コクピット・クルー

2015年04月26日

ゴー・アラウンド

 
今日から大型連休がスタートした会社もあるようです。いいなあ。私にはもちろん、ゴールデン・ウィークなどありません。毎度のことながら、この時期は仕事の山に追われています。テレビを点けっぱなしにして原稿書きを進めていたら、女性キャスターが「広島空港で着陸に失敗したアシアナ航空の事故機が今日の未明、撤去された」と伝えていました。


あの事故では、パイロットはなぜゴー・アラウンドしなかったのかがあちこちのメディアで取り沙汰されました。それをきっかけに航空の世界の「ゴー・アラウンド」という言葉に興味をもった人も少なくないようです。

ILS電波に誘導されて空港に進入してきても、視界が悪くデシジョン・ハイトまで降下して滑走路が視認できない場合は、着陸をやり直さなければなりません。降下を止めて再度上昇に移る動作を、パイロットの世界では「ゴー・アラウンド(go-around)」と呼びます。フラップを下げてぎりぎりまで速度を落とし、ゆっくりと降下を続けてきた機体のエンジンが突然大きなうなり音を発し、再び加速して上昇を開始。すると機内では「何が起こったのか!」「トラブル?」と驚きや心配の声が沸き起こります。

ですがゴー・アラウンドは、別に珍しいことではありません。パイロットたちは、機体を通常どおり滑走路に着陸させたあとでフラップを着陸ポジションから離陸ポジションに切り替え、エンジン出力を上げて再び上昇する──そんな「タッチ・アンド・ゴー(touch and go)」と呼ばれる訓練も普段から積んでいます。彼らはどんなときも、決められた操作を淡々と進めるだけ。私も、怖いと思うことはありません。一度だけ、バンコクの空港で着陸のやり直しがあって機内がざわめいたとき、連れの女性ライターに「大丈夫、心配ないよ」と声をかけたら、彼女はキョトンとして「え、何かありました?」と聞き返してきたときはびっくりしましたが。鈍感な奴もいるんだなあ、と(笑)。

S.Akimoto at 23:13|Permalink

2015年03月26日

飛行前点検

 
コンピュータ技術がどれだけ発達しても、最終のチェックは人間の目に頼らざるをえない──そんな状況を、これまで取材したさまざまな世界で垣間見てきました。整備責任者から引き渡されたフライト前の機体も同じ。機長は副操縦士と手分けして「エクステリア・インスペクション」と呼ばれる外部点検を必ず実施します。


「機体はいつもきちんと整備され、飛行前点検で不具合が見つかるようなことはまずないですが──」と、先日フライト前に会ったJALの機長も言っていました。「たとえ雨や雪などの悪天候時にも、飛ぶ前にもう一度自分たちの目で確認する作業を省略することは絶対にありません。これはたくさんの乗客の命を預かるパイロットとしての責務だと思っています」

そのときの取材では、出発するまでの様子も見学させてもらいました。機長はコクピットの点検を副操縦士に指示すると、自分は駐機場に残り、機首部分に移動します。そこから機体の外周を時計回りに歩いて目視での点検を開始。ボディや主翼、尾翼などに損傷は見られないか? エンジンやギアに異常はないか? オイル漏れなどにも注意し、機体の外板の継ぎ目に顔を近づけての入念なチェック作業が進みます。

こうした飛行前点検は、会社の規模の大小や運航する旅客機の種類で変わるものではありません。ご覧の写真は、先月訪ねた天草空港での1シーンです。福岡から到着した天草エアラインのDHC-8で、折り返し準備の様子を撮影しました〔facebookにも別角度の写真を掲載〕。到着から出発まで25分しかないなか、機長の目は機体の細部に注がれます。その真剣な眼差しに、エアラインパイロットとしての“プロ魂”を感じました。

S.Akimoto at 17:44|Permalink

2014年05月19日

LCCが失速

 
LCCのパイロット不足が連日、メディアで取り沙汰されています。ピーチが4月に「秋までに最大で2,000便を欠航する」と発表したのに続き、先週はバニラエア〔写真〕が機長不足を理由に「6月に国内線の一部で154便を欠航する」とアナウンス。この事態について昨夜、私もフジテレビの情報番組『とくダネ!』の取材に応じ、今朝のオンエアで流れていました。


欠航の理由として、ピーチは「パイロットの新規採用が計画どおりに進まなかった」ことと「現役機長の病欠」の二つを挙げていました。しかし採用がうまくできなかったのなら、もっと早く運航計画を見直せたはず。新しい人を採用しても、すぐに飛ばせるわけではないのですから。何をいまさら急に──というのが、ニュースを聞いた私の感想です。計画どおりの運航ができなくなった大きな要因は、たぶん「病欠」のほうでしょう。

大手に勤務するパイロットに1カ月のスケジュール表を見せてもらうと、フライトや休日の合間に必ず「スタンバイ」という日が計5日前後あります。スタンバイの日は基本的にフライトはなく、いわば「オフ」なのですが、乗務予定のパイロットに病気やアクシデントで欠員が出た場合は代わりに乗務に就かなければなりません。そうやってバックアップ体制をとることで、大手は欠航になるのを防いできました。

LCCには、それができません。乗務につく予定のない人を遊ばせておいては、人件費がかさむだけだからです。なので、パイロットが病気になると、すぐに欠航に追い込まれる。「大手みたいにバックアップ体制をつくればいいのに!」と思う人もいるかも知れませんが、大手だって別に損をしてやっているわけではなく、そのぶんの人件費がちゃんとチケット代に乗せられています。だから、東京から札幌や那覇に飛ぶのに、正規運賃で買うと片道2万5,000円とか3万円もする。LCCならそれが5,000〜6,000円程度。つまり大手の5分の1ほどの値段で飛べる代わりに、運が悪いと乗る予定だった便が欠航になって旅行に行けなくなる──そんなリスクがあるわけです。

バニラエアは6月の154便の欠航理由を「パイロット数名の予期せぬ退職」と発表しました。羽田の国際線枠が拡大し、需要の増えた大手にパイロットが流れているという状況もあるのでしょうか。結果、LCCのバニラエアでは機長が不足し、計画していた便が欠航になる。この件について聞かれても私の感想は「ふーん」という程度で、とくに驚くような出来事ではありません。

S.Akimoto at 13:40|Permalink

2014年04月25日

シックスマンス

 
欧米線など長距離フライトを担当するパイロットは、次の帰国フライトまで現地で2、3日のインターバルがあります。その間は自由に時間を使えるわけですが、予定を聞くと、ときどき「何もありません。シックスマンスも近いので、ゆっくり身体を休めます」と答える人がいます。


エアラインパイロットには、半年ごとにライセンス更新のための身体検査が控えています。これが彼らの言う「シックスマンス」。健康管理もパイロットには大事な仕事で、検査が近づくと肝機能を示すGTPに不安のある人は数カ月前から好物のビールを控え、肥満傾向にある人はプロボクサー並みに汗を流して減量に努めなければなりません。万が一基準値をオーバーすれば、フライトは即刻停止。地上の仕事をしながら、復活の日を指折り数え、空を見上げて「飛びたい、飛びたい」と呟きながら過ごすことになります。

LCCのピーチが昨日、パイロット不足を理由に5月と6月に運航予定だった計448便を欠航すると発表しました〔写真はイメージ〕。井上慎一CEOは会見で「在籍するパイロット52名のうち8名が病気や体調不良で乗務できなくなった」と語ったそうですが、その8名が要はシックスマンスをクリアできなかったということでしょう。今後も“病欠者”が増えた場合は、影響は広がり最大で2,088便が欠航する見込みだそうです。

8名は健康管理を怠っていたわけではないと思いますが、どうしたのか? 大手と違い、人件費を抑えるためぎりぎりの人員構成で会社を切り盛りするLCCの弱点が露呈した結果になりました。

S.Akimoto at 19:21|Permalink

2014年02月17日

フライトバッグ

 
エアラインパイロットが持ち歩いている、あの四角くて頑丈そうな黒いかばん。先日、空港のロビーですれ違った機長の手元を「重そうだなあ」とぼんやり見ていたら、同じように立ち止まって「何が入っているんだろうね?」と囁いている若いカップルがいました。中身が気になるのでしょう。私は何年か前に一度、長距離国際線を飛ぶ機長にかばんの中を覗かせてもらったことがあります。


クルマの運転時に免許証を携帯しなければいけないのと同様、パイロットの携行品も細かく規定されています。航空法で義務づけられている品目としては、ライセンス類や身体検査証明書、航空機の性能表、運航に関する各種資料や航空地図など。なかでもバッグの大部分を占領しているのが、分厚いマニュアルや運航資料です。

「あとはサングラスと手袋、ヘッドセットなど。フラッシュライトも必ず入れていますね。暗いところで機体をチェックしなければならない場合がありますので。ほかは、個人的な必需品です。個人の持ち物については、その人の好みや個性でいろいろですよ」

機長はそう言って、例を挙げてくれました。たとえば、空腹時に血糖値の低下を防ぐためチョコレートを入れている人や、目薬の常備が欠かせない人など。携帯用の目覚まし時計をコクピットに持ち込むのは新人パイロットに多いそうです。ロングフライトでは途中でパイロットが交代し、休憩に入る時間があるからでしょう。それについて機長は「熟睡して起きてこなければ、こちらから声をかけてやるので心配は要らないのですが」と笑っていました。そうは言っても、機長。そんなことで機長の手をわずらわせるのは、新人にはやはり気が引けるんですよ。

S.Akimoto at 23:31|Permalink

2014年02月05日

世界の空はひとつ

 
書斎で書き物をしていて、何の気なしに時計を見ると、時刻は午後1時23分。「お、チャンスだ!」と思ってPCのデスクトップ上の時計を拡大し、何秒か待ってスクリーンショットを撮りました。やったァ──「1:23:45」だ。数字がきれいに並んだゾ。


じつはこの「12345」という数字、旅客機の世界ではちょっと面白いエピソードがあります。それは、コクピットの無線で使用する周波数。フライト中に使う周波数は航空管制とのやりとりや社内交信用などいくつかに分かれますが、すべてのパイロットが共通で利用できるものとして「123.45MHz」が割り当てられました。空の上では、この周波数でパイロット同士の交流や情報交換が活発に行われています。

