アジア・太平洋の旅

2013年02月03日

ラクダの調査隊

 
オーストラリア大陸を縦断するザ・ガン鉄道の旅を、数回に分けてこのBlogやfacebookで紹介してきました。私自身はすでに2泊3日の行程を終えて帰国しています。さて、そもそも「ザ・ガン」とはどういう意味なのか? 私もよく知らなかったので、調べてみました。今日はその名前の由来について触れておきましょう。


イギリス人が豪大陸に入植し、沿岸部の探査を終えて人々の目が内陸部へ向けられ始めた時代に話はさかのぼります。内陸への開拓が少しずつ進展すると、やがて調査隊の前に立ちはだかったのが赤茶けた砂漠の大地でした。それから先は、調査も思うように進みません。そこで取られた手段が、さらに奥深くに分け入るためのラクダの輸入でした。アフガニスタンを中心に、海外から何頭ものラクダが到着。それとともにラクダの使い手として多くのアフガニスタン人がこの地にやってきました。

アフガニスタン人が率いるラクダの隊列により、オーストラリア内陸部の姿は入植者たちの目にも少しずつ明らかになっていきました。そうして開拓したルートに沿って敷設された線路に、1929年8月、アデレードから「アフガン・エクスプレス」と命名された列車が走り始めたのです。

アフガン・エクスプレスは、のちに「アフガン」の「ガン」をとって「ザ・ガン」という名前に変わり、現在はオーストラリア大陸約3,000キロを縦断する豪華列車として世界中の鉄道ファンの憧れの存在になりました。facebookで掲載した画像でご覧いただけるように、ザ・ガン鉄道の赤い先頭車両にはラクダのマークが入っています。また上の写真は、2日目の午後に到着したアリス・スプリングスの駅近くで出会ったラクダの彫像です。

ところで、ザ・ガン鉄道の誕生にもひと役買ったラクダたちはその後、野生化して現在も100万頭以上がオーストラリア陸内部に生息しているといわれています。2年ほど前には、CO2削減のため野生のラクダの殺処分が検討されているというニュースが流れました。砂漠地帯を中心に徘徊するラクダたちが野草を食べ尽くし、植生が失われるなどの害を考慮すると、ラクダ1頭につき年間で1トンのCO2を排出している計算になるのだとか。ちょっと悲しいニュースでしたが、その後どうなったのでしょうか。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2013年01月31日

列車内での生活

 
今日はオーストラリア大陸を縦断するザ・ガン鉄道の、列車内の様子を紹介します。下の写真は、私が予約したゴールドカンガルー・クラスのツイン寝台。1両に9室が設置されています。焦点距離28ミリ程度のレンズで撮影している関係で全景を収めきれていませんが、実際はもう少し奥行きがあり、ソファーは3人でも余裕で座れてしまうほどゆったりしていました。


ソファーは背もたれを倒すとベッドに変わり、また上部の壁の部分も手前に開けて二段ベッドに。私はこのツインキャビンを一人で利用していたので、就寝時には上段のベッドを使いました。ディナータイムに部屋を空けている間に、キャビン担当のスタッフがきれいにベッドメイクしてくれます。

向かって左側の壁は、窓に近い部分がセイフティボックスの付いたクローゼットで、その下には中型のスーツケースがすっぽり収納できるスペースがあります。クローゼットの手前は大きな鏡とマガジンラック。そして入口に近いドアを開けると、シャワー&洗面台&トイレがコンパクトにまとめられ、アメニティとタオル類一式がそろっていました。

ゴールドカンガルー・クラスのラウンジ車両とダイニング車両については、facebookに写真をアップします。食事の時間はそれぞれが乗車時に担当スタッフと相談して決め、私は遅めの20時45分からをディナータイムに。隣接するラウンジ車両にいつも少し早めに行き、バーで食前のスパークリングワインなどを注文してテーブルが用意されるのを待ちました。食事以外の時間も、ビールを飲みながら車窓に広がる雄大な風景を楽しんだり、各国からの人たちと言葉を交わしたり──個室で書き物などの仕事を終えるとついラウンジへ足を向けることが多くなってしまいます。

S.Akimoto at 09:58|Permalink

2013年01月29日

ザ・ガン鉄道

 
南オーストラリア州の州都アデレードから北端の街ダーウィンへ。豪大陸を縦断するザ・ガン鉄道は2004年1月に全線が開通以来、世界中から予約が殺到している人気列車で、今回の取材はこの列車に乗ることがメイン目的の一つでした。約3,000キロの道程を、2泊3日かけて旅します。


アデレード市内にある始発駅パークランズ・ターミナルに私が到着したのは、午前10時過ぎです。出発は12時20分なので、それまで駅の様子やプラットフォームに入線している車両を取材しました。

通常は、エアラインのファーストクラスに相当するゴールドカンガルー・クラスの客車5両に、同クラスのラウンジカーとダイニングカーが1両ずつ、さらに一般席のレッドカンガルー・クラスの寝台客車が1両と座席車が2両、同クラス用のラウンジカーとダイニングカー、そこにスタッフ車両と荷物運搬車両、自動車運搬車両、電源車両がそれぞれ1両ずつ加わり、先頭に電気式ディーゼル機関車を2両連結して走ります。

以上の車両を合計すると18両編成で、長さにすると403メートルになります。日本の新幹線の700系のぞみ(16両編成で404メートル)と全長はほぼ変わりません。ですがこれは、あくまで基本編成の場合の話。実際は予約状況に合わせて客車やラウンジ車両、ダイニング車両などが追加されます。駅で乗客のチェックイン手続きをアシストしていたジェニーさんは「これまで最大で47両編成で走ったことがあります。そのときは長さが1.2キロを超えたんですよ」と話していました。

ジェニーさんによると、私が乗る列車の編成は計32両。ざっと計算してみたら、長さは850メートルにもなります。ホームの中央に立って左右を見渡しても、列車全体を視界に入れることはできません。まずは「THE GHAN」の文字とロゴマークの入った赤いディーゼル機関車を写真に撮ろう。そう思ってホームの端まで行ったら、先頭車両はホームに収まりきれずそのずっと先にはみ出していて、撮影できませんでした。途中駅でチャンスを探ろうと思います。

S.Akimoto at 18:37|Permalink

2013年01月27日

アデレードの台所

 
南オーストラリアのアデレードに来ています。ジェットスター航空の夜行便で1月25日の早朝にケアンズに入り、その日はキュランダ鉄道や世界遺産の熱帯雨林を中心に取材して過ごしたあと、昨日の朝の便でアデレードへ。こちらは国内線ですが、3時間15分という飛行時間にオーストラリア大陸の大きさを実感しました。


到着後はホテルに荷物を預けて、さっそく街の中心部の散策に出かけました。「シティ・オブ・チャーチ(教会の街)」の別名をもつアデレードは市内におよそ30の古い教会が点在し、歩いているとさまざまな建築様式に触れることができます。人が少なく、静かだなと思ったら、1月26日はオーストラリアの建国記念日で祝日でした。しかし、その後お昼に訪ねたセントラルマーケットでは様相が一変! ものすごい数の人出に、びっくりです。

135年の歴史をもつセントラルマーケットは、食料品市場としては南半球最大ともいわれるアデレードの台所。そこでフルーツ&ケーキショップを経営するマーク・グリースンさん〔写真左〕に、80軒以上の店が並ぶマーケット内を2時間ほどかけて案内してもらいました。グリースンさんはどの店にも顔が利く、マーケットの“ドン”ともいえる存在です。地元の食材だけを集めたオーガニックな果物店、天然香料のはちみつを並べたハニーショップ、ナッツ専門店など、行く先々で「これ食べてみて」と試食を進めてくれます。ランチはマーケット取材を終えてから──と思っていたのですが、2時間歩いたら試食だけでお腹がいっぱいになりました。

多くの人が群がっている肉屋ではグリーソンさんが「調子はどうだい?」と声をかけると、自分も毎日たくさんの肉を食べていると思われるふくよかなおかみさんが答えました。「もう、てんてこまいよ。朝からずっとこんな感じ。今日は夕方まで続くね。休むヒマもありゃしない」。土曜日で国民の祝日でもあるため、この日はどの家庭でも家族でバーベキューパーティを開くそうで、肉やソーセージが飛ぶように売れていました。

さて、1日だけのアデレード滞在を終え、今日はこれから大陸を2泊3日かけて縦断するザ・ガン鉄道で北端の街ダーウィンを目指します。列車内やキャビンの様子などを報告したいのですが、でも、たぶんインターネットはつながらないだろうなァ。その場合は後日改めて報告を書くとして──行ってきます!

S.Akimoto at 06:20|Permalink

2012年12月17日

常夏の国の神様

 
2012年も残すところ、あと2週間です。休み明けの今日も、ベッドを抜け出したのは日の出前の4時半過ぎ。朝の冷え込みは厳しく、空気を入れ替えようと窓を開けたら、書斎は一瞬で冷蔵庫のようになりました。何年か前までは寒いのはいくら寒くてもへっちゃらで、むしろ暑いのが苦手だったのですが、最近は寒さが骨身にしみて辛い。マレーシアやシンガポールなど先日まで過ごした常夏の国での日々が懐かしく思い出されます。


ご覧の画像は、シンガポールのカトン地区を取材中に撮影した「ガネーシャ」です。いまからあのときの取材レポートを書こうと写真を整理していて、目に留まりました。人間の身体とゾウの頭をもつガネーシャは「始まりの神様」とも言われ、インド系の人たちの経営する店の軒先などによく飾られています。私が会った雑貨店の店主は「商売がうまくいくように、毎朝店を開く前に必ずこの神様にお祈りするんだ」と話していました。

今年は秋以降、カリブ海クルーズを手始めに、真夏の国々での取材が続きました。おかげで、肌がだいぶ黒くなっています。担当の編集者らには「この時期に日焼けしてるとヘンな目で見られますよ」と笑われるのですが、仕事なので仕方ありません。年末までは書斎にこもる生活が続くので、肌の色も少しはあせるでしょうが、そのあとすぐにまた暑い国に出かけるので「ヘンな目で見られる」状況はしばらく変わらないかも知れません。

さて、これから昼過ぎまで執筆に集中するので、まずは私もガネーシャに祈りました。今日の書き物が順調に進みますように──と。

S.Akimoto at 05:05|Permalink

2012年12月05日

カーネルおじさん

 
あれ、あんなところにカーネルおじさんが! なんでだ? 先日訪れたマレーシア・クアラルンプールでのことです。KLセントラル駅から乗ったモノレールの中で、つり革につかまりながら周囲をぼんやり眺めていて、ふと見つけました。乗降ドアの上のところに、ケンタッキーフライドチキンの創業者の顔を。


写真がそれですが、わかりますか? モノレールの路線図です。左端のマルの部分が始発駅のKLセントラルで、そこから5つ目が私たちの滞在していた中心街ブキッ・ビンタン駅。その次のラジャ・チュラン駅のマル印の中に、カーネル・サンダースの顔がプリントされていました。

