アメリカの旅

2016年07月24日

地球の裏から里帰り

 
お帰り、お疲れさま! 思わずそう声をかけたくなりました。“彼は”地球の裏側での約20年間の役目を終え、先週の水曜日(7月20日)に日本に帰ってきたのです。ニュース画像に映し出された姿を見て、さすがにやつれたなあと感じました。

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彼とは、いまの東京メトロが営団地下鉄と呼ばれていた時代に丸の内線で運行されていた「500形」車両。池袋から東京や霞ケ関を経由して新宿へ、さらに荻窪まで延びていた路線で走りつづけていた赤いボディの電車です。「02系」という新型が登場したのをきっかけに、日本の路線からは引退しました。そして新たな活躍の場を求めて旅立ったのが、南米アルゼンチンだったのです。

丸の内線500形車両は1996年に同国に譲渡され、首都ブエノスアイレスの中心部からパルケ・チャス地区へ伸びるB線で運行されました。私がブエノスアイレスの地下鉄駅で遭遇したのは、10年前の2006年11月。「あ、こんなところに丸の内線の電車が!」と、バッグから慌ててカメラを取り出してシャッターを切ったのが、ご覧のブレブレ写真です。

第二の人生を終えた彼は、7月11日に船で横浜港に到着。20日に故郷である丸ノ内線の中野車両基地に搬入されました。「鉄道技術発展に貢献した車両として保存する」と東京メトロは発表しています。ゆっくり休んで、おだやかな余生を過ごしてください。

S.Akimoto at 07:55|Permalink

2016年07月07日

理想のハワイ旅

 
いまから3年ほど前に、ハワイの旅について季刊『航空旅行』のアメリカの旅特集でレポートを書きました。それは、こんな文章で始まります──。

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 ハワイに来たら、取り立てて何もしない。そんな旅が私の理想だ。
 オアフ島のワイキキにホテルをとり、必要なとき以外は外出もせず、眺めのいい部屋で長い時間をゆったりと。それには、滞在する部屋の選択がどうしても重要になる。
 条件は二つある。一つは、ワイキキのビーチが見える部屋であること。ビーチリゾートへ旅したときは砂浜に出てくつろぐのが定番だが、ワイキキでビーチが見える部屋をとったときはあえて出かけもせず、テラスのソファーでまどろんでいる時間が少なくない。それこそが「最高の贅沢」だと思うからだ。そしてもう一つの、もっと大切な条件が、ビーチの先にダイヤモンドヘッドが見えることである。ハワイに何度か足を運ぶようになって以来、ダイヤモンドヘッドはいつの間にか、私の中でハワイの景色に絶対的に欠かせない存在になった。


そんな条件を満たすホテルとして予約したホテルが「ヒルトン・ハワイアン・ビレッジ」でした。今回の旅でも、同じホテルを予約したのですが、過ごし方はまったく別。朝から夕方まで取材やインタビューで出歩き、リゾートに身を任せたという実感がありません。仕事ですから、それも仕方ないことなのですが……。

ハワイは大好きなので、だからこそ秋以降にでも、またのんびり再訪したいと思います。facebookでそんな心情を語ったら、仲間の何人かから「いっしょに行きましょう!」というメッセージが届いたので、計画しようかな。

S.Akimoto at 20:38|Permalink

2016年03月24日

デビルスタワー

 
東京・丸の内のブリックスクエアにあるイタリアンレストラン「アンティーブ」で本日、米国ワイオミング州政府観光局主催のメディアランチョン(昼食会)があり、写真家の倉谷清文氏や1月のメキシコ取材で行動を共にしたライター・カメラマンの赤崎えいかさんらと参加してきました。イタ飯では丸の内でNo.1にランクされる料理をいただきながら、旅行先としての同州の魅力についてのプレゼンテーションを拝聴。楽しいひとときでした。


ワイオミング州というと、思い出すのが「デビスルタワー」を訪ねたときのことです〔写真〕。スティーブン・スピルバーグ監督の代表作『未知との遭遇』が1977年に公開された数年後で、まだ20代の後半だったでしょうか。当時はアメリカ東海岸から西海岸へ、グレイハウンドバスを乗り継いで大陸横断旅行をしていた真っ最中。どの街からどこを目指し、どこで降りるのか、まったく無計画な旅でした。その旅の途中でふと「行ってみよう!」と思い立ったのがデビルスタワーで、私の頭の中には、宇宙船が巨大な岩場に降り立つ映画のあのメインシーンが浮かんでいたのです。

私も、若かったなあ。バスで大陸横断など、いまでは考えられません。グレイハウンドバスは、その頃は「安全性の面ですすめられない」と旅行会社に言われていました。「安いので、危ない人も乗ってくるから」と。でも、仕方ありません。私もお金がない若者でしたから。車内で酒を飲んだりマリファナを吸ったりして騒いでいたグループがプロセスラーのような巨漢の運転手に引きずり下ろさるなど、道中いろいろありましたが、私自身に危険のおよぶような出来事はなかったと思います。きっと私も、彼らに輪をかけて「危ない奴」の一人だったのかな(笑)。

今日のプレゼンを聞いて、久しぶりにワイオミング州を訪ねてみたくなりました。行く場合はもちろん、もうバスは使いません。ユナイテッド航空でコロラド州のデンバーか、デルタ航空で西海岸のシアトルまたはポートランドへ飛び、そこからレンタカーでのんびりアクセス──というのが楽しそう。計画してみようと思います。

S.Akimoto at 15:47|Permalink

2016年01月30日

オールインクルーシブ

 
リビエラマヤでは、82ヘクタールの広大な敷地に建つ全室スイートタイプの「グランドベラス」というラグジュアリーリゾートに滞在しています。マヤのジャングルに包まれた落ち着けるホテルで、フォーブス誌で『世界のオールインクルーシブ・リゾート10選』にも選ばれました。


オールインクルーシブ、というシステムも快適です。たとえば敷地内に9軒もの高級レストランがあって、ほとんどすべてのメニューが無料。特別にオーダーした高級ワインなどを除いてお酒もウエイターへのチップも、すべて部屋の料金に含まれているため、財布を持ち歩く必要がありません。

昨日は高級フレンチを満喫しました。シャンパンが飲みたいとウエイターに言うと、彼は私に「シャンパンは有料にりますが、味もクオリティーもシャンパンと遜色がないスパークリングワインがあります。こちらは無料なので絶対におすすめですよ」とアドバイス。コンソメスープにラムチョップ、珍しくデザートにチーズケーキも注文します。メイン料理を食べている途中でマネージャーに「デザートはいかがですか?」と聞かれ、注文が漏れていると思い「チーズケーキを」と伝えたら、しばらくして最初のウエイターが「これは最初にご注文いただいたほう、これはマネージャーにオーダーされたほうです。甘いものがお好きでなんですね」とチーズケーキを二つテーブルに並べました。もちろん、イヤミで言ったわけではありません。好きなものを好きなだけ、というのがオールインクルーシブ・ホテルのレストランではコンセプトになっています。

敷地が広いので、レストランまで移動するのが面倒なときは、ルームサービスを利用すればOK。朝食はルームサービスに決め、ジャグジー付きのバスにゆっくり浸かったあとで、ガウンのまま部屋でのんびり摂っています。

S.Akimoto at 01:01|Permalink

2016年01月28日

五番街でハシゴ

 
日本人旅行者にも人気のカンクンからマヤ最後の城塞遺跡があるトゥルム周辺までの160キロにおよぶカリブ海沿い地域は「リビエラマヤ(Riviera maya)」と呼ばれ、新しい観光名所として近年、急速に発展しています。豊かな自然を生かした海浜公園や世界遺産にも登録されたチチェンイッツァ遺跡など、見どころも少なくありません。


私たちは今回、リビエラマヤにじっくり滞在し、新しいリゾートの魅力を幅広く取材しています。そのなかで気に入った一つが、クールでお洒落な雰囲気が漂う「プラヤ・デル・カルメン(Playa del carmen)」というエリア。元々は静かな漁村だったそうですが、現在はメイン通りである五番街(Avenida 5)に雑貨店や飲食店が軒を連ね、観光客を中心に人通りが絶えません。

五番街は夜がとくに賑やかで、夕方になるとホテルから軽装で繰り出します。「アミーゴ、メキシコビールが冷えてますぜ!」という骸骨の呼び子の声に引かれて、まずはオープンテラスのカフェで大好きなネグラモデロというダーク系ビールをググッと。続いておしりの形の椅子のあるカフェ〔写真〕でも同じビールをもう1本。その後は本場のメキシコ料理レストランでメキシコ産のワインを飲みながらディナーを満喫し、締めはヨーロッパ人らがあふれる大人の雰囲気のバーでテキーラやキューバ産のラム酒を楽しみました。

こんなに飲んでいいのかな、とも思うのですが、仕方ありません。仕事(取材)ですから(笑)。通りの雰囲気や骸骨の呼び子がいる写真は、facebookにアップしました。

S.Akimoto at 20:04|Permalink

2015年11月13日

SHAKE SHACK

 
下の写真──facebookにも大きいサイズで掲載しましたが、店の前でたくさんの人たちが列をつくっている様子が見えますか? マンハッタンの五番街のマジソン・スクエア・パークで、ランチタイムに撮影しました。2004年にここで1号店をオープンしたハンバーガーショップ「SHAKE SHACK」です。


オープン後はすぐに評判が広がり、ニューヨーカーたちのあいだで人気No.1に。昼の12時前になると、近くのオフィスビルから降りてきた人たちが行列を始めます。私が行ったときも、買うのに30分待ちました。「ずいぶん混むね。お昼どきだし、天気がいいし」と前に並んでいたOL風の女性に声をかけると、彼女は首を振って言いました。「行列はお昼に限らないわ。朝から晩まで、いつもこう。天気も関係ないの。雨の日も雪の日も、みんな列をつくって順番を待ってるわ」

定番はダブルチーズバーガーです。「バーガーにオニオン、ピクルス、トマトは入れますか?」と聞く店員に、私は「トッピングはオニオンだけで」とオーダー。ボリュームたっぷりの肉の味を楽しむため野菜をまったく添えずに注文する人も多いと聞いたからです。野菜抜きでも一つ7.2USドルと、値段は高めですが、本当に絶品でした。

さて、このニューヨーク生まれのバーガーショップが日本に初上陸します。1号店は東京の明治神宮外苑で本日午前11時にオープン。いま10時30分を回ったところなので、そろそろ行列が始まっているかな? 近くの人、ぜひ試してみてください。

S.Akimoto at 10:32|Permalink

2015年10月16日

LAで暮したい

 
アメリカ西海岸のLA(ロサンゼルス)に関するエッセイを、昨日から書き進めています。1年前のちょうどいまごろ、じっくりと街歩きしたことを思い出しながら。印象深い旅でした。サンタモニカの解放感あふれる空気が、別荘に欲しくなる家々が運河沿いに並ぶベニスビーチの街並みが、そして美術館めぐりに多くの時間を費やしたパサデナの落ち着いた雰囲気が脳裏によみがえります。


