マイ・オピニオン

2017年08月18日

バルセロナでテロ

 
クルマを暴走させて歩行者を狙う凶悪なテロが、また起きてしまいました。今回の場所は、世界中からの観光客で賑わうスペインのバルセロナ。市の中心にあるカタルーニャ広場から並木道がつづくランブラス通りで、1台のバンが歩道を行く人たちを次々とはね、カタルーニャ州政府によると110人以上の死傷者が出たそうです。

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上の写真は、アントニオ・ガウディの傑作建築の一つ、カサ・ミラです。バルセロナを前回訪ねたときに撮影しました。昨日の事件現場とも、さほど離れていません。ランブラス通りからつづくグラシア通りに建ちます。クルマを凶器に使った同様なテロは、最近もフランスのニースや英国ロンドンでありました。もうテロは避けようがないのでしょうか。あちこち旅をしている身としては、考えると本当にゾッとします。

夏休みの欧州旅行から戻った友人が「どこの空港でも入国や出国は4時間待ち。テロへの警戒で厳しくなった出入国審査に大行列ができて、混乱している」と話していました。マドリードやリスボン、パリ、ミラノ、ブリュッセルなどがとくにひどいようです。先日の朝日新聞は「(欧州の)複数の空港で出発便の遅延が昨年の3倍に膨らんだ。予約便に乗れず、航空券をふいにする乗客も出ている」と報じています。

テロへの警戒を強めながらも、どの空港もすぐに職員の数を増やすことができません。混乱は今後も間違いなくつづくのでしょう。私も9月以降、欧州などいくつかの海外取材を控えているため、心配になります。旅とは、世界の「平和」の上に成り立つものだと、改めて思います。

S.Akimoto at 11:39|Permalink

2017年07月15日

中国の春

 
この文章を書きながら、2013年秋にニューヨークのマンハッタンで見かけた一人の女性の姿を思い出しています。その女性とは、中国の民主化運動をリードしてきた​王炳章氏の娘、王天安さん(当時24歳)。タイムズスクエアの一角で牢獄を形どった檻に閉じこもり、中国で10年以上も投獄されたままの父親の釈放を訴えて抗議をつづけていました〔写真〕。

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王炳章氏は雑誌『中国の春』の創刊者で、2002年に中国南部で拘束され暗黒裁判において終身刑の判決を受けました。その王氏が始めた「中国の春」運動に参加したのが、投獄された状態でノーベル平和賞を受賞した人権活動家の劉暁波(リウシアオポー)氏です。7月13日の夕方、日本でも「劉暁波氏が死去」のニュースが速報で流れました。

劉氏は今年6月に末期の肝臓がんと判明し、刑務所外の同市の病院で治療を受けていたそうです。本人は国外での治療を受けることを求め、ドイツと米国が応じる姿勢を示していたのに、中国政府は最後まで出国を認めませんでした。刑務所外の病院とはいえ、事実上の獄死と言えるでしょう。

劉氏は北京師範大講師だった1989年、北京で学生らが民主化を求めた「天安門事件」でデモに加わり、反革命罪で投獄されました。日本では天安門事件があったことすら知らない世代が増えつつあるなか、劉氏の死去のニュースは、遠く離れた地でいまも父親の釈放と中国の民主化を訴えつづける王天安さんの耳にどう届いたでしょうか。

S.Akimoto at 13:23|Permalink

2017年06月20日

7月のトークイベント

 
7月11日(火)に東京ミッドタウンで開催されるトークイベントまであと3週間になりました。今週くらいから再度、告知をかけていこうかなと思っていたら、申し込みはすでに締め切ったそうです。主催者であるスルガ銀行の「d-labo(夢研究所)」担当から「実施1カ月前の時点ですでに定員(80名)に達してしまった」と連絡がありまして。

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私のほうにも複数の問い合わせが届いています。まだ間に合うだろうと思っていた人も多いのでしょう。すみません。もし「これから申し込むつもりだった」という人がいましたら、私と個人的にメルアドを交換している方ならメールで、facebookでつながっている場合はメッセンジャーで一報ください。ある程度の人数であれば追加で席を用意できるかどうかを主催者側と相談してみます。私の関係者として招待できるワクも多少はあると思いますので。

今回のトークイベントでは「乗らない人でも楽しめる飛行機&空港の超おもしろ講座」と題し、航空の世界で多くの人がふと疑問に思うことを身近なエピソードを交えながら楽しく解説していく予定です。いくつかの質問事例はイベント告知文でも書きました(詳細はこちら)。当日お越しいただく方で「これを知りたい!」「これが聞きたい!」という質問があれば、こちらもメールやメッセージでお寄せください。1時間半という限られた時間ではありますが、お話しする候補に入れたいと思います。

それでは3週間後、7月11日(水)の19時に、六本木でお目にかかりましょう。

S.Akimoto at 06:30|Permalink

2017年05月30日

書斎消滅?

 
更新が途絶えていたBlogを12年目に突入した4月から再開したものの、その後も公私ともに忙事に追われてなかなか時間を割けず、また1カ月も放ったらかしになっていました。でも無理はせず、6月に入って落ち着いてからと思っていたのですが、今日は書かずにいられないので書きます。

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アメリカ国土安全保障省のジョン・ケリー長官は日曜日に放映されたテレビ番組「フォックス・ニュース・サンデー」の中で、ノートPCなど電子機器の機内座席への持ち込み禁止規制について「米国発着の全国際線を対象にする可能性がある」と発言しました。びっくりです。

パソコンの機内座席への持ち込み制限は今年3月、米政府がテロ対策を理由に中東など10都市への路線を対象に導入しました。対象便は現在、1日50便程度ですが、それが全国際線に拡大されたらどうなるか? ノートPCやタブレットなどを携行している旅行者は、カウンターでスーツケースなどといっしょに預けなければなりません。移動中の機内で、もう仕事ができなくなります。

規制の対象を中東だけでなくEU路線にも拡大する案も浮上し、EUと米当局の話し合いが進んでいるようです。航空機を狙ったテロ活動に備えることが狙いなのでしょうが、パソコンが持ち込めない飛行機には、私はもう乗りません。移動しながらイマジネーションを研ぎ澄ませていろいろな文章を書いてきた「雲の上の書斎」が、一部路線でなくなってしまおうとしています。これ、私にとっては一大事です!

S.Akimoto at 10:04|Permalink

2017年01月01日

賀正 '17

 
あけましておめでとうございます。みなさんはどんな新年をお迎えですか? 私は今年は千葉県の海の近くで年を越しました。元日の朝も空は晴れわたり、雲もほとんどありません。

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ご覧の写真は、私の拠点「雲の上の書斎」に近い上野公園の「月の松」を通して見た不忍池辯天堂です。

さて、昨年後半あたりからBlogやSNSでの活動報告がなかなかできずにいますが、この間も変わらぬ取り組みをつづけてきました。2017年は「航空」をテーマにした新著を前半から夏場にかけて4冊刊行する予定です。また作家活動にも力を入れ、節目となる今年はライフワークとしての作品も意欲的に発表していきたいと思っています。

みなさんにとっても、2017年が創造性に満ちた素晴らしい年になりますように。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2017年元旦 秋本俊二

S.Akimoto at 07:00|Permalink

2016年10月31日

タイムフリー

 
ご覧の写真はいまから2年前、NHKラジオで『今日は一日“SORAソング”三昧、ヒコーキ・ラジオ/NHK002便』と題する10時間ぶっとおし特番をやったときに渋谷のスタジオで撮ってもらったものです。リクエスト曲の合間にいろんなジャンルのゲストを迎え総合解説者としてトークを繰り広げ、私も好き放題しゃべりました。

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同番組は祝日の生放送だったので、出かけていて聴けなかったという友人も何人かいました。録画が当たり前になっているテレビと違い、ラジオの場合は仕方ありません。予約録音してまで聴くというリスナーはまだまだ少ないのが、ラジオという電波メディアのひとつの特徴でしょう。

PCやスマートフォンでラジオを聴ける『radiko(ラジコ)』に、今月11日より過去1週間分の番組を無料で聴ける「タイムフリー聴取機能」が加わりました。聴きたい番組を聴き逃したときや、もう一度じっくり聴きたいときなどに、これは便利。無料で、会員登録も要りません。

ただしこの新サービス、出演する側としてはちょっと微妙です。私は局側から用意された台本にほとんど目を通さず、パーソナリティやMCの人に投げられた質問や話題に対して好き勝手にしゃべってしまうタイプ。放送されてすぐ消えていくラジオだから、そんな気楽なことができるのかもしれません。生放送でのやりとりが繰り返し再現できてしまうとなると、自由な発言が鈍る? いや、そんな気づかいもしないタイプなので、大丈夫かな(笑)。

S.Akimoto at 08:08|Permalink

2016年06月18日

鳥になって大空へ

 
スタート前にインストラクターから注意点などのレクチャーを受けている右側の黒いポロシャツ姿の男──私です。ここは「ツリーピクニックアドベンチャーいけだ」という、福井県池田町に4月27日に誕生した新しいテーマパーク。「地域創生」をテーマに先日、取材してきました。

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そのコラム記事が先ほど、ヤフー系の総合ニュースサイト『THE PAGE』で配信されました。山の尾根と尾根のあいだにワイヤーを張り、滑車を使って滑り降りる「メガジップライン」を私が実際に体験している動画も掲載されています。

雑誌や新聞、書籍、テレビやラジオなど「航空」をテーマにした情報発信媒体はいろいろあります。ですが本来、私は何でも書く作家です。一般の社会事象などに触れた文章を読者のみなさんが目にする機会は、航空のジャンルほどは多くありません。それらを身近なWeb媒体でもっと読んでもらう機会を増やそうと、新しい発表舞台としてこの『THE PAGE』を選びました。国内外を歩いて取材したコラムなどを今後、配信していきたいと思います。

その第一弾が「過疎化が止まらない福井県池田町に出現した“冒険の森”は、地域創生の切り札になるか?」という観点で取材したコラムです。ぜひご一読ください。

≫≫≫「過疎進む林業の町を「巨大テーマパーク」に! 2つの谷を越えて空を滑る

S.Akimoto at 11:17|Permalink

2016年04月04日

名水の“総選挙”

 
あれは30代の前半だったでしょうか。「物を書く」仕事の一環として広告やコマーシャルのコピーライターもしていた時代に、サントリーの当時の新商品「南アルプスの天然水」を担当。その源流を求めて、山梨県の白州を訪ねたことがあります。南アルプスに実際に登って、山あいに湧き出る自然の水を手ですくって口につけたときの感動は、それから長いあいだ忘れられませんでした。

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私が「水」に敏感になったのは、その体験があったからだと思います。そしてそれ以後に、本当に「おいしい」と感じる水に出会ったことが2回だけありました。1回は、山形県の月山を旅したときに味わった山麓の湧水群。もう1回は、つい最近──去年秋に取材で訪れた福井県・若狭の「瓜割(うりわり)の滝」の水です。

天徳寺の境内を奥に進むと、マイナスイオンが出まくりといった感じの森が出現し、その先に「瓜割の滝」があります。前にもどこかで書きましたが、夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たいというのが名前の由来です。湧き出る水を口に含むと、命が洗われた気持ちになりました。上の写真は滝の前で撮ったもので、いっしょに写っているのは同行した写真家の倉谷清文氏とライター・エディターの永田知子さん(現在は福岡在住)。取材の最終日には若狭町からインタビューを受け、同町の広報誌「広報わかさ」にも大きく掲載されました〔クリックすると大きなサイズで見られます〕。

環境省は先週、全国の「名水百選」についてインターネットで上位5位を選ぶ人気投票の結果を発表しました。「瓜割の滝」は、おいしさ部門で堂々第2位になったそうです。その知らせを聞いて、あの澄んだ冷たい水の感触が口の中によみがえりました。また近々、訪ねてみたいと思います。