よく見ると、どの駅のマル印にも何か印刷されています。つまり、駅を表示するこのマル印の中の空白部分を、広告スペースとして売っていたのでした。取材に同行していた航空写真家のチャーリィ古庄氏と二人、それを見てつい口から出た言葉が──「やるなあ、マレーシア人」。乗り馴れた地元の人ならあまり見ないかも知れませんが、私たちのような海外からの旅行者や、地方から都会に出てきた人は、公共交通機関に乗れば必ず路線図に目をやります。一つひとつのスペースとしては丸い小さなものでも、広告効果は絶大なのでしょう。

ブキッ・ビンタン駅で私たちがモノレールを降りたのは午後の2時過ぎ。二人とも昼食はまだ済ませていません。改札を出て「さて、何かおなかに入れようか」と言ったとき、カーネルおじさんの顔がちらっと脳裏をよぎったものの、さすがに「フライドチキンでもどう?」という提案はどちらからも出ませんでした。

S.Akimoto at 18:26|Permalink

2012年11月29日

オーチャード・ロード

 
日没を待ってオーチャード・ロードに出ると、街はクリスマスイルミネーションであふれていました〔写真〕。過去にも何度か見ているし、いまとなっては別にどうってことのない光景なのですが、今回ばかりは“違和感”のようなものが拭えません。朝から一日、取材を続け、撮影してきたさまざまな画像が頭の中で消えずに残っているからでしょうか。


今回の旅ではチャイナタウンにホテルをとり、そこを起点にこの日も活動を開始しました。周辺を散策して仏教系の寺などを訪ねたあとは、街なかにスパイシーな香辛料のかおりが漂うリトルインディアへ移動。ヒンズー教の寺院などを撮影し、次は隣接するアラブストリートへ足を伸ばします。ちょうど私たちが到着したとき、このエリアのシンボル的存在であるサルタン・モスクから礼拝の時間を告げるアザーンが響き渡っていました。

夕方までたっぷりと取材して、一度ホテルに戻り、そしていまこうしてオーチャード・ロードに繰り出してきました。街は早くもクリスマス一色です。シンガポールが多民族国家であることは理解していたものの、たった一日でこれだけさまざまな宗教の存在を実感した旅も珍しい。カメラを構える私の前を、中国系のグループやインド系のビジネスマン、アラブ系の家族連れにマレー系の若いカップル、さらに欧米からの観光客らが通り過ぎていきます。

私は冒頭でつい「違和感を覚えた」と書きました。ですが、否定的な気持ちで言ったのではありません。むしろ目の前で繰り広げられるシーンに、どこかホッとさせられています。一人ひとりがお互いの違いを認め合い、そのうえで仲良く暮らしている国というのは、私は決して嫌いではありません。

S.Akimoto at 00:04|Permalink

2012年11月26日

ヘルシー料理

 
シンガポールに到着した初日の夜は、現地在住のエディター・片木友美子さんと合流。取材に同行しているカメラマンとともに、夕食はバクテー料理が食べられる有名店「骨肉茶」に連れていってもらいました。シンガポール川沿いにあらゆる料理の店が軒を連ねる人気スポット、クラークキーの一角にあります。


バクテーとは、骨付きの豚肉を漢方のハーブを効かせたスープで煮込んだ中国系の料理です〔写真〕。ヘルシー料理としても知られ、片木さんも「まずは健康的にしっかり食べてほしいので──」という気持ちで選んだと言っていました。脂肪分などを身体から洗い流す効果のある苦い中国茶を飲みながら、食べます。店には残念ながら、ビールなどお酒のメニューはいっさいありません。

「飲めないなら、別の店がいいよ」と私が言うと、彼女はあきれた顔で答えます。「秋本さんは飲み始めるとほとんど食べないんだから、最初にちゃんとおなかに物を入れないと。あとで飲める店にも行きますから!」

片木さんとは、彼女がニュージーランドで雑誌編集の仕事をしていたときに現地でインタビューを受けて以来のつきあいです。オークランドで、ワインの産地ワイヘキ島で、東京で、そして現在の居住地であるシンガポールで──再開するたびにいっしょに飲んだくれてきました。

すすめらたバクテー、うん、たしかにおいしかった! 身体も健康になった気分です。もっとも食事のあとは、川沿いのバーやアラブストリートに移動してのアラブ風バーをハシゴし、日付が変わる時間まで飲み続けるという「不健康な日常」をしっかり取り戻しましたが。

S.Akimoto at 19:18|Permalink

2012年11月22日

名物の人力三輪車

 
マラッカに到着しました。街のいたるところに、異国の空気が漂っています。ポルトガル、オランダ、イギリスと次々に占拠され、交易の都市として栄えた時代に、中国からも多くの人々が移住しました。そんな各国の雰囲気が融合し、他には見られない独特の街並みが形成されたのでしょう。


チャイナタウンの入口でクルマを降りた私たちは、そこから街の中心部を目指してジョンカーストリートをてくてくと。1400年代の建物が残る通りには、骨董品店や雑貨店、カフェなどが軒を連ねます。それにしても、暑い! タオルで汗を拭いながら歩いている私たちに、背中から「乗りなよ」と声をかけてくるのは、この街の名物である人力三輪車「トライショー」の運転手たちです。自転車にサイドカーを付けた乗り物で、1台1台が色とりどりの造花など派手な装飾を競い合っています〔写真〕。

「あ、乗りたい。乗る?」という私の提案を、同行のチャーリィ古庄氏は「だめ、撮影もあるし。頑張って歩きましょう」とバッサリ。仕方ない。では、どこかのカフェでまずはビールでも。彼はその提案には笑顔でうなずき、そしてこう付け加えました。「でも、あとでね」

やがてマラッカ川の橋を渡ると、オランダ広場と呼ばれる中心エリアに出ました。何十台ものトライショーが客待ちをしています。そこでも乗らずに我慢して、セントポールの丘を歩いて上り、教会やサンチャゴ砦などを2時間ほどかけてフォト・シューティング。さすがに古庄氏も疲れたと見え、高台の石垣に腰を下ろして「さて、どこかで食事でもしながら休みますか」と言いました。賛成。ビール、ビール!

S.Akimoto at 08:38|Permalink

2012年11月21日

マレー鉄道の旅

 
今朝9時にクアラルンプール中央駅を出発するシンガポール行きのマレー鉄道に乗るため、航空写真家のチャーリィ古庄氏と二人で7時半過ぎにホテルを出ました。朝の渋滞を何とかすり抜けて8時15分には駅に到着し、さっそくチケット売り場へ。長距離路線にはセカンドクラスとファーストクラスがあり、当日だと無理かなと思ったものの窓口で聞いてみたら「ファーストクラスもまだ若干の残りがあります」と係員に言われ、二人分のチケットを購入しました。


車両は、セカンドクラスが通路をはさんで2席ずつ、ファースクラスは通路をはさんで1席と2席を配置しています。「旅は優雅にいかないとね」と古庄氏と二人、うきうきしながらチケットに表記された「S4」の車両を探し、先に古庄氏が列車内へ。しかし入った瞬間、彼は立ち止まり、そして口から出た言葉が「う、ボロッ!」でした。

シートはすり切れ、窓も水アカで曇っています。「これじゃあ車窓からの風景撮影は無理ですね」と古庄氏。清掃を途中で放棄したのかと思わせるくらい、ガラス窓が汚れていました。前席の背もたれにある物入れのポケットは金具が外れてぐらついているし、その下のレッグレストも足をおくと軋み音が響きます。出発後しばらくして古庄氏は「連結部で車窓の風景が撮れるかどうか見てきます」と席を立ち、15分ほどして帰ってきてこんな報告をしました。「秋本さんも行ってみてください。連結部の金属の摩擦音がものすごいうるさく、トイレは昔の列車のような下への垂れ流し方式。おまけにガタガタ揺れっ放しで、撮影どころじゃありません」

私も実際、行ってみました。たしかに彼の言うとおり。もう何十年も使い込まれた車両に、長年の歴史を感じざるを得ません。そんな列車に揺られながら、しかし古庄氏と私はしばらくして同時にこんな感想を呟きました。

「マレー鉄道──いいねえ、なかなか」

もともと乗り物好きの二人だから、歴史を感じさせるすべてを受け入れることができたのかも知れません。クアラルンプールを出発して2時間15分。私たちが乗ったマレー鉄道は、タンピンという駅に着きました。残念ながら、今回のマレー鉄道の旅はこれまでです。日帰りでクアラルンプールに戻らなければならないため、タンピンまでのチケットしか買っていない私たちは、駅のホームで列車を見送りました〔写真〕。ここからはタクシーで1時間ほどかけて、世界遺産の街──マラッカへ向かいます。

S.Akimoto at 20:58|Permalink

2012年11月20日

新旧の中央駅

 
羽田を23時55分に発ったエアアジアXの523便は、定刻より早い午前6時25分にクアラルンプール国際空港に到着しました。空港からはタクシーで、繁華街のブキッ・ビンタンへ。同行のチャーリィ古庄氏と二人で、まずは屋台が連なるアロー通りで朝食です。大きめの屋台で麺類を中心に何点かのマレー料理とビール(朝から!)を注文し、その日の活動プランをあれこれ話し合ってから、ホテルに荷物を預けて市内の撮影に出ました。


上の写真は撮影した一枚──クアラルンプールの歴史的建造物の一つとして知られる旧中央駅です。1910年にマラッカ海峡に面した港町クランからクアラルンプールまで約30キロの鉄道が開通したときの駅舎で、2001年に新しい中央駅が開業してからは一部の列車のみが停車する駅になってしまいましたが、古き良き時代が感じられるスポットとしていまも訪れる観光客が絶えません。

さて、クアラルンプールの鉄道駅というと思い起こすのが、森の合間を淡々と走りマレー半島を縦断するマレー鉄道です。今回は取材期間がタイトではあるものの、古庄氏と「明日一日、マレー鉄道で南下してみようか」と意見がまとまりました。いつもの“航空”をテーマにした取材活動とはちょっと離れた、気ままな鉄道旅。このBlogをアップ後にまた彼と合流して街に繰り出しますが、今夜は早めにホテルに戻って身体を休め、明日は早朝から新中央駅に向かいます。

S.Akimoto at 16:15|Permalink

2012年07月12日

ヤンゴン直行便

 
お茶の伊藤園が現地で「お〜いお茶」などの製造・販売へ。ユニクロが中国に代わる生産拠点として2013にも縫製工場を建設。NTTデータが2012年9月から開発拠点をスタートさせ、当初採用する現地社員50人を5年後には500人に増員。三井物産が現地に駐在員事務所を開設──。


以上はいずれも、民主化が進むミャンマーにからむニュースです。中国の5分の1といわれる安価な人件費に支えられた生産拠点としての魅力と、人口6,200万人という隣国タイに匹敵する東南アジア有数の消費市場の両方を兼ね備えている点から、日本企業の進出機運がにわかに高まってきました。

