出会った人々

2016年02月14日

福井県若狭の旅

 
若狭を訪ねた紀行エッセイが、本日(2月14日)付けの『SANKEI EXPRESS』の「ZOOM」で掲載されました。相棒の写真家・倉谷清文氏とともに、昨年秋に旅した記録です。首都圏の各駅売店などで購入できますので、ぜひ手に取ってみてください。


若狭の旅は、倉谷氏の呼びかけで実現したものです。彼は若狭の出身で、以前から「一度来てほしい」と言われていました。景色はきれいだし、海の幸が豊富で、きっと気に入ってもらえると思う──と。たしかに彼の言うとおりでしたが、それ以上に印象に残っているのが、人々のやさしさと人懐こさでした。旅を通じて出会った一人ひとりの笑顔が、いまも目を閉じると瞼に浮かんできます。

上の写真は、若狭湾に突き出た常神半島の夕景です。そこで1泊した「竹中」といいう民宿では、夕食で出されたアオリイカの活き造りに感動してついつい飲みすぎ、翌朝遅くまで布団から出られずにいると「あんたら、遊びに来たんじゃないやろ。いつまでぐうたら寝てるの!」とおかみさんに説教されました(笑)。気さくなご夫妻が経営する小さな宿で、自分の実家に帰ったようにくつろいで過ごしたのを思い出します。帰り際に「おかみさん、また叱られにくるね」と言う私を、笑顔で見送ってくれました。

いい土地で彼は生まれ育ったのだな、と本当にうらやましくなります。その倉谷氏はいま、アメリカ西海岸のLAを取材中。私は明日からシンガポールへ飛びます。『SANKEI EXPRESS』の紙面を前にいっしょに酒を酌み交わせないのは残念ですが、お互い異国の地であの旅の思い出に浸りたいと思います。

S.Akimoto at 04:32|Permalink

2016年01月17日

奇跡の湖

 
昨年10月に福井県の若狭を取材しました。そのときに訪ねた「三方(みかた)五湖」の展望台からの美しい眺めが、いまも忘れられません〔写真〕。五つある湖のうち最も大きいのが「水月湖」で、ここは地球の歴史を知るうえでとても重要な湖として世界から注目されています。


年縞、という言葉をご存知でしょうか。湖の底には、長い年月をかけて土などが堆積し、縞模様の層が形成されます。「地層の年輪」とも言われるこの年縞は古代の謎を解くカギであるとして、世界中でサンプルの採取が進められ、研究が重ねられてきました。そしてわかったのが、三方五湖のひとつである水月湖の底に、考古学や地質学における最も重要な手がかりとなるサンプルが眠っていることです。年縞が形成される条件(地形や周辺環境など)が奇跡に近いような形で整い、ここで採取された年縞から現在までに過去7万年の地球の自然や環境の変動が具体的に解析されました。水月湖は世界中の研究者のあいだで「奇跡の地層を持つ湖」と呼ばれるようになったのです。

湖のほとりに建つ「若狭三方縄文博物館」を訪ねたとき、私は学芸員の小島秀彰さんから年縞について詳しい説明を受け、とても興味をもちました。一日中でも聞いていたいワクワクするような話だったのですが、私のにわか知識ではこのBlogでみなさんにうまく説明できません。興味をもっていただけたら、あとは小島さんから直接話を聞いてもらうのがいいと思います。1月24日(日)に東京・青山にある福井県のアンテナショップ“ふくい南青山291”で、小島さん本人による「7万年のしましま/奇跡の湖 水月湖の年縞を語る」と題した講演イベントが開催されることになりました。

私は今月25日よりメキシコ取材に出る予定で、イベント当日はそれまでに入れなければならない原稿の執筆や渡航の準備に追われそうですが、時間がとれれば青山に足を運ぶつもりです。メキシコでは古代遺跡なども訪ねるので、その前に学術的に考古学にアプローチしておくのもいいかなと思うので。13時開始で、入場は無料ですので、みなさんもぜひ神秘の世界に触れてみてください。

S.Akimoto at 11:56|Permalink

2015年12月12日

博多旅情

 
海外の多くのエアラインが最近、九州の福岡に注目しているようです。これまで韓国や中国、台湾、フィリピン、ベトナムなどアジア各都市からの便が就航。2016年3月からのマカオ航空の定期便乗り入れも発表されました。太平洋路線ではホノルル線やグアム線が定着していますし、ヨーロッパでもKLMオランダ航空のアムステルダム線に続き、フィンエアーも2016年夏ダイヤからの福岡線開設を目指して準備を進めています。


海外の知人たちからも「福岡大好き」とよく言われます。「ほら、これこれ」と、博多の屋台で撮った写真を見せてくれる人たちも少なくありません。屋台で飲み食いした体験はとくに強く彼らの思い出に残るようで、9月に香港で会った友人は「今年だけで3回、屋台でごはんを食べた」と話していました。

屋台──いいですね。博多の屋台には、独特な情緒があります。それについては何年か前に、あるメディアにこんなエッセイを寄せました。少し長いので、一部抜粋します。改めて読み返してみたら、私もまたすぐにでも行きたくなりました。

          ◇         ◇

 日が落ちて夜の街がざわつきはじめた頃を見計らって、宿泊しているホテルから中洲・春吉橋の周辺あたりに繰り出す。屋台が最も多く出ているエリアだ。込んでいる屋台でも、私一人なら大丈夫。店主が他の客の腰を少しずつずらして、うまい具合に“空き”をつくってくれる。
 カップルがいる。三人連れのグループもいる。年配の男女に若者が一人という不思議な組み合わせも珍しくない。趣味のこと、会社のこと、家族のこと──酒を酌み交わしながら話に花を咲かせている。けれど博多の屋台は、一人でも淋しくない。
「あまりお見かけしませんが、どちらから?」
 店主がほどよいタイミングで、声をかけてくる。周囲との輪に加わるきっかけをつくってくれるのだ。東京から、と私が答えると、予想どおり両隣の人が「ほう、東京から」と言ってクルッと身体を回転させる。
 仕事ですか? 滞在はいつまで? 話し相手を、こんどは私に定めたようだ。仲間をそっちのけでいいのだろうか、と心配になる。
 やがて、彼らの連れが席を立つ。ほら、私とばかり話しているから、先に帰っちゃうよ。ところが、別れ際に彼らはこんなやりとりを始めるのだ。
「じゃあ、お先に」
「あの、よろしければお名前だけでも」
 そこで私は気づく。酒を注ぎ合って話に熱中していた彼らも、じつは誰一人、知り合いだったわけではないことを。
 博多の夜は、いつだってそんなふうにして更けてゆく


S.Akimoto at 11:34|Permalink

2015年11月02日

やじろべえ

 
風情ある町家が街道沿いにつくられた水路などとやさしく調和し、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている福井県若狭町の熊川宿。ここは安土桃山時代から江戸時代にかけて若狭湾で水揚げされた魚介類を京の都へ運ぶ「鯖街道」の宿場町として栄えてきたことは、現地からfacebookでも報告しました。当時のままの古民家がいまも街道の両側1キロ以上にわたって建ち並ぶ、観光名所の一つになっています。


私たちは、地元のボランティア団体「熊川宿おもてなしの会」が運営する旧逸見勘兵衛家に宿泊させてもらいました。熊川に住む人たちの中から募った有志で、宿の運営や接客に当たっています。これについては近く、新聞などのメディアでレポートしますので、楽しみにお待ちください。

さて、熊川宿には夕方到着し、すぐに町の散策を始めました。すると、宿の数軒先の縁台でのんびり風に当たっている老人がいます。私も隣に腰をおろしていろいろ話を聞くと、その老人は、築170年の古民家に住む兼田誠之助さん(80)。木工のおもちゃなどを一品一品、手作りし、観光客らに販売しているそうです。「向かいの軒先に陳列してあるので、見ていってくださいよ」と言われ、覗いてみると──。