このBlogでも何度か報告しましたが、私の「海外の旅」の原点になったのがLAです。若い頃にはじめて日本を離れ、1年ほど暮しました。いい面でも悪い面でも、その1年間の経験が強烈すぎたのでしょう。帰国してからは、再び足を向けようという気持ちが芽生えません。アメリカでも、NYを中心とする東海岸ばかりに目がいってしまう時期が続きました。そんな私に「自分はやっぱり西海岸が合っている、LAが好きだ」と改めて気づかせてくれたのが、昨年10月の旅でした。おそらく今後は、LAに飛ぶ回数が圧倒的に増えると思います。本を1冊書くといった仕事を持ってLAで半年ほど暮す──そんなプランも考えはじめました。

昨年10月は、エアバスの総2階建て機A380で成田を経由しシンガポールとLAを結ぶシンガポール航空を利用しました。好きな街に、好きなシートでくつろぎながら飛ぶというのは、最高です。進化を続ける各社のビジネスクラスの中でも、シンガポール航空がA380に導入しているシートは“最強”だと、私はいろいろなメディアで書いてきました。

さて、そのシンガポール航空が、エアバスの最新鋭機A350の長距離路線向けの仕様「-900ULR」のローンチカスタマーに決定したというニュースが今週入ってきました。A350-900ULRの航続距離は約1万6100キロで、シンガポールからLAやNYへの直行便運航が可能になります。東京から一度シンガポールへ飛び、そこからLAまでのロングフライトを楽しむ。いいかもしれません。

S.Akimoto at 10:16|Permalink

2015年02月01日

LAでアート巡り

 
私が力をいれて取り組んでいる季刊『航空旅行』の2015年冬号が昨日、発売になりました。これまで何度も報告してきたように、特集は「エアバスA380で行く旅」。A380は開発当初から取材を進めてきた私の重要テーマの一つであり、今号で紹介したエアライン4社はすべて私が取材・執筆しています。


その中でも思い出に残っているのが、SQ(シンガポール航空)で飛んだLA(ロサンゼルス)の旅です。同社のA380には、世界初就航となった2007年10月のシンガポール/シドニー線に搭乗して以来、ずっと関わりつづけてきました。この最も愛着のあるSQで大好きなアメリカ西海岸の街、LAへ。写真家の倉谷清文氏とともに精力的に取材・撮影スポットを訪ね、どのシーンもいまだ鮮明に記憶に焼きついています。

LAの旅でテーマにしたのが「アート巡り」です。いつか実現したいとずっと思っていました。街なかをクルマで走っているとあちこちで出会う、古い倉庫の壁などにダイナミックに描かれたアート作品の数々。思わずクルマを止めて歩きはじめてしまうことも少なくありません。そこで撮った倉谷氏の写真も、私のエッセイとともに誌面に配置しています。

ロサンゼルス国際空港に完成した新しいターミナル(トム・ブラッドレー国際線ターミナル)についても、到着時に取材しました。自動入国審査端末の稼働で入国手続きが迅速化されたほか、商業施設も従来とは比べものにならないほど充実。この新ターミナルについても、同誌の連載「世界のエアポート」で併せて報告しています。

S.Akimoto at 14:52|Permalink

2014年10月17日

プリティ・ウーマン

 
LAから帰国しました。ハリウッドに滞在中、私がいまでも好きな映画のひとつ──ジュリア・ロバーツとリチャード・ギア主演『プリティ・ウーマン』の撮影舞台となった3つの場所を訪ねて写真に収めてきたので、今日はLA最終報告として紹介します。


1990年の封切りから24年経ったいまも人気の衰えないこの映画のメイン舞台となったのは、高級住宅街のビバリーヒルズ。エリート実業家のエドワード(リチャード・ギア)とコールガールのビビアン(ジュリア・ロバーツ)がハリウッドの路上で知り合い、1週間のパートナー契約を結んでいっしょに過ごすことになるのが、ご覧のホテル「ビバリーヒルズ・ウィルシャー」です。現在は「ビバリー・ウィルシャー・フォーシーズンズ」に改名され、当時と変わらぬまま営業を続けていました。部屋の最低価格は約5万円からという超高級ホテルですが、世界中の観光客でほとんど満室の状態だそうです。

買収予定の造船会社とのビジネスディナーに同行するようエドワードから命じられ、多額の現金を渡されたビビアンがショッピングに出かけた先が、ホテルの目の前から続くセレブファッションの発信地「ロデオドライブ」です。通りの両側には、超高級ブランド店が軒を連ねていました。そして、感動のラストシーン。ビビアンとの1週間の契約を終えてエドワードがニューヨークに帰る日、彼は彼女に約束の報酬を渡して「また会いたい」と思いを告げますが、ビビアンはそれを断りホテルを去ります。サンフランシスコでの新しい生活を決意したビビアンの旅立ちの日、白いリムジンに乗って彼女のアパートにやってきたエドワードは、非常階段をのぼってビビアンに花束を差し出すのですが──そのエンディングシーンはハリウッドのホテル「ラス・パルマス」で撮影されました。人通りがまばらで治安のあまりよくないエリアですが、現在も長期滞在用ホテルとして営業しています。

映画の舞台となった以上の3カ所──「ビバリー・ウィルシャー・フォーシーズンズ」「ロデオドライブ」「ラス・パルマス」の写真はfacebookにそれぞれ大きなサイズのでアップしましたので、興味のある方はご覧ください。

S.Akimoto at 08:12|Permalink

2014年10月14日

The Counter

 
今日はカリフォルニア発祥の超絶品ハンバーガーチェーン店「The Counter」を紹介します。とにかくうまくて大人気と聞き、ダウンタウンの店を訪ねました。一番の売りは「バンズ(パン)」や「パティ(肉)」「トッピング」「チーズ」「ソース」など種類と大きさを含め30万通り以上の組み合わせから自分だけにカスタマイズされたハンバーガーを作ってもらえること。「ミディアム」や「レア」など肉のやき方も注文できます。


若いウエイトレスに「初めてですか?」と聞かれ、そうだと答えると、注文の仕方をていねいに説明してくれました。メニューとアンケート用紙のような注文シートを渡され、そこに自分好みのパンおよび肉の種類や大きさ、トッピング、ソースなどにチェックを入れていきます。肉の焼き方は「ミディアムレア」をオーダー。店内ではアメリカンポップスが流れ、これまでのバーガーショップとは明らかに違う雰囲気もいい。注文を受けてから調理に入るので、10分ほどかかりますが、アルコール類も置いているのでビールを飲みながら待ちました。

そして出てきたのが、ご覧の品です(facebookに大きい画像をアップ)。肉のサイズは一番小さい1/3ポンドを選びましたが、これで私には十分です。焼き方はミディアムレアなので、中身はうっすらとピンクがかっていて、フォークで押すと肉汁がしみ出てきました。とにかく、おいしかった!

あれ? 私、いつからハンバーガーを語るようになったのだろう。メタボを気にしないといけない年齢になり、好きな肉も日本では極力、口にしない生活を続けているのに。でも、バーガーを前に、恥ずかしくなるくらい嬉しそうな顔をしている(笑)。きっと、環境がいけないのだな。まあ、いいか。あと2、3日だし。開放的なLAの空気に、帰国まではとっぷり浸かろうと思います。

S.Akimoto at 21:31|Permalink

2014年10月12日

グリフィス天文台

 
LAの北東部、グリフィスパークのふもとの小高い丘に広がる落ち着いた雰囲気の街──ロスフェリッツ(Los Feliz)。その一角にあるアパートで、私は20代の前半に1年間暮らしました。住人が自由に使えるプールやビリヤード台とコインランドリーもある、ちょっぴり豪華なアパートだったことを思い出します。


学生時代に航空工学を学んだものの「モノを書く仕事に就きたい」という思いが強く、就職もせずに悶々とした日々を送っていた頃です。アルバイトでためたお金をもとに、LAへ。前回のBlogでも書いたように、それが私の海外放浪の始まりでした。ロスフェリッツのアパートを拠点に、格安で手に入れたシボレーを運転してあちこちを訪ねては、見聞きしたことを原稿に書いて日本の出版社(編集部)に送りつける。1年間、そんなことを繰り返しました。もちろん、素人から勝手に送られてきた文章など、採用してくれる編集部はありません。しかし帰国後、ある大手の編集者から呼び出しがかかり、言ってくれたのです──「ほかの編集部で新しい書き手を探している。そこでよければやってみるか?」と。私の「物書き」人生のスタートでした。

LAでの1年は、充実した、かけがえのない日々だったと思います。当時の自分にあったのは、何ら根拠のない自信だけ。何もかもうまくいかず、いたたまれない思いに心が占領されると、アパートのすぐ北側に広がるグリフィスパークの天文台に行って雄大な街の夜景を眺めながら「自分の悩みなんてまだまだ小さい」と言い聞かせて異国での生活を続けました。

今日の夕方、ロスフェリッツに足を伸ばしてかつて住んだアパートを探しましたが、もう当時の建物は壊されて新しい建物に変わっていました。日が落ちてきて、そのままクルマを進めてグリフィスパークの天文台へ。facebookにもアップした画像は、そこからの夜景です。思い出のアパートは無くなってしまっても、LAの街は当時のまま、変わらずに灯をともしています。「まだまだ頑張れる、あの頃だって頑張れたのだから」と思ったら、ちょっぴり目頭が熱くなりました。

S.Akimoto at 23:02|Permalink

2014年10月10日

ハリウッドへ

 
誤字も脱字もなし。文字数も編集者の注文どおりピッタリに収まった。書き上げた原稿の最終チェックを終えて、書類を閉じ、それをメールに添付して送信ボタンをクリック! ふう、間に合ったァ。今週中に入れなければならない原稿が、最後の1本だけ残ってしまい、先ほど時間切れでオフィスを出てきました。上野から成田に向かう京成スカイライナーの中でも書き続け、空港第1ターミナルのANAラウンジに到着後にようやく仕上げて入稿したところです。


週のはじめにドイツから帰国し、それからが本当に忙しかった。仕事をため込む私がいけないのはわかっているものの、やるべきことが短期間にこれほど山盛りになったのも久しぶりです。会わなければいけない人と、決めなければいけない案件と、そして書かなければならない原稿と。残る1本をたったいま送ったので、これで心おきなく飛べます。

いまから向かうのは、米国ロサンゼルス。この数カ月間に東海岸のニューヨークやワシントンDC、南部のアトランタと渡米が続きましたが、西海岸はかれこれ1年以上行っていません。LAは、若いころに初めて降り立った異国の地です。まさに私の海外放浪の原点となった街で、そのときは結局、1年間居着いてしまいました。その後は仕事で、プライベートでと何度となく訪れていますが、LAは行くたびに新しい発見や驚きがある場所で、すごく面白い。NYとはまた違った意味で、好きな街です。

今回はハリウッドに4、5日滞在します。仕事もあるのですが、夜はほぼフリーなので、よく行くウエストハリウッドのジャズバーを覗いてみようかな。おいしいお酒と楽しい音楽で、ぐちゃぐちゃになった頭の中をスッキリ整理するために。さ、そろそろゲートへ移動しよ。カリフォルニアらしい明るく開放的な写真が撮れたら、またBlogとfacebookで報告します。では!

