アジア・太平洋の旅

2017年04月24日

ブログ再開

 
バリとジャカルタへ飛んだ先週のインドネシア取材も、無事に終了しました。デンパサール空港に近いフォーシーズンズホテルでは、その立地を生かして楽しむ飛行機の離発着撮影を航空写真家チャーリィ古庄氏とともに体験。ジャカルタでは5月1日よりフル稼働するスカルノハッタ国際空港の新しいターミナル(T3)を視察し、充実した3日間だったと思います。

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写真はスカルノハッタ国際空港に隣接するガルーダ・インドネシア航空の整備ハンバーを訪ねたときのものです。ガルーダは航空機のMRO(メンテナンス、リペア、オーバーホール)ビジネスにも注力し、自社機のみならずアジアを中心とするエアライン各社の重整備を受託。安全に不可欠な技術力を蓄積している様子を垣間見ることができました。

さて、取材から帰国した先週の木曜日、私は誕生日を迎えました。たくさんの温かいお祝いメッセージをいただき、感謝しています。そして誕生日といえば、このBlog『雲の上の書斎から』がスタートしたのも、11年前の4月20日。昨年末から更新が途絶えがちでしたが、12年目を迎えたのを機に少しずつ再開していきたいと思います。

ただいま、朝の6時を回りました。これから支度をして成田へ向かいます。フィンエアーを利用し、ヘルシンキ経由で北欧アイスランドへ。1週間の日程での取材です。時間を見つけて現地からまた報告を書きます。

S.Akimoto at 06:06|Permalink

2016年10月05日

ベトナムから帰国

 
9月末からのベトナム取材が終了しました。夏の初めから公私にわたっていろんな出来事が重なり、時間に縛られてきましたが、やっと日常が戻りつつあります。今後はまた書き物に集中する時間をベースにしながら、停滞していたBlogもぼちぼち再開していきたいと思います。

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今回の旅では本当によく食べました。おこげご飯にヤギ肉料理、ベトナム風つけ麺のブンチャー、定番のフォーに揚げ春巻き。昼と夜はベトナム料理のフルコースが多かったのですが、カロリー過多を気にしなくていいので、始まると箸が止まりません。食事にあわせてビールのほか、ベトナムでは珍しくワインもかなり飲みました。

なぜカロリー過多を気にする必要がないのか? 基礎代謝が低下する年齢になり、食べる量も内容も普段はセーブしているのですが、あるグルメライターが教えてくれたのです。「ベトナム料理はヘルシーなので、どんなに食べても大丈夫。旅をして帰ってくると、むしろ体重が減っていたりするんです。だからベトナムに行ったら、遠慮なく食べないと損ですよ!」と。

アドバイスを思い出し、現地では朝・昼・晩ともしっかり食べ、旅を思い切り満喫しました。そして帰国し、自信満々で体重計に乗ってみると──あれれ、出発前により2.5キロも増えている。まいったなあ。みなさん、“食通”を自認するライターの言葉など、あてにしてはいけません。どんな料理でも、食べれば太ります。

S.Akimoto at 15:55|Permalink

2016年06月10日

武漢で食べ歩き

 
帰国してすぐに国内(福井)の取材に出ていたため、中国レポートが中断していました。今日は重慶に続いて訪れた内陸部の二つ目の都市、武漢の報告です。重慶から新幹線で6時間余り。到着したその日の夕方から、食べ歩きの旅が始まりました。

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とくに楽しかったのは、翌日の朝から訪ねた戸部巷の屋台街。幅4メートルにも満たない小さな路地が150メートルほど続き、道の両側にいわゆるB級グルメの屋台がずらりと並んでいます。私たちが足を運んだのは土曜日で、若者カップルを中心に地元の大勢の人たちが繰り出していました。

イカの丸焼き、羊肉の串焼きなどは4本で200円。それだけでけっこうお腹がふくれます。シュウマイもおいしそうなので買ってみました。最後に冷えた缶ビールを買って、名物「熱干麺」の屋台へ。太麺の汁なしラーメンの上に、肉やさまざまな調味料が乗って出てくるので、それをかきまぜて食べます。あえて言えば、カップヤキソバをかき混ぜる感じですが、味はもちろん大違い。モチモチの麺の食感が最高でした。

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朝や昼はこうした屋台で安く済ませ、ディナーは滞在した二晩とも本格中華や四川ダックなどの高級店へ行きました。高級とは言っても、日本円で一人2,000円ちょっと。飲んで、食べて、帰国したら体重が○○キロ増えていました。

S.Akimoto at 11:00|Permalink

2016年06月06日

火鍋パーティ

 
本場の火鍋を食べに行こう! そんな呼びかけで始まった今回の中国・重慶&武漢の旅。賛同者はダイヤモンド・ビッグ社『地球の歩き方』編集長の鈴木達也氏と、旅ライターの永田さち子さん、芹澤和美さん、宮下裕子さんの計4人──昨年7月に姫路城を訪ねた「スカイマーク応援ツアー」のときと同じメンバーです。

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今年2月に成田から重慶と武漢へ直行便を就航したスプリングジャパン(春秋航空日本)のフライト取材を兼ねた旅でした。中国の内陸部まで行くと、さすがに英語はほとんど通じない。そこで活躍してくれたのが、中国語と中国の文化・風習に精通したスペシャリストの芹澤さん。最初は火鍋の本場・重慶だけの旅を考えていたのですが、芹澤さんから「どうせなら二つの都市を楽しみましょう」と提案があり、重慶から武漢までの新幹線チケットなどもすべて彼女が手配してくれました。

上の写真は、重慶の「洪崖洞(ホンヤートン)」の中にある、老舗の火鍋屋さん。5人でたらふく食べて、ビールもこれでもかというくらい浴びるほど飲んで、払ったお金は一人2,000円程度でした。安ゥ! 洪崖洞の建物の外観は、こんな感じです。

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火鍋パーティを満喫した私たちは、翌日午前10時過ぎに重慶北駅を発つ新幹線に乗り込みました。二つ目の都市・武漢の旅の報告は、また日を改めて!

S.Akimoto at 19:27|Permalink

2016年01月09日

台湾でワーホリ

 
20代に若返ることができたら、何をしたいですか? 前に雑誌の記者からそんな質問を受けたことがあります。ろくな答えが浮かばず、ちょっと困りました。20代に戻りたいなんて、私は思いません。ライターの仕事は経験と蓄積が大事で、苦労してようやく物書きとしてのベースができたのに、また振り出しに戻るなんてまっぴらだからです。


ただ、一つだけ「やってみたかったなあ」と心に残っているのは、海外で働きながら滞在すること。私がちょうど20代に「ワーキングホリデー制度」というのが日本といくつかの国の間でスタートし、チャンスがあればとずっと考えていました。短期の旅行ではなく、長期にわたって海外で暮らすという経験は、やっぱり若いうちにやっておいたほうがいい。私はそう思います。いまなら10カ国以上から滞在国を選べますし、海外の初心者なら、身近な台湾あたりがおすすめです。治安がよくて親日的な人も多いことから、若い人たちに「海外へひとり旅に出るならまずは台湾で練習を」とアドバイスしてきました。

昨年12月に、イカロス出版から『台湾・香港 de ワーキングホリデー』というガイド本が発売になりました。台湾と香港の2つのパートに分けて、ビザの申請方法や出発前後のやるべきこと、滞在中の便利情報などをきめ細かく紹介しています。そのうちの台湾のほうを書いたのが、私の仕事仲間である旅ライターの保谷早優怜さん。台湾での留学経験もあり、時間を見つけては自分で何度も海をわたっていく彼女は、台湾に関してはプロ中のプロです。

2010年11月に羽田が再国際化して32年ぶりに海外への定期便が飛び始めたときに、保谷さんから「台湾がぐっと近くなるからチャイナエアラインの初便で日帰り取材に行こうよ」と誘われました。日帰りで、何ができるんだろう? 疑問に思いながらしぶしぶついて行ったのを思い出します。そして「プロの案内があれば、たった一日でこんなに濃い体験ができるんだ!」と感動したことは、5年経ったいまも忘れません。そんな保谷さんがエスコートする“台湾ワーホリ体験”──海外生活に興味のある若い人は、ぜひ手に取ってみてください。

S.Akimoto at 23:46|Permalink

2015年10月22日

パドゥ洞窟から

 
ご覧の写真は、マレーシアの首都クアラルンプールから北へ13キロほど行ったパドゥ洞窟で撮りました(facebookに大きいサイズで掲載しています)。ヒンドゥー教の聖地として知られる場所で、近隣諸国から熱心な信者たちが祈りを捧げに訪れます。「パワースポット」としての人気も高まっているので、行ったことのある人も多いかもしれません。


このパドゥ洞窟から始まる旅のレポートが本日、産経新聞社の日刊タブロイド紙『サンケイエクスプレス』に掲載されました。写真家の倉谷清文氏とともに寄稿しているカラー3ページの「ZOOM」というコーナーです。

今年の9月初旬に取材したもので、取材テーマは「マレー鉄道でのタイへの国境越え」でした。今日(10月22日)付けと明日(10月23日)付けの紙面で「上」「下」2回に分けて掲載されます。本日発売の「上」ではクアラルンプールに到着後、翌日の深夜に発つマレー鉄道に乗るまでのレポートを、明日の「下」では寝台列車の内部や国境駅での様子などを詳しく書きました。倉谷氏の写真もドーンと大きく載っています。

同紙のコーナー「ZOOM」では、今後も倉谷氏とのコンビで「世界と日本の旅」を中心テーマに、月に2回程度寄稿していきます。どうぞお楽しみに。

S.Akimoto at 10:32|Permalink

2015年09月20日

ビル街で急旋回

 
今週、香港へ飛びます。そのことを昨夜、友人と上野で飲みながら話したら、彼は「秋本は啓徳(カイタック)空港に降りたことはあるんだっけ?」と聞いてきました。自分は残念ながらそのチャンスはなかったが、あのスリルは一度は味わっておきたかった──と。私はあります。3回ほど。必ず右側の窓側席をリクエストして。いまでもよく覚えています。


啓徳空港が世界中の多くのファンたちに惜しまれながらその役割を終えたのは、1998年。香港が中国に返還された1年後です。香港行きのフライトは、本当にスリル満点でした。目的地に近づくと、搭乗機は少しずつ高度を下げて空港へ進入し、着陸直前になって急旋回します。右側の窓からは、九龍の繁華街を間近に見えました。到着後、乗客の中には「主翼が高層マンションの壁にすれすれで当たりそうだった」とか「オフィスビルの中の人と目が合った」などと、真剣な顔でクレームをつけてくる人もいたそうです。

ビルの人と目が合った? まさか、と私は笑い飛ばしましたが。最近、ある本を書く仕事で「人の目はどれくらい先までちゃんと見えるか」を調べました。たとえば視力が「1.0」とは「視角が1分(1度の60分の1)のものを見分られる場合」と定義されています。ここでは詳細には触れませんが、視力は通常5メートルの距離を置いて測定するので、1.0の視力の人は5メートル先にある1.5ミリのものを見分けるられる計算です。人の目の大きさは、横幅が4〜5センチ程度でしょうか。仮に4.5センチとして、それをはっきり見分けられる距離は150メートル。当時の旅客機がいくらビルの近くを飛んだからって、そこまで接近することはあり得ません。