エアライン業界では、ANAが今年10月15日より、成田からミャンマー最大の商業都市ヤンゴンへの直行便を開設すると発表しました。当面は月、水、土曜日の週3便の運航で、使用機材はボーイング737-700ER。日本からの出張需要に狙いを定め、これまでムンバイ線などで運航してきた38席すべてがビジネスクラス仕様というビジネスジェットで運航されます〔写真〕。

ヤンゴンへは、ANAに先だって大韓航空も9月13日よりソウルからの直行便運航を開始します。ミャンマーは黄金の仏塔シュエダゴン・パゴダなど観光資源も豊富で、ANAでも「今後の民主化の進展いかんでは、機材変更やエコノミー席の導入も視野に入れていきたい」とコメント。この秋以降は新しい旅行先としてもミャンマーのクローズアップが進むかもしれません。

S.Akimoto at 10:37|Permalink

2012年07月01日

楽山の磨崖仏

 
いつか機会があれば訪ねてみたい。そう心に抱いてきた希望がまた一つ叶いました。成都から南に約150キロ下った楽山(らくざん)市。ここに、世界遺産にも登録されている高さ71メートルの巨大な磨崖仏があります〔写真〕。成都に到着してから毎日雨つづきで、この日はとくにどしゃ降りに近い状況でしたが、強行軍で行ってきました。


世界最大の磨崖仏として知られる「楽山大仏」は、長江の支流である岷江(びんこう)と大渡河(だいとが)、そして青衣江(せいいこう)の三つの川の合流地点の断崖に彫られ、川を見下ろすように立っています。川の流れは急で、たび重なる水難事故に心をいためていた凌雲寺(りょううんんじ)の海通(かいつう)和尚が当時、治水と船の航行の安全を願って切り立った崖に大仏を彫ることを思い立ちました。いまから1,200年も前のことです。

石段をのぼって大仏の頭の上まで出たら、川べりまで続く急峻な階段を使って足もとまで下りてみたくなりました。たいした雨具の用意もなく、持っていたのは小さな折り畳み傘一本でしたが、ここまで来たからには諦めるわけにいきません。耳の位置を抜けてアゴのラインに達し、膝の上にのせた手の横を通って、大きな足のつま先のふもとへ。40分かかってようやく到着しました。

目の前の川は連日の雨で増水し、濁流となって、いまにも溢れてきそうです。どしゃ降りのなか、よくここまで来たなあとふと頭上を仰ぐと、そこには穏やかな表情で見下ろすお釈迦さまが。お釈迦さまは「はるばる日本から訪ねてきたのだから」と、私のために川を鎮めていてくれたようでした。

S.Akimoto at 13:24|Permalink

2012年06月29日

笑う、パンダ

 
成都市内からクルマで2時間半ほどかけ、雅安(があん)にあるパンダ保護研究センターへ。ここでは絶滅が危惧されるパンダたちが、約72万平行メートルという自然の地形を利用した広大な敷地で放し飼いの状態で飼育されています。目の前でじゃれ合う姿などを観察しようと、この日も世界中から観光客が訪れていました。


観光客のお目当ての一つが、子どもパンダと並んで記念撮影ができるアクティビティです。しかし、わずか20秒ほどの撮影で、値段が1,000元(約1万3,000円)とべらぼうに高い! 誰がそんな高いお金を払うのだろうと思いきや、今回の取材に日本から同行している一人、私と親しいフリージャーナリストの横井弘海さんは「私も絶対にやる!」と到着前から宣言していました。

ならば、ということで、私が撮影を担当することに。横井さんの前に何人もが列をつくっています。カメラマン役を買っては出たものの、本当に20秒程度でどんどん交代させられるのを見て、だんだんプレッシャーがかかってきました。この一瞬のために彼女が1万3,000円も出しているのに、失敗したらどうしよう──と。そこで順番を待つ間に、他の人たちがパンダに寄り添っているシーンでもひそかにシャッターを切り、練習していました。けれど、気まぐれのパンダは笹を食べるのに夢中で、まったく正面を向いてくれません。いよいよわれわれの番が来て、限られた時間内で何枚も夢中で撮りました。そして、撮影し終えた画像をあとで横井さんとともに確認してみると、そのうちの1枚に奇跡が!

どの写真もやはりパンダはそっぽを向いているのに、その1枚だけは肩に手を回す横井さんに答えるように、カメラに目線をくれているのです。しかも、その表情がじつに愛くるしい。パンダも、笑うんですね。

S.Akimoto at 06:49|Permalink

2012年06月27日

衛兵交代式と36市街

 
昨日は14時にハノイ国際空港に到着。空港から市内のホテルに向かう途中で、ベトナムの民族的英雄であるホーチミン主席の遺体が安置されているホーチミン廟に寄ってみたら、ちょうど衛兵の交代式を見ることができました〔写真〕。衛兵交代はヨーロッパでもときどき見学し、厳かな儀式だなと感じていましたが、ハノイでのそれはちょっとゆるやか。向き合った衛兵が小声で私語を交わし、一人がクスッと笑った一瞬を見つけて、こちらも思わず笑みがこぼれます。


ホテルにチェックイン後、ディナーは市内のベトナム料理レストランでブンチャー(ブンという麺を焼いた豚肉入りの付け汁といっしょに食べるハノイ名物の料理)や揚げ春まきなどを満喫し、夜は旧市街を歩いてみました。

ここで有名なのは、ハノイで最も多くの外国人旅行者が訪れるというエリア「36市街」です。サンダルはサンダル専門通りに、仏具は仏具専門通りに──と、それしか売っていない店が通りごとに集まっています。全部の通りを総合すると、まるで超巨大なスーパーマーケットのよう。地元の人もふつうに買い物をしています。四方八方から走り来るバイクの群れをよけ、モノ売りの天びんおばさんにぶつかりながら、私もあちこちをぶらぶら。たまに方向感覚を失って迷子になりますが、それがまた楽しい。うまく分業したなあと感心するほど、通りによって本当に売っているものが違う。一軒くらい異なる種類の店が混じっていないか探してみたけれど、見つかりませんでした。

さて、1泊だけの慌ただしいハノイ滞在を終えて、これから再び空港へ。ベトナム航空の就航初便(VN552便)に乗って、中国・成都に向かいます。

S.Akimoto at 08:04|Permalink

2012年04月03日

なぜ旅に出る?

 
いきなりの疑問形で、なに、と思うかも知れません。じつはこれ、4月4日にUST&ニコ生でオンエアされる「ビジネステレビ誠」の特番タイトル。このあとに、こんな答えがつづきます──「そこに飛行機と鉄道があるからさ」。20時から1時間の生放送番組で、私もゲスト出演することになりました。詳細はこちらから。


ビジネステレビ誠は通常、毎月1回の放送ですが、明日は「旅」にフォーカスした特別番組。『誠Style』で「“秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話」を連載中の私と、人気の鉄道コラム「杉山淳一の+R Style」などを連載する杉山淳一さんがゲストで招かれ、飛行機と鉄道の旅について二人でしゃべりまくります。

担当ディレクターからはトーク内容についていくつか「宿題」が届いていますが、明日の生放送終了後に私はシンガポールに飛ばなければならず、番組出演の準備にまで手がまわりません。テレビでもラジオでも、私の場合は事前に準備をしてもその通りに話が進むことはまずないので、いいかなとも思います。だから明日も、聞かれたことに答え、当日の気分でしゃべりたいことを自由にしゃべろうかな──と。司会は大変でしょうけれどね。あ、司会は『Business Media 誠』編集長の才女、吉岡綾乃さんです。

ところで、シンガポール航空が1973年より約40年にわたって運航を続けてきたジャンボ機ボーイング747が、3月25日のメルボルンへの往復を最後に定期路線から退役しました。今週金曜日(4月6日)にはシンガポール/香港間で通常のSQ238便を「SQ747便」に名前を変え、メモリアルフライトを実施します。そのメモリアルフライトに私も乗るため、明日は番組が終わったらすぐに羽田に移動し、深夜便でシンガポールへ。なぜ旅に出かけるか? 私のその答えは、明日に限っては一つしかありません──「これまで空の旅で何度もお世話になった“あいつ”に、別れを言うためさ」。

S.Akimoto at 22:44|Permalink

2012年03月14日

トルコ航空051便

 
成田空港第1ターミナルの34番ゲート前でいま、トルコ航空051便へのボーディング開始を待っています。出発準備を進めるボーイング777-300ER〔写真〕をガラス越しに眺め、トルコ航空が自社保有の777-300ER初号機を受領したときのことを思い出しながら。あれは、2010年10月でした。


当時私は、航空写真家のチャーリィ古庄氏をともなってシアトルへ飛び、ボーイングのエバレット工場でトルコ航空への新造機引き渡し式典に列席。そのあと、受領したばかりの真新しい777-300ERを同社の拠点であるイスタンブールへ運搬するフェリーフライトに各国の記者らとともに乗せてもらいました。ビジネス、コンフォート、エコノミーの3クラスを合わせて337席が設置されたキャビンに、乗り込んだのはトルコ航空関係者を除けば私たち30人だけ。機内はまさにお祭りさわぎです。普段あまり接点のないウクライナやチェコ、ブラジル、コロンビアなどから来ていた記者たちとワイングラスを傾け、交流をもちながらの11時間のフライトは、とても楽しい経験でした。

あれから1年半が経過したいまも、777-300ERはトルコ航空の長距離路線の主役として活躍を続けています。そして今日もこれから、トルコ航空本社を取材するため、この777-300ERで再びイスタンブールへ。イスタンブールは昨年5月に「ピカソの足跡をたどる旅(2011年5月21日〜6月1日のBlog参照)」の出発点として訪ねて以来、ほぼ10カ月ぶりです。前回はスペイン・マラガへのフライトに乗り継ぐための1泊だけでしたので、今回は取材を終えたあと少し時間をとって、のんびり歩いてこようと思います。

成田からイスタンブールまで、約12時間20分の長旅です。シルクロードの上空をひらすら西へ西へ、おいしいトルコ料理とワインを楽しみながら。何なのでしょうね、仕事で飛ぶのに、まるで休暇でもとったようなこの解放感は(笑)。行ってきます!