手作りと聞いて、さぞ高いのだろうと思ったら、こんなんで商売になるのかなと心配してしまうほどの安さです。そこで、旅の記念にと買ってみたのが、昔懐かしいやじろべえ(本体と土台がそれぞれ100円ずつで、計200円=写真はfacebookで)。帰京して、書斎のテーブルに置きました。朝起きて窓をあけると、カーテンを揺らす風がやじろべえを目覚めさせ、クルクルッと回る姿を見ながら古い街並みと兼田さんの顔を思い浮かべます。心の中で「いい旅だったなあ」と呟きながら。

S.Akimoto at 10:03|Permalink

2015年10月02日

漁村の教会

 
爆弾低気圧の影響で、昨日の日本列島は全国的に大荒れだったようです。現在滞在中の天草も、朝から強風が吹き荒れました。けれど日程が限られているため、ホテルでじっとしているわけにもいきません。幸い雨は上がったので、地元ボランティアガイドの森田哲雄さん(75)に案内をお願いし、今回の取材のメインと考えていた崎津集落を2時間ほど訪ね歩きました。


崎津は羊角(ようかく)湾に面した漁港の街です。地形が入り組んでいて、山すそのわずかな平地に集落があり、その中心に崎津教会が建っています。海岸の近くに教会があるというのは長崎などでも見かけますが、教会と漁村がこれほど一体化している例はあまりありません。漁港に教会の尖塔がそびえる光景は、最も天草らしい一つだと私は思います。

そのあたりのレポートは、産経新聞社の日刊タブロイド紙『サンケイエクスプレス』で不定期連載をもつ「ZOOM」のコーナーで、今月末にも発表する予定です。楽しみにお待ちください。

昨夜は下島から上島へ移動し、松原温泉に宿を取りました。現在、朝の9時30分。昨日とは打って変わって真っ青な海が目の前に広がっています。最終日の今日も夕方まで取材して、夜の便で帰京します。そして明日は早朝の第1便で羽田から大阪・伊丹へ。読売テレビの8時からの番組『ウェークアップ! ぷらす』に、新生スカイマークの会長に就任したインテグラル代表の佐山展生氏とともにスタジオ生出演し、同社の今後を探ります。

S.Akimoto at 09:51|Permalink

2015年08月31日

ラジオ後編

 
日付が変わりました。8月も今日でおしまい。早いですね。エアコンがいかれた書斎で、襲いかかる炎暑にひーひー言っていた数週間前がウソのように、ここ数日はすっかり秋めいてきました。窓を開けて寝ていると、冷気で目覚めてしまうほどです。


さて、今日は午前中に再び東京・浜松町の文化放送ラジオのスタジオへ。2週間前に生出演した「くにまるジャパン」のコーナーの後編です。当初は“前編・後編”の2回に分ける予定はなかったのですが、前回の放送でメインパーソナリティの野村邦丸さんが話のきっかけにと口にした「前振り」につい突っ込んだ返答をしてしまい、それだけで時間切れに。放送後に担当ディレクターから「予定していた本題にまったく入れませんでした。後編を段取りしますのでまた来てくださいよ」と言われ、もう一度スタジオでお話しすることになりました。

じつは今週、その野村邦丸さんが夏休みに入り、スタジオにいません。代わりに月曜日の番組アシスタントの加納有沙さん(左)と、別の曜日の担当である八木菜緒さん(右)の二人のアナウンサーで進行するそうです〔写真は番組ホームページより〕。

担当のディレクターからは、すでに番組の台本が届きました。しかし私の場合、台本をいただいてもまず見ません。見ても、その通りに進んだためしがないので。「ディレクターもわかってるはずなのになあ」と思いながら、一応開いてみたら、私の出演パートは「進行役の二人からいろいろ聞きますので自由に話してください」とあるだけでした。今日こそは、あまり脇道に逸れないようにしたいと思います。私の出演コーナーは午前10時過ぎから。

S.Akimoto at 00:05|Permalink

2015年05月18日

ダナンのコン市場で

 
ベトナムを旅しながら、人間観察を楽しんでいます。たとえば街なかの店で、品物を売ろうといつまでも食い下がってくる商売熱心な人と、呼んでも面倒くさそうに無視する店員と。社会主義の国だから、商売っ気のない人は国に雇われている“公務員”なのかな? いろんなタイプがいて、見ているだけでおもしろい。


市民の台所を覗いてみようと訪ねたダナンのコン市場では、ただただ値段を釣り上げようとやっきになっている若い売り子がいれば、少しだけ欲しいと言うと「それっぽっち? だったらこれ持っていきな」とタダでくれちゃう気前のいいおじさんもいました。カメラを向けたときの反応もみんな違います。若い子の多くはニコニコと白い歯を見せて応えてくれるものの、手で顔を隠して「絶対にダメ」とかたくなに拒否するシャイな年配の人も。もちろん無理強いはせず「あ、ごめんごめん」と言ってすぐに引き下がりますが。

ベトナムの人たちって、どんな感じ? そう聞かれて、この国が好きな人は「日本人と似て勤勉だよ」とか「旅行者に対してすごく親切」とか答えます。けれど一方で「しっかり監視していないとすぐに怠ける」「観光客とみるとみんな吹っかけてくるので、油断禁物だ」なんて決めつける人も。どこの国にも結局、いい人もいれば肌が合わない人もいるのでしょう。

私自身はどう思っているか? まだよくわかりません。自分の小さな体験だけですべての人々にレッテルを貼るようなことはしたくないし、まだ日程が残っているので、もう少し観察を続けてみようと思います。おそらく結論は出ず、不思議なキャラや楽しい個性に出会って大笑いしているだけだと思いますが。

S.Akimoto at 09:07|Permalink

2015年01月24日

女優・佐々木希さん

 
日本経済新聞の購読者に届く女性向けの月刊タブロイド紙『日経interesse(インテレッセ)』。その表紙には毎回“旬”な女優やタレントが登場し、「この人に会いたい」と題するインタビュー記事が掲載されます。最新号(2015年2月号)を飾るのは女優の佐々木希さんで、そのカバーストーリーは私がインタビューして書きました。


佐々木さんは、2月に公開される映画『さいはてにて〜やさしい香りと待ちながら〜』で、永作博美さんとW主演を果たしました。私が会ったのはクランクアップの直後で、インタビューする前日の夜に、完成したばかりの試写用のDVDを拝見。シングルマザー役という、佐々木さんのこれまでとは違った役柄に、ずいぶん苦労や戸惑いもあっただろうなと想像したことを思い出します。

これは、故郷の奥能登に帰って焙煎珈琲店を開いた「岬」と、この地に住むシングルマザーの「絵里子」との心の交流の物語。佐々木さんが挑んだのは、岬(永作博美さん)との関わりや子どもたちとの日常を通じて人と交わることの喜びを知っていく絵里子役です。台詞(せりふ)のキャッチボールでストーリーを進めていくのではなく、言葉少なに、心が揺れ動く様子を佐々木さんは背中や表情だけで見事に演じ切っていました。私も舞台脚本などを書いてきた人間なので、この作品にはそんな点でも好感を持ちます。

インタビューでそんな感想を伝えると、佐々木さんはにっこりうなずいて「私にとっても転機になった作品だと思います」と話していました。同映画は2月28日から全国公開されますので、興味のある方はご覧になってみてください。

S.Akimoto at 17:55|Permalink

2014年12月16日

過ぎ去りし10年

 
パリ取材から戻り、前回のBlogでも書いたように今年予定していた海外取材はすべて終了しました。年内はもう日本を離れません。そこで本日、執筆の合間を見てパスポートの更新へ。10年前に更新したパスポートの有効期限が、昨日で半年を切ったからです。


古いパスポートには、この10年間の旅が記録されています。スタンプを押す空きスペースがいまから2年半ほど前になくなり、増補手続きをしたのですが、新しい空欄もほとんどいっぱいに。アメリカ、アジア、ヨーロッパをはじめ、中東、アフリカと本当によく旅をしました。前回──2005年にパスポートを更新して最初に行ったのは、どこだっけ? そう思ってスタンプをたどってみたら、中国でした。