S.Akimoto at 03:14|Permalink

2015年12月27日

有終の美

 
今年最後のBlog更新です。この1年も、いろいろありました。例年に比べて海外へ出た回数はやや少なめで、実感としては昨年の半分くらいに思えるのは、プライベートでの旅も多かったからかもしれません。それでも「充実した取材ができた」と感じるのは、2015年の海外のラストとなった北欧ラップランドの印象が強烈だったからでしょう。


苦労や失敗があっても、終わりよければ「いい1年だったなあ」と感じるものです。そういう意味でも、締めくくりというのはとても大事かもしれません。年末ぎりぎりまで仕事納めというわけにはいきませんが、取り組んでいる執筆も最後までしっかりやり遂げ、新しい年を迎えたいと思います。

趣味の競馬でも、今日は「有終の美」を飾ることができました。昨年秋の3歳クラシック最終戦・菊花賞での豪快な走りっぷりに惚れ込み、この1年間ずっと追いつづけてきたトーホウジャッカル、サウンズオブアース、ゴールドアクターの3頭。菊花賞をレコード勝ちしたトーホウジャッカルは体調不良で2015年の活躍はかないませんでしたが、同2着のサウンズオブアースと3着のゴールドアクターは、今年を締めくくる「第60回有馬記念」で見事なワンツーフィニッシュを決めてくれました〔写真〕。この2頭を軸に馬券を流していた私の小遣いもちょっぴり増えて、にやにやが止まりません(笑)。

来たる2016年は作家としての私にとって、おそらく大きな転機を迎えることになるでしょう。気分よく新年をスタートし、もちろん例年以上に体調面の管理にも万全を期しながら、勝負をかけたいと思います。みなさんにとっても、どうか素晴らしい、充実した1年でありますように。

S.Akimoto at 17:38|Permalink

2015年12月24日

サンタっているの?

 
日曜日から4連チャンで続いた忘年会も、学生時代の仲間が集った昨夜の浅草パーティでようやく一段落。今夜はお酒は控え、早めにベッドに入ろうと思います。いい子にしていないと、サンタさんが来てくれませんから。え、その歳になってまだサンタクロースを信じているのか──って? いけませんか。


手もとに、ある一冊の本があります。題して『サンタクロースっているんでしょうか?』〔写真〕。いまから120年近く前に、ニューヨークで暮らすバージニアという8歳の少女から届いた手紙でのそんな質問に、『ニューヨーク・サン』という新聞が社説で答えました。「バージニア、おこたえします。サンタクロースなんていないんだというあなたのお友だちは、まちがっています」という書き出しで始まる、愛情深い、味わいのある文章で。

今朝早く、書き物を始める前に、日本語で出ている翻訳書を久しぶりに読みました。これから読んでみようと思う人もいるかもしれないので、内容は明かしません。社説を書いたのはフランシス・P・チャーチ(1839〜1906)という記者で、いまでもクリスマスが近くなるとアメリカのあちこちの新聞や雑誌で繰り返し掲載されます。少女バージニアが1971年に81歳でなくなったとき、『ニューヨーク・タイムズ』は「サンタの友だち、バージニア」という見出しをつけ「アメリカのジャーナリズムにおいてもっとも有名な社説が書かれるきっかけとなった、かつての少女」と記し、その死をいたむ一文を捧げました。

みなさん、メリークリスマス! どうぞ素敵な聖夜をお過ごしください。みなさんのもとにも今夜、サンタクロースがやってきますように。

S.Akimoto at 09:31|Permalink

2015年12月04日

もんじゃのルーツ

 
私が定期購読し、旅をテーマにしたレポートやエッセイも寄せている産経新聞社の日刊タブロイド紙『SANKEI EXPRESS』。同紙の昨日(12月3日)付けの紙面で、ユニークな記事を見つけました。下町のB級グルメ「もんじゃ焼き」のルーツがどこにあるかを考察した記事です。


もんじゃは東京の月島が発祥でしょ? とよく言われます。諸説あるようですが、私は以前から「東京の荒川区が起源」と主張してきました。記事では、月島もんじゃ振興会協同組合の理事長も「下町かどうかも分からないんです。隅田川沿い、荒川区、栃木県佐野市という話などがあります」と言い、記者はルーツとして有力視されるのが荒川区だと書いています。「荒川区ではかつて駄菓子の問屋が多く、多くの駄菓子屋さんでもんじゃ焼きを出していた」と。

そのとおりです。私が小学生の頃は、親にもらった1日の小遣い10円を持って、毎日のように駄菓子屋に通いました。小遣いが10円というのは、当時の下町ではほとんどの家庭が同じ。学校が終わると、悪ガキ仲間がその10円を持って行きつけの駄菓子屋に集まります。もんじゃの値段も、小さなどんぶり1杯で10円。4人いれば4杯分のもんじゃが、一気に鉄板に流し込まれます。月島では最初にキャベツなどの具材で周りに土手をつくるようですが、荒川区ではそんなことはしません。もんじゃ用の鉄板は縁の部分が少しだけ上に曲げて作られているので、水で溶いた小麦粉の汁がこぼれ落ちたりしないのです。「キャベツで土手? そんなの聞いたことねーな」と、地元の仲間たちは口々に言っていました。

10円ずつ出し合って買った4杯のもんじゃが、鉄板の上でまぜこぜになり、ジュージューと焼き上がったものを思い思いにヘラで口に運びます。どこまでが自分が食べていい分かといったルールもありません。「同じ釜の飯を食う」ということわざがありますが、私たちの間では「同じ鉄板のもんじゃを食う」。そうして、悪ガキたちの心が一つになっていきました。みなさん、いまも街なかを路面電車(都電)が走る私のふるさと・荒川区の町屋で、もんじゃを食べましょ! いつでもご案内します。

S.Akimoto at 00:04|Permalink

2015年10月30日

名水の里

 
海外を旅するとき、必ずペットボトルの水を持ち歩いています。水道の水を飲んでいい国とだめな国があるのですが、場所によっていちいち旅のスタイルを変えるのが面倒になり、いつの頃からか「水は買うもの」という意識が定着してしまいました。その習慣は、東京でも同じ。書斎の冷蔵庫には常時、コンビニやスーパーで買ってきたミネラルウォーターのペットボトルが入っています。


昨夜遅くに福井県・若狭の旅から戻りました。いろいろ新しい発見があり、有意義な取材だったのですが、なかでも印象に残った一つがとにかく水がおいしいこと。自然の中に湧き出る水を手ですくって口につけると、命を洗われた気持ちになります。

先ほどfacebookにも大きいサイズでアップしたご覧の写真は、全国名水百選にも選ばれた「瓜割(うりわり)の滝」です。若狭町の天徳寺境内奥に位置し、山あいの岩間から湧き出る清泉は1年を通して水温が変わりません。夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たいことから「瓜割の滝」という名前がつけられました。

滝の入口に、湧き出し口から直接引いた水汲み場があります。帰り際に寄ってみると、大きなポリタンクを二つも三つも携えた人たちが列をつくっていました。大阪から来たという年配の夫妻は「おいしい水を求めてドライブがてらあちこち出かけるが、若狭の水は身体にもやさしい感じ。これまで出会ったなかで一番合うようだね」と話していました。コンビニやスーパーで買わなくても自然にはぐくまれた名水がただで飲める──こういう場所で暮している人たちが、うらやましくなります。

S.Akimoto at 13:50|Permalink

2015年08月31日

ラジオ後編

 
日付が変わりました。8月も今日でおしまい。早いですね。エアコンがいかれた書斎で、襲いかかる炎暑にひーひー言っていた数週間前がウソのように、ここ数日はすっかり秋めいてきました。窓を開けて寝ていると、冷気で目覚めてしまうほどです。


さて、今日は午前中に再び東京・浜松町の文化放送ラジオのスタジオへ。2週間前に生出演した「くにまるジャパン」のコーナーの後編です。当初は“前編・後編”の2回に分ける予定はなかったのですが、前回の放送でメインパーソナリティの野村邦丸さんが話のきっかけにと口にした「前振り」につい突っ込んだ返答をしてしまい、それだけで時間切れに。放送後に担当ディレクターから「予定していた本題にまったく入れませんでした。後編を段取りしますのでまた来てくださいよ」と言われ、もう一度スタジオでお話しすることになりました。

じつは今週、その野村邦丸さんが夏休みに入り、スタジオにいません。代わりに月曜日の番組アシスタントの加納有沙さん(左)と、別の曜日の担当である八木菜緒さん(右)の二人のアナウンサーで進行するそうです〔写真は番組ホームページより〕。

担当のディレクターからは、すでに番組の台本が届きました。しかし私の場合、台本をいただいてもまず見ません。見ても、その通りに進んだためしがないので。「ディレクターもわかってるはずなのになあ」と思いながら、一応開いてみたら、私の出演パートは「進行役の二人からいろいろ聞きますので自由に話してください」とあるだけでした。今日こそは、あまり脇道に逸れないようにしたいと思います。私の出演コーナーは午前10時過ぎから。

S.Akimoto at 00:05|Permalink

2015年07月20日

リンゴの皮

 
このところ、外出時にご覧の“メジャー”を持ち歩くケースが増えています。近く転居の予定がある、というのがその理由。新しい書斎のサイズが現状のものと変わるので、オフィスの備品などを購入するにも、きちんと寸法を測っておかないといけません。そうしないと、使い物にならなくなる場合も出てきますので。


最近はそんなこんなで、いろんなものの「寸法」が気になって仕方ありません。この3連休は書斎での作業が続いていますが、いまも執筆の合間のコーヒーブレークに、寸法について思いを馳せたりしています。1センチとか1メートルとかって、そもそも誰がどう決めたんだっけ? そんなことを、ついぼーっと考えてしまって。

以前読んだ文献を書庫から引っ張り出し、目をとおして「ああ、そうだった」と納得しています。私たちが普段使っている1センチや1メートルなどの長さの単位は、地球の大きさを基礎にして決められました。わかりやすい例では、北極から赤道までの距離。それを経度に沿って測った長さの1,000万分の1が「1メートル」と定義されたのです。

同じ文献に「地球の大気の厚さは100キロ程度」とあります。100キロと聞いて、どう感じるでしょうか? 「へえ、そんなに分厚いんだ!」ととる人もいるでしょうが、私は「たかだか100キロしかないの?」と反対の意味で驚きます。だって、地球の直径は約1万2,740キロ。地球をリンゴにたとえれば、大気層はリンゴの皮ほどの厚さしかありません。「だから、何」という声が聞こえた気がしました。はい。そんなことはどーでもいいですね(笑)。仕事に戻ります。

S.Akimoto at 18:36|Permalink

2015年05月25日

新メディアへ移行

 
お知らせです。私が連載を続けてきたWeb媒体「誠Style」が、今年3月末で終了となりました。誠Styleは、アイティメディアが運営する「Business Media 誠」の中のライフスタイルに特化したジャンル。そこを舞台に、2010年秋から連載『秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話』がスタートし、これまでの寄稿は計80回を数えます。


今年の2月末に、出張で滞在していた熊本県天草のホテルに編集長から報告が入りました。「Business Media 誠が3月いっぱいで終了になり、4月からは新しいメディアが創刊になる」と。その新創刊の媒体名は「ITmedia ビジネスオンライン」。旧媒体で続けてきた各連載は、終了になるもの、形を変えて継続するものを編集部で検討し振り分けていくていくとの一文も添えられていました。

私の寄稿も3月初めに公開した「3Dプリンターで、飛行機づくりはどう変わる? ──エアバスの場合 」と題するレポートを最後にストップしていましたが、編集部と話し合ってきた結果、移行した新媒体でも連載を継続していくことがようやく決定しました。連載タイトルも、そのまま『秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話』で変わりません。月に2回程度の更新を目標に、再開します。このBlog『雲の上の書斎から』のプロフィール欄の下にある連載バナーも新しくしました。

さて、新媒体「ITmedia ビジネスオンライン」での最初のレポートが、先ほどさっそく公開になりました。題して「エアバスの最新鋭機A350XWBに日本の技術はどう貢献している?」。日本の航空技術の近未来について考察しています。エアバスの仏独の開発・製造拠点で取材してきました。興味のある方は、ご一読ください。

≫≫≫「エアバスの最新鋭機A350XWBに日本の技術はどう貢献している?