この2週間ほど、執筆や打合せに引っ越しが重なり、多忙な日々を過ごしました。香港行きの機内では、そんな話も思い出しながら、ワイン片手にのんびり過ごそうと思います。

S.Akimoto at 22:15|Permalink

2015年09月17日

微笑むLCC

 
先日のクアラルンプールからバンコクへの取材で、初めてのエアラインを体験しました。その会社とは、タイ・スマイル航空タイ国際航空の格安ブランドで、タイの国内線や近隣諸国への国際線をエアバスA320で運航しています〔写真〕。


私たちが利用したのは、ハジャイ(ハートヤイ)からバンコクまでの路線です。ANAの新しい就航路線で成田からクアラルンプールへ飛び、クアラルンプールからはマレー鉄道でタイとの国境越え。本当はそのままタイ国鉄に乗り換えてバンコクまで陸路で行きたかったのですが、スケジュールが限られていたためタイへ入って最初のハジャイで列車を降り、そこからは空路の切り替えたのでした。

タイ・スマイル航空ってどんなだろうと思ったら、わりとしっかりしたエアラインでした。客室乗務員の制服は鮮やかなオレンジ色。社名のとおり、乗客を迎えるときの笑顔が際立ち、サービスぶりにも訓練が行き届いている様子がうかがえます。LCCという感じがしません。

メディアの取材は、どうしても日本に就航しているエアラインが中心になりますが、たまには現地に行かないと乗れない「オフライン紀行」も楽しいもの。世界には、まだまだ知らない航空会社がたくさん存在するので、今後も機会があったら積極的にチャレンジしようと思います。

S.Akimoto at 23:48|Permalink

2015年09月08日

国境の駅で

 
深夜1時過ぎにクアラルンプール中央駅を出発したマレー鉄道は、古い車体を軋ませながら、タイとの国境を目指して懸命に走りつづけます。私たちが予約したのは二等寝台車で、金曜の夜だったせいか、下の段よりも天井が低い上の段しか空きがありませんでした。クアラルンプール市内に勤めている人たちが週末を利用して一斉に短期帰省するようです。1両に40ある寝台は、すべて埋まっていました。


狭い空間ですが、収まってみると意外に快適です。難点は、ルーム灯が壊れていて機能しなかったこと。カーテンを閉めると真っ暗になり、仕方なく横になったら、そのまま眠りに落ちて朝まで目が覚めませんでした。

回ってきた車掌に「パスポートを持ってホームに降りてください」と声をかけられたのは、午前10時過ぎでした。列車は国境手前のパダンブサールという駅に到着。駅舎がイミグレーションになっていて、ここでマレーシアからの出国とタイへの入国手続きを同時に行います。私はちゃんと靴を履いて降りましたが、写真家の倉谷氏は成田からの機内で支給されたスリッパで、また今回の旅のもう一人の同行者であるANA広報部のS氏はパジャマ代わりの短パンに素足で革製ビジネスシューズという変な出立ちでした。二人とも、慌てて出てきたのでしょう。

入国手続きはすぐに済んだものの、なぜか列車がホームからいなくなり、その駅で1時間半も足止めされました。理由も知らされず、ベンチに座ってただ待つしかありません。前を通りかかる人たちはみんな、倉谷氏のスリッパと、S氏の短パンに素足で革靴という足もとをチラ見して行きます。私は、二人から50センチくらいスペースを空け、知らない人の振りをして出発を待ちました。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2015年09月04日

ピンクモスク

 
トルコのイスタンブールにあるスルタンアフメット──通称“ブルーモスク”はその美しさで有名ですが、マレーシアのクアラルンプールにも「ピンクモスク」と呼ばれるモスクがあります。1999年に行政都市プトラジャヤで建設されました〔写真〕。


外観の写真はのちほどfacebookにアップしますが、鮮やかさという面ではブルーモスクよりもこちらのほうが際立っています。見学に来ていた女性のグループからも「色もデザインもすごく可愛い」という声が漏れていました。クアラルンプールの新名所になりつつあるようです。

ANAが13年ぶりに再開した成田/クアラルンプール線を利用し、写真家の倉谷清文氏とともに昨夜23時過ぎに現地に入りました。クアラルンプール滞在は今日一日だけなので、クルマとガイドを雇って精力的に市内撮影を続けています。その中で、ぜひ写真を撮りたいとリクエストして連れてきてもらったのが、このピンクモスクでした。

ライトアップされる夕方からの景色がまた美しいそうなので、このあたりのレストランでゆっくり食事でもしたいのですが、時間がありません。いまから市内中心部に戻り、残りの撮影を継続します。今夜遅くにはクアラルンプール中央駅からマレー鉄道の寝台列車に乗り込み、タイとの国境を目指します。また逐一報告を書きたいのですが、しばらくはネットにつながらないかもしれません。

S.Akimoto at 17:12|Permalink

2015年05月21日

17度線に立つ

 
今年はベトナムにとって、大きな節目となる年です。10年以上にわたって人々を苦しめたベトナム戦争が、1975年4月30日の「サイゴン(現ホーチミンシティ)陥落」で終結。あれからちょうど40年が経ちました。報道などでよく「統一から40年」という表記を見かけますが、正しくは「戦争終結から40年」で、南北ベトナムが統一されたのは翌76年の7月です。


あの戦争は世界が注目し、当時は日本からも現地の“真の姿”を伝えようと多くの報道カメラマンやジャーナリストが海を渡りました。戦火が広がりはじめたのは私が中学から高校へ進む頃でしたが、毎日のようにベトナム関連の記事やニュースに接し、国際報道への興味を掻き立てられたことを思い出します。「サイゴン陥落」を知ったのは高校3年生で、その年にヒットした「22歳の別れ」という平和なフォークの曲が部屋に流れていました。

先ほどfacebookにもアップしたご覧の写真は、かつて南北間の軍事境界線が置かれた非武装地帯──いわゆる「17度線」です。ベトナム中部を訪ねる今回の旅の途中で立ち寄り、ベンハイ川に架かるヒエルルオン橋を旧北側から南側に歩いて渡ってみました。この旅で出会ったベトナムの人たちのたくさんの笑顔を思い出しながら。

少しだけ気になるのは、この国の指導者たちが歴史を「勝者側の視点」でしか伝えようとしていないこと。悲惨な記憶はあえて後世に残すべきではない、という考えもあるのでしょうか。大国のエゴに苦しみ、犠牲を払わされてきた人たちが、どう困難を乗り越えて独立を勝ち得たのか? 笑顔の向こうに隠れた、そんな精神的支柱にも触れる旅ができたら、もっとよかったなと思います。この旅の報告は6月中にもどこかの媒体で詳しく書く予定です。

S.Akimoto at 10:56|Permalink

2015年05月18日

ダナンのコン市場で

 
ベトナムを旅しながら、人間観察を楽しんでいます。たとえば街なかの店で、品物を売ろうといつまでも食い下がってくる商売熱心な人と、呼んでも面倒くさそうに無視する店員と。社会主義の国だから、商売っ気のない人は国に雇われている“公務員”なのかな? いろんなタイプがいて、見ているだけでおもしろい。


市民の台所を覗いてみようと訪ねたダナンのコン市場では、ただただ値段を釣り上げようとやっきになっている若い売り子がいれば、少しだけ欲しいと言うと「それっぽっち? だったらこれ持っていきな」とタダでくれちゃう気前のいいおじさんもいました。カメラを向けたときの反応もみんな違います。若い子の多くはニコニコと白い歯を見せて応えてくれるものの、手で顔を隠して「絶対にダメ」とかたくなに拒否するシャイな年配の人も。もちろん無理強いはせず「あ、ごめんごめん」と言ってすぐに引き下がりますが。

ベトナムの人たちって、どんな感じ? そう聞かれて、この国が好きな人は「日本人と似て勤勉だよ」とか「旅行者に対してすごく親切」とか答えます。けれど一方で「しっかり監視していないとすぐに怠ける」「観光客とみるとみんな吹っかけてくるので、油断禁物だ」なんて決めつける人も。どこの国にも結局、いい人もいれば肌が合わない人もいるのでしょう。

私自身はどう思っているか? まだよくわかりません。自分の小さな体験だけですべての人々にレッテルを貼るようなことはしたくないし、まだ日程が残っているので、もう少し観察を続けてみようと思います。おそらく結論は出ず、不思議なキャラや楽しい個性に出会って大笑いしているだけだと思いますが。

S.Akimoto at 09:07|Permalink

2015年04月14日

日台間に週500便

 
日本から台湾へ、台湾から日本へ。相互の旅行者がどんどん増え続けているそうです。「両国を結ぶ国際線フライトは2015年中にも週500便を超える勢い」と、台湾のメディアが伝えました。


台湾旅行がブームになっていることは、私も昨年の秋に『SANKEI EXPRESS』紙で書きました。格安を武器にファンを集め、国内の空から近隣のアジアへ翼を広げてきたLCCがブームを強力に後押ししている──と。台湾へ飛ぶ場合、以前は日系の2社かチャイナエアライン、米国デルタ航空など大手の利用がほとんどでした。昨秋初めてバニラエアで成田から台北へ飛んでみたのです。人気の「特製とろ〜りクリームパン」〔写真〕を機内で買い、気さくなクルーたちと冗談を言い合いながら、とても快適なフライトでした。

台湾という国はもともと、日本人にとって最も身近な“海外”のひとつです。食べ物がおいしく、親日的で、治安も悪くありません。そんなことから、若い女性たちには「海外へひとり旅に出るなら、まずは台湾で練習を」とアドバイスしてきました。

それにしても、日台間のフライトが週500便というニュースには驚きました。2011年には週250便程度だったそうなので、この4年間で倍増した計算です。私も夏以降に、またLCCで飛んでみようかな。今度は別のLCCで、東京以外の都市から。あるいは同じバニラエアで、次は台北ではなく高雄へ。いま書いている原稿の仕事が終わったら、本気でプランを練ってみようと思います。

S.Akimoto at 18:20|Permalink

2015年01月29日

バクテーの有名店

 
クアラルンプール中心部のインビ通りから一本裏手に入ると、中華料理系の店が並ぶ屋台街に出ます。どの店も安くて、そこそこ旨いと評判で、なかでも地元の人たちでいつも込み合うのが「新峰肉骨茶(Sun Fong Bak Kut Teh)」というバクテーの超有名店。現地の人に連れられて、お昼に行ってみました。


バクテー(肉骨茶)とは、骨付きの豚肉を漢方のハーブを効かせたスープで煮込むヘルシー料理です。茹でこぼしをしながら作るので豚の余分な油が取り除かれ、味は意外なほどあっさり。漢方の臭さもありません。三枚肉やスペアリブ、ホルモン、骨つきモモ肉など豚肉のいろいろな部位を味わえるのも魅力です。

隣の国シンガポールにもよく行くバクテーの名店がありますが、クアラルンプールのこの店は白スープのバクテーのほか鉄板焼きやホルモンの煮込みなどメニューが豊富。シンガポールとマレーシアと、バクテーはどちらが本家なのだろうと思ったら、双方で「うちが元祖」と言い張っているそうです。クアラルンプール郊外のクランという街が発祥という説が有力なようですが。