S.Akimoto at 18:15|Permalink

2014年09月08日

ピラミッド登頂

 
バスに揺られて1時間。メキシコシティ中心部から北へ50キロほど行ったところにあるラテンアメリカ最大の都市遺跡、テオティワカンを訪ねました。隣に写っているのは、私の彼女──ではありません(笑)。現地で偶然出会った、中村知加代さんです〔facebookに大きな画像を掲載〕。メキシコを一人旅しているそうで、話してみると、ANAの現役CAさんであることが判明。すっかり意気投合し、しばらく行動を共にすることになりました。


私たちに背後にそびえるのは、テオティワカンの中でも最大の建築物である「太陽のピラミッド」。高さ65メートル、底辺の一辺が225メートルあり、エジプトの二つのピラミッドに次ぐ世界で3番目の規模を誇ります。

頂上にたどり着くには、一段一段が膝くらいまである高い石段を計248段登らなければなりません。右腰を痛めていた私は、最初は登らないつもりでいました。前日にメキシコシティで、仕事をさぼって路上の靴磨き屋さんに靴磨きをさせていた警官を隠し撮りしようとして、階段を踏み外してしまって。このあたりはメキシコシティと同様、標高が2,000メートルを超える高地であることも私を躊躇させていました。空気の薄い高地が私は得意ではありません。息を吸っても吸ってもうまく酸素を取り込めない体質なのです。え、高いところがダメで航空ジャーナリストが務まるのかって? この仕事と高地嫌いとは、まったく関係ありません(笑)。

腰の具合がよくないことを中村さんに話すと、彼女は「えー、せっかくきて登らないんですか? ゆっくり行けば大丈夫ですよ。いっしょに登りましょうよ」と私を元気づけてくれました。そう言われてしまうと、怖じ気づいているわけにはいきません。時間をかけて一歩一歩、石段を踏みしめてゆきます。そうしてたどり着いた頂上で、息を整え、顔を上げると──見事な風景が目に飛び込んできました。残念ながらその絶景をここで披露することはでききません。10月末に発売になる季刊『航空旅行』の秋号(Vol.11)に掲載されるレポート「アエロメヒコ航空でゆくメキシコシティの旅」を、どうぞ楽しみにお待ちください。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2014年09月05日

メキシコ文部省

 
メキシコシティの中心部ソカロの裏手に広がる市場エリアを、3時間近く歩きました。さすがに3時間もいると、雑踏と人いきれで疲れがたまります。同行の写真家・中西一朗氏と「少し静かな場所で休もう」と話し合い、ソカロから2ブロック北、サントドミンゴ広場の南側にあるメキシコ文部省の古いビルを訪ねました〔建物内の静寂空間はfacebookで紹介しています〕。


壁画運動が盛んになりつつあった1920年初頭、当時の文部大臣はその運動を強く推進。世界最大級の壁画プロジェクトを巨匠ディエゴ・リベラに託し、本省の建物内に「革命に生きる人々」をテーマにした壁画が描かれました。上の写真は、その代表作のひとつ『革命のバラード』です。

入館は無料で、入口で身分証明書(パスポートなど)を提示し、入館者名簿に記帳すればOK。パスポートと私が書いた住所を見比べながら、髭をはやした年配の係員が「日本からようこそ、アミーゴ!」と満面の笑顔を向けます。平日で訪れる人も少なく、100以上ある壁画作品を眺めながら省内をのんびり歩きました。

さて、話は変わりますが、4回シリーズでお届けしているJALレポートの第3回が誠Styleの連載『秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話』で公開になりました。第3回テーマは「空の上のレストラン」。著名な日本人シェフを中心としたドリームチームが手がける美食と、その舞台裏を紹介しています。

≫≫≫「JALの最新ビジネスクラス『SKY SUITE 777』を創った男たち──第3回/空の上のレストラン

S.Akimoto at 10:36|Permalink

2014年09月02日

最長フライトを終えて

 
到着しました。メキシコの首都メキシコシティに、成田から13時間10分のフライトを終えて。現在、日本から直行便が運航されている世界の路線の中で、今回利用したアエロメヒコ航空のメキシコシティ線(AM57便)は最長です。仮に最短距離で飛んでも、はるばる1万1,271キロも旅をしなければなりません。


アメリカの東海岸よりも、ヨーロッパよりも、オセアニアや中東よりもメキシコは遠い。最短で1万1,271キロと書きましたが、実際は気流などの状況からより燃費効率のよい北寄りルートを飛ぶので、飛行距離はさらに長くなります。座席のモニターでフライトマップを見ていたら、メキシコシティ国際空港へのファイナルアプローチが始まった時点で飛行距離は1万3,000キロを超えました。

AM57便は現地時間の15時ちょうどに、メキシコシティ国際空港の第2ターミナルに到着しました。入国や税関審査を終えてロビーに出ると、そこで私と同行の写真家・中西一朗氏の名前を記したボードを持って待っていてくれたのは、アエロメヒコ航空・本社広報のヘクター・ペレスさんです〔写真〕。私たちは、そのまま彼に案内されて、空港に隣接するアエロメヒコ航空の整備ハンガーへ。さっそく初日の仕事に取りかかり、日が落ちるまで取材・撮影を進めました。

今日は空港内のホテルに泊まりますが、明日は朝からダウンタウンの別のホテルに移動。マヤ・アステカの遺跡や歴史を訪ねる取材をスタートします。

S.Akimoto at 09:02|Permalink

2014年05月24日

マンハッタンの歩き方

 
マンハッタンでお金を使おうと思ったら、いくらあっても足りません。いい気になってカードで払い続けていると、請求が届くころにはかなりマズいことに。けれど、ふところが淋しくても楽しむ方法はあります。それは、ひたすら歩けばいい。地下鉄に乗ればアッいう間に着いてしまう場所でも、歩くことで意外な発見があったりします。

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ただし、体力が必要です。ニューヨーカーたちはとにかく早足で、しかも大股。前だけを見て目的地へ向かってスタスタ軽快に歩くので、周囲に目をやりながらのんびり歩いていると、肩をぶつけて追い越されていく。嫌な顔をされるときもあったりするので、ついついこちらも早足に。流れに乗ろうと努力しているだけで、けっこう疲れます。

そんなサイドウォークも、1日か2日いればすぐに慣れてきます。たとえば赤信号は、歩行者にとっては「注意して進みなさい」という意味。あ、もちろん私が思っているだけで、そんなルールはないですが、道路を横断するのだってここでは個人の責任においてやりたい放題です。適当な目的地を決め、いま立っている場所から信号など気にせず一度も止まらずにたどり着ければ自分の勝ち! この街を制覇した気分になれます。

週末のマンハッタンの散歩を、そんなふうにして楽しんでいます。ヒマだなあ(笑)。


S.Akimoto at 12:21|Permalink

2014年05月22日

オイスター&ジャズ

 
ミッドタウンイーストにある「ザ・ルーズベルト・ホテル」にチェックインした私は、シャワーを使ってリフレッシュし、まずはランチに出向くことにしました。何を食べようか迷った末に向かったのは、ホテルから2ブロック南にあるニューヨークの“玄関口”──グランド・セントラル・ステーション。その駅構内で1913年に創業した老舗の「オイスターバー&レストラン」で、ビールを飲みながら新鮮なシーフードを楽しむことにします。


JALの機内では到着前の2回目の食事をパスしておいたので、さすがにお腹がペコペコ。この店に来るのはかれこれ5年ぶりですが、店内は平日の昼間にもかかわらず相変わらずの大賑わいです。店の陽気なスタッフがすぐにテーブルを用意してくれ、メニューリストの中から「本日のおすすめ」の生牡蠣を何種類かチョイス。ほかに大ぶりの茹でたシュリンプやクラムチャウダーなどをオーダーし、満足のひとときでした〔写真はfacebookにアップしています〕。

その後、夕方までに初日の用事はすべて済ませて、夜は昨日のBlogにも書いた「JAZZ at KITANO」へ。パーク街66番地/38丁目の日系ホテル「ザ・キタノ・ニューヨーク」の1階で営業をつづけるジャズクラブです〔写真〕。地元のニューヨーカーたちからも支持され、2013年には権威あるジャズ専門紙から「ニューヨークで最も優秀なジャズクラブのひとつ」に選ばれました。

ライブが始まる30分前に到着すると、顔なじみのフロアスタッフが「また戻ってきてくれて嬉しいよ」と、予約したテーブルに案内してくれました。店内は、天窓のある高い天井と開放的なスペースを生かしたモダンな造り。その一番奥に、プレーヤーたちがゆったりと演奏できる、客席とバリアフリーのステージが設けられています。マンハッタンでの初日の締めくくりとして、アジアンテイストを取り入れた現代的なアメリカ料理&ワインとともに、深夜までジャズライブを楽しみました。

S.Akimoto at 21:17|Permalink

2014年03月24日

ダグラスDC-3

 
前回に続いて、ワシントンDCの国立航空宇宙博物館からの報告をもう一つ。レトロな外観のこの機体は「ダグラスDC-3」──米大陸を横断する寝台旅客機として1935年に製造されました。“グーニーバード(アホウドリ)”の愛称で多くのファンたちに親しまれてきた名機です(大きいサイズの画像はfacebookでどうぞ)。


現在の旅客機と比べると小型ですが、ダグラスDC-3は当時では比類ない機能性を誇りました。DC-1、DC-2の基本型をワイドボディ化して発展させたモデルで、航空輸送の歴史を語るうえでDC-3の存在は欠かせません。飛行性能と輸送力・経済性のバランスに優れた初の本格的商業旅客機として、世界の空で活躍しました。

国立航空宇宙博物館には、他にもさまざまな航空機や宇宙船がところ狭しと展示されていました。一つひとつをじっくり見学していたら、いくら時間があっても足りません。DC-3の奥に見えるのは、ボーイングの基礎を築いたといわれる「ボーイング247-D」。これについても、回を改めて書くことにします。

さて、ワシントンDCから報告を続けてきましたが、私自身は週末に帰国しています。零下の気温の中での取材を終え、いまはホッとひと息。明日からは南半球の国に飛ぶので、その荷造りを始めました。寒かった米東海岸とは一転、これから向かう先は夏から秋にさしかかる穏やかな季節なので、ちょっとウキウキしています。

S.Akimoto at 10:25|Permalink

2014年03月21日

ライト兄弟

 
政治の殿堂が建ち並ぶワシントンDCで、計19の博物館や美術館を無料公開しているスミソニアン博物館群。なかでも最も人気のある一つ、国立航空宇宙博物館を取材してきました。下の写真は1903年にライト兄弟が世界で初めて動力飛行に成功させた「フライヤー号」です。先ほどfacebookにも大きなサイズで投稿しました。


複葉式の翼形がとてもユニークです。以前、野鳥に関する雑誌に書いたことがありますが、この翼形は上空で素早く方向転換(旋回)する鷹がモデルになりました。機体を浮上させるメカニズムや推進させる仕組みについては、ライト兄弟以前にも先駆者たちによってさまざまな研究がなされています。が、それをどう制御するかという操縦法の問題が当時は手つかずのままで、ライト兄弟はくる日もくる日も鳥の姿を追い続けたといいます。そしてあるとき、大きな鷹が自在に進路を変える光景から重要なヒントを得ました。