S.Akimoto at 09:17|Permalink

2015年05月21日

17度線に立つ

 
今年はベトナムにとって、大きな節目となる年です。10年以上にわたって人々を苦しめたベトナム戦争が、1975年4月30日の「サイゴン(現ホーチミンシティ)陥落」で終結。あれからちょうど40年が経ちました。報道などでよく「統一から40年」という表記を見かけますが、正しくは「戦争終結から40年」で、南北ベトナムが統一されたのは翌76年の7月です。


あの戦争は世界が注目し、当時は日本からも現地の“真の姿”を伝えようと多くの報道カメラマンやジャーナリストが海を渡りました。戦火が広がりはじめたのは私が中学から高校へ進む頃でしたが、毎日のようにベトナム関連の記事やニュースに接し、国際報道への興味を掻き立てられたことを思い出します。「サイゴン陥落」を知ったのは高校3年生で、その年にヒットした「22歳の別れ」という平和なフォークの曲が部屋に流れていました。

先ほどfacebookにもアップしたご覧の写真は、かつて南北間の軍事境界線が置かれた非武装地帯──いわゆる「17度線」です。ベトナム中部を訪ねる今回の旅の途中で立ち寄り、ベンハイ川に架かるヒエルルオン橋を旧北側から南側に歩いて渡ってみました。この旅で出会ったベトナムの人たちのたくさんの笑顔を思い出しながら。

少しだけ気になるのは、この国の指導者たちが歴史を「勝者側の視点」でしか伝えようとしていないこと。悲惨な記憶はあえて後世に残すべきではない、という考えもあるのでしょうか。大国のエゴに苦しみ、犠牲を払わされてきた人たちが、どう困難を乗り越えて独立を勝ち得たのか? 笑顔の向こうに隠れた、そんな精神的支柱にも触れる旅ができたら、もっとよかったなと思います。この旅の報告は6月中にもどこかの媒体で詳しく書く予定です。

S.Akimoto at 10:56|Permalink

2015年04月20日

10年目を迎えて

 
朝からメールやFacebookで、みなさんからたくさんの温かいバースデーメッセージをいただきました。誕生日というのは、いくつになっても嬉しいものです。そして今日は、このBlog『雲の上の書斎から』の開設記念日でもあります。空の旅を中心テーマとした日々の短い文章を、2006年の4月20日に書き始めました。


3日に一度の更新を基本に、エアラインやマスコミの関係者、さらにヒコーキや旅行ファンなど多くの読者に支えられ、ここまで9年間書き続けてきました。今日から10年目に突入です。が、じつは去年の後半あたりから「そろそろ潮時かなあ」という考えが頭をよぎっています。もう十分に役割は果たした気もしていますし、本業の書き物が最近はとにかく忙しく、更新日がきても思うように時間がとれないことも少なくありません。閉鎖の方向で考えようか、あるいは更新を1週間に一度程度に変えて細々と続けていくべきか。いろいろ悩みました。

とはいえ、アクセス数を分析してみると、ありがたいことにいまなお新しい読者の方が増えているのも事実。また、私の連絡先を知らない編集者やメディア関係者からの新規の仕事依頼や相談が、このBlogの窓口から届くことも珍しくありません。

3日に一度の更新は誰と約束したものでもありませんが、物を書き続けるには、自分自身に対する“縛り”というのが重要とも感じています。一度エンジンを切ってしまうと、新しい発見や驚きに遭遇するチャンスも少なくなるのでは? そうも考え、やっぱりもう少しだけ頑張ってみようと思い直しました。これからあと何年も、というわけにはいきませんが、まずは10周年を目指して3日に一度の更新は続けていこうと。ちなみに上の写真は、ちょうどBlogを始めた頃に訪ねたニュージーランドのワイナリーで撮ってもらったものです。さすがに、若いなあ。いまは見る影もありません(笑)。

S.Akimoto at 23:39|Permalink

2015年03月27日

エセ評論家の偏見

 
自分の文章で個人的な「怒り」をぶつけるようなことは私はしないのですが、今日は少し感情をあらわにします。それも、かなり長めの文章で。連日メディアで報じられている独ジャーマンウイングスの事故に関して、ここできちんと言っておかなければ、現場で一生けんめい頑張っているLCCの社員たちが報われないと思いました。しばらく、おつきあいください。


墜落事故の一報が入ってきたその日(3月24日)の深夜、私はさっそく某テレビ局の電話取材を受け、状況から推察して「単なる機体故障による事故とは考えにくい。ハイジャック犯やテロリストにコクピットが占拠された可能性も考えなくてはいけないのでは?」とコメントしました。まだほとんど何もわかっていない状況下での、あくまで「可能性」としての発言です。

私のコメントが翌朝の情報番組でそのままオンエアされると、それを受けたある評論家は「いやあ、テロの可能性はないでしょう」と切り捨てました。他局の番組でも別の評論家が「テロとは考えられない」と断じます。見解が異なることを私が問題にしているのではありません。ですが、まだ情報が何も入ってきていない状況で「テロではない」と結論づける彼らが、事故原因についてどう言及したか? 信じられないことですが、まるで「これこそが真実」というように、彼らは「LCCだから」と口を揃えたのです。ジャーマンウイングスはLCCなのでろくな整備も行っていないはず、LCCのパイロットはちゃんとした訓練を受けていない──などと、まったく根拠のないことを持ち出して。

古い体質の評論家ほど、LCCに対する偏見があるようです。私はいつも言うのですが、運航の安全基準に大手もLCCもありません。パイロットも大手とは勤務形態が変わるだけで、課せられる訓練も必要とされる経験も同等です。LCCだから信用できないなどということは、絶対にない。なのに、したり顔で「LCCは整備に手を抜く」とか「LCCのパイロットは能力が低い」と評論する彼らは、おそらくLCCには一度も乗っていないのでしょう。現場をまったく知らないのです。冬の寒いときはコタツに入って、夏の暑いときにはクーラーの効いた部屋で、古い時代の自分たちの貧弱な経験だけを頼りに彼らは「LCCはけしからん」と結論をくだす。LCC各社にとっては、はた迷惑な営業妨害です。かつてはある程度の収入がある人しかできなかった旅客機での移動を、LCCは一般の人たちにも開放しました。空の旅をもっともっと気軽に、安心して楽しんでほしい。そんな願いを実現するために、LCCの現場の人たちがどれだけ頑張っているかを、彼らは自分の目で見ようともしません。だから今回のジャーマンウイングスの事故も、何ら根拠もないのに「LCCはやっぱり整備を適当に済ませていた」とか「LCCのパイロットの経験不足が招いた事故だろう」などと決めつけるのです。考えてもみてください──自分たちが儲けるために人の命をないがしろにするような会社で、誰が働きたいと思いますか!

所定の整備をきちんとやっていなかった事実が発覚した航空会社が監督官庁である国交省から厳しい指導を受ける──そんなニュースをたまにテレビや新聞で目にします。しかし、これもLCCに限ったことではありません。大手だって同じです。整備に手を抜く会社は姿勢を正してもわらなければなりませんが、これも「LCCだから」ということではないのです。

機体の定期整備を「外注化」していることを攻撃する評論家もいました。ですが、重整備の外注は、いまは大手でもやっていることです。効率化やコスト削減という背景もありますが、専門の会社に委託することでより高い安全を確保できるという考え方が主流になりつつあるのも事実。ジャーマンウイングスの親会社であるルフトハンザは、グループにルフトハンザテクニックという整備専門の会社を組織し、長年にわたって技術を蓄積してきました。そこでは、自社の機体の整備だけでなく、世界中のエアラインから1,000機を超える航空機の整備委託を受けるほど信頼されている技術部隊が活躍しています。評論家を名乗るなら、そういう現場にも自分の足を一度くらい運んでみれば、現状を把握できるはず。残念ながら、よくテレビであれこれ言っている評論家は、忙しくてそんな時間もないのかも知れませんが。

いいえ、私が非難しているのは、すべての評論家ではありません。尊敬する先輩たちも大勢います。今回の事故に関してテレビ出演されていた中では、元JALの機長であり、操縦桿を握って地球を800周した実績をもつ小林宏之さんの解説に感銘を受けました。限られた情報しかないなかで、自分はどう思うか、どんな可能性が考えられるかなどを理路整然と解説する論評は聞いていて「なるほど」と思うことばかり。現状ではわからない点については「それはまだ何とも言えない」と発言する勇気も持ち合わせていて、さすがです。

ジャーマンウイングスの事故機のボイスレコーダーが回収され、仏検察当局は「ドイツ人の副操縦士が意図的に墜落させた」という見解を発表しました。某評論家が言ったような「LCCだから整備に手を抜いていた」わけでも、別の評論家が言った「LCCのパイロットだから経験不足」だったわけでもありません。そういう論調で語っていた評論家たちは、自分たちが展開した“いわれなきLCC攻撃”をどう釈明するのでしょうか。故意に墜落させたという副操縦士の名前がテロリストの名簿にはなかったことも伝えられています。なので、私が言った「テロの可能性も考えなくてはいけないのでは?」といった意見も的外れだったのでしょうか。しかし、仏検察当局が語ったように「自殺は一人でするもの。多くの人を道連れにする行為は自殺とは呼ばない」というのも当然のこと。罪のない150人もの命を一瞬にして奪う行為は、私に言わせると“テロ”以外の何ものでもありません。

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2015年03月14日

揚力を体感する

 
穏やかな土曜日。今日はちょっと軽〜い話を。まず、スプーンを一つ用意してください。コーヒーをかき混ぜるものでもカレーライスを食べるものでもOKです。次にお風呂場かキッチンへ行って、水道の蛇口をひねって水を出します。写真のようにスプーンの柄の先端を親指と人差し指で軽くはさんでぶら下げ、スプーンの背中の丸くふくらんだほうを流れている水に近づけていってください。スプーンの丸い部分が水に触れた瞬間──どうなるでしょうか?