たとえば「○○のエリアを通過中に機体が大きく揺れたので、注意せよ」といった他社便からの情報が、この周波数で届きます。雲の様子などはレーダーで常時監視しているものの、目で見て確認できない乱気流なども存在するので、近くを飛ぶ別の機からのそうした情報は貴重だと話すパイロットが少なくありません。以前取材した機長は、上空を飛行中に「こちら××航空の△△便です。そちらの機にドクターが乗っていませんか?」と呼びかけを受けたとか。機内で具合の悪くなった乗客が出たそうで、機長は詳しい症状を無線で聞き、応急手当についての指示を乗っていたドクターから伝えてもらったと話していました。

パイロットの世界では、会社や国境を越えた強い連帯感があるように感じます。あのときの機長の「大空は世界でつながっているんですよ」という言葉を今日の午後、1時23分45秒の時計を見ながらふと思い出しました。

S.Akimoto at 19:35|Permalink

2013年11月04日

オートパイロット

 
米連邦航空局(FAA)が離着陸時でもスマートフォンなどの電子機器の使用を認める規制緩和案を発表したことについて、先週金曜日のNHKのニュース番組『NEWS WEB』で解説し、さらに誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』でも緊急寄稿しました。この問題に対する関心は予想以上に高いようで、記事にも多くの反響が寄せられています。


これまで電子機器の使用を禁止していた理由として、記事では「旅客機のオートパイロット(自動操縦システム)は受信する電波などに多くを頼っているのに対し、携帯電話などから発信される電波は本来受信すべき電波を妨害しコクピットのコンピュータを誤作動させる恐れがあるとされてきた」という趣旨のことを書きました。詳しくは誠Styleの記事をご覧いただくとして、今日はその「オートパイロット」について取り上げます。

オートパイロットは「APS(自動操縦装置)」「ATS(自動推力調整装置)」「INS(航法装置)」などを統合したシステム。近年はコンピュータ技術の発達で、オートパイロットに任せられる範囲もぐんと広がりました。離陸さえしてしまえば、あとは上昇して水平飛行に移り、目的地の空港への進入まですべてオートパイロットで行うことができます。では、このままテクノロジーの進化が進むと、いずれは離着陸もオートパイロットが代行し旅客機のコクピットは“無人化”するのでしょうか?

軍事目的では「無人偵察機」が実用化されているものの、民間機でコクピットにパイロットがいない機体が飛ぶことはありえない──航空機メーカーやエアライン各社の間ではそんな意見が多数派を占めるようです。技術がどれだけ進歩しようと、機体や操縦システムに予期せぬトラブルが発生する可能性はゼロではありません。操縦はコンピュータに任せても、そのシステムを監視するのはやはり人間の目です。飛行計画に基づいてコンピュータにデータを入力するのもクルーの役割ですし、天候の急変によってときには飛行計画そのものをクルーの判断で見直さなければなりません。自動での着陸も現在は可能になっていますが、ただ機会任せにしておけば安全だと考えているパイロットはいないようです。

S.Akimoto at 17:46|Permalink

2013年10月06日

JALを飛んだ42年

 
BSジャパンの好きな番組の一つに、武田鉄矢さんとテレビ東京アナウンサーの須黒清華さんがMCを務める『昭和は輝いていた』というトークバラエティがあります。放送は毎週火曜日の21時から1時間。毎回テーマを変え、輝いていた昭和時代のエピソードをMC役の二人がゲストとともに振り返る──そんな番組です。一昨日の金曜日、同番組のゲストとして呼ばれ、収録を行ってきました。


私が出演する回のテーマは「日本の翼・旅客機」で、オンエアは11月12日(火)の予定です。まだ先なので、近づいたらまたこのBlogでも告知しますが、この番組に私とともにゲスト出演したのが、元JALの機長である小林宏之さん。ボーイング727を皮切りにDC-8、初期タイプのジャンボ機747-100、DC-10、そしてハイテクジャンボと呼ばれた747-400に計42年間乗務してきた人で、そのフライト人生はまさに「空の昭和史」そのものです。私は小林さんといっしょにトークを進める側のゲストなのに、収録中はつい小林さんの話に聞き入ってしまうことも少なくありませんでした。

その小林さんから本日、著書『ザ・グレート・フライト』をいただきました。サブタイトルは「JALを飛んだ42年──太陽は西からも昇る」。小林さんがパイロットを目指したきっかけから、JAL入社後の727でのパイロットデビューとジャンボ機との出会い、DC-10での機長昇格、そして747-400でのラストフライトまでの歴史が綴られています。計1万8,500時間、距離にして1,665万キロ(地球を800周分)のフライトで変貌する地球の姿を空から定点観測してきた話など、どのページをめくっても興味は尽きません。パイロットとは、小林さんにとってどんな仕事だったのか? その答えは、最終章の「生まれ変わってもパイロットになりたい」に集約されています。

著書に添えられた自筆の手紙には「出版社は本のタイトルに『グレート・キャプテン』を主張しましたが、私は最後まで新人機長のつもりで乗務を重ねてきただけなので、それは勘弁してもらいました」という一文がありました。謙虚で、とても誠実な方です。これを機に交流を深め、小林さんの42年のパイロット人生で得たものについていろいろと学ばせてください──著書を贈呈していただいたお礼も兼ねて、いまそんなメールを打ちました。

S.Akimoto at 10:51|Permalink

2013年09月27日

マロニー機長

 
ニューヨークでの取材を終え、帰国便(デルタ航空DL173便)のボーイング747-400のアッパーデッキで、機長のダニエル・マロニーさんと離陸前にしばらく雑談していました。facebookにも大きいサイズでアップしたご覧の写真は、同行のカメラマンがそのときに撮影したものです。


マロニーさんはかつて、2010年1月にデルタ航空と経営統合したノースウエスト航空の機長として乗務を続けてきました。ノースウエスト航空といえば「世界初」の3文字がところどころに登場するエアラインです。日米間の定期運航開始から5年後の1952年に日本人客室乗務員の採用を始めたのもその一例ですし、ハイテクジャンボと呼ばれた747-400を世界に先駆けて導入したのも同社でした。ミネアポリス/フェニックス線での747-400の初フライトは1989年1月で、同年6月には東京/ニューヨーク線で国際線デビューを果たしています。

この747-400について感想を聞くと、マロニーさんは「最高の旅客機だよ」と力強くうなずきました。「大きな胴体で乗客にゆったりしたスペースを提供できるし、気流の悪いところを飛んでもどっしりと安定していて、少々の風にもあおられない。多くの人に愛されているこの独特のフォルムもいい。ジャンボはどの方向から見ても絵になるからね」と。日本では退役が進んでいるものの、この名機を「時代に合わない」と片づけてしまうには、あまりに惜しいと私も思います。ジャンボ機のファンは、とくに日本で少なくありません。デルタ航空は最新のフルフラットシートをこの747-400に導入してリノベーションを進め、今後も長距離国際線の主力機種として活用していこうとしています。

さて、私とマロニーさんが雑談している様子を近くで撮影していたカメラマンを、マロニーさんは離陸直前にコクピットに招待してくれました。その写真は先ほど、季刊『航空旅行』のfacebookページにアップしています。

S.Akimoto at 11:06|Permalink

2013年05月07日

コクピットの会話

 
旅客機の機長にも、いろんなタイプの人がいます。この連休に会ったある若い副操縦士は「無口な先輩は気をつかいますが、おしゃべりな人もけっこう疲れます」と嘆いていました。それを聞いてつい笑ってしまいましたが、コクピットではいったいどんな会話が繰り広げられているのでしょう。


フライト中のコクピットでは、機長も副操縦士も無駄口をいっさいたたかず、張りつめた空気の中で操縦だけに集中している──そんなふうに思っている人が意外に少なくありません。もちろん、離陸時はそうです。聞こえてくる言葉は、チェックリストの読み合わせや管制機関との交信など、旅客機の運航に関するものばかり。しかし水平飛行に移って自動操縦に切り替わったあとは一転、コクピットは和やかな雰囲気に包まれます。

お互いの趣味のこと。ステイ先での予定。好きな食べ物の話。そこにときどき会社への愚痴が混じり、ちょっと卑猥なジョークや、ときに同じ便に乗務するキャビンアテンダントの噂話で盛り上がることも。ただし、気をつけなければいけません。コクピットでは、無線による地上との交信や騒音・背景音なども含めて、どんな会話もすべてボイスレコーダーに録音されているのですから。

それはつまり、“盗聴”されているのと同じです。日系エアラインで以前、コクピットを取材していたとき、私は機長に質問してみました。気にならないか、と。すると機長は「ボイスレコーダー? 別に意識したことないですねえ。どう?」と副操縦士に話を振り、隣にいた彼も「ないですねえ」と笑ってうなずいていました。すべてが記録されるとは言っても、ボイスレコーダーはアクシデントなどが何もなければ解析されることはありません。だからみんな安心して、たわいのない世間話に花を咲かせているのです。

ところで、上の写真のコクピットの機種は? とfacebookでクイズを出しました。答えは、ルフトハンザが世界で最初に就航させた“次世代ジャンボ”──ボーイング747-8i。フランクフルトからワシントンDCへの初便取材から、間もなく1年になります。

S.Akimoto at 22:27|Permalink

2012年05月31日

A380機長の未練

 
エアバスA380で運航するルフトハンザのLH711便でフランクフルトへ向かう途中、キャプテンがビジネスクラスのキャビンに顔を出してくれました。6月1日のボーイング747-8インターコンチネンタルのデビューフライト取材のため私が同便で現地に向かうと、本社から連絡を受けていたようです。


お互いの挨拶のあと、5分ほど話しました。この20年間、彼は「機長としてのチャレンジ」を続けてきたと言います。初期タイプのジャンボ機747-200の操縦資格の取得に始まり、その後はハイテクジャンボと呼ばれた747-400の資格を、そして世界最大の旅客機である現在のエアバスA380を──と〔写真はイメージ〕。

「こうしてA380での乗務を始めたことで、私は機長としての目標を達成したと思っていました」と、キャプテンは言います。「ですが、最近考えるんですよ。じつはもう一つ、やり残したことがあったんじゃないかって」

キャプテンはどうも、これから飛び始める747-8インターコンチネンタルを思い浮かべているようでした。もちろん、現時点でA380の機長として“頂点”に立っている彼が、その職を手放してさらに新しい機種にチャレンジするなどということはあり得ません。だからこそ、未練も感じているのでしょう。