S.Akimoto at 13:56|Permalink

2012年01月16日

“元気”のヒミツ

 
年が明けて早、2週間。フル稼働の状態が続いています。まずはこの2月に、JTBパブリッシングから同社初となる航空もののムックが刊行される予定で、先週はその監修作業が中心になりました。同時進行で連載コラムを書き進めたり、春に出すサイエンス・アイ新書の新しい1冊の執筆を始めたり。一昨日の土曜日にはゲストで呼ばれたラジオ番組(2本)の収録もありました。


なーんて書くと、忙しくてさぞグッタリだろうと思われるかも知れません。ところが、2012年のスタートはいたって“元気”。まだまだエネルギーが余っています。今日もこれから、夏ごろに出版予定の新著のための取材と、単発の仕事ですが中東系エアラインに関する記事執筆の打ち合せに出かけます。

“元気”のヒミツは、エネルギーをフルチャージしてきた昨年12月の香港取材です。旅のあとはふつう、身体に疲れをためて帰ってきますが、香港では反対にいつも元気をもらってくるから不思議。現地での様子についてはこのBlogやfacebookでも断片的に報告しました〔写真は香港公園・茶藝館の中国茶セミナー〕。そして本日より、それらをまとめた香港滞在レポート──「仕事に、遊びに。香港3泊4日でエネルギーをフルチャージ」が誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で公開になっています。

香港、また行きたいなあ。近いうちに。来週23日に始まる「旧正月」の行事についての情報もレポートに盛り込んでいますので、興味のある方はアクセスしてみてください。

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S.Akimoto at 10:15|Permalink

2011年12月23日

遊びと仕事と

 
かなりの量の仕事を持ち込みました。多過ぎたかな、と思うくらいに。でも環境を変え、集中して取り組むことで、成果を上げられることを過去の経験で知っています。もちろんそのためには、立地も含めてそこそこのレベルのホテルを選ぶほうがいい。銅鑼湾(コーズウェイベイ)にあるエクセルシオール香港は、まさに「当たり」でした。


朝食の時間までは部屋でネットを使用し、そして9時ごろからはビジネス環境も整ったエグゼクティブ・ラウンジ〔写真〕をフル活用して、とにかく執筆に専念。午後の早い時間に仕事を切り上げ、街に繰り出すという日々が続きます。ホテルを出てからは「充電タイム」なので、好きな場所で好きに過ごせばいい。香港はまた変わりました。エンターテインメントにあふれ、遊びには事欠きません。

香港公園の茶藝館で外国人向けの中国茶セミナーが無料開催されていると知り、まずは参加してみることに。そして夕方からはスターフェリーで九龍サイドに渡り、尖沙咀(チムサーチョイ)北側にあるナッツフォードテラスで食事をとりました。

ナイトスポットとしては中環(セントラル)にある蘭桂坊(ランカイフォン)のほうが知名度は上ですが、私はキンバリーロードから細い階段を登った小路にスペイン料理やイタリアンなどのカフェが軒を連ねるナッツフォードテラスが好きです。旅行者の動向や香港情勢について意見をうかがうため、前の晩にワインをのみながら遅い時間までつき合ってもらったエクセルシオール香港の日本人シニアセールスマネージャー、阿部利一郎さんも「私もナッツフォード派ですね。ヨーロッパの街並みを再現したような雰囲気がいいですし、地元の人たちもちょっとだけお洒落をして出かけるスポットです」と言っていました。

ゆっくり食事を楽しんだあとは、歩いて5、6分のところにある行きつけの「ネッドケリー・ラストスタンド」へ。このジャズ・バーに関しては、先ほどfacebookの「Photo Essay」にアップしました。ご覧ください。

S.Akimoto at 19:29|Permalink

2011年12月22日

空中散歩

 
そうだ、あれに乗りにいこう! 朝からホテルの部屋で書き物をつづけ、11時過ぎに一段落したときにふと閃きました。香港に着いた翌日のことです。あれとは、ランタオ島の東涌(トンチョン)から昂坪(ゴンピン)の5.7kmを結ぶ観光用ロープウェイ──「ゴンピン360」。一度乗ってみたいと、ずっと思っていました。


MTRを香港駅で東涌線で乗り換え、終点の東涌駅へ。ロープウェイの乗り場はそこから歩いて2分のところにあります。平日なのにチケット売り場はかなりの行列で、30分近く並んでようやく乗ることができました。

海を見下ろし、山肌をかすめながら、約25分の空中散歩です。真下にはトレッキングトレイルを歩いて登る人たちの姿も小さく見えます。ランタオ島は豊かな自然が残され、島の半分以上が国立公園に指定されていることを思い出しました。「ゴンピン360」はライトナーというイタリアのメーカーが製造を担当。自然環境を保護しながら建設を進めるため、資材はすべてヘリコプターで運搬したという話を前に聞いたことがあります。

すれ違う下りのゴンドラを撮影していたら、途中で相手側も私たちのゴンドラに向けてカメラを構えているのをファインダー越しに発見。カメラを下ろしてお互いに会釈するという、見知らぬ同士の言葉のない一瞬の交流が生まれます。やがてその先に、世界最大といわれる寶蓮寺の野外大仏が見えてきました。

S.Akimoto at 10:52|Permalink

2011年12月19日

香港で旅納め

 
3月に東日本を襲った震災の影響で、今年前半は予定していた4、5件の海外取材が立て続けに中止または延期に。けれど、やっぱり自分の足でいろんな街を歩いていないと、生きた情報は入ってきません。なので夏以降は、タイトなスケジュールながら例年以上に精力的に各国に飛びました。


その間、3冊の著書を刊行したこともあって本当に忙しかったですが、12月に入ってようやくと一段落。でも、ここで2011年の活動を終わりにしてしまってはもったいない。年内にもう1件くらい取材を──と考えて、やってきたのが香港です。本日、成田を10時45分に発つキャセイパシフィック航空CX501便で、先ほど香港国際空港に到着しました。

常に変化しつづける街──私は香港を、そんなふうにとらえています。ANAの787初営業フライトの取材で10月にも来たのですが、あのときは著書にその取材結果を盛り込むための執筆作業に追われて、空港近くのホテルから一歩も出られずじまい。この街の「変化」を感じることもできませんでした。今回の旅では、この街のダイナミックな“移ろい”の様子を身体いっぱいに受け止めたいと思っています。

日本から仕事も山ほど持ち込んでいます。今回滞在するのは、銅鑼湾(コーズウェイベイ)にあるエクセルシオール香港。抜群の立地で、ビジネスで使うのにも最適だと思って選びました。ヴィクトリアハーバーを眺望できる部屋〔写真〕で創作活動を進めながら、時間をつくってグルメやエンターテインメントを満喫し、エネルギーをフル充電して帰ろうと思います。明日以降も随時、報告を書く予定です。

S.Akimoto at 18:55|Permalink

2011年10月22日

華やぐアジアの空

 
ANAが受領したボーイング787の話題が冷めやらぬなか、来週10月26日にはいよいよ初の営業フライトとなる香港チャータ便が成田を出発します。香港に到着後は現地で1泊して翌27日の夜に成田に戻り、続いて10月28日と29日に成田発着の遊覧飛行を、30日には東日本大震災の被災地の子どもたちを招待しての復興応援フライトを予定。そして11月1日より羽田/岡山と羽田/広島の国内定期2路線でデビューを果たします。


一方、ライバルのエアバスはというと、こちらは2007年10月にひと足早く初就航したオール2階建て機A380の製造が順調に進展。10月14日には、世界で7社目となる中国南方航空に1号機が納入されました〔写真〕。

中国系のエアラインでA380を運航するのは、中国南方航空が最初です。まずは北京、上海、広州の主要都市間を結ぶ国内路線に投入すると同社から発表がありました。シート数は3クラス制で計506席(ファースト8席、ビジネス70席、エコノミー428席)。その後は早い時期に国際線でのデビューも予定しているそうですが、どの路線に就航するかはまだ正式なアナウンスがありません。発表を楽しみに待ちたいと思います。

同じアジアでは、マレーシア航空も現在まで計6機のA380を発注しています。一昨日の20日には、その初号機の初飛行が実施されたとエアバスから報告が届きました。今後はドイツ・ハンブルグ工場でキャビン装備の設置や塗装作業が進み、引き渡しは2012年半ばを予定。シンガポール航空大韓航空に中国南方航空とマレーシア航空のA380が加わり、2012年のアジアの空は賑やかになりそうです。

S.Akimoto at 11:07|Permalink

2011年10月13日

カフェ・バタビア

 
ファタヒラ広場は、ジャカルタが「バタビア」と呼ばれていたオランダ統治下にあった頃の中心地。石畳が敷き詰められ、東インド会社時代の古い建築物にぐるっと取り囲まれています。その一角にある「カフェ・バタビア」はわりと有名らしいので、私も行ってみることにしました。のんびりランチでもとろうかな、と。


ダウンタウンのホテルからさほどの距離ではないものの、この街はどこへ行くにも道路渋滞で、なかなか目的地にたどり着けません。タクシーが止まるたびに、民芸品やらジュースやらを持ったモノ売りたちが後部席の窓を叩きます。通常なら10分か15分程度のところを、1時間近くかかって到着しました。

さっそく、お目当てのカフェ・バタビアへ。道中の喧騒とは打って変わって、1805年に建てられたコロニアル様式の建物の内部はアンティークで落ち着いた雰囲気に包まれています。店の人に断り、店内を撮影させてもらいました〔写真〕。中世にタイムスリップした気分に浸りながら、ふと窓から下を見渡すと、広場には観光客目当てのモノ売りたちがウロウロ。途端に現実に引き戻されます。カフェの中がどんなふうになっているのか? 外から眺めて想像するしかない人も、この国にはまだまだ多いのかも知れません。

広場をはさんで向かい側に見えるのは、1627年に市庁舎として造られ、現在はオランダ総督が使用した家具や陶磁器などが展示してあるというジャカルタ歴史博物館です。時間はあるので、ランチのあとでちょっと覗いてみようかな。

S.Akimoto at 15:37|Permalink

2011年10月10日

ジャカルタへ

 
アメリカ西海岸の取材から戻りました。3泊5日という短い日程でしたが、いろんなことを体験できた充実した旅だったと思います。今回はライターの工藤史歩さん〔写真〕が、近く「アサヒ・コム・トラベル」でスタートする“海外の旅”の連載の取材で同行。ワインにも詳しい人で、ナパバレーでワイナリーを訪ねた際にはいろいろアドバイスをもらいました。


デルタ航空DL209便で昨日の夕方、サンフランシスコから成田に戻り、私はそのまま空港近くのホテルにチェックイン。今朝はこれから空港第2ターミナルへ行き、ガルーダ・インドネシア航空の本社を訪ねるためジャカルタへ飛びます。

明日は同社CEOにインタビューし、その後は本社の施設などを取材します。そして夜は食事会に招かれているのですが、ちょっと問題が持ち上がりました。「夜の食事会」というのがインドネシア政府の要人なども列席するかなりフォーマルなパーティらしく、現地から「ドレスコードはビジネス・フォーマルで」という連絡が届いたのです。

アメリカ西海岸ではフィールドワークの多い取材だったので、スーツケースには動きやすいラフな服しか詰めていません。ジャカルタは暑いし、カジュアルな服装のままで大丈夫だろうと考えていたのですが……。

さて、困りました。ドレスコードの連絡が来たのはサンフランシスコを発つ間際だったので、いまから準備もできないし。帰りの機内で同行者の工藤さんにそのことを話したら、彼女は「ジャカルタでインドネシアの民族衣装を買うのはどうですか? 現地ならきっと安く買えますよ。インドネシアの民族衣装を着た秋本さん。うっひっひ。想像しただけでウケる」と勝手に面白がっていました。こちらは、笑い事ではないのですが。