脂肪分などを身体から洗い流す中国茶といっしょに──というのがバクテーの一般的な食べ方で、この日はジャスミン茶を注文しました。もちろん、ビールもついでに(笑)。いろんな種類をたらふく食べて、一人せいぜい1,000〜2,000円程度。満足でした。

S.Akimoto at 11:46|Permalink

2015年01月27日

赤道に近い都市

 
身体が軽〜く感じます。昨年末のパリ取材を終えてから、ウエイトオーバーの解消に取り組んできました。アジアや中東、アフリカ、欧米と海外での仕事が続き、ついついおいしいものを食べ過ぎてしまって。旅の取材では食べることも必須なので仕方がないことですが、そこに極度の運動不足も重なったようです。


でも「身体が軽く感じる」と書いたのは、じつは減量の成果ではありません。軽くなった理由は、昨日から滞在しているマレーシアのクアラルンプールという土地にあります。どういうことか、というと──。

赤道に近いクアラルンプールでは、地球が自転している遠心力で、どの人の体重も平均200グラムほど軽くなります。これ、ウソではありません。自分の体重を正確に測って、その体重と完全に等しい浮力を持つ風船を用意し、それにぶら下がったと仮定しましょう。計算上は体重と風船の浮力がちょうどつり合うはずですが、クアラルンプールでは静止しません。地球の遠心力で、身体が徐々に浮き上がってしまう。つまり、その分だけ身体が軽く感じてもおかしくないのです。

な〜んて、たかが200グラムの差なんて、認識できるわけないか。トイレに一回行けば、それ以上に体重は変動しますから(笑)。クアラルンプールで身体が軽くなった本当の理由は、日本から着てきた重いジャケットやコートを脱ぎ捨てたからです。昨日朝、自宅を出発したときの気温は摂氏3度でしたが、到着したこちらの温度表示は30度。半袖のポロシャツ一枚になったら、心も身体も解放されました。今週はクアラルンプールに滞在して、人に会ったりホテルで書き物をしたり──まあ、仕事はほどほどにして、プライベートな時間もゆっくり楽しみます。

S.Akimoto at 00:54|Permalink

2014年12月25日

動物に癒された1年

 
2014年も、余すところあと6日となりました。この1年間の写真を整理していて思ったのは、動物に触れ合う機会が多かったなということ。そしてどの写真にも笑顔の自分がいることで、心を癒されている様子が伝わってきます。


3月に行ったオーストラリアのシドニーでは、郊外の大自然のなかで乗馬に熱中しました。約2時間をかかて森の中へ分け入っていった体験は、忘れられません。モーヴくんという名のあの11歳の牡馬、元気かなあ。またそう遠くない将来、会いに行きたいと思っています。その帰りには動物園にも寄り、コアラやカンガルー、ワニなどと遊びました。

6月のパラオでの一番の思い出は、湖に生息する2,000万匹のクラゲたちと泳いだこと。気味悪さと恐怖心から最初は嫌々だったものの、だんだんクラゲたちに心を奪われ、少しでも長くここで彼らといっしょにいたいという気持ちに変わっていったことを思い出します。11月のドバイでは、夜の砂漠でラクダに乗りました。ついでに、市内でラクダ肉のハンバーガーを食べたのは、余計な経験だったかも知れません(笑)。

そして12月のモーリシャスでは、ゾウガメやライオンを自分の手でなでました。つい最近のことなので、その感触はいまも手に残っています。facebookにもいくつかの写真をアップしましたが、どれも楽しい思い出で、2015年もまた忘れられない旅ができたらいいなと願っています。

S.Akimoto at 16:46|Permalink

2014年11月09日

“トゥクトゥク”に乗っ

 
タクシーについて書いた前回に続いて、今日はバンコク市内のあちこちで見かける三輪バイク「トゥクトゥク」の話。タクシーに乗るときは「メーターを倒す、倒さないでいつももめて、いちいち交渉が面倒臭い」と報告しました。ですが、トゥクトゥクには最初からメーターなどありません。その都度、運転手との料金交渉が必要になります。


たいした距離ではないのに「200バーツね」とふっかけてくる質の悪い運転手がいる一方で、中には「30バーツいただければどこでも行きます」と笑顔を向ける気のよさそうなお兄さんも。30バーツは、日本円でわずか120円! こんなので商売になるのかなあと怪しんでいると、お兄さんは「いいから乗って、乗って」と急かします。まだ行き先も告げていないのに、大丈夫なの? すると彼は、席に着いた私に「お客さん、お土産屋さんに寄ってもいいですか?」と聞いてきました。

ほら、きたゾ。私が首を振って「ダメ。まっすぐBTS(高架鉄道)の駅まで行って」と言うと、彼は日本語が記された画用紙を私に提示しました。そこには、こう書かれています──「お土産屋さんにいっしょに行ってください。買わなくてもいいです。お客さんを連れていくと、お店からガソリンのクーポンがもらえます」。両手を合わせて懇願する彼に、仕方ないなあと思って「いいよ、少しだけなら」と私。彼は嬉しそうな顔で運転台にまたがりました。

着いたお店は、土産屋というより、どう見てもジュエリーショップです。黒スーツの男性に日本語で「イラシャイマセ」と声をかけられ、中に入ると、ショーウインドウに並ぶのは高価な指輪やネックレスなど。チラ見だけして5分で店を出ました。通りで待っていた同じトゥクトゥクに乗って、それから15分後に目的の駅に到着。約束の30バーツを払います。すると彼は「お土産屋に寄っていただいたので割引です」と10バーツのおつりを返してきたので、私が「いいよ、チップで」と言うと、嬉しそうに手を合わせて再びどこかへ去っていきました。

S.Akimoto at 23:54|Permalink

2014年11月06日

バンコクのタクシー

 
前よりも一段と増えたなあ。どこへ行っても、カラフルなのがばんばん走っている! バンコクのタクシーのことです。歩いても行ける距離でタクシーを使うと、日本では「またそんな贅沢をして!」と言われますが、バンコクでは別。現地の友人も「ここは日本じゃない。タイだよ。炎天下を歩いてたら、5分で病気になっちゃう」とタクシーの利用をすすめます。


バンコクのタクシーは決して高くありません。初乗りが35バーツです。円安で1バーツが約4円まで値上がりしましたが、それでも日本円でわずか140円。バンコクを初めて訪れた頃は、タクシーが嫌いでした。タイ語の地名がうまく伝わらないし、こちらの土地勘がないのをいいことに、わざと遠回りするしょうもない運転手もいる。メーターがあるのに、メーターを使わずいちいち高い料金をふっかけてきて、その交渉も面倒くさい。メーターを倒すように言うと、そのメーターに細工がしてあって、料金が不自然に上がっていったり。そんなことを経験して、タクシーを使うのはやめようと決めました。

けれど、何度もバンコクを訪れるようになって、気持ちが変わりました。タイ語ができなくても地図を見せれば何とかなるし、遠回りされてももともと運賃が激安なので、たかが知れています。仮にメーターに細工がしてあっても、損をするのはせいぜい10バーツとか20バーツ(日本円で40円〜80円)。それくらいなら、渋滞にはまったとでも思えば何でもありません。使わない手はないな──とあるときから気づいたのです。

よく使うようになると、いろんなことがわかってきて面白い。バンコクには多くのタクシー会社があって、運転手は会社からクルマを買うか借りるかして営業しています。台数がある程度揃うと、会社独自の色に塗れるので、最近は赤とかピンクとか青とか緑とかの派手な色のタクシーが増えました。助手席の前にある乗務員証の写真と運転手の顔が、ときどき違っていることがあります。昨日乗ったタクシーもそうだったので、怪しいので聞いてみたら、彼は「1台のクルマを二人で借りて、休みをずらして交代で使用しています」と話していました。乗務員証をチェンジするのを忘れて、出てきてしまったらしい。申し訳なさそうな顔をするので、私が「ぜんぜん大丈夫、ノープロブレムですよ」と言ったら、ホッとしたように白い歯を見せていました。

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2014年10月20日

民宿・九份小町

 
日曜日の早朝7時25分に成田を発ったバニラエアJW101便は、現地時間の10時35分に台北・桃園国際空港に到着。通常だとそこからバスかタクシーで台北市内に向かうのですが、昨日は市内には入らず、そのままクルマをチャーターして台湾北部の山間の街・九份にやってきました。


九份はかつて19世紀末に金鉱が発見され、ゴールドラッシュに沸いた街です。金鉱が閉鎖されてからは「小香港」と呼ばれた当時の賑わいは失われたものの、1989年にここを舞台にした映画『非情城市』が上映されると再び脚光を浴び、アジア各国からの旅行者が絶えない台湾でも有数の観光名所に。太平洋を見下ろす山の斜面にへばりつくようにして広がるノスタルジックな街並みは、最近では宮崎駿アニメの大ヒット作『千と千尋の神隠し』のモデルにもなりました。

私はこの“古き良き台湾”が息づく九份が好きで、訪れるのは今回でもう4度目。昨年2月に来たときは土砂降りの雨で、お世話になった民宿「九份小町」の日本人経営者、高野誠さんに「台北はちょうど雨期に入り、気温も15度程度までしか上がらず寒い日がつづきます。次回はぜひ気候のいい秋にお越しください」と言われていました。去年の秋は時間がとれなかったものの、先日1年半ぶりに連絡をとると、すぐに「九份は1年で最高の時期を迎えていますよ」と返事をくれた高野さん。旅心をくすぐるその便りに、再訪を思い立ちました。

昼過ぎに宿に到着し、確保しておいてもらった海側の部屋でひと休みしたあと、街なかに繰り出しました。坂道に連なる瓦屋根の建物や石畳の狭い路地にならぶ土産物屋、レトロな看板を掲げた茶芸館などを訪ね歩き、夕方から高野さんといっしょに近くにある老舗の茶房へ。台湾の地酒を酌み交わし、ほろ酔い気分で店を出ると、街のあちこちにある赤い提灯に灯がともっていました。

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2014年09月11日

リゾートLCC

 
ANA系のLCC、バニラエアの新しい二つの路線──成田から香港と高雄への航空券が、本日午後より発売になりました。香港線は今年11月2日から週3往復で運航をスタートし、運賃は片道8,000円から。また台北に次ぐ台湾2都市目となる高雄線は2015年2月1日から毎日1往復のデイリー運航で、片道7,000円からというリーズナブルな価格で売り出しています。


香港、高雄ともLCCでは関西からピーチが就航していますが、成田からはバニラエアが初。この二つの都市に首都圏からも格安で飛べることで、旅の選択肢はさらに広がるでしょう。

バニラエアには、就航直後の那覇線に昨年12月に乗りました。朝早い時間の出発でしたが、機内で購入した「パエリア風ごはん」を朝食代わりに食べながら、なかなか快適なフライトだったことを思い出します。前身のエアアジア・ジャパンととくに変わったと感じたのは、格安のキャンペーン運賃を除いて荷物を20キロまで無料で預けられるようになったこと。「リゾートLCC」を標榜する同社が、リゾートへ行く旅行者はお土産などで荷物が多くなることに配慮して始めたサービスです。

路線網も着々と広げつつあります。私がメイン特集のアドバイザーも務める季刊『航空旅行』誌では、今年7月に就航した奄美大島線をつい先日、仲間のスタッフが取材してきました。私も近く、別の路線で久々にバニラで飛んでみようかな。若い人たちに最近ブームという台北線などが面白いかも知れません。この秋にでも取材を敢行するため、早めに計画してみたいと思います。

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2014年08月07日

『サイゴン 花 夜』

 
東京メトロの茅場町駅を出て隅田川方面へ歩き、運河にかかる橋の手前の道を右へ。昭和初期に建てられたという趣のあるビルが見えてきます。目指す「森岡書店」はそのビルの3階だと聞き、階段を上ってゆくと──ありました。アンティーク調の家具が配置され、そこに書店主が国内外で集めたという古い写真集や美術書、イラスト集などがゆったりと並ぶレトロな空間が!