先ほどfacebookにもアップしましたが、そのときの写真です。世界各国の旅行&航空ジャーナリストを集めての会議が上海であり、私も招待されて飛びました。10年前なので、とても若い! まるで「小僧」のような顔をしています(笑)。あのころに比べると、私もずいぶんな「おっさん」になりました。

新しいパスポートには、そのおっさんの顔が載ります。いいえ、少しも嫌ではありません。最近はどの国に行っても、入国審査で係員にパスポートの写真と実物とを何度も見比べられるのが常でした。さすがに10年も経つと顔が変わり、みんなに「これ、ほんとにお前か?」という目で疑われて。でも、これからはパスポートもおっさん顔になるので、その心配ももうありません。10年後に再びパスポートを更新するときは、おっさんどころか「じーさん」になっているのでしょうね。それもぜんぜん嫌じゃありませんが。

S.Akimoto at 00:09|Permalink

2014年09月08日

ピラミッド登頂

 
バスに揺られて1時間。メキシコシティ中心部から北へ50キロほど行ったところにあるラテンアメリカ最大の都市遺跡、テオティワカンを訪ねました。隣に写っているのは、私の彼女──ではありません(笑)。現地で偶然出会った、中村知加代さんです〔facebookに大きな画像を掲載〕。メキシコを一人旅しているそうで、話してみると、ANAの現役CAさんであることが判明。すっかり意気投合し、しばらく行動を共にすることになりました。


私たちに背後にそびえるのは、テオティワカンの中でも最大の建築物である「太陽のピラミッド」。高さ65メートル、底辺の一辺が225メートルあり、エジプトの二つのピラミッドに次ぐ世界で3番目の規模を誇ります。

頂上にたどり着くには、一段一段が膝くらいまである高い石段を計248段登らなければなりません。右腰を痛めていた私は、最初は登らないつもりでいました。前日にメキシコシティで、仕事をさぼって路上の靴磨き屋さんに靴磨きをさせていた警官を隠し撮りしようとして、階段を踏み外してしまって。このあたりはメキシコシティと同様、標高が2,000メートルを超える高地であることも私を躊躇させていました。空気の薄い高地が私は得意ではありません。息を吸っても吸ってもうまく酸素を取り込めない体質なのです。え、高いところがダメで航空ジャーナリストが務まるのかって? この仕事と高地嫌いとは、まったく関係ありません(笑)。

腰の具合がよくないことを中村さんに話すと、彼女は「えー、せっかくきて登らないんですか? ゆっくり行けば大丈夫ですよ。いっしょに登りましょうよ」と私を元気づけてくれました。そう言われてしまうと、怖じ気づいているわけにはいきません。時間をかけて一歩一歩、石段を踏みしめてゆきます。そうしてたどり着いた頂上で、息を整え、顔を上げると──見事な風景が目に飛び込んできました。残念ながらその絶景をここで披露することはでききません。10月末に発売になる季刊『航空旅行』の秋号(Vol.11)に掲載されるレポート「アエロメヒコ航空でゆくメキシコシティの旅」を、どうぞ楽しみにお待ちください。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2014年07月13日

わが友、マラドーナ

 
ドイツ対アルゼンチンのサッカーW杯決勝戦は、日本時間で明日の早朝4時にキックオフです。ドイツ関係のたくさんの友人たちに申し訳ないのですが、私はアルゼンチンを応援! そこで今日は、懐かしい写真を引っ張り出してきました。いまから8年前にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで撮った写真です。


同国の人気クラブチーム、ボカ・ジュニアーズのホームスタジアムが下町にあり、そこを視察できると聞いて訪ねました。ボカ・ジュニアーズといえば、かつてあの英雄ディエゴ・マラドーナが活躍したチームだったな。そんなことを思いながら、スタンドに足を踏み入れたときです。何とそこで、マラドーナ本人と遭遇しました。先ほどfacebookに大きなサイズをアップしましたが、これはそのときに撮ってもらった2ショット写真です。

あ、もう気づきました? というのはウソで、私の隣にいるのは地元でも人気者のマラドーナのそっくりさんです。「ココ」の愛称で親しまれ、体形も年齢も笑う仕草も、まさに本物の生き写し。テレビCMや雑誌のグラビアなどで活躍中のタレントさんでした。そこでいっしょに記念撮影をお願いしたのですが、通常は撮影料として30ペソ(当時のレートで約1,000円)を払わなければいけないのだとか。しかし、彼は私に笑顔で言いました。「はるばる地球の裏側から取材に来たのなら、今日は特別タダでいいよ。その代わりオレのこと、日本でもいっぱい宣伝しといてね。雑誌のインタビューだっていつでも受けるよ」と。

帰国してから、実際にどこかのメディアに彼のことを書いた記憶があります。一応、約束ですからね(笑)。それにしてもこの写真、私も若かったなあ。髪形も違うし。ココさん、いまも元気にしているでしょうか。明日はきっとスタジアムにみんなで集まり、大型スクリーンで試合を観戦しながら大声でアルゼンチン代表を応援していると思います。

S.Akimoto at 11:30|Permalink

2014年03月04日

N700系新幹線の話

 
週末の空いた時間を利用して読んだ本が面白かったので、紹介します。タイトルは──『東海道新幹線/運転席へようこそ』。新潮文庫の書き下ろし企画として今年1月に刊行になりました。元東海道新幹線の運転士であり、現在は旅行をテーマにライター&写真家として活躍するにわあつしさんが書いています。


タイトルからわかるように、本書は読者を新幹線の運転台に招待してくれます。まずは35年前の東京駅から初代0系「ひかり」で出発し、懐かしいエピソードや裏話に耳を傾けながら新大阪駅へ。そして復路は、現在の新大阪駅から最新型のN700系「のぞみ」に乗車し、車両技術の変遷などに思いを馳せながら東京へ戻ります。読んでいて、私もかつて10年以上にわたり新幹線技術を取材してきた当時を思い出しました。

記憶によみがえった一人が、N700系車両の開発で台車と車体傾斜システムを担当したエンジニアのHさん。東海道新幹線はよくフランスやドイツの高速鉄道と「速さ」を比較されますが、もともとまっすぐなレール上を走ればいいように計画された仏独の車両と、起伏やカーブが多く人口が密集するエリアを走らなければならない日本の新幹線とは設計条件の過酷さが明らかに違います。Hさんらのチームは、従来はカーブで減速を余儀なくされていた車両の「速度向上」に挑みました。そのベースとなったのが、台車に採用した車体傾斜システムです。速度制限のかかるカーブで、車体がいまどういう高さでどんな状態にあるかを台車に設置したセンサが検知。精密な空気バネを連動させ、乗客にはカーブを通過していることをまったく感じさせない角度に車体を自動的に傾斜させる仕組みを完成させました。N700系車両の投入により、東京/大阪間の所要時間は短縮されてダイヤの過密化が実現したほか、従来型車両に比べて乗り心地も格段に向上しています。

説明が長くなりました。上記はほんの一例で、日本の新幹線には世界に誇る最先端テクノロジーがいろいろ詰まっています。その一つひとつを、約10年かけて取材した当時がとても懐かしい。『運転席へようこそ』を読み終えて、また鉄道技術の現場にも足を運びたくなりました。

S.Akimoto at 00:02|Permalink

2013年06月29日

ある女流写真家

 
今年3月中旬に訪ねた南アフリカのローカルな村々での体験をもとに、5月には誠Styleの連載『“飛行機と空と旅”の話』で同国観光局の責任者との対談を実施。そして今月は産経新聞社の日刊タブロイド紙『SANKEI EXPRESS』の「ZOOM」というコーナーで、“異国で出会った人々”をテーマに2回に分けて寄稿しました。


3月にその取材を進めていたとき、私は現地で一人の日本人女性に出会いました。コサ族の集落を見下ろす高台に立って、彼女は長いレンズを付けたキャノンを手に持ち、肩からは黒いカメラバッグを提げています(そのときの写真はfacebookで)。被写体を見つめる視線やレンズを向ける仕草で、すぐにプロだとわかりました。