S.Akimoto at 08:23|Permalink

2011年09月26日

フエ空港にて

 
まずは下の写真──これ、私です。場所はベトナムのフエ空港。今年8月下旬にベトナム航空で同国の中部を訪ね、世界遺産とリゾートで知られる二つの街、ホイアンとフエを取材した帰りに撮られました。


毎日汗だくになりながら取材を続け、予定していたすべての日程を終えて、帰りのフエ空港の出発ロビーでホッとひと息。売店でベトナム産の「フーダビール」を買ってノドを潤していたら、ちょうど日本から取材に来ていたある女性記者が「ちょっと1枚!」とふざけてカメラを向けたので、彼女が持っていたお土産のお面を取り上げて顔を隠しました。いいえ、昼間からビールを飲んでいたからといって、別に隠れる必要もないのですが(笑)。

その写真が今日の夕方、メールで送られてきました。あれからもう1カ月──暑かったベトナムの旅が、ずっと前のことのように思えます。帰国後、すぐにドイツ取材に発つなどの忙事に追われてなかなか手をつけられなかったフライト&旅のレポートも、先週書き上げて編集部に送りました。

二つの記事は「誠Style」に今週、9月28日(水)と30日(金)にアップされます。当日の朝8時になったら同サイトのトップページを訪ねていただくか、下記の記事タイトルを直接クリックしてアクセスしてみてください。

≫≫≫「ベトナム航空で成田からホーチミンへ
≫≫≫「ベトナム中部紀行。ホイアンとフエ、2つの世界遺産の街を歩く

S.Akimoto at 22:57|Permalink

2011年08月27日

ホーチミンシティ

 
ベトナム中部の旅の取材を終え、昨日夕方のベトナム航空VN1375便でフエからホーチミンに帰ってきました。何年かぶりで降り立ったホーチミンで出迎えてくれたのは、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨。南北に細長いこの国では、地域によって気候がだいぶ異なり、ホーチミンはすでに雨期に入っているようです。


街なかを走るバイクの数は、前に来たときよりもさらに増えました。約900万の人たちが暮らすホーチミンで、登録されているバイクの台数は約450万台。赤ちゃんからお年寄りまで含めて、2人で1台を保有しています。いつも二人乗りで走っているバイクも多いので、きっとホーチミンの人々はほとんど全員が常にバイクで移動しているのでしょう。

激しいスコールに突然襲われても、ひるむ様子はまったくありません。みるみるうちに川になっていく道路を、水しぶきを上げながら平然と走り去っていきます〔写真〕。

「いつも雨ガッパを用意しているからね」と地元の知人が言いました。「降り出すと道路の脇に止めてさっとカッパを羽織り、すぐにまた走り始めます。ほんの近くまで行くのもみんなバイク。バイクを自分で運転しないときは、バイクタクシーを呼びますね。ホーチミンの人たちは、自分の足で歩くことはありません」

ほんと? 道路はたしかにバイクであふれているけど、歩道にもほら、ちゃんと人がいるじゃない! そう思ってよく眺めてみたら、歩いているのはみんな外国人でした。

S.Akimoto at 15:23|Permalink

2011年08月25日

ラグーンの朝

 
ベトナム中部のいくつかの地域ではいま、大規模なリゾート開発が進行中です。その一つが、ダナン空港からクルマで60分、フエ空港からは25分の距離にある緑と水に囲まれたフーロックというエリア。ここに今年8月にグランドオープンした5つ星ホテル「ベダナラグーンリゾート&スパ」に昨夕到着しました。


部屋はすべて独立したコテージで、全29室。そのうち10室が、ベトナムでは初めてというアクアバンガローです〔写真〕。私は高台にある広めの部屋を予約しました。ここからの景色がとても心地よく、いつまで眺めていても飽きません。昨日はチェックインしたあと、スタッフにすすめられて洋上に建ち並ぶコテージの向こうに沈む夕日を撮影し、その後は風と水の音を聞きながら部屋でゆったり過ごしました。

砂州によって外海から隔てられたラグーンは、とにかく静かです。水も透き通っていますが、残念ながらラグーン内で泳ぐことはできません。海水浴を楽しみたい人は、ボートで20分ほどのところにあるホテル専用のビーチへ。「小型ボートでの送迎サービスも今年12月から始める予定」とフロントのスタッフが話していました。

今朝は5時前に鳥の声で目覚めました。2時間ほど書き物をして、先ほど外に出てみたら、今日もいい天気。いまから朝食に向かおうと思います。

「おはようございます」と、さっき外に出たときに通りかかったベトナム人女性のスタッフに英語で声をかけられました。「朝食に出られますか? いまバギーを回しますので、お部屋でお待ちください。レストランまでお送りします」

レストランのほか、バーやスパなども広い敷地内にそれぞれ独立した棟として建っています。私は少し考えて、彼女の申し出を断りました。「大丈夫、自分で行きますよ」と。部屋には自由に使える自転車も置かれていますが、朝の空気はひんやりして気持ちいいので、レストラン棟まで15分ほどかけて歩こうと思います。のんびり散歩を兼ねて。

S.Akimoto at 08:51|Permalink

2011年08月23日

アオザイ姿の乗務員

 
成田を10時に発ったベトナム航空VN951便は、現地時間の14時にホーチミンに到着。その後15時50分発のVN1320便でダナンに入り、バスで移動して、トゥボン川の河口に位置する中部の古い港町ホイアンのホテルにチェックインしました。二日目の今日は、これから1999年に世界遺産に登録された旧市街などを訪ねてみようと思います。


写真は、成田からホーチミンへのフライトで出会ったベトナム航空の日本人客室乗務員の二人──尾崎彩加さん(左)と馬場美帆さんです。ともに2010年4月に入社。長めの赤いチャイナ風ドレスに白のパンタロンを組み合わせたベトナムの民族衣装「アオザイ」のユニフォームが、とてもよく似合っています。

「このユニフォームは身体にフィットするよう、20箇所以上を採寸して作られます。ですので気をつけないと、自分が太ったり痩せたりしたらすぐわかりますね」

そう笑いながら話してくれたのは尾崎さん。けれど見た目ほどは窮屈ではない、と馬場さんは言います。

「新人訓練のときはこのユニフォームにふさわしい立ち居振る舞いを練習しましたが、慣れてくるととても動きやすいですよ。私は大好きです」

民族衣装といっても、ベトナムでも街なかなどで目にすることは最近少なくなりました。ときどき見かけるのは、通学途中の中高校生や、一部の高級ホテルやレストランのスタッフくらい。現地でもレアな存在になりつつあるそのアオザイ姿に空の上で出会えるというのも、ベトナム航空で旅する楽しみの一つかも知れません。

S.Akimoto at 09:28|Permalink

2011年08月22日

87番ゲート前から

 
成田空港第2ターミナルの87番ゲート前にいます。早朝の京成スカイライナーで先ほど到着しました。現在の気温は25度弱。Tシャツ姿の旅行者が目立った先週までとは打って変わり、長袖の上着をはおった人たちが少なくありません。猛暑が続いた日本列島に週末に秋雨前線が降りてきて、季節がいきなり変わりました。さて、今朝はお知らせが三つあります。


航空写真家のチャーリィ古庄氏ととも毎日新聞社の取材を受けたことは8月10日のBlogで報告しました。その記事が本日の夕刊の「人模様」というコラムに掲載されます。企画もののコーナーは大きな事件があると掲載が急きょ先送りになるケースもあるそうですが、何もなければ二人で紙面に登場するはずですので、ご覧になってみてください。

お知らせの二つ目は、誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』の更新について。報告が遅れましたが、先週金曜日から新しい記事が公開されています。「旅客機の整備の話」というタイトルで、日々の“空の安全”がどう守られているかをレポートしました。

旅客機の整備には、機体をハンガーに搬入して本格的に点検・修理を進める「ドック整備」のほかに、毎回のフライトごとに空港のランプエリアで実施する「ライン整備」があります。ちょうどいま、目の前のゲートから見える機体も、出発前のライン整備を終えました〔写真〕。もう間もなく乗客の搭乗が始まり、私もいまからこれに乗って目的地へ向かいます。これがお知らせの三つ目です。

利用するのはベトナム航空のVN951便──成田を10時に発つホーチミン行きです。深みのあるブルーグリーンに塗装された機体を見て、すぐに「ベトナム航空だ!」とわかった人もいるかも知れません。6時間のフライトで現地に到着後、国内線に乗り継いで中部の都市ダナンへ。これから約1週間、ベトナム中部のいくつかの街に滞在します。その報告は、また現地から。

≫≫≫「旅客機の整備の話。“空の安全”はどう守られている?

S.Akimoto at 09:06|Permalink

2011年07月15日

夏の終わりの旅プラン

 
5月の連休と夏休みと年末年始には、多くの人たちが海外旅行に出かけます。でも私は反対に、これらの時期はほとんど日本を離れません。7月と8月はとくにそう。どのエアラインも旅行者への対応に忙しく、旅の取材を設定することが難しいからです。


ですが、今年に限っては話は別です。“3.11”の東日本大震災のあと、予定していたいくつかの海外取材を中止または延期にせざるをえない状況が生まれました。7月から8月にかけても取材を入れていかないと、このままでは連載コラムなど年間の執筆計画に追いつけません。そこで取材先候補の一つとして浮上したのが、ベトナム航空〔写真〕です。

同社広報のKさんと昨夜、私のわりと好きな有楽町のビアホールで会いました。打ち合せを兼ねて軽く冷たいビールでも飲みながら話そうよ、ということで。お互いにお酒好きで、飲みはじめると「軽く」済むわけがありませんが(笑)。生ビールに始まって、黒ビール、ハーフ&ハーフと進み、話もあちこちに逸れながら大いに盛り上がりました。

8月下旬に飛ぼうということで、取材プランもほぼ決まりました。ベトナム航空のフライトや最新情報の取材が目的ですが、せっかく行くので中部の都市にも足を伸ばし、いま注目のビーチリゾートや世界遺産も訪ねます。夏の終わりのベトナム取材──早めに準備を進め、有意義な旅にしたいと思っています。

S.Akimoto at 08:30|Permalink

2010年11月18日

東京タワーのボトル

 
羽田から32年ぶりに国際定期便が再開されてから、今週末で3週間になります。これからは「日帰りの海外旅行」も可能になるというので、私も実際にチャイナエアラインの就航初便で台北に飛び、体験取材したレポートをWebで連載中の『“飛行機と空と旅”の話』で発表しました(「チャイナエアラインで行く! 羽田・台北、日帰りの旅」)。


羽田から行く海外──とりわけ「日帰り」という点に興味をもつ人は少なくなかったのでしょう。レポートには予想以上のアクセスがあったようです。また一部の読者からは、こんなメッセージも届きました。

「初就航記念のペットボトルって、どんなものなんですか? 見てみたいです」

レポートの中で、私は「(離陸後に客室乗務員から)乗客全員に東京タワーの形をしたボトルのミネラルウォーターが配られた」という話を書きました。ちょっと時間が空いたので、いまオフィスで撮影した写真を上に掲載します。

