ヨーロッパの旅

2017年12月05日

ラップランドの旅

 
ビジネスマンの読者が多いメディア『PRESIDENT Online』で私の「飛行機と旅」をテーマにした不定期での寄稿が始まりました。せっかく仕事で海外に行くなら、もっと旅も楽しんできてはどうか。そんなことを、私自身の実体験をもとに提案していくエッセイ&レポートです。

171205-1

本日から公開になった記事は「オーロラ観賞と本場のサウナを楽しむ」というのがテーマ。オーロラハンティングというと、多くの人から「北欧は遠そうだ」「寒いのは苦手で」という感想が返ってきます。そんな誤解を解くため、防寒対策の重装備が必要な真冬のシーズンを避け、秋に2泊4日の手軽な旅行を実施しました。写真はキッティラ空港からクルマで1時間、オーロラ観賞のメッカであるトラシエッピ湖の周辺です。地元の人にガイドをお願いし、緑深い森の奥へファットバイクで入っていきました。

成田から利用したフィンエアーの最新機材、エアバスA350でのフライトについても報告しています。ヘルシンキ行きは今年6月から夏スケジュールのあいだだけ増便され、その増便分の機材としてA350が成田線に就航。10月末の冬スケジュールからはまた1日1便体制に戻りましたが、成田−ヘルシンキ線は引き続きA350で運航され、ヨーロッパへの旅がますます快適さを増しました。

171205-2

これから来年にかけてもさまざまな旅の取材を計画しています。まずは今週末から年内最後の海外へ。どういう形での連載になるかはまだ固まっていませんが、驚きと楽しさがあふれる報告を書いていくつもりですので、ご期待ください。

≫≫≫「休日はあえて遠くへ 〜非日常体験で疲れを癒す旅

S.Akimoto at 11:57|Permalink

2017年09月05日

想定外の飛行ルート

 
東京からヨーロッパへ飛ぶ場合、離陸後に北上して新潟上空から日本海に抜け、ロシアに入るのが一般的なルートです。しかし、同じ目的地に向かうにしても毎回必ずひとつのルートで飛ぶとは限りません。あらかじめ複数のルートが設定されていて、日々のフライトでは、気流や風向きなどの気象状況を考慮し最も短い時間で効率よく飛べるルートが選択されます。なので、飛ぶルートが多少変わっても私にとっては想定内ですが、今日だけは「想定外」のことが起りました。

170905-1

最新鋭のエアバスA350で運航しているフィンエアーのヘルシンキ行きAY072便は、定刻の9時50分に成田を出発しました。シートに備えつけのパーソナルモニターに、いつものように飛行ルートマップを表示させます〔写真上〕。東北の上空を真っすぐに北上し、そろそろ左旋回して西側(新潟方面)に針路を切り替えるのかなと思って見ていましたが、そうではありません。072便はその後も北上を続け、青森県の津軽上空を飛行し北海道に入りました。

どこへ向かうのだろう? この路線は過去に数えきれないほど利用していますが、こんなルートを飛ぶのは初めてです。モニターに映し出されるルートマップを確認しながら機窓からの景色を眺めていると、072便は室蘭上空を通過し、やがて北海道最北端の稚内にさしかかりました〔写真下〕。稚内に降り立つことはあっても、左手に利尻島を見ながら通過していく機会などまずありません。

170905-2

これ、もしかして……。ふと思い立ち、フィンランド人のチーフパーサーに訊いてみると、彼女は「おそらく間違いありません」とうなずきました。そうなのです。北朝鮮のミサイル実験のリスクを回避するための飛行ルートです。日本海を抜けるより、オホーツク海に出たほうがリスクが少ないという機長の判断なのでしょう。北朝鮮が繰り返している愚行は報道されているとおりですが、めったに見られない上空からの景色に遭遇し、私はつい「金正恩、おまえのおかげだよ」と呟いてしまいました。

S.Akimoto at 17:17|Permalink

2017年08月18日

バルセロナでテロ

 
クルマを暴走させて歩行者を狙う凶悪なテロが、また起きてしまいました。今回の場所は、世界中からの観光客で賑わうスペインのバルセロナ。市の中心にあるカタルーニャ広場から並木道がつづくランブラス通りで、1台のバンが歩道を行く人たちを次々とはね、カタルーニャ州政府によると110人以上の死傷者が出たそうです。

170818

上の写真は、アントニオ・ガウディの傑作建築の一つ、カサ・ミラです。バルセロナを前回訪ねたときに撮影しました。昨日の事件現場とも、さほど離れていません。ランブラス通りからつづくグラシア通りに建ちます。クルマを凶器に使った同様なテロは、最近もフランスのニースや英国ロンドンでありました。もうテロは避けようがないのでしょうか。あちこち旅をしている身としては、考えると本当にゾッとします。

夏休みの欧州旅行から戻った友人が「どこの空港でも入国や出国は4時間待ち。テロへの警戒で厳しくなった出入国審査に大行列ができて、混乱している」と話していました。マドリードやリスボン、パリ、ミラノ、ブリュッセルなどがとくにひどいようです。先日の朝日新聞は「(欧州の)複数の空港で出発便の遅延が昨年の3倍に膨らんだ。予約便に乗れず、航空券をふいにする乗客も出ている」と報じています。

テロへの警戒を強めながらも、どの空港もすぐに職員の数を増やすことができません。混乱は今後も間違いなくつづくのでしょう。私も9月以降、欧州などいくつかの海外取材を控えているため、心配になります。旅とは、世界の「平和」の上に成り立つものだと、改めて思います。

S.Akimoto at 11:39|Permalink

2017年07月28日

『航空旅行』最新号

 
イカロス出版から出ている『季刊・航空旅行』の最新号(Vol.22)が発売になりました。私も毎回エッセイを寄稿しています。連載タイトルは「雲の上の書斎から〜ANNEX」。ANNEXとは「別館」の意味で、空の旅で遭遇する出来事や想いをブログのように自由に書いてほしいとの編集部の依頼でスタートしました。連載回数は今回で14回を数えます。

170728-1

さて、ご覧の写真は、今年4月末に北欧アイスランドを訪ねたときのもの。北部最大の都市アークレイリを起点に、この地だけに残されている“むき出しの自然”に触れる旅をしました。「クヴェリル」と呼ばれる地熱エリアでは、ブクブクと気泡が立つ泥の池や白煙をあげる岩場が点在しています。

今日発売の『季刊・航空旅行』の第1特集は「一生に一度は行きたい憧れの旅」で、私も連載エッセイに加えて久しぶりに紀行文を寄せました。日本からのアクセスで利用したフィンエアーのフライトレポートとともに、フルカラーで計12ページ。同行した写真家の倉谷清文氏の迫力ある画像とともに、ぜひアイスランドの旅をお楽しみください。

170728-2

もうひとつ、この雑誌では毎回書き手を変えて発表する「魅惑の浪漫空間を訪ね歩く/世界のエアポート」という連載もあり、ここでも今年5月にグランドオープンしたジャカルタ、スカルノ・ハッタ国際空港の「ターミナル3」について取材・報告しています。出張や旅行でジャカルタへ飛ぶ人たちへのお役立ち情報も盛り込んでいますので、こちらもぜひ!

S.Akimoto at 10:57|Permalink

2017年07月25日

赤い2階建てバス

 
私の「雲の上の書斎」では、玄関を入ってすぐの壁に貼ったご覧の大判ポスターが訪れる人たちを出迎えています。英国ロンドンの名物である、赤い2階建てのバス。ビッグベンのモノクロ画像を背景にバスだけをカラーで配置したこのポスターは、引っ越しのときに友人がプレゼントしてくれました。

170725-1

今月初めにイタリアのローマに滞在したとき、私は1日だけロンドンにも足を伸ばしました。ハイドパークの前の通りで元気に走る赤い2階建てバスを見かけ、思わずカメラを取り出してパチリ! ああ、ロンドンに来たんだなあと感じる瞬間です〔下の写真〕。ところで、この2階建てバスについて先週、朝日新聞に気になる記事が載っていました。「(ロンドンの2階建てバスが)過去2年間で25人の死者と約1万2000人のけが人を出す事故を起こしていたことがロンドン議会の報告書で明らかになった」という内容です。

ロンドンの2階建てバスは「運転が荒い」とよく言われます。報告書によると、けが人の大部分は急ブレーキで転ぶなどした乗客なのだとか。その背景には、運転手が定刻を守ろうとして急ぎすぎる事情があるようです。バス事業者はロンドン交通局と運行契約を結んでいて、定時運行を守る事業者ほど収入が多くなる仕組みあると聞いて私も驚きました。

170725-2

赤い2階建てバスが街なかをかっ飛ばす──そんな光景はロンドンの街には似合いません。ゆっくり、のんびり、優雅に走ってほしいものです。

S.Akimoto at 17:07|Permalink

2017年07月10日

アイスランドの童話作家

 
週末の都心は30度を超える暑さで、外に出るともう全身汗だくです。オフィスに戻るたびに、シャワーを浴びずにはいられません。そんななか、書斎では4月に訪ねたアイスランドの記事を書いたりゲラ校正したりという時間がつづいていました。摂氏10度以下で過ごした旅の話は、7月末に発売の季刊『航空旅行』(Vol.22)でお楽しみください。

170710-1

アイスランドでは、北部最大の都市アークレイリを拠点に「手つかずの大自然」を取材・撮影しました。そのアークレイリの空港近くに世界的な童話作家、ヨーン・スウェンソンが幼少期を過ごした家があります〔写真上〕。記事には書き切れなかったので、簡単に紹介しましょう。

1857年に生まれたヨーンは、13歳で海を渡ってフランスの修道院を兼ねた学校で学びます。やがて神父になってドイツの学校で教鞭をとるかたわら、55歳の頃から「ノンニ」や「ノンニとマンニ」などの冒険小説を次々に発表。それらは40カ国語に翻訳されました。物語の主人公「ノンニ」の名前は、そのままこの作家の愛称にもなっています。80歳になった1937年には日本を訪れて1年間滞在し、各地で50回以上の公演を重ねました。日本語でも15冊以上が翻訳出版され、数多くの少年少女が物語に胸をときめかせたといいます〔写真下〕。彼の家は現在、博物館になっていました。

170710-2

さて、明日11日(火)は六本木ミッドタウンの「d-labo(夢研究所)」でトークイベントがあります。先日のBlogで報告したように1カ月前に定員に達してしまい、ご迷惑をおかけしましたが、会場でまたたくさんの方々にお目にかかれるのを楽しみにしています。天気予報では今日、明日ともに30度超えだそうですが、どうぞ元気でお越しください。