東海林美紀(とうかいりん・みき)。1984年生まれの29歳。「アフリカを中心テーマに、主に女性たちの撮影取材を続けています」という彼女のアフリカとの出会いは、JICAのボランティアに参加した2007年3月でした。それから2年間、ニジェールの現地NGOと診療所に勤務し、HIV(エイズ)対策に従事。本格的に写真を撮り始めたのはその頃で、現在は写真撮影のほか音楽やファッションなどアフリカ文化の発信やイベントのプロデュース、大学・高校などでの講演といった幅広い活動に意欲的に取り組んでいます。

南アフリカでは数日間、私は彼女といっしょに地方の村々を訪ね歩き、アフリカに関する多くの情報を彼女から得たことを思い出します。その彼女と昨夜、3カ月半ぶりに再会を果たしました。新宿のヒルトン東京で開催された「南アフリカ・ワークショップ2013」の夜のカクテルパーティでのことです〔写真〕。私は夕方からテレビ東京で番組の収録があったため、少し遅れて行くと、うしろからトントンと肩を叩く人が! 振り向くと、南ア産の赤ワインのグラスを手に彼女がにこにこ笑って立っていました。パーティ終了までずっと話しましたが、3カ月半のブランクを埋めるには時間が足りません。その後は新宿駅近くの居酒屋へ場所を移し、深夜まで楽しい酒を酌み交わしました。

S.Akimoto at 15:23|Permalink

2013年04月04日

韓国KBSテレビ

 
先日終えた10日間の南アフリカの旅の途中、東ケープ州で訪ねたコサ族の村で、韓国のKBSテレビの人たちに会いました。KBSは日本のNHKと同じ公共の放送局で、彼らは世界のさまざまな文化や人々の生活を伝える「The World at your Door」という番組の制作班。コサ族の素顔と暮らしを紹介するための取材に、プロデューサーとカメラマン、女性キャスターの3人で来ていました。


私は彼らと数日間、現地で行動を共にしました。写真の女性が、番組でキャスターを務めるキム・ムンジュさんです。彼女の本職は翻訳家だそうで、流ちょうな英語を操り、現在は旅行誌『ロンリープラネット』の韓国語版への翻訳などを手がけているとのこと。また将来は、これまでの経験を生かし、ライター(文筆家)として世界をレポートしたり自ら情報を発信する仕事に就きたいと話していました。

そのためか、作家として活動している私にキムさんはとても興味をもった様子で、コサ族の人たちを取材する合間にいろいろと質問してきます。作家になったきっかけは? どんなステップを踏んで今日まできたか? 著作の数は? 物を書くうえで一番大切なことは? 今後はどんなものを書いていく予定か? 私が一つひとつに答えると、彼女はそのつどメモを取りながら、とても熱心に話に聞き入っています。そしてそんな私たちに、同行のカメラマンはずっとビデオカメラを向けていました。

帰国後、プロデューサーから私に連絡がありました。「今回収録した内容は、4月の後半から3回に分けてKBSの私たちの番組でオンエアされます。ミスター・アキモトが映っているシーンもたくさんあるのですが、編集する際にそれらのシーンも盛り込んでかまいませんか?」と。え、韓国のテレビに私が? ちょっと驚きました。どんなふうに使われるのだろう。まあ、日本の人たちが観ることはないので、恥ずかしがることもないか。そう思って「いいですよ」と伝えました。ついに私、韓流デビューです。うっしっし!

S.Akimoto at 00:04|Permalink

2013年01月08日

ヒコーキの貯金箱

 
元日フライトでお会いしたタイ国際航空の日本人クルー、城戸京子さんのことを、前回のBlogで紹介しました。城戸さんとは、じつは帰国のフライトでも同じ便に。まったくの偶然です。彼女はメインデッキの担当でしたが、ときどき私がいるアッパーデッキのビジネスクラスにも顔を出し、また少し話すことができました。


そして成田空港が近づき、そろそろアプローチ降下が始まるかなというときに、再び現れて「子どものおもちゃみたいですが、よろしければ」と渡してくれたのが上の写真のグッズです。

A380の就航を記念したトランプとキーホルダー、そして丸いのがヒコーキの形をした貯金箱です。よく見ると、この貯金箱だけはA380ではなく、ボーイング747。2階席が先頭部分にしかありません。でもこれ、かなりの優れものです。

おしりの部分にボタン電池が入るようになっていて、背中の挿入口からコインを落とすとギューンというエンジン音が鳴ります。何度か繰り返して、笑ってしまいました。そして「失敗した!」と思ったのですが、もう後の祭り。主翼と垂直尾翼がボディとは別になっていて、ビニールの袋にきれいにパッキングされていたのに、組み立てて写真を撮ろうと破って取り出してしまったのです。きちんとパッキングされたままなら、誰かにお土産としてあげられたのに。こういうグッズ、欲しいというファンは多そうですから。

仕方ない、自分で使いますか。500円玉でも貯めて。500円玉でいっぱいにふくれたら、そこそこの金額になるでしょうから、そのお金で一番行きたい国に旅しようかな。貯めたマイルではなく、貯めた500円玉で旅に出る──仕事ではなく、まったくのプライベートで。うん、いいかも知れない。あ、でも、そもそも私が一番行きたい国ってどこなのだろう。そんなことを考えていたら、俄然楽しくなってきました。

S.Akimoto at 00:33|Permalink

2012年10月05日

キューバ人たち

 
クルーズ船は3日目の午後早く、メキシコ南部のコズメル島に到着しました。夜10時の出航まで9時間ほど停泊するので、私はマヤ文明の遺跡で有名なトゥルムをフェリーとバスで訪ねるツアーに参加することに。さっそっく指定されたフェリーに乗り込み、空いていそうな船室に席をとります。すると、同じ船室に遅れて入ってきたのが、お揃いの真っ赤なTシャツを着たご覧の25名ほどのグループでした。


キューバのハバナからカリブ海クルーズに参加していた旅行者たちでした。何が面白いのか、席に着くなりゲラゲラ、ギャーギャーの大騒ぎ。誰かがひと言しゃべると、全員でギャーハッハッハ! 他の仲間が言葉を返すと、またギャーハッハッハ! そのうち、私の向かいに座ったでっぷりした女性が「どちらからですか?」と訊いてきました。

私が「東京から」と答えると、全員でいっせいにギャーハッハッハ! クルーズは楽しんでいますか? その質問に「もちろん」と返すと、また声を揃えてギャーハッハッハ!

「ハバナには来たことある?」
「あるよ、ずーっと前に、1回だけ」
「どうだった?」
「楽しかったよ、すごく。また行きたいな」

すると隣の、私の5倍くらい身体の大きい男性が立ち上がって「おい、聞いたか? この人、またハバナに来たいって」と大きな声を出し、そうして船室が壊れそうな怒号に近い笑い声でギャーハッハッハ!

40分後、フェリーはユカタン半島の船着き場に到着しました。そこから3台のバスに分かれて、遺跡に向かいます。キューバ人のグループとは、残念ながら私は別のバスに。あいつら、どのバスに乗っているのかな? そう思って窓を開けると、1台うしろのバスから「ギャーハッハッハ!」という地響きのような声が漏れていました。

S.Akimoto at 06:33|Permalink

2012年05月10日

ドイツの観光名所

 
ドイツ観光局が外国人旅行者を対象に2012年2月に実施した「ドイツの名所トップ100」を決めるアンケート調査の結果が発表されました。約5,500人の回答者が選んだトップ100を見ると、目立つのはやはり世界遺産。ドイツにある36の世界遺産のうち、22がランクインしています。その中で堂々第1位にランクされたのが、写真のハイデルベルク城でした。


ハイデルベルクはドイツ最古の大学がある歴史ある街で、朽ち果てた古城が訪れる人たちを中世ロマンの世界へと誘います。2009年4月に私が訪ねたとき、ちょうど韓国の旅行雑誌から取材で来ていたキムさんという若い女性記者と知り合い、半日ほど行動を共にして街を撮影して歩きました。