「ジャンボジェットの集大成である747-8インターコンチネンタルは、間違いなく素晴らしい飛行機です。どうぞ心ゆくまでファーストフライトを楽しんできてください」

キャプテンに言われて、明日がますます楽しみになりました。世界が注目する747-8インターコンチネンタルは6月1日、午前9時50分に米国ワシントンD.C.に向けて離陸します。

S.Akimoto at 10:04|Permalink

2012年04月23日

ガスパリーニ機長

 
アリタリア-イタリア航空の777機長、レンツォ・ガスパリーニさん〔写真右〕が、私のインタビューに応じてくれました。成田からローマへの向かうAZ785便の機内でのことです。パイロットの交代の時間になり、キャビンに顔を見せたガスパリーニさんは、口数こそ少ないもののとてもフレンドリーなイタリアン。アリタリアひと筋に26年間勤務を続け、社内でもみんなから信頼されているベテラン機長です。


「MD-8やDC-10を始め、エアバス機やボーイング767など、これまでいろんな機種のコクピットを経験してきた」と、ガスパリーニ機長は言います。「その中でもこのトリプルセブン(777)は、私にとって間違いなくナンバーワンの機材だね」

上空で高度を上げたり、左右に旋回しようとコクピットで操作した場合、パイロットの意思が機体に伝わるまでに多少のズレ(タイムラグ)が生じます。けれども、777にはそれがない。まるで自分の手足のようにリアルタイムに、過不足なく忠実なパフォーマンスを発揮してくれる──そうガスパリーニ機長は言うのです。

アリタリア-イタリア航空は現在、777を長距離国際線の中心機材として運航しています。ガスパリーニ機長もこれまで、その777を操って欧州域内はもちろん北米や南米、アジアなど世界の空を飛んできました。では、自分で操縦していて一番好きな路線は? 私のそのちょっと意地悪な質問に、彼は間髪を入れずに答えました。

「日本だよ。当然ね。だって食べ物はおいしいし、知り合う人がみんな親切でやさしい。彼らが暮らす国へまた飛んでいけるという日は、前の晩からワクワクする気持ちを抑えられないよ。ミスター・アキモト、日本のみなさんに私からよろしくって伝えておいてくれるかい?」

S.Akimoto at 12:19|Permalink

2011年09月05日

コクピット訪問

 
ドイツから帰国しています。取材に発ったのは1週間前の月曜日でした。そのときのBlogでも報告したとおり、成田からフランクフルトまではルフトハンザのエアバスA380を利用して。じつは行きの機内で、チーフパーサーのブルーノ・ボービンガーさんがわざわざ私のシートまで挨拶に来てくれて「フランクフルトにご到着後、時間がおありでしたらコクピットにいらっしゃいませんかと機長が申しております」と伝えてくれました。


A380のコクピットに入るのは久しぶり。ウキウキしながら訪ねると、ブルガー機長が笑顔で出迎えてくれました。まず目に飛び込んでくるのは、操縦席の前に整然と並んだ最新のLCD(液晶ディスプレイ)です。電子飛行計器システムを備えたグラスコクピットは現在、ボーイング777などに見られるように操縦席パネルに6基の画面が並んだものが主流ですが、A380では8基を標準装備。ディスプレイの形もそれまでの正方形から縦長に変わり、新たな情報表示機能も付加されました。

何枚か写真も撮らせてもらいましたが、あくまで「プライベートの写真」という約束なので、残念ながらここでは紹介できません。

ところで、A380のコクピットについて「やっぱりジャンボ機と同じで2階部分にあるんですか?」と聞かれることがあります。いいえ、A380のコクピットは2階席前方にはありません。だとすると1階席に? それも違います。上の写真からもわかるように、A380のコクピットはメインデッキとアッパーデッキの間の“中2階”につくられました。これは目線の高さを従来機にできるだけ近づけるという配慮から工夫されたもので、パイロットはメインデッキから4段の階段をのぼってコクピットに入ることになります。

S.Akimoto at 08:58|Permalink

2011年08月19日

ゾッとする話

 
今年のお盆ウィーク、私のBlogが大変なことになっていました。過去に書いた三つの文章に、これまで経験がないほど多くのアクセスが集中したのです。毎日毎日、1時間に何百人という読者が訪ねてきて。どうしたの、突然? 何かあった? 不思議に思いながらも忙しくて放っておいたのですが、やっと真相がわかりました。


発端は、フジテレビで毎週金曜日の夜11時に放映している『人志松本の○○な話』という番組。先週8月12日は「ゾッとする話」の特集で、ゲストの宮迫博之さんが、渋谷のバーで飲んでいたときに知り合った人から聞いたというこんな話を披露したのです。

バーで知り合った二人組は、どこかのエアラインのパイロットだったそうです。そこで宮迫さんは、前からパイロットに聞いたみたかったことを質問しました──「UFOを見たことがありますか?」と。すると、年配のほうが「何度もある」と答え、それを聞いていた連れの若いパイロットが「だめです、それを言っては!」と慌てて止めたとか。「つまり、パイロットはみんな、当たり前のようにUFOを見ている。しかしそれを公言すると、精神に異常をきたしているとして地上に降ろされてしまう。パイロットには定期的な検診があって、検診の際に必ず『何か見たことはあるか?』と聞かれるが、飛行機を降ろされるのがイヤなのでみんな『何も見ていない』と答えているらしい」と宮迫さんは話を結びました。

その番組を観て興味をもった全国の視聴者が、真相を確かめようといっせいにネットで検索し、過去にこの『雲の上の書斎から』で書いた以下の三つのBlogにたどり着いたようなのです。

機長らのUFO目撃談」(2007年1月11日)
私も“謎の物体”を見た!」(2007年1月13日)
“UFO”取材の経過報告」(2009年9月17日)

私のBlogでは何年か前に「コメント」の受け付けをやめてしまったのですが、上記の文章を発表した当時は大変でした。「近くの山奥でよくUFOと遭遇するので、取材してほしい」とか、「友人がよくUFOを見るのでインタビューしてはどうか」といった内容のコメントが殺到して。もちろん、私はUFO研究家ではないので、すべてお断りしました。ちなみに三つめのBlog「“UFO”取材の経過報告」では、最後に「これからも取材を続けます」と結んでいますが、取材も続けていません。エアラインパイロットが本当にUFOに遭遇していて、それを公言すると本当に地上に降ろされてしまうのか? まだ確証がもてないままなので、興味がないわけではないのですが。

S.Akimoto at 00:40|Permalink

2011年01月28日

退職機長らの受け皿

 
2兆3,000億円余りの負債を抱えてJALが経営破綻してから、ちょうど1年。更正計画の柱は、グループ全体の3分の1に相当する1万6,000人の人員削減でした。希望退職か、整理解雇か。大量のリストラが進行するなか、苦悩の選択を迫られた人も少なくありません。パイロットも同じです。JALを辞めざるを得なかった機長や副操縦士らは、次なる一歩をどう踏み出そうとしているのか──。


昨日夜のテレビ朝日『報道ステーション』で、JALの元機長らの“その後”にスポットを当てた特集が放送されました。JALを退職した機長が即戦力として海外のエアラインに再就職するケースなども少しずつ出てきているようです。同特集の中で、彼らの“受け皿”の一例として紹介されたのがトルコ航空でした。

トルコ航空は、去年1年間の旅客数が前年比の16%増と、国際線を中心に急拡大を続けています。新しい機材の積極的な導入を進める一方で、パイロットが不足し、最近は女性の活躍も目立ち始めました。写真は、誠Styleの連載でのレポート「トルコ航空で“空のシルクロード”を行く」で取り上げた新しいボーイング777-300ERのコクピットです。そのシアトルからイスタンブールへのフェリーフライトで副操縦士の席についていたのも女性でした。

しかしトルコ人のパイロットだけでは、急拡大する需要に追いつけません。そこで始めたのが、海外の機長経験者の採用です。昨夜の特集で紹介された八木橋正行さん(60)も、日本から8,700キロ離れたトルコに新天地を求めた一人。JALで777機長として空を飛びつづけてきた彼は、カメラに向かって言いました。「JALの一員としての自分は終わってしまいましたが、パイロットとしての自分をまだまだ終わらせるわけにはいきませよ」。八木橋さんの新しい挑戦を、心から応援したいと思います。

S.Akimoto at 18:09|Permalink

2010年10月16日

クルーたちの訓練施設

 
イスタンブールに到着した翌朝は、トルコ航空の客室乗務員やパイロットの訓練を取材するため、空港に隣接するフライトアカデミーへ。ちょうど約40日間のトレーニングをスタートした新人キャビンクルーのグループが、見学に訪れた私たちを笑顔で迎えてくれました。


実際のキャビンを再現したモックアップを使っての機内サービスをはじめ、緊急時のドア操作や乗客の避難誘導、救命措置の方法などがカリキュラムに組み込まれ、訓練に臨む新人たちの表情は真剣そのもの。客室乗務員はサービス要員である前に“保安要員”であることを改めて確認できました。

つづいて、パイロットの訓練施設へ移動します。今年4月にこのフライトアカデミーを訪ねた際、新しいボーイング777-300ERの受領に合わせて同型機のフライトシミュレーターを発注していることを関係者から聞きました。それがつい最近、納入されたというので、さっそく見せてもらうことに。訓練中のフライトシミュレーター内の取材もOKとのことです。

教官パイロットが操作すると、操縦席から見える滑走路の景色が次々に変化します。昼間から夜間へ、さらに雪の日や霧が深い日の状態に。「イスタンブール上空をひと回りしてきましょうか」と教官が言うので、お願いしました。離陸時にコクピットに伝わる音や振動は、まさに本番さながらです。ボスフォラス海峡上空にさしかかると、機体を左右に旋回させながら教官は指差しました──「橋の左側がアジア、反対側がヨーロッパです」〔写真〕。実際のフライトのコクピットに同席させてもらったように、迫力満点の20分間でした。

さて、シアトルからイスタンブールとつづく取材も今日が最終日です。午後は旧市街まで出て歴史ある街並みをのんびり散策し、明日はエジプシャン・バザールへ行って少し買い物をしてから、夕刻の便で帰国の途につきます。

S.Akimoto at 18:11|Permalink

2010年10月13日

ロビンソンR44

 
昨日報告した空撮の話のつづきを少々。私たちが利用したのは、全米で唯一の日本人FAA実施試験教官、瀬島一郎さんがオーナーを務めるクラシックヘリコプター・コーポレーションです。コンタクトをとったのが当日の朝という急な空撮の相談にも、とても親切に対応してくれました。


用意されたヘリは、アメリカ製のロビンソンR44です〔写真〕。カメラを持ったチャーリィ古庄氏(右)の陰になっていますが、撮影用に後部座席のドアが外されているのがわかりますか? R44は最大時速240キロ・巡航時速185キロの4人乗りで、操縦席に座るのはパイロット歴15年のインストラクター、武内大一さん。この日はやや風が強かったものの、撮影ポイントにくると武内さんは巧みな操縦技術で機体を傾けながら揺れを抑えてホバーリング状態を保ち、チャーリィ氏も「狙いどおりの撮影ができた」ととても満足していました。

クラシックヘリコプターはこうした空撮などのほか、遊覧飛行やフライトスクールも実施しています。興味のある方は公式サイトを参照してみてください。問い合わせや相談は日本語でOKです。

さて、日本より16時間遅いシアトルでも、日付が変わりました。現在は10月13日の午前1時を回ったところ。今日は午後からボーイングのエベレット工場で、トルコ航空の777-300ERの1号機受領式に出席します。調印式やリボンカットのセレモニーを取材したあとは、各国から1、2名ずつ招待された新聞記者やテレビクルーなどのジャーナリストとともに受領したばかりの777-300ERでイスタンブールへ。大型機に30名程度しか乗らないロングフライトがどんなものなのか、ちょっと楽しみです。

S.Akimoto at 17:14|Permalink

2010年07月13日

重版御礼!