今日(日付が変わってしまったので正確には昨日)の夕刻、ここを訪ねたのは、古書店に併設されたギャラリーで写真家・在本彌生さんの個展『サイゴン 花 夜』が開催されていたからです。在本さんとはFacebookでつながっていたものの、実際にお会いするのは初めて。個展を開いているからと招待を受け、足を運んでみることにしました。

彼女の写真は海外で撮影したものが多く、過去の作品はホームページやFacebookでときどき拝見していました。とても雰囲気のある作品を撮る写真家だと思います。「今回展示した写真は、サイゴンの夜の花、町、そして花のような人々を撮ったものです」と本人は話していましたが、“喧騒”のイメージが強い昼間のサイゴン(ホーチミン)とはまた違う、この街の夜の表情を独特の感性で見事に切り取っています。

先月末にオランダとベルギーでの撮影から戻ったばかりだそうで、今後の予定を聞いた私に「南米かエチオピアに行きたい」と言っていた在本さん。いつかいっしょに海外取材を共にしようと約束しました。写真展『サイゴン 花 夜』は8月9日(土)まで開催されていますので、みなさんもぜひ出かけてみてください。他の本屋さんでは体験できない森岡書店の味わいのある“空気感”も、きっと気にいってもらえると思います。

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2014年06月16日

クラゲと戯れる

 
パラオでの取材日程を最初に見たとき、これだけは本当にイヤだなと思いました。「無数のタコクラゲが生息する湖、ジェリーフィッシュレイクでクラゲたちといっしょに泳ぐ」──そう予定表に書いてあったのです。私は、どうもあのくねくねした生き物が好きになれません。かといって、予定されたアクティビティをパスするわけにもいかず、仕方なくガイドさんに従うことにしました。


ロックアイランドに囲まれた塩水の湖に、水中メガネと足ひれをつけてそっと入ります。怖くて、顔をつけることができません。沖のほうに泳ぎ始めると、感触の悪いふわふわしたものがそこらじゅうで肌に当たってきました。10分ほど進んだあたりで「では、潜ってみましょう」と言われ、水の中へ。そこはまさに、想像を絶する不思議な世界でした。

生息しているクラゲはじつに2,000万匹以上と言います。これだけの数がいては、逃げようがありません。もういいや、何とでもなれ! そう言葉に出して、開き直りました。

ガイドさんは「クラゲは弱い生き物で、足ひれで簡単に傷ついてしまいます。泳ぐときは注意してあげてください」と話していたので、きっとクラゲのほうからこちらに危害を加えることはないでしょう。慣れてくると、恐怖心はだんだんと消え去っていきました。むしろ、無防備に肌に触れてくるクラゲたちに、愛おしささえ覚えます。「クラゲたちの寿命はせいぜい1年ほど」という話を聞いたからでしょうか、彼らとしばらく触れ合っていたいなという気持ちに変わっていました。

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2014年06月13日

全身泥パック

 
ロックアイランドをめぐるパラオでの遊び(アクティビティ)の中でも、現地の人たちに「楽しいよ」とすすめられた一つがミルキーウェイでの全身泥パック。美白&保湿効果があることから、女性に人気だといいます。面白そうなので、同行の写真家・中西一朗氏を連れて私も行ってみることにしました。


ホテルの桟橋を船で出発して真っ青な海をがんがん進み、入り江になっているミルキーウェイに到着すると、乳白色の海が現われました。これは「ホワイトクレイ」と呼ばれる石灰質の泥で、どうやらサンゴのかけらが沈殿したものらしい。現地の人がそう教えてくれました。

海底に積もったホワイトクレイをバケツに入れたものをガイドさんから渡され、それを身体に塗っていきます。泥だらけになった背中に、ガイドさんは絵心があるのか、指で何やら絵を描き始めました。facebookにその写真をアップしましたので、興味があればご覧ください。

泥が乾いたら、洗い流してOK──そう言われて、中西氏と二人で頭から海へ飛び込みます。ひんやりした水が妙に心地よく、もう炎天下の船に上がる気になれません。上の写真のようにしばらくお昼寝タイムと決め込みました。待ってもらったガイドさんには申し訳なかったですが(笑)。

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2014年06月07日

パラオへ

 
奄美諸島のアイランドホッピングを終えて1週間ですが、梅雨入りした東京からまた逃げ出します。今夜のデルタ航空便で、成田からパラオへ。世界遺産の見どころを船でまわる、イルカと泳ぐ、シュノーケルをくわえて海に潜る、セスナで空から島々を眺める──予定はいっぱいですが、もちろんそのどれもが取材。なんだかきつそうだなあ。でも、楽しんでくる予定です。


パラオには以前、一度だけ行きました。あのときはたしかグアム経由で。もうずいぶんと昔──30年近くになるでしょうか。だから、ほとんど覚えていません。はっきりと記憶に残っているのは、星がきれいだったこと。「降るような星」という表現は、まさにこのことを指すのだなと当時思いました。また同じ感動が待っているといいのですが。

今回ももちろん、現地から報告を書く予定ですが、Wi-Fi環境があまりよくないと聞いているので約束はできません。Blogを訪ねてもらっても報告が上がっていない場合は、ネットにつながらないか、遊ぶのに夢中で書くヒマがないか──そのどちらかだと思ってください(笑)。

あ、ひとつ言い忘れましたが、予定の中には「無数のタコクラゲといっしょに泳ぐ」というのもあります。これだけは、ちょっと嫌だな。周りで「楽しいよ」と言ってくれる人はいますが。どうなのでしょう。まあ、チャレンジはしてみないとね。行ってきます!

S.Akimoto at 09:29|Permalink

2014年04月19日

海原からの便り

 
先ほど、一日早いバースデーメッセージが届きました。それも、はるか東シナ海の海の上から、ご覧の写真が添えられて。差出人は、朝日ウェブで「グルメ旅」の、産経デジタルで「鉄道旅」の連載をつづけるトラベルライターの江藤詩文さん。プリンセスクルーズの大型客船「ダイヤモンド・プリンセス号」が日本発着クルーズにお目見えし、今シーズンの初就航船で10日間の旅をしている真っ最中だそうです。


横浜港を発ったのは4月17日の夕方ですが、プリンセスクルーズは最初のクルーズを前にした15日と16日、たくさんのメディアや旅行記者らを招待しての「1泊2日体験クルーズ」を企画。その宣伝活動がうまくいったようで、招待された記者たちはWebメディアや自身のブログ、facebookなどで一生けんめい紹介文を書いていました。しかしまさか、10日間の初クルーズ“本番”に実際に乗っている人が身近にいたとは! 驚きです。

江藤さんはつい最近もバングラデシュやドイツ、エジプトなどの取材に出かけ、日本に1カ月以上いなかったと記憶しています。ようやく帰国したと思ったら、またまた日本を脱出! もちろん取材なのだと思いますが、日本にいたくない理由でもあるのでしょうか。あ、もしかしたら何かとんでもないことをやらかして、逃げ回っている? ──なんて、そんなワケないか(笑)。

横浜港を出港した大型客船は、奄美群島を抜け、先ほど沖縄に到着したそうです。深夜には再び出港し、次に向かうのは台湾の花蓮。報告を読んでいるだけでも、楽しそうだなあ。週末もこうして書斎にこもって書き物をしていると、青い海が恋しくなります。江藤さん、引きつづき素敵な船旅を!

S.Akimoto at 17:55|Permalink

2014年04月07日

歴史ある建造物

 
航空工学を専攻したきっかけは? 雑誌などのインタビューでときどきそんな質問を受けます。「別に航空じゃなくてもよかったんだけど」というのが私の答え。理系に進もうとは決めていたものの、何を学んでよいのか、正直よくわからなかった。ただ「大きなビルを建てる、立派な橋を架ける、でっかいものを飛ばす」といった見た目に派手なほうが楽しそうだと思い、あるとき上空を横切ってゆく旅客機を仰ぎ見て呟いたのです──「あ、あれを自分で設計しようかな」と。


そんなわけで、飛行機の設計を学ぶようになりました。ですが同様に、いまも土木や建築の分野にも興味があります。先々週シドニーに行った際には、名物であるハーバーブリッジのアーチを上る「ブリッジクライム」を体験し、街なかでは由緒ある古い建築物を見て歩きました。

先ほどfacebookにアップした画像は、ジョージストリートにあるクイーンヴィクトリアビルです。1898年に当時のイギリス国王、ビクトリア女王の即位50年を記念して建てられました。ビザンチン様式の建築物で、とても重厚かつ美しい。老朽化のため取り壊す計画も一時期浮上したそうですが、1984年にショッピングセンターとしてリニューアルされ、息を吹き返しました。

時間があったので中に入ってみると、細部にまでこだわって仕上げられていることに、改めてびっくり〔写真〕。玉ネギ型の天井がユニークで、カーブを描くように配置されている階段には大理石があしらわれていました。中央にぶらさがるご覧のオルゴール時計も、まさに芸術品です。休憩用のベンチに座ってぼーっと時計を眺めていたら、となりの老人が「旅行者かい? 日曜の午後はここでジャズの演奏もあるよ」と教えてくれ、次の機会にはぜひまた来てみようと思いました。

S.Akimoto at 19:15|Permalink

2014年03月30日

ボンダイビーチにて

 
シドニー中心部の取材を終えた写真家の中西一朗氏と私は、クルマで20分ほど東に行ったオーストラリアで最も有名なビーチのひとつ、ボンダイビーチへ足を伸ばしました。まだ夕方の4時前でしたが、撮影もあったので早めのディナータイムに。訪ねたのは、おいしいシーフードを手軽な料金で食べられると評判の「North Bondi Fish」というレストランです〔写真〕。


1キロにわたって砂浜が広がるボンダイビーチは「シドニーっ子たちが衣服を脱ぎ捨て、抑制から解放される場所」などと言われています。North Bondi Fishは、オーストラリアの著名シェフであるマット・モラン氏が、あえてそんな場所を選んで開きました。彼の一番新しいレストランです。

マット・モラン氏とは、私は何年か前に中国の上海で会いました。今回はカンタス航空の取材でシドニーに来ましたが、モラン氏は機内食ではシンガポール航空と提携。シンガポール航空が世界の一流シェフ8名で結成した「ICP(インターナショナル・カリナリー・パネル=国際料理委員会)」に彼も名を連ね、同社が機内で提供する食事メニューの考案などを任されています。そのICPのシェフが一堂にそろうイベントが以前、上海であり、その取材で出席したときにモラン氏と少しだけ話しました。