私はモノをとっておけないタイプの人間なのですが、同じ初便に搭乗してこの“お土産”を手に入れた人から「毎日中身を詰め替えて持ち歩くなど、大切に使っています」という報告を聞いて、捨てるに捨てられなくなりました。いまもデスクの片隅に、ポンと無造作に置いてあります。ミネラルウォーターはとっくに飲んでしまったので、中身はずっとからっぽのままですが。

S.Akimoto at 15:10|Permalink

2010年11月06日

台北・日帰りの旅

 
羽田を朝7時に発つチャイナエアラインの223便で、台北・松山空港へ。到着後は、日本人旅行者の多くが足を運ぶという「故宮博物院」や台北のシンボルとなった101階建て高層ビル「台北101」などを午前中にまわって、有名店「鼎泰豊」で昼食。午後は「金龍藝品」で買い物をし、疲れた身体を「再春館」の足裏マッサージで癒してから「行天宮」に寄って、再び松山空港へ──。


先週の日曜日、羽田から32年ぶりとなる国際定期便が再開しました。これからは日帰りの海外旅行も可能だといいます。ですが、私には“海外への日帰り旅”というのがどんなものなのか、想像がつきません。そこで当Blogでも報告したように、就航初日のチャイナエアラインの早朝便を利用し、実際に台北へ飛びました。

当日の最終便で帰国するまでを詳細に追ったレポート「チャイナエアラインで行く! 羽田・台北、日帰りの旅」を、先月スタートした『誠Style』での連載『“飛行機と空と旅”の話』で、昨日付けでアップしています。

今回は最も安くて快適な市民の足である地下鉄(MRT)での移動を中心に、足りない部分はタクシーで補いながら、定番の人気スポットを訪ねてみました〔写真は、歓迎を受けた台北・松山空港での様子〕。現地で活動できる時間は約7時間ありますので、ほかにももちろん、さまざまなプランが可能になるでしょう。興味のある方はぜひご一読ください。

また週明けの11月8日(月)には、文化放送の平日朝の番組「くにまるジャパン」に生出演し、羽田空港の国際線就航から1週間を総括することになりました。出演するコーナーは10時からの「ラジオ白熱教室」。今回の台北・日帰り旅については、同番組でもいろいろお話しする予定です。

≫≫≫「チャイナエアラインで行く! 羽田・台北、日帰りの旅

S.Akimoto at 07:49|Permalink

2010年04月17日

ロングバーで再会

 
シンガポールはやっぱり暑い! 昨日はチャンギ空港に18時過ぎに到着し、MRT(地下鉄)を乗り継いで市内へ。東西線のブギス駅からはマリーナエリアの近くに予約したホテルまで荷物を引きづってテクテク歩いて行ったら、全身汗でびっしょりになりました。


でも、汗をかくのは、決して不快ではありません。むしろ気分爽快です。チェックイン後、部屋でシャワーを浴び、待ち合わせのラッフルズホテルを目指しました。待ち合わせの相手は、前にニュージーランド取材の際にお世話になったライターの片木友美子さんです(当時のBlogはこちら)。その頃、オークランドを拠点に活動を続けていた片木さんは、現在はシンガポールに拠点を移して編集関係の仕事で活躍。指定されたラッフルズホテル2階のロングバーに20時過ぎに入ると、彼女はすでに到着していまいた。

まずは再会を祝い、定番のシンガポールスリングで乾杯です〔写真〕。その後はラオ・パ・サの巨大なフードコートの屋台でたらふく飲んで食べて語って、最後は洒落たバーが建ち並ぶウォーターフロントエリアへ。気がつくと、深夜の1時を回っていました。

今日もこれから、MRTのチャイナタウン駅で彼女と待ち合わせです。「これ、明日の予定です」と昨夜見せられたスケジュールは、夜までびっしり。チャイナタウン駅から仏教寺やインドの有名な寺院などを散策し、アラブ街のモスクを訪ねたあとはホーカーセンターで彼女イチ押しのフィッシュスープとごはん。食後は有名な茶処ティーチャプターでゆったりと優雅に中国茶をいただき、夕方からはセントーサ島へ。ビーチで夕暮れのビールで休憩してから、噴水とレーザーショーによる「ソング・オブ・ザ・シー」を鑑賞し、暗くなってからは──。

え、これを1日で? とちょっと戸惑いましたが、もともと「シンガポールでオフを過ごすことにしたので、どこかへ案内しろ〜!」とメールを送ったのは私のほうなので、文句は言えません(笑)。シンガポールは何度も訪れているのにまともに観光したことはないので、いいチャンスだと思ってしっかり街歩きしてきます。いま、カメラバッグに、汗拭き用の大きなタオルをしまいました。

S.Akimoto at 11:16|Permalink

2010年04月16日

気温34度の熱帯の国へ

 
執筆を進めている新著の確認取材&撮影のため、昨日は午後から成田のANAスカイセンターへ。仕事を終えたあとはそのまま空港近くの成田エクセルホテル東急にステイして、大浴場やサウナで身体を解きほぐし、今朝はまた空港に来ています。


4月中旬とは思えない寒さですね。しかも、朝から冷たい雨。第1ターミナルの46番ゲート付近からは、駐機スポットで忙しく出発準備を進めるシンガポール航空のSQ637便──エアバスA380が窓越しに見えます〔写真〕。

何度も書いてきましたが、目の前で見るとやっぱりでかい! 近くのスポットに停まっている他の旅客機が、まるで小さな子供のよう。11時30分発のこのオール2階建て巨人機に乗って、これから約1年ぶりにシンガポールに向かいます。

外気温は現在、摂氏6度と表示されています。ネットでシンガポールの天気を調べてみたら、今日の最高気温はなんと34度と出ていました。今週末はこの常夏の国で、久々の完全オフ。どちらかというと暑いのは苦手なのですが、炎天下の屋台で汗だくになりながら栄養補給して体力をつけ、今後夏場にかけて続くハードな海外取材に備えたいと思います。

それにしても、暑そう。34度かあ。ふう。──行ってきます!

S.Akimoto at 10:07|Permalink

2010年02月20日

飛機如何飛上天?

 
本日のBlogタイトル──これ、何だかわかりますか? 中国語(北京語)です。日本語に訳すと「飛行機はどのように飛んで天に昇りますか?」。じつは翻訳された私の著書『みんなが知りたい旅客機の疑問50』の中国語版タイトルで、台湾の晨星出版社から最近発売になりました。


まだ私にも見本が届いていないのですが、今週、上海で会った人たちとのディナーの席でこの本のことが話題に。で、そうだ、日本の読者のみなさんにも一応ご報告だけはと思い立ちました。

上の写真がその表紙です。オリジナルとはずいぶん違いますね。サブタイトルは「從機場發現50個航空常識」で、これは「空港で航空の50の常識を発見する」という意味だそうです。その下の著者名は漢字で「秋本俊二」のままですが、これは中国語だとどう発音するんだっけ? 地元の人に教わってきたのですが、飲みながらだったので、忘れちゃいました。

台湾で発売になったのに続いて、中国の出版社との契約も済み、翻訳作業が現在進んでいます。中国語圏は広いので、さまざまな国の人たちに手にとってもらえるようになるといいなと思っています。

S.Akimoto at 18:11|Permalink

2010年02月17日

上海だより

 
今年5月1日からの万博開催を控えた街の様子を取材するため、上海に来ました。天気はよく、気温も東京と同じくらいだと思うのですが、実際はすごく寒い! ビル街の無機質な壁に風がはね返って舞っているせいか、空気がとても冷たく感じます〔写真は旧「石庫門」のレンガ建築が残る新天地〕。


中国での万博初開催が決まったのは、2002年の12月でした。モンテカルロで開かれた国際博覧会事務局総会での各国代表による投票で、候補にあがっていたのは上海(中国)のほか麗水(韓国)とモスクワ(ロシア)、ケレタロ(メキシコ)、ブロツラフ(ポーランド)の5都市。それぞれが果敢に誘致合戦を進めてきたものの、どこも総票数の3分の2以上にはなかなか届かず、4回目の投票で上海が麗水に20票差をつけて万博開催を勝ち取りました。

私はそのときも、いまと同じように上海にいました(あれは何の取材で来ていたのだっけ?)。南京東路の広場の巨大スクリーンで地元テレビ局が生中継で結果を伝えると、集まった数千人の市民からわき起こる大歓声。花火の音を合図に、年配の人々が手にした小旗を振り上げ、広場のあちこちで若者たちが誰かまわずに抱き合いはじめました。目が合ったふくよかな女性が両手を広げて私のほうにも向かってきたのですが、あまりの体格のよさに怖くなり、あわてて避難したのを昨日のことのように覚えています。

そんな当時のことを思い出しながら、私は先ほど、約束していた現地の関係者二人と新天地の一画にあるカフェで合流。上海の現状や今後のことについて2時間ほど意見を交換し、いったんホテルに引き上げました。

──と、ここまで読んで「えー、うちの原稿は?」と声をあげた新聞社のMさんと雑誌編集部のTさん。大丈夫ですよ(笑)。明日と明後日の締め切りはちゃんと守るため、仕事はこっちに持ってきていますから。これからディナーに出ますが、今日は“夜遊び”もほどほどに、早めにホテルに戻ります。その後は朝まで原稿書きに集中し、明日午前中の便で帰国する予定です。

S.Akimoto at 17:14|Permalink

2010年01月30日

機内で入国手続き

 
成田から人気リゾート・バリ島のデンパサールへ飛ぶガルーダインドネシア航空〔写真〕のGA881便で、2月1日よりちょっと便利なサービスが始まります。そのサービスとは、到着前の機内で入国審査などの手続きを済ませてしまうというユニークなもの。他のエアラインにはない試みだけに、注目です。


旅行者はまず、成田空港でチェックイン後にインドネシア入国に必要な短期ビザ(25米ドル)をカウンターで購入し、レシートを受け取ります。出発して機内でのミールサービスが終わると、搭乗機に同乗しているインドネシアの入国管理官が乗客一人ひとりの席に回ってくるので、パスポートといっしょにそのレシートを提示。入国審査済みであることを証明する水色のカードをくれるので、到着したデンパサールの空港でそれを係官に渡すだけで、イミグレーションの列に並ぶことなく簡単に入国できます。

日本からの便は午前11時に発ち、デンパサールには夕方17時35分に到着します。それからすぐにホテルへ向かい、荷物を解いて夕陽を眺めに行ったり、ショッピングや食事に出かけたり──。入国手続きの時間が節約されることで、バリ島の夜を着いたその日からフルに満喫できるようになるでしょう。

このサービス、じつは今回が初めてではありません。ガルーダインドネシア航空は以前もトライアル的に実施していた時期があり、ずいぶん前ですが私も利用したことがあります。世界中を放浪していた頃だから、もう20年以上も前──1980年代の終わりだったでしょうか。当時はフリーライターとして、普段は日曜日や祝日も休まずに働くだけ働き、その後まとめて時間をつくって海外へ。そんな生活を続けていました。日本を発つと、3カ月くらい戻らなかったりして。いい思い出です。また、あんな旅がしたいなあ。