鷹は旋回するときに左右の翼の先端をわずかにひねることを、彼らは発見しました。翼の前縁を上向きにねじると迎え角が増して揚力がアップし、反対に前縁を下げると揚力はダウン。左右の翼を反対方向にねじることで揚力に差を生じさせ、方向を転換しているのです。では、固定された飛行機の翼をどうねじればいいのか? その難問は、兄のウィルバーが段ボールの空箱をヒントに解決しました。空箱を両手でねじったときに変形する様子は彼らが求めていたメカニズムそのもので、箱の上面と下面を飛行機の複葉と見なせば翼を簡単にねじることが可能になります。

そうして完成させたフライヤー1号を弟のオービルが操縦し、米国ノースカロライナ州キティホークの砂丘を飛び立ちました。世界初の動力飛行が成功した瞬間です。いまから111年前、1903年12月のことでした。

S.Akimoto at 10:24|Permalink

2014年03月18日

1万2,000キロの旅

 
アメリカの首都、ワシントンDCに来ました。利用したのは、成田発11時10分のANA便(NH002)です。ワシントンDC線は、太平洋を、さらにはアメリカ大陸を横断していく12時間超のロングフライト。ANA自慢のご覧のスタッガードシートをじっくり体験しながらの旅になりました。


ワシントンDC線に投入されているのは、2010年春に登場したANAの総合ブランド「Inspiration of Japan」を搭載したボーイング777-300ER。この新ブランドのサービス&プロダクトの“目玉”とされてきたのが、今回のフライト取材で体験したスタッガード型のシートです。スタッガードとは日本語に訳すと「ジグザグに」「互い違いに」といった意味で、これまでの「シートは縦にも横にもまっすぐに並べるもの」といった常識をANAはくつがえしました。

スタッガード型のメリットは、一人ひとりのプライバシーを確保しながら180度水平になるフラットベッド・シートのスペースを確保できること、そしてどの席からも隣の人に気兼ねなくダイレクトに通路にアクセスできること──その2点です。実際の快適さなどについては、4月30日発売の季刊「航空旅行」春号(Vol.9)で同行の写真家・倉谷清文氏と写真とともに詳しくレポートしますので、楽しみにお待ちください。

さて、計1万2,000キロ近い旅を終えて、私たちは現地時間の午前10時30分にワシントンDCのダレス国際空港に到着しました。ここ数日、東京はようやく春めいてきましたが、こちらの気温は何と零下! ちらちら雪が舞っています。相棒の倉谷氏と「温泉に浸かりたい!」「こたつに入りたい!」などと訳のわからないことを連発しながら、現地取材をスタートしました。

S.Akimoto at 17:11|Permalink

2013年09月23日

秋のニューヨーク

 
あの酷暑が嘘のように、朝晩はずいぶん涼しくなりました。季節はちゃんと巡るのですね。「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よく言ったものです。そして連休最後の今日、私はまた成田空港の第1ターミナルに来ました。現在は第2サテライトにあるデルタ航空の空港ラウンジ「デルタスカイクラブ」でこれを書いています。


9月に入ってから、季刊『航空旅行』秋号の巻頭特集「太平洋航路をゆく」の取材ですでに二つの旅をしてきました。ユナイテッド航空でゆくコロラドと、大韓航空でゆくホノルルの旅です。そして、今日はこれから、残るもう一つの取材に出かけます。テーマは「デルタ航空でゆくニューヨークの旅」。

私の目の前でいま、カメラマンがラウンジ内の様子の撮影を進めています。同行のカメラマンはこれまで人物ポートレートなどを中心に撮ってきた女性で、季刊『航空旅行』でデビューすることになりました。フライト取材でも旅のスナップでも、これまでとは違った女性ならではの細やかな感性で新しい世界を切り拓いてくれると期待しています。

マンハッタンは東京よりもひと足先に、秋を迎えたようです。共同通信社のニューヨーク支局の友人から昨夜、報告を受けました。NYに到着した初日の夜は、ミッドタウンイーストで彼の支局を訪ね、これから乗るボーイング747-400に関連したインタビューを受けることになっています。たったいまラウンジ内に、ニューヨーク行きDL172便へのボーディングが間もなく開始になるとアナウンスがありました。行ってきます!

S.Akimoto at 13:41|Permalink

2013年09月14日

ハワイの悩み

 
ワイキキに滞在中の私に、日本からたくさんのメッセージが届きます。「いいな」とか「私も行きたい」とか「ハワイなんて最高に羨ましい」とか。しかし旅慣れた友人や知人からは「いまさらハワイですか?」「日本人だらけで楽しい?」といったネガティブな意見もありました。じつはこの両極端な状況が、現在のハワイの実態をあらわしています。


日本とハワイは、とても密接な関係にあります。日本からの最初の移民がハワイへ渡ったのは、ハワイがアメリカに併合されるずっと前の1868年でした。その後も移民は増え続け、これまでのトータルは推計20万人以上。海外旅行が自由化された1960年代以降にハワイが一躍ブームになったのも、日本語を話す日系人が数多くいたことが安心感につながったからです。ハワイへ旅行する人の数は、ピーク時の1997年には年間222万人に達しました。しかし、それだけ日本人が増えると、反動で「いまさらハワイなんて」「ベタすぎる」といった考えの人も当然出てきます。結果、ここ数年の年間渡航者数は100万人台の前半まで落ち込みました。

ハワイを旅行する日本人の6割はリピーターだという話も聞きました。つまり、二極化が進んでいるのです──ハワイが大好きという人と、まったく関心がない人と。地元や観光局では「2016年に日本人観光客200万人を回復」を目標に、定番のオアフ島以外の、マウイ島やハワイ島への訪問者拡大に向けたPR活動などを開始しています。新規旅行者のハワイへの誘致に向けて多様な魅力を打ち出していくことには、私も賛成です。

とはいえ、私はやっぱりオアフ島がいいな。何度来ても、ワイキキのビーチで長い時間を過ごしてしまいます。ベタでも、ありきたりでも。だって、好きなんだもん(笑)。

S.Akimoto at 00:41|Permalink

2013年09月12日

部屋からの眺め

 
ハワイに来たら、取り立てて何もしない。そんな旅が私の理想です。オアフ島のワイキキにホテルをとり、必要なとき以外は外出もせず、眺めのいい部屋で長い時間をゆったりと。それには、滞在する部屋の選択がどうしても重要になります。


条件の一つは、ワイキキのビーチが見える部屋であること。海の近くに行ったときはビーチでくつろぐのが定番ですが、ワイキキのビーチが見える部屋をとったときはあえて出かけもせず、テラスのソファーでまどろんでいる時間が少なくありません。そしてもう一つの、もっと大切な条件が、ビーチの先にダイヤモンドヘッドが見えることです。ハワイに何度か足を運ぶようになって以来、ダイヤモンドヘッドはいつの間にか、ハワイの景色の中に欠かせない存在になりました。

「ダイヤモンドヘッドへ行くなら、早朝がおすすめよ」と、滞在するホテルの関係者が私にアドバイスしてくれました。「山頂までのハイキングは往復で1時間ほど。朝の澄んだ空気のなかで、ワイキキの海が一望できる。素晴らしい光景よ」

ですが、それもしません。ただ部屋から眺めていれば、それでパワーをもらえるような気がして、満足してしまうのです。夕方、対岸に沈む夕日に照らされて山肌がオレンジ色に染まっていく様子。日が沈みきったあとは、月明かりの下で、その存在を主張するかのように山の稜線だけが浮かび上がる。昨夜も書き物を終えてから、近所のスーパーで買ってきた白のワインボトルとグラスをテラスのテーブルに置き、風に当たりながらしばらく過ごしました。そしていまは、その同じテーブルで、背後から登る朝日で山が目覚める様子を観察しながらこのBlogを書いています。

S.Akimoto at 04:15|Permalink

2013年09月10日

便名を考える

 
フライトの便名を表す数字(通常3ケタ)に、厳密にはどのエアラインにも共通するルールというのはありません。ただし国際線に限定して言うと、多くの会社が取り入れているスタイルはあります。たとえば成田からニューヨークへ向かうJAL便は「JL006」で、復路便が「JL005」。中東のエミレーツ航空の成田からドバイへの便は「EK319」で、ドバイから成田への復路便が「EK318」──。


日本から目的国への便がJALでは偶数(006)なのに対して、エミレーツ航空では奇数(319)です。もう一例を見てみると、今回利用したユナイテッド航空の成田発デンバー行きは「UA138」と偶数で、帰りが「UA139」と奇数でした。そこにはつまり、こんなルールを発見できます──「国際線は地球全体で考えて、東から西へ向かう便には奇数の、反対に西から東へ向かう便には偶数の便名を割り当てている」と。こういう決め方をしているエアラインは、世界に少なくありません。

もっとも、すべてに共通するルールというわけではありません。なかには電車の「上り」「下り」のような発想で、自国を中心に海外への便を奇数、海外から自国に戻る便を偶数にしているエアラインもあります。その1社が大韓航空〔写真〕で、たとえばソウルから成田を経由してホノルルに向かう便に「KE001」を、ホノルルから成田経由でソウルに戻る便は「KE002」を割り当てました。ちなみに001便/002便は、各社にとってのメイン路線か、古くからある伝統的な路線であるケースが多いようです。

さて、ユナイテッド航空で訪ねたアメリカ・コロラドの取材から無事に戻りました。そして帰国したのもつかの間、現在はまた成田空港の第1ターミナルに来ています。これから乗るのは、大韓航空のその001便。季刊『航空旅行』秋号(Vol.7)の巻頭特集「太平洋航路をゆく」の取材第2弾で、ホノルルへ向かいます。

S.Akimoto at 19:31|Permalink

2013年09月08日

ボルダーを走る

 
あれ、この風景? 最近どこかで見たぞ。ダウンタウンから郊外への道をクルマで走っていて、ふとそう感じました。いくつかの場面を頭の中に蘇らせ、そして思い出したのです。8月にモスクワで開催された世界陸上の女子マラソンのときだ! そのテレビ中継の際に、日本代表の野口みずき選手が高地トレーニングの合宿地としてここボルダーを選んだことが映像とともに紹介されていました。


ロッキー山脈のふもとの街ボルダーには、持久力を要するトップアスリートたちが世界中から集まってきます。標高が高いだけでは、高地トレーニングに向いているとは言えません。ボルダーには、アスリートたちへのトレーニング指導のノウハウが蓄積され、多くのプロのトレーナーも育成してきました。モスクワ世界陸上での野口選手は残念ながら完走を果たせませんでしたが、シドニー五輪の金メダリスト、高橋尚子さんもこの地でトレーニングを重ねたことは有名です。

外国人だけではなく、地元ボルダーからも過去に70人近い五輪選手が輩出されました。ボルダーは、まるで街全体がトレーニングコースです。「オープンスペース」と呼ばれる自然保護区が街をぐるっと取り囲み、ランニングやサイクリング、ハイキングなどのコースをあちこちに整備。トレーニングには理想的な環境が整っているのです。観光局のキム・フェイリンさんは「ボルダー市民の約半数はマラソンランナーよ」と言って笑っていました。市民の半分というのはジョークだと思いますが、この街ではいつどこへ行っても、走っている人を見かけないときがありません。