S.Akimoto at 11:11|Permalink

2017年07月02日

窓からローマが見える

 
陶芸や版画などのアーチストで芥川賞作家としても知られる故・池田満寿夫さん(1934年2月−1997年3月)の小説に『窓からローマが見える』という作品があります。のちに自ら脚本・監督を手がけて映画にもなりました。池田さんの作品はどれも前衛的で、評論家のあいだでも賛否が分かれるのですが、当時私は発表された小説はどれもむさぼるように読んだのを覚えています。

170702

とても刺激的な人でした。池田さんとはじめてお会いしたのは、熱海にあるアトリエ「満陽工房」におじゃましたときです。ある芸術雑誌の企画でアーチストの制作現場を拝見するという連載企画の取材を受けてもらえることになり、訪ねました。陶芸用のガス窯や版画用プレス機などを備えた「満陽工房」を池田さんが開設してから5年後くらいで、私はまだ30代前半だったと思います。

いろいろ話しているうちにすっかり打ち解け、その日の夜は同じ熱海にある自宅にも招待してくれました。陶芸も版画も私は素人でしたが、語られる内容がとにかく新しくて面白い。なかでも私の仕事柄、やはり記憶に残っているのが、小説を書くきっかけや執筆時のエピソードです。

私はこの週末を、池田さんの小説のタイトルにあるような「窓からローマが見える」部屋で過ごしています〔写真〕。目の前に広がる街並みは作品に出てくるシチュエーションとはまったく異なるのですが、ふと目を閉じると、あのエロスに満ちた官能ドラマが脳裏によみがえります。現実とイマジネーションが頭のなかで溶け合い、不思議な時間に身をゆだねています。

S.Akimoto at 17:07|Permalink

2017年06月15日

エルミタージュ美術館展

 
この春から進めてきた新しい一冊を先週、ようやく書き上げました。監修本も含めると今年4冊目。河出書房新社から7月中旬に発売予定です。執筆に集中するときは外部との交流を絶つことが多く、連絡もなければブログも更新されないし──と音信不通を心配してくれた方もいるかもしれません。ご無沙汰してしまいましたが、相変わらず元気でやっています(笑)。

170615-1

一段落はしたものの休む間もなく現在はライフワークの仕事にシフトしていますが、今日は書斎作業を早めに切り上げ、午後から六本木へ。森アーツセンターギャラリで開催中の「大エルミタージュ美術館展」を覗いてきました。なかなか行く時間がなかったのですが、手元にあるチケットを見ると最終日が6月18日なので「今日を逃したらもうチャンスはないかな」と。ご覧の写真は唯一、撮影可となっていたエカテリーナ2世の肖像画です。

副タイトルに「オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」とあるように、16〜18世紀のルネサンス・バロック・ロココ期のヨーロッパ各国の巨匠たちの作品を集めた絵画展です。それが国別・地域別に分類して展示され、とてもわかりやすい。入口を入ると、ティツィアーノの絵に始まるイタリア編からスタート。その後はオランダ、現在のほぼベルギーにあたるフランドル、スペイン、フランスと続き、最後にドイツとイギリスが一括りになってクラーナハの絵がトリを飾ります。

170615-2

写真は、ロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館です。7年前の冬に訪ねたときのものですが、今日の絵画展で旅ごころを刺激され、また行ってみたくなりました。海外へはここ数年、航空会社からの招待取材や雑誌編集部からの依頼で行くケースが多く、好きな街を自由に歩くというのがあまりできません。そうした旅は2年ほど前から極力減らし、プライベート旅を中心に切り替えつつあります。40代前半まで続けた「世界放浪」を復活させ、残りの人生を充実させたいと思います。そのためには、いい本をもっといっぱい書かないとね。

S.Akimoto at 23:55|Permalink

2017年04月30日

地球が生まれる瞬間

 
切り立つ断崖から白い水しぶきをあげて豪快に流れ落ちる滝と、大自然が生み出す氷河の芸術。4日間にわたって旅したアイスランドで数々の見事な絶景を満喫し、思い出に残る体験ができました。詳細は後日、雑誌に書く予定ですので、掲載になったら改めてお知らせします。

170430

今回の旅で私が楽しみにしていた一つが、「ギャウ」を自分の目で確かめることでした。ギャウとは「地球の割れ目」の意味です。アイスランドはユーラシアプレートと北米プレートの境目に位置する国。通常は海底の深い場所で形成されるプレートの誕生の瞬間を、この国では地表で見ることができます。

東側のユーラシアプレートと西側の北米プレートがアイスランドの国土を分断し、その間(溝)は1年に2〜3センチずつ広がりつづけています。上の写真は、同国北部にあるミーヴァトン湖周辺で撮影しました。今回は足を伸ばす時間はありませんでしたが、有名なのは南西部に位置するシンクヴェトリル国立公園のギャウで、2004年にはユネスコの世界遺産にも登録されました。

誕生したプレートは東と西にゆっくりと動きつづけて、やがて地球の裏側に位置する日本の海底で再び地球の内部に沈み込んでいくそうです。私は岩場によじ登ってギャウを見下ろし、しばらくたたずんでいました。いままさに、目の前で新たな大地(地球)が生まれている! その瞬間を目撃しているんだと思うと、とても不思議な気持ちでした。

S.Akimoto at 17:21|Permalink

2016年12月14日

北ドイツの新名所

 
首都ベルリンに次ぐドイツ第二の都市、ハンブルク。古い歴史をもつ港湾都市で、エアバスの機体製造拠点の取材などを目的に私もこれまで5回ほど訪れました。そのハンブルクに2017年1月、新しいランドマーク「エルプフィルハーモニー」が誕生します。

161214

エルプフィルハーモニーは、3つのコンサートホールを中心にホテルやレストラン、ハンブルクの街を一望できる展望プラットフォームなどからなる複合施設で、スイスの著名な建築家ユニットが設計しました。2017年1月11日と12日にいよいよグランドオープンを迎えます。ご覧の写真がその完成形で、エルベ川沿いにたたずむ姿は壮観そのもの。先ほど、青山の東京ドイツ文化センターでオープニングに関する説明会が開催され、私も出席してきました。

またオープニングを記念して今回、そのエルプフィルハーモニーを拠点とする世界的な室内管弦楽団「アンサンブル・レゾナンツ」が初来日。明日の12月15日(木)に上野の東京文化会館で公演が予定され、私もチケットを2枚ゲットしました。同伴者も「世界中からひっぱりだこのアンサンブル・レゾナンツを、まさか上野で観られるとは!」と感激しています。

161214-2

今日と明日は、いつもとは違うテーマの仕事で、私もワクワクしています。予定している執筆作業に明日午後まで全力で取り組み、少し早めに切り上げて、ちょっぴりオシャレして会場へ。超一流の演奏にどっぷり浸かり、2日間にわたって新しい音楽シーンを取材するプロジェクトを終了させたいと思います。

S.Akimoto at 15:53|Permalink

2016年10月25日

坂のある街

 
執筆作業の合間に、ポルトガルのリスボンを歩いたときのことを最近よく思い出しています〔写真〕。路面電車がゆく石畳の細い坂道を、ゆっくりゆっくり登って高台へ。建物が切れた場所から見下ろす街並みの景色は、記憶に焼きついて離れません。坂のある街が私は大好きです。

161025

先週末に『リスボンに誘われて』という映画を観ました。原作は全世界で発行部数400万部以上というパスカル・メルシエの『リスボンへの夜行列車』です。読んでみようとずっと思っていて買いそびれ、つい映画を観てしまったけれど、やっぱり先に原作を読んでおけばよかったと後悔。アマゾンで購入しようとしたら現在は売り切れで、他の書店や中古本のネットショップでも在庫がないので、図書館で借りることにしました。

坂のある街は、ほかにもいろいろあります。有名なところではサンフランシスコや、イスタンブール。パリに行くと、下町のモンマルトルも必ず訪ねます。今年5月に訪ねたクロアチアのドゥブロヴニクも坂の街でした。

今年はこれまで海外へ出たのはすべて仕事がらみだったので、来年は時間をつくって、好きな街をゆっくり歩きたいと思います。それまでは、近所の散歩で我慢しよう。ちなみにわが拠点『雲の上の書斎』がある湯島も、坂のある街です。

S.Akimoto at 08:31|Permalink

2016年05月16日

中世の薬局

 
クロアチアとトルコの旅から戻りました。取材舞台のメインとなったドゥブロヴニクは大勢の観光客で賑わっていましたが、かといって気ぜわしい感じはなく、とても静かな街という印象です。そんな街の一角で時計が止まったようにたたずんでいたのが、ご覧のフランシスコ会修道院でした。

160516

14世紀に建てられ、当時から「薬局が併設された修道院」としても知られていました。修道士たちが育てた薬草で作るクスリが、何年ものあいだ街の人々を癒してきたのです。院内の博物館では当時の薬局の様子をうかがい知ることができるほか、その薬局はいまも営業を続けています。

「最初は修道士が自分たちのために作っていたクスリが、一般の人も多く使うようになり、それが一番大切な目的になりました」と案内してくれたガイドさんは言います。「旅行で訪れる人たちには化粧水やクリームなどが人気なんですよ」

クスリは手づくりで、ハーブなどは100%自然のものを使ってきたといいます。多くがカトリック信徒であるクロアチア国民は、精神的な教えを守るのと同じように、人間の存在には身体の健康も非常に大切だと考えているのだとか。そんな人たちの暮らしを、フランシスコ会修道院は700年ものあいだ静かに見守りつづけています。

S.Akimoto at 00:05|Permalink

2016年05月11日

ドゥブロヴニク

 
ある劇作家がかつて「ドゥブロヴニクを見ずして天国を語ることなかれ」と、この街を讃えました。城壁に囲まれた中世の街並みを見下ろすと、なるほどなと思います。オレンジ色のレンガ屋根の連なりが、本当に美しい。久しぶりに、いい旅をしています。

160511

旧市街は、かなりの混雑です。その多くが、ヨーロッパ各地からの年配の旅行者たち。ドゥブロヴニクは海の続きにあって、地中海などを旅してきた大型客船が少し離れたところに停泊し、観光客はそこから小型ボートで運ばれてきます。目抜き通りを歩いていると、左右に小さな路地が続いています。山側へ続く狭い路地は坂道や石段になっていて、オープンテラスのカフェやレストランが営業しています。ワインといっしょに、ムール貝などをおいしそうに食べている旅行者たち。私を日本人と見た店の人から「コンニチハ」と声がかかります。

どの道も古い石畳で、いい雰囲気です。両側に3階建て、4階建ての建物が並び、窓に洗濯物が干してあるのをあちこちで見かけました。ただ無造作に干してあるだけですが、こういう洒落た通りにあると洗濯物さえ絵になり、街に色を添えている感じがして面白い。すべてが映画の中の世界のように。