 
下の写真は、ANAの成田発パリ行き205便をモデルに国際線機長の活躍を追った新著『ボーイング777機長まるごと体験』の1シーンで使用したものです〔撮影=チャーリィ古庄氏〕。離陸滑走を開始する前のコクピットについて、本書の第3章「離陸」で私は次のように描写しました。


「当機は間もなく離陸いたします。お座席のベルトをもう一度お確かめください」
 副操縦士がキャビンへ「出発」を知らせるチャイムを送ると、ほどなく担当の客室乗務員によるそんな機内アナウンスがコクピットにも聞こえてきました。
「テイク・オフ!」
 機長の口から短く発せられたその言葉は、行くぞ、という力強い意思表示です。
 副操縦士がうなずくと、機長はスラストレバーを押し出してエンジンを全開に。205便は静かに、力強く滑走を開始しました。
 エンジン音がうなりを上げ、タイヤが滑走路面を転がるゴツゴツした振動が伝わってきます。速度が増すにつれ、コントロールホイールが勝手に手前に動こうとするのは、昇降舵に作用する気流の影響によるものです。機体はぐんぐん滑走スピードを上げ、前方の滑走路の景色が勢いよく後方へ流れ始めました。


本書の発売から、間もなく1カ月です。この間、すでにたくさんの方々から反響をいただきました。先日は産経新聞の書評欄でも「話題の本」として取り上げられ、担当編集者からは「ネット通販サイトのAmazonでは先週からずっと在庫切れが続いている状態。一般の書店でも品切れのところが出てきている」と報告がきています。出版社では現在、増刷を進めていますので、いましばらくお待ちくださいね。

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2010年07月11日

JAL系に女性機長

 
明日の7月12日(月)に、国内の大手エアラインでは初となる女性機長が大阪(伊丹)と仙台を結ぶ路線でデビューします。いくつかの新聞とテレビも昨日、このニュースを報じていました。


機長に昇格した女性は、JALグループの1社で大阪(伊丹)を中心に国内の地方都市を結ぶJEX(ジャルエクスプレス)に勤務する藤明里さん(42)です。大学卒業後にアメリカで事業用の操縦士免許を手にした藤さんは、1999年にJEXに入社し、2000年4月から副操縦士を務めてきました。その後、08年2月に機長に必要な「定期運送用操縦士」の資格を取得し、昇格訓練を経て今月2日に国交省の機長審査に初挑戦で合格。入社から11年かけて夢を実現しました〔写真はJEXが運航するボーイング737-800〕。

国土交通省のデータによると、国内エアラインの機長は2010年1月現在で3,778人。これまではすべて男性でしたが、JALグループでは藤さんのほかに9名、ANAグループでは14名の女性が副操縦士として現在活躍しています。近い将来、2人目、3人目の女性機長が間違いなく誕生するでしょう。

先月刊行した『ボーイング777機長まるごと体験』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンス・アイ新書)への反響で、エアラインパイロットという職業への注目度の高さを改めて実感しました。男性ばかりでなく、女性読者からも「コクピットの世界にますます興味をもった」「私も空の仕事にチャレンジしてみたい」といった声が数多く寄せられています。

S.Akimoto at 11:40|Permalink

2010年06月10日

777機長を体験する

 
国際線機長の活躍に密着した新著『ボーイング777機長まるごと体験』が、ソフトバンククリエイティブのサイエンス・アイ新書の1冊として6月15日に刊行になります。来週の発売日に合わせて正式な告知を──と当初は考えていたのですが、Amazonをはじめネットショップではすでに予約受付が始まっているようですので、ひと足先に報告させていただくことにしました。


上の画像が、そのカバーデザインです。この本の「はじめに」で、私は次のように述べました。

 旅客機のコクピットに乗って、空を飛びたい! 多くの航空ファンが抱くそんな夢を叶えるために、私はこの本を書きました。
 エアラインパイロットに憧れる人はたくさんいますが、それを実現できるのはごく一部に過ぎません。また、パイロットという職業を目指したことはなくても、やはりコクピットに乗って離陸や着陸のスリルを味わってみたいという人は大勢います。
 どうしたらそれを叶えられるか? 学生時代に学んだ航空工学の道に別れを告げ、作家業を選んだ私にできることは一つしかありません。その答えが、本書の実現でした。


で、せっかく体験していただくなら、現代の“花形機種”のコクピットに案内し、人気の国際路線を飛んでもらうのがいい。そう考えて本書の舞台に選んだのが、ボーイングのハイテク機777-300ERで飛ぶANAのパリ行き「NH205便」です。成田からパリへのフライトでの、エアラインパイロットたちの華麗で魅力的な仕事を、どうぞまるごと体験してみてください。

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2010年06月04日

異星人はいる?

 
もうすぐ発売になる新著を書くために、この数カ月、エアラインパイロットの取材を続けてきました〔写真はイメージ=航空写真家・チャーリィ古庄氏撮影〕。それぞれの現場で予定していた取材を終えると、私は機長らに少しだけ時間をもらい、相変わらず以下のような突拍子もない質問をぶつけています。


「ところで機長。フライト中に、上空でUFOに遭遇したことはないですか?」

この物好きなテーマを地道に追い続けていることは、これまでも何度か報告しました(「機長らのUFO目撃談」「私も“謎の物体”を見た!」「“UFO”取材の経過報告」)。ですが、こちらが意図するような答えはなかなか返ってきません。彼らは「UFO? いやあ、ないですねえ」と笑って言いますが、その言葉を本当に信じていいのか、あるいは単にはぐらかされているだけなのか。

広大な宇宙には、太陽と同じような恒星が無数に存在します。その周りには数え切れないほどの惑星あって、そこに生物がいても少しも不思議ではないと私はずっと考えてきました。地球以外に人間のような知的生物がいれば、何らかの信号を発しているはず──そんな観点から、宇宙からの電波を分析する研究ももう50年近く続いています。ある研究者は「コンピュータ技術が進化しているので、10年か15年以内には宇宙からの信号をキャッチできるだろう」と言いました。異星人は存在するのか? その答えが出る日は、もう近いかも知れません。

ただし、異星人との遭遇というロマンには、ちょっぴり切なさもつきまといます。つい最近も、イスラエル軍がパレスチナ支援船を強襲するといったニュースが地球上を駆け巡りました。異星人が宇宙のどこかに存在するとして、殺戮と暴力が絶えない地球は、彼らの目にどう映るのでしょうか?

S.Akimoto at 11:04|Permalink

2010年06月01日

校ォ了ォォ〜!

 
5月の最終日だった昨日は、6月15日に発売する新著を印刷入校するデッドラインでした。この日ですべての文字校正と写真および色校正などを終えて、印刷に回さないと、予定の刊行日に間に合いません。で、午後からDTP会社の校正室に出向き、ソフトバンククリエイティブの担当編集者と作業に没頭しました。


「とにかく、校了まで持っていかなければなりません。場合によっては朝までの作業になることを覚悟してくださいね」

編集者からは危機感たっぷりの声で、先週末にそう言われていました。取材と撮影が長引いたこともあり、原稿の提出が遅れに遅れた結果です。出版社の営業チームが大手書店を中心にすでにかなりの注文をとってしまっているので、もし6月15日に発売できないとなると、ちょっと大変なことに。なので、何が何でもこの日で終えようと腹を決めて出張校正に向かいました。

初校の赤字を反映させて修正済みの再校ゲラを、編集者がまず確認し、それを私が1ページ目から精読して最終チェックします。それでもいくつか赤字を入れなければならない箇所があり、赤字を入れた再校ゲラを制作室に待機しているDTP担当に提出。再度修正されて出てきたものをもう一度確認する──といったやりとりが延々何時間も続き、やっと校了になりました。

上の写真は、成田で撮影した出発前のブリーフィング風景です。パイロットたちの世界を舞台にした今回の作品を書くため、ANAのさまざまな関係者に取材に協力してもらいました。『ボーイング777機長まるごと体験』というタイトルの下に「成田/パリ線を完全密着ドキュメント」のサブタイトルが入って、2週間後に書店に並びます。

S.Akimoto at 07:48|Permalink

2010年05月15日

航空写真に挑戦

 
前回のBlogでも報告したように、一昨日は航空写真家のチャーリィ古庄さんとともに朝から成田空港へ。来月15日に発売になる私の新しい著書『ボーイング777機長まるごと体験』(サイエンス・アイ新書)のための撮影を行ってきました。


現場には別の取材班も来ていて、そのカメラマンも私の知り合いでした。航空写真の分野では、やはり実績のある人です。

私はディレクターの立場で撮影に立ち会いましたが、ただ見ているだけでは退屈です。一眼レフカメラは持参していましたので、二人のベテラン写真家の仕事ぶりを見よう見まねで、私も航空写真にチャレンジ。その様子を、ちょうど出発していく便に乗務していた機長が見ていたらしく、あとでメールが届きました。

「秋本さん、今日の午前中、駐機スポットで取材してたでしょう。ブッシュバックされていくときにコクピットから見かけましたよ」

うわ、知らなかった。知ってたら、もう少しカッコよくカメラを構えるポーズをとったのに(笑)。

さて、スポットでのシーンの撮影を終えたあとは、滑走路の反対側に行って今後は離陸シーンを狙います。巨大な超望遠レンズを向ける二人のプロの動作をみながら、私も200ミリレンズに付け替えていくつか撮ってみました。足を肩幅まで開いて膝に力を入れ、機体の動きに合わせてゆっくりとカメラを動かして。上の写真はその1枚ですが、ピントがちょっと甘いようですね。う〜ん、難しい!

