから北上して船橋市あたりでさらに左旋回し、針路を横手方面へ。都心のビル群上空を進み、JR中央本線に沿うようにして松本を目指します。富士山の北川斜面を通過すると、右手に妙義山や浅間山、さらに南アルプスや中央アルプスの山々を見下ろしながら飛行をつづけます。飛行高度は8,000メートル程度なので、山の頂上がかなり近くに感じ、迫力満点です。

松本空港を過ぎると、いよいよこのフライトのハイライト。右手に上高知や立山連峰を、左手には白川郷を、さらに高度を落とし始めた頃から白山を望むことができます。機はやがて日本海上空に出て、小松空港への最終進入ルートに乗りました。

羽田/小松線のアルプス越え絶景ルートは、1時間にも満たない短いフライトですが、私が好んで利用する路線の一つ。新幹線が金沢まで伸びたことで影響が出るかなと心配していましたが、私の乗った便はほぼ満席での運航でした。

S.Akimoto at 17:34|Permalink

2015年10月25日

お城ベスト3

 
この15年ほど、“航空”のジャンルでは外資系エアラインの本社取材などをメインに据え、“旅”をテーマにした取材でも異国の街歩きを中心に活動してきました。結果として、国内の地方を訪ねるチャンスがめっきり少なくなっています。仕事やプライベートでようやく「ディスカバージャパン」を楽しむ時間が持てるようになったのは昨年あたりから。今年は各地のお城も3カ所ほど訪ねました。


ホテルや旅行に関する口コミ情報サイト「トリップアドバイザー」がこの夏、ユニークな統計を発表しました。題して「行ってよかった! 日本の城ランキング2015」。私がそのランキングの存在を知ったのは最近なのですが、それを順番に見ていてビックリ! 今年私が行ったお城が、3つともベスト3に入っていたのです。

第3位は、7月に親しい編集者や記者仲間らと訪ねた「姫路城」。5年半にわたる大修理を終えて真っ白な輝きを取り戻した姿が、いまも脳裏に焼きついています。第2位は、2週間前に飛騨・白川郷を旅した帰りに寄った「松本城」で、真っ白の姫路城に対して、こちらは“カラス城”の異名をもつように「黒さ」が印象的でした。そして堂々第1位にランクされたのは、5月に天草へ行ったついでに足を伸ばした「熊本城」です〔写真〕。

せっかくベスト3を訪ねたのだから、愛媛の松山城を皮切りに岡山の備中松山城、愛知の犬山城、京都の二条城、高知の高知城、滋賀の彦根城、島根の松江城と、第4位から10位までのお城も今後、時間をつくって順に訪ねてみようと思っています。ベスト3の城の写真はfacebookに大きいサイズで載せておきました。

S.Akimoto at 21:59|Permalink

2015年10月13日

合掌集落

 
北欧フィンランドのヘルシンキから帰国した翌日、世界遺産の合唱集落で知られる飛騨・白川郷を20年ぶりに訪ねました。田んぼや畑のあいだに点在する、鋭角の三角屋根の建物。この合掌造りは、白川郷のほか富山県の五箇山などでしか見られない、独特の建築様式です。私が20年前に訪れたのは雑誌の取材で、春先に村の人たち総出で行う屋根の葺き替え作業を見学させてもらったことを思い出しました。


作業を見ながら驚いたのは、かやぶき屋根の厚みです。何層にもかやを積み重ねていきます。この地域の年間降雪量は延べ20メートル。葺きたてのかやは、冬場に屋根に積もる雪の重さで、だんだんと固く締まるのだと村の人の説明を受けました。雪で固く締まるうえに、屋内では囲炉裏で生活するため、上ってくる煙でかやがいぶしつづけられる。やがて吹雪にも嵐にもびくともしない、100年も長持ちする屋根が完成するのだと話していました。合掌集落の全景と屋内の囲炉裏の写真は、改めてfacebookにアップしています。

取材した20年前はITバブルの絶頂期で、にわか成金たちの何人かが合掌造りの家に憧れ、そっくり丸ごと東京に持っていこうとした逸話なども聞きました。しかし都心で屋根を葺いたところで、結果は数年も持ちません。合掌造りの屋根は、雪深い国で、生活の煙にいぶしつづけられて初めて完成する──つまり単なる建築仕様の一つではなく、地域の文化そのものなのだと教えられました。

そんなことを一つひとつ思い出しながらの、奥飛騨散策。1泊2日の強行軍でしたが、道中は乗鞍高原などの紅葉も満喫し、海外取材のデータでいっぱいだった頭を休めることができました。

S.Akimoto at 02:11|Permalink

2015年10月02日

漁村の教会

 
爆弾低気圧の影響で、昨日の日本列島は全国的に大荒れだったようです。現在滞在中の天草も、朝から強風が吹き荒れました。けれど日程が限られているため、ホテルでじっとしているわけにもいきません。幸い雨は上がったので、地元ボランティアガイドの森田哲雄さん(75)に案内をお願いし、今回の取材のメインと考えていた崎津集落を2時間ほど訪ね歩きました。


崎津は羊角(ようかく)湾に面した漁港の街です。地形が入り組んでいて、山すそのわずかな平地に集落があり、その中心に崎津教会が建っています。海岸の近くに教会があるというのは長崎などでも見かけますが、教会と漁村がこれほど一体化している例はあまりありません。漁港に教会の尖塔がそびえる光景は、最も天草らしい一つだと私は思います。

そのあたりのレポートは、産経新聞社の日刊タブロイド紙『サンケイエクスプレス』で不定期連載をもつ「ZOOM」のコーナーで、今月末にも発表する予定です。楽しみにお待ちください。

昨夜は下島から上島へ移動し、松原温泉に宿を取りました。現在、朝の9時30分。昨日とは打って変わって真っ青な海が目の前に広がっています。最終日の今日も夕方まで取材して、夜の便で帰京します。そして明日は早朝の第1便で羽田から大阪・伊丹へ。読売テレビの8時からの番組『ウェークアップ! ぷらす』に、新生スカイマークの会長に就任したインテグラル代表の佐山展生氏とともにスタジオ生出演し、同社の今後を探ります。