旅はまだまだ続きますが、日本時間で明日5月12日中には今回の取材報告の文章と写真を現地から送り、旅行・観光専門サイト『トラベルボイス』で公開する予定です。

S.Akimoto at 15:06|Permalink

2016年04月10日

ウィーンが遠く

 
海外をあちこち旅していると、ここが自分にとっての「特等席」と思える場所ができてきます。たとえば、オーストリアの首都ウィーン。世界遺産に登録された旧市街を訪れると、私はいくつかの特定のカフェやレストランに必ず足を運ぶようになりました。

160410-1

ひとつは、ウィーン美術史美術館の中にあるカフェ〔写真上〕。3階まで吹き抜けになったドーム型天井の真下の空間で、皇帝所有の美術品の数々に囲まれ、まるで自分自身も絵画の一部になったかのような気分を味わえます。もうひとつは、アルベルティーナ美術館に併設されたレストラン〔写真下〕。店内の壁にはエゴン・シーレの絵が大きく飾られ、いつ訪ねても黒ネクタイを締めたウエイターが上品かつ丁寧にもてなしてくれます。

160410-2

ウィーンでは古くからのカフェやレストランが至るところで営業を続け、そこで暮らす人々は誰もがその人だけの特等席を持っているように感じます。そのお気に入りの特等席で時間を費やすことを誰もが愛し、店の人も、来客一人ひとりのそんな時間を大切に見守ることが自分たちの役目だと考えているのかもしれません。

160410-3

ウィーンと成田を結んできたオーストリア航空の直行便が、今年の9月で27年間の歴史に幕を閉じることになりました。日本人旅行者にとって、ウィーンが遠くなってしまうのが残念でなりません。9月4日に成田を発つOS52便が最終便に。まだ半年先なので、できたらもう一度くらい乗れる時間をつくりたいと思います。

S.Akimoto at 00:52|Permalink

2015年11月22日

北欧の旅を終えて

 
北欧ラップランドの取材から昨日、帰国しました。そこで暮す人々の温かい心に触れ、雪国ならではの楽しさも知った、とても有意義な旅だったと思います。極寒の地での1週間でしたが、生活の一部に溶け込んだ“本場のサウナ”の基礎知識や楽しみ方を学び、おかげですっかり寒さに強い身体に! 晩秋の東京を、ぽかぽかの春のように感じています。


日曜日の今日は早朝から午後2時過ぎまで執筆を進め、先日取材で訪ねた福井県の特産品や名物を紹介している食のイベント「ドーンと福井 in 神楽坂」に顔を出してきました。お目当ては11月5日のBlogでも紹介した大人の梅酒「BENICHU」で、その蔵元(エコファームみかた)もブースを出しています。

ブースでは、蔵元の営業部長である藤本佳志さんとも1カ月ぶりに再会。新鮮な魚がおいしい若狭の民宿で経営などを学ぶ「若女将インターン」を体験した女子大生たちもブースを手伝っていて、ご覧の写真のように私も「BENICHU 38°」などを何本か買い込んできました。

若狭と越前の食を紹介するこのイベントは、東京・神楽坂で明日もやっています(詳細はこちら)。時間のある人はぜひ足を運び、大人の梅酒を試してみてください。ブースで私(秋本)の名前を出してもキャッシュバックはありませんが、手伝いの女子大生たちが笑顔で握手してくれると思います(笑)。また若狭出身で、昨日までのラップランド取材でいっしょだった写真家の倉谷清文氏も、名物の梅干しを売るブースを手伝っています。頑張っていますので、顔でも見にいってやってください。

S.Akimoto at 17:28|Permalink

2015年11月19日

冬のリゾート

 
もちろん仕事です。遊んでいるわけではありません。取材で来ていることを前提に、報告します。めっちゃ楽しい〜!(笑) 一昨日の午後に到着したフィンランド北部の街クーサモからクルマで約30分。ルカというウィンターリゾートでこの2日間、さまざまなアクティビティを体験しました。


ホテルに着いた夕方には、スノーシューという日本の雪国でよく見るかんじきのような履物を借りての雪原の散策を楽しみました。そして夜は、本場のサウナにトライ。熱く焼けた石の上に水をかけて密閉された空間に蒸気を発生させ、体感温度を一気に上げていきます。とにかく暑い! ものすごく暑い! もうこれ以上は無理、という状況になってからさらに1分ほど我慢して建物の外に出て、目の前にある水温2度の凍りつくような湖に飛び込みます。冷たいのを越えて、痛い! 本当に死ぬかと思いました。10秒もじっとしていられません。全身がマヒし、這うようにして再びサウナルームへ。身体をあたためて、再び極寒の湖へ。それを何度か繰り返しているうちに、身体に膜のようなものができ、冷たさを感じなくなります。そのあとは身体の芯からポカポカに。サウナの効用を肌で感じた瞬間でした。

翌日は、防水スーツを着込んで冷たい川にぽかぽか浮かぶフローティングリバーも満喫。帰る途中には地元の牧場に寄り、群がるトナカイたちへの餌やりなども体験しました〔写真〕。やることがいっぱいあって、時間がいくらあっても足りません。

唯一の心残りは、雪交じりの天候が到着してからずっと続いていること。まだ青空や星空を見ていません。天気予報によると、今夜は晴れるらしい。ウィンターリゾート滞在の締めくくりとして、何としてもオーロラを観て帰りたい。望みを捨てず、最後まで期待を持ち続けたいと思います。

S.Akimoto at 15:07|Permalink

2015年11月16日

防寒てぶくろ

 
7時を回りました。いつもと変わらず4時半に起きて書き物を進めていますが、今日はそろそろ切り上げ、支度をして成田に向かいます。モニターに表示したご覧のエアラインで、北欧へ飛ぶために。写真はいま自宅オフィスのデスクで撮ったものですが、マウスの横に置いた黒いもわもわの手袋が見えますか? ヘルシンキで乗り継ぎ、北極圏の南のクーサモという極寒リゾートを訪ねるので、昨日急きょ買ってきました。


適当な手袋はないか、ネットショップで探したところ、いいなあと思うやつはけっこう高い。普段は私、手袋はしません。この旅が終われば必要なくなるので、安いのでいいと思っていました。現地で捨ててきてもいいしな、と。それで昨日、出かけた際に近くの100円均一ショップに入ってみました。さすがに手袋はないか、と思って探してみると、カラフルであったかそうなのが棚にぶら下がっているのを見つけたのです。

おお、すごい! 100均には何でも揃っている! ちょっと感動して近寄ってみると、並んでいる手袋はどれも指が分かれてない、雪国の子供たちが使うような防寒用のものばかりでした。まあ、これでもいいか。寒さをしのげれば十分だしな。そう思って、あまり模様のうるさくない地味な一品を探していて、ふと不思議なことに気づいたのです。100均の手袋は片方ずつしか売っていないことに。いくら100円だって、片方だけ買う人はいないのでは? 近くにいた店員に「左右セットで売らないと意味ないんじゃないの?」と意見すると、彼女は無表情で言いました。「お客さん、それ、ナベつかみですけど」

写真にある手袋は、ちゃんと洋品店で買いました。高価なものではないですが、100円ではありません。せっかく買ったので、現地ではこれをはめて、オーロラでも探しに精力的に街に繰り出したいと思います。

S.Akimoto at 07:23|Permalink

2015年06月22日

夏至祭

 
私がヘルシンキに到着した6月20日(土)は、フィンランドの国民の休日──1年でいちばん日の長い夏至を祝う「夏至祭」でした。祭りのメイン会場となるのは、市の中心部からクルマで15分ほど行ったセウラサーリ島で、伝統的な「コッコ」と呼ばれるかがり火が焚かれ、若い人たちを中心に飲んだり踊ったりのどんちゃん騒ぎが繰り広げられます。


パーティは朝まで続くとフィンランド人の友人が話していました。朝まで続くのは、きっと夜の終わりと次の日の朝の境目がわからないからでしょう。facebookにも載せたご覧の写真は、滞在しているホテルの部屋の窓です。時刻は午前0時。太陽はかなり傾いてきたものの、沈む気配がありません。

この時期のヘルシンキは通常、短い夏を心ゆくまで満喫しようと、多くの市民や観光客で賑わいます。しかし夏至祭の日は、人通りも少なく、街はとても静か。郊外へ出かけて行ったり、家族でゆっくり過ごす人が多いのでしょうか。シャッターの下りたショップも目立ち、港のマーケットもいつもより早めの時間に店じまいを始めていました。

こういうときに都市部で過ごす──というのも、なかなかいい感じです。仕事を進めることが今回の旅の目的でしたし、喧騒から離れて作業にも集中できます。午前1時ごろにようやく窓の外が暗くなってきたので、少し眠っておこうとベッドでうとうとしていたら、午前3時過ぎには再び明るくなって新しい朝が始まりました。

S.Akimoto at 15:26|Permalink

2015年06月20日

白夜を求めて

 
どんよりした梅雨空のした、先ほど成田空港の第2ターミナルに到着しました。JALのサクララウンジで現在、のんびり出発を待っています〔写真〕。これから向かうのは、フィンランドの首都ヘルシンキ。北欧を旅することを急きょ思い立ちました。ヘルシンキは今年2回目、真冬の寒い時期に訪ねて以来です。


サイエンス・アイ新書の新刊『これだけは知りたい旅客機の疑問100』の7月刊行に向けて、5月の連休前からとてもハードな日々が続きました。ようやく第3校のゲラ校正まで終え、どうにか“校了”も見えてきたので、ヘルシンキで通常の執筆活動中心の生活に頭と身体を戻してくるつもりです。

以前から公言しているように、私は典型的な「朝型」人間です。毎日の生活は、東の空が白み始める時間にベッドを抜け出してスタート。すぐにエンジンを全開にし、昼過ぎまで書き物に集中するというリズムが長年のあいだに身体に染みつきました。夕方以降、太陽が沈むと、気持ちが萎えて筆がはかどりません。新著刊行のメドが立ち、今後しばらくは、ライフワークとしてずっと取り組んできた作品づくりに集中します。そこで、朝の始まりが早い北欧で時間をたっぷり使い、態勢を立て直してくることを計画しました。「朝の始まりが早い」と書きましたが、白夜のこの季節のヘルシンキには夜らしい夜がきません。

前回(2月)はフィンエアーのエアバスA330-300で飛んだので、今回はボーイング787で運航するJAL便を利用することに決めました。あの個室型シートがならぶ「SKY SUITE」が787にも導入されたので、10時間を雲の上でゆったり過ごしてこようかな──と。いま「ボーディングが始まる」とアナウンスがありました。そろそろ出かけます。続きはまた現地から!