S.Akimoto at 22:27|Permalink

2010年05月12日

国際線機長の全仕事

 
成田からフランスのパリを結ぶANAの205便をモデルに、国際線機長の活躍をドキュメントで追った作品『ボーイング777機長まるごと体験』が、サイエンス・アイ新書の新しい1冊として6月15日にソフトバンククリエイティブから発売になります。


内容は成田/パリ線のフライトドキュメンタリーですが、コクピットで展開される機長の仕事をそのまま再現しただけでは、マニアック過ぎて一般の読者には伝わりません。かといって操縦マニュアル本や単なる解説書を書く気もなし。空港や雲の上で実際に繰り広げられる行動や会話をベースに、それを私なりにデフォルメして、空の仕事を夢見る高校生や旅好きの女性読者にも楽しんでいただけるドラマに仕立てました。

ドラマの素材は、すべて“現場”で収集しています。今年に入ってから成田や羽田のANAの運航現場に何度も足を運び、取材を重ねてきました。明日はこの本の各ページに挿入するイメージカットを空港の駐機スポットなどで一日がかりで撮影する予定で、航空写真家のチャーリィ古庄さんをともなって早朝から成田に向かいます。

ちなみに上の写真は、作品の“舞台”として選んだボーイングの大型双発機──「777-300ER」です。この写真も、古庄さんが提供してくれました。

S.Akimoto at 23:42|Permalink

2010年03月09日

旅客機運航の舞台裏

 
刷り上がったばかりの『月刊公明』4月号が編集部から送られてきました。「ヒューマン・ルポ/旅客機運航の舞台裏を追う」と題する計8ページのルポルタージュを発表しています〔写真〕。


私の寄稿する媒体は、総合誌からビジネス・経済誌、情報誌、旅行誌、航空専門誌まで多岐にわたります。『月刊公明』はその中でも珍しい部類に入るかも知れません。名称からわかるとおり公明党の機関誌ではありますが、担当編集者いわく「党派や政治色に偏らない雑多なメディアを目指しています」というのが編集の基本方針。いまから1年半ほど前に「全国の一般読者にエアラインの世界の現状や楽しさをわかりやすく伝えるレポートを書いてほしい」との依頼があり、ときどき寄稿するようになりました。

「おはよう!」
 ベテラン機長から背中越しに声がかかると、若い副操縦士はやや緊張した面持ちで振り返った。
「あ、機長。おはようございます。本日はよろしくお願いします」
 二人が揃って姿を見せたのは午前11時を回ったときだった。ここは空港に隣接する運航乗務員のオペレーションセンター。その日のフライトに乗務するパイロットは、決められた時間になると出社してくる。出勤時間は出発時刻のおよそ1時間半から2時間前で、これは国際線も国内線も変わらない。
 彼らの仕事は、コクピットに入る前からすでに始まっている。


レポートはそんなシーンから始まり、まざまな職種や部署の人たちと力を合わせながらの出発までの準備の様子と、すべてを整えて離陸するまでを詳細にわたって描写しています。『月刊公明』は一般の書店で手に入らないのが残念ですが、公明党の出版販売部で購入できますので、興味のある方はどうぞ。

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2009年08月01日

空に生きる者たち

 
8月ですね。夏休みは、どう過ごされますか? 今日は土曜日でもあるので、ここで本の紹介を一つ。ちょっと古い小説ですが、いわゆる“航空もの”としては名著に数えられる作品です。


紹介するのは、ロバート・J・サーリングの『機長席』。日本語訳は1980年6月に早川書房から刊行になりました〔写真〕。航空を舞台にした小説というと、戦闘機や爆撃機が活躍する戦争アクションものか、事故やハイジャックが旅客機を襲うパニックものがどうしても多くなります。“娯楽”という要素を盛り込まなければならないからでしょう。そんな中で、本書の存在はきわめて異色。著者サーリングは、民間航空会社そのものを物語の中心に据え、その発展の歴史の中で一人のパイロットの成長を描き上げました。

サーリング自身が元UPIワシントン支局に勤める航空担当記者であり、航空安全調査委員会のメンバーとして活動してきたこと、さらに彼の妻が民間航空の客室乗務員の経験を持っていること──それらの経験・知識があればこそ紡ぐことができた世界だと思います。民間航空機事故の調査方法の変遷、操縦訓練の様子などが実情に沿って詳しく描写され、FAA(連邦航空局)発足のくだりなどもじつに興味深い。空を愛し、空に生きる者の厳しくも華麗な物語は、これから航空の世界をめざそうという若い人たちの心にもきっと響くものがあるでしょう。

本書はすでに絶版になっていますが、インターネット古書店などで入手できます。興味のある方は、夏休みの読書リストの1冊に加えてみてください。

S.Akimoto at 13:48|Permalink

2009年05月20日

免許が失効する!

 
明け方まで書き物をし、ベッドに入って約2時間。ときどき夢の世界に分け入るのですが、頭が冴えてなかなか熟睡とまではいきません。今日は5月20日──誕生日からもう1カ月が過ぎたんだな、などとぼんやり考え、ハッとして飛び起きました。今年は運転免許の更新の年で、その書き換えの期限が誕生日の1カ月後までなのです。


午後は予定が詰まっているため、急いで着替えて、地元の警察署へ行きました。眠い目をこすりながらの手続きでしたので、視力検査がドキドキです。検眼表がかすんでよく見えなかったりすれば、免許が失効になってしまいますから。結果は問題なしで、また5年間有効の新しい免許証を手にしましたが、更新は面倒臭いですね。そこでふと思ったのが、エアラインパイロットたちのことでした。

エアラインの機長や副操縦士は一度ライセンスを取得しても、1年ごとに定期路線審査を受けなければなりません。査察操縦士(試験官役のパイロット)が同乗して実際の路線を飛び、技能や知識が審査されます。いつも慣れ親しんできた路線でも、1年のあいだに空港システムの一部が変更になっているケースもあり、油断は禁物。査察操縦士の質問に答えられなかったり操縦に不手際があれば、合格できません。そのため現役の機長や副操縦士らも、日頃から最新のフライトシミュレーターでさまざまな飛行ルートや状況を設定しての訓練などを重ねています〔写真はJAL訓練センターのボーイング747-400フライトシミュレーター〕。

実技試験のほかに、半年ごとの身体検査もあります。肝機能を示すGTPに不安のある人は検査の数カ月前から好物のビールを控え、肥満の傾向のある人はプロボクサー並みに汗を流し、食事を控えて減量に努めなければなりません。万が一基準値をオーバーすれば、フライトは即刻停止。基準値に戻るまでは操縦桿を握れず、空を見上げて「飛びたい、飛びたい」と呟きながらしばらくは地上の仕事に従事することになります。

パイロットという職業にはかつて、私も憧れた時期がありました。が、セルフコントロールができない不摂生な私には、しょせん叶わぬ夢でしたね。

S.Akimoto at 11:55|Permalink

2009年05月05日

不況下のパイロット

 
テレビ朝日で毎週日曜日の夜11時15分からオンエアされているドキュメンタリー番組『素敵な宇宙船地球号』で、一昨日の5月3日に鳥が旅客機のエンジンに吸い込まれる「バードストライク」について特集していました〔写真はイメージ=航空写真家・小栗義幸氏撮影〕。


バードストライクで思い出すのが、今年1月15日にアメリカで起きたUSエアウェイズ機のハドソン川着水事故です。US1549便(エアバスA320)はニューヨークのラガーディア空港を離陸して間もなく、鳥の群れに衝突して双方のエンジンが故障。冷静かつ的確な判断と行動で機をハドソン川に着水させ、機体水没まで約1時間というわずかな時間内に全員を救出させた同機のサレンバーガー機長は、のちに「奇跡の操縦士」として称賛されました。

どの空港でもバードストライクは深刻な問題で、その対策に知恵を絞っていますが、鳥との衝突による事故は世界中で年間2万件も起きています。バードストライクをゼロにすることが難しいのであれば、そこで重要になるのは操縦桿を握るコクピットクルーたちのさまざまな状況を想定した日々の訓練と、実際にアクシデントに遭遇したときの的確な判断・行動でしょう。

USエアウェイズのサレンバーガー機長はその後、アメリカ連邦下院議会の航空小委員会で「航空会社のリストラが安全性を犠牲にしている」と証言しました。同委員会で機長は、自分の給与がここ数年で4割もダウンしたことを明らかにし、経験豊富なベテランパイロットが次々と現場を去っていることに言及。「自分の子供を同じ職業に就かせたいと思っているパイロットは、私のまわりでは一人も知らない」と将来への悲観的な見方を示していたことも、気になります。

S.Akimoto at 19:20|Permalink

2009年04月04日

下界のサクラ

 
サクラが、一気に満開ですね。急用があって福岡までトンボ返りで行ってきたのですが、上空から見る列島各地のサクラがとてもきれいでした。この時期の国内線フライトは、下界のサクラ観賞もちょっとした楽しみの一つです。


前にどこかで書いた覚えがありますが、どの季節のフライトが好きかを国内線パイロットに質問すると、多くの意見が「春」か「秋」に集中します(どこに書いたのだっけかな? 忘れた)。春は桜前線が北上する頃の、秋は紅葉前線が南下する時期のフライトが、コクピットから景色を眺めていてとても心が休まるとか。「なかでも満開の桜を見下ろしながらのランディングは最高ですよ」と話してたのは、JALのあるベテラン機長でした。

その機長は、上空から見るサクラできれいなのは「福岡、青森、函館あたり。満開の時期は東京のサクラもいい」と言っていました。写真は、成田空港に近い「さくらの山公園」で何年か前に私が撮影したものです。