S.Akimoto at 09:51|Permalink

2015年07月09日

神戸&姫路ツアー

 
“平成の大修理”を終えて真っ白に生まれ変わった姫路城を見にいきたい。再生を目指すスカイマークを応援するため、羽田から神戸への同社便を利用して! 先日のBlogでそんなふうに呼びかけたら、アッという間に賛同者が集まりました。で、急きょ企画したのが、1泊2日でゆく「神戸&姫路ツアー」です。現在、朝の8時を回り、参加者たちが羽田空港第1ターミナルのスカイマークカウンター前に集合しはじめました。


これから9時5分発のBC103便で、神戸に向けて出発します。私の呼びかけに応じてくれたのは、仲良しの飲み仲間であるダイヤモンドビッグ社『地球の歩き方』編集長の鈴木達也さんと、永田さち子さん、芹澤和美さんの女性トラベルライターの二人。私を含め計4名でのツアーになりました。永田さんは神戸の観光特使を務める関係でもともとスカイマークのヘビーユーザーであり、一方の芹澤さんもライターとしてスカイマークの機内誌の仕事に関わってきた人で、そういう意味では最も相応しいメンバーが集まったといえるかも知れません。

永田さんが「スカイマークの安いチケットのおかげで、仕事での移動をどれだけ助けられたか」と応援ツアーへの参加理由を口にすれば、芹澤さんも「これからもっともっと頑張ってもらわないとね」と“生涯応援団”の一員としての決意を言葉ににじませます。

もう一人、神戸ではNHK神戸放送局のアナウンサーである和田光太郎さんが私たちの到着を待ちかまえています。大のヒコーキファンである和田さんは、前職場の宮崎放送局時代に『ヒコーキラジオ・NHK001便/002便』というラジオ番組を企画。彼が司会者で、私が解説役を担当し、とくに2回目の「NHK002便」では10時間半という長丁場のFMラジオ特番を実現しました。今年4月から神戸放送局に異動になった和田さんとは、ほぼ半年ぶりの再会となります。今夜遅くには、私の弟子兼アシスタントである宮下裕子さんも遅れて到着し、三宮あたりで全員で親交を深める予定。再生した姫路城と、再生に向けて社員が一丸となって頑張っているスカイマークの話で、おおいに盛り上がりたいと思います。

S.Akimoto at 08:40|Permalink

2015年06月15日

姫路城

 
世界遺産の姫路城(兵庫県姫路市)が、5年半にわたる「平成の大修理」を終えて真っ白な輝きを取り戻した! そのニュースを今年3月に聞いて以来、行ってみたいとずっと思っています。「え、お城フェチだったんですか?」とある人に聞かれましたが、そうではありません。私の思い出の場所なのです。


高校1年が終わった春休みから私は「旅」を始めました。その最初の目的地として選んだのが「山陰・山陽」です。旅のスタイルは当時も変わらず、綿密な計画を立てるわけではありません。格安の列車周遊券だけ買って、春休みの初日の夜に東京駅から夜行列車に飛び乗りました。途中で鈍行列車を乗り継ぎ、朝を迎えた時間帯に到着したのが姫路駅。ガイドブックとにらめっこをして「よし、まずは姫路城へ行ってみよう」と思い立ったのです。

大きなお城だったなあ、というくらいの記憶しかありません。もう何十年も前のことですし。けれど、テレビのニュースで真っ白に生まれ変わった姿を見て、無性に再訪したくなりました。自分の旅人生は、あそこから始まったんだよな──と。

姫路城へ行くには神戸空港からが便利で、羽田からスカイマークを利用できます。いま再生に向けて頑張っているスカイマークを応援してやりたいなと、ちょうど考えていました。「スカイマーク応援ツアーで姫路城へ」──そんな旅を計画したら、誰か賛同してくれるかなあ。姫路城をのんびり見学して、夜は神戸の街で飲んだくれて、翌日帰ってくる。どうですかね。3、4人集まったら、まじ計画しよ。

S.Akimoto at 19:56|Permalink

2015年05月23日

世界に一つだけの宝物

 
ガラスの表面に細かな砂の粒を吹きつけて文字やマークを彫っていく「サンドブラスト」という技法があります。ジェットスタージャパンで先日、熊本へ飛んだ際に、この技を駆使して世界に一つだけのマイグラスを作ってくれる工房を訪ねました。


訪ねたのは、熊本市内の中唐人町にあるサンドブラスト工房「Only you」。アーチストの山田真由美さんが、2カ月前にオープンしました。場所は、熊本を舞台にしたわらべうた『あんたがたどこさ』に出てくる洗馬橋のすぐ近く──「♪熊本どこさ、せんばさ。せんば山にはタヌキがおってさ」の洗馬です。

山田真由美さんは、私の古い記者仲間である山田実氏の奥さん。サンケイスポーツ紙の記者からフリーのライターに転身した山田氏とは、私が駆け出しライターだった20代に知りあい、経済誌などを中心舞台に30代半ばまで同じプロジェクトを追いかけました。彼はその後、実家の都合でふるさとの熊本に戻り、現在は奥さんの工房でサポート役を務めています。今回の訪問で、かれこれ20年ぶりの再会を果たしました。

先ほどfacebookにもアップしたご覧のグラスは、私の訪問に合わせて真由美さんが制作しておいてくれました。飛行機の図柄と『雲の上の書斎から』という文字が刻まれています。こうしたマイグラスのほか、ワインボトルにメッセージを入れてプレゼント用に、というのもいいかも知れません。熊本に行った際は、みなさんもぜひ訪ねてみてください。サンドブラスト工房「Only you」のホームページはこちら。体験教室も開催しているそうです。

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2015年05月11日

熊本へ、天草へ

 
このBlog『雲の上の書斎から』が10年目に入った4月20日に「閉鎖も考えたが、やっぱり10周年を目指して3日に1回の更新をつづけていく決意をした」と私は書きました。つい先日のことなので、覚えている方も多いと思います。なのに、連休明けの更新予定日をさっそくすっ飛ばしました。5月8日(金)はその「3日に1回」の日だったのですが、どうしても時間がとれず──。


でも、それでいいかなと思い始めています。定期的な更新が難しくなったのは、私自身の仕事の環境が変わりつつあるからで、何かを目指して進んでいれば転換期がくるのは仕方ない。いえ、開き直っているわけではありません(笑)。せっかく訪ねてもらっても「あれ、また更新されてないゾ」という日が今後もあると思いますが、頑張るつもりではありますので、これからもときどき覗きにきていただけると嬉しいです。

さて、4月下旬から連休明けにかけての怒濤の日々を、どうにか乗り切りました。抱えているミッションはまだ多々あるのですが、とりあえず荷造りをして、いまは4月8日にオープンした成田空港の第3ターミナルに来ています。18時15分発のジェットスタージャパンの便で、熊本へ。そして明日は、2カ月半ぶりに天草へ〔写真は2月に訪ねた天草・大江教会〕。

この旅のあとにはすぐに海外取材が控えているので、2泊3日の短い旅ですが、物書きは常にエネルギーのチャージを心がけないと先がありません。熊本と天草でのたくさんの出会いを通じ、このBlogの材料も「3日に一度の更新では足りないなあ」と言えるくらいまた仕入れてきたいと思います。行ってきます!