スプーンは水の流れの勢いにはね返される。そう考える人が多いかもしれません。しかし、実際はその反対。スプーンは流れている水に吸い寄せられたでしょう。蛇口をいっぱいにひねって水流を増すと、スプーンはさらに強く水に吸い寄せられます。

これを真横にした形を考えると、飛行機の主翼に発生する「揚力」が理解できます。飛行機の主翼の上面も丸くふくらんでいて、その断面は、じつはスプーンを横から見た形状とそっくり。水の流れは空気と考えてください。翼の上面に速い速度で空気が流れると「負圧」という空気の圧力の差が生まれ、これが機体を上に持ち上げる揚力になるわけです。

これ、私がかつて航空工学を学び始めたとき、最初に教授から教わった「揚力を体感する」方法でした。以前にも書いたりしゃべったりしてきましたが、最近各地で開催される「ヒコーキ入門」などの講座で話すと、受講生のみなさんから「へえ」と驚かれることが少なくありません。スプーンだけ用意すれば家庭でも簡単にできる実験ですので、時間があるときにでも試してみてください。

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2015年02月04日

“捨て魔”の災い

 
航空写真家のチャーリィ古庄氏が「世界で最も多くの航空会社に搭乗した人」としてギネス記録に認定されたときの彼との対談で、私は何でもすぐに捨ててしまう“捨て魔”であることを告白しました。古庄氏が「搭乗券をすべて保管していたことで記録が証明された」と言ったのに対し、私は「フライトを終えるとその場でゴミ箱にポイしちゃう」と。


仕事場である書斎も、放っておくとぐちゃぐちゃになるので、不要なものは捨てずにいられません。取材して記事を書き終えた資料類も、以前は「いつかまた使うかな」ととっておいたのですが、結局使ったためしがない。使いたくても何がどこにあるかわからず、探し出せないのです。

昨年の暮れに、二日間かけて書斎の大掃除をしました。正月休みは季刊『航空旅行』2015年冬号に寄稿する記事を書く予定で、取材を終えた資料などは一括してデスクサイドに保管し、それ以外はポリ袋にぽんぽん放り投げていく。爽快でした。出したゴミは結局、大型サイズのポリ袋に5つ分。書斎は見違えるように片づき、翌日からフレッシュな気分で執筆作業に向かおうとしたときです。あれ? ないゾ。保管しておいた、4社分のフライトレポートと5カ国の旅のエッセイを書くための資料が。す、捨てた? もう一度探してみましたが、どこにも見当たりません。捨ててしまったようなのです、ゴミといっしょに。

凍りつきました。そのまま凍りつづけたら、死んでしまったかも知れません。ですが幸い、ノー天気な性格なので、30秒後には一人で大笑い。「ギャハハ、あいつら(資料類)はおれに捨てられる運命にあったのさ」と。そうして記憶だけを頼りに、忘れてしまった部分は想像力で補って書き上げたのが、巻頭特集「エアバスA380で行く旅」の68ページ分の原稿です。facebookにもアップした上の写真は、執筆しながら思い出したモーリシャスでの一コマ〔倉谷清文氏撮影〕。楽しかったなあ。あ、最後に本音を言いますね。もう二度とあんなふうにゾッとした気分は味わいたくない。モノを捨てるときは、気をつけよっと。

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2015年01月24日

女優・佐々木希さん

 
日本経済新聞の購読者に届く女性向けの月刊タブロイド紙『日経interesse(インテレッセ)』。その表紙には毎回“旬”な女優やタレントが登場し、「この人に会いたい」と題するインタビュー記事が掲載されます。最新号(2015年2月号)を飾るのは女優の佐々木希さんで、そのカバーストーリーは私がインタビューして書きました。


佐々木さんは、2月に公開される映画『さいはてにて〜やさしい香りと待ちながら〜』で、永作博美さんとW主演を果たしました。私が会ったのはクランクアップの直後で、インタビューする前日の夜に、完成したばかりの試写用のDVDを拝見。シングルマザー役という、佐々木さんのこれまでとは違った役柄に、ずいぶん苦労や戸惑いもあっただろうなと想像したことを思い出します。

これは、故郷の奥能登に帰って焙煎珈琲店を開いた「岬」と、この地に住むシングルマザーの「絵里子」との心の交流の物語。佐々木さんが挑んだのは、岬(永作博美さん)との関わりや子どもたちとの日常を通じて人と交わることの喜びを知っていく絵里子役です。台詞(せりふ)のキャッチボールでストーリーを進めていくのではなく、言葉少なに、心が揺れ動く様子を佐々木さんは背中や表情だけで見事に演じ切っていました。私も舞台脚本などを書いてきた人間なので、この作品にはそんな点でも好感を持ちます。

インタビューでそんな感想を伝えると、佐々木さんはにっこりうなずいて「私にとっても転機になった作品だと思います」と話していました。同映画は2月28日から全国公開されますので、興味のある方はご覧になってみてください。

S.Akimoto at 17:55|Permalink

2015年01月12日

1995年

 
いまから20年前の1995年は、いろいろなことがありました。たとえば、カシオ計算機が「QV-10」というデジタルカメラを発売したのが1995年の3月。私も当時、すぐに飛びついたことを思い出します。パソコンに直接つなげて、撮った写真を移動させることができる。衝撃でした。デジカメはすでに他社からも出ていたものの、撮影画像をその場で確認できる背面の液晶パネルは世界初。ここから時代が変わりました。


私は仕事柄、あらゆるジャンルの本を読みます。マンガから小説、難しい技術書まで。1995年当時には、哲学書や宗教に関する本をかなり読みあさっていました。そして、その年に日本で大ベストセラーになったのが、ノルウェーの高校哲学教師ヨースタイン・ゴルデルが書いた『ソフィーの世界』です。ファンタジー小説の形をとった哲学の入門書で、世界各国で翻訳されて2,300万部以上を売り上げました。

1995年の1月17日は阪神・淡路大震災があり、その年の3月20日は地下鉄サリン事件が勃発。「がんばろう、神戸」や「マインドコントロール」が流行語になりました。東京臨海副都心にゆりかもめが開業したのもこの年の11月です。

さて、今日は成人の日。あの年に生まれた人たちも、今年で20歳を迎えます。20年なんて、本当にアッという間。成田空港では昨日、千葉県成田市の主催で、エアライン5社の客室乗務員や整備士らが制服姿で参加してのひと足早い成人式が行われていました〔写真〕。

S.Akimoto at 12:45|Permalink

2015年01月06日

コンタクト

 
年末から正月にかけてある雑誌への寄稿記事をずっと書き続けているのですが、予定より遅れていて、まだ終わりません。1本につき6ページから10ページの記事が計11本、ほかに連載コラムが1本、トータルで約70ページの仕事です。1本終えると、頭を切り替えるのに半日くらいかかって、そのロスが響いています。


2日ほど前の深夜に、テレビ東京でジョディ・フォスター主演の映画『コンタクト』が放映されていました〔写真〕。ラストシーンは賛否が分かれるのですが、全体としては好きな映画です。テレビの放映は観る時間がなかったのですが、前述した「頭の切り替え」を兼ねて、昨夜遅くに書斎で久しぶりにDVDを鑑賞しました。

ジョディ・フォスター演じる天文学者エリーが最初のほうのシーンでビーナス(金星)を見上げて言うセリフがあります──「この銀河だけで4,000億もの恒星が存在しているの。恒星の百万に一つが惑星を持ち、惑星の百万に一つに生命がある。その百万に一つが知的生命であるなら、全宇宙には数百万の文明があるはず。そうじゃなかったら、スペース(空間)がもったいない」。私も、まったく同意見です。

ただし、私はUFOなどに一度も遭遇したことがないので、確信が持てません。一度でも見れば、信じられるのに。じつは、私が取り組む「航空」の世界で、ある職種の人たちの多くがUFOを見ているらしい。取材をかけてもなかなか口を割らないのがもどかしいのですが(笑)。今月末に開講する中日文化センターの新講座『もっと知りたい旅客機の世界 〜空の旅の楽しみ方〜』で、もし受講者の方たちに興味があれば、そんな話もしちゃおうかな。

S.Akimoto at 23:55|Permalink

2014年12月16日

過ぎ去りし10年

 
パリ取材から戻り、前回のBlogでも書いたように今年予定していた海外取材はすべて終了しました。年内はもう日本を離れません。そこで本日、執筆の合間を見てパスポートの更新へ。10年前に更新したパスポートの有効期限が、昨日で半年を切ったからです。


古いパスポートには、この10年間の旅が記録されています。スタンプを押す空きスペースがいまから2年半ほど前になくなり、増補手続きをしたのですが、新しい空欄もほとんどいっぱいに。アメリカ、アジア、ヨーロッパをはじめ、中東、アフリカと本当によく旅をしました。前回──2005年にパスポートを更新して最初に行ったのは、どこだっけ? そう思ってスタンプをたどってみたら、中国でした。

先ほどfacebookにもアップしましたが、そのときの写真です。世界各国の旅行&航空ジャーナリストを集めての会議が上海であり、私も招待されて飛びました。10年前なので、とても若い! まるで「小僧」のような顔をしています(笑)。あのころに比べると、私もずいぶんな「おっさん」になりました。

新しいパスポートには、そのおっさんの顔が載ります。いいえ、少しも嫌ではありません。最近はどの国に行っても、入国審査で係員にパスポートの写真と実物とを何度も見比べられるのが常でした。さすがに10年も経つと顔が変わり、みんなに「これ、ほんとにお前か?」という目で疑われて。でも、これからはパスポートもおっさん顔になるので、その心配ももうありません。10年後に再びパスポートを更新するときは、おっさんどころか「じーさん」になっているのでしょうね。それもぜんぜん嫌じゃありませんが。

S.Akimoto at 00:09|Permalink

2014年12月05日

業界のナイショ話

 
この話はヒミツにしておこう。これも他言は控えないと──。世界を飛び歩いてフライトの現場の人たちと交流を持ったり、国内外のエアラインの本社や支社を訪ねて関係者たちにインタビューしていると、いろんな情報が私の頭の中にストックされます。ですが、面白いネタに限って、書いたりしゃべったりできないケースが少なくありません。暴露してしまうと、それを話してくれた人に迷惑がかかることがあるからです。


なわけで、本や雑誌、Web媒体で発表する文章は、私の知っていることの一部でしかありません。その「言えない部分」を一冊の本にまとめれば、面白くてベストセラーになるかもしれないのになあ。以前はそんなことも空想しました。だったら、この世界を引退する直前に「エアライン暴露本」を出して大儲けし、あとは悠々自適に暮らそうか──などと。

じつは最近、かつては「言えなかったこと」を、どんどん書いたりしゃべったりし始めています。物書きとして私が最も大切にすべきは、ウラ話を教えてくれた情報源よりも交流あるエアライン関係者よりも、まずはやっぱり読者です。その読者に、これからは面白い話を誰にも遠慮なく提供していこうと決めました。そのことでエアライン関係者に嫌われ、出入り禁止になっても、揺るぎない基盤もできましたしね。年齢的にも、もういいや、何でも言っちゃえ──という気持ちです(笑)。

さて、先日facebookでもお知らせしたように、名古屋の中日文化センターで2015年1月から『もっと知りたい旅客機の世界 〜空の旅の楽しみ方〜』と題する講座を受け持つことになりました。3カ月(月1回)の講座で、ここでもいままでどこにも書いていない、誰にも話していない「航空業界のナイショ話」をふんだんい披露するつもりです。中日文化センターの関係者の話では「11月27日に受付を開始した直後から多くの申し込みをいただいております」とのこと。もちろん、まだまだ席には余裕があるそうです。名古屋地区での開催という場所の制約はありますが、時間の都合のつく方、また遠くからでも大丈夫という方は、ぜひぜひ起こしください。詳細はホームページで。

S.Akimoto at 14:44|Permalink

2014年08月27日

都心の低空飛行

 
“空港の街の子どもたち”──というテーマで以前、成田空港周辺の小学校を取材したことがあります。世界各国から飛来する旅客機を間近で見ながら暮らすことの楽しさなどを聞いて歩き、子どもたちの明るい笑顔に接しました。が、同時にその取材で知ったのが「騒音問題」の根深さ。昼間の教室で、旅客機が学校上空を通過するたびに、授業が中断してしまう。騒音で先生の声がまったく聞こえなくなってしまうのです。


国交省は昨日、地元自治体の関係者を集めて、羽田と成田の便数をさらに増やすための第1回協議会を開催しました。そこで提案されたのが、これまで飛行していなかった都心上空の飛行ルートの解禁です。この案に対して地元自治体から上がったのが、旅客機の騒音や落下物を懸念する声。東京都からは「騒音の影響や安全性について詳しい情報が欲しい」との要望が出されました。

東京都の副知事が記者のインタビューに「(都民は)航空機騒音をいままで経験してきたことがないですからね」と答えていたのが印象的です。この騒音レベルは、たしかに体験してみないと実感がわきません。私自身がそうでしたから。

都心の低空飛行が解禁され、羽田と成田をあわせて年間最大8万回近く便数を増やせれば、もちろん便利になるでしょう。しかしその実現のためには会議室で議論しているだけでなく、市民に代わって取り決めを行おうとしている一人ひとりが成田周辺などの“現場”に出向き、自ら体験した上での意見のぶつけ合いが絶対に不可欠だと思います。