さて、モラン氏のレストランの中でもNorth Bondi Fishはとても雰囲気がカジュアルで、厨房のシェフたちも料理を運ぶウエイターたちもみんな陽気でフレンドリーです。私たちは、彼らがすすめる地元産のキングプラウン(海老)とフエダイの丸焼き、それに定番のフィッシュ&チップスをオーダー。撮影が終わる頃には日が暮れ始め、テラス席でビーチを眺めながらゆっくりディナーを楽しみました。料理の写真についてはのちほど、facebookに大きなサイズの画像をアップします。

S.Akimoto at 14:59|Permalink

2014年03月27日

泣くために旅に出よう

 
オーストラリアのシドニーを歩いています。取材用バッグには、私と親しいトラベルジャーナリストの寺田直子さんが刊行した『泣くために旅に出よう──涙旅(るいたび)のススメ』という旅行記を忍ばせて。いまスケジュールに少し空きができたので、オペラハウスに近いハーバー沿いのカフェでしばらく読書タイムをとるにしました。


ユニークなタイトルの本ですが、寺田さんは「はじめに」のところで、脳生理学者の有田秀穂医師が言う「情動の涙」について触れています。情動の涙──つまり感情を大きくゆさぶられるような経験をして涙を流す行為は、日頃の不安や混乱、怒りから自身を解放してくれるのだとか。たしかに、思い切り泣いたあとはスッキリと心が軽くなります。旅をしていると、人の優しさに出会って感動したり思わぬ失敗をしたり、泣きたくなるシーンに遭遇することが少なくありません。だから、と寺田さんは呼びかけます「日常生活で我慢し、押し殺していたストレスを発散するために、旅に出よう。たくさん涙を流してイヤなことをリセットし、また前を向いて新しい一歩を踏み出そう」と。そうして寺田さん自身が実践してきた長年の「涙旅」の中から、計24のドラマが本書で紹介されています。

30分ほど読み進め、いまちょうどオーストラリアのシドニー編にさしかかっています。ここまですでに、7つの国の7つの都市での物語を読み終えました。異国の地で、別の国の逸話に浸るというのもちょっぴり不思議な気持ちです。

時計を見ると、今回の取材に同行している写真家との待ち合わせの時間まで、あと20分。もう少し読んで、寺田さんの「涙旅」をさらに3都市くらい体験してから、シドニーの街歩きを再開したいと思います。

S.Akimoto at 21:43|Permalink

2014年03月13日

ウルトラ弾丸旅

 
週末は0泊2日で香港へ! そんな“ウルトラ弾丸”の旅を、キャセイパシフィック航空が提案しています。成田・関西・中部を土曜日または日曜日に出発して、到着した昼過ぎから当日の夜まで香港に滞在。日付けが変わる時刻の深夜便に乗って翌日の朝に戻ってくるという、超ハードな日程です。


それにしても「0泊2日」というのがスゴイ。「何もそこまでして──」という声も聞こえてきそうですが、往復で1万9,000円という運賃(空港諸税、燃油サーチャージが別途必要)に飛びつく人も多いかもしれません。

同キャンペーン価格は、今年5月17日から7月6日までの出発便に設定されました。成田・関西・中部いずれの出発も午前9時台で、香港国際空港には現地時間の13時前後に到着します。エアポートエクスプレスを利用すれば空港から市内中心部へは20分強でアクセスでき、帰国便は深夜1時台の出発なので22時過ぎには空港へ向かうとして、8時間は香港の休日を楽しめる計算です。

写真は、香港公園の茶藝館で外国人向けに無料開催されている中国茶セミナーの様子です。歴史探訪にグルメに買い物に──香港の楽しみ方は人それぞれ。「せっかく香港へ行くならいいホテルでゆっくり」とつい考えてしまう私などには縁のないプランですが、日曜に出発して現地を満喫し、帰国した月曜の朝はそのまま会社へというパワフルな人もきっと少なくないでしょう。3月26日までの期間限定販売だそうですが、はたしてどれくらい売れるかな? 興味のある方は「香港スタイル」特設サイトで詳しい情報をどうぞ。

S.Akimoto at 14:43|Permalink

2013年09月14日

ハワイの悩み

 
ワイキキに滞在中の私に、日本からたくさんのメッセージが届きます。「いいな」とか「私も行きたい」とか「ハワイなんて最高に羨ましい」とか。しかし旅慣れた友人や知人からは「いまさらハワイですか?」「日本人だらけで楽しい?」といったネガティブな意見もありました。じつはこの両極端な状況が、現在のハワイの実態をあらわしています。


日本とハワイは、とても密接な関係にあります。日本からの最初の移民がハワイへ渡ったのは、ハワイがアメリカに併合されるずっと前の1868年でした。その後も移民は増え続け、これまでのトータルは推計20万人以上。海外旅行が自由化された1960年代以降にハワイが一躍ブームになったのも、日本語を話す日系人が数多くいたことが安心感につながったからです。ハワイへ旅行する人の数は、ピーク時の1997年には年間222万人に達しました。しかし、それだけ日本人が増えると、反動で「いまさらハワイなんて」「ベタすぎる」といった考えの人も当然出てきます。結果、ここ数年の年間渡航者数は100万人台の前半まで落ち込みました。

ハワイを旅行する日本人の6割はリピーターだという話も聞きました。つまり、二極化が進んでいるのです──ハワイが大好きという人と、まったく関心がない人と。地元や観光局では「2016年に日本人観光客200万人を回復」を目標に、定番のオアフ島以外の、マウイ島やハワイ島への訪問者拡大に向けたPR活動などを開始しています。新規旅行者のハワイへの誘致に向けて多様な魅力を打ち出していくことには、私も賛成です。

とはいえ、私はやっぱりオアフ島がいいな。何度来ても、ワイキキのビーチで長い時間を過ごしてしまいます。ベタでも、ありきたりでも。だって、好きなんだもん(笑)。

S.Akimoto at 00:41|Permalink

2013年08月01日

機上のクルーたち

 
イカロス出版から季刊『航空旅行』の夏号(Vol.6)が発売になっています。この号のメイン特集は「アジアのトップエアラインで行く優雅な空旅」で、私は巻頭でレポートしたキャセイパシフィック航空のほか、ガルーダ・インドネシア航空ベトナム航空を使った旅の取材と執筆を担当。フライト取材では、機上でご覧の3人の日本人クルーたちと出会いました(大きな画像はfacebookで)。


紹介しましょう。写真左から、キャセイパシフィック航空の藤原好美さんとガルーダ・インドネシア航空の高野真規子さん、そしてベトナム航空の冨田結美さんです。今回の取材では、雲の上での私のインタビューに、それぞれ快く応じてくれました。

飛んでゆく先のお国柄で機内の様子もがらりと変わる──そう話してくれたのはキャセイの藤原さんです。日本路線のみならず、香港をベースにさまざまな国・都市への路線に乗務する同社のクルーならではの経験といえるでしょう。ガルーダ航空の高野さんからは、厳しい新人トレーニングの中の「サバイバル訓練」について聞きました。山奥のジャングルで急峻な斜面を登ったり、川を泳いで渡ったりという体験を積むそうです。またマニュアルに縛られず、いいと思うことは率先してやるのがベトナム航空での働き方だと話していたのは、同社の冨田さん。自分の提案で始まったサービスについて具体的に教えてくれました。

各社のフライトレポートには、そんな三者三様の話も盛り込みました。フライトレポートのあとにはもちろん、香港、インドネシア、ベトナムを私なりのスタイルで旅した報告も添えて。キャセイの藤原さんがキャビンで出迎えている写真が表紙になった『航空旅行』夏号は、昨日から書店に並んでいますので、どうぞ手に取ってご覧になってみてください。

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2013年07月11日

アジアの旅を終えて

 
ようやく終わりました。イカロス出版の季刊『航空旅行』2013年夏号(Vo.6)の仕事が。今号のメイン特集は「最高のエアラインで行く優雅なアジアの旅」で、数えてみたら、私はそのうちの計43ページ分を担当しています。400字詰めの原稿用紙に換算して100枚近い原稿を、どうにか期日内に書き上げました。


いいえ、書くこと自体は本職ですので、何ら苦ではありません。大変だったのは、書くための材料の仕込み──つまりフライトと旅の取材です。このアジア特集で、私は巻頭のキャセイパシフィック航空で行く香港の旅と、ガルーダ・インドネシア航空で行くジョグジャカルタ&バリの旅、ベトナム航空で行くダナン&ホイアンの旅を担当。それらの取材が、5月末からの1カ月間にすべて重なったのです。加えて、今年の1月1日に就航したタイ国際航空のA380についての搭乗記も寄稿しました。

その間、デルタ航空の羽田/シアトル線が就航し、こちらはMSN産経ニュースの連載コラムを書くために飛びました。つまり、1カ月で海外取材が計4回。正気の沙汰ではありません。取材で会ったエアライン関係者に「クルー以上に過密なフライトスケジュールですね」と笑われました。

ですが、こうしてすべてのレポートを書き上げてみて、とても充実した1カ月だったと改めて感じています。編集部では現在、校了に向けた最終作業が続いていますが、著者校正用に送られてきたPDFを見ても、満足のゆく誌面になることは間違いありません。取材に協力してくれたエアライン関係者のみなさんや、親切にしてくれた現地の人たち、取材に同行してくれた二人の写真家、そして私たちの活動を舞台裏でサポートしてくれた編集担当のHさん──すべてに感謝です。

季刊『航空旅行』2013年夏号(Vo.6)の発売は今月末。どうぞお楽しみに〔写真は、インターコンチネンタル香港のロビーラウンジにて〕。

S.Akimoto at 08:34|Permalink

2013年07月02日

“香港人”の訴え

 
6月中旬に訪れた香港についてのレポートを、週明けから書き進めています。香港といえば、英国から中国に主権が返還されて、7月1日で丸16年。返還後も“高度な自治”が保障されてきた「一国二制度」がここへきて揺れている様子で、昨日は香港島の中心部で親中派の梁振英行政長官の辞任を要求する大規模デモがあったと、現地在住の知人から報告が届きました。


台風の接近でときおり強い雨が降り注ぐ通りをデモ行進した参加者の数は、主催側の発表では43万人。「梁振英(長官)は即刻辞任しろ」「香港民主社会を守れ」といったスローガンが掲げられ、一部でデモ隊と警官隊がもみ合うシーンも見られたそうです。

問題の発端は、CIA(米中央情報局)の元職員で香港に潜伏していたエドワード・スノーデン氏の扱いをめぐる対立でした。スノーデン氏が香港にいた時期にちょうど私も滞在していたのですが、現地ではあまり騒ぎになっていた印象はありません。しかしその後、香港政府は犯罪人引き渡し協定を結んでいるアメリカの要求を退け、同氏を第三国に出境させたことから民主派の市民は「中国政府による露骨な政治介入だ」と猛反発。それが昨日の大規模デモにもつながっています。

写真は、人口密度が世界一と言われ、多くの人で賑わう香港島の湾仔(ワンチャイ)界隈です。私たち旅行者の希望としては、いつ訪ねてもたくさんの元気をもらえる香港でずっとあり続けてほしい。そう知人にメールを返すと、彼からさっそく返信がありました。