S.Akimoto at 17:30|Permalink

2015年04月29日

天草・おとこ二人旅

 
よく飲んで、食べて、笑いっぱなしの3日間だったなあ──と、楽しかった思い出がいまもまったく薄れていません。「秋本さァん、暴飲暴食の旅に出ようよ〜」というパラダイス山元さんの誘いで実現した“天草・おこと二人旅”。その詳細を、明日発売の季刊『航空旅行』春号(Vol.13)で書いています。


熊本県の天草といえば、利用したフライトはもちろん天草エアライン。熊本県と天草地域2市1町などが出資する第三セクターとして2000年3月から運航を始めた、日本一小さな航空会社です。私たちは福岡からのアプローチでしたが、レポートでは機内の様子なども詳しく報告しました。

私が書いた文章の中に「念願の弟ができた」という記述が出てきます。“弟分”といったほうが正確でしょうか。その人は、天草エアラインの営業部長の川崎茂雄さん。今回の旅で運転手役を買って出てくれました。3日間をずっといっしょに過ごしたら、お互いの情が移り、まるで兄弟のように近しい間柄になってしまったのです〔写真=一番右のマスクをしたクリクリ坊主が川崎さん〕。

じつは5月に熊本に飛ぶ用事があるので、川崎さんに「時間がとれるなら天草に足を伸ばそうかな」とメールしたら、すぐに「ぜひ来てください。ゆっくり飲みましょう!」という返事。そして、こんなことも書いてきました──「好みの子はいますか? 用意しておきますので、早めに希望を言ってください」。天草エアラインには5人のCAがいます。いっしょに飲みたい相手がいたら誘っておきますよ、という意味なのですが、誤解を招きかねない表現に「おめえは置屋の丁稚か!」とさっそくツッコミを入れておきました。

S.Akimoto at 23:47|Permalink

2015年03月11日

YS-11の深夜便

 
去年もいまごろの時期がそうだったように、今月と来月に発売になる週刊誌と月刊誌で「航空特集」や「エアライン特集」が組まれ、その執筆に追われています。客室乗務員の世界の話を書いたかと思うと、次のテーマはスカイマークの動向と私自身の見解について。今朝はMRJに関するの4ページの記事を仕上げました。あ、その前には懐かしい純国産プロペラ機YS-11の歴史についても〔写真は、2006年にYS-11が退役するときの日本エアコミューターの特別塗装機〕。


こういくつも仕事が重なると、頭を切り替えながらの作業になり、ちょっと大変です。ひとつのテーマで執筆が始まるとついついその世界にのめり込んでしまって。YS-11について書いているときは、私は「その時代」の人になり切っていました。まあ、それがモノを書くことの楽しさでもあるのですが。

YS-11はかつて、札幌や大阪、福岡を深夜便で飛んでいたのをご存知ですか? いまだと騒音問題で深夜の運航などまず認められませんが、当時はプロペラ便として特別に許可され、多いときは夜中に毎日5往復くらい飛んでいた時期があります。昨日書き終えた記事には「急な出張でよく利用し、深夜の大阪便では忙しい芸能人にときどき会いました」という、当時の日本の高度成長期を支えた企業戦士のコメントなども盛り込みました。

週刊誌と月刊誌の特集企画に寄稿する仕事は、今日でとりあえずは一段落です。明日(12日・木)の夜は六本木ミッドタウンタワーでのトークセミナーがあるので、また頭を切り替えておかないといけません。「定員をはるかに超える申し込みがあった」と主催者側から報告が入りました。どんな人たちが来てくれるのか──私も楽しみです。

S.Akimoto at 18:28|Permalink

2014年08月13日

“加点主義”評価

 
たとえば、誰かが何か新しいことへの挑戦を始めます。そのときには何も論評しないで、何年かしてそれが失敗に終わると、スタート地点に遡って「最初から無謀な挑戦であることはわかっていた」だとか「だから言わんこっちゃない」などと騒ぎ立てる。これって、ずいぶんズルいやり方だと思いませんか?


今回のスカイマーク騒動が、まさにそう。同社がエアバスのオール2階建て機A380を6機購入すると発表した2011年は、業績も好調でした〔写真はエアバスのリリースより〕。国際線での運航実績もないスカイマークが、なぜA380なのか? その理由(ビジョン)を聞いて、驚き、期待した人も多かったはずです。その後の急激な円安と、それにともなう燃料費の高騰などがなければ、同社のカラーをまとったA380は間違いなく東京からニューヨークへ飛んでいたでしょう。もしそうなっても、いま「最初から無謀な挑戦であることはわかっていた」と書き連ねているメディアは、同じ論調を展開したでしょうか。

スカイマークの夢とビジョンを、私は支持しました。だから結果的に失敗に終わっても「最初から挑戦しなければよかった」などとは絶対に言いません。失敗を恐れて何もしないより、たとえ失敗しても何かに果敢に挑んだ人が評価される──そういう「加点主義」の考え方を、私はとります。失敗したら「減点」ではなく、チャレンジして成功すればプラス100点、失敗しても頑張って挑戦したんだからプラス30点という評価じゃないと、進歩はありません。

今週、旅行・観光専門ビジネスサイト『トラベルボイス』のインタビューに答えたのも、そんな思いからでした。まるで金太郎アメみたいなスカイマーク報道が相次ぐなかで、ちょっと違う角度から発言してみたくて。その記事が早くも公開になり、次々と反響が届いています。「あいつはスカイマークの回し者か!」という予想した反論は、いまのところありません。意外だなあ。ぼちぼち届くと思いますが(笑)。

S.Akimoto at 00:01|Permalink

2014年05月10日

747-8が羽田へ

 
写真はいまから約2年前、2012年6月1日にドイツ・フランクフルト国際空港で撮影しました。ルフトハンザが世界に先駆けて導入した“次世代ジャンボ”──ボーイング747-8インターコンチネンタルです。米国ワシントンDCに向けての初就航に出発する直前の様子で、これを撮影したすぐあとに搭乗が始まったと記憶しています。