S.Akimoto at 09:53|Permalink

2014年07月07日

七夕伝説

 
天の帝(みかど)によって天の川の東西に離ればなれにされた織姫と彦星は、改心して元どおりに機織りや牛飼いをすると約束し、年に一度だけ会うことを許される──ご存知、七夕伝説です。今日はあいにくの雨で天の川は見えそうにありませんが、私もいつの頃からか、7月7日には夜空を見上げて宇宙について考えるようになりました。好きなんです、宇宙の話が。


年に1回しか会えない織姫と彦星は気の毒ですが、昨日の読売新聞に、国立天文台・副台長の面白い話が載っていました。いわく「1年に1度なんて、星にとっては何でもない時間ですよ」と。仮に10億年生きる星を100年生きる人間に例えれば、365日に1回という頻度は、3秒に1回に相当する。つまりは、ほとんどいつも会っているのと同じなのだ──と。

ミュンヘンにある技術・科学に特化したドイツ博物館に、宇宙から見た地球の歴史を12時間に例えて説明している部屋があります。ビッグバンが起こったのは推定200億年前で、地球の誕生は46億年前。人類の出現は時計の針が1回転を終える寸前の0.1秒前──つまり私たちの歴史がほんの一瞬に過ぎないことを知って驚かされました。地球の歴史と人類の歴史の長さを対比させた名言も、過去にいろいろあります。「パリのエッフェル塔が地球の年齢を表すとすれば、人類が地球を共有している時間の長さはエッフェル塔のてっぺんのとんがりのボッチに塗られたペンキの厚さしかない」(マーク・トウェイン)とか、「国王の鼻から、伸ばした手の先の長さに当たる1ヤードに地球の歴史を押し込むと、中指の爪をヤスリで1回こすっただけで人類の歴史は消え去ってしまう」(ジョン・マクフィー)とか。

そうした発言の先に漂うのが「人間なんていかにちっぽけな存在か」というムードです。そして、宇宙の歴史に思いを馳せると、私もいつも自分にこう言い聞かせます。何があっても前向きに歩いていかないとな、と。すべてささいなこと(Every little thing)ですから。〔上は写真家の中西一朗氏が撮ったパラオの夜空です。サイズが小さくて星が見えないので、大きな画像をfacebookにアップしました〕

S.Akimoto at 14:33|Permalink

2014年06月22日

隠語と符丁

 
あるテレビ局から連絡がありました。「秋本さんが紹介していた客室乗務員たちの“隠語”が面白いので、番組で取り上げたい」と。たしかに、何かの雑誌で「カラスフライト」とか「アメリカン」などCAたちが仲間同士の会話で使う一般の人にはわからない言葉について書いたことがあります。カラスフライトとは、黒の学生服を着たカラスのような集団という意味で、修学旅行の高校生たちが乗る予定の便のこと。アメリカンは濃くないコーヒー、つまり国内(こくない)線のことです。


え、くだらない? はい、本当にくだらないんです。私がそのことを“業界こぼれ話”として書いたのは、もう15年以上も前。いまは誰もそんな隠語は使いません。なので局の人には「時代錯誤と思われるのでやめてください」と丁重に断りました(笑)。

ところで、時代が変わっても残りつづける隠語もあります。隠語というより「符丁(ふちょう)」と書くべきでしょうか。つい先日、東京・向島の小料理屋のカウンターで飲んでいたときのことです。隣にいた男女の二人連れが席を立ち、男性のほうが「おいくら?」と聞くと、板前さんが小さな声で「へい、お一人さまメノジで」と言いました。これ、わかりますか? 漢字で「目」の字を書くと5画なので、「メノジ」といえば5,000円を指します。接待などで連れの人に値段を知られたくない場合のために、その商売でしか通用しない暗号のような言葉として符丁は生まれました。

同様な例をほかに挙げると、3は「ゲタ」(穴が三つだから)で、9は「キワ」(10のすぐ近くの意味)。4は「チムチョク」(置の文字の直が無い)です。なぜそんなことに詳しいのかって? 20代のころに向島界隈でかなり飲み歩き、そのときにいろいろ覚えました。向島、とてもいいところですよ。風情があって。一歩路地を入ると、芸妓さんたちがお座敷帰りにちょっと寄っていくようなカジュアルな店も少なくありません。そういう、古きよき時代の余韻が残る街だからこそ、符丁などもいまに受け継がれているのでしょう。CAたちが内輪だけで使う隠語などとは違って(笑)。

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2014年06月19日

サッカーW杯余話

 
盛り上がっていますね、サッカーW杯のブラジル大会。私も翌日の仕事を気にかけながら、夜中や明け方の試合をついテレビで観始めてしまうと、もう止められません。どのカードもレベルが高く、感動すら覚えます。そんな陰で、航空にからんだ聞き捨てならない二つのニュースが入ってきました。二つとも、時事通信が伝えたものです。


一つは、1カ月前に報じられた「ブラジル航空当局は(サッカーW杯の)大会期間中、飛行機の離着陸時間が遅れた場合に航空会社に最大4万ドル(約400万円)の罰金を科すこともあり得ると警告」というニュース。読んでいて、我が目を疑いました。フライト遅延による観戦客の混乱を避けるのが狙いだそうですが、こんなバカな話、ありますか? W杯の開催中だろうが、平時だろうが、3次元の空間を飛んで行く飛行機は遅れるときは遅れます。乗客からのクレームを恐れて、悪天候の空港からなかなか着陸許可が下ないことに苛立った機長が無理に着陸を決行して墜落する──そんな事故がかつて実際にありました。ブラジルの航空当局というのは、何を考えているのか。

もう一つは、今週配信された「中国の航空会社が操縦士らにサッカーW杯ブラジル大会の徹夜での観戦を禁止した」というニュース。これも、わざわざ会社が規制しないといけないことですか? サッカーを観る自由は機長にも副操縦士にもありますし、かといってエアラインのパイロットが徹夜してフラフラの状態で乗務につくなんて考えられません。その中国系航空会社の社員たちのモラルは、そんなに低いのでしょうか?

さて、明日はいよいよ、日本代表の絶対に負けられないグループリーグ第2戦です。キックオフは、日本時間の朝7時。ちょうど通勤時間帯にかかるため、オフィス街のカフェなどでは早めに来たオフィスワーカーたちに出社ぎりぎりまで店内のテレビで試合観戦を楽しんでもらおうと営業開始時間を早めたり、会社によっては定時の出社時間を遅らせたり──いろいろ工夫をしているようです。こういうことは、大いにやってほしいですね。なにせ、世界中が沸く4年に一度のお祭りなのですから。

S.Akimoto at 16:42|Permalink

2014年03月07日

747短編小説

 
今月末で日本の空から姿を消すジャンボ機ボーイング747。退役へのカウントダウンが本格化し、航空や旅を専門とするメディアでは連日のようANAの747フライト情報が取り上げられています。ANAマイレージクラブの上級会員の自宅に季節ごとに届く会員誌『ANA AZURE』でも、2014年春号では「WE LOVE B747」という特集を組みました。ジャンボ機ファンのみなさんの記憶にいま一度、その雄姿をしっかりと焼きつけてもらうために。


本特集で私は、監修役および747機長と整備士へのインタビュー記事の取材・執筆を手がけました。また、息抜きを兼ねた気軽な読み物として、短編小説も寄稿しています。小説のタイトルは「5番スポットへようこそ」。地方空港で働く女性と747のベテラン機長との小さな交流を描きました〔写真〕。

航空や旅関連のメディアで私がみなさんにお届けできるのは一般の取材レポートがほとんどで、小説を読んでいただくようなチャンスはなかなかありません。別ジャンルの媒体ではエッセイを発表したり、舞台脚本を書いて上演したりという活動も続けてきましたが、今回はそんな「作家」としての一面にも接していただけるいい機会だと思っています。

前述したように、この『ANA AZURE』はANAマイレージクラブの上級会員誌で、残念ながら一般の人は入手できません。それでも計22万部も発行されていますし、毎号エアポートラウンジなどにも置かれますので、見かけることがあればぜひ手に取ってページをめくってみてください。

S.Akimoto at 11:05|Permalink

2014年02月02日

美しい前傾姿勢

 
ノルディックスキー・ジャンプ女子のソチ五輪代表、17歳の高梨沙羅ちゃんが、オーストリアで2月1日(日本時間の今日)に開催されたW杯の第12戦で今季9勝目を上げました。私も早朝の中継で観ていましたが、その飛行姿勢が本当にカッコいい! ほれぼれする美しさです。


身長152センチ・体重43キロの沙羅ちゃんは、欧米のライバルたちに比べて小柄で軽いぶん、助走時のスピードが上がりません。そこで風の抵抗を極力受けないよう、身体を低く沈めてスタートし、踏み切ったあともスキー板と並行になるくらいの深い前傾姿勢を身につけました。沙羅ちゃんの空中でのその姿は、約3度の迎え角で巡航飛行するジェット旅客機とそっくり。気流の影響をできるだけ受けない身体の角度や体勢は、コーチといっしょに風洞実験などを繰り返して編み出した──そんな舞台裏も先日のニュースで伝えていました。

自分の学生時代を、ちょっぴり思い出します。飛行機の最適な設計値を導き出すため、教授の指導のもとに流体実験室で風洞試験に明け暮れた日々。ソチ五輪でのメダルを目標に「より速く、より遠くへ、より効率的に」というテーマを掲げて努力を続ける沙羅ちゃんは、当時の私の研究課題とオーバーラップし、彼女の1戦1戦の試合結果が気になって仕方ありません。

ソチ五輪の本番まで、残りはあと1試合。W杯第13戦は、今夜24時からNHKのBS1で中継されます。それまでに仕事と用事を済ませ、またテレビの前で応援しよう。がんばれ、沙羅ちゃん!

S.Akimoto at 11:15|Permalink

2014年01月01日

書斎で初日の出

 
1年の計は元旦にあり、と言います。去年は元日のフライトでタイのバンコクに飛びました。タイ国際航空が成田線に新しく導入したエアバスA380の就航初便の取材です。2013年は結局、かつて前例がないほど外国を飛び回り、渡航回数は計20回に。国内線のフライトも20回近いので、元日から飛行機に乗っていると、本当に1年間ずっと乗り続けることになるんだなと実感しました。


さて、年が明けて、2014年の元日を迎えました。今年はどんなスタートかといういと、夜明け前にベッドを抜け出して書斎で原稿を書いています。私の通常の生活とまったく同じように。いまから少し前、6時40分頃に外が白み始め、今年最初の明るい日差しが現在は窓いっぱいに広がりました。

元日から原稿書きに追われていると、書斎にこもりつづける1年になってしまうのでは? はい、2014年はそういう年にするつもりです。旅人である前に、あるいは旅を伝えるレポーターである前に、今年は本来の「作家業」に集中しようと心に決めました。海外に出る回数も、去年の半分程度に抑えたいと思っています。かといってもちろん、仕事や取材のオファーを断ることはしません。どんな仕事でも依頼されたものは基本的には受けさせていただく。従来からのその方針は、今後も貫きます。では、どうするか? 私の周りには旅行ジャーナリズム、航空ジャーナリズムの信頼できる担い手がいるので、そのネットワークをフル活用して期待に応えていこう──そんなプラン(作戦)を立てました。私自身は物を書くことに少しでも時間を費やせるよう、スケジュール管理なども含めたアシスタントを置くことも考えています。

ということで、2014年は「変化」の年になるかも知れません。変われるよう、人と人とのネットワークもより深いものにしていきたいと思います。今年も1年、どうぞよろしくお願いいたします。