「デモに参加した人たちも、植民地時代に戻せと言っているのではないし、ましてや香港独立を求めているわけでもありません。私たちはただ、これまでと変わらない自由な生活を守りつづけていきたいだけ。中国人である前に、香港人としてね」

S.Akimoto at 11:01|Permalink

2013年06月18日

ジョグジャカルタ

 
世界遺産のボロブドゥール遺跡や、5キロにもわたって遺跡が残るヒンドゥー教と仏教が融合した巨大寺院群のプランバナン遺跡。それらの観光の拠点となる、インドネシアのジャワ島中央部の街──ジョグジャカルタに先ほど到着しました。


時刻は間もなく22時。マイナス2時間の時差があるので、日本ではあと数分で日付が変わりますね。成田からは12時発のガルーダ・インドネシア航空885便を利用し、こちらの時間で17時35分に首都ジャカルタに到着しました。写真は、エアバスA330に搭載されているフルフラットベッド型の快適なビジネスクラス・シートです。ジャカルタからは同社の国内線に乗り継いで、21時過ぎにジョグジャカルタのアディスチプト空港に降り立ち、現在は遺跡群へのアプローチに便利なホテル・ハイアットリージェンシーの眺めのいい部屋にチェックインしてこれを書いています。

あと5分もすると、同行の写真家・倉谷清文氏が私の部屋に来ることになっています。お目当ては、日本から持ち込んだちょっとリッチな赤ワイン。これから二人で、まずは到着の乾杯をしますが、今夜は深酒はしません。今回の旅の目的の一つが、世界でも有数の絶景といわれるボロブドゥール遺跡の幻想的なサンライズ・シーンの取材と撮影で、そのために明朝は4時にホテルを出発しなければならないからです。

二人で1本空けたら、今夜は大人しくベッドに入り、明日の仕事に備えたいと思います。

S.Akimoto at 23:56|Permalink

2013年06月10日

リムジンのお出迎え

 
香港に着きました。久しぶりに。今年3月にも降りたには降りたのですが、あのときは乗り継ぎで寄っただけで、空港から一歩も外には出ず。前回この街に“元気”をもらいにきたのは2011月のクリスマス前だったから、1年半ぶりです。いつ訪ねてもワクワクしますねえ──香港は!


もちろん、仕事です。明日は朝から夕方までキャセイパシフィック航空の本社で取材ですし、ホテルの部屋で書き物をするための資料もたくさん持ち込みました。でも仕事の合間にはフリーで動ける時間も確保し、こちらに在住の友人と会ったりおいしいものを食べたりして、しっかりエネルギーをチャージするつもり。5月の連休明けから、ハードな日々が続きましたから。

とくに今回は、いつもよりもちょっとだけ贅沢しちゃおうと決めました。いいホテルのいい部屋に泊まって、ディナーも奮発し、極上のスパも体験して。ご覧の写真は、香港国際空港に到着する時間にお願いしておいた送迎のリムジンです。ゆったりしたシートに収まって街への一歩を踏み出したら、とても濃密で楽しい旅の始まりを実感しました。

そして1時間ほど前に、予約しておいたホテル──尖沙咀(チムサーチョイ)のヴィクトリア湾に面したインターコンチネンタル香港にチェックイン。初日の取材と撮影を終えたら、夜はハーバービューの部屋〔写真はfacebookにアップ〕のカーテンを全開にして“光のショー”を楽しみながら、ゆったり過ごしたいと思います。

S.Akimoto at 15:46|Permalink

2013年05月28日

ダナンで逆恨み

 
ホイアンでランタン・フェスティバルの取材を終え、同じベトナム中部の街、ダナンに来ていました。街のシンボルの五行山(ごぎょうざん)が目の前に見えます。別名「マーブル・マウンテン」。案内役の現地ガイドによると、ダナンでは古くからこの山で採れた大理石を使って彫刻がさかんに行われてきたそうです。たいして高い山ではないので、登ってみることにしました。


登り始めて、ちょっぴり後悔しました。階段の一段一段がかなり高く、思っていたより何倍もきつい。アッという間に全身が汗まみれです。やがて大理石の岩肌が見えはじめ、さらに奥へ進んで、岩の裂け目をくぐった先にある洞窟の中へ。絶句しました。いくつもの神仏像がまつられた薄暗い空間が現われ、天井にぽっかり空いた穴から太陽の光が降り注いでいます。その中心部に立ち、天からの光を浴びると、まるで神様から祝福を受けている気分になりました。

いまfacebookにアップした写真とともに、上記のような神秘的な体験を報告して、今日のBlogは終えるつもりでした。ところが、ホテルに戻ってからが一騒動です。死ぬかと思いました。昼間の38度を超す気温のなか、帽子をかぶれというガイドの忠告も無視し、途中の休憩所でのビールがまずくなるからと水分もろくに摂らず強行軍を続けた結果でしょう。シャワーを浴びていたら、突然めまいがして、猛烈な吐き気に襲われました。下痢も始まり、ようやく胃や腸がからっぽになってからも、全身から噴き出す玉のような汗が止まりません。典型的な熱中症の症状です。やがて意識が遠のき始め──本当に死ぬと思いました。

その日は夕食もパスして安静にし、どうにか体調が戻った翌日、五行山の近くを通ったときにクルマから降りて撮ったのが上の写真です。見ていたガイドが「何のポーズですか?」と聞くので、「オレの体力を奪った憎き五行山にパンチを食らわしてるのさ」と私。すると彼は呆れ顔で言いました。「それ、日本語で“”逆恨み”っていうんじゃないですか?」と。はい、おっしゃる通りです。これからの季節、みなさんもどうぞ熱中症には十分にご注意を。

S.Akimoto at 22:45|Permalink

2013年05月25日

ランタン祭り

 
中心部を流れるトゥボン川沿いの通りに、ランタン(提灯)を売る店がいくつも並んでいます。いろんな形があって、色もとてもカラフル。骨組みは竹でできていますが、そこに張り合わせていくのは紙ではありません。布です。だからほの暗い、独特の優しい灯りになるんだ──と、店のヒューさんという売り子が教えてくれました。竹の厚みを調整することで、一つひとつ違ったカーブをつくり出しています。


「日本の提灯は上と下からぺしゃんこに押して畳みますでしょ。でもホイアンのは、こうして真ん中のふくらんだ部分を潰すようにしてタテに細長くして仕舞うんです」とヒューさんが実演して見せてくれました。「ホイアンにはベトナム中の人たちがランタンを買いに来るんですよ」

この街では、どこの家の前にもランタンが飾られています。昼間は見逃していましたが、夕方再び旧市街にやってきて、それに気づきました。午後6時を過ぎると、すべての家のランタンに灯がともり、やわらかい光が世界遺産の街を包みはじめます。

一昨日の夜は、毎月旧暦の14日に開催されるランタン・フェスティバルの日。たくさんの地元の人たちや観光客が来ていました。橋の上でお店を開いていた親子から、ロウソクがともった灯籠を1USドル(約100円)で購入し、それを長い竿の先端に吊るしてトゥボン川に浮かべます。願いごとをそっと囁きながら。そんなお決まりの儀式に、私もまぜてもらってきました〔写真〕。私が何をお願いしたかは──ナイショ、です。

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2013年05月23日

名物の汁無し麺

 
ベトナム中部の街、ホイアンに来ました。懸案だったfacebookもまったく問題ありません。今回はちゃんとつながりました。そして先ほど私のfacebookで写真を大きくアップしましたが、ホイアンに到着してホテルにチェックインし、さっそく旧市街に出て食べたのがご覧の「カオラウ」──ホイアン名物の“汁無し麺”です。


旧市街の路地を歩いていて、同行のカメラマン、中西一朗氏とともに「カオラウ(CAO LAU)」の看板がかかった1軒に入ってみました。カオラウはラーメンの一種ですが、麺に隠れてスープが見えません。たっぷりの野菜と麺を、ほんの少しのスープで食べます。ホイアンには代々100年以上もカオラウをつくり続けている店がいくつもあります。

「カオラウはベトナムでもほかの街にはない、ホイアンだけのものだよ」と店のおばさんが教えてくれました。「ベトナムの麺はみんな米からできていて、軟らかい。ホーもビーフンもそう。だけどカオラウは、どうだい、すごくコシが強いだろう。原料は同じ米なのに。その秘密は、街のあちこちにある井戸さ。ホイアンの井戸水には石灰分が多く含まれていて、この水でこねるとコシの強い麺ができあがるんだ」

そういえばここへ来る途中、路地のところどころで井戸を見かけました。ホイアンの人たちは井戸水が大好き。飲み水に、料理に、そして洗濯やシャワーにと井戸水が活用されています。それにしても、暑い! 外の気温は現在、摂氏38度。これからホテルに戻ってしばらく休憩したあと、日が落ちるのを待って、ランタン・フェスティバルの取材に再び旧市街へ向かいます。

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2013年05月22日

36年目の旅

 
開港35周年を迎えた成田と、同空港の歴史と私の旅がシンクロしていることについて前回のBlogで書きました。今朝はさっそく、その成田に来ています。36年目に入った成田からの最初の旅は、ベトナムです。9時30分に出発するベトナム航空のVN301便でホーチミンへ。ホーチミンでは約2時間の接続で国内線に乗り換えて中部の都市ダナンへ向かい、そこからバスで今夜のうちに世界遺産の街ホイアンに入る予定です。


タテに細長い地形のベトナムは国土の半分が海に面し、ホーチミンとハノイという同国を代表する南北の都市の間にはいくつもの隠れ家的なリゾートが点在します。その代表的な一つがホイアンで、位置としては南北に長い土地のちょうど真ん中あたり。トゥボン川が南シナ海に流れ出る三角州に形成された港町で、400年前は海のシルクロードの貿易で賑わいました。

私がホイアンを訪ねるのは、ほぼ2年ぶりです。前回のときは、新市街からトゥボン川にかかる橋を渡り、世界遺産に登録されている旧市街を中心に歩きました。ホイアンは初めて訪れた人がつい長居をしてしまう街──と、そんなことをどこかに書いた記憶があります。まだ5月とはいえ昼間の気温は35度を超えているそうなので、今回は名物の三輪自転車タクシー「シクロ」に乗って、のんびり街をまわろうかな。

ホイアンはランタン(提灯)の生産地としても有名で、街なかでは毎月、旧暦の14日にランタン・フェスティバルが開かれます。これから行く旅の目的の一つが、このお祭りの取材&撮影で、太陽暦では明日の5月23日が開催日。写真をたくさん撮ってfacebookにアップします──と書こうと思ったら、そうか、だめかも知れません。社会主義国ベトナムでは、facebookは現在も規制がかかっていて、つながらない可能性も。なので、Blogで毎日報告するようにします。行ってきます!