都心部では、明日の日曜から来週前半にかけてが、どうやらピークらしい。先週初めにアメリカ・シアトルに出かける前には「今年のサクラはいつもよりだいぶ早そう」と聞いていたので、帰国するときにはもう花見シーズン終盤かと思いましたが、結局は今年もほぼ平年どおり。明日は私の地元で、恒例の“花見どんちゃん騒ぎパーティ”に朝から参加します(笑)。

S.Akimoto at 23:33|Permalink

2009年02月27日

青い地球を見てみたい

 
今週は、ANAの大西卓哉さん(33)と航空自衛隊の油井亀美也さん(39)の二人の日本人パイロットが宇宙飛行士候補に選ばれたことが話題になりました。二人は今後訓練に入り、早ければ2013年に国際宇宙ステーションで長期滞在を始めることになります。


宇宙で滞在──憧れますね。初めて海外へ出た人が帰国後に「人生観が変わった」と話すのを聞くことがあります。海外へ行くだけでそうなのですから、大気圏を飛び出すという体験は、きっと想像を絶するものなのでしょう。「宇宙を体験した人間は、前と同じ人間では決していられない」と言ったのは、アポロ9号の飛行士ラッセル・シュワイカート氏でした。

宇宙体験語録は、ほかにもあります。たとえば、アポロ15号の飛行士だったジェームス・アーウィン氏の言葉──。

「月の大地は灰色の山脈と丘が連なっていた。地平線の向こうに黒い宇宙空間が切り込んでいた。動くものはない。風もない。だが、まるで生まれ故郷にいるような安心感があった。すぐ後ろに神がいそうで、宇宙服の肩越しに何度も振り返った。人が月面を歩いたことより、キリストが地上に降り立った方がはるかに重要だ。それをわからせるため、神は私を月に導いた」

アーウィン氏は、月面でたしかに“神”を感じたと言うのです。そして彼が神と対峙しているそのとき、アポロ15号の司令船で月を周回していたアルフレッド・ウォーデン氏も同じような体験をし、こう述べています。

「宇宙にはすべてを超えた“力”がある。始まりも終わりもない。そこにはただ、すばらしい世界をつくった“意志”があるだけだ」

宇宙から帰還すると、飛行士の仕事を捨てて宗教家や伝道師になる人が多い──そんな話もよく聞きます。テクノロジーの最先端で生きてきた人たちが、現代の常識や科学技術では説明できない“神秘の世界”を平然と口にし始めるのですから、不思議ですね。そういえば、初の日本人宇宙飛行士となった秋山豊寛さんが、帰還後にそれまで勤めていたTBSを退社して福島県で農業を始めました。あれも、やっぱり宇宙での神秘体験と何か関係が?

S.Akimoto at 16:34|Permalink

2008年10月23日

コーパイの飲酒で遅延?

 
那覇空港で22日、ANAの羽田行き120便(ジャンボ機)の副操縦士(38)から基準値を超えるアルコールが検出され、出発が約1時間半も遅れました〔写真はイメージ〕。


こういう不始末がときどき起こりますね。ANAによると、副操縦士は出発12時間前の21日午後8時以前にビールを中ジョッキで1杯、泡盛を2合飲んだとか。あいにく那覇空港には交代できる待機中のパイロットがいなかったため、当人の酔いがさめるのを待っての出発になったそうです。待たされるほうはたまったものではないですね。しかも乗客には「パイロットの体調不良」とウソの報告をしたいといいます。これはいけません。

ANAではこの8月にも、関西国際空港で大連行きの便の出発を、機長の前日の飲酒が原因で遅らせています。たしか5、6年前には、ベトナムで国際線の副操縦士が搭乗直前にホテルで酒を飲み、出発が7時間近くも遅れるというトラブルもありました。ベトナムでのこの事件のときも、乗客は「乗務員の体調不良」を理由に近くのホテルで待たされたと記憶しています。

学ぶ、ということを知らないのでしょうか? そもそも迷惑をかけている乗客に「虚偽の説明」をするところから、企業としての対応を間違えている気がします。

S.Akimoto at 17:59|Permalink

2008年08月31日

空を見上げて

 
最近、ふと空を見上げることが増えていませんか? 朝、家を出るとき。昼間道を歩きながら。仕事を終えて夕方駅に向かうとき。普段だと天気予報を見て傘を持っていこうかどうか決めるのですが、その天気予報がまったく当たらない。で、ついつい自分で空模様をうかがってしまうのです。


今年の夏は、何かがおかしいですね。毎日どこかしらの地域を“ゲリラ豪雨”が襲い、知り合いの気象予報士は「都心で雷が観測された回数は、この夏は過去50年間で最大です」と話していました。

異常気象を憂うのは、エアラインパイロットも同じです。先週会ったTさんというJALのベテラン機長も、日本の空は明らかに変わりつつあると、私にこう言いました。

「アジア化している、というのかな。国内線を飛んでいるときも、国際線を担当して海外から日本に帰ってきたときも、上空ではいつも日本の四季を感じて私たちパイロットはホッとした気持ちになったものです。ところが近年は、その四季を感じることがめっきり少なくなった。熱帯のアジア気候と、すごく似てきた気がします」

上空では地上よりも先に四季の変化があると、前に別の機長に聞いたことがあります。それだけに、パイロットたちは季節に移ろいに敏感なのでしょう。都心部は、雨は上がっているものの、今日も朝から曇り空〔写真〕。午後にはまたひと雨ありそうです。子供たちにとっては夏休み最後の日曜なのに、気の毒ですね。

さて、私もそろそろ出かけるとするか。かばんにはもちろん、折畳みの傘を忍ばせて。

S.Akimoto at 10:10|Permalink

2008年06月23日

夢につながる3つの道

 
離陸。それはコクピットクルーたちが最も緊張する瞬間だといいます。自分もいつかはエアラインパイロットとして、同じ緊張を味わってみたい。そんな夢を一度は抱いたという人が、少なくないようですね。


エアラインパイロットになるには二つの道があります。一つは航空大学校を卒業し、パイロットとして航空会社に入る方法。もう一つはJALANAが大卒社員を採用し独自にパイロットを養成するシステム──いわゆる“自社養成パイロット”の要員募集に応募する方法です。競争率でみるといずれも超難関で、夢をつかむのは簡単なことではありません。が、最近は上記二つの方法以外にも新たな道が開かれました。自力で操縦士免許(事業用・計器飛行証明)を取得し、航空会社にパイロット要員として採用されるケースです。

ところで今日の昼間、ニッポン放送の構成作家の方から「エアラインパイロットになるには?」というテーマでインタビューを受けました。多くのベテラン機長が定年退職を迎え始めている中、今後パイロットを夢見る若い人たちにもチャンスは広がるのか? 航空大卒と自社養成コース以外の道で実際にパイロットになれる確率はどのくらいあるのか? 海外でエアラインパイロットをめざすことは可能か?

それらの質問に一つひとつ答えていたら、急きょ明日(24日)の放送に生出演して直接話してくれないか──ということになりました。ウイークデーの15時30分〜17時30分にオンエアされている同放送の『特ダネラジオ』という番組の中で、16時ごろから「エアラインパイロットになる方法」という10分間程度のコーナーを構成するそうです。そこに電話で生出演しますので、興味のある人はラジオのチューナーを1242kHzに合わせてみてくださいね。

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2008年05月07日

女性機長のかばん

 
国内外を移動していると、最近女性の活躍の場が増えたなと実感します。昨日も都内で電車に乗っていたら、乗務していた車掌は女性だったし、降りたホームでアナウンスしていた駅員も女性。JR各社は女性運転士の採用・育成にも力を入れ始めました。「運輸」という分野もサービス業の一つと考えると、女性ならではの能力やきめ細やかな感性はもっともっと生かされるべきなのかも知れません。


女性の進出が著しいのは、エアラインの世界でも同じです。整備の現場では女性エンジニアをよく見かけるようになり、空港では女性マーシャラーの活躍も目立ってきました。今後はパイロットをめざす女性もいままで以上に増えそうです。そういえば、今年2月末にタイへ取材に行ったときに広島から利用したバンコクエアウェイズの便も操縦を担当したのは女性でした。

「彼女が本日、機長席に座ります」

広島空港の出発ロビーで搭乗前に広報担当からそう紹介されたものの、ちょうど他のクルーと出発前のブリーフィング中で、話ができる雰囲気ではありませんでした。しかしその険しかった表情も、バンコクの空港に到着し、仕事を終えたあとは一変。笑顔のとてもチャーミングな一人の魅力的な女性に戻り、撮影の依頼にも快く応じてくれました〔写真〕。

話を聞くと、彼女はエアラインパイロットになる前はプロのモデルだったとか。ユニークな経歴ですね。パイロットたちが手にする黒い重そうななかばんには、可愛らしいマスコットがぶら下がっていて、そのギャップが返ってとても新鮮でした。

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2007年12月11日

聖夜を空から楽しむ

 
クリスマスムードたっぷりだったヨーロッパから帰国すると、東京の街も華やかなイルミネーションで着飾り始めていました。電車で都内を移動していると、若い人たちの「今年のイブはどうする?」「もう予定は決まった?」などという会話が聞こえてきます。


クリスマスの予定がまだ決まっていない人は、今年は夜間飛行を楽しんでみるのはいかがでしょう?

夜のフライトは、かつてはとても危険なものでした。真っ暗な上空は視界が悪く、水平線が見えません。飛行機操縦の基本は水平を保つことですが、暗闇の中で知らないうちに機体が傾いていると揚力が減少し、そこに旋回が加われば螺旋降下(錐もみ状態)という非常に危険な状態が生じます。そういう時代に命がけで操縦桿を握った人たちの活躍を描いたのが、フランスの作家、サン=テグジュペリの名作『夜間飛行』でした。

日本の航空界でも、昔は夜間飛行に出るとパイロットに“特別ボーナス”が加支給されたといいます。戦前の話ですが、それくらい夜間に空を飛ぶのは危険なことだったのでしょう。戦後、航空交通管制と計器飛行が完成してからは夜間飛行は当たり前になり、ボーナスの支給もなくなりました。いまではナイトフライトのほうが好きだというパイロットもいれば、出張や旅行の際にわざと夜間の出発便を選び、眼下に広がる夜景を楽しむ乗客も増えています。

しかし出張や旅行で何度もジャンボ機を利用した人でも、セスナやヘリで都会の夜を満喫したことはないという人が意外に少なくありません。最近は遊覧飛行を提供する各社のクリスマスフライトのプランメニューも充実していますので、この機会にぜひトライしてみてはいかがですか? 私が一度乗りたいと思っているのは、北海道航空の「札幌ナイトクルージング」。大通りからススキノへ、ヘリかセスナで10分から15分ほどのフライトで、値段も手ごろです。澄み切った北の大地のネオンを空から眺める──きっと素敵でしょうね。エクセル航空の東京・横浜コースのクリスマスフライトも、いまや定番になりました。

2007年のホーリーナイトは、大好きな人と二人で、あるいは大切な家族たちと、ぜひ思い出深い一夜にしてください。

S.Akimoto at 22:37|Permalink

2007年07月20日

下手なパイロット?