とにかく大きい! 前日に開催された機体披露イベントで初めてその巨体を見上げ、思わずそう呟きました。全長は747-400より5.8メートルストレッチされ、76.4メートルに。これはもちろん世界一です。細部には21世紀のテクノロジーが組み込まれました。新設計の主翼構造や高性能エンジンの搭載で747-400に比べ乗客一人あたりの燃料消費とCO2排出をそれぞれ15%削減したほか、騒音の30%軽減にも成功しています。主翼は優雅に後方へと伸び、先端には上方に流れるように折れ曲がったレイクド・ウイングチップを採用。見た目の美しさも増しました。

747-8のローンチカスタマーであるルフトハンザはその後、ニューデリー、バンガロール、シカゴ、ロサンゼルスへと同型機の就航地を広げました。そしていよいよ、今年中には羽田に上陸する予定です。正式発表はまだ少し先になるようですが、おそらく間違いありません。来るなら、早く来てくれないかなあ。ファンの一人として私も心待ちにしています。できれば夏にでも!

今年3月末の那覇から羽田へのANA便を最後に日本の空から姿を消した伝説の名機が、747-8インターコンチネンタルという名で再びよみがえります。ジャンボ機の新しい第一章が幕を開ける2014年夏以降に、ぜひご期待ください。

S.Akimoto at 20:40|Permalink

2013年08月07日

ガルーダが熱い

 
発売中の季刊『航空旅行』夏号(Vol.6)の巻頭特集のテーマは“アジア”で、ガルーダ・インドネシア航空のレポートを読んだ読者の方からいくつか反響をいただきました。「ガルーダに私も乗ってみたくなった」「ジョグジャカルタに行きたい!」「ウブドのあのホテルに私も泊まってみたい!」などなど。フライトと現地の魅力がうまく伝わったようで、私もうれしく思っています。


現在のガルーダ・インドネシア航空には、とても“勢い”を感じています。私たちが取材した成田/ジャカルタ線のほか、同社は成田と羽田、関西の3空港からバリ島デンパサールへの直行便もデイリーで運航。ここ数年の成長ぶりは目覚ましく、今年11月には関西からジャカルタへの路線も開設予定であることが発表されました。2010年からは日本人客室乗務員の採用も始まっています。今回の取材では機内で日本人2期生の高野真規子さん〔写真〕にインタビューしましたが、ジャカルタの本社では彼女の後輩に当たる新人たちがトレーニング中で、もう間もなく実機での乗務に移ると聞きました。

そうした動きの中でも、私がとくに注目しているのがインドネシア発着の国際線ネットワークの拡大です。日本路線はすべてエアバスA330での運航ですが、新規導入を進めるボーイング777-300ERを使用して年内にもロンドンへの直行便が就航。私がちょうど『航空旅行』にレポートを書いていた7月2日に、ファーストクラスも搭載された777-300ERの初号機を受領したというニュースが入ってきました。

成田からジャカルタを経由し、真新しい777-300ERに乗り継いでロンドンへ。いずれ、そんなロングフライトの取材もしてみようかと考えています。

S.Akimoto at 17:02|Permalink

2013年05月30日

大西洋横断の思い出

 
機体前方に2階席があるため独特な形状をしたボディと、大きな主翼に装備されたパワフルな4基のエンジン。“ジャンボ機”の愛称で親しまれるボーイング747は、どの角度から見ても、遠くからでも、その個性的なシルエットで機種を確認できました。そのジャンボ機も、日本ではANAが4機を飛ばしているだけで、来年3月にはすべて退役してしまいます。最後の別れを言うためのプランをいまから練っているファンも多いかも知れません。


しかし去る機種もあれば、生まれてくる機種もあり。ボーイングはジャンボ機の進化型である747-8インターコンチネンタルの50機目を完成させ、ルフトハンザに納入しました。ルフトハンザはこの次世代ジャンボのローンチカスタマーであり、同社にとって7機目となる747-8Iです。

振り返ればちょうど1年前、私は747-8Iのデビューフライトに密着するため、フランクフルトへ渡りました。最初の就航地はアメリカのワシントンD.C.です。各国から招待された記者たちと共に真新しい2階席に乗り込み、お祝いのシャンパンを酌み交わしながら、9時間におよぶ大西洋横断フライトを満喫したのをまるで昨日のことのように思い出します〔写真は、ワシントンD.C.に到着した747-8I〕。

ルフトハンザはその後、今回の1機を含めて6機の747-8Iを自社フリートに加え、インドのデリーとバンガロール、ロサンゼルス、香港へと就航先を拡大してきました。今日5月30日からは、米国フロリダ州の南端の街、マイアミにも飛び始めています。次世代ジャンボで、ヨーロッパからマイアミへ──いいなあ。夏場まではもう海外取材の案件がぎっしりなので、今年の秋か冬に、そんな旅に出ようかな。

S.Akimoto at 23:26|Permalink

2013年05月10日

関空の夏

 
私の仕事部屋(書斎)の壁に、こんなものが額に入れて飾ってあります。写真のサイズが小さくて見えづらいと思いますが、わかりますか? 下のほうに見える旅客機は、エアバスのオール2階建て機A380。そう、これはA380の世界初就航便を取材したときに授与された、搭乗証明書です。


A380の世界初就航は2007年の10月25日。シンガポール航空によるシンガポール/シドニー線でした。私はモノを集めたりする趣味がいっさいないのですが、この証明書だけはずっと大切にしています。A380は開発がスタートした当初から注目し、取材を続けてきた機種だけに、私にとってその就航初便に乗れたという思い出は何にも変えられません。

さて、このA380をめぐり、関西の航空ファンたちがそわそわと動き始めました。お盆期間中の8月11日(日)〜17日(土)に、シンガポール航空がA380を関西/シンガポール線で運航するからです。同社がA380を関西線に導入するのは、大阪就航40周年を迎えた昨年に続いて2回目。昨年の運航時も大きな話題を集め、搭乗する乗客ばかりかA380をひと目見たいというファンたちが大挙して関空を訪れました。A380で運航される期間中のSQ618/619便は、午前9時に関空に到着して2時間後に出発します。きっとまた大勢のファンが詰めかけることが予想されますし、いまからチケットを取ろうと画策している人も少なくないでしょう。