S.Akimoto at 09:40|Permalink

2015年06月07日

粋な「A」マーク

 
海外取材の相棒である航空写真家・チャーリィ古庄氏の力作『エアライン年鑑 2015-2016』(イカロス・ムック)には、1,086社ものエアライン情報が網羅されています。調べ物があってページを開くたびに「世界にはこんなにたくさんの航空会社があるのか!」と驚くばかり。そして見ていて楽しいのは、エアラインの数だけマーキング(機体ペイント)のバリエーションがあることです。


現在はボーイング機かエアバス機だけを使用しているエアラインも多く、機種だけ見てもどの会社かはわかりません。空港などでひと目でエアラインを判別できるのは、ボディにペイントされたカラーリングやロゴマークのおかげです。デザインによって好き、嫌いは誰にでもあるでしょうが、私が「いいな」と思う1社がアリタリア-イタリア航空です。

国旗カラーである緑と赤をベースに、尾翼の形に合わせて同社の頭文字「A」を重ねたロゴマーク。お洒落で、スタイリッシュで、私は好きです。「イタリアだなあ」って、感じませんか?

そのアリタリア-イタリア航空が先週、ブランドイメージを刷新した新しい機体デザインを発表しました〔写真=同社提供〕。アリタリアの「A」を重ねた尾翼は同じですが、新デザインでは機体の底の部分までぐるっとペイントされています。個性がいままで以上に強調されている印象を受けました。そして、その機内で待っているのが、陽気なクルーたちによる本格イタリアンでのもてなし。あ〜あ、また旅に出たくなりました。秋になったら飛ぼうかな。ローマやベネツィアへは最近行ったので、こんどは南のナポリあたりを目指して。

S.Akimoto at 23:55|Permalink

2015年02月11日

独仏間の移動

 
今回の旅の目的は、エアバスの最新鋭機A350XWBの製造現場の取材です。先ほど、初日の予定を終えました。A350XWBは他のエアバス機と同様に、コンポーネント(構成パーツ)ごとにヨーロッパ各地にある複数の工場で分担して製造。完成したひとかたまりのコンポーネントが南仏トゥールーズにある最終ラインに輸送され、組み上げられていきます。


まずは早朝のフィンエアー便で、ヘルシンキからドイツのハンブルクへ飛びました。ハンブルク工場はA350XWBの製造ラインの中でも最も重要な一つで、後部胴体と機首部の組み立て作業が進められています。迫力の現場を、スタッフの説明を受けながら昼食を挟んで夕方までじっくり取材・撮影し、その後は午後5時過ぎの飛行機で最終ラインのあるトゥールーズへ。定期便の就航がないハンブルクからトゥールーズへの移動では、エアバスの社員やエンジニアたちが使う専用シャトルに便乗させてもらいました。

A318で運航するシャトルの機内は、ほとんど満席です。トゥールーズへ出張するハンブルクのエンジニアもいれば、ハンブルクでの会議や打ち合せを終えて帰るトゥールーズのスタッフも少なくありません。出発待ちのロビーで、さまざまな人に「どちらから?」と声をかけられ、中には私が手にしていた指定座席の番号を見て「このフライトは途中からフランスとスイスの国境沿いを南下していくので、天気がよければ左手にスイスアルプスが見えるよ」と教えてくれる社員も。言われたとおり、離陸後1時間ほどして窓のシェードを上げると、夕日に赤く染まりはじめた雄大な雪山の景色を楽しむことができました〔写真〕。

明日は終日、トゥールーズでA350XWBの最終組立ラインを取材します。そして12日(木)は早朝のエールフランス航空便でトゥールーズからパリへ移動。そこで再びフィンエアーに乗り換え、ヘルシンキ経由で13日(金)の昼前に成田に戻ります。

S.Akimoto at 10:24|Permalink

2015年02月09日

欧州最短ルート

 
現在、朝の6時を過ぎたところ。東の空がうっすらと白み始めています。徹夜で続けてきた書き物をようやく終え、急いで荷造りにとりかかりました。パッキングを済ませ、軽く朝食をとったら、成田空港の第2ターミナルへ。これからお昼の便で、ヨーロッパの数都市を訪ねる取材に出ます。


ヨーロッパへ行く場合、ルート選びがポイントになります。目的地までダイレクトに飛べるなら問題ないのですが、直行便の就航がなければどこかの都市で乗り継がなければなりません。今回は「利便性」を重視し、また取材テーマの一つでもあることから、フィンランドのヘルシンキ経由を選びました。

北欧の街、ヘルシンキ。地図でみると、すごく遠くにあるように思えます。以前どこかでこんな文章も書きました──「地球儀で探すと、ずいぶんと上のほう。立っているとすべり落ちそうな位置にヘルシンキを見つけた。世界の首都でこれ以上北に位置するのは、アイスランドのレイキャヴィクしかない」。陸路で向かうならたしかに遠いのでしょうが、しかし空路だとそうではありません。丸い地球儀上に糸を伸ばして日本かの直線距離を比べてみると、欧州の主要都市の中で一番近いのがヘルシンキです。フライト時間も他の都市より1、2時間短く、ヘルシンキで乗り継ぐことで目的地までの飛行距離も「最短」というケースが少なくない。今回の旅の最初の目的地であるドイツ・ハンブルクへも、とても便利にアクセスできることがわかりました。

とはいえ、ヘルシンキに降り立つのもかれこれ3年ぶり。素通りしてしまうのも、もったいない。現地時間の午後3時過ぎに到着したら、今日はヘルシンキで1泊し、ハンブルクへは明日の早朝便で向かうことにしました。利用するフィンエアーは日本路線で運航するエアバスA330とA340に新しいシートの導入を進めているので、そのフライトも楽しみ。まだ古いシートの機材と新しいシートの機材が混在しているようですが、今日の成田線が新シートの導入機材だと嬉しいなあ。どうでしょう? 空港に着いてからのお楽しみ、ということで。

S.Akimoto at 06:18|Permalink

2014年12月13日

海外取材を終えて

 
フランス・パリより帰国しました。ヨーロッパは早くも本格的な冬を迎え、パリでも小雨がぱらつく底冷えの毎日。しかし、下町のモンマルトルを歩いた日だけは朝から快晴で、丸一日を大好きなエリアでのんびり過ごせたのは幸いだったなと思います。

141213-2

ご覧の写真は同行の写真家・中西一朗氏が撮影し、アーティステックなモノクロ画像に加工してくれました。多くの観光客が訪れるモンマルトルでも比較的静かな西側斜面の小道をふらふら歩いていたときのスナップショットで、モノクロ写真だとモンマルトルという街の雰囲気がより伝わるのではないかと思います。

さて、2014年の海外取材はこれですべて終了です。今年もよく歩きました。元日に体調をこわして3週間ほど寝込み、海外での仕事はしばらく封印。3月になってANA便で米国ワシントンD.C.へ飛んだのが2014年の旅始めで、今年は渡航回数を減らすつもりだったのですが……。夏以降は出張が続き、振り返ってみると例年と同様に飛び回った結果になりました。

年間のフライトは何回くらいにおよぶのか? 先日、2015年1月にスタートする中日文化センターでの講座『もっと知りたい旅客機の世界 〜空の旅の楽しみ方〜』の担当者から「講座案内に“年間フライトが○○回の講師による”と入れたいので教えてください」と依頼され、ざっと50回くらいかなと答えたのですが、ちゃんと数えてみたらそれ以上(片道1回として約60回)でした。よく飛んだなあと、自分でも思います。来年はその半分くらいに抑え、国内にとどまって執筆作業に徹しようと目論んでいるのですが、はたしてどんな1年になるのやら。

S.Akimoto at 17:37|Permalink

2014年12月10日

ハープ弾きのおじさん

 
パリ滞在3日目。7日(日)に到着してからずっと小雨がぱらつく空模様でしたが、この日の朝は部屋のカーテンを開けると青空が目に飛び込んできました。何だか嬉しくなって、急いで支度をし、サン・ミッシェル駅からメトロを乗り継いでモンマルトルへ。私がパリへ来ると必ず一度は訪れるエリアです。


前回パリに来たときは、モンマルトルにホテルを取り、他のエリアへは行かずにここだけで過ごしました。「パリらしからぬパリ」といわれる、自由な空気に満ちあふれた独特の下町風情が私は好き。丘の斜面に古い街並みが広がり、その中心で白亜の聖堂サクレ・クール寺院が冬の低い太陽の光を浴びてまばゆく輝いています。

モンマルトルは、斜面の南側と北側で雰囲気がかなり異なります。この日はメトロ2号線のアンヴェール駅から南側斜面をつたってダイレクトにアクセスするルートを選びました。駅前から延びる生地問屋街のスタンケルク通りを進み、サクレ・クール寺院へ続く石段をゆっくり登っていくと、また会いました! 寺院前の広場で支度を始めていた、いつものハープ弾きのおじさんに。

私は毎回必ず3、4曲は聴いていくので、もしかしたら顔を覚えてくれていたのかも知れません。「あと5分待って」と言われ、近くに腰を下ろすと、やがて美しいメロディを奏で始めました。通りかかる観光客たちも、その音色に足を止め、少しずつ輪が広がっていきます。若き芸術家や多くの旅行者を引きつけてやまないこの街の魅力は、いつの時代も変わることはありません。

S.Akimoto at 20:30|Permalink

2014年10月07日

“下山家”たち

 
フランクフルト中央駅に向かう途中で、店開きしていたホットドッグ屋の屋台に寄りました。街歩きでお腹が空いたので。ご覧のように、リュックを背負った数人の若者グループが並んでいて、けっこう混んでいます。登山靴を履いている人もいたので、中央駅から列車でスイス・アルプスにでも行くのかなと思い、順番待ちをしながら近くにいた一人に「山登り?」と訊いてみました。


「山登りというか、どっちかというと山下りだね」と言って、彼は笑います。「おれたち、下山家なんですよ」

久々に聞きました──「下山家」という言葉。ヨーロッパに多いのです。登山電車でどこかの山の中腹まで登り、景色を楽しみながらのんびりふもとまで下りてくるというレクリエーションを趣味にしている人たちが。体力にあまり自信がなくても「下山」ならわりとラクにできるし、それを日常の生活に取り入れている人たちにもドイツやスイスやフランスで何度も会いました。住んでいるアパートなどで、上りはエレベーターを使っても、下りは階段でと決めている人たちです。

パリの知人宅のアパートに以前、3週間ほど居候させてもたったときのことを思い出します。あの古いアパートはエレベータはあったものの、上り専用で、下りはみんな階段を使っていたなあ──と。エレベーターを1階まで下ろすボタンが各階についていて。そういえば、英米仏独語ともエレベーターは「上るもの」の意味で「下りる」の意味はなかったような。てなことをしばらく考えていたら、ホットドッグを買う順番が巡ってきました。