キムさんは「買ったばかり」という新しいニコンを首から下げていました。いっしょに来るはずだったカメラマンの予定が変わり、急きょ単身での取材になったらしい。行く先々で彼女は懸命にシャッターを押していましたが、帰国後にソウルから「どれもうまく撮れていなかった」と電話で私に泣きついてきて、いくつか写真を送ってやったことを覚えています。私は写真を本職にしているわけではないから、自由に使っていいし、クレジットも必要ない。そう伝えたのですが、後日届いた雑誌には、ハイデルベルク旅行記のページを飾っていた5点ほどの写真の一つひとつにちゃんと私の名前が記されていました。そのときの1枚が、上の写真──ネッカー川を下るフェリーから撮ったハイデルベルク城です。

この古城が「ドイツの名所トップ100」の第1位になったと聞き、当時のことが頭によみがえって、懐かしさが込み上げてきました。ちょっぴりキュートだったあの韓国の新米記者、いまも元気に旅の取材を続けているかなあ。

S.Akimoto at 00:03|Permalink

2012年04月07日

メモリアルフライト

 
約40年にわたって世界の空を飛び続けてきたシンガポール航空のボーイング747が、ついにラストフライトの日を迎えました。昨日は最後の別れを告げるメモリアルフライトで、シンガポールから香港を往復。「SQ747/748」という便名を冠したこの特別便に、世界中から集まった多くの熱心なファンたちとともに搭乗したことで、とてもいい思い出ができたと思っています。


昨日のメモリアルフライトには、シンガポール航空のコマーシャル担当上級副社長のマック・スゥイー・ワー氏や同社の最初の747パイロットだったケネス・トフト機長ら多くの関係者も同乗。上級副社長のワー氏とは、3年前にフランス・トゥールーズで会って以来の再会です。3年前には、シンガポール航空がエアバスから新造のA330-300の1号機を受領する際に取材に行き、現地で彼に単独インタビュー。副社長もそのときのことを覚えていたようで、機内で私に「東京からようこそ」と声をかけてくれました。

写真は、香港からシンガポールへ折り返す747のアッパーデッキで私と副社長が歓談している様子を、同行していた日本人記者が撮影してくれたものです。その15分ほどのやりとりの中で、私はワー氏からこんなメッセージを託されました。

「世界の中でも、日本には“ジャンボ機”747に特別の思いを寄せているファンの方が大勢いると聞いています。シンガポール航空が運航してきた747も、たくさんの日本の方々に応援していただきました。私を含めたシンガポール航空の社員一同から、これまで支えてくれた日本のみなさんに、ぜひ感謝の気持ちとお礼の言葉をお伝えください」

S.Akimoto at 17:35|Permalink

2012年03月02日

エアライナークラブ

 
ニコ生の番組出演を終え、本日午後に関空から戻りました。下の写真は、昨日の本番前の様子です。関空スカイビューの展望デッキに設置した放送用のブースで、スタッフたちは準備に大忙し。通常のスタジオからの放送なら常設の機材が使えますが、いつもと違う場所が舞台になると、必要な機材をすべて持ち込まなければなりません。私が現場入りする何時間も前から、スタッフたちは必死にセッティングを進めていたようです。お疲れさま。


さて、昨日の放送ではメイン解説の私のほかに、原輝生さんと河村直樹さんという二人のゲストが出演しました。二人はいずれも「エアライナークラブ」に所属する大の民間航空機ファン。今日は、そのエアライナークラブについて紹介しましょう。

エアライナークラブは、全国の飛行機好きの人たちが集まって設立されました。1984年にスタートし、現在の会員数は約90名。エアラインの記念フライトに乗ったり、航空機の撮影旅行や整備工場の見学会を実施したりと、幅広い活動を続けています。昨日会った原さん、河村さんも、ピーチの就航フライトで関空と新千歳を往復してきました。「5月ごろに成田空援隊(去年のBlog「成田写真三昧の旅」でも紹介)と合同イベントを計画しているので、ぜひご参加ください」と原さん。私は会員としての活動は無理ですが、ゲストで遊びに行くと約束しました。飛行機と旅が好きな方は、会のメンバーに加わってみてはいかがですか?

昨夜は放送終了後、片づけが終わるのを待って、私たち出演者と番組ディレクターと現場の裏方スタッフ全員で関空エアロプラザにある居酒屋へ。ビールジョッキを手に、遅い時間までLCCと旅行の話で盛り上がりました。

S.Akimoto at 23:49|Permalink

2011年01月25日

ルフトハンザの新CEO

 
写真は、成田空港のラウンジ内にあるVIPルーム。手前で背中を向けているのが私で、そのすぐ隣(正面左端)に座っているのが、ルフトハンザの新しい取締役会長兼CEOに就任したクリストフ・フランツさんです。


ルフトハンザは今年で日本就航50周年を迎えたのを記念して、成田/フランクフルト線で運航するエアバスA380の第4号機に「東京」と命名。その記念式典に列席するため来日したのを機に、こうして面会が実現しました〔写真は同行してもらったチャーリィ古庄氏が撮影〕。

フランツさんの右隣にいるのは本社広報部門のトップであるクラウス・ヴァルターさんで、その隣(奥)が、私とは旧知の仲であるアジア・太平洋地区広報マネージャーのフランク・プットマンさん。彼も急きょ、シンガポールから来日しました。右端には、日本支社長のオットー・ベンツさんも見えます。

さて、フランツさんはこの1月1日に新しいCEOに就任したばかりで、とにかく忙しい。せっかく来日したのに空港から一歩も出られず、3時間という短い滞在で再びドイツに戻っていきました。「そのわずかな時間で会えないか?」と本社から誘いの連絡があったのが1週間ほど前で、私も「ぜひに」と快諾。新CEOとしての抱負や日本のマーケットへの期待などについて聞き、いろいろ意見交換しているとアッという間に予定の時間になってしまい、近々フランクフルトでの再会を約束して別れました。

この日インタビューした内容については、当Blogやその他のメディアのレポートでも追々紹介していきます。

S.Akimoto at 18:23|Permalink

2010年11月09日

買うか、借りるか

 
昨日朝、文化放送のレギュラー番組『くにまるジャパン』の「ラジオ白熱教室」というコーナーに生出演してきました。テーマは「どこよりも気の早い“羽田空港の本格国際化”の総括」です。


10時からのオンエアだったので、その15分前にスタジオ入りし、番組パーソナリティの野村邦丸さんと石川真紀さんの二人と顔合わせ。その席で石川さんが、手にした本を私に見せて「ご著書、読ませていただいています。とても勉強になります」と言ってくれました。この日のトークのテーマが空港だったので、事前に拙著『みんなが知りたい空港の疑問50』を入手してくれたようです。

オンエア終了後、番組ホームページ用にと写真撮影に移ったとき、石川さんはその本をまた手に持ってくれました。そこでふと、「あれ?」というちょっとした違和感を覚えたのです。オフィスに戻って、ホームページに掲載されたその写真を見て、違和感の正体がわかりました。石川さんの手にしている私の著書の表紙に、オレンジ色のバーがついた白いタグが〔写真〕。これ、図書館で借りてきた本なのです。いや、もちろん、それでいいのですけどね。必要な本を借りる──そのために図書館はあるのですから。

私の友人にも、図書館で働く司書が何人かいます。で、私が新刊を出すたびに「秋本さん、さっそく申請して、図書館に置きましたよ」と報告してくれるのですが──。最初は「図書館で読めちゃうと、書店で本が売れなくなるじゃん!」と思ったのですが、ある司書いわく「いまは誰もが簡単に本を買ってくれる時代じゃありません。ある本に興味をもつと、まず図書館に来てパラパラその本をめくってみて、面白そうだなと思った本だけ本屋さんに行って買うんです」。

なるほど、そういうものなんだなと勉強になりました。図書館で借りてきた石川さんは、面白い本だと思ってくれたかなあ。

S.Akimoto at 10:15|Permalink

2010年10月25日

世界一のコレクター

 
ご覧のように、とにかくものすごい数のモデルプレーンなんです。ここはトルコ・イスタンブール国際空港でグランドハンドリング業務を仕切っている会社のオフィスの一室。先々週、取材でイスタンブールに滞在していた際に、この会社のオーナーであるゴーカン・サリゴルさんが招待してくれました。


彼が集めたモデルプレーンはおよそ3,000機。まさに世界一のコレクターといっていいでしょう。写真に私と写っているのは、ほんの一部に過ぎません。あちこちの部屋中に飾ってあります。それぞれの機体には世界のエアラインのロゴマークが入っていて、機種も最新型からすでに退役して姿を消してしまった懐かしいものまで。これだけ集めるのに、いったい何年の歳月とどれくらいのお金を使っているのか?