最初に旅の目的地を決め、そこに行くために必要なエアラインを選ぶ。そんな一般的な旅のプランニング方法が、最近少し変わってきました。「この飛行機に乗ろう」という思いが先にきて、その就航地の中から旅行プランを決める──そんなふうに旅のスタイルを変えたきっかけになった旅客機が、私はA380だと思っています。

S.Akimoto at 23:45|Permalink

2013年03月09日

レッドカーペット線

 
久しぶりにエアバスA380の話題を。世界で唯一のこのオール2階建て機は、私が最も評価する旅客機の一つです。なにせ、1階と2階をすべてエコノミー席で設定すれば、1回のフライトで900人近くを運ぶことができるキャパを持っているのですから。


もっとも、900席をレイアウトして常に満席になるような路線は、世界中どこを探しても存在しません。メーカーが標準座席数として推奨するのは3クラスで525席ですが、一度のフライトで500人以上が利用する路線というのも数えるほどしかない。A380を導入しするエアラインでは500席以下でレイアウトするところも多く、そのぶんキャビンには従来にないゆとりのスペースが生まれました。スペースに余裕ができれば、乗客に提供できるサービスの可能性もぐっと広がっていく──私がこの旅客機を評価する一番のポイントはそこにあります。

昨年夏に成田に就航したエミレーツ航空のA380のファーストクラスでは機内でシャワー・スパ施設を利用してリフレッシュし、今年の元日にA380の成田線デビューを果たしたタイ国際航空のビジネスクラスではゆったりしたスタッガード型シートを満喫しました。今後の注目は、7月にA380の1号機を受領するブリティッシュ・エアウェイズ(BA)でしょう〔写真=エアバス提供〕。その座席構成と初就航路線が先日、同社から発表されました。

ブリティッシュ・エアウェイズが打ち出したA380のキャビン構成は、ファーストクラス14席(1階)とビジネスクラス97席(1階に44席と2階に53席)、プレミアムエコノミー55席(2階)、エコノミー303席(1階に199席と2階に104席)の計469席。そしてデビューは10月15日からのロンドン/ロサンゼルス線に決定しました。映画の都ハリウッドを擁するLAへのフライトを同社は「レッドカーペット」路線と命名し、就航を記念して往復のエコノミー運賃を499ポンド(約7万1,600円)から、さらに380ポンド(約5万4,500円)の追加でプレミアムエコノミーへのアップグレードも可能というキャンペーン運賃を設定しています。ちなみにビジネスクラスは往復1,900ポンド(約27万2,700円)から(いずれも英国時間3月15日まで)。

ロンドンからA380でLAへ。値段もまあまあ手頃だし──取材、行こうかなあ。

S.Akimoto at 00:22|Permalink

2013年02月19日

颯爽と、世界へ

 
ユニークなネーミングだな、と思いました。最初その名前を聞いたときに「お、いいじゃない」と。「Scoot(スクート)」──シンガポール航空の100%子会社として2011年5月にデビューした戦略的LCCで、このネーミングには「気軽に」というニュアンスで「颯爽と動く」といった意味が込められています。名づけ親は、同社設立とともにCEOに就任したキャンベル・ウィルソン氏でした。


ウィルソン氏を最初に紹介されたのは、彼がシンガポール航空の日本支社長に就任した2010年3月です。生真面目で、ちょっと“堅物”かな、というのが私が受けた第一印象でした。前任のフィリップ・ゴー氏がとても気さくな人で、私とはとくに仲が良かっただけに、つい比較してそう思ってしまったのかもしれません。昨年12月の会見の席で久しぶりに見たウィルソン氏〔写真〕は、ずいぶん印象が変わっていて驚きました。

とてもフレンドリーで、よく笑います。初めて会ったときは日本に赴任したばかりでやや緊張していたのか、あるいはいきなりヘンなジャーナリスト(私です)を紹介されて、警戒心があったのかも知れません。実際のウィルソン氏は、スクートという新しい、自由な雰囲気の会社のリーダーにぴったりな人です。

スクートは2012年10月29日に成田に就航し、それから早くも4カ月近くが経ちました。これまで予定が詰まって実現できませんでしたが、私もようやく今日、そのフライトを初体験します。成田を11時50分に発つTZ201便で、台北経由でシンガポールへ。その報告を受けたウィルソン氏から「せっかくだから、会おう」と声がかかり、多忙な中を時間をつくってくれて明朝、私が滞在するホテルに来てくれることになりました。ホテルのクラブラウンジで1時間ほど朝食を共にしながら、彼の新会社に賭ける思いや自身が愛してやまない旅のことなど、いろいろ話してみようと思います。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2012年12月26日

元日フライト

 
タイ国際航空は2013年1月1日から、エアバスのオール2階建て機A380の成田/バンコク線での運航を開始します。同社はA380をこれまでに6機オーダーし、今年の9月に1号機を受領。冬期スケジュールよりバンコクから香港、シンガポールへの路線に就航しました。11月末に受領した2号機はフランクフルト線で、さらに12月に入って受領した機材を成田とバンコクを結ぶTG677/676便に導入します。


A380の成田線就航は当初、来年1月16日からの予定で、メディア各社にもそう発表していました。しかし機材の受領時期が早まったため、就航予定を元日に前倒しに。TG677便は成田を17時30分に発ち、22時30分にバンコクに到着します。

このA380のキャビンを、タイ国際航空はファーストクラス12席、ビジネスクラス60席、エコノミークラス435席の計507席でレイアウトしました。TG677/676便はそれまで約350席のボーイング777-300ERで運航されてきたので、単純計算で150席以上もキャパシティが増えることになります。同社広報室は「1月1日の就航を発表したら、埋まらないだろうと思っていた予約がいきなり満席に。A380という機体の注目度の高さを改めて認識した」と話していました。

さて、このBlog『雲の上の書斎から』の年内の更新は、本日で最後になります。今年も1年間、サイトを訪ねていただきありがとうございました。私の2013年は、上記のタイ国際航空A380の就航初便の取材でスタートします。元日の夕刻に成田を発ち、タイのバンコクへ。新年のあいさつは現地から送ります。みなさんも、どうぞ素晴らしい新年をお迎えください。

S.Akimoto at 18:26|Permalink

2012年12月14日

787で長距離移動

 
3年前のちょうどいまごろでした。当時、開発が予定より2年以上遅れていたボーイング787。初飛行はいつ実現するのか? 世界中が注目する中、製造現場のアメリカ・シアトルから直前になって急きょ「12月15日に実施する」と発表されたのです。