ボルダー滞在2日目の朝、同行の写真家・倉谷清文氏が「ロッキー山脈の岩肌が朝日で染まる風景を写真に収めたい」と一人で出かけていきました。その撮影を終えて戻った彼から、こんな報告も届いています。「日が昇る前に三脚を立てて準備していたら、まだ真っ暗な中を何人かのランナーが私を追い越して山のほうに消えていきました。秋本さん、市民の半分がマラソンランナーというのは、あながち嘘じゃないですよ」と。

S.Akimoto at 22:31|Permalink

2013年09月06日

ボツにされた写真

 
デンバーの街の散策には、「Bサイクル」というレンタサイクルの利用がおすすめです。市内のあちこちにステーションがあって、借りた場所でなくても返却が可能。最初の30分は無料で、30分を過ぎると1時間までが1ドル、その後は30分ごとに4ドルが加算されます。長く使用したければ8ドルで24時間パスを買うのが得かも知れません。


facebookにもアップしたご覧の写真は、ダウンタウンの西のリバーサイドをBサイクルでぶらぶらしている私です。今回の取材の同行者である写真家の倉谷清文氏が知らぬ間に撮り、彼から「一応は狙ったものの、ボツにしたのでBlogにでも使ってください」とメールで送られてきました。

え、なぜボツに? メールを返すと、すぐに以下のような返事がきました。

「雑誌の1カットに使えるかなあと思って狙ったのですが、これはダメですね。使えません。自転車の前のカゴにかばんを入れて、駅を目指している人にしか見えません。デンバーの市内散策というより、どう見ても日本のおっさんの朝の通勤風景ですよ」

あのさ、これは私のせいではなく、撮影した写真家の腕の問題だと思うけど。倉谷氏とは夕方、再び顔を合わせたのですが、30分くらい口をききませんでした。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2013年09月05日

標高1,600メートル

 
デンバーに降り立つのは、かれこれ20年ぶり。20年も経ってしまうと、もう初めて来たのと変わりません。街はこの何年かですっかり様変わりした、という話も聞いていましたので。そこで到着した日の午後に、観光局の人に主だったスポットを案内してもらうことになりました。


案内してくれたのは、ビジット・デンバー(デンバー観光局)に勤めるデボラ・パークさんです〔写真左〕。ダウンタウンの中心を走る16番通りをスタートし、お洒落なラリマースクエアや赤レンガの古い建物が建ち並ぶロード地区などを2時間ほどかけて散策。そのあとで連れてきてもらったのが、facebookにも先ほど画像をアップしたリバーフロントにある地ビール醸造パブ「デンバー・ビア・カンパニー」でした。デンバーには、ロッキー山脈から湧き出る新鮮な水を利用した地ビール醸造所があちこちにあり、ビール生産量は全米で第1位なのだとか。パークさんは小さなグラスに注がれた8種類のテイスティング用ビールをテーブルに並べ、私に「さあ、試してみて」と言いました。

それぞれに味や風味の違う8種類を、一つひとつゆっくり味わいます。その途中で彼女は席を立ち、冷たい水を満たした大きなグラスを持ってきました。ビールといっしょに、ときどき水も飲むように──と私に言うのです。水をいっしょに? 私はちょっと驚きました。ウィスキーなどをストレートで飲むときにはチェイサーもいっしょに頼みますが、ビールにチェイサーなんて聞いたことがありません。するとパークさんは、笑って首を振りました。

「あ、そういう意味じゃなくて。デンバーは標高が高いので、観光客の中にはときどき高山病にかかってしまう人がいるの。だから、水分をいつもこまめに補給しておくことが大事。水を飲むのが一番の予防になるんです」

なるほど。デンバーはロッキー山脈のふもとで、かつて金鉱のキャンプ地として形成された街です。海抜1,600メートル──つまり標高がちょうど1マイルであることから「マイル・ハイ・シティ」と呼ばれていることを思い出しました。

S.Akimoto at 12:20|Permalink

2013年09月03日

太平洋航路を787で

 
アメリカ系キャリアで唯一、ボーイング787を保有するユナイテッド航空が、同型機の日本路線での積極活用に乗り出しています。たとえば現在デイリー運航を続ける成田/シアトル線に、これまでの777-200に代えて2013年11月から787を導入すると発表。同様に関西/サンフランシスコ線でも、2014年4月より777-200から787への変更を決定しました。関西発着便に787を就航させるのはユナイテッド航空が初めてです。


このBlogでも何度となく書いてきましたが、787は燃費効率にとても優れた旅客機です。軽量で高強度のカーボンファイバー複合材をボディや主翼のメイン素材にしたことで、同サイズの767に比べて燃費は20%も改善されました。そのため飛行距離が延びれば延びるほど、真価を発揮します。

長距離路線を開設する場合、大量の燃料が必要なことから大型機を使わざるを得ず、これまでは一度のたくさんの乗客が利用する路線でなければビジネスとして成立しませんでした。一度のフライトに400〜500人の利用者があるのは、ニューヨーク、パリ、ロンドン、フランクフルトなどいわゆる“ドル箱”といわれる路線です。しかし中型機であっても787なら、航続距離が長く、また200人の程度の乗客数で長距離を飛ばしても燃費がよくてコストを抑えられるから十分にペイできる。結果、従来は不可能だったさまざまな都市への路線開設が可能になりました。ユナイテッド航空が2013年6月から飛ばし始めている成田/デンバー線などは、787だからこそ実現した路線といえるでしょう。

さて、私は現在、成田空港第1ターミナルのユナイテッド航空ラウンジにいます。10月末に発売の季刊『航空旅行』秋号(Vol.7)で予定している巻頭特集「太平洋航路をゆく」の取材のため、写真家の倉谷清文氏を伴って。ウィンドウ越しに見えるのは、出発準備を進めるデンバー行きのUA138便。あと30分ほどで、ボーディング開始です。

S.Akimoto at 15:35|Permalink

2013年08月19日

ソカロの大聖堂

 
ご覧の写真は、メキシコの歴史的建造物のひとつ──首都メキシコシティの中心地ソカロに建つカトリック大聖堂です。facebookに大きいサイズの画像をアップしましたが、とても古い写真で、画質があまりよくありません。いまから四半世紀も前の1987年12月に撮影しました。


当時私は「宗教と地域紛争」をテーマに、カトリックについても取材を続けていました。そんな私がはじめてメキシコを訪れたのが、1987年のクリスマス。ソカロの大聖堂は、中南米諸国のカトリックの総本山です。いい機会だったので神父さんに交渉し、24日深夜のイブのミサに参列させてもらいました。まだデジタルカメラなど世に存在しない時代で、この写真はキャノンA-1というフィルム用の機種で撮影したものです。プリントアウトしてあったものをスキャナーで読み込んでいるので、画質はより劣化しています。

さて、じつはある雑誌の特集企画の取材で、私はこの9月にもメキシコに飛ぶ計画を立てていました。日本から直行便を就航しているアエロメヒコ航空のフライト取材も兼ねて。そこで広報担当と打ち合せを進めていたのですが、同社は今年10月14日より、成田/メキシコシティ線にこれまでのボーイング767に代えて新たに787を投入します。せっかくメキシコを取材するのなら、最新の787でアプローチしてはどうか。そんな話でまとまり、就航後しばらくして落ち着いたころに実現することになりました。

アエロメヒコ航空の787は、当初の計画どおり先週金曜日(8月16日)に1号機が納入されたようです。9月中に2号機と3号機を受領し、まずは10月1日からメキシコシティとモンテレイおよびティファナを結ぶ路線で運航をスタート。その後はニューヨーク線に、さらに10月14日からは成田とメキシコシティを結ぶ週3往復の全便が787での運航に切り替わります。私が飛ぶのは、いまの状況だと早くて12月? 作家としての取材テーマは現在も継続していますし、今年はクリスマスイブを、もう一度メキシコシティで過ごすかも知れません。

S.Akimoto at 00:53|Permalink

2013年07月17日

マイ・タンブラー

 
毎朝4時30分にラジオのタイマーが作動し、聞き慣れたFENの早口英語で目を覚ますと、まずは昼過ぎまでの執筆時間中に飲む3、4杯分のコーヒーをポットに落とします。豆は何種類か用意してあって、その日の気分でチョイス。今朝は“モカ”を選びました。やや酸味のあるモカは、私の一番好きなコーヒーのひとつです。


書かなければならない原稿がたまり、午後も執筆作業を続ける場合は、豆を変えて気分転換。バニラ味のハワイ・コナコーヒーなどは最高です。でもコナコーヒーはちょっと高いので、年中というわけにはいきません。最近は出かけたついでに、カフェでコーヒーを注文し、そこで仕事をするというケースも増えました。カフェといっても、高級店ではなく、スタバとかが圧倒的に多いですが。

そんなわけで、日々のコーヒー代がけっこうばかになりません。デルタ航空の取材で先月、羽田から米国シアトルに飛んだときに、産経新聞デジタルに寄稿した連載コラムでシアトルっ子たちが持ち歩く“マイ・タンブラー”について書きました。カフェで出会った日本人留学生が自分のタンブラーを持参し、コーヒー代を値引きしてもらっていたという話です。日本でも大きなチェーン店だと、タンブラーを持っていくと20円とか30円の値引きがあるそうなので、私も常に自前のを携帯しようかな──なんて考えました。そうしたらタイミングよく、デルタ航空の広報からご覧のタンブラーが届いたのです。

デルタ航空では、シアトル生まれのカフェチェーン「シアトルズベスト」と提携し、機内で同社のオリジナルコーヒーを楽しむことができます。送ってくれたタンブラーは、そのコラボ企画を記念してつくったものだとか。ちょうどいい、これをいつもバッグに入れておこう! そう考えてから、ふと「待てよ!」と思いました。私が行くのはスタバが多いので、ライバル店のタンブラーはさすがにまずい? でもコーヒーは買うわけだから、別に問題ないか。きっと嫌な顔もされないと思うけど──どうでしょうか? こんど、やってみよう。

S.Akimoto at 17:06|Permalink

2013年06月05日

おいしい朝食

 
昼食は抜きでも大丈夫。夜はお酒をのんで、食事はおかずをつまむ程度。そのぶん、朝食だけはしっかり摂らないと身体が持ちません。ずっとそんな生活を続けてきました。シアトルを取材中のいまも、その習慣は変わらず続いています。昨日の朝はダウンタウンにある「シアトルで一番朝食がおいしい」と評判のカフェに行ってみました。


店の名前は「Portage Bay Cafe」。私の宿泊しているパン・パシフィック・ホテルから歩いて5分ほど──テリー・アベニューにあります。

テーブルでメニューを見ながらあれこれ迷っていると、ウエイトレスの一人が「どれもおいしいですが、おすすめはパンケーキとフレンチトーストです」と教えてくれました。店内の一角にテーブルがあり、並べられた大皿にベリー系のフルーツやピーチ、アプリコット、アーモンドスライス、ココナツ、ホイップクリーム、メイプルシロップなどが山のように盛られています。パンケーキやフレンチトーストを注文すると、それらを好きなだけトッピングし放題!