S.Akimoto at 08:23|Permalink

2013年05月04日

アイランドホッパー

 
今週発売になったイカロス出版の季刊誌『航空旅行』Vol.5に、とても楽しい記事が載っています。サブ特集「小国・辺境・秘境を訪ねる」のトップを飾るマーシャル諸島のレポートです。取材・執筆を担当したトラベルライターの岩佐史絵さんから「こんなのに乗って、島から島へと旅してきました」と私のもとに写真が送られてきました(大きな画像はfacebookでどうぞ)。


グアムとホノルルを、途中の島々に“各駅停車”しながら結ぶこのユナイテッド航空のボーイング737-800は、別名「アイランドホッパー」と呼ばれています。それぞれの地に降り立って、ほんの少しだけ島の雰囲気を楽しんだあとは、また同じ飛行機に乗って上空へ。ヒコーキファンにはたまりません。

先日のBlogで紹介したもう一冊──『男の隠れ家』6月号の巻頭で、私は鹿児島からSAAB340という小型プロペラ機で喜界島、奄美大島、沖永良部島、与論島などを渡り歩く薩南諸島のアイランドホッピングの楽しさについて書きました。岩佐さんが体験してきたマーシャル諸島の旅は、まさにその海外版です。グアムを起点に、ミクロネシア連邦共和国のチューク、ポンペイ、コスラエへと移動。コスラエからはさらにマーシャル諸島共和国のクワジェリンを経由して最終目的地のマジュロへとたどり着きます。

一つひとつのフライトはせいぜい1〜2時間程度ですが、早朝にグアムを出発した彼女が最後のフライトを終えたときは、すでに夕方に。「クルーたちともすっかり顔なじみになりました。到着した島で時間をつぶして、再び乗り込むと、みんな『おかえりなさい!』と笑顔で出迎えてくれるんですよ」と岩佐さんは言います。レポートにはそんな楽しいエピソードがいっぱい詰まっていますので、ぜひご覧になってみてください。

S.Akimoto at 00:01|Permalink

2013年04月13日

魅惑のインドネシア

 
日本人にとって人気の渡航先の一つが、インドネシアです。この国を訪れた日本人旅行者は昨年、約50万人に達しました。定番のバリ島をはじめ、隠れ家的スポットとして注目されつつあるロンボク島、さらに世界遺産の遺跡と伝統文化が息づくジョグジャカルタなど──。ボルネオ島なども含めて魅力ある観光地を数えてみると、両手を使っても足りません。


そんな日本人のインドネシア人気を支える役割を担ってきたのが、同国のフラッグキャリアであるガルーダ・インドネシア航空です。昨日、来日したガルーダ航空のエミルシャ・サタルCEOの会見が東京・六本木で開催され、私も出席してきました〔写真=中央がサタル氏〕。羽田からデンパサール(バリ島)への直行便が開設されてちょうど1年。成田からデイリー運航中のジャカルタ線およびデンパサール線と関西からのデンパサール線を合わせると、日本とインドネシアは現在週28便で結ばれ、日本人の利用者数はこの1年で20%増加したそうです。今年10月には関西/ジャカルタ線も週4便で再開されることが発表されました。

日本路線での使用機材はすべてエアバスA330ですが、ガルーダ航空は今年から新たにボーイング777-300ERを4機導入します。その777を日本に導入する予定はないのか? 記者からのその質問にサタルCEOは「需要の伸び次第です。マーケットがさらに拡大すれば、777への変更も当然考えたい」ときっぱり。スタッガード型の豪華ビジネスシートなどが搭載されているこの最新機材が、いずれ日本に入ってくるといいなと思います。

さて、私は2011年10月にガルーダ航空の本社の取材でジャカルタへ飛びました。あれからもう1年半になります。ある雑誌でいま、成長著しいガルーダ航空の最新のフライトと、インドネシアの魅惑の観光スポットを取材するプランが浮上。GW明けの実現を目指して具体的な準備に入りました。近々詳しく報告できると思います。

S.Akimoto at 00:41|Permalink

2013年03月06日

異界へのトンネル

 
10歳の少女、荻野千尋とその家族は、引越し先に向かう途中で森の中に迷いこみます。千尋たちの心配をよそに父親は「四輪駆動車だから大丈夫」とクルマを進め、やがて行き着いたのが奇妙なトンネルでした──。ご存知、宮崎駿アニメの大ヒット作『千と千尋の神隠し』の冒頭のシーンです。


不安を感じた千尋は「帰ろう」と両親を引き止めますが、両親は聞く耳を持ちません。好奇心からトンネルの中へ足を踏み入れます。千尋があとを追いかけると、トンネルの向こうに草原が広がり、やがてひっそりとした街にたどり着きました。屋台からは食欲をそしるいい匂いがただよい、空腹だった両親は八百万(やおよろず)の神の料理を食べたために、呪いをかけられて豚に! 物語は急展開し、そこから千尋の異界での不思議な体験が始まります。いま改めて全編を見返しても、ぐいぐい引き込まれる作品でした。

先月の終わりにLCCスクートの取材で台北を訪れた際に、この『千と千尋の神隠し』のモデルになったといわれる九份に足を伸ばしました。ご覧の写真は、冒頭とラストのシーンで出てくるトンネルです。千尋たちが最初にくぐったときは赤いモルタルづくりの建物でしたが、戻ってきたときは灰色に朽ち果てて、周囲に草木が生い茂り、時が何年も経過したように風化。魔法が解け、そこが異界への入口であった記憶も消え去ってしまいます。私が行ったときはずっと雨続きで、観光客らの姿もまったくありません。雨の中でぽっかりと口を開けたその先には、本当に異次元の世界が広がっているようで、同行のカメラマンとちょっとドキドキしながらトンネルをくぐりました。

帰国後の1週間はずっと原稿書きに追われていますが、ときどき筆を休めてそんなシーンを思い出すと、ついついまた旅に出たくなります。

S.Akimoto at 06:13|Permalink

2013年02月24日

ノスタルジックな夜

 
シンガポールからの深夜便で台北に移動した22日は、市内で朝食をとったあと、路線バスを利用して九份に向かいました。坂道に連なる瓦屋根の建物や、石畳の狭い路地にならぶ土産物屋、そしてレトロな看板を掲げる茶芸館。山の斜面にへばりつくようにできたこの街には、古き良き台湾が息づいています。軒下に並ぶ赤い提灯がともり始める夕暮れ時は、街全体がノスタルジックな雰囲気に包まれる──そう聞いて、私たちは夜の九份を取材・撮影のメインにすることにしました。


宿泊したのは、中心部から坂を少し上がったところにある民宿・九份小町です。見事な景観に包まれた宿だと聞いて楽しみにしていましたが、私たちが滞在した二日間とも連日、深夜までどしゃぶりに近い状態。日本人経営者の高野誠さんは「台北はいまが1年で最も雨の多い時期。気温も10度から15度程度までしか上がらず、寒い日がつづきます」と話していました。

そんなわけで夜の撮影には苦労しましたが、高野さんにアドバイスをもらいながら、なんとか撮った1枚が上の写真です。ここは台湾映画『悲情城市』の舞台に、そして宮崎駿アニメ『千と千尋の神隠し』に出てくる湯婆婆の家のモデルにもなった「阿妹茶楼」。撮影から戻ったカメラマンの中西一朗氏は、全身びしょぬれになりながら「この天気だからこそ、雨にけむる街の独特の雰囲気が出せた」と言っていました。

この写真は中西氏の許可をとってfacebookにも大きめのサイズでアップしましたので、ご覧ください。また九份には街の中心部だけでなく、ひと山越えた先にはかつて金鉱で栄えたもう一つの街・金瓜石などが広がります。それら周辺の魅力的なスポットにも、九份小町の高野さんがクルマで私たちを案内してくれました。後日改めて報告する予定です。

S.Akimoto at 23:40|Permalink

2013年02月21日

ダブル・ランチ

 
19日の夜にシンガポール入りして、早くも滞在3日目です。これから日付けが変わる深夜の0時55分にチャンギ空港を発つスクートのTZ202便で台北へ向かうため、今日がシンガポールでの実質的な最終日でした。お昼は最後のランチとして、何かこの国らしいものを食べたい。何がいいか。昨日の朝、ホテルで面会したスクートCEOのキャンベル・ウィルソン氏に意見を聞いたところ、彼から「名物のチキンライスはどう?」というアドバイスがありました。


チキンライス──うん、悪くありません。ウィルソン氏は、カトン地区にある有名店「五星海南雛飯(ファイブスター・ハイナン・チキンライス)」をすすめます。カトン地区か。だったら、ラクサもいいかも知れません。カトンプラザの1階に、ラクサ発祥の店として知られる「マリンパレード・ラクサ」があります。

さて、どっちにしようか。迷いましたが、どちらも捨てがたい。考えがまとまらないまま、カメラマンの中西一朗氏とともにとりあえずカトン地区へ向かいます。MRT(地下鉄)の東西線に乗り、パヤ・レバ駅で降りて、そこからタクシーに乗り換えて。道中、中西氏に「どっちがいい?」と聞いても、彼も「どちらもいいですねえ」とずっと迷っています。

チキンライスか、ラクサか。どっちにしよう。今回はウィルソン氏おすすめのチキンライスにしようか。でも、ラクサも食べたい。どうしよう。結局私たちは、イーストコースト・ロード沿いにある五星海南雛飯の前でタクシーを降りました。そこでチキンライスを食べ、街なかを1時間ほど散歩してから、今度はカトンプラザへ。つまりランチを2回に分けて、両方とも食べたのです。さすがに、おなかがいっぱい!

S.Akimoto at 20:30|Permalink

2013年02月09日

キャサリン渓谷

 
計1週間におよんだオーストラリア大陸縦断取材について、時系列を追わずあちこちに飛びながら報告を続けてきました。今日はその最終回──ザ・ガン鉄道に乗って3日目の朝に到着したキャサリンでの、雄大な渓谷をゆくボートツアーについて書きます。


ザ・ガン鉄道はアデレードからダーウゥンまでの2泊3日の旅程のなかで、途中アリススプリングスで3時間25分、キャサリンで4時間40分停車します。これは乗客に内陸部の観光をゆっくり楽しんでもらおうという配慮からであり、それぞれの停車時間中にはいくつかの“オフ・トレイン・ツアー”が用意されていました。

3日目に到着したキャサリンには、近郊に世界でも有数の渓谷美を誇るニトミルク国立公園(キャサリン渓谷)があります。ここで用意されたオフ・トレイン・ツアーは、その渓谷観光をメインにした6種類。私たちはそのうち、同国立公園の入口にあたる第1と第2の渓谷をボートで観光するクルーズツアーに参加しました〔写真〕。2,500万年の歳月をかけてできあがった壮大な渓谷を目の当たりにし、その美しさと迫力にしばしシャッターを押すのも忘れてしまうほど。このあたりは野生動物の宝庫でもあり、ボート乗り場の近くではぴょんぴょんと跳ねて遊ぶワラビーたちを、そしてボートからは川面に潜むクロコダイルも目撃しました。

ボートは30分ほど行って岩場に停泊し、そこからは歩いて渓谷を進みます。意外と短いクルーズだったな、と思いきや、しばらく歩いた先に別のボートが待機していました。「これにまた乗り換えるの?」と案内役のガイドに聞くと、彼はうなずいて言います。「水位が高い雨期だとボートでそのまま第2渓谷まで行けるんだけど、いまの時期は第1から第2渓谷の間は水位が低くなって、ボートが通れないんだ。まあ、お客さんたちには、渓谷ウォークも体験できるからとこの時期のほうが人気だけどね」。なるほど。歩いたおかげで先住民アボリジニの壁画なども見ることができました。