初飛行を成功裏に終え、翌2010年からは実用化に向けて細部を検証する実地テストに移行しました。必要なチェック項目を一つひとつクリアし、ローンチカスタマーであるANAの1号機が羽田に到着したのは2011年9月28日〔写真〕。同年11月に国内線でデビューし、現在は国際線も含めて787ネットワークは各地に広がっています。787はライバルのJALも戦略機種と位置づけ、欧米やアジアへの路線で運航を始めました。

ファンの方たちからも「もう乗りました!」という報告がたくさん届いています。もっとも、その多くはまだ国内線の短距離フライトでの体験かも知れません。787の本当の意味での快適性は、ロングフライトで利用してみないと実感できないのではないか。そう私は思っています。ANAが787の羽田/岡山・広島線での運航をスタートする前に実施した香港へのチャーターフライトを、私は航空写真家のチャーリィ古庄氏をともなって取材しました。しかしそれ以上のロングフライトは、私もまだ体験していません。海外──とくに欧米への長距離路線が充実した頃に、改めてじっくり取材しよう。そう古庄氏とも話していたからです。

日系2社を含めたエアライン数社が、年が明けた2013年から787でのアメリカやヨーロッパへの新規路線を続々と開設します。それを受けて私と古庄氏も、いよいよ具体的な取材準備に入りました。できれば1月に、遅くとも2月中には取材を敢行する予定です。どのエアラインのど路線を取材するかはまだ発表できませんが、いずれこのBlogを含めて各メディアで報告したいと思います。

S.Akimoto at 00:36|Permalink

2012年12月11日

LCCスクートの戦略

 
オール2階建てのエアバスA380を世界で最初に飛ばし、同機種をネットワークの中心に据えてきたシンガポール航空は、じつはボーイングの最新鋭中型機787もオーダーしています。787を受領したら、どの路線で使うのかな? 就航路線の発表を楽しみに待っていたら、同社の広報から先日「うちでは787は使いません。発注した787はすべて新しい子会社のスクート(Scoot)に譲り渡す」という話を聞きました。


昨日午後、東京・青山で来日したスクートのキャンベル・ウィルソンCEO〔写真左端〕の会見が開かれ、私も出席してきました。ウィルソン氏の直接の言葉で、上記のことの確認がとれています。

スクートは、シンガポール航空100%出資のLCCとして2011年に設立され、今年6月にシンガポール/シドニー線で運航を開始。その後はオーストラリアのゴールドコーストやタイのバンコク、中国の天津などに路線を拡大し、10月29日にはシンガポールから台北経由で成田にも就航しました。

シンガポール航空グループでは、すでにタイガーエアウェイズというLCCが活躍しています。ですがタイガーエアウェイズは短距離路線が中心で、それに対してスクートは中距離路線を専門に担当。そのためLCCでは珍しく、400席クラスのボーイング777-200を使用してきました。787の1号機は2014年第4四半期に受領する予定で、翌2015年には777-200をすべて787に切り替えます。従来機種より燃費を20%節約できる787は、中距離でも長距離でも威力を発揮する万能型の戦略機種であり、これによってスクートは世界に翼を広げていくことが可能になるでしょう。ウィルソン氏は「日本でも成田以外に3都市への就航を目指したい」とコメントしました。LCCスクートの登場で、日本からの旅の選択肢がますます増えそうです。

S.Akimoto at 00:30|Permalink

2012年11月18日

羽田から海外

 
2010年10月に4本目のD滑走路の供用が開始され、32年ぶりに国際定期便が復活した東京・羽田空港。それまで国際チャーター便という形で運航されてきたソウル、香港、上海、北京への各路線が定期便の位置づけに変わったほか、その後はアジアへ、欧米へと就航先を広げてきました。羽田国際線ターミナル〔写真〕は開設3年目を迎え、現在は11カ国17都市へのゲートウェイとして機能しています。


もちろん首都圏から世界への“玄関口”のメインが成田空港であることは、いまもこれからも変わりません。要はビジネスで利用するのに便利な羽田と、いろんな国へのネットワークを充実させ旅の可能性を広げる成田と──双方の特徴を生かして共存・発展していくことが望ましいと、私は思っています。

羽田からの国際線は、私もこの2年間で10回ほど使いました。羽田から海外へ、という場面は今後も増えるでしょう。一昨日はデルタ航空が、2013年3月からの新路線として羽田/シアトル線の開設を発表(運航機材はボーイング767-300ERを予定)。シアトルはボーイングの開発現場や製造拠点などを取材するときの起点になる都市だけに、就航後は早々に利用するシーンも出てくるかも知れません。

今週は私の家族が羽田から韓国(ソウル)へ旅行に出かけ、金浦空港から昨日、羽田に戻りました。入れ違いに、明日の夜は私が羽田へ。以前のBlogでもお伝えしたマレーシア取材がちょっと延びていましたが、航空写真家のチャーリィ古庄氏をともなって明日の深夜便でクアラルンプールへ飛びます。その取材報告は、また追って現地から。

S.Akimoto at 21:20|Permalink

2012年11月09日

南回りと北回り

 
日本からヨーロッパへは、直行便だと11時間か12時間でアクセスできます。けれども航空の長い歴史で見ると、こんなに近くなったのはつい最近の話。かつては欧州のどの国に行くにも50時間以上を要していました。現在と違って、まだ南回りのルートしかなかった時代のことです。当時はなぜ、わざわざ南回りでフライトしていたのでしょうか。


理由のひとつは、航空機の性能にあります。どの機種も当時はまだ航続距離が短く、途中多くの経由地に立ち寄らないと目的地へたどり着けませんでした。また極地上空を安全に飛行するための航法技術が未発達だったというのも、南回りルートで飛行を続けた要因の一つです。そういう状況を打破し、初めて「北極ルート」を開拓したのがスカンジナビア航空(SAS)でした。

北欧を拠点とするSASにとって、世界に翼を広げるには高緯度地域ネットワークの拡充が不可だったのでしょう。だからSASの技術者たちは、新しい航法技術の研究に早くから力を注いできました。北欧特有の薄暮の季節には太陽や星に頼る従来航法がまったく通用しない、北極圏では磁石が用をなさないといった技術的課題を、彼らは一つひとつ克服していったのです。そうしてついに、SASは東京/コペンハーゲン間で世界初となる北極ルートを開設しました。