 
「滑走路に着地するときの衝撃がものすごくて……」と、札幌から上京した知人のイラストレーターEさんがパイロットのランディング技術の未熟さを嘆いていました。「きっと新米のパイロットだったんだろうね」


時速200〜250キロ程度のスピードで地面に着地後、旅客機は限られた長さの滑走路に確実に停止しなければなりません。パイロットはそのために、3種類のブレーキを機能させます。

最初の一つは、主翼についているスポイラーです。旅客機は、接地した瞬間に翼面のスポイラーが自動的に立ち、ダウンフォースを働かせて車輪がしっかりと地面をとらえるようにできています。地面に押さえつける力が足りないと、車輪ブレーキの効果も薄れてしまうのですね。スポイラーの働きで車輪が完全に滑走路に着地すると、次に作動させるのがエンジンの逆噴射装置。旅客機を前進させるためのジェットエンジンを逆向きに噴射させ、高速で降り立った機体を一気に減速させます。そして最後に、車輪ブレーキを働かせて機体を確実に停止させる。旅客機のランディングシーンでは、以上の3つが常に同時に機能しています。

ところで、Eさんが羽田に到着したのは18日の水曜日。朝から小雨が降ったり止んだりの日です。以前、親しいパイロットが「雨の降り始めでスリップしやすいときなどは、確実に車輪が地面をとらえるようわざとドスンと降りるんですよ」と話していたのを思い出しました。18日のフライトは、まさにそのケースだったのかも知れません。

S.Akimoto at 23:40|Permalink

2007年06月12日

夢はヒコーキの“運転手さん”

 
「ボーイング747-400の貨物機もだいぶ増え、自分たちの役目も少しずつ終わりに近づいている感じがします」──フライトエンジニア(航空機関士)としてJALに勤務する友人がアンカレッジ空港からくれた連絡に、そんなひと言が添えてありました。


“ハイテクジャンボ”と呼ばれた747-400〔写真〕の登場以来、コクピットは従来の「3人乗務」から機長と副操縦士のみの「2人乗務」が主流に。フライトエンジニアの仕事は確実に減り、現在は貨物便の集結地となっているアンカレッジへのフライトがメインになったと友人は話します。その貨物便にも2人乗務の747-400が使われ始め、自分たちの引退も近いと彼は感じたのでしょう。

淋しい気持ちは私にも伝わってきます。が、その一方で勇気づけられるのが、「空の仕事」をめざす若い人たちが跡を絶たないこと。中でもCA人気は根強く、最近はCAをめざし始める年齢層もぐっと下がって、あるCAスクールのWebサイトには小中学生からの問い合せも増えているとか。そんな声に応えようと、子供向けにCAの仕事をわかりやすく伝えるサイトを開設したという方から先日、All About『世界のエアライン』へのリンク依頼なども届きました。

子供たちが憧れるのはCAだけではありません。以前に書いたBlog「大空への夢・憧れ」でキティちゃんのパイロットになるまでのストーリーを描いた『ハローキティのパイロットになりたい』(酣燈社)という絵本を紹介したところ、ある女性から次のようなメールが届きました。

「書店で絵本をぱらぱらとめくってみらたらとても面白そうだったので、さっそく購入して5歳になる娘に読み聞かせました。以来、娘は口癖のよううに『わたし、ヒコーキの運転手さんになるんだ』と言っています。最近はパイロットの仕事にますます興味をもち、飛行機の図鑑などを夢中で眺めています」

去り行く人たちもいれば、新たに門を叩こうとする人たちも出てきて──これが時代の流れなのかも知れませんね。いずれにしても、航空というステージが多くの人たちに夢を与える場であり続けてほしい。ファンの一人として、そう願わずにいられません。

S.Akimoto at 09:32|Permalink

2007年04月29日

“ダッシュ400”の初飛行

 
今日──4月29日は、“ハイテクジャンボ”と呼ばれたボーイング747-400が初飛行を遂げた日です。いまから19年前、1988年のことでした。


747ファミリーの中でも「-400(ダッシュ400)」の特徴は、電子制御技術を駆使した自動化で操縦席を機長と副操縦士の2人乗務にしたことです。747のクラシックタイプで用いられてきたアナログ計器類は姿を消し、-400では計6枚のCRTディスプレイを採用したグラスコクピットへと変身。機体の姿勢や高度・速度など飛行に関する基本情報を表示するPFD(プライマリー・フライト・ディスプレイ)と航法に関する情報をマップ表示するND(ナビゲーション・ディスプレイ)が左右それぞれの席に、そして中央にはエンジン状態を視認するための2枚のEICAS(アイキャス)が並びます。これによってクラシックタイプではフライトエンジニアが担当していた作業の大半をオートマチック化し、2人乗務が実現しました。

その747-400の初号機が初飛行したのが1988年4月29日で、翌89年1月にはキックオフカスタマーであるノースウエスト航空に初納入されました〔写真〕。同機はミネアポリス/フェニックス線で初フライトし、その年の6月に東京/ニューヨーク便で国際線デビューを果たしています。

近年は燃料効率に優れた双発機の航続距離が伸び、“空の王者”として君臨してきたジャンボも退役が進んでいるものの、ボーイングは後継機となる747アドバンスドの開発を正式決定。ルフトハンザがその旅客機タイプをいち早く発注しました(Blog「地球に優しい“次世代ジャンボ”」参照)。多くのファンに親しまれてきた名機ジャンボのフォルムは、次の世代にも確実に受け継がれようとしています。

S.Akimoto at 08:12|Permalink

2007年03月16日

大空への夢・憧れ

 
今年──2007年は、戦後の1947年から1949年に生まれた“団塊世代”が定年(60歳)を迎え始める年。エアライン業界でもベテラン機長が相次いで退職し、国土交通省では今後5年間で毎年50人〜100人のパイロットが不足すると予測しています。


そんな中で最近、ちょっとユニークな絵本が発売になりました。その絵本とは──『ハローキティのパイロットになりたい』(酣燈社)。空に憧れるキティちゃんの、パイロットになるまでのサクセスストーリーを描いたものです。

夢を叶えるためにキティちゃんはハワイに留学し、パイロットのライセンスを取得。夜間飛行やクロスカントリーの経験を積み、帰国後にエアラインの試験を受けて念願のパイロットになります。一方でボーイフレンドのダニエル君も、エアラインの自社養成コースでパイロットに。このハッピー・ストーリーを手にとることで、空に憧れる女の子が増えるかも知れませんね。

ちなみにこの絵本の編集を担当したのも女性です。製作にあたってはJALJALエクスプレスの協力で綿密なパイロットの取材も行ったというだけに、内容は航空ファンの大人もけっこう満足できるもの。彼女は「現場のパイロットの話は面白く、とても勉強になりました」と話していますが、もしかして本人も空への憧れがあり、自らのその夢をこの絵本に託したのかな?

S.Akimoto at 07:33|Permalink

2007年01月05日

熱き思いを胸に

 
さあ、今日から2007年の活動のスタートです。新しい1年のオープニングとして、まずは昨年終盤から年明けにかけてエアライン各社の現場でうかがった話の中から、印象に残った言葉をいくつか紹介しましょう〔写真はイメージ〕。


「空を飛ぶ、ということには、みんな多かれ少なかれ夢や魅力を感じているんですね。若い人たちと会って話すと、改めてそう実感します。ですがその夢も、たったひとつの事故で“悪夢”に変わってしまう。そんなことが絶対に起きないよう、われわれエンジニアはしっかりと陰で支え、人々に夢を提供しつづけないといけないですね」(航空整備士)

「以前私が乗務したフライトで急病人(心臓発作)が出たことがありました。運悪く、お客さまの中に医師はいない。乗務員で力を合わせ、また状況を察したお客さまの協力の申し出もあり、みんなで必死に人工呼吸や心臓マッサージなどの処置を施しました。その後、近くの空港に緊急着陸して救急隊に引き継いでもらい、一命をとりとめたという連絡が病院から入ったことを機内でアナウンスしたところ、どこからともなく拍手が沸き起こったんです。乗員とお客さまの心が人命救助のために一つになったことを感じた瞬間でした。あのフライトをときどき思い出しながら、2007年も頑張っていきたいですね」(客室乗務員)

「何回フライトを重ねても、到着した空港でお客さまやそのフライトに携わったスタッフたちから『お疲れさまでした』とか『ありがとう』と声をかけられたときは、本当に嬉しい。この仕事をやってきてよかったなと心から思いますよ」(機長)

「長距離仕様の新しいシートを開発する際には、開発担当の私たちが自ら“泊まり込み試験”を実施します。真冬でもミーティングルームで夜中に10時間、実際の機内を想定して過ごし、快適性を検証したり新たな改良点を見つたり。そうやって苦労した分、お客さまから評価をいただいたときは達成感がありますね。2007年からの大きなテーマは、今後受領する次世代機にどんなシートを装備するか。まあ、見ていてください。利用する方々がアッと驚くような機内設備を完成させますよ」(機内設備企画マネージャー)

「僕たちの取り組みは、お客さまから積極的に評価される仕事ではありません。何も起こらなくて当たり前。僕たちの存在すら気づかずに飛行機を利用されている方もいっぱいいるんじゃないですか。でも、それでいいんです。利用する人たちが何ら不安に思うことなく、僕たち整備士の存在などにも思いも寄せず、飛行機が日々安全に運航されていく。それが整備の現場の人間にとっては一番の喜びであり、評価であると思っています」(航空整備士)

「私が新人の頃、長距離国際線の機内で男の子が嘔吐し、ズボンと下着を汚してしまったことがありました。すると先輩乗務員が、テーブルクロスを使って代わりになるパンツを作って男の子にはかせたんです。それだけでなく、汚れたズボンとパンツをきれい洗い、湯沸かし器の熱い部分をアイロン代わりに新品同様にして到着前にお母さんに手渡しました。そのときの親子の笑顔は、いまでも忘れられません。現在は新人乗務員をトレーニングする立場になりましたが、ああいう“創造性”の豊かな乗務員をいっぱい育てたい──それがトレーナーとしての私の目標になっています」(客室乗務員)