S.Akimoto at 19:07|Permalink

2014年10月04日

機内でビアフェスタ

 
羽田からフランクフルトへのルフトハンザLH717便の機内で、ドイツ人のCAさんから「お仕事のあとは、どこかへ足を伸ばされるのですか?」と聞かれました。「プライベートでちょっと旅行に」とでも返事をしたかったのですが、残念ながら今回も時間的に余裕がありません。10月はこの先も予定がびっしりなので、フランクフルトでの取材を終えたら早めに帰国します。


「本当は仕事をさっさと終えて、フランクフルトからミュンヘンに飛びたかったんだけど」と、私はCAさんに言いました。「ミュンヘンは“オクトーバーフェスト”の真っ最中だからね。本場のビール祭りで、いろんな国の人たちと飲んで騒いで、発散したかった」

すると彼女は、任せてという顔で「じゃあ、機内で形だけでも“オクトーバーフェスト”を楽しんでください」と言ました。機内でオクトーバーフェスト? 一瞬何のことかと思ったら、搭乗時に手渡された食事のメニューを見て、納得です。到着前の2回目の食事メニューの一つに「オクトーバーフェスト特別ディナー」というのがありました。facebookにも写真をアップしましたが、料理の内容はご覧のようもの。バイエルン風のソーセージサラダや、パイナップル入りザワークラウトを添えたジャーマンソーセージのグリルなどが一つのトレイにセットになっていて、機内エンターテインメントシステムを12チャンネルに合わせるとバイエルン地方の音楽を聴きながら食事を楽しめます。

私がその特別メニューをオーダーすると、CAさんは「お飲み物は何に?」と聞きかけて、すぐに「もちろんビールですよね」と言い直しました。そうして届けてくれたのが、冷え冷えのバイエルン産ビール! とても気の利くCAさんで、おかげで楽しいフライトになりました。

S.Akimoto at 00:08|Permalink

2014年09月17日

ネス湖へドライブ

 
独立の是非をめぐりスコットランドが揺れています。投票権をもつ16歳以上の市民による住民投票が現地時間の18日に実施され、賛成票が反対票を上回れば2016年にも独立を宣言。1707年に英国に併合されて以来、約300年ぶりの独立となるそうで、英国政府のあわてている様子がメディアで報じられました。


さて、ご覧の写真は、スコットランド最北部にあるネス湖です。もう20年以上前になりますが、編集者の友人夫妻に「ドライブするならスコットランドへ」とすすめたことがあります。彼らは30歳を過ぎてから運転免許を取得し、すぐにクルマを購入。国内での運転に慣れてきたころ、私に「海外でレンタカーを借りてドライブ旅行をしてみたいんだけど、どこがいいかな?」と相談に来ました。初心者向けに私は運転マナーがいい英国を第一候補に挙げ、「ロンドンは都会で交通量も多いので、郊外でクルマを借りてスコットランドに入り、のんびりネス湖を目指したらどうか」と提案。ネス湖の怪獣“ネッシー”を信じていた彼は、一も二もなく賛成し、夏休みに出かけて行きました。そして帰国後に「ゴール直前までは本当に素晴らしい旅だった」と、彼はこんな報告をくれたのです。

「道もわかりやすく、風景ものどかで、最高のドライブだったよ。スコットランドに入ってからは対向車とすれ違うこともほとんどなくなり、助手席のカミさんと『ここまで来ると、さすがに日本人なんて一人もいないね』と話していたんだ。風を受けながら爽快な気分でクルマを走らせ、あと5キロほどでゴールだと思ったそのときだった。大型バスが爆音を響かせ、ものすごい勢いで俺たちを追い越しにかかって──」

何があったのか? 追い抜きざまに大型バスの窓がいっせいに開いて、そこから年配の女性たちが顔を出し、彼らを指さして関西弁で言ったそうです。「ねえ、見て見て。あの二人、日本人!」。冒頭でも言ったように、これは20年前の話で、最近は海外でそんな日本人の集団に会うことも少なくなりました。

S.Akimoto at 11:15|Permalink

2014年05月01日

へんな横断歩道

 
北欧ノルウェーのエリエという小さな街に、とてもへんな横断歩道があります。イギリスのオンラインメディアが先日、伝えていました。下の写真のような標識が立っていて、ここを渡るときはみんなおかしな歩き方をしなければなりません。


英国のコメディ番組「モンティー・パイソン」が大好きという地元の人たちが考え出したそうです。You Tubeにその動画がありました。まずはこちらをご覧ください。

モンティー・パイソンの番組では「バカ歩き省」という省庁の役人たちが、おかしな歩き方をして笑いを誘います。それと同じことをエリエの街の人たちは始めました。地元のアート集団が作った道路標識を、横断歩道の脇に立てて。車の事故につながりかねないと反対する政府関係者もあったようですが、地元の女性市長が「楽しそうでいいじゃない。やりましょう」とゴーサインを出しました。私も、平和でいいなあと思います。

エリエは「観光名所など何もない街」と紹介されていましたが、いつか訪ねてみようと決めました。標識を見てふと立ち止まり、おかしなかっこうで道路を横断していく人たちを見ながら、みんなでゲラゲラ笑っている。ノルウェーの人たちのそんなユーモアに触れるだけで、とても癒される旅になりそうですから。

S.Akimoto at 14:46|Permalink

2014年04月04日

水の都へ直行便

 
アリタリア-イタリア航空が成田からヴェネツィアへの直行便を開設しました。当初は週2便体制で、成田発(12時25分、ヴェネツィア着20時20分)が水曜と金曜、ヴェネツィア発(13時30分、成田着翌日9時40分)が木曜と土曜。ビジネスクラスに最新のスタッガード型シートが搭載されたボーイング777-200ERによる運航です。就航初日の2日には成田空港で、翌3日にはヴェネツィア・マルコポーロ空港で、ウォーターキャノンによる祝賀式典が開催されました。


まだスタートしたばかりですが、ヴェネツィア直行便は需要が高いと思います。ヴェネツィアといえば、世界中から年間2,000万人以上が訪れる屈指の観光地。これまで日本からの直行便がなく、私の周辺でも「行きたいけど、遠いからなあ」という声が聞こえていました。

私もヴェネツィアは大好きです。177の運河が流れ、陸地と陸地を400の橋がつなぐエキゾチックな街並み。そぞろ歩きがとにかく楽しく、水面の静かな流れや不規則な動きを視界に入れながら散策していると、イマジネーションが刺激され、書きたい作品の構想があれこれ浮かんできます。

写真(facebookに大きなサイズでアップ)は、昨年10月に取材で訪れたときのものです。ローマの取材もあったため、ヴェネツィア滞在は2泊3日だけで、あっという間に終わってしまいました。帰国の日の朝、同行した写真家の中西一朗氏はが「いやだ、帰りたくない」とずっと駄々をこねていたのを思い出します。

S.Akimoto at 18:37|Permalink

2014年02月26日

世界一生活しやすい街

 
私が不定期でコラムなどを寄稿している旅行・観光専門ビジネスサイト『トラベルボイス』に今週、世界の「生活環境の良い都市ランキング」という興味深い記事が載っていました。グローバル・コンサルタント会社のマーサーが、企業などが駐在員を海外に出向させる際の基準になるようにと実施した「世界生活環境調査」の結果についてです。


2014年の生活環境の良い都市ランキング1位はオーストリアの首都ウィーン〔写真〕で、同都市がトップに選出されたのはこれで5年連続とか。ちなみに2位がスイスのチューリッヒ、3位がニュージーランドのオークランド、以下ドイツのミュンヘンとカナダのバンクーバーが続きます。

ウィーン──私も相棒の写真家・中西一朗氏とともに、昨年暮れのクリスマスマーケットが始まるときに訪れました。たしかに治安もいいし、世界遺産に登録された旧市街は散歩をしているだけで楽しい。街には伝統のカフェ文化が根づき、人々はお気に入り店のお気に入りの特等席で、日常のあわただしさをシャットアウトして思い思いに時間を過ごしています。

日本/オーストリア間は現在、オーストリア航空が成田からウィーンへの路線を週6便で運航しています。今月18日から開催された両国の航空当局間協議では、羽田の深夜早朝枠で日本とオーストリア双方で1日1便ずつの運航を可能にすることが決まりました。新しい便がどんな形で設定されるかはまだわかりませんが、これで間違いなくウィーンがぐっと近くなります。冬のウィーンもよかったですが、できれば夜の9時を過ぎても日が落ちない夏場にまたゆっくり再訪したいなあ。

S.Akimoto at 10:06|Permalink

2014年01月27日

ヨーロッパの旅特集

 
季刊『航空旅行』のフェイスブック・ページでも紹介したご覧の女性(中西一朗氏撮影)は、アリタリア-イタリア航空の機内通訳として活躍する三倉芳実さん。今週木曜日に発売になる同誌2014年冬号(Vo.8)の取材で乗った成田からローマへの機内で会いました。三倉さんは今回のフライトレポートでも登場していただいているほか、最新号の表紙にもなっています。


冬号のテーマは、旅人を魅了してやまないヨーロッパ。いろいろな国が国境を接し、各都市を拠点とするどのエアラインもじつに個性的です。今回の特集では、私が担当したアリタリア-イタリア航空でゆくローマ&ヴェネツィアの旅のほか、美食ハンターの江藤詩文さんがフィンエアーでヘルシンキ&ベルギーへ、さらにトラベルライターの岩佐史絵さんがヴァージンアトランティック航空でロンドンへ飛びました。旅のスタイルの違いなども含め、奥深いヨーロッパの旅をぜひ誌上で堪能してみてください。

いま「旅のスタイルの違い」について触れました。冬号では、ヨーロッパ特集のほかにも、楽しい企画が目白押しです。その一つが、同誌にレギュラーで書いているライターたちの旅に関するエッセイ集。旅に対して、それぞれがどんなこだわりを持ち、何を実践しているか? 参考にしていただけることも多々あると思いますので、こちらのページもどうぞお楽しみに。

『航空旅行』は2012年4月に年4回発行の季刊誌としてリニューアル創刊しました。今週発売の号で、早くも丸2年が経過。次号(4月30日発売)からは再リニューアルし、新しい連載などもスタートします。“オンリーワン”の旅雑誌を目指しての編集部とのディスカッションも熱を帯びてきました。編集部と書き手、写真家らが一丸となってこれからもパワーアップした誌面をお届けしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

S.Akimoto at 20:54|Permalink

2013年12月12日

長〜い移動日

 
突然ですが、フランスに来ています。南仏のトゥールーズに。実際は「突然」ではなく、早くから予定していたのですが。いつもだと出発前の報告Blogを書いてから出かけるのに、12月はとにかく忙しく、徹夜明けで成田空港へ向かう京成スカイライナーに飛び乗ったのが10日の朝。現地のホテルに着いからゆっくり報告するつもりが、何かの不具合でBlogの作業画面にアクセスできません。現在は弾丸取材を終えた帰国の途にあり、ドイツのフランクフルト空港でこれを書いています。更新が4日も滞ってしまいました。