そこにいたるまでには、想像をはるかに超える苦労があったのだろうな。先ごろ私は成田からSK984便でコペンハーゲンへ飛び、パイオニアたちが活躍した時代のことを機内で考えていました〔写真は成田線で運航中のエアバスA340=チャーリィ古庄氏撮影〕。そのときのことを思い出しながら、今朝からSASに関する文章を書き始めています。日曜日までに書き上げ、週明けには写真を添えて編集部に送る予定。誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で来週後半には発表できると思います。

S.Akimoto at 23:20|Permalink

2012年11月03日

夢みるロングフライト

 
今年4月にリニューアル創刊された季刊『航空旅行』の第3号(イカロス出版)が発売になっています。創刊第1号のファーストクラス特集、第2号の機内食特集に続き、今回のメイン特集では「夢みるロングフライト」を企画。その巻頭ページで、私は以下のような文章を寄せました。


世界は輝きに満ちている。手つかずの感動にあふれている。
なのに、私たちが体験してきた旅は、そのほんの一部に過ぎない。
日本から直接行けないという理由だけで、つい足を遠ざけてきた。
航空旅行という発想を、もっと大胆に広げてみよう。
ダイレクトに飛べなくても、その国のハブを経由すれば、旅の可能性は無限大だ。
さあ、出かけよう。ずっと憧れていたあの国へ。一度は行ってみたいと夢みてきたあの街へ。
エアラインの複数の路線を使って、ロングフライトを心ゆくまで愉しみながら。


具体的には4つの旅をレポートし、私はそのうちエミレーツ航空で行くドバイ経由リスボンの旅と、アメリカン航空で行くNY経由カリブ海の旅を書きました。上の写真は、カリブ海クルーズの二日目の夜に、キャプテン主催のディナーに列席したときのもの。取材に同行したカメラマンが知らぬ間に撮ったようです。テーブルナプキンを振り回していますが、酔っぱらって騒いでいるわけではありません(笑)。食事の途中でダンスタイムが始まり、レストランのマネージャーから「さあ、全員で盛り上げて!」と号令がかかったのです。楽しいひとときでした。

特集では他に、トラベルライターの江藤詩文さんもエールフランス航空を利用してパリ経由でスペインのバスク地方を訪ね、とても興味深いレポートを寄せています。今回の企画を通じて、エアラインの二つの路線を使うことで旅の可能性が本当にぐっと広がるんだと、改めて実感しました。みなさんはどんなエアラインを使ったどんな旅に、興味を引かれますか?

S.Akimoto at 07:03|Permalink

2012年10月25日

シンガポール経由

 
早朝のチャンギ空港第2ターミナルのゲートの先で、王者の風格をもつ“奴”は悠然と翼を休めていた。ランプエリアに駐機する他の機種が、なんと小さく、頼りなく見えることか。(中略)離陸滑走が始まると、全乗客の声がいっせい止み、機内は静まり返りる。加速パワーを背中に感じるだけで、振動はほとんど伝わってこない。やがて機は音もなくふわりと宙に舞い上がり、その瞬間、機内は大きな拍手と歓声に包まれた──。


2007年10月25日のあの記念すべき日、到着したシドニーの空港で私はそんなレポート書き、メディア各社に送信しました。エアバスのオール2階建て機A380の世界デビューの瞬間です。あれから丸5年。シンガポール航空はこれまで19機のA380を保有し、同社の主力機材として欧米やアジア・太平洋路線で運航を続けてきました〔写真=チャーリィ古庄氏撮影〕。

そのシンガポール航空が昨日、エアバスにA380をさらに5機追加でオーダーしたと発表しました。同社のA380は、これで計24機になります。A380という画期的な機種を開発当初から追い続け、就航後はその快適なフライトの取材に多くの時間を費やしてきた私にとって、シンガポール航空の“A380ネットワーク”の拡大はとても嬉しいことです。2年前の春に久々にフランス・パリのカルチェ・ラタンで休暇を過ごそうと思いついたときも、SQのA380を乗り継いでパリに向かおうと、わざわざ成田からシンガポール経由での二つのフライトのビジネスクラスを取りました。

ところで、シンガポール航空は5機のA380とともに開発中の最新鋭中型機A350XWBも20機追加で発注しました。A350の合計発注数もこれで40機に。2014年以降には、この新しい翼もシンガポールからの中長距離路線に続々と就航していくことになるでしょう。日本からA380でシンガポールに行き、そこからさらにA380で欧米などの主要都市にアプローチするもよし、新しいA350で他の旅先に向かうもよし。今後もしばらくは「シンガポール経由」が、私の旅の重要なキーワードになりそうです。

S.Akimoto at 10:16|Permalink

2012年09月27日

初便マニア

 
先週開催された二つのトークイベント──17日(月)のNHK「ヒコーキ・ラジオ」と22日(金)のセントレア「上空(うえ)から目線の空の旅」で、それぞれ出演者から「初便に乗る楽しさ」について話題が出ました。初便とは、航空会社が初めて導入する飛行機や新しく開設する路線の最初のフライトのことです。


「離陸後にキャビンが大きな拍手で包まれたり、記念のグッズがもらえたり。そこでしか味わえない楽しさが初便にはいっぱい詰まっています。これからもいろんな初便を追いかけていきたい」

そう話していたのは、NHK「ヒコーキ・ラジオ」にゲスト出演した20代の航空ファン、Fさんでした。今年は日本でも「LCC元年」といわれ、ピーチジェットスター・ジャパンエアアジア・ジャパンの和製LCCが相次いで就航。ジェットスター・ジャパンの成田から札幌への就航便では私も会いましたが、Fさんは3社すべての初便を制覇したそうです。

さて、米国大手のユナイテッド航空が今週、ボーイング787の1号機を受領しました〔写真〕。アメリカ系エアラインで787を導入するのは、同社が最初です。そして、ここでも気になるのが、日本路線での初便がいつどのルートになるか? 成田からコロラド州のデンバーを結ぶ路線で2013年4月1日からデイリー運航をスタートすることはすでに発表されていましたが、787の日本線初便はそれよりも早く、1月4日の成田/ロサンゼルス線になりそうです。

正月明けの1月4日のフライトに、うまくスケジュールを合わせられるでしょうか。それとも当初の予定どおり、デンバー線の初便にターゲットを絞るべきか。まだ時間があるので、いろいろ調整してみたいと思います。