S.Akimoto at 19:00|Permalink

2009年12月28日

サンダカンの丘から

 
ボルネオ島の北東、サンダカンという東マレーシアの小さな街に来ています。うまい具合に連続して空いた年末の時間を利用して、急きょ旅に出ることを思い立ちました。


このBlogでは主に航空ジャーナリストとして「エアライン」や「空の旅」についてつづっていますが、私はほかに作家として追っている個人的なテーマをいくつか持っていて、今回の渡航目的もその一つに関連するものです。昨日の夕方、クアラルンプールに入り、今朝一番の便でサンダカンに到着。そこから車で市内へ移動し、南シナ海に面した坂の多い港町を半日かけてのんびり歩きました。

街の中心部の北側、小高い丘の上には、1934〜52年にこの地に滞在した作家アグネス・キースが住んだコロニアル風の民家が復元・保存されています。だいぶ汗もかいたので、同じ敷地内にある「イングリッシュ・ティーハウス」で30分ほどティータイムをとることに〔写真〕。サンダカンにはまた、かつて日本の貧しい農村や漁村から娼婦として売られていった「からゆきさん」たちが眠る日本人墓地があります。休憩後、ティーハウスから東の方向へしばらく歩いて古い石段をのぼりきったところに、それは港を見下ろすようにひっそりとたたずんでいました。

さて、明日予定している現地在住の人たちへのインタビューを終えたら、すぐに帰国の途につかなければなりません。Blogの更新は今日が今年最後になります。お世話になった方々、そして読者のみなさん、1年間ありがとうございました。また来年、元気で、笑顔でお会いしましょう。2010年がみなさんにとって、充実した実りある、楽しい1年になりますように。

S.Akimoto at 23:41|Permalink

2009年12月19日

グアムからフィジーへ

 
以前のBlog「フィジーへの新ルート」でも報告したコンチネンタル航空のグアム/フィジー線の就航第1便が、現地時間の今朝8時30分(日本時間4時30分)にナンディ国際空港に到着しました。フィジーは世界で最初に朝を迎える国で、上空の機内から眺める朝日の美しさには私も感動したことを覚えています〔写真〕。


さて、初便となったCO948便は、ほぼ満席で昨夜22時50分にグアム国際空港を出発。取材のため同便に搭乗していた記者からは「到着したナンディ国際空港ではポリスバンドによる歓迎の音楽などで盛大に出迎えられた」と報告がありました。

その取材には私の知人の写真家らも参加しています。ナンディ国際空港に到着した一行は、そこから小型機に乗り継いで人気のリゾート、マナ島へ。彼らはそこでも陽気で人懐こいフィジアンたちにギターの生演奏とコーラスで迎えられ、いまごろはきっと、思い思いに“真夏のクリスマス”を楽しんでいることでしょう。

S.Akimoto at 08:03|Permalink

2009年10月24日

老人を敬うこころ

 
ホテルを出てぶらぶら街なかを散策し、やってきたのは市内中心の北東部に位置する什殺海公園のあるエリアです。石造りの橋に隔てられた二つの湖(前海と后海)を遊歩道がぐるっととり囲み、その遊歩道を、観光客を乗せた名物の三輪リキシャが行き交います〔写真〕。湖畔からちょっと外れ、路地を一本入ると、人々が昔ながらの生活を続ける胡同(フートン)の様子も垣間見ることができました。北京の下町のレトロな雰囲気を味わうなら、このエリアが一番です。


土曜日の昼下がり。湖畔のカフェでは老人たちが集い、その前の道を若者たちのグループが大騒ぎしながら通り過ぎていきます。中国の人たちは良い意味でも悪い意味でも、本当にエネルギッシュ。昨夜訪ねた市内の中華レストランでも、数家族が合同で大きなテーブルを囲み、店じゅうに大声と笑い声を響かせながら何時間もかけて食事を楽しんでいました。

「そんな中国の人たちが、私は好きですね」

そう言っていたのは、今回の取材でお世話になったANA広報室の鈴木雄平さんです。彼は最近まで北京支店に駐在していました。

「一人ひとりが意見を主張し、自分の信念は絶対に曲げません」と彼は続けます。「そんなところが日本人には強引すぎる感じで、敬遠してしまう人もいます。でも、彼らには裏表がないんですよ。だから、本当はとてもつき合いやすい。みんな言いたいことは言いますが、老人を敬う心とか、人間に対するやさしさもしっかり持ち合わせている。私はそう感じています」

市内を移動するバスの中でのことでした。込み合っている車内で、数人が議論しています。言い合っている内容までは、もちろんわかりませんが。途中の停留所でバスが止まり、二人の老人が乗り込んできました。すると、それまで張り上げていた声が止み、二人の老人の前に彼らを通してやるためのスペースができました。座っていた二人の若者が席を立ち、老人を座らせます。そうして老人が無事に席に座れたことを見届けると、車内ではさっきまでの議論がまた再開する──今回の旅で、そんな光景にも遭遇しました。

S.Akimoto at 19:51|Permalink

2009年09月30日

建国60年の中国

 
今日で9月も終わり。秋の気配も色濃さを増してきました。明日10月1日に隣の中国では建国60周年を迎え、首都北京を中心にさまざまな行事が予定されているようです〔写真は2005年の国慶節の時期に訪ねた北京。天安門から故宮博物院への長蛇の列に、人口の多さを実感しました〕。


2008年夏には北京五輪も開催され、中国はここ数年で激変しました。GDP(国内総生産)では2007年にドイツを抜いて世界第3位に。経済危機で世界全体がマイナス成長に転じるだろうといわれる2009年度も、中国はなお6%超の成長率を維持し、2010年には日本を抜くという予測もあります。

ただしGDPを国民一人あたり数値でみると、中国はまだ日本の10分の1程度。これは日本の1975年当時とほぼ同じレベルらしい。そして、かつての日本がそうであったように、経済成長の陰では貧富の格差拡大や公害などの問題が深刻化しつつあります。

良くも悪くも、中国は今後もドラスティックに変化しつづけていくことは間違いありません。私はこれまで、アメリカやヨーロッパの取材に多くの時間を割かれ、アジア──とくに中国取材に関してはあまり腰を据えて取り組むことはできませんでした。その「中国」をこの秋からは重要な取材テーマの一つに加え、各地の特徴ある街の様子やそこで暮らす人々、そしてもちろん成長著しい中国系エアライン各社の情報なども交えて報告していく予定です。

S.Akimoto at 23:12|Permalink

2009年09月15日

香港経由でフィジー

 
2009年3月でフィジーの玄関口ナンディと成田とを結ぶ直行便の運航を終了したエア・パシフィック航空が、今度は香港からの新路線を開設することになりました。今年12月3日から、木曜日と日曜日の週2便で就航します。


新しく開設される香港/ナンディ線の特徴は、キャセイパシフィック航空とのコードシェア便であること。東京や名古屋、大阪、福岡など日本の各都市からはキャセイパシフィック航空便で香港に向かい、同日乗り継ぎで南太平洋の楽園フィジーへのアクセスが可能になります。

先日(8月6日)のBlogでもお知らせしたように、12月18日にはコンチネンタル航空によるグアム/フィジー線がスタートすることがすでに発表されました。地図を広げてルートの効率性を見てみると、グアム経由というのはロスがなくてとても理にかなっていますが、ストップオーバーを利用し香港とフィジーを結びつける旅を計画するのもいいかも知れません。

陽気なフィジアンたちと接しながらのフライトも、エア・パシフィック航空を利用する楽しみの一つです〔写真は機内サービスの様子〕。香港/ナンディ線はボーイング767-300ERを使用し、タンブーアクラス(ビジネス)18席とパシフィックボイジャー(エコノミー)228席での運航を予定。今年3月以降、日本から遠ざかっていたフィジーが、またぐっと近づきますね。

S.Akimoto at 17:38|Permalink

2009年09月09日

30社目のオンエア

 
スカパー「旅チャンネル」の情報番組『世界のエアラインガイド』で、先週からフィリピン航空〔写真〕が登場しています。同番組の“シーズン1”がスタートした2008年8月から数えると、今回のフィリピン航空はちょうど30社目。放送を観ながら、これまでずいぶんたくさんのエアラインについて語ってきたなと思いました。


フィリピン航空は現在、東京・名古屋・大阪からマニラへデイリーで、福岡からも週5便で運航。セブ島へも東京から週5便の直行便が飛んでいます。設立は1941年と、アジアのエアラインでは最も歴史が古い。戦後日本でJALが誕生した際に、新人クルーたちをマニラに送り、フィリピン航空にサービス訓練を依頼したという経緯もあります。

ハブ拠点であるマニラ国際空港にはターミナルが3つあり、フィリピン航空はそのうちの1つを専用で使用しています。同じターミナルに国際線と国内線が共存しているので、乗り継ぎがとてもスムーズ。大小7,000以上の島々からなるフィリピンはトロピカルな大自然とビーチの宝庫で、日本からマニラを経由してそれらのリゾートアイランドへ向かう人も少なくありません。

番組ではそんな情報も含めて、フィリピン航空の特徴を詳しく解説しています。客室乗務員のユニフォームの話や、フライトに乗務する日本人機内通訳からの貴重なメッセージなど盛りだくさんの内容ですので、ぜひご覧になってみてください。

S.Akimoto at 21:46|Permalink

2009年08月21日

海でつながる港町

 
東京・赤坂でルフトハンザのPR担当者らとのミーティングを終えたあと、四谷まで足を延ばし、友人である写真家・高島史於さんの写真展『仁川・射水──海でつながる港町』をのぞいてきました。韓国文化院内の“ギャラリーMI”で現在開催中です。


仁川(インチョン)はアジアでも有数の近代的な国際空港を抱える韓国の“空の玄関口”であり、その観光都市としての魅力をPRするため韓国政府は2009年を「仁川訪問の年」に公認しました。高島さんは外国人としてはただ一人の仁川広報大使に任命され、この半年余りは韓国と日本を行ったり来たり。今回の写真展は現地で撮影した作品と、これまでライフワークにしてきたという富山県射水(いみず)市の写真を組み合わせた、ユニークな企画の催しです。

それにしても、韓国の仁川と日本の富山県射水市が、どう結びつくのか? アポもなしに会場を訪ねた私を笑顔で出迎えてくれた高島さんは、それについてこう話してくれました。

「仁川だけにスポットを当てるのではなく、韓日の“交流”をテーマにした写真展にしたいという希望がありました。そこで思いついたのが、同じ港町であり、海を隔てて距離的にも近い富山県射水市との結びつきです。射水市は2005年11月に新湊市と小杉町、大門町、大島町、下村が合併して誕生した新しい市ですが、私は新湊を中心に同地域の人々や風景を20年にわたり撮り続けてきました。その射水と仁川が、共に漁業が盛んで、魚介類の豊富さや食文化、人々の気質などさまざまな共通点があることに気づいたのです。今回の写真展を通じて、両市の交流がより活発になってくれることを願っています」