今回はトゥールーズのエアバス本社へ行ってきました。トゥールーズへは日本から直行便がありません。私が利用したのはルフトハンザのフランクフルト経由便です。ところが運悪く、10日は成田に着いたら「出発が2時間遅れ」という表示が! 本当は成田を10時台に発ってフランクフルトに現地時間の14時05分に到着し、約2時間の乗り継ぎでトゥールーズへは18時の到着予定でした。でも2時間遅れだと、接続便に間に合いません。仕方なくカウンターで、フランクフルトからの便を1本遅らせてもらうことにしました。

変更した便のフランクフルト発は21時15分。成田からの便は16時に到着したので、フランクフルトで5時間以上も待ち時間があります。その間、空港にいるのも退屈なので、入国審査を済ませて街に出ることにしました。facebookでもアップしたご覧の写真は、旧市街のレーマー広場のクリスマスマーケットです。屋台でグリューワインとチーズフォンデュを買って、身体を芯から温めました。

その後、21時15分発の便に乗ってトゥールーズへ。日付が変わる頃にようやくホテルにチェックインし、翌11日はエアバス本社工場にて、来年1月にスカイマークに納入されるA330-300初号機の機体披露イベントの取材を進めました。まさに“弾丸”の日程でしたが、帰国したらすぐに、いくつかの連載で報告するための記事作成に取りかかります。

S.Akimoto at 08:09|Permalink

2013年12月02日

オペラ鑑賞

 
カフェでの昼食後、朝からの街歩きをいったん中断して滞在しているホテル・レギーナへ。ここはヴォティーフ教会のすぐ横に経つ、300年以上の歴史を持つホテルです。夕方まで部屋で書き物をしてからシャワーを浴びて着替え、ちょっとお洒落をして、世界三大オペラハウスの一つであるウィーン国立オペラ座へ向かいました。


オペラ鑑賞はこの旅の予定に最初から入れていたわけではありません。必要な取材・撮影をほぼ終えた前日の午後、同行の写真家・中西一朗氏と「何かウィーンらしいことをして帰りたいね」と話し合いました。ウィーンは音楽の都であり、音楽シーンの象徴としてまず浮かぶのが「オペラ」です。プログラムをチェックしてみると、2013年に生誕100周年を迎えたオペラ作曲家ベンジャミン・ブリテンの代表作『ピーター・グライムズ』が週末の夜に上演されると知り、急きょ現地のチケットオフィスに出向きました。

オペラ座では、立ち見席(4ユーロ程度)での気軽な観賞もできます。しかしせっかくだからと、私たちはちょっぴり贅沢な席をゲット。館内は正面中央の舞台をロージェという6〜7人用の個室が馬の蹄のかたちにぐるっと囲っていて、それが何階層にも積み重なっています。先ほどfacebookに写真をアップしましたが、私たちの個室は下から2段目──オーケストラも舞台もよく観える、なかなか上等の席でした。

夜7時半に幕が上がり、あっという間の3時間でした。演目の内容についてはここでは書きませんが、幕間の休憩時間もオペラの楽しみの一つです。館内にはカウンターバーを営業している洒落たロビーが数カ所あり、そこでくつろぐ着飾った人たちを眺めたり、同じテーブルについた人たちとシャンパンを片手に語り合ったり〔写真〕。優雅で最高な時間を過ごしました。

S.Akimoto at 01:11|Permalink

2013年11月29日

老舗のカフェで

 
ちょっと疲れると、街角のバーや小さなレストランに入って、ビールかワインを注文してひと休み。そんな街歩きが海外を訪れたときの私の“定番”ですが、今回は少し違います。入る店はバーやレストランではなく「カフェ」で、オーダーするのは酒とつまみに代わって「コーヒー&スイーツ」──自分でも信じられません(笑)。


これも取材ですから、仕方ありません。ウィーンといえば、カフェ文化発祥の地。ここで暮らす人々はお気に入りカフェの特等席でくつろぐことを愛し、店もそのひとときを尊重します。そこで私も、ウィーン風のくつろぎスタイルを真似てみることにしました。

先ほどfacebookにアップした写真は、老舗中の老舗「カフェ・ザッハー」の外観です。夕暮れ時に訪ねたら、クリスマスの飾りつけがロマンチックな雰囲気を醸し出していました。そして上の写真がその店内の様子。ブラックコーヒーにホイップクリームと粉砂糖を加えてグラスで提供されるアインシュベナーと、ここが“元祖”と言われるザッハートルテを注文し、甘いものが苦手な自分に「やればできるじゃん!」と励ましながら取材を続けました。

その後は国立オペラ座に立ち寄って、今夜の指定席をゲット! 金曜夜のひとときは、世界最高レベルのオペラでウィーンの音楽シーンにどっぷり浸ります。

S.Akimoto at 15:23|Permalink

2013年11月26日

冬のウィーンへ

 
街は早くもクリスマスムードですが、その雰囲気に浸っている時間がありません。いいえ、私だけでなく、同じような仕事にかかわっている人たちはみんなそうでしょう。雑誌をはじめ活字メディアの世界では、年末年始は印刷工場がストップしてしまうため、12月はいつもの月より原稿を早めに入れなければならない。その“年末進行”が、すでに11月の半ばから始まっています。


先週も、まったく休むヒマはありませんでした。イタリアから帰ってすぐに関西取材があり、帰京してからは連載の原稿書き。その後は来年に向けた新しい企画の打ち合せが何件が続き、週明けの月曜日も朝から原稿書きに集中しました。予定していた分量の原稿を書き終えて編集部へ送り、26日(火)からの取材準備にようやく着手できたのは夜になってから。資料などの下調べと荷造りをやっと終えたと思ったら、日付が変わっていました。

本日の昼の便で、オーストリアの首都ウィーンに発ちます。目的は、オーストリア航空がボーイング777-200ER〔写真〕など長距離路線用機材への導入を終えた新しいビジネスクラス・シートの体験と、現地の機内食工場の視察。またリニューアルしたウィーン国際空港の新ターミナルの取材も予定に入れました。それらの取材は丸二日で終わりますが、あるメディアで来年から旅コラムの新連載をスタートするので、もう何日かウィーンに滞在して中世の街並みに身を置きながら構想を練ってこようと計画しています。

ウィーンでは毎年、11月下旬から「アドヴェント(待降節)」と呼ばれるクリスマスの準備期間に入り、各地でクリスマスマーケットが開かれます。今年も11月16日から始まりました。街はいまごろ、おとぎの国に迷いこんだように華やかに飾りつけられているでしょう。東京のクリスマスムードは「それどころじゃないよ」と無視してきましたが、ウィーンでは気持ちをリラックスさせ、熱い焼き栗やグリューワインの屋台をはしごしてきらびやかな夜を楽しんでこようと思います。

S.Akimoto at 00:45|Permalink

2013年11月24日

鉄道で国境越え

 
若いころ、ヨーロッパを放浪しながら、鉄道での“国境越え”をいつも楽しみにしていました。国境の駅のホームはとても長くて、その一番手前に列車が止まると、乗客はパスポートを持って一度降りるよう指示されます。ホーム中央にある駅舎は入国審査場になっていて、パスポートを持って駅舎の手前入り口から入り、入国審査を済ませて奥の出口へ。すると列車は少し前に移動していて、また同じ車両に乗り込みます。


いまでもヨーロッパ鉄道旅は大好きですが、正直言って最近は国境を越えた感激がありません。EU(欧州連合)という一つの括りで統合されてからは、域内の多くの国々を入国審査なしで行き来できてしまうし、国境を越えるごとに通貨を両替する必要もなくなりました。もちろん、そのぶん便利にはなったのですが。

あのころの旅はよかったなあ、と誰かに伝えても、そんな私の思いが相手に響くことも少なくなりました。便利さの前には、一人の旅人のノスタルジーなどお呼びでないのでしょうか(笑)。ちょっぴり淋しく感じていたら、先ほど素敵な一文に遭遇しました。産経新聞デジタルで昨日の夕刻にアップされた『江藤詩文の世界鉄道旅』という連載コラムです。

今週の彼女の鉄道コラムでは、ドイツからスイスに入った国境の街シャフハウゼンでのひとこまが旅情豊かに描かれています〔写真はfacebookへのアップ分とともに著者本人の提供〕。読んでいて思わず「そうそう!」と呟いてしまいました。列車を乗り継ぎながら、いくつもの国を当てもなく旅していた当時が懐かしくよみがえります。毎週土曜日に更新されるこの連載コラム──ちょっと疲れたときとか、気持ちが張りつめたときにでも読んでみてください。心がほっと解放されるようで、おすすめです。

S.Akimoto at 02:17|Permalink

2013年11月16日

仮面舞踏会

 
ヴェネチアの街を歩いていると、迷路のように曲がりくねった路地のあちこちでよく仮面屋を見かけます。売られている仮面の種類はじつにいろいろ。ウィンドウを覗いているだけで飽きません。そのほとんどが仮面職人による手作りです。ちょうど作業を続けていたナンシーさんという女性職人が「ご覧になります?」と言って、しばらく見学させてくれました。


いまの時期が1年のうちでも一番忙しい、とナンシーさんは言います。カーニバルが近づいて来たから、と。ヴェネツィアといえば最も有名な一つが、毎年復活祭の1カ月半ほど前(2月下旬から3月初旬)に開催される仮面のカーニバル。人々は思い思いの仮面をつけて、街に繰り出します。祭りの2週間は世界中から多くの観光客が押し寄せるため、ホテルもなかなかとれません。それにしても、なぜ仮面をつけるようになったのか? 私の素朴な質問に、ナンシーさんは手を休めて答えてくれました。

「ヴェネツィアでは、狭い土地に古くから大勢の人が暮らしてきました。みんな顔見知りになってしまったため、なかなかハメを外せません。シャイな人たちばかりなんです。そこで、カーニバルの間だけは仮面をかぶって素性を隠し、羽を伸ばすというのが習慣になりました。この時期には、たくさんの恋も芽生えるんですよ」

カーニバルにはナンシーさんも仕事を休んで? 私が聞くと、彼女は「もちろんよ。自分で作った特性の仮面をつけてね」と言って片目をつぶりました。

S.Akimoto at 11:01|Permalink

2013年11月14日

路地裏で働く人々

 
ヴェネツィアに到着した翌朝、ジューデッカ島のホテルからシャトル船に乗って本島へ渡り、のんびり散歩していたときのことです。運河にかかるいくつもの橋を越えると、奥まった路地の一角に、長方形の大きな鉄製のカゴが置かれていました。底の部分には車輪のようなものがついています。