サリゴルさんは航空写真家としての腕もプロ並みで、日本の各地の空港にも撮影に来たと言っていました。そのときに、今回の取材の同行者であるチャーリィ古庄氏とも知り合いになったそうです。この日も、チャーリィ氏を通じて招待という運びになりました。

私が手にしているのはトルコの航空史をつづった写真集で、これもサリゴルさんが出版したものです。彼のオフィスの書庫には、航空機やエアラインに関する世界中の書籍がずらりと並んでいました。仕事も趣味も、とにかくヒコーキだらけ。あ、そういえば彼は、私の著書も蔵書コレクションに加えたいと言ってくれたんだっけ。いま思い出しました。さっそく何冊かを小包みにまとめて、イスタンブールに送らないと!

S.Akimoto at 23:28|Permalink

2010年10月19日

世界をぐるっと一回り

 
身体が、フワフワしています。世界をぐるーっと一回りして帰国しましたが、私には珍しく、どうもジェットラグの影響が出ているみたい。同行者のチャーリィ古庄氏から「秋本さんは時差ボケは平気なほうですか?」と聞かれ、「帰国して一晩寝ればだいたい収まるね」と強気にコメントしていたのですが。


日本から東に向かってアメリカ西海岸のシアトル(時差マイナス16時間)へ、そしてシアトルからは北極点を通過してアジアと欧州にまたがるトルコのイスタンブール(時差マイナス6時間)へ。しかも両都市とも3、4日ずつの中途半端な滞在で、さすがに体内時計が狂ってしまったのかも知れません。

先日のBlogでも報告したように、今回の取材ではいろんな国の人たちと交流をもち、その精神的な疲れも出ているのかな? 一人ひとり、国も違えば文化も考え方も違いますからね。旧ソ連や東欧からの生真面目そうな記者もいれば、南米からの陽気な人たちもいて。もちろん、みんなとてもフレンドリーで、お互いに冗談を言い合いながら毎日大笑いしていました。

ちなみに写真に写っているのは、オレーナ・ストラークさんというウクライナから来ていた週刊ビジネス誌の記者。上に書いた分け方では“生真面目そうな人”の部類に入ります(笑)。各国の記者たちは約1週間、行動を共にし、ほぼ同じ日にイスタンブールからそれぞれの便で母国に帰っていきました。私と同じように狂った体内時計を正常に戻そうと、いまごろはみんな必死でしょうか。

S.Akimoto at 07:50|Permalink

2010年10月15日

新連載がスタート

 
シアトル&イスタンブールからの取材報告はちょっと中断して、今日は新しい連載開始のお知らせです。本日10月15日より、ビジネスマン向けのWebニュース媒体『Business Media 誠』で私の新連載がスタートしました。


同媒体は私が『ボーイング777機長まるごと体験』や旅客機、空港の『疑問50』シリーズなどの著書を出しているソフトバンク・グループのITmedia(アイティメディア)が運営。毎月のアクセス数が1,200万を超える人気メディアです。私が寄稿するのは、同媒体の中の“大人の遊び心を刺激するプレミアムマガジン”『誠Style』で、連載タイトルは『秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話』。さまざまなエアラインを使って世界の空を旅しながら、エッセイやレポート、コラムなどを自由につづっていきます。更新情報は随時、当Blog右欄の「Information」コーナーでもお知らせしますので、ぜひご一読ください。

さて、話を取材報告に戻しましょう。シアトルを飛び立ったトルコ航空のボーイング777-300ERは、現地時間の14日午後1時45分にイスタンブールのアタチュルク国際空港に到着しました。トルコ航空関係者と約30名の各国報道陣を乗せた機内は、終始和気あいあい。日本から参加した私とチャーリィ古庄氏も、アメリカやブラジル、コロンビア、ドイツ、フランス、オーストリア、スペイン、ウクライナ、チェコなどの記者たちと交流をもちながら、11時間におよぶフライトをとても楽しく過ごしました。

そして到着したイスタンブール空港でも、待ち構えていたのは地元メディアを中心とするたくさんの報道陣たち〔写真〕。その中に、今年4月に面会したトルコ航空のCEO、テメル・コティル氏(4月8日のBlog参照)の姿も見えます。

「こんにちは、コティルさん。トリプルセブン1号機の受領、おめでとうございます。またお会いできて光栄です」
「ありがとうございます。ようこそ、再びイスタンブールへ」

タラップの降り口で出迎えてくれたコティル氏とそんな短い会話を交わし、私たちは力強く握手しました。コティル氏も、そしてトルコ航空の他の関係者たちも、到着した真新しい機体を前に感動を隠せない様子です。この777-300ERの1号機受領に関する詳しい報告は、今日から始まった連載『“飛行機と空と旅”の話』でも後日お伝えする予定ですので、どうぞお楽しみに。

S.Akimoto at 14:04|Permalink

2010年10月02日

南アの子供たち

 
今回の旅の途中、たくさんの子供たちに出会いました。ヨハネスブルグに到着した初日には、ネルソン・マンデラ・スクエアのあるサントンに向かうハウトレイン(Gautrain)の車内で、何組かの家族でいっしょに乗っていた小学生たちに。「これ、新しい電車なんだよ」と教えてくれたのは年長の男の子です。彼が言うように、ハウトレインは2010年のサッカーW杯の開催に合わせて建設されたもので、自分たちの国の新しい鉄道が子供たちはとても誇らしげでした。


行政の中心地であるプレトリアでは、学校帰りの中学生のグループに遭遇。屋台でアイスクリームを買っていた3人組にカメラを向けると、あちこちから「ぼくも撮ってよ」「私も」とみんな元気に集まってきます。またクルーガー国立公園でのサファリ取材でも、先生に引率された小学校1、2年生くらいの子供たちと途中の休憩ポイントで小さな交流を持ちました〔写真〕。

私たちアジア系の顔は地方の子供たちには珍しいようで、最初は遠くからじっと見つめています。しかしこちらから手を振ると少しずつ慣れてきて、笑ったり、手を振り返してくる子も。近寄って話しかけると、そのうちの一人がはにかみながら答えてくれました。

「どこから来たの?」
「学校から」
「それはわかるよ。先生もいっしょだし。じゃあ、ここに何をしに来たの?」
「エヘヘ。わからない」
「わからない? 野生の動物たちを観察しに来たんでしょ」
「わからないよ。ギャハハハハ」

クルーガー国立公園でのサファリ取材を無事に終え、先ほど、再びヨハネスブルグに戻りました。ホテルの部屋でいま、彼らの笑顔を思い浮かべながらこの文章を書き進めています。次にこの国を訪れるのは、いつになるだろう。そのとき、あの子たちはいくつになっているかな? アパルトヘイトの暗い歴史に幕を閉じ、試行錯誤の中で確実に前進してきた南アフリカ共和国。今年のサッカーW杯開催を経て、この国の一人ひとりが大きな自信を手にしているような印象を受けました。旅で出会った子供たちが大人になってさらに時代を進め、どんな未来を築いていくのか──いまからとても楽しみな気がしています。

S.Akimoto at 13:02|Permalink

2010年05月06日

オンエアが延期に

 
連休最後の日にラジオの前で待っていてくれたみなさん、ごめんなさ〜い! オフィスに戻ったら「ちゃんと文化放送、聴いていたのに」といったメールもいくつか届いていました。同局でいつもだと15時30分から始まる玉川美沙さんの番組『たまなび』が、昨日の5月5日は30分遅れてのスタート予定。その前にプロ野球の西武vs楽天の試合の生中継が入っていて、新聞の番組欄には「試合終了まで放送」とあったので、もしやと思っていたのですが。