本当においしそうですが、隣のテーブルに運ばれてきたパンケーキを見て、尻込みしました。だって大きさが人の顔くらいあるのですから。取材できていることを話して撮影だけさせてもらい、私はスモークサーモンを添えたエッグ・ベネディクトを注文〔写真〕。ウエイトレストのおすすめからは漏れていましたが、オーガニックな食材を使用し、味もなかなかでした。満足です。なお、パンケーキの写真はfacebookにアップしました。

S.Akimoto at 01:02|Permalink

2013年04月07日

スロッピィ・ジョーズ

 
風がびゅーびゅーだった今日は朝から一歩も外へ出ず、雑誌に送るレポートやエッセイなどの執筆をいくつか並行して進めました。雨の日もそうですが、悪天候で書斎にこもらざるを得ない状況だと、かえって仕事がはかどります。予定の原稿は夕方で区切りがついたので、先ほど赤のワインを1本開け、書棚から引っ張り出したのはヘミングウェイの短編小説集。久しぶりに名作『キリマンジャロの雪』を読んだら、去年の秋の旅を思い出しました。


文豪ヘミングウェイが『キリマンジャロの雪』を書いたのは1930年代の後半──彼がパリでの留学からアメリカに戻り、フロリダのキーウエストで生活していた頃です。去年の10月にカリブ海を取材したときに、私はキーウエストに寄ってヘミングウェイゆかりの場所を訪ね歩きました。

その一つが、ヘミングウェイが毎晩のように通ったという酒場「スロッピィ・ジョーズ」です。ご覧の写真がその外観で、店内の様子はfacebookに写真をアップしました。現在は観光客向けのスポットになりましたが、カジュアルで開放的な雰囲気は当時のままだといいます。ここで地元の釣り仲間らと酒を酌み交わし、議論したことが彼の小説の題材になっていることを思うと、感慨深いものがありました。

そしていま、半年前のそんな旅を思い出しながら、のんびりBlogを書いている。なんだかいい感じです。ボトルのワインはまだ3分の1ほどしか減っていません。日曜の夜の静かなひととき。もう少しだけ飲んで、1週間の疲れをすっかりいやしたら、また明日からの仕事に備えて早めにベッドに入ろうと思います。

S.Akimoto at 23:51|Permalink

2012年10月07日

船上カジノ

 
マイアミ港を出航して、翌朝にアメリカ最南端の街キーウエストに到着し、続いてメキシコのカンクンに近い人気リゾートのコズメル島に寄港したことまでをこのBlogで紹介しました。しかしクルーズ船の旅は、寄港地で下船している時間のほうがむしろ短く、旅程のほとんどを楽しみがいっぱい詰まった船の上で過ごします。


レストランでのフルコースのディナーは毎晩の楽しみですし、食事のとき以外は部屋で書き物をしたり、仕事が終われば最上階デッキのプールサイドでのんびり過ごしています。船内に数カ所あるラウンジではさまざまなプログラムが用意され、お気に入りのショータイムが近づくと、いい席を確保しようと早めに移動。カジノも24時間オープンしていて、私もじつは毎晩入り浸っています。

まずは10ドルくらいを使って、スロットマシーンでその日の運だめし〔写真〕。初日は10ドルがアッと言う間に50ドルになったので、コインをお金に換え、それを軍資金にルーレットのテーブルに着きました。“ツキ”はルーレットでも変わりません。50ドルは短時間でさらに100ドルに倍増します。すると、ディーラーが年配の女性から若い男性に交代になりました。見たところ、まだ20代でしょうか。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ディーラーになってどのくらい?」
「まだ2カ月なんですよ」と、テーブル越しに若いディーラーが答えます。「不慣れな点があったら、大目に見てくださいね」
「大丈夫。なあに、すぐに慣れるさ」

ついエラそうなことを口走ってしまいました。運がきていると思って、自分でもちょっと舞い上がっていたのでしょう。相手は穏やかな表情を少しも崩さず、回転する円盤に白い小球を淡々ところがし続けます。もしかして怒らせてしまったのかも、と気づいたのはあとになってからでした。ふつうならもう少し遊ばせてくれると思うのですが、1時間後には見事にスカンピンに。たとえ2カ月のキャリアでも、プロはプロ──“本気”を出されてしまっては、まったく歯が立ちません(笑)。

S.Akimoto at 13:56|Permalink

2012年10月05日

キューバ人たち

 
クルーズ船は3日目の午後早く、メキシコ南部のコズメル島に到着しました。夜10時の出航まで9時間ほど停泊するので、私はマヤ文明の遺跡で有名なトゥルムをフェリーとバスで訪ねるツアーに参加することに。さっそっく指定されたフェリーに乗り込み、空いていそうな船室に席をとります。すると、同じ船室に遅れて入ってきたのが、お揃いの真っ赤なTシャツを着たご覧の25名ほどのグループでした。


キューバのハバナからカリブ海クルーズに参加していた旅行者たちでした。何が面白いのか、席に着くなりゲラゲラ、ギャーギャーの大騒ぎ。誰かがひと言しゃべると、全員でギャーハッハッハ! 他の仲間が言葉を返すと、またギャーハッハッハ! そのうち、私の向かいに座ったでっぷりした女性が「どちらからですか?」と訊いてきました。

私が「東京から」と答えると、全員でいっせいにギャーハッハッハ! クルーズは楽しんでいますか? その質問に「もちろん」と返すと、また声を揃えてギャーハッハッハ!

「ハバナには来たことある?」
「あるよ、ずーっと前に、1回だけ」
「どうだった?」
「楽しかったよ、すごく。また行きたいな」

すると隣の、私の5倍くらい身体の大きい男性が立ち上がって「おい、聞いたか? この人、またハバナに来たいって」と大きな声を出し、そうして船室が壊れそうな怒号に近い笑い声でギャーハッハッハ!

40分後、フェリーはユカタン半島の船着き場に到着しました。そこから3台のバスに分かれて、遺跡に向かいます。キューバ人のグループとは、残念ながら私は別のバスに。あいつら、どのバスに乗っているのかな? そう思って窓を開けると、1台うしろのバスから「ギャーハッハッハ!」という地響きのような声が漏れていました。

S.Akimoto at 06:33|Permalink

2012年10月03日

ヘミングウェイの家

 
憧れの人や尊敬する人物にゆかりのある場所を訪ねる旅は、とても楽しいものです。たとえば大好きな画家、パブロ・ピカソの生家を取材しようとスペイン南部の街マラガに飛んだのは2011年5月でした。そして私はいま、敬愛するアメリカ人作家、アーネスト・ヘミングウェイがかつて住んだ家の前に立っています〔写真〕。


マイアミ港を出航したクルーズ船は現地時間で10月2日の早朝、最初に寄港地であるキーウエストに到着しました。キーウエストは、アメリカ最南端に位置する人気のリゾート地。ここに、ヘミングウェイが1931年にから暮らしたコロニアル調の館が、内装も当時のままに保存されています。作家人生でも最も多作な時期を、彼はキーウエストで過ごしました。

シカゴで生まれたヘミングウェイは、パリでの留学ののちに再びアメリカに戻ることを決意します。しかし留学先のパリから戻ったのは、故郷ではなくフロリダのキーウエストでした。最初は1週間ほど過ごして帰るつもりだった彼は、結局その後、10年間もこの地で過ごすことになります。

ヘミングウェイがなぜ、ここキーウエストに住みつくことになったのか? 彼が書き上げた作品群の中に、キーウエストという街の風土やここで暮らす人たちとの交流が、どんなふうに反映されているのか? 今回の旅ではそんなことをテーマに、私はカリブの取材を進めています。

S.Akimoto at 07:08|Permalink

2012年10月02日

マイアミ港に到着

 
一難去って、また一難。台風をどうにかやり過ごして定刻に羽田を出発し、NYを経由して間もなくマイアミ空港に到着というときになって、上空で異変が起こりました。JFK空港を離陸したアメリカン航空のボーイング757は米国東海岸の海岸線に沿って順調に飛行してきたのですが、マイアミ空港に近づいてもなかなか高度を落としません。気がつくと、上空で旋回を続けているのです。


「コクピットよりご案内いたします」と、機長から英語のアナウンスがありました。「マイアミ空港周辺が現在、集中的な雷雨に見舞われています。このまましばらく上空で待機しますが、到着時刻は20分ほど遅れる模様です」

クルーズ船のマイアミ港出港は16時なので、時間には余裕があります。私たちが乗ったAA647便の到着予定時刻は12時10分でしたので、多少の遅れならまったく心配ありません。それから15分ほどして、機は高度を落とし始めました。

ところが、です。着陸寸前に、まさかのゴーアラウンド! 再びエンジン音を響かせて、急上昇を始めました。え、だめ? 降りられない? さすがに不安になってきました。そして機長から、こう告げられたのです。「あと30分ほど上空で待機し、再び着陸を試みますが、それでも難しいと判断した場合には代替空港へ向かいます」と。わお、そうなると、船の出航までにマイアミ港に着くことはできません。かといって、ダイバートのために必要な燃料も確保しておくためには、あと1回のトライが限界なのでしょう。30分後、徐々に降下を始める機内で「このまま、このまま! 再上昇はしないでくれ」と祈りました。

今回の旅は、冷や冷やが続きます(笑)。結論を言うと、先ほど空港から無事にマイアミ港に到着。停泊している約2,000人乗りの豪華客船〔写真〕を見上げて、思わずため息が出ました。現在は乗船手続きを済ませて、海に面した窓のある部屋でこれを書いています。もうあと15分ほどで、カリブ海に向けて出港です。

S.Akimoto at 03:44|Permalink

2012年10月01日

カリブの海へ

 
土曜日の夜から、天気予報と何度にらめっこをしてきたことか。大型で強い勢力をもつ台風17号の進路図と、関東地方への上陸予想時間をチェックするために。今朝の6時50分に羽田を発つアメリカン航空のニューヨーク行きAA134便がちゃんと飛んでくれるかどうか、心配で心配でなりませんでした〔写真はアメリカン航空のボーイング777-200〕。


月曜朝には台風は東北沖に達する見込みであることは昨日の早い段階で伝えられていました。ですが問題は、NYから羽田に来る便の到着予定時間が昨夜10時15分だったことです。その時間帯の関東地方は、まさに暴風雨の予想。NYからの便が万が一飛んでこなければ、機材がないので今朝のAA134便も欠航になってしまう。そこでJFKでの発着情報も合わせてチェックしていたところ、NYからの便は出発時間を5時間遅らせたことが確認できました。それだと羽田到着も、台風が遠ざかった午前3時過ぎになります。また折り返しの午前6時50分までもターンアラウンド時間を十分確保でき、私の乗る便にはまったく問題がありません。

天候悪化による遅延や欠航は、仕方ありません。いつもなら私も、飛ばなければ日をずらせばいいやと、でーんと構えています。しかし今回はそうはいきませんでした。今回の取材のメイン目的はマイアミから出港するカリブ海へのクルーズ船に乗ることで、予定どおりNY経由でマイアミに到着できなければ、船が出てしまいます。いま、羽田空港のさくらラウンジでこれを書いていますが、本当にホッとしました。

JFKでアメリカ国内線に乗り継いで、マイアミには現地時間で今日の正午過ぎに到着。空港からタクシーでマイアミ港に向かい、16時に出港するクルーズ船に乗り込みます。洋上でもインターネットはつながるようですので、また現地から報告を書きます。行ってきます!