なんだろう? あ、あそこに同じ形をしたカゴが! しばらく立ち止まって見ていると、両手にゴミ袋を持った男たちが、そのカゴにゴミをどんどん投げ入れていきます。ゴミの収集を仕事とする人たちでした。

ヴェネツィアはクルマが入れない街だから、ゴミ収集車も入れません。だからこうして一軒一軒、彼らがカゴを押しながら回収する必要があります。では、集めたゴミはどうする? あとをつけてみました。彼らはゴミでいっぱいになったカゴを押して、運河沿いの船着き場へ。そこにゴミ収集船がつけられています。カゴが到着すると、船に装備しているクレーンが動き出してカゴをもちあげ、船体中央部の空いた穴の上に。カゴの底が開いて、集めたゴミが落とされました。ゴミの収集人たちは次々にあらわれ、同じ作業が何度も繰り返されていきます。

「週に6日働いているよ。日曜以外は毎日ね」と、カルロと名乗った収集係が言いました。「歩いて回るのは大変だけど、それがいいんだ。仕事をしながら毎朝、いろんな人と話ができるからね。クルマだと、黙って通り過ぎるだけだろ」。それじゃ──と彼は手をあげ、再びカゴをころがしてもう1本先の路地に消えていきました。

S.Akimoto at 15:30|Permalink

2013年11月12日

運河の街をそぞろ歩き

 
わずか2泊の滞在でしたが、私たちはローマの街歩きを満喫し、今朝はアリタリア-イタリア航空の国内線でヴェネツィアへ移動。昼少し前にマルコ・ポーロ空港に到着しました。ここはローカル空港ですが、世界中から観光客が押し寄せるため、各国からの国際線が乗り入れています。日本から初となる直行便も、アリタリア-イタリア航空が2014年4月から開設することが決まりました。ヴェネツィアがぐっと近くなります。


ヴェネチアはクルマでの乗り入れができません。私たちは空港から大運河を経由する水上バスを利用しました。宿泊するのは、ヒルトン・モリノ・スタッキー。本島と運河で隔てられたジューデッカ島の沿岸部に建つ豪華なホテルです。

ホテルの広報スタッフに案内をお願いして部屋や施設の撮影を終えた私たちは、本島を結ぶ水上シャトルバスに乗り込みました。たっぷりと水をたたえた晩秋の運河から、刺すような風が吹きつけてきます。観光の起点となるサンマルコ広場には、20分ほどで到着。街なかには、音楽があふれています。運河にかかる橋を渡るときには、下からゴンドラの漕ぎ手が朗々と歌うカンツォーが聞こえ、あちこちの広場のカフェに流れるバイオリンの生演奏も耳に心地よい。観光客を呼び止める物売りたちの抑揚のある方言ですら、私には音楽のように響きました。

177の運河と400の橋がつなぐ街並みのそぞろ歩きを、いまから日が暮れるまでゆっくり楽しみたいと思います。

S.Akimoto at 23:23|Permalink

2013年11月11日

バチカンの朝

 
ホテルの屋上テラスから、サン・ピエトロ大聖堂の屋根が見えます〔写真〕。ローマは何度となく訪れていますが、バチカン市国のあるエリアに滞在するのは今回が初めて。アリタリア-イタリア航空のAZ785便で成田から昨夜19時にローマ・フィウミチーノ空港に到着し、そこから送迎バスでホテルに入りました。明け方まで続いた雨もあがり、穏やかな朝を迎えています。


独立国家とはいえ、ここで生まれ育った国民はひとりもいません。世界中から集まってきたカトリックの聖職者や関係者が計1,000名弱──これがバチカン市国の国民です。聖職者たちはバチカンに赴任すると国民となり、任期を終えて元の国に帰ると国籍もその国に戻ることになります。国土の面積は世界最小で、東京ディズニーランドの8割から9割ほど。その国土のすべてが世界遺産に登録されている、不思議でユニークな国です。

いまから、目の前に見えるサン・ピエトロ大聖堂を訪ねます。大聖堂(カテドラル)とは、一定の区域を司るカトリック教会の司教が座る椅子(カテドラ)が置かれた教会堂のことで、カトリックではこの大聖堂を中心に地域を治めてきました。ヨーロッパでは多くの街の中心部で、大聖堂の建物を目にします。これまで各地で大聖堂を訪ねましたが、大きさ、美しさとともにサン・ピエトロ大聖堂に勝るものはありません。

カトリック信者10億人の聖地であり、ルネサンス・バロック期の巨匠たちが築き上げた美術都市でもあるバチカン市国。まずはここから、ローマの街歩きを始めます。

S.Akimoto at 16:46|Permalink

2012年09月12日

リスボン点描

 
中心街を離れると、リスボンはすぐに上り坂が始まります。道行く人たちといっしょに坂道を上っていくのは、市電の28番線〔写真〕。乗ってしまえば楽そうだけど、私とカメラマンは街の撮影があるので、頑張って歩くことにしました。


古い教会が見えてきました。教会を越えると、どんどん狭い路地に入っていきます。やがてその先に「Alfama(アルファマ)」という文字。リスボンで最も古いこの一帯の地名です。道幅が本当に狭いので、市電が通るときは壁にへばりつくようにして除けなければなりません。電車の窓からは、乗客たちが身を乗り出してカメラを構えています。乗っている人のほとんどは観光客なのでしょう。反対に坂道を歩いているのは、地元の人たち。目の前を、若い人も老人も、ゆっくりゆっくり上っていきます。

「こんなに狭い場所でドライブするんじゃないよ!」

電車のあとに入ってきたクルマに向かって、買い物カゴを下げたおばさんが怒鳴りました。ずいぶん威勢がいい。市電はリスボンの名物なので受け入れても、排気ガスをまき散らすクルマには我慢できないのでしょうか。

ふと、あることに気づきました。老人たちは、坂をまっすぐには歩きません。右の壁から左の壁へ、反対に左から右へ、ジグザグに歩きながら少しずつ坂を上っていきます。山を登るときの歩き方と似ているな、と思いました。それでも疲れたら、荷物を置いて民家の敷居に腰をかけてひと休み。リスボンでは、誰もが自分のペースで暮らしているようです。

S.Akimoto at 23:48|Permalink

2012年09月09日

地球を眺めながら

 
今年7月に開設されたエミレーツ航空の新しい路線で、ドバイからポルトガルのリスボンに向かっています。便名は「EK191」。ドバイ空港を朝9時15分に出発しました。リスボンまでは8時間30分のフライトです。


離陸してペルシャ湾に出たボーイング777-200は、海上で大きく左に旋回し、針路を西へ。アラビア半島のサウジアラビア北部を横断してゆきます。その後、エジプトのカイロとアレクサンドリア上空を通過し、地中海に出ました。眼下に真っ青な海が広がります。離陸して4時間が経過すると、見えてきたのは地中海に浮かぶ島国マルタ共和国。イタリア・シチリア島の南側に位置します。

EK191便は北アフリカに入り、チュニジアの首都チュニス上空を飛行。アルジェリアの北部をかすめ、再び地中海に出ました。海の青さが増しています。ここまでくれば、目指すリスボンまではあと2時間。針路は、若い頃バレンシアから船で渡ったことのあるスペインのイビサ島に向いています。あのときの旅では、バルセロナからバレンシアまで、列車で海岸線を南下してたどり着いたのを思い出しました。地球を上空から眺めるという行為に、私はいつも旅情をかき立てられます。

スペインに入ったEK191便は、古都トレドの上空を通過し、現地時間の14時12分に国境を越えました。ポルトガルを訪れるのは、かれこれ20年ぶり。高度が徐々に落ちると、やがて前方にリスボンの街並みが現れ、その向こうに大西洋が広がります〔写真〕。リスボンの街は、人は、どんなふうに私たちを出迎えてくれるでしょうか。

S.Akimoto at 16:45|Permalink

2012年08月29日

アンデルセンの墓

 
デンマークといえば有名な一人が童話作家のアンデルセンで、首都コペンハーゲンにはアンデルセンにゆかりのあるスポットが街なかに点在しています。そのいくつかを訪ねてみました。代表的な童話作品「人魚姫」をモチーフにした像は、もう何度も訪ねているのでパスすることにして、まずは市庁舎前の広場へ。そこに、チボリ公園を見上げるようにしてンデルセンの像が建っています。


大勢の観光客が像を取り囲んでいました。何かと思ったら、一人ひとりが像の横に立ち、順番に記念撮影をしています。像だけを写真に収められる状況にはなかなかなりそうにないので、15分ほど歩いて運河沿いにあるニューハウンへ。この一帯はかつて気性の荒い船乗りたちが闊歩したそうですが、現在はお洒落なカフェやレストランが軒を連ねるコペンハーゲンきっての観光スポットになっています。ニューハウンはアンデルセンが好んで住んだことでも知られ、生涯家を持たなかった彼は、ここから近くの王立劇場に通って数々の童話作品や詩を残しました。

ニューハウンの外れの海の見えるカフェで生ビールを飲んだあと、夕方から市中心部の北側エリアにあるアシステンス教会墓地に足を運んでみました。墓地というより、まるで広々とした公園です。生い茂った緑のすき間から夏の日差しが差し込んで、歩いていて気持ちがいい。この墓地に埋葬されているデンマークの文化人は2,000人を数えるそうで、アンデルセンのほか、哲学者キルケゴールらの墓もあります。

どこにアンデルセンの墓があるのだろう? キョロキョロしながら歩いていると、ちゃんと案内の矢印があって、すぐに見つかりました〔写真〕。墓石に落書きされるといった残念なニュースも過去にはありましたが、いまは落ち着き、たくさんの花が授けられた下でアンデルセンも静かに眠りにつけているようです。

S.Akimoto at 23:51|Permalink

2012年08月26日

首都オスロまで

 
移動が続き、そして夜は街を徘徊して飲んだくれ、Blog更新が途絶えました。いくつかのメディアから依頼されているゲラチェックや最終の著者校正も遅れていますが、できるだけ時間をつくって期限には間に合わせますので、もうしばらくお待ちください。


さて、ここまでの旅程を報告します。24日(金)はノルウェー国鉄で午後にベルゲンを発ち、ボスという街へ。そこから路線バスに乗り換えて、グドヴァンゲンを目指しました。グドヴァンゲンからはフェリーに乗って、世界遺産のネーロイフィヨルドを散策し、フロムという山間の街に到着したのは18時10分。4年前の春にはここで誕生日を迎え、ホテルに滞在していた人たちに祝ってもらった、私にとっては思い出のさくさん詰まった街です。

フロムで1泊し、翌25日(土)はフロム鉄道〔写真〕での旅で始まりました。車窓から美しい雄大な景色を眺めながら、ミューダールへ。そこからノルウェー国鉄に乗り換えて4時間半ゆられ、午後2時32分に首都オスロに入りました。