2014年元旦 秋本俊二

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2013年11月06日

昭和は輝いていた

 
高度経済成長を背景に、東京五輪や大阪万博などに沸いた「昭和」という時代は、ことあるごとにふと振り返りたくなるような魅力にあふれています。BSジャパンで毎週火曜日夜9時から放映されている『昭和は輝いていた』は、そんな昭和を象徴する人やモノ、出来事から毎回一つのテーマをピックアップ。MCの武田鉄矢さん(写真左)とテレビ東京アナウンサーの須黒清華さん(右)が、ゲストとのスタジオトークで当時の輝きを再発掘する楽しい番組です。


この番組に先日、私もゲストの一人として呼ばれ、収録してきました。私が出演する回のテーマは「日本の翼」です。二人のMCに挟まれたゲストのうち、中央が元キャセイパシフィック航空CAの前田恒子さん、そしてその右隣が元JALの機長の小林宏之さん。このメンバーでたっぷり1時間、飛行機との出会いや初めての空の旅、忘れられないフライトなどについておしゃべりします。

小林さんの旅客機との最初の接点は、JALの訓練生時代。そして私は、憧れだった札幌雪まつりに学校をさぼって出かけた高校2年の冬。小林さんも私も初めての機種はダグラスDC-8だったという偶然も、トークの中で判明しました。その後、小林さんはパイロットとして、私は一人の旅人として世界の空を飛び回った昭和の思い出に話は尽きません。途中から前田さんも加わり、武田鉄矢さんの巧みなリードもあって、現代とはまた少し違ったCA時代のエピソードなどへ話題は広がっていきました。

日本の翼をテーマにした『昭和は輝いていた』のオンエアは、いよいよ来週の火曜日(11月12日)。同番組ホームページ右欄の動画で、ちらっと予告編を見ることができます。プロペラ機からジェット機へ──大量輸送の実現と海外旅行の自由化で一気に輝きを増した「昭和」という時代を、ぜひ懐かしんでみてください。

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2013年10月23日

テレサとアンパンマン

 
作品づくりのための調べ物があって、マザー・テレサに関する本を何冊か読み進めています。テレサの言動には、考えさせられることが少なくありません。たとえば、自分の持っている物の一部を分けてやる。あるいは不要になった物品を送る。それなら自分にもできる気がします。けれど「なくても与える」となると、これはむずかしい。テレサは長年、この「なくても与える」生活を実践し「あっても与えない」ものへの無言の抗議を続けてきました。


愛は数や量ではない──と、テレサは言います。4歳の男の子が小さなビンに詰めた砂糖を彼女のもとに届けたことがありました。少年が何日間か食べるのを我慢してためた砂糖です。テレサ流に言えばたとえ少量でも、たとえ小さな行為でも、そこには「痛い愛」があります。

これ、何かに似ているな。何だったろう? ふとそう考えて、本を閉じ、しばらく瞑想します。そして思い至ったのが、アンパンマンでした。お腹をすかせて困っている人に、アンパンマンは自分の顔をちぎって食べさせる。本人が傷つきながらも人を助ける行為は、マザー・テレサの心に通じるのではないか?

写真は、アンパンマンとその仲間たちのマスコット人形です。二人の息子がまだ小さかった頃に持っていたものだと思うのですが、それがなぜかいまは私の書斎に。当時は映画『それいけ! アンパンマン』の新作が公開になるたびに、私は彼らを連れて映画館へ足を運びました。“引率役”にかこつけて、自分自身も毎回楽しみにしていたことが忘れられません。アンパンマンがピンチに陥り、危機一髪のところでカレーパンマンと食パンマンが助けに駆けつける。映画のそんなワンシーンに、ガッツポーズをとる息子たち。その横で私もいっしょになってこぶしを握りしめていたりして(笑)。今月の13日に、作者のやなせたかしさんが94歳で人生のペンを置きました。本当に残念です。心からご冥福をお祈りします。

S.Akimoto at 16:40|Permalink

2013年07月29日

あ丶上野駅

 
夏祭りの最終日だった昨日、私が焼きそば作りの鉄板の準備を始めたころ、東京の下町ではちょっとしたイベントが開催されたようです。そのイベントとは、JR上野駅の開業130周年を祝う記念行事。帰宅してテレビをつけたら、夜のニュース番組でJR東日本の東京支社長が「人生の節目を上野駅からスタートした人も多い」と集まった人たちの前であいさつする様子が映し出されていました。


かつて歌手の井沢八郎さんが、東北から集団就職で上京した若者たちの心情を「あ丶上野駅」という曲に乗せて歌い、人々の共感を呼びました。この「あ丶上野駅」のメロディが昨日から、寝台特急カシオペアなどが発着する13番ホームの発車ベルになっています。私も今日、夕方からその上野駅へ。駅構内では、130年の歴史を振り返る写真展も開催されていました(8月31日まで)。

日本の高度成長期を支えた70代、80代の東北出身の人たちにとって、上野は悲喜こもごもの思い出がつまった集団就職列車の終着駅です。私は彼らの年代よりはずっと下ですが、下町で生まれ育ったので、上野駅は幼少のときから身近な場所でした。やんちゃな仲間とつるんで遊びに繰り出す繁華街といえば上野か浅草でしたし、高校2年の夏休みに人生初の「放浪の旅」に出たのもやはり上野駅からです。線路が行き止まりになった終着駅型のホームから乗り込んだ夜行列車。見送りに来ていた当時の彼女に手を振り、目頭を熱くしながら、東北から北海道への1カ月におよぶ無計画な旅を始めた日のことをいまでも忘れません。

上野駅にいまも残るかつての懐かしい雰囲気と、周辺の雑然とした街並みが私は好きです。今日も駅のすぐ近くのロティサリーチキンがおいしい店で、夕方から親しい新聞記者や編集者、ライターなどを集めての飲み会でした。私が会を仕切るときは、上野とか浅草とかの下町開催がどうしても多くなります。

S.Akimoto at 23:45|Permalink

2013年06月15日

SANKEI EXPRESS

 
産経新聞社の日刊タブロイド紙『SANKEI EXPRESS』で、不定期ですが私の新しい連載が始まります。寄稿するページは、中面の3面分(片面1ページと続く見開きの2ページ)を使った「ZOOM」というコーナー。その第1回目が明日(6月16日)の号に、第2回目が翌月曜日(6月17日)の号に掲載されることになりました。


第1回と第2回の通しタイトルは「南アフリカを訪ねて」。今年3月に取材した南アのローカルな村々と、そこで出会った人たちとの交流を、写真と文章で2回に分けて報告しました。

首都圏と近畿圏を中心に発行されている『SANKEI EXPRESS』は紙面全体の5割を海外ニュースが占めるというとても特徴ある日刊紙です。私の連載はこれまでWeb媒体が多かったので、印刷媒体で新たな発表舞台を模索してきました。そこで声をかけていただいたのが『SANKEI EXPRESS』で、私の書こうとしているテーマにも相応しい媒体だと判断し、寄稿する運びとなりました。

この媒体では私の専門の一つである「航空」というジャンルは封印し、作家・秋本俊二を全面に出していく予定です。テーマは「異文化とのふれあい」や「異国の人々との交流」。上の写真は明日の号の扉ページですが、次の見開きページではカラー写真をさらに大胆にレイアウトし、1面から続く文章を配置しています。1部100円で、都内なら駅の売店などで買えますので、チャンスがあれば手に取ってみてください。

S.Akimoto at 21:56|Permalink

2013年06月02日

リニューアル

 
このBlogのデザインを4年ぶりに変更しました。といっても、タイトルバックとプロフィール写真だけですが。先日のベトナムへ向かう機内で同行のカメラマン、中西一朗氏が撮ってくれた写真を先輩のWebデザイナーに渡し、出来上がってきたのがこれです。どうせ変えるなら、もっと“雲の上の書斎”らしい雰囲気を出そうよ──ということになりまして。


プロフィール写真も、今年3月に南アフリカの取材で撮ってもらったスナップです。それまでの機内での画像がもう6年前のものだったし、周囲からは「暗くて顔がよくわからない」と不評の声も少なくありませんでした。まあ、私の顔などわかろうがわかるまいが、誰も気にかけていないと思いますが(笑)。

ということで心機一転、これからも3日に一度のペースを目標に更新を続けていきます。「空の旅」を中心テーマに、異国のさまざまな土地で出会った人々や遭遇したエピソードについてエッセイ調でつづっていく──その方向性も変わりません。フライトを重ね、人との出会いと別れを繰り返せば繰り返すほど、モノを書きたい意欲が高まります。その意味で、旅は私の人生にとってなくてはならない栄養剤と言えるかも知れません。

今日もこれから、深夜の便でアメリカに発ちます。目的地は西海岸のシアトル〔写真はダウンタウン〕。今回は初めての試みとして、大手新聞のデジタル版で計4回の連載コラムの形で現地からリアルタイムに報告を書きます。第1回目の配信はさっそく明日のお昼ごろ。お見逃しなく。

S.Akimoto at 18:32|Permalink

2013年04月10日

コンパクト化計画

 
フットワークを軽くするための“超コンパクト化計画”──進んでいます。だいぶ環境が整ってきました。私はどこへ行くにも荷物は少なめですが、機内に持ち込むバッグだけはどうしても重くなる。物を書くためのPCと取材用のカメラ一式は必需品だからです。その部分の重量を削ってコンパクトに! そう思い立ったきっかけは、今年の夏にも始める予定の新しい仕事でした。


多くの読者のみなさんに支持していただいているこのBlog『雲の上の書斎から』の更新を、私は3日に1回と決めています。ですが海外へ出る場合だけは例外で、出発前に自宅や空港で予告Blogをアップし、現地から可能な限りリアルタイムに報告を書いてきました。そのスタイルを一般紙でもやらないか──そんな話が舞い込んだのです。

つまり、さまざまな国のさまざまな街を歩き、出会った人々や遭遇したことをコラムにして現場から配信する。そのためには、身の回りを整理してフットワークを軽くしたほうがいいと考えました。長年愛用してきたMacBook Proが壊れたのをきっかけにすでに11インチのMacBook Airを導入済みですが、現在試しているのは、上の写真のようにさらにその半分のサイズのiPad miniに専用キーボードを装着したマシンでの原稿書き。カメラも、30倍ズームと高機能ながら手のひらサイズのものを購入しました。従来のノートPC&一眼レフカメラに比べ、大きさも重量も4分の1に減っています。

文章を書くのは本業なので、どんなマシンでも訓練でどうにかなりますが、新しい小さいカメラは仕事で使いこなせるようになるまで少し時間がかかりそう。ただ幸いにも、連休明けの5月と6月に予定している4、5件の海外取材のうち、3件は雑誌の仕事です。雑誌の仕事はプロのカメラマンを伴うので、誌面に掲載する写真はすべて彼らに任せ、私はニューツールを自分のものにすることを目標に失敗を覚悟でたくさんシャッターを押してきたいと思います。

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2013年03月03日

実録世界のミステリー

 
毎週月曜日の21時より、テレビ東京で椎名桔平さんがナビ役を務める『実録世界のミステリー』という番組が放映されています。凶悪犯罪やハイジャックなどの事件を毎回取り上げ、独自取材により知られざる事実を解明していく人気番組で、次回3月4日のオンエア分では2005年にカナダのトロント国際空港で起きた航空機事故をクローズアップ。その番組に私も解説者として出演することになりました。


事故が起きたのは2005年の8月2日です。カナダのトロント国際空港で、パリ発のエールフランス航空358便(エアバスA340)が着陸後に滑走路から外れ、炎上しました〔写真〕。しかし機体の全損事故であったにもかかわらず、乗客297人と乗員12人の計309人は全員脱出。一人の死者も出さなかったことから、当時「奇跡の生還」などと取り上げたマスコミも少なくありません。事故当日の空港周辺は激しい雨で、雷による非常警報も出ていました。そんな中を、エールフランス航空358便はなぜ着陸を強行し、どういう形でオーバーランしたのか? 全損事故なのに、死者がゼロという奇跡はなぜ起こったか?