S.Akimoto at 05:55|Permalink

2012年07月24日

イチロー電撃移籍

 
米大リーグのシアトル・マリナーズで活躍を続けてきたイチロー選手の名門ニューヨーク・ヤンキースへの電撃移籍が今朝、発表されました。テレビのワイドショーなどでは、どこもこの話題でもちきりです。


それにしても、びっくりです。日本のプロ野球ファンの間では「イチローが一番好き」という人が多いだけに、この突然の移籍がさまざまな波紋を広げることは間違いありません。イチローとマリナーズの熱狂的ファンだった私の知人は、自身のfacebookで「今日からはヤンキースファン」と宣言。彼女は今年結婚し、新婚旅行はシアトルで野球観戦と言っていたのに、プランをニューヨーク旅行に変えるつもりのようです〔写真はマリナーズの本拠地であるシアトルのセーフコフィールド〕。

さて、明日からANAの成田/シアトル線が就航します。当初はボーイング777-300ERで運航されますが、機材を順次787に切り替えていくことも発表されました。787でシアトルへイチロー選手の応援に! そんな旅行を楽しみにしていたファンも多かったに違いありません。「よりによってこのタイミングで移籍なんて──」というANA関係者の嘆きが聞こえてきそうです。

S.Akimoto at 09:38|Permalink

2012年05月14日

LAの休日

 
周辺のカウンティ(群)を含めると広さは日本の関東平野に匹敵するロサンゼルスで、たった1日だけの休暇。ポイントを絞って効率よく歩かないと、移動だけで1日が終わってしまいます。さて、どこへ行く? 予定よりやや遅れて午前10時過ぎに空港に到着した私が最初に向かったのは、シカゴから続く全長3,755キロの「ルート66」の終点──サンタモニカでした。


風が少し冷たかったものの、ピア(桟橋)を1時間ほどのんびり散策したあとは、次なる目的地のファーマーズマーケットへ。いつもだとそろそろビールタイムなのですが、私には珍しく名物の搾りたてカリフォルニアオレンジのジュースでのどを潤します。ついでに屋台風レストランが並ぶフードコートでつまみ食いしてランチを済ませ、続いて足を向けたのは、これまた私がめったに行かない高級ブランドのショッピングストリート──ロデオドライブでした。

エルメスにルイヴィトンにシャネルにグッチに──私にはまったく興味がありませんが、ビバリーヒルズの一角にあるこの4ブロックほどのエリアは、本当に街並みがきれい〔写真〕。カメラを持って歩いていると、とめどなくシャッターを切ってしまいます。通りの終着点にあるビバリーウィルシャーホテルにたどり着いたときは、たっぷり2時間が経過していました。ちなみにビバリーウィルシャーは、映画『プリティウーマン』の舞台になったホテルです。

さすがに疲れて、ホテルのカフェではビールを注文します。冷えたジョッキを運んできたウエイターに「ビバリーヒルズは広いけど、いわゆる高級住宅街っていうのはどこからどこまでって明確な線引きはあるの?」と聞くと、彼は「歩道にある消火栓の色で分かりますよ」と教えてくれました。カフェを出てセレブたちの邸宅を目指して歩き始めると、なるほど、あちこちに黄色く塗られた消火栓が目につきます。そしてある通りを超えたとたん、その消火栓の色がすべて鮮やかなシルバーに変わり、家の建物がヤシの木などで隠されてまったく見えなくなりました。

S.Akimoto at 18:00|Permalink

2012年05月13日

それぞれの異国

 
つい先ほどまで、成田空港のA滑走路に近いホテル、マロウドインターナショナル成田にいました。目の前の迫力ある離陸シーンにカメラを向けるヒコーキ大好き女子──“空美ちゃん”たちといっしょに〔写真〕。今日はそこで、成田空援隊プロデュースによる女子会イベントを開催。講師役の航空写真家、チャーリィ古庄氏に呼ばれてゲスト参加してきました。


現在はJALの整備ハンガーでの撮影教室が続いていますが、私は先に失礼して、空港第1ターミナルにあるデルタ航空のラウンジ「スカイクラブ」に来ています。明日からアメリカ南部の街、アトランタで取材があり、これから16時15分発のDL284便でロサンゼルスへ。1日だけLAで休暇をとったあと、月曜日に移動してアトランタ入りする予定です。

そのことを古庄氏に話したら、彼から「えー、私も今日の夕方の便でLAに行くんですよ」と言われ、お互いにびっくり! 同じ日に別々にLAに飛ぶなんて、本当に奇遇です。古庄氏が利用するのは、19時15分発のシンガポール航空SQ012便。私は現地時間の朝9時40分にLAに到着し、その3時間後に彼も着きます。LAではそれぞれに予定があるものの、普通ならそこで「夕方から合流していっしょに食事でも」という話になるのでしょう。が、私たちの間では、どちらからもそんな提案が出ません。いいえ、決して不仲なわけではないんです(笑)。ただ、私は「どうせチャーリィは夜も空港に張りついて撮影を続け、飛行機といっしょに過ごしたいのだろう」と確信していますし、古庄氏は古庄氏で「秋本はダウンタウンの繁華街で飲んだくれるつもりだろうから」と私からの誘いを警戒しているに違いありません。だから「合流しよう」などという話はどちらからも出ないのです。

いつも仲のいい二人が、偶然にも同じ日の同じ時間帯にLAに降り立つというのに──周囲の人は「へんな関係だな」と思って見ているでしょうね。ですが、こればかりは仕方ありません。価値観の違いですから(笑)。さて、ではそれぞれのLAを目指して、まずはお先に出発します!

S.Akimoto at 14:39|Permalink

2012年05月08日

ワイントレイン

 
下の写真は、走る列車の中で撮りました。というと「へえ、珍しいね。食堂車?」と思うかも知れません。食堂車といえばたしかにそうなのですが、この列車は先頭車両から最後尾車両までがすべて食堂車! 米国カリフォルニア州のワインの産地ナパバレーを走る観光列車──“ワイントレイン”です。


ナパバレーのワイントレインは、世界中の旅行者を魅了してやみません。走行区間は、ナパを出発して北上し、カリフォルニアのワイン醸造の発祥地といわれるセントヘレナまでの往復約59キロ。通常なら1時間もかからない距離を、時速20〜30キロの速度でのんびり3時間もかけてゴトゴトと進んでいきます。私も今回初めて体験し、広大なぶどう畑の中に点在するいくつものワイナリーを車窓から眺めながら、フルコースの料理とカリフォルニア産を中心としたおいしいワインを満喫しました。各国から集まったワイン好きの人たちとの車内での交流も、いい思い出です。

私は飛行機だけでなくもともと鉄道も大好きで、1900年代初期に製造されたアンティークな車両にも興味がありました。現在走っているのは、当時の車両を完全復元したもので、車両はラウンジ型や展望型など4つのタイプに分かれています。ステーションには早めに到着し、入線前の列車をいろいろ撮影させてもらいました。

その取材レポートは、誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で本日より公開しています。読んで興味をもったら、みなさんもぜひ訪ねてみてください。飲んだり食べたりが大好きな人にも、もちろん鉄道ファンにも、きっと満足してもらえると思います。

≫≫≫「カリフォルニア州ナパバレーで“ワイントレイン”に乗った

S.Akimoto at 08:39|Permalink

2012年03月28日

イエローナイフ上空

 
鶴丸塗装のボーイング787が昨夕、成田に到着しました。これから就航準備に入り、4月22日にはJALのボストン直行便が飛び始めます。私の知人も「すでにチケットを予約した」と言っていました。アメリカへの旅の選択肢が、また一つ広がりますね。


アメリカへの旅といえば、同じ航空連合ワンワールドに加盟するアメリカン航空は、京浜急行とニューヨーク市観光局との共同で本日より「羽田からニューヨークへ行こう!」というキャンペーンをスタート。今年の6月3日から再開される同社の羽田/ニューヨーク線の需要促進を狙ってのキャンペーンです。

アメリカン航空の羽田/ニューヨーク線は、昨年2月20日に開設されました。ちょうどマンハッタンを訪れる用事があり、私もその就航初便(AA134便)に乗ってニューヨークへ。いまでも思い出すのが、羽田を離陸して8時間ほど経ったときのことです。モニターに映し出された飛行経路マップを見ると、AA134便は太平洋を越えてアンカレジを過ぎ、カナダ・バンクーバーの北部を東に向かって進んでいました。

「そろそろイエローナイフ上空か──」

現地では真夜中の時間帯です。私は窓のシェードを上げ、暗闇の中で北の空に目を凝らしました。幸い、天気は悪くありません。待つこと30分。やがてはるか前方に見えてきたのが、上の写真──オーロラでした。こんなシーンに出会うのも、空の旅を続ける楽しみの一つです。

S.Akimoto at 01:13|Permalink

2012年03月22日

Boston in 1987

 
ボーイングは3月20日、GE製エンジンを搭載した787の型式証明をFAA(米連邦航空局)より取得したと発表しました。これに先だって、ロールスロイス製エンジン搭載の787は2011年8月にすでに型式証明を取得。こちらはローンチカスタマーのANAに納入され、国内外の空で活躍を始めています。しかし異なるエンジンを装備する場合は、別途に証明を取得しなければなりません。


若干の遅れが懸念されていたGE製エンジン搭載の787が、いよいよこれで完成しました。JALはその初号機を25日にボーイングから受領し、翌26日には米国を出発。27日に成田に到着します。

そして4月22日から、787による成田からボストンへの直行便が新規に開設されます。キャビンにはビジネス42席、エコノミー144席の計186席を設置。これまで長距離国際線を運航する場合は、大量の燃料が必要なのでどうしても大型機に頼ることになり、一度に多くの乗客が利用する路線でなければビジネスとして成立しませんでした。しかし燃費効率が同サイズに従来機に比べ20%向上した787なら、180人程度の乗客数で長距離を飛ばしても十分にペイできます。今後はかつてダイレクトにアクセスできなかったさまざまな都市に就航地が広がるでしょう。JALはたとえば、2012年度中に成田/サンディエゴ線などの開設も発表しています。

成田からダイレクトにボストンへ。いいなあ。写真はアメリカをしばらく放浪中、ふらっとボストンに立ち寄ったときのものです。画質が粗いのはフィルムで撮った写真をスキャナーで読み込んでいるから。思えば、もう25年も昔の旅です。私も若かったですし、街の様子もいまはすっかり変わっているでしょうね。近く再訪してみようかな──ボストン。JALの直行便で。

S.Akimoto at 23:45|Permalink

2011年11月07日

ケーブルカーに乗って

 
海外を歩いた思い出が時間の経過とともに少しずつ薄れてしまうのは、ある意味で仕方ありません。そんなときは現地で撮影した写真を見て、その街の空気の匂いとともに記憶をよみがえらせます。週末の日曜日はあいにくの雨で、地元で予定していたソフトボールの試合も中止に。で、書斎でのんびり、過去の写真の整理をしながらタイムトリップして過ごしました。


私が海外で撮影した写真には、かなり高い確率で路面電車が出てきます。路面電車が好きなのは、東京の下町の、いまも都電が走っている街で生まれ育ったせいかも知れません。ちょうど1カ月前に訪れたサンフランシスコの写真にも、街の風物詩であるケーブルカーがたくさん写っていました。