S.Akimoto at 14:50|Permalink

2012年09月09日

地球を眺めながら

 
今年7月に開設されたエミレーツ航空の新しい路線で、ドバイからポルトガルのリスボンに向かっています。便名は「EK191」。ドバイ空港を朝9時15分に出発しました。リスボンまでは8時間30分のフライトです。


離陸してペルシャ湾に出たボーイング777-200は、海上で大きく左に旋回し、針路を西へ。アラビア半島のサウジアラビア北部を横断してゆきます。その後、エジプトのカイロとアレクサンドリア上空を通過し、地中海に出ました。眼下に真っ青な海が広がります。離陸して4時間が経過すると、見えてきたのは地中海に浮かぶ島国マルタ共和国。イタリア・シチリア島の南側に位置します。

EK191便は北アフリカに入り、チュニジアの首都チュニス上空を飛行。アルジェリアの北部をかすめ、再び地中海に出ました。海の青さが増しています。ここまでくれば、目指すリスボンまではあと2時間。針路は、若い頃バレンシアから船で渡ったことのあるスペインのイビサ島に向いています。あのときの旅では、バルセロナからバレンシアまで、列車で海岸線を南下してたどり着いたのを思い出しました。地球を上空から眺めるという行為に、私はいつも旅情をかき立てられます。

スペインに入ったEK191便は、古都トレドの上空を通過し、現地時間の14時12分に国境を越えました。ポルトガルを訪れるのは、かれこれ20年ぶり。高度が徐々に落ちると、やがて前方にリスボンの街並みが現れ、その向こうに大西洋が広がります〔写真〕。リスボンの街は、人は、どんなふうに私たちを出迎えてくれるでしょうか。

S.Akimoto at 16:45|Permalink

2012年07月24日

イチロー電撃移籍

 
米大リーグのシアトル・マリナーズで活躍を続けてきたイチロー選手の名門ニューヨーク・ヤンキースへの電撃移籍が今朝、発表されました。テレビのワイドショーなどでは、どこもこの話題でもちきりです。


それにしても、びっくりです。日本のプロ野球ファンの間では「イチローが一番好き」という人が多いだけに、この突然の移籍がさまざまな波紋を広げることは間違いありません。イチローとマリナーズの熱狂的ファンだった私の知人は、自身のfacebookで「今日からはヤンキースファン」と宣言。彼女は今年結婚し、新婚旅行はシアトルで野球観戦と言っていたのに、プランをニューヨーク旅行に変えるつもりのようです〔写真はマリナーズの本拠地であるシアトルのセーフコフィールド〕。

さて、明日からANAの成田/シアトル線が就航します。当初はボーイング777-300ERで運航されますが、機材を順次787に切り替えていくことも発表されました。787でシアトルへイチロー選手の応援に! そんな旅行を楽しみにしていたファンも多かったに違いありません。「よりによってこのタイミングで移籍なんて──」というANA関係者の嘆きが聞こえてきそうです。

S.Akimoto at 09:38|Permalink

2012年07月12日

ヤンゴン直行便

 
お茶の伊藤園が現地で「お〜いお茶」などの製造・販売へ。ユニクロが中国に代わる生産拠点として2013にも縫製工場を建設。NTTデータが2012年9月から開発拠点をスタートさせ、当初採用する現地社員50人を5年後には500人に増員。三井物産が現地に駐在員事務所を開設──。


以上はいずれも、民主化が進むミャンマーにからむニュースです。中国の5分の1といわれる安価な人件費に支えられた生産拠点としての魅力と、人口6,200万人という隣国タイに匹敵する東南アジア有数の消費市場の両方を兼ね備えている点から、日本企業の進出機運がにわかに高まってきました。

エアライン業界では、ANAが今年10月15日より、成田からミャンマー最大の商業都市ヤンゴンへの直行便を開設すると発表しました。当面は月、水、土曜日の週3便の運航で、使用機材はボーイング737-700ER。日本からの出張需要に狙いを定め、これまでムンバイ線などで運航してきた38席すべてがビジネスクラス仕様というビジネスジェットで運航されます〔写真〕。

ヤンゴンへは、ANAに先だって大韓航空も9月13日よりソウルからの直行便運航を開始します。ミャンマーは黄金の仏塔シュエダゴン・パゴダなど観光資源も豊富で、ANAでも「今後の民主化の進展いかんでは、機材変更やエコノミー席の導入も視野に入れていきたい」とコメント。この秋以降は新しい旅行先としてもミャンマーのクローズアップが進むかもしれません。

S.Akimoto at 10:37|Permalink

2012年06月28日

ハノイ/成都線就航

 
昨日の6月27日、ベトナム航空のハノイ/成都線が就航し、その第1便に乗って中国・四川省の省都である成都に来ました。ベトナム航空は現在、近隣諸国などアジアを中心にネットワークの拡大を続けています。中国も重要なマーケットの一つで、この成都線にかける同社の期待は小さくありません。7月より成都支店の支店長に就任予定のカオ・アイン・ソンさん〔写真右端〕が就航初便に同乗していたので、機内でいろいろ話を聞きました。


「九寨溝(きゅうさいこう)や峨眉山(がびさん)、楽山(らくざん)などの世界遺産を擁する成都は、ベトナム人のみならずタイなど隣国からの渡航需要も見込めるレジャーマーケットです」と、ソンさんは言います。「また近年はヨーロッパからベトナムを訪れる人も増えました。ハノイ/成都線の開設により、ヨーロッパの人たちにも、ベトナムだけでなくベトナム以遠の旅を楽しんでいただけるようになると思います」

一方で、中国・成都の人たちもどんどん経済力が高まり、近年は旅行熱がヒートアップ。成都の人たちをベトナムの旅に誘(いざな)うことで、この路線の価値はより高まるでしょう。

ハノイ/成都線は今後、70人乗りのオランダ製・フォッカー70で運航されますが、初日に限ってはやや大きめの機材であるエアバスA320を使用。ソンさんは「ニーズの推移を見守りながら、できれば8月にも186人乗りのA321での運航に切り替えたい」と新しい市場の開拓に意欲を燃やしていました。

S.Akimoto at 07:05|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら各媒体にレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『空を飛べるのはなぜか』『これだけは知りたい旅客機の疑問100』(サイエンスアイ新書)『羽田空港のひみつ』(PHP新書)『ANAとJAL──こんな違いがあったのか』『飛行機はなぜ、空中衝突しないのか?』(KAWADE 夢文庫)など著書多数。

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