さて、冒頭で「今日は(取材報告の)最終回」と書きました。でもこれは、もちろんこのBlogでの話。「ジェットスター航空とザ・ガン鉄道でゆくオーストラリア大陸縦断の旅」と題するまとまったレポートは、雑誌やWeb連載などいくつかのメディアで後日、発表する予定です。

S.Akimoto at 11:41|Permalink

2013年02月06日

サルの空中散歩

 
“空の旅”をメインテーマとするこのBlogで、鉄道の旅の報告が続いています。「そろそろ航空の話題を」という声も届いているのですが、もうしばらく我慢していただき、今日はオーストラリア取材の起点となったケアンズのキュランダ鉄道とスカイレールの話──。


ケアンズといえば、中心部から世界遺産のレインフォレスト(熱帯雨林)を抜けて標高328メートルの終着駅までを1時間45分かけて結ぶキュランダ鉄道が人気です。その写真を、まずはfacebookにアップしました。キュランダ鉄道は、現在はもっぱら観光用として利用されています。けれどももともとは、山を越えたハーバートンでスズを採掘する鉱夫たちのために敷かれたもの。エンジと白に塗り分けられた19世紀後半の木造列車は、キュランダ駅をめざしてゴトゴトとゆったりした速度で登ってゆきます。途中、サトウキビ畑を抜け、いくつものトンネルを通過し、ストーニークリークの滝やバロン渓谷などの絶景を心ゆくまで満喫しました。

そして帰路は、鉄道ではなく、世界遺産の風景を空中から壮大なパノラマで楽しめるロープウェー「スカイレール」を利用します。そこで思いがけないサプライズが待っていました。せっかく取材に来たのだから──と、現地の観光局の方々が私たちのために、特別に“取材用ケージ(カゴ)”を用意してくれていたのです。上の写真が、その取材用ケージ。ご覧ととおり、柵だけのオープンな作りのゴンドラで、囲いがありません。万が一にも落下事故などのないようにと腰とゴンドラ中央部をセイフティ・ハーネス(命綱)でつながれ、現地のスタッフに「さあ、これで大丈夫。存分に撮影してください」とレインフォレストを眼下に見おろす空中散歩に送り出されました。

現地から「記念に」と送られてきたこの写真を、同行したトラベルライターの江藤詩文さん(しゃがんでいる左の奥)と写真家の倉谷清文さん(同中央)にもさっそく転送してやりました。すると江藤さんから「私たち、まるで檻に捕らえられた3匹のサル──」とメールの返信が。うん、たしかに。

S.Akimoto at 00:25|Permalink

2013年02月03日

ラクダの調査隊

 
オーストラリア大陸を縦断するザ・ガン鉄道の旅を、数回に分けてこのBlogやfacebookで紹介してきました。私自身はすでに2泊3日の行程を終えて帰国しています。さて、そもそも「ザ・ガン」とはどういう意味なのか? 私もよく知らなかったので、調べてみました。今日はその名前の由来について触れておきましょう。


イギリス人が豪大陸に入植し、沿岸部の探査を終えて人々の目が内陸部へ向けられ始めた時代に話はさかのぼります。内陸への開拓が少しずつ進展すると、やがて調査隊の前に立ちはだかったのが赤茶けた砂漠の大地でした。それから先は、調査も思うように進みません。そこで取られた手段が、さらに奥深くに分け入るためのラクダの輸入でした。アフガニスタンを中心に、海外から何頭ものラクダが到着。それとともにラクダの使い手として多くのアフガニスタン人がこの地にやってきました。

アフガニスタン人が率いるラクダの隊列により、オーストラリア内陸部の姿は入植者たちの目にも少しずつ明らかになっていきました。そうして開拓したルートに沿って敷設された線路に、1929年8月、アデレードから「アフガン・エクスプレス」と命名された列車が走り始めたのです。

アフガン・エクスプレスは、のちに「アフガン」の「ガン」をとって「ザ・ガン」という名前に変わり、現在はオーストラリア大陸約3,000キロを縦断する豪華列車として世界中の鉄道ファンの憧れの存在になりました。facebookで掲載した画像でご覧いただけるように、ザ・ガン鉄道の赤い先頭車両にはラクダのマークが入っています。また上の写真は、2日目の午後に到着したアリス・スプリングスの駅近くで出会ったラクダの彫像です。

ところで、ザ・ガン鉄道の誕生にもひと役買ったラクダたちはその後、野生化して現在も100万頭以上がオーストラリア陸内部に生息しているといわれています。2年ほど前には、CO2削減のため野生のラクダの殺処分が検討されているというニュースが流れました。砂漠地帯を中心に徘徊するラクダたちが野草を食べ尽くし、植生が失われるなどの害を考慮すると、ラクダ1頭につき年間で1トンのCO2を排出している計算になるのだとか。ちょっと悲しいニュースでしたが、その後どうなったのでしょうか。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2013年01月31日

列車内での生活

 
今日はオーストラリア大陸を縦断するザ・ガン鉄道の、列車内の様子を紹介します。下の写真は、私が予約したゴールドカンガルー・クラスのツイン寝台。1両に9室が設置されています。焦点距離28ミリ程度のレンズで撮影している関係で全景を収めきれていませんが、実際はもう少し奥行きがあり、ソファーは3人でも余裕で座れてしまうほどゆったりしていました。


ソファーは背もたれを倒すとベッドに変わり、また上部の壁の部分も手前に開けて二段ベッドに。私はこのツインキャビンを一人で利用していたので、就寝時には上段のベッドを使いました。ディナータイムに部屋を空けている間に、キャビン担当のスタッフがきれいにベッドメイクしてくれます。

向かって左側の壁は、窓に近い部分がセイフティボックスの付いたクローゼットで、その下には中型のスーツケースがすっぽり収納できるスペースがあります。クローゼットの手前は大きな鏡とマガジンラック。そして入口に近いドアを開けると、シャワー&洗面台&トイレがコンパクトにまとめられ、アメニティとタオル類一式がそろっていました。

ゴールドカンガルー・クラスのラウンジ車両とダイニング車両については、facebookに写真をアップします。食事の時間はそれぞれが乗車時に担当スタッフと相談して決め、私は遅めの20時45分からをディナータイムに。隣接するラウンジ車両にいつも少し早めに行き、バーで食前のスパークリングワインなどを注文してテーブルが用意されるのを待ちました。食事以外の時間も、ビールを飲みながら車窓に広がる雄大な風景を楽しんだり、各国からの人たちと言葉を交わしたり──個室で書き物などの仕事を終えるとついラウンジへ足を向けることが多くなってしまいます。

S.Akimoto at 09:58|Permalink

2013年01月29日

ザ・ガン鉄道

 
南オーストラリア州の州都アデレードから北端の街ダーウィンへ。豪大陸を縦断するザ・ガン鉄道は2004年1月に全線が開通以来、世界中から予約が殺到している人気列車で、今回の取材はこの列車に乗ることがメイン目的の一つでした。約3,000キロの道程を、2泊3日かけて旅します。


アデレード市内にある始発駅パークランズ・ターミナルに私が到着したのは、午前10時過ぎです。出発は12時20分なので、それまで駅の様子やプラットフォームに入線している車両を取材しました。

通常は、エアラインのファーストクラスに相当するゴールドカンガルー・クラスの客車5両に、同クラスのラウンジカーとダイニングカーが1両ずつ、さらに一般席のレッドカンガルー・クラスの寝台客車が1両と座席車が2両、同クラス用のラウンジカーとダイニングカー、そこにスタッフ車両と荷物運搬車両、自動車運搬車両、電源車両がそれぞれ1両ずつ加わり、先頭に電気式ディーゼル機関車を2両連結して走ります。

以上の車両を合計すると18両編成で、長さにすると403メートルになります。日本の新幹線の700系のぞみ(16両編成で404メートル)と全長はほぼ変わりません。ですがこれは、あくまで基本編成の場合の話。実際は予約状況に合わせて客車やラウンジ車両、ダイニング車両などが追加されます。駅で乗客のチェックイン手続きをアシストしていたジェニーさんは「これまで最大で47両編成で走ったことがあります。そのときは長さが1.2キロを超えたんですよ」と話していました。

ジェニーさんによると、私が乗る列車の編成は計32両。ざっと計算してみたら、長さは850メートルにもなります。ホームの中央に立って左右を見渡しても、列車全体を視界に入れることはできません。まずは「THE GHAN」の文字とロゴマークの入った赤いディーゼル機関車を写真に撮ろう。そう思ってホームの端まで行ったら、先頭車両はホームに収まりきれずそのずっと先にはみ出していて、撮影できませんでした。途中駅でチャンスを探ろうと思います。

S.Akimoto at 18:37|Permalink

2013年01月27日

アデレードの台所

 
南オーストラリアのアデレードに来ています。ジェットスター航空の夜行便で1月25日の早朝にケアンズに入り、その日はキュランダ鉄道や世界遺産の熱帯雨林を中心に取材して過ごしたあと、昨日の朝の便でアデレードへ。こちらは国内線ですが、3時間15分という飛行時間にオーストラリア大陸の大きさを実感しました。


到着後はホテルに荷物を預けて、さっそく街の中心部の散策に出かけました。「シティ・オブ・チャーチ(教会の街)」の別名をもつアデレードは市内におよそ30の古い教会が点在し、歩いているとさまざまな建築様式に触れることができます。人が少なく、静かだなと思ったら、1月26日はオーストラリアの建国記念日で祝日でした。しかし、その後お昼に訪ねたセントラルマーケットでは様相が一変! ものすごい数の人出に、びっくりです。

135年の歴史をもつセントラルマーケットは、食料品市場としては南半球最大ともいわれるアデレードの台所。そこでフルーツ&ケーキショップを経営するマーク・グリースンさん〔写真左〕に、80軒以上の店が並ぶマーケット内を2時間ほどかけて案内してもらいました。グリースンさんはどの店にも顔が利く、マーケットの“ドン”ともいえる存在です。地元の食材だけを集めたオーガニックな果物店、天然香料のはちみつを並べたハニーショップ、ナッツ専門店など、行く先々で「これ食べてみて」と試食を進めてくれます。ランチはマーケット取材を終えてから──と思っていたのですが、2時間歩いたら試食だけでお腹がいっぱいになりました。

多くの人が群がっている肉屋ではグリーソンさんが「調子はどうだい?」と声をかけると、自分も毎日たくさんの肉を食べていると思われるふくよかなおかみさんが答えました。「もう、てんてこまいよ。朝からずっとこんな感じ。今日は夕方まで続くね。休むヒマもありゃしない」。土曜日で国民の祝日でもあるため、この日はどの家庭でも家族でバーベキューパーティを開くそうで、肉やソーセージが飛ぶように売れていました。

さて、1日だけのアデレード滞在を終え、今日はこれから大陸を2泊3日かけて縦断するザ・ガン鉄道で北端の街ダーウィンを目指します。列車内やキャビンの様子などを報告したいのですが、でも、たぶんインターネットはつながらないだろうなァ。その場合は後日改めて報告を書くとして──行ってきます!

S.Akimoto at 06:20|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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