掲載した写真は、展示作品の一部です。左が仁川の都護府庁舎“庇の丹青”で、右が射水の光正寺。東京での写真展は明日22(土)で終了しますが、来月には富山県射水市に会場を移し、引き続き開催されます。射水市での会場は高周波文化ホール(同市三日曽根3-23)で、開催は9月30日(水)〜10月6日(火)。高島さん渾身の作品の数々に、ぜひ触れてみてください。

S.Akimoto at 01:04|Permalink

2009年08月06日

フィジーへの新ルート

 
下の写真──がっちり握手を交わしているのは、フィジー諸島共和国大使館一等書記官のウライアシ・T・ラブラさん〔左〕と、コンチネンタル航空旅客営業部部長の佐久光俊さん〔右〕です。


それまで20年以上にわたって運航を続けてきたエア・パシフィック航空の成田/ナンディ線が今年3月で終了になり、私たちからずいぶん遠く離れてしまった南太平洋の楽園フィジー。そのフィジーと日本が、コンチネンタル航空の太平洋地区のハブ空港であるグアムとホノルルを経由して結ばれることになり、先ほどその記者発表会に出席してきました。

フィジー、いいですよ。また行きたいなあ。2007年5月に訪ねたときの様子は、当時のBlog(5/7〜5/12)でも報告しました。人間が大好きで、自然のままでいることを何よりも大切にするフィジアンたち。いつも陽気で、底抜けに明るく、すれ違うたびにみんな嬉しそうに「Bula!(こんにちは)」と手をあげてケラケラ笑う彼らの仕草や表情は、いまも記憶に焼きついて忘れません。

そんなフィジアンたちが暮らす同国の玄関口、ナンディ国際空港へ、グアムとホノルルからコンチネンタル航空の週2便ずつの直行便がいよいよスタートします。新路線に投入されるのはボーイング737-800(ビジネス14席とエコノミー141席の2クラス構成)。とくにグアムへは、札幌、仙台、新潟、東京、名古屋、岡山、広島、福岡の8都市から同社便で結ばれていますし、年内には関西からグアムへの直行便の運航再開も決定しました。つまりこれからは、日本の地方都市で暮らす人たちにも、グアム経由でフィジーへという新たな扉が開かれることになるのです。

グアム/ナンディ線、ホノルル/ナンディ線ともに、就航は2009年12月18日です。常夏の島フィジーで、海水パンツをはいた陽気なサンタに迎えられてのクリスマスを、みなさんもいまから計画してみてはいかがですか?

S.Akimoto at 16:30|Permalink

2009年06月07日

アンコール遺跡群

 
週末の金曜日は、写真家の高島史於さんと中田浩資さん、産経新聞社のタブロイド紙「サンケイEX」の記者・市川雄二さんと夕方から東京・銀座で合流。私の行きつけの和食屋で一献を傾けました。


交流のきっかけは、昨年春の北欧ノルウェー取材でした。船とバスと鉄道を使って壮大なフィヨルドを訪ね歩いた8日間で、彼らとはすっかり意気投合。この日の再会は約10カ月ぶりでしたが、その後もみんなそれぞれに忙しく活躍している様子です。サンケイEXの市川さんは中堅記者として相変わらず幅広く活動を続け、今月末にはトルコのイスタンブールに飛ぶ予定とか。写真家の高島さんは今年、韓国・仁川市より「広報大使」の任命を受け、日本と韓国を行ったり来たり。もう一人の中田さんもライフワークである“人物ルポ”のため国内外を飛び回っています。

その中田さんの作品は現在発売中の総合月刊誌『潮』(潮出版社)7月号の巻頭グラビアページで見ることができます。「アンコール遺跡群──東南アジアに開花したクメール文化の足跡」と題してカラー7ページで掲載されている見事な写真の数々。私もさっそく拝見し、何年かぶりでカンボジアを訪ねてみたくなりました〔写真は4年ほど前に現地で撮影〕。

ちなみに、アンコールワット訪問の玄関口となるシェムリアップへは、ベトナム航空を使うとホーチミンまたはハノイ経由で同日乗り継ぎでアクセスが可能。タイ国際航空などを利用したバンコク経由でのツアーも多いほか、地方都市からは大韓航空を利用しての仁川経由便の人気も高まっています。

S.Akimoto at 10:33|Permalink

2009年04月13日

“香港の味”を空港で

 
香港を訪れる人たちの大きな目的の一つが、グルメを満喫することだといいます。その何がこれほど人々を引きつけるのか? “香港の味”はスープとソースに尽きる、と私は考えてきました。カニのみそや、1980年代に香港で誕生し「中国料理界最大の発明」とまで言わしめたXO醤(エックスオージャン)。それらの調味料をからめたソースを新鮮な食材やヌードルなどにあえた独特の味覚が、旅人たちをとりこにするのだ──と。


高温多湿の夏でも、香港では「湯(トン)」と呼ばれる食べやすいスープで味に工夫を凝らし、食欲が落ちることはありません。今回の旅でも感じましたが、庶民的なB級グルメの店でも深い味のスープが出てくるところは、まさに香港ならではでしょう。

市内のレストランだけではありません。香港へのアクセスでキャセイパシフィック航空のビジネスクラスを利用する場合、私が必ず利用するのが、香港国際空港の空港ラウンジ「ザ・ウイング」。空港ラウンジの中でも、施設の充実ぶりでここは間違いなく世界の3本指に入るでしょう。そう評価している私がいつも楽しみにしているのが「ヌードルバー」と呼ばれるコーナーです〔写真〕。人気の四川風タンタン麺や日本風ラーメンなどのメニューが用意され、その場で好きな種類を注文できます。

香港を発つ前に、雑誌向けのコラムを完成させて送稿しなければならない予定があり、帰りは余裕をもってホテルを出発。空港でチェックインし、すぐにラウンジへ向かいました。ひと仕事を終えてヌードルバーへ行き、今回オーダーしたのは、エビのワンタンと青菜が添えられたワンタン麺です。豚骨とさまざまな魚のダシを使った上品な味のスープが、旅の疲れをいやしてくれました。

S.Akimoto at 21:18|Permalink

2009年04月12日

2階建てトラム

 
報告が前後してしまいましたが、香港に着いた翌日は午後からスターフェリーで香港島にわたり、遅い時間までゆっくりと街を散策しました。4月10日からイースターホリデーに入った香港では、どこも多くの人で賑わっています。


なかでも湾仔(ワンチャイ)周辺は、人口密度が世界でも有数の地域。繁華街の雑踏の中をガタンゴトンと走る2階建てのトラム(路面電車)を、道行く人たちはさりげなくかわしながら平然と歩いています。2階建てのバスはあちこちにあっても、2階建てのトラムは世界にここにしかありません。島の北側の下町やオフィス街、そして繁華街を、東から西に行ったり来たり。200〜300メートルおきに駅があって、運賃も一律2香港ドル(約30円)と安く、100年も前から地元の人々の足として活躍してきました〔写真〕。

2階建てトラムが通る道から1本北側を平行して走るのが、怪しげな色のネオンが揺れる駱克道(ロックハードロード)です。香港の公娼制度は1932年に廃止されましたが、それまではこの通り一帯に「貸座敷」という名前の遊郭が並んでいたそうです。銅羅湾(コーズウェイベイ)まで足を伸ばして夕食をとったあと、再び湾仔へ戻るのに、ネオンの灯った駱克道を歩いてみました。

道の両側にナイトクラブが建ち並び、店の女性や客引きたちが熱心に声をかけています。こんな光景も、まさに香港の“顔”の一つ。通りの一角で見つけた英国風のパブに入ってワインを飲みながら、香港らしい活気に深夜まで浸っていました。

S.Akimoto at 12:26|Permalink

2009年04月11日

マルコポーロ香港

 
1年ぶりで香港に来ました。宿泊しているのは、尖沙咀(チムサーチョイ)のビクトリア湾に面した「マルコポーロ香港」。新開発された広東ロード沿いにあり、ネイザンロードにある地下鉄「尖沙咀駅」まで歩いて3分、すぐ目の前には香港島へ渡るスターフェリーの乗り場があるというとても便利なロケーションのホテルです。


九龍(カオルーン)側に滞在するときは、対岸の香港島の夜景鑑賞をいつも楽しみの一つにしています。運よく14階のハーバービューの部屋を予約することができ、一昨日の夜遅くにチェックインして部屋に入ると、すぐに大きな窓のカーテンを全開にしました。そのまま今日まで、夜も朝もずっとカーテンを閉めることなく過ごしています〔写真〕。

2003年から開催されている毎晩午後8時からの「シンフォニー・オブ・ライツ」を楽しむのにも、ここは抜群の立地です。昨夜は香港島に出かける用事があってこのイベントは見逃してしまいましたが、今夜は夕方までにはホテルに戻ってくるつもり。ミシュランにも紹介された6階のレストラン「CUCINA(クッチーナ)」で7時ごろからマネージャーやシェフらと会う予定があるので、ついでにカクテルでも頼んで窓側の席を用意してもらい、光と音の祭典に酔いたいと考えています。

S.Akimoto at 09:49|Permalink

2009年03月19日

台湾のベニス

 
台北市中心部からちょっと遠出をする日帰りスポットについて、一昨日のBlogで書きました。下の写真は「台湾のベニス」と呼ばれている淡水です。MRT淡水駅の目の前から河沿いに遊歩道がつづき、地元の若者グループやカップル、観光客らがそぞろ歩き。その足もとを、ネコがのんびりと散歩しています。


魚釣りをしていたおじさんが「週末は若い人たちでごった返す」と言っていたので、散策するなら平日がおすすめ。淡水河ぞいの遊歩道に並行して、みやげ物屋などが並ぶ旧市街の中正路が通っています。駅からの行きと帰りで違う道で歩くと変化があって楽しく、1時間もあればぐるっとひと回りできます。

私たちの淡水訪問の目的は「台北一の絶景」と言われる夕日の撮影だったので、日が沈む時刻までカフェでビールを飲みながら待つことに。で、そろそろかなと思ってカメラを持って店を出ると、太陽が雲の中に隠れてしまいました。

同行者である航空写真家の小栗義幸さんに「撮影のために天気をどうにかするのもプロカメラマンの仕事じゃないの?」と言うと、彼は「無茶言わないでくださいよ」と笑っていました。

さて、3泊4日の駆け足での台湾取材も昨日が最終日。午後のチャイナエアライン18便で、夕方帰国しました。淡水で、九份で、そして台北市内で出会った親切な台湾の人々が印象に残ります。親日的な雰囲気に包まれながら、おいしいものを食べ、満足のゆく時間を過ごすことができました。来週からはボーイング社の取材で、アメリカへ飛びます。その報告は、また現地から。

S.Akimoto at 06:34|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら各媒体にレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『飛行機はなぜ、空中衝突しないのか?』(KAWADE夢文庫)『羽田空港のひみつ』(PHP新書)『これだけは知りたい旅客機の疑問100』(SBクリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。

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