でも、試合は14時20分頃の時点で西武が5対1でリード。いいペースで5回裏まで進んでいたので、16時には間違いなく終わるだろうと思って東京・浜松町のスタジオへ向かいました。で、着いてみると、構成作家の人が私を待ち構えていたのです──困った顔で。

「秋本さん、申し訳ない。試合が押していて」
「野球、延びてるんですか?」
「西武打線が爆発して、6回の裏に10点も取っちゃって」

私の出演する「たまなび学園・達人学部」というコーナーは16時30分からの予定でしたが、それまでに試合は終わりそうにないとか。結局、この日の生出演はなくなり、スタジオ収録だけしてオンエアは後日ということになりました。ということで、みなさん、本当にごめんなさい(私があやまる話でもないのですが)。

でも、収録は楽しかったですよ。パーソナリティの玉川美沙さんのストレートで軽快なトークは耳に心地よく、以前は毎日欠かさず聴いていた番組もあります。実際にお会いするのは今回が初めてなので、プレゼントにと持参した著書を収録後に手渡したら、とても喜んで受け取ってくれました〔写真〕。私が出演したコーナーのオンエアは6月に入ってからになりそうですので、日が迫ったらまた当Blogでお知らせしますね。

S.Akimoto at 00:20|Permalink

2010年04月08日

トルコ航空CEO

 
世界地図を広げて、現在いるトルコのイスタンブールにコンパスの針を当て、ここから3時間のフライトで行ける範囲に円を描いてみます。すっぽりと収まったエリアは、欧州全域とロシア、北アフリカ、そして中央アジア──。じつはここに、欧州No.1の“ネットワークキャリア”を目指すトルコ航空の成長戦略の秘密が隠されています。


「この立地的な利点を生かすことでイスタンブールを拠点にさまざまな都市へ旅行者を運べる、というのが、トルコ航空の最大の強みです」と話すのは、同社CEOのテメル・コティル氏です。「けれどもその強みを、私たちはまだまだ発揮し切れていません」

昨日トルコ航空の本社を訪ね、コティル氏へのインタビューを行いました〔写真〕。世界同時不況で各国のエアラインが業績不振に苦しむ中、トルコ航空の2009年の総旅客数は前年比11%増の2,510万人を記録。2008年につづき着実に成長を遂げています。

「イスタンブールを経由して他の都市に向かう旅客の急増が近年のトルコ航空の成長を支えてきました。ですが、トランジット客の比率は私たちが扱う旅客全体のまだ34%に過ぎません」と、コティル氏は続けます。「その数字を3年後には50%、5年後には80%に伸ばすことで、さらに大きな成長を続けていけると考えてます」

ヨーロッパでは、同様なネットワークキャリアを目指すエアラインが少なくありません。しかし欧州各都市での乗り継ぎは、離陸して上昇し、すぐに高度を下げて着陸するという1〜2時間の路線がほとんど。燃料費などのコストがとても高くつきます。それに対してイスタンブールからはどの都市へも3時間程度のフライトになり、トルコ航空が短距離路線の中心に据えるボーイング737シリーズなどの機材が最高のパフォーマンスを発揮します。

「3時間のフライトなら私たちの充実したフルサービスを楽しんでいただくことができますし、また経営的に見れば、最適な距離を最適な機材で飛ぶことで乗客一人当たりを一定距離運ぶためのコストを低く抑えられるメリットも出てきます」

イスタンブールでは、現在のアタチュルク空港の西側にロンドン・ヒースロー並みかそれ以上の規模を持つ新空港の建設プランも動き始めました。完成予定は、トルコ航空が「トランジット客を80%に」と目標を定める5年後です。ヨーロッパとアジアの接点に位置し、古くから東西文明の交流に寄与してきたこの街が、今後も“世界の空の交差点”としてますます重要な役割を果たしていくことは間違いありません。

S.Akimoto at 11:21|Permalink

2009年10月27日

カクテルパーティ

 
ニューヨークに到着後、マンハッタンに移動しミッドタウンウエストにあるヒルトンNYにチェックイン。同ホテルのイベントホールで夜7時から、コンチネンタル航空のスターアライアンス加盟を前にした前夜祭のカクテルパーティが開催され、各国からの多くの友人たちと再会しました〔写真〕。


時間に少し遅れて会場に入ると、私を見つけて真っ先に駆け寄ってきたのが、英アビエーションウィーク北米特派員のダレン・シャノン氏です(Blog「ヘッセン州の小さな町」参照)。ドイツで会って以来、半年ぶりの再会を喜び合っていたら、それを遠巻きに見ながら「やあ」と手で合図してきたのはコンチネンタル航空広報マネージングディレクターのデビッド・メッシングさん(同「デイブさんと再会」)。日本からも同じスターアライアンスのメンバーであるANAの広報スタッフとともに、先輩であり飲み仲間でもある航空評論家の青木謙知さん、航空サービスアナリストの鳥海高太朗さんの二人が来ていて、会場で合流しました。

パーティのあとで、青木さんと「ちょっと飲みに出よう」という話になりました。鳥海さんやコンチネンタル航空アジア太平洋地区広報本部長の永田浩二さん、産経新聞から取材に来ていた社会部記者の石川有紀さんらを連れて、私がミッドタウンウエスト地区でよく行くワインバーへ。深夜まで飲み続け、店を出るときには赤ワインと白ワインの空ボトルが何本も足もとに転がっていました。

え、そうやってどこへ行っても飲んだくれているのかって? はい、飲んでます。いつもいつも。いっぱい。

S.Akimoto at 23:51|Permalink

2009年07月29日

窓の向こうは滑走路

 
ここは羽田空港第2ターミナルに直結する「羽田エクセルホテル東急」の一室です。窓の向こうに滑走路が広がっている様子──わかりますか? 私といっしょに写っているのは、中央がスカパー「旅チャンネル」の情報番組『世界のエアラインガイド』でサブコメンテーターを務める橋本絵里子さん。そして左側のもう一人が、たけし軍団のお笑いタレント、つまみ枝豆さんです。


同じ「旅チャンネル」でおすすめ番組を紹介する『旅ちゃんガイド』で、枝豆さんはMCを担当。その番組で今回、私たちの『世界のエアラインガイド』を取り上げてくれることになりました。

私と橋本さんが部屋で待機していると、少し遅れて到着した枝豆さん。お互いの自己紹介もそこそこに、枝豆さんのリードでさっそく番組の収録がスタートしました。番組の見どころ、この7月にコンチネンタル航空の取材で訪ねたニューヨークロケの裏話、空の旅を楽しくするためのポイント──枝豆さんから次々に質問の矢が放たれます。トークの合間に枝豆さん特有のジョークが入るのは、私たちの緊張をふっと解きほぐしてくれるための心づかいでしょう。そんなさり気ない気配りといい、明るくて真面目な人柄といい、さすがだなあと感じました。

ところで、この「羽田エクセルホテル東急」は、私も早朝に羽田を発つ際にときどき利用します。出発の前日は早めにホテル入りし、目の前を離陸していく飛行機を眺めながらのんびりリラックス。出発時はホテルロビーに設置されたANAJALの自動チェックイン機でチェックインできるので、とても便利です。また今回の番組収録で使用した部屋とは別に、控室として用意してもらった隣の「フライヤーズルーム」には、なんと国際線で使用されていたファーストクラスのシートがペアで置かれていました。

「このファーストクラスがある部屋は飛行機やエアラインファンの人たちに大人気です」と、撮影のアテンドをしてくれた同ホテル広報の成田梓乃さんは言います。「オプションでお部屋に機内食風のディナーセットをお届けするサービスもあるんですよ」

番組収録後、枝豆さんと橋本さんは全自動でフルフラットになるシートに身を任せながら「次は仕事ではなく、遊びで泊まりにきたいね」とすっかり意気投合。私もまったく同感です! 9月の番組オンエアの際にはまた当Blog右欄の「Information」コーナーでお知らせしますので、ぜひご覧くださいね。

S.Akimoto at 08:31|Permalink

2009年05月23日

文化放送スタジオで

 
東京・浜松町にある文化放送スタジオで昨日、ラジオ番組の収録がありました。私が出演したのは、毎週土曜日の17時30分〜45分の枠でオンエアされている『大村正樹のサイエンスキッズ』。番組案内役の大村正樹さんは、フジテレビ朝の情報番組『とくダネ!』のレポーターなどでもお馴染みの人気アナウンサーです〔写真右〕。


今回のテーマは、もちろん私の専門である「旅客機」です。空を飛ぶ基本的なメカニズムから飛行機の安全性に関することまで、大村さんとフリートークを展開しました。構成作家の方が用意してくれた台本が一応はあるのですが、大村さんの興味はどんどん別の方向に。一方で私の話もついつい横道に逸れていくのは相変わらずで、そんな二人のやりとりに番組スタッフや構成作家さんらもじっと聞き入っています。この日は番組2回分の収録で、予定していた計30分間はアッと言う間に終了してしまったものの、その後もしばらく話が弾みました。

「私は年間で150回ほどは飛行機に乗るんですが──」と大村さんは言います。「秋本さんの話を聞いて、だいぶ気持ちがラクになりました。これまではホント、飛行機に乗るというのがすごいプレッシャーで」
「大村さん。気持ちがラクになったなんて言ってちゃダメですよ、もったいない」と私。「年に150回も乗るなら、もっと積極的にフライトを楽しまないと! 人生を棒に振りますよ(笑)」
「だったら、秋本さん。積極的に楽しめるように、近々またスタジオに来てもっといっぱい話を聞かせてください」

実際のやりとりの内容は文化放送『大村正樹のサイエンスキッズ』でどうぞ。まだ少し先になりますが、6月20日と27日の2週にわたってオンエアされる予定です。お楽しみに!

S.Akimoto at 11:30|Permalink

2009年03月30日

再会の宴

 
昨日のBlogで書いた「ホテル・デラックス」は、前回の取材でお世話になった観光局「トラベルポートランド」のジェフ・ハマリーさんが紹介してくれたものです。ポートランド再訪の意を私が伝えると、ジェフさんは「だったらおすすめのホテルがある」と同ホテルのPR担当にかけあってくれ、最上階の眺めのいい部屋を格安で泊まれるよう手配してくれました。


そのジェフさんらとは、ポートランドに到着した初日の夜に再会。同じくトラベルポートランドの古川陽子さんと二人で、夕方ホテルまで会いに来てくれました。そうして繰り出したののが、最近オープンしたばかりという「50 Plates(フィフティ・プレーツ)」というレストランです。日本語に訳すと「50のお皿」──アメリカ50州のオリジナルのローカル料理が食べられるという、ユニークなコンセプトの店で、こちらは「一度偵察に行きたかった」という陽子さんが予約しておいてくれました。

さらに、その店で待っていてくれたもう一人が、オレゴン州観光局のロブ・トーマスさん。ロブさんはかつて12年間日本で働いた経験がある大の日本通で、今回の再会を誰よりも喜んでいました〔写真は、右からジェフさん、私、陽子さん、ロブさん、航空写真家の小栗義幸さん。背景にあるのはアメリカ各州をそれぞれの州の自動車のナンバープレートで表示した「50 Plates」の看板です〕。

まずはオレゴン産の赤ワインで乾杯します。シーフードや肉やじゃがいもの料理を注文し、すっかり満足して店を出ると、ジェフさんの「もう1軒、デザートビールを飲みに行こう!」という提案で通りの向かい側にあるビアパブへ。何種類もの地ビールを飲み比べ、宴が終わるころには、もう全員が足もとがフラフラです。それでもこのまま別れてしまうのが何となく惜しく、心地よい風にあたりながら、夜の街をしばらくみんなでさまよい歩きました。

S.Akimoto at 16:39|Permalink

2009年02月09日

サザンホスピタリティ

 
アトランタ取材から無事に戻り、そのまま書斎にこもりきりの生活に突入。外界をすべてシャットアウトして執筆作業を進め、つい先ほどカラー8ページ分、文字数のして1万字強の原稿を酣燈社の月刊誌『航空情報』宛に送りました。


明日はまた早朝から千葉県の木更津へ別の取材で出かけますが、現在はその準備をしながらも、ホッとひと息。「恋雫カクテル」(1月16日のBlog参照)をつくって書斎に運び、音楽をバラード調の軽めのジャズに変えて、束の間のフリーなひとときをのんびりくつろいでいます。

とことで、アトランタで取材した内容を原稿に落としながら、ずっと頭から離れなかった言葉があります。それは「サザンホスピタリティ」──日本語になおすと「南部の人々のもてなしの心」。たとえばダウンタウンの一角で地図を広げていると、必ず誰かが寄ってきて「何かさがしてる?」「どこへ行きたいの?」などと親切に声をかけてくれます。

アメリカの南部を代表する都市アトランタは、どこへ行ってもフレンドリーな雰囲気に囲まれ、気楽に歩き出せる街でした。「南部人のもてなしの心」を感じられるのは、街なかだけではありません。成田から乗ったデルタ航空の機内でも、丸一日かけて取材したアトランタ空港でも、人々の同じようなやさしさに接しました。

空港取材でお世話になったアンディ・マクディルさん〔写真〕もその一人です。彼は、2年前にデルタ航空の広報マンとして来日したときに東京で一度だけ会った私を、よく覚えていてくれました。現在はアトランタ空港の広報マネージャーの職に就き、今回の取材でも各担当パートごとに適任のガイド役をアレンジしてくれたほか、彼自身もずっと私たちに付き添って変貌をとげつつある空港をくまなく案内してくれたのです。

お陰さまで、とても有意義な取材ができました。アトランタでお会いしたみなさん、この場を借りて心からお礼の言葉を述べさせていただきます。またいつか、再びアトランタの地を訪れる日がくることを願いつつ──。

S.Akimoto at 23:40|Permalink

2009年01月07日

デイブさんと再会

 
成田からヒューストンへのコンチネンタル航空006便では、東京を経由して取材現場に向かうグアムからのテレビクルーたちともいっしょになりました。私たちは定刻どおり現地時間の午後1時30分にヒューストン国際空港に到着し、空港に隣接するマリオットホテルにチェックイン。同ホテルには夕方近くになると、米国内はもとよりアジアやヨーロッパからの取材班が続々と集まってきます。


午後7時からは、ホテルのイベントホールに世界中の新聞記者や雑誌記者、テレビクルーなどが一堂に会してのカクテルパーティが開かれました。以前、どこかの国の取材で会ったと思われる顔見知りの記者たちも何人かいます。

「ハロー、シュンジ!」と、ふいに私のうしろから声がかかりました。「はるばる日本から、ようこそ」

振り返らずとも、声と気配でそれが誰かはすぐにわかりました。ワイングラスを手にそこに立っていたのは、身長がゆうに2メートルはあると思われノッポのデビッド・メッシングさん〔写真〕。彼はコンチネンタル航空本社の広報マネージングディレクターで、私とは2年ほど前にアルゼンチンのブエノスアイレスをいっしょに旅した仲です。

「取材に来てくれたんだね、われわれの壮大な実験を」
「ハーイ、デイブ。大成功を祈ってるよ」

空港に到着したときは小雨まじりだった空も、夕方からは明るく晴れ渡りました。このぶんなら、明日の試験飛行も快晴の下で行うことができるでしょう。アメリカでは初となる第二世代バイオ燃料を使ったテストフライトの目撃者の一人に、私もなるのだな。そう思うと、気持ちも否応なく高まります。その離陸まで、あと10時間に迫りました。

S.Akimoto at 16:15|Permalink

2008年12月29日

水仙の花

 
午後、買い物に出た帰りに、オフィス近くのフラワーショップに寄りました。暮れから新年にかけて書斎に飾る花を選んでもらうためです。「1年の締めくくりに水仙