私は番組内で、主に「そもそも旅客機にとって雷は危険ではないのか?」「時速200キロを超える速度で着陸した機体はどんな仕組みで停止させるのか?」「滑走路の限られた範囲内で停止できなかった原因として考えられることは?」「全員脱出できた理由は?」といった部分に注目して解説します。興味のある方は、月曜日の21時にチャンネルを合わせてみてください。

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2013年03月01日

熱気球事故の考察

 
オーストラリアのゴールドコーストを旅していたときのことです。連日の寝不足にもかかわらず、その日はホテルで朝4時過ぎに目が覚めてしまいました。起き出してベランダに行き、まだ暗い空を見上げます。どうかなあ、と呟きながら。早朝の熱気球ツアーに参加する予定が、前日の夜に「朝までに風が止まなければ飛ばせない可能性がある」と連絡が入り、心配で寝つけなかったのです。


気球を初めて体験する人たちから、よく「上空は風が吹くと相当寒いですか?」と聞かれることがあります。答えはノー。気球で宙に浮いていると、風はほとんど感じません。なぜか? 毎秒1メートルの風が吹いているとすると、気球はその風に流されて毎秒1メートルで移動していくから、乗っている人にとっては体感する風はゼロ──つまり、無風に近い状態になります。言葉を換えると、熱気球とはそれだけ風に影響される乗り物だといえるでしょう。

気球ツアーが早朝の時間帯に開催されるケースが多いのも、そのためです。太陽が昇ると、その太陽熱で大気が暖められ、風が次第に強まります。もちろん早朝でも、風の状況を観測して少しでも「危険」と判断されれば、運航は中止に。ゴールドコーストでは結局、気球体験は断念せざるを得ませんでした。そのことに対して、文句も恨みもありません。ツアーを企画している会社のスタッフたちが何よりも「安全」を重視し、前日から風の様子を監視して、その結果決めたことなのですから。

2月26日早朝にエジプト南部のルクソールで起きた熱気球墜落事故は、人為的なミスによるものとの見方が強まっています。なのにテレビのあるニュース番組では「熱気球はもともと危険なもの」との論調で、今回の事故とは関係ない過去の事故映像を流していました。ニュースに接した人たちからは当然、「気球なんて絶対に乗りたくない」といった声が出始めます。繰り返しますが、エジプトでの今回の事故は、気球という乗り物がはらんでいる潜在的な危険性が露呈したものではありません。あくまで人為的なミスの可能性が高く、一方で各地で熱気球ツアーを開催している会社のスタッフたちは常に“安全第一”をモットーに、人々に感動を味わってもらうおと真摯に取り組んでいます。

気球が100%安全だとは、もちろん言いません。しかし、そもそも100%安全な乗り物なんて、この世に存在するのか? 航空機しかり、船やクルマしかり。世界中の雄大な自然や歴史ある遺跡をはるか上空から俯瞰する──人々を大きな感動で包んでくれるその行為が1回の人為的なミスで旅のオプションから消えてしまうのは、とても悲しいことだと私は思います〔写真はトルコの世界遺産カッパドキアにて〕。

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2013年01月19日

電源トラブル

 
ボーイング787関連の報道が加熱しています。18日も私は、結局多くの時間をテレビやラジオ、新聞の取材対応に割くことになりました。もちろん重大な事故ですし、その詳細を伝えることはとても重要ですが、一部に誤解を招くような内容も出てきているなと感じています。


787はこれまでとは違う、まったく新しいチャレンジでした。従来のアルミ合金に代わるカーボンファイバー複合材をボディや主翼の素材として多用。大胆な軽量化を実現した結果、燃費が20%も向上しています。素材を新しくしただけではありません。外見ではわからない、機体を構成するさまざまなパーツに軽量化・コンパクト化を求め、新開発の要素技術を細部にまで取り入れることで完成した旅客機なのです。

軽量化への取り組みの一環として、従来は油圧で機械式に動かしていた翼や舵、ブレーキなどを電気で動かす仕組みに変えました。その結果、使う電気の量は大幅に増え、787を「電気飛行機」などと呼ぶ人もいます。今回、ANA機でトラブルのあったバッテリーおよび周辺機器も大きく言えば電気システムの一つであり、私は「軽量化・コンパクト化への取り組みのなかで、無理をしてしまった部分に歪みが出てきていることも可能性の一つとして考えられる」と指摘しました。

しかし電気式に変えたといっても、フライト中に翼や舵、ブレーキなどを動かす電気は従来どおりエンジンで発電してまかなっています。そのため、搭載している発電機などもより強化されていて、今回の事故ではそこが壊れたわけではありません。「変色して電解液が漏れ、内部が炭化したように黒くなっていた」とされるのは、エンジンが止まっている駐機中や非常時に補助電源として使うバッテリーの部分です〔写真は国交省運輸安全委員会から公開されたメインバッテリー内部の様子〕。補助電源だから問題ないと言いたいわけではありませんが、上記の点を誤って解釈している報道も見られますので、今日もいくつかのテレビ番組の取材時に、また過去にインタビューを受けた新聞社の人たちにも連絡をとって改めて詳しく説明しました。

トラブルのあった787が緊急着陸した高松空港では、18日もANAが全面協力しての国交省運輸安全委員会による調査が進められました。その進捗状況などの報告は随時、現場のANA関係者からも届いています。不具合をすべて洗い出し、原因を徹底解明して、よみがえった“夢の飛行機”が再び世界の空に飛び立つのを待ちたいと思います。

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2012年07月06日

格差をバネに

 
フジテレビが今日、ちょっと気になるニュースを報じていました。内容は、ロンドン五輪サッカー日本代表の男子チームと女子チームの飛行機での移動について。「なでしこジャパン」は今月16日、男子代表チームの面々とたまたま同じ便で、直前合宿のフランスへ出発することになったそうです。


ところが、搭乗するクラスが男女で違い、男子はビジネスクラスなのに女子はプレミアムエコノミーなのだとか。これは「協会の内部規定で決定していること」との説明ですが、ファンの間では「納得できない」と思う人も多いのでは?

男子代表チームは全員がプロの選手で、オリンピックも大切な「仕事」なのだそう。それは理解できますが、じゃあ女子はどうなのかと私は言いたい。昨年夏のW杯優勝で、日本中を元気にしてくれたのは誰だったか。女子チームは昔から慣例的にエコノミークラスで移動し、W杯優勝のあとも、一部ベテラン選手を除いてみんなエコノミーで帰国しました。

16日の遠征にどのエアラインを利用するのかは知りませんが、一例としてANAがパリ線で導入しているボーイング777-300ERのビジネスシートとプレミアムエコノミーシートの写真を上に並べました。最近のプレエコはずいぶん進化したものの、ビジネスと比べるとやっぱり見劣りがします。とくにロングフライトでの利用の場合は、疲れのとれ方が比較になりません。それでも、なでしこチームの関係者はエコノミーからプレエコにアップグレードされたことで「少しでも待遇が改善されてありがたい」とコメント。その健気さとハングリー精神で、ロンドン五輪でも絶対に優勝してくれることを私は願うのみです。

S.Akimoto at 21:55|Permalink

2012年06月06日

スカイマークの波紋

 
思わぬ波紋が広がっているようです。格安運賃で空の旅を提供しているスカイマークが利用者への対応方針を文書で示した「サービスコンセプト」に対し、消費生活センターがその文書の回収などを求めて抗議。さて、この一連の騒動をどう見るか? 私もアメリカとドイツ取材から帰国したばかりで、まだ状況がうまくつかめていません。しかし昨日今日と「これって、どうなのですか?」という質問が集中しているので、先ほどテレビ朝日の取材に応じました〔写真はイメージ〕。


乱暴な言い方をすると、「LCCとはそういうもの」です。そうやって“サービス”の部分をカットすることでコストを抑え、LCCは格安運賃を実現してきました。欧米では、出発が遅れて4時間も5時間も待たされても、誰も何も説明してくれません。

ただし、欧米では成功しても、そういうLCC流のビジネスがはたして日本の市場にどこまで定着するのか? 私はそのことを指摘してきました。日本人にとって空の旅は特別で、単なる「移動」とはなかなか割り切れない。安くても飛行機に乗るんだから、乗務員は親切に対応してよ──と。そんな日本人旅行者に対して「苦情はいっさい受け付けない」というのは、日本の市場を知らなすぎます。しかも「荷物の収納の援助をしない」とか「客室乗務員に丁寧な言葉遣いを義務づけない」といった対応は、決してコストカットに結びつくものではありません。荷物上げを手伝うのも、楽しくコミュニケーションをとるのも、コストとしては「ゼロ円」です。むしろ荷物上げをせっせと手伝ったやったほうが、早く出発できてコスト削減につながるのでは?

まあ、スカイマークがどんな意図で自社方針を文書化したのかは、私にはよくわかりません。そのことはさておくとして、これが乗務員本来の「保安要員」としての役割となると、また話は変わってきます。安全に関わる部分に手を抜くようなことがあれば、それは徹底的に追求されるべきでしょう。パイロットが規定高度より低いエリアから空港へアプローチしたり、指定されたのと違う滑走路に降りてしまったり──スカイマークはここ数カ月でそんな“不祥事”を繰り返してきました。そのことで利用者サイドから釈明を求められたら、これはきちんと真摯に答えなければいけません。

そんなことも含めて、私は先ほど、今回の騒動についてテレビ朝日の取材に答えました。意図するところはちゃんと伝わったかなあ。明日(6月7日)朝8時からの情報番組「モーニングバード」のコーナーでオンエアされるそうですので、興味のある方はどうぞ。

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2012年04月10日

ミサイルとお受験

 
北朝鮮によるミサイル発射計画の影響で、ANAJALは落下が予想されるエリアを通る運航便の飛行ルートを12日から16日まで変更すると発表しました。影響はそれだけではありません。国内のいくつかの中学校では、この時期に予定していた沖縄への修学旅行をやむなく中止にするケースも。まったく、迷惑な話です。


空のダイヤが乱れるとか、子どもたちに影響を及ぼすとか──そういえば同じようなことが、たしか隣の国・韓国でもあったような。あれこれと考えて、韓国の受験シーズンの話を思い出しました。こちらは「迷惑」などではなく、むしろ子どもたちを気づかっての行動です。

韓国では毎年11月に、日本の大学受験のセンター試験にあたる修学能力試験が実施されます。この“お受験”の1日は韓国の人たちにとって「その後の人生を決定してしまう」という最も重要な日で、受験生たちは国をあげてサポートされてきました。

地下鉄やバスなどの交通機関は、受験生が時間に遅れず試験場に到着できるよう早朝から8時まで増便。企業や官公庁の出勤時間も、交通渋滞を防ぐために通常より1時間繰り下げられます。それでも寝坊などの理由で遅刻しそうな学生のために、地下鉄の駅などにはパトカーや白バイが待機し、パトカーがサイレンを鳴らしながら受験生を試験会場に送り届ける光景も珍しくありません。ヒアリング試験が実施される時間帯はバスも電車も試験場周辺では徐行しなければならず、警笛の使用もいっさい禁止。そして旅客機の離着陸も騒音防止のために規制され、大韓航空の関係者は「この日だけは空のダイヤを変更することもある」と話していました〔写真は、大韓航空が運航するエアバスA380〕。

身勝手な行動で他国のエアラインの飛行ルート変更や子どもたちが楽しみにしている修学旅行の中止を余儀なくさせる国と、子どもたちの将来のために空の便のダイヤ変更も辞さない国と。もともとは同じ一つの国なのに、なんだか、ずいぶん違うものだなあ。

S.Akimoto at 23:48|Permalink

2012年03月30日

どうした、ピーチ!!

 
搭乗便が空港に到着し、ボーディングブリッジが接続されると、機内に業務連絡のアナウンスが流れます──「客室乗務員はドアモードを変更してください」。すると乗務員は、自分が担当するキャビンのドアに向かって何やら操作を開始。あれはいったい、何をしているのでしょうか?