エアライン各社の現場でも、すでに2007年はスタートしました。安全で快適な“空の旅”を支えてくれる関係者たちの活躍に、今年も期待したいですね。

S.Akimoto at 15:15|Permalink

2006年10月26日

ドイツから超音速で帰国

 
2003年にエールフランス航空ブリティッシュ・エアウェイズが相次いで営業飛行を終え、27年間の歴史に幕を下ろした超音速機コンコルド。その引退を惜しむ声は、いまだに少なくありません。できれば一度は超音速での旅を体験してみたかった──と。


しかし厳密に言うと、コンコルドにはもう乗れなくても、超音速での旅はいまでも可能です。昨日、ドイツからの帰りのフライトで、私は実際にそれを体験しました。

フランクフルト発13時35分のルフトハンザ・LH710便。この日は強風で空のダイヤが乱れ、欧州各地からの接続便に遅れが出ていたため、LH710便のボーイング747-400〔写真〕も約1時間遅れて成田に向けて飛び立ちました。そのぶんきっと到着も遅れるのだろうと思っていたら、間もなく「当機の成田到着は定刻の午前7時30分を予定しています」というアナウンス。そこで、もしやと思い注意して速度表示を見ていたのです。

予想したとおり飛行速度はみるみる上昇。やがて「1,050km/h」「1,060km/h」といった表示が目に止まるようになりました。時速1,060キロ──これは紛れもなくマッハ(超音速)でのフライトです。かなり強い“追い風”に乗り、速度がついにマッハを超えたのでした。

とくに冬場の東南アジア路線で、マッハのフライトを体験できるケースが少なくありません。旅客機の機体はマッハ0.8〜0.9程度で飛ぶことを想定して設計されていますが、冬に東南アジア方面から日本に向かうフライトでは、ジェットストリームの影響で速度が1,100km/hを超えることさえあります。日本アジア航空で台湾線に乗務していたコクピットクルーが以前、私にこんな話をしていました。

「台北から東京まで通常約4時間だとしたら、冬場は3時間半で着いてしまうことも珍しくありません。コクピットクルーにとって、この30分の差は大きいですよ。疲れ方がまるで違います。ジェットストリームに身を任せてのフライトは、ホント、快適ですね」

S.Akimoto at 00:14|Permalink

2006年09月29日

コクピットに忍び込む

 
長距離フライトでは機内でどんなことをして過ごしますか? 今日の昼間、旅行関連雑誌のインタビューを受け、記者の方からそう質問されました。決まった答えが見つからなかったので、昔を思い出しながら「離陸して水平飛行に移ると、退屈しのぎによくコクピットにお邪魔しましたね」と話したら、相手はちょっとびっくりしたようです。え、コクピットに入れてもらえるの? という顔で。


もちろん、何年も前の話です。上空でオートパイロット(自動操縦)モードに切り替えてしまうと、コクピットクルーもたいしてやることがない。だから、けっこう歓迎してくれました。JALの北米線(サンフランシスコ行きだったかな?)では、機長にカメラを渡し、コクピットにコーヒーを運んできてくれたCAと2ショットでの記念撮影をお願いしたり〔写真=私も若かったなあ〕。そう考えると、ひと昔前までの空の旅は、のどかでのんびりしたものでしたね。いまはたとえ取材で乗ったにしても、飛行中のコクピットに乗客を入れることは絶対にありません。

2年ほど前に、フランクフルト空港を舞台にエアラインパイロットを夢見る青年を描いた『ゲート・トゥ・ヘブン』というドイツ映画が日本でも封切られました。その映画の中で印象に残っているのが、深夜の空港で主人公が誰もいないジャンボ機のコクピットにそっと忍び込むシーン。青年のその気持ちが、私にはすごくよくわかりました。じつは同じようなことを、私も若いころ、アメリカでやりましたから。

いいえ、飛行機じゃないですよ。私が忍び込んだのはバスの運転席。バスと飛行機では、話のスケールがずいぶん違いますね。

アメリカ大陸をグレイハウンドバスで横断したときのことです。ニューヨークから西海岸をめざし、2週間ほどかけて。途中、バスに揺られるのもさすがに飽きてきたころ、食事休憩中の誰もいなくなったバスで、私はちょっとしたいたずら心を起こしました。このでっかいバスでハイウェイを飛ばすというのは、どんな気分なのか? そんなことを思い、身体をドライビングシートにおさめてみたのです。ベルトを締め、横に置いてあった運転手の大きな帽子をかぶり、ハンドルを握って。そうしてしばらく悦に入っていたのです。ドアの向こうに、早めに食事を終えた巨漢の運転手が戻ってきたのも気づかずに──。

私を見つけた運転手は、無表情で私に手のひらを差し出しました。勘弁してやるからカネをよこせ! そんな意味かと思ったら、彼はニヤリと笑って言ったのです。「チャンスだから何枚か撮ろう。ほかの客が戻ってこないうちに、さあ、カメラを」

アメリカはでっかいな、と思いました──バスも、大陸も、人の気持ちも!

S.Akimoto at 18:35|Permalink

2006年09月17日

JAL機長の粋な計らい

 
今月1日のブログで「オーロラに出会う旅」という一文を書いたところ、フィンランド航空からきれいなカラー冊子が送られてきました。冊子のタイトルは『フィンランド航空で行くオーロラ紀行 2006─2007』〔写真〕。やはりいま、ブームなのですかね。さっそくページをめくってみると──。


「日本からヘルシンキまで、平均9時間30分。ヘルシンキからオーロラリゾートまで、平均1時間30分。日本から、どこよりも早くオーロラリゾートに到着するフィンランド航空は、あなたとオーロラの出会いのチャンスを広げます」

なかなかいいコピーですね。フィンランド航空といえば、日本からヨーロッパへの“最短最速”をうたうエアライン。世界中の人が「一生に一度は見てみたい」と夢見るオーロラに身近に出会えることをアピールしています。

その「一生に一度」の夢を、私はすでに体験しました。あれはロンドンからの帰り、中継地であるアンカレッジを成田に向けて飛び立った直後のJAL機内でのことです。まだアンカレッジ経由の旅客便が飛んでいた頃だから、ずいぶん前──正確には1990年11月でした。

時刻は真夜中で、外は闇一色。照明が落とされたキャビンで眠りについていた乗客は、機長の突然のアナウンスで叩き起こされました──「オーロラです! ただいま、窓の外にオーロラが見えます!」。オーロラ? 目をこすりながらブラインドを上げて外を見てみると……黒いマジックで塗りつぶしたような空間に、カーテン状の光の帯が音もなくゆらめいています。純白のレースが目の前で大きく、優雅に波打ち、折り重なった部分は薄緑色の光を放っている。それはまさに、この世のものとは思えない光景でした。

成田に到着後、CAの一人に「感動的でした。機長にもよろしくお伝えください」と声をかけると、彼女の顔に笑みがこぼれました。「そう言っていただけると、キャプテンもほっとなさるでしょう。迷惑ではなかったかと気にされていましたから。実際、ああやってお客さま全員にアナウンスで知らせるケースは、希なんですよ」

北極地方を何度も行き来している機長にとってはオーロラなど珍しくもないはずなので、アンカレジ上空で私たちが遭遇したオーロラは相当見事なものだったのでしょう。それだけに、あのときの機長の粋な計らいは、きっと生涯忘れないと思います。フィンランド航空の冊子にあるように、それが「一生に一度」の夢であるなら、なおさらですね。

S.Akimoto at 10:43|Permalink

2006年08月07日

コクピット・アートへの招待

 
先日のブログでも予告したように、画家としての顔をもつJALのフライトエンジニア、上田哲也さんの「コクピット・アート展」をAll About『世界のエアライン』で開催しています。


ボーイング747のホノルルへのアプローチ、日本の国際線第1号機となったダグラスDC-6Bのサンフランシスコ空港への降下、唯一の国産旅客機として活躍を続けてきたYS-11の鹿児島へのフライト、超音速飛行の夢を乗せて飛び続けたコンコルド──。それらが、横60センチ/縦33センチのキャンバスに見事に描かれています〔写真〕。

とくに見ていただきたいのが、一つひとつの作品の細部へのこだわり。計器類の針のリアルな動きまでが細密に描かれていきます。

「コクピットの計器に針を書き入れるのは一番最後の作業です」と上田さん。「描き始めるときには、まだ飛行機が上昇しているときなのか降りるときなのかを決めていません。その状況を選択し、コクピットの向こうに見える景色を決めてから、実際の数値などを調べて計器の針を書き入れ、作品を完成させます」

言葉で語るのはこれくらいにして……。世界で唯一、上田さんにしか描けない「コクピット・アート」の魅惑の世界をどうぞご堪能ください。

≫≫≫「コクピット・アートへの招待

S.Akimoto at 13:10|Permalink

2006年04月24日

旅客機のタイヤの話

 
あの巨大な旅客機が着陸時にドシンと滑走路に接地するときに、よくタイヤがバーストしないなァ、なんて思ったことはありませんか? 飛行機の重量は、国際線と国内線の仕様によって異なりますが、国際線だとおよそ300トンくらい。ボーイングの最新鋭機777ではタイヤがメインギアに6個ずつ、計12本ついていますので、1本のタイヤでざっと25トンを支える計算になります〔写真〕。


その300トンの機体が時速300キロをはるかに超える速度で走行し、離着陸を繰り返すという非常に過酷な条件下で使用されるのが飛行機のタイヤです。開発・製造には当然、高度なテクノロジーと豊富なノウハウが必要で、実際に製造できるメーカーは世界でも4社しかありません。そのうちの1社が、日本の横浜ゴムなのです。

横浜ゴムは先ごろ、新しい航空機用ラジアルタイヤを開発。その新製品発表会が羽田のANA機体メンテナンスセンターで開かれました。発表会には俳優の織田裕二さんと元F1レーサーの片山右京さんもゲストに駆けつけ、ANAのボーイング777の機長、樋上一誠さんとのユニークなトークを展開。そのときに収録したトークを再現した記事を本日、All About『世界のエアライン』にアップしました。

≫≫≫「織田裕二さん&片山右京さんを迎えて

S.Akimoto at 10:12|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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