半島に突き出た急坂の多い街なかを、ケーブルカーは我が物顔で行き来します。路線は、マーケットストリートとパウエルストリートの交差点を出発して半島突端のベイエリアまでを南北に結ぶパウエル/ハイド線とパウエル/メイソン線、そして街の中心部を東西に横切るカリフォルニア線の3つ。私がよく使うのは、チャイナタウンやノブヒル、フィッシャーマンズワーフなどのエリアをカバーしているパウエル系統の2路線です。使い勝手のいいルートだけにいつも混んでいて、今回も20分ほど並んで乗りました。

始発駅の回転場で人に押されてくるっと向きを変えたケーブルカーに乗り込むと、両サイドをビル群に挟まれたパウエルストリートの坂道をぐいぐい登っていきます。地中を這う動力のケーブル音を、常にゴウゴウと響かせながら。車内からの景色を切り取った1枚が上の写真です。出発地のマーケットストリートは見る見る遠ざかっていくのに、坂道はまだ先まで続きます。やがて坂の頂点に到達すると視界が一気に開け、カラフルなチャイナタウンの街並みの向こうにあざやかなブルーの海が広がりました。

このあと、ロンバートストリート駅で下車し、フィッシャーマンズワーフまで歩いて向かったんだっけな。フィッシャーマンズワーフでは、クラムチャウダーが本当においしかった! そんな記憶をよみがえらせながら、写真の整理を進めた日曜日。また時間をつくって、ケーブルカーに乗りにいこうと思います。

S.Akimoto at 05:03|Permalink

2011年10月08日

海沿いサイクリング

 
サンフランシスコにいます。かれこれ、10年ぶりに。ナパバレーのワイントレインとワイナリーの取材を終え、隣町のバレーホからフェリーに乗ってダウンタウンに到着しました。さて、何をしようか? ホテルがユニオンスクエアのすぐ近くという好ロケーションなので、まずはパウエルストリートとマーケットストリートの交差点にあるケーブルカーの発着所へ。


滞在は1日しかないし、本当に久しぶりなので、定番コースを駆け巡ってみることにしました。ハイド行きのケーブルカーに乗っていくつかの坂を越えたところで下車し、まずは花で囲まれたロンバートストリートのくねくね坂を下ります。そこからは歩いてフィッシャーマンズワーフへ向かい、クラムチャウダーとビールで少し遅めの昼食。ケーブルカーにくねくね坂にクラムチャウダー──これだけで、けっこう満足です。

でも、もう一つの定番であるゴールデンゲートブリッジはやっぱり欠かせない? そこでフィッシャーマンズワーフでレンタサイクルを借り、海岸沿いを走ってアプローチすることに。カリフォルニアらしい青空を背景に橋はくっきり見えているものの、なかなか到着しません。けっこうな距離です。

途中でときどき立ち止まり、いろんなアングルで撮影をしながらのサイクリングだったので、往復に費やしたのは計3時間。そのかいあって、なかなかいい写真が撮れました。

S.Akimoto at 22:27|Permalink

2011年10月07日

3軸ボギー台車

 
数々のワイナリーが点在する壮大な景色の中を、ランチやディナーを楽しみながら時速20〜30キロでのんびり走る──「ワイントレイン」はナパバレーの一番の観光名物です。日本でその取材の話が持ち上がったとき、行こうかどうか迷って何人かの記者仲間に「どうかねえ?」と聞いてみたら、みんな「うわあ、いいなあ」「羨ましい」と言うので体験してみる気持ちになりました。


もともと鉄道も大好きで、1900年代初期に製造されたアンティーク車両にも興味がありました。現在走っているのは、当時の車両を完全復元したものです。私はこの日、午前11時30分に出発するランチ列車を予約。トレインステーションに朝9時過ぎに到着して、ホームに入線する前の車両を取材・撮影させてもらいました。

列車はグルメ車両やラウンジ車両、窓を開けて風を感じながら走るオープンエア型のシルバラード車両、ドーム型の天窓を設けて高さを増した2階建てのビスタ・ドーム車両の4つのタイプに分かれています。先頭車両から乗り込んで順番に車内を歩き、ひと通り撮影して最後方の車両で降りました。その後、列車の脇の線路を歩きながら見つけたのが、上の写真です。

ワイントレインの土台部分には、いまでは珍しくなった3軸のボギー台車が使用されています。当時は「乗り心地がよい」と盛んに造られましたが、現在はもう製造されていません。案内してくれた現地在住の日本人スタッフ、曽志崎友里さんは「車輪などが消耗しても、替えのものはもういっさい手に入りません。だから調達できるものはできるだけ集めて、こうしてストックしているんです」と説明してくれました。

なるほど、その向こうのメンテナンス基地の近くにも、大きな鉄の車輪がまとめて置かれているのが見えます。これらをすべて使い終えたとき、ワイントレインの歴史にも幕が下ろされるのかな? 事前取材を終えて駅舎に戻り、出発時間を待ちながらそんなことを考えていたら、いまから始まる体験に胸の鼓動が高まり始めました。

S.Akimoto at 22:00|Permalink

2011年10月06日

ホームステイ

 
ごきげんよう、と昨日のBlogで最後に書きました。カリフォルニア・ナパバレー郊外のワイナリーに泊まるのでネット環境が整っていない可能性があり、しばらくお別れかもしれないから──と。でも大丈夫。つながりました。よかった!


昨日は現地時間の午前10時にロサンゼルス空港に到着し、デルタ航空のコネクション・フライトでサンフランシスコへ。そこからナパバレーへ移動して、郊外のワイナリー「ジェリコ・キャニオン・ヴィンヤード」を訪ねました。当初はワイナリーから少し離れたゲストハウスに宿泊する予定でしたが、回線は通じているもののあまり電波の状態がよくない様子。招待されたディナーの席で経営者のデイルさん、マーラさん夫妻が「もし仕事にさしさわるようだったら、わが家にステイされてはいかがですか?」と親切に申し出てくれ、急きょホームステイさせてもらうことになりました。写真は宿泊させていただいている2階の部屋で、窓の向こうにはブドウ畑が広がっています。

ディナーの席では、デイルさんと息子のニックさんの手作り料理を満喫。自慢の赤ワインとおいしいイタリアンを楽しみながら、深夜まで歓談しました。

こちらは現在、間もなく朝の7時を回るところです。東の空が少しずつ白み始めてきました。雑誌社に送る予定の書きかけコラムを、出発までに仕上げなければなりません。その後、夕方までワイントレインといくつかのワイナリーを取材し、今夜はここでもう1泊させてもらって明朝サンフランシスコに移動します。

S.Akimoto at 22:51|Permalink

2011年10月05日

アメリカ西海岸へ

 
成田空港第1ターミナルのデルタ航空ラウンジ「デルタスカイクラブ」でいま、これを書いています〔写真〕。16時25分発のDL284便で、いまからロサンゼルスへ。目的地はカリフォルニア郊外のワインの産地ナパバレーなので旅の起点になるのはサンフランシスコですが、今回の取材テーマが「乗り物」なのでLAX経由でSFOにアプローチすることにしました。


というのも、デルタ空港の成田/ロサンゼルス線には最新シートが搭載された777-200ERが投入されているからです。で、快適なフルフラットシートを体験しながらのんびり移動しようかな、と。

楽しいヒコーキ旅のあとは、ワインの産地ナパバレーへ移動して、今回の旅のメインであるワイントレインに乗ります。旅の様子はまた現地から──と思っているのですが、都会好きの私には珍しくステイ先は中心部のホテルではありません。郊外のワイナリーに泊まります。なので、ネット環境がどうですかね? 現地に着いてみないとわかりません。ナパのダウンタウンから相当離れたワイナリーらしいので、もしかしたらネットにつなげられないかも。

ワイントレインとワイナリーを取材したら、サンフランシスコに移動しますので、その場合は週末にBlogを更新しますね。それまで、ごきげんよう!

S.Akimoto at 15:14|Permalink

2011年05月01日

関空発NY直行便

 
連休も真っただ中ですね。旅行先でいま、この文章を読んでいる人もいるかも知れません。さて、ゴールデンウィークを前にした4月28日(木)に、関空からアメリカの東海岸へ初となる直行便が開設されました。就航したのはチャイナエアラインのニューヨーク行き「CI020便」です。


これは、従来から台北(桃園)とニューヨーク(JFK)をアンカレジ経由で結んでいた路線を、関空経由に切り替えたもの。2011年に入って間もなく発表され、チャイナエアラインはその就航準備を進めてきました。3月11日に東日本を襲った大地震後、エアライン各社は旅客減への対応に追われていましたが、同路線に関しては予定どおり開設にこぎ着けた形です。

初便の搭乗率は約80%と発表されています。4月28日の就航式典には、チャイナエアラインの張家祝会長をはじめ台湾と米国の政府関係者らが出席。テープカットと機長への花束贈呈のあと、乗客たちが国際線38番スポットの搭乗口から機内に乗り込むと、CI020便は13時18分にニューヨークに向けて飛び立ちました。

CI020便にはボーイング747-400が使用されます〔写真〕。運航は月・木・土の週3便で、12時50分に関空を出発し、現地時間の13時にニューヨーク着というスケジュール。長距離国際線の発着は早朝・深夜の時間帯に限られる羽田に比べて使い勝手がよく、関空からの旅の可能性はまた広がると思います。

S.Akimoto at 00:36|Permalink

2011年03月10日

NYグルメ攻略法

 
古きよきアメリカといった雰囲気のこの写真の建物は、マンハッタンのミッドタウンウエストにある「BARBETTA(バーベッタ)」という高級イタリアンレストランです。100年以上の歴史をもつ名店で、私も過去に何度か足を運びました。


ニューヨーク取材から戻って早2週間。帰国後、多くの友人知人から「おいしいものいっぱい食べてきた?」と聞かれました。「もちろん!」と胸を張って答えたものの、じつはマンハッタンではずっと単独行動で、私はレストランで一人で食事をするのが好きではありません。そこそこのレベルのレストランに入ろうと思うとNYでは予約が必要だし、ディナーで利用する場合は男女同伴というのが基本だし。で、どうしたか?

私が狙ったのは、夏(7〜9月)と冬(1〜2月)の年に2回開催される「レストランウィーク」です。高級レストランを旅行者たちにもっとカジュアルに楽しんでもらおうと始めたイベントで、これが地元ニューヨーカーの間でも大人気。私が到着した2月20日にはすでに開催が終了しているはずだったのですが、出発直前にニューヨーク市観光局の東京オフィスの知人が「好評なので開催が3週間延長になったよ」と知らせてくれました。

同イベントには有名どころを含めて300店以上のレストランが参加し、この「BARBETTA」もリストに名を連ねています。通常だとディナーは一人150〜200ドルくらいは見ておかなければなりませんが、イベント期間中はディナーが35ドル、ランチなら24.07ドルと値段もぐっとリーズナブル。NYC観光局のWebサイトから予約して行けますので、この夏にNY旅行を計画している人はぜひ活用してみてください。

さて、今回のNY取材のメインテーマは、昨年秋に再国際化した羽田からの海外の旅について、アメリカン航空の羽田/ニューヨーク線就航便をモデルに改めて検証することでした。そのレポートが誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で、本日より掲載になっています。

≫≫≫「検証:羽田発の海外の旅! アメリカン航空の就航初便でニューヨークへ

S.Akimoto at 09:10|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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