乗客を降ろすためにドアのロックを外している、と思っている人も多いようですが、そうではありません。旅客機のキャビンのドアには、緊急脱出用のスライドシュートが収納されています。緊急時に内側からドアを開けると、スライドシュートに自動的にガスが充填され、ドアから地上や海に向かって下りていくという仕組み。そんなものが空港で乗客が乗り降りする通常の状態で作動してしまったら大変なので、旅客機が空港に降りているときは客室乗務員によるドアモードの「ディスアームド・ポジション」への変更──つまり緊急脱出装置の作動を解除する作業が必要になるわけです。

28日(水)の午前8時半ごろでした。関西を拠点に3月1日から運航を開始したLCCのピーチが、長崎空港を出発前の機体の緊急脱出用スライドシュートを客室乗務員が誤って作動させるというトラブルが発生。乗務員は搭乗者を確認するため、一度閉めたドアを開ける際に、脱出装置の解除をうっかり忘れてしまったそうです。

出発準備などの作業を効率化して旅客機が空港にとどまっている時間を短縮し、1機の旅客機を1日に何往復もさせることで収益を上げる──それがLCCのやり方です。しかし1便1便の安全性維持にかける時間までは、絶対に縮小してはいけません。客室乗務員の仕事で一番大事なのは「保安要員」としての役割であり、既存のエアラインでは一人ひとりが「プロ」としての責任と自覚をもって仕事をまっとうしてきました。そのために日々厳しい訓練を重ね、実際のフライトでは常にさまざまなシーンを頭に思い浮かながら、いかなる状況下でも必要な行動を確実かつ迅速にとれるようシミュレーションしながら乗務に当たっています。

今回のピーチのトラブルは、そうした認識の「甘さ」が露呈した結果になったのでは? 単なる一乗務員のミスで片づけるべきではないでしょう。これは会社全体の問題です。だって、反対のケースを想定してみてください。出発時にドアモードの「アームド・ポジション」への変更をうっかり忘れてしまったら、緊急時にドアを開けてもスライドシュートが作動せず、乗客は機外への脱出ができなくなるのですから。どれだけ格安で運賃を提供できても、安全面で利用者に不安を与えるようなことがあってはLCCに未来はありません。ちょうど本日、誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で、LCCの安全性について考察したコラムをアップしました。

≫≫≫「“激安運賃”で注目のLCC。安全性は本当に大丈夫なのか?

S.Akimoto at 12:11|Permalink

2012年01月21日

2012年の流行予報

 
阪急コミュニケーションズより、女性誌『フィガロジャポン』3月号〔写真〕が届きました。最新号のメイン特集は「2012年の流行予報」。ページを開くと、リード文に「お待たせしました! 新しい1年を笑顔でいっぱいにしたいから、フィガロは総力をあげて今年の流行予報を発令します」とあります。


内容をチェックしてみると、モードや美容、インテリア、グルメにカルチャー、そしてデジタルから旅まで──計181のトピックスを網羅した全方位型のトレンド予測を54ページにわたって展開しています。これだけの情報を集めるのは、編集部の人たちもさぞかし大変だったでしょう。

モードや美容、インテリアなどには私はまったく興味ないものの、グルメページでは「へえ、今年はこんな店が流行るの?」とちょっと勉強に。そして次のページをめくると、映画紹介のコーナーで来月26日に発表されるアカデミー賞のゆくえを占っています。編集部の予測は、はたして当たるでしょうか?

またトラベルのページでは、じつは私が、2012年に注目すべき“空の旅”のトレンドについて3つの角度から書きました。興味ある方はどうぞご覧になってみてください。『フィガロジャポン』3月号は昨日より全国の書店で発売になっています。

S.Akimoto at 00:41|Permalink

2011年10月29日

番組出演を終えて

 
ようやくと一段落です。大阪読売テレビの朝の報道番組「ウェークアップ!ぷらす」への生出演を先ほど終えました。いまは東京へ帰る新幹線のぞみの車内で、これを書いています。冷たいビールを飲みながら。


787の初営業フライトの取材で飛んだ香港から一昨日(27日)の夜に帰国。そのまま成田から都内のスタジオに入り、ニコニコ生放送の「787特別番組」に出演したときが、疲れのピークだったようです。同番組で1時間半、いろいろ話したときは、緊張感もあってまだ大丈夫だったのですが〔写真〕。番組が終わったとたんに、さすがにスタジオのソファーに座り込んでしまいました。

しかし、昨日は夕方早めに大阪入りして、読売テレビに近いホテルニューオータニにチェックイン。高層階の部屋でライトアップされた大坂城を窓から眺めながら、11月16日に発売になる新著『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンス・アイ新書)の最終ゲラをチェックして過ごしました。おかげで疲れもとれてスッキリし、今朝はさわやかに生番組に臨んだのですが……。前のコーナーが若干押して、787やLCCについてお話しする時間が思ったほどとれなかったのが、少し残念でした。

新著は、これから帰ってゲラの最終チェックを終え、明日の午前中に出版社に戻して校了になります。あとは11月16日の刊行を待つばかり。787は11月1日(火)にいよいよ国内定期路線でデビューし、フィーバーはまだ当分続くでしょうが、私自身は787から頭を切り替えて週明けからは次の新しいテーマに向かいます。

新幹線のぞみは静岡県に入り、左手に富士山がくっきりと姿を現しました。今日もいい天気です。みなさんも、よい週末を!

S.Akimoto at 11:55|Permalink

2011年09月11日

10年前のあの日

 
信じられない事件でした。多数の民間人を乗せた旅客機で高層ビルが爆破・破壊される──そんなことは、誰も予想もしなかったに違いありません。最初のニュース映像が届いたのは、ちょうどテレビで報道番組を観ていたときです。目の前の現実の出来事を、すぐには理解できませんでした。


ニューヨークのワールドトレードセンターに突入した2機は、いずれもボーイング767です。767は双発セミワイドボディ機という、それまでにない新しいカテゴリで登場した機種で、コクピットにはデジタル・アビオニクスが採用されました。飛行に必要なデータは従来型の計器類に代わって6面のCRTで表示。飛行コースや高度・速度の維持、滑走路への進入までをコンピュータによる自動操縦で行います。しかし自動操縦といっても、それは誘導電波や管制塔の支援があってはじめて可能になるもので、林立する高層ビルの間を手動操縦で飛ぶなどという芸当は相当な訓練と経験がなければできません。

2機目がタワーに激突した瞬間はCNNがライブ中継していました。私は繰り返しその映像を眺め、当時まだ「報道」の分野では活用が進んでいなかったWeb媒体に、どのメディアよりも早く送ったのが以下の第一報です。

 ユナイテッド航空175便は機体を30度ほど左に傾けて画面に現れ、バンク角をさらに深くしながら真っ直ぐに“標的”に突入している。バンク角を深めながら高度を下げる操縦法は、じつは戦闘機によく見られる方法だ。操縦桿を握っていたのはおそらく犯人グループの一人に間違いない。これは極めて精密な作戦と周到な準備の上に成立しているテロ行為だろう。
 精密な作戦と周到な準備は、ボストン空港を飛び立ってから短時間で目的を完遂させている点からも読み取れる。旅客機に積む燃料は、着陸時にはほとんどを使い切っているが、反対に離陸直後はまだ満タンに近い。飛び立ってからできるだけ早くビルに激突させたほうが爆発・炎上の威力も増すわけで、そうした行動の裏にも私は計画の残虐さを感じるのだ。


ちょうどいま日付が変わり、10年目の“9・11”を迎えました。何年経っても、あの日の記憶は薄れるどころか、鮮明に脳裏にはりついています。人と人とをつなぎ出会いを演出する、まさに平和の象徴であるべき旅客機が、残虐なテロ行為の凶器に使われる。そんなことが今後、未来永劫、二度とあってはなりません。

S.Akimoto at 00:03|Permalink

2011年05月27日

ガウディとピカソ

 
バルセロナでピカソが構えたアトリエの変遷をたどってみると、じつに頻繁に拠点を変えていたことがわかります。そして不思議なのは、彼が決してバルセロナの旧市街を離れようとしなかったこと。バルセロナの都市空間は当時、海の近くの旧市街から郊外の新市街へと広がり続け、モデルニスモの斬新な建築も次々に誕生していました。ピカソが旧市街にこだわり続けたのは、何が理由だったのでしょうか。


1963年にオープンしたピカソ美術館も、立地にはピカソが愛してやまなかった旧市街が選ばれています。旧市街のモンカダ通り〔写真〕という細い入り組んだ路地を行くと、ピカソ美術館はまわりの家並みに埋もれるようにして建っていました。建物は歴史ある邸宅を転用したもので、入り口を抜けると、こぢんまりした中庭が美術館らしからぬ風情で入館者を迎えてくれます。

3,800点もある収蔵品はとても1日で観ることはできませんが、私は午前中の2時間をここで過ごしました。イギリス人らしいグループを引き連れたガイドが、何やら早口で解説しています。「中世のこの建物と展示されているピカソ作品の間に、一種の対話が生まれていることをぜひ感じ取ってください」というような説明が聞こえてきました。う〜ん、私にはよくわかりません。ただ、その両者が相まって、独特な雰囲気をかもし出しているのはたしかだと思いますが。

ところで、ピカソの最初のアトリエがガウディ初期の傑作であるグエル邸のすぐ斜向かいにあったことは、一昨日のBlogで報告しました。当然ながらピカソは毎日のようにこの建物を目にしていたはずですが、彼の作品の中にはまったくその影響が見出せません。拡張が進む新市街で当時建設中だったサグラダ・ファミリアは、莫大な資金を要するプロジェクトでした。グエル邸も旧市街にあるとはいえ、とてつもない贅沢な住宅だったのでしょう。旧市街に拠点を置き、貧困や老い、病気や死といったテーマを描いていた社会派ピカソにとって、ガウディは敵対するブルジョア的なるものの象徴だったのかも知れません。

S.Akimoto at 01:10|Permalink

2011年04月22日

深部静脈血栓

 
漢字が並んだ、何だか小難しいタイトルですね。一般的な言い方のほうがわかりやすいかも知れません。これ、いわゆる「エコノミークラス症候群」の正式な名称です。とても怖い病気なので、今日はその症状や原因について解説します。


長時間のフライトでシートに同じ姿勢で座り続け、足を動かさずにいると、脚部の奥にある静脈に血のかたまり(血栓)ができることがあります。この血栓が怖いのは、飛行機を降りて歩き出すとその一部が血流に乗って肺にとび、肺の血管を塞いでしまうこと。これは「肺塞栓」といわれ、狭いシートが並ぶエコノミークラス(写真はイメージです)での報告例が多かったため、「エコノミークラス症候群」の名前で知られるようになりました。

兆候はまず、水分不足と運動不足から“足のむくみ”に表れ、その後の発症部位は血栓の詰まった場所によって異なります。最も多い症例が前述した「肺塞栓」で、血栓が肺に詰まると呼吸不全や心肺停止の状態に。また心臓の血管で詰まると心筋梗塞、脳の血管では脳血栓などの発作を招き、最悪の場合は命を落とすケースも少なくありません。またエコノミークラスだけではなく、ビジネスクラスやファーストクラスでも同じ症状に苦しむ人はいますし、長距離バスや長距離列車の乗客でも同様な症例が報告されています。

さて、東日本を襲った大地震により、現在多くの人たちが避難所での生活を余儀なくされています。新潟大学医学部の教授らが各地の避難所で調査したところ、被災者の14%にエコノミークラス症候群の症状が確認されたと一昨日の産経新聞が報じていました。避難所生活は不便なことも多いと思いますが、どうか水分のこまめな補給と、適度な運動を心がけてください。

S.Akimoto at 10:03|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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