オスロではホテルにチェックイン後、さっそく市内へ。中央駅から続く歩行者天国や市内の広場で、ハーバー沿いに並ぶカフェで、行く夏を惜しむ地元ノルウェーの大勢の人たちが週末の午後を楽しんでいました。

S.Akimoto at 14:54|Permalink

2012年08月24日

三角屋根の家々

 
コペンハーゲンを21時に発つスカンジナビア航空2870便で、昨夜遅くにベルゲンに入りました。この街に来たのは4年ぶりですが、都会の喧噪とは無縁という印象は前回来たときとまったく変わりません。ここが本当にノルウェーで2番目の大きな都市なの? ついそう呟きたくなるような、小ぢんまりした居心地のいい街です。


朝5時に目が覚めて、ホテルでしばらく書き物をしてから、ベルゲン港を囲む街の中心部までカメラをもって散歩に出ました。東京はあんなに暑かったのに、8月下旬の北欧は上着がないと肌寒く、まるでエアコンの効いた部屋で過ごしているようです。

人口約24万人のベルゲンは、12〜13世紀にはノルウェーの首都でした。16世紀半ばまで干しダラの輸出が盛んで、ヨーロッパでも有数の商都だったといいます。その名残を見せるのが、写真のブリッゲン地区。三角屋根が特徴の色とりどりの木造家屋が並び、古い建物は大きく傾きながらも伝統技法で修復が繰り返されてきました。1979年には世界文化遺産に登録され、現在も土産物屋やお洒落なブティックとして利用されています。

海沿いに面した通りから一歩路地を入ると、中世にタイムスリップしたような街並みが広がり、古い造りの陶器の店などが軒を連ねます。朝早かったので、どの店もまだオープン前でした。これからホテルで朝食をとって、また出かけてみようと思います。

S.Akimoto at 15:27|Permalink

2012年08月23日

4発機で北欧へ

 
今日これから、エアバスA340に乗ります。久しぶりに。A340は中距離路線を中心に世界の空で活躍中のA330の姉妹機です。この二つの機種の違いは、A330が左右の主翼にエンジンを1基ずつ装備した“双発機”であるのに対し、A340は左右に2基ずつを搭載した“4発機”であること。A340は4基のエンジンを駆使することで、かつて旅客機としては初めて1万4,000キロ級の航続距離性能を手にしました。


しかし最近はエンジンそのものが進化し、従来は3基か4基が必要だった大型機でも2基で必要な推力が得られるようになりました。エンジンの数が多ければそれだけ燃費や整備コストがかさんでしまうことから、双発機を主力に据えるエアラインも年々増加。そうした時代の流れもあるのでしょう。エアバスは2011年11月、A340の生産打ち切りを発表しました。

これで現存する4発機は、“ジャンボ機”ボーイング747とエアバスのオール2階建て機A380だけに。4発機ファンとしては、淋しいかぎりです。パイロットの中には「操縦していても、やっぱり4発機は安心感がありますよね」と話す人も少なくありません。

しかし生産は打ち切りになっても、世界の空では現在も300機を超えるA340が飛んでいます。運航を続ける1社が、私がいまからデンマークのコペンハーゲンまでのフライトで利用するスカンジナビア航空〔写真〕。「北欧は避暑ですか?」と聞かれそうですが、いいえ、仕事です(笑)。今日はまずコペンハーゲンで乗り継いで、ノルウェー第二の都市ベルゲンへ。そこを拠点にフロム、オスロなどを回り、来週にはコペンハーゲンに戻って、街や空港を取材して帰国する予定です。

S.Akimoto at 07:18|Permalink

2012年05月10日

ドイツの観光名所

 
ドイツ観光局が外国人旅行者を対象に2012年2月に実施した「ドイツの名所トップ100」を決めるアンケート調査の結果が発表されました。約5,500人の回答者が選んだトップ100を見ると、目立つのはやはり世界遺産。ドイツにある36の世界遺産のうち、22がランクインしています。その中で堂々第1位にランクされたのが、写真のハイデルベルク城でした。


ハイデルベルクはドイツ最古の大学がある歴史ある街で、朽ち果てた古城が訪れる人たちを中世ロマンの世界へと誘います。2009年4月に私が訪ねたとき、ちょうど韓国の旅行雑誌から取材で来ていたキムさんという若い女性記者と知り合い、半日ほど行動を共にして街を撮影して歩きました。

キムさんは「買ったばかり」という新しいニコンを首から下げていました。いっしょに来るはずだったカメラマンの予定が変わり、急きょ単身での取材になったらしい。行く先々で彼女は懸命にシャッターを押していましたが、帰国後にソウルから「どれもうまく撮れていなかった」と電話で私に泣きついてきて、いくつか写真を送ってやったことを覚えています。私は写真を本職にしているわけではないから、自由に使っていいし、クレジットも必要ない。そう伝えたのですが、後日届いた雑誌には、ハイデルベルク旅行記のページを飾っていた5点ほどの写真の一つひとつにちゃんと私の名前が記されていました。そのときの1枚が、上の写真──ネッカー川を下るフェリーから撮ったハイデルベルク城です。

この古城が「ドイツの名所トップ100」の第1位になったと聞き、当時のことが頭によみがえって、懐かしさが込み上げてきました。ちょっぴりキュートだったあの韓国の新米記者、いまも元気に旅の取材を続けているかなあ。

S.Akimoto at 00:03|Permalink

2012年04月24日

観光名所をひと巡り

 
ローマ市内を効率よくまわるなら、市が運営する観光バス「110 open」を利用するといい。イタリア政府観光局の知人に出発前にそう教えられ、テルミニ駅前の停留所から2階建ての赤いオープンデッキ・バスに乗り込みました。


10分間隔で運行され、9カ所の停留所に止まりながら観光名所をたどるこのバスは、乗りっぱなしでも1周に約2時間かかります。ですが、48時間有効のチケット(18ユーロ)を買うと、どの停留所でも乗り降りが自由。停留所で待っていれば、すぐに次のバスがやってきます。結局私は、バスに揺られて半日遊んできました。

テルミニ駅前を出発すると、やがて前方にコロッセオが見えてきます〔写真〕。まずはそこで下車して、撮影がてら内部を見学したあとは、次なる目的地ベネツィア広場へ。ベネツィア広場からは徒歩で周辺を散策し、予約しておいたローマ料理レストランでランチをとりました。「IL GIARDINO ROMANO」という名のその老舗レストランは、成田からローマへのアリタリア-イタリア航空AZ785便の機内で日本人クルーが「アーティチョークが最高においしいから」とすすめてくれたもの。先ほどfacebookのPhoto Essayに写真をアップしましたので、ご参照ください。

その後も、ナヴォーナ広場やサン・ピエトロ大聖堂、トレヴィの泉、スペイン広場などの観光名所をぐるっとひと巡り。有名な観光スポットに近づくにつれ、道路はクルマが数珠つなぎになってなかなか前に進みません。ですが、もともと私は大の乗り物好きです。2階のオープンデッキから街を見下ろすアングルが快適で、私には渋滞さえもが心地よく思えました。

S.Akimoto at 11:57|Permalink

2012年04月22日

ローマへ

 
何年ぶりでしょうか。前にふらっと降り立ったのは、かれこれもう15年前──いや、20年近く前? いずれにしても、うまく思い出せないほど昔です。今日これから、久しぶりにイタリア・ローマへ向かうことになりました。成田線で運航するボーイング777-200に新しいシートを導入したアリタリア-イタリア航空を利用して。


ゴールデンウィーク前だからそれほど混んでいないだろうと思ったら、カウンターのスタッフが「予約はほぼ満席」と言っていました。いま成田空港第1ターミナルの搭乗ゲート前にいますが、なるほど、かなりの人、人、人──。そのほとんどが、観光やレジャーでの渡航のようです。“ネットワークキャリア”を目指す他のヨーロッパ系エアラインでは、乗客の6、7割がそれぞれのハブ空港で乗り継いでヨーロッパの別の都市に向かうのに対し、アリタリア-イタリア航空の日本からの乗客はほぼ8割がイタリア1カ国だけを目的地としています。ファッションやデザイン、アート、音楽、グルメなどを楽しむことを目的に。

そういう人たちにとって、飛行機に乗った瞬間からイタリアを満喫できるアリタリア-イタリア航空は大人気。目の前に、出発準備を進める機体の尾翼が見えます〔写真〕。国旗カラーである緑と赤をベースに、尾翼の形に合わせて同エアラインの頭文字「A」を重ねたロゴマークは、多くのファンに支持されてきました。ビビッドなグリーンの制服に身を包んだ陽気な客室乗務員たちに本格的なイタリアンでもてなされながら、私もこれからローマまで約12時間のフライトを満喫したいと思います。

S.Akimoto at 11:06|Permalink

2012年03月05日

キャビン歳時記

 
日曜日の朝、東京の下町に在住でKLMオランダ航空に客室乗務員として勤務するMさんからメールが入りました。彼女は関西/アムステルダム線を中心に乗務し、フライトが終わると東京に戻ってきます。「先ほどアムスから関空に到着しました」という一文で始まるそのメールがちょっとユニークだったので、紹介しましょう。


「3月のいまごろの時期は学生さんたちの卒業旅行がピークで、連日満席という状況が続きます。今日のフライトでもキャビンは若いエネルギーが満ち満ちて、ひっきりなしにビールの注文が入りました」とMさんは書いています。「ところがあと何週間かして4月に入ると状況は一転し、キャビンはリタイア組のチューリップ鑑賞ツアーのお客さまで埋め尽くされます。こちらは食事の時間が終わると、みなさんいっせいにお薬タイム。お酒やビールではなく、あちこちから『お水お願い!』という注文の手が上がります」

なるほど。そうやってキャビンでも季節のうつろいを感じながら、彼女たちはフライトを続けているのですね。

写真は、何年か前の春にオランダのアムステルダム郊外をクルマで走っていて遭遇した風景の1枚です。東京でも今週の半ばからぐっと春めいてくるとお天気キャスターが伝えていました。私にとっては、花粉と格闘しなければならない辛い季節ですが……。

S.Akimoto at 00:03|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

Logo_MakotoStyle_Tittle.jpg
Contact
仕事依頼などの相談・問い合わせはお気軽にどうぞ。当Blogへのご意見・ご感想もお待ちしています。下のフォームをクリックして画面を呼び出し、ご記入のうえ、送信してください。後ほど連絡させていただきます。

Form
Books












About Link
Blog『雲の上の書斎から』はリンクフリーです。必要に応じて以下のお好きなバナーをご使用ください。リンクされた場合は上記 Contact Formよりご一報いただけますと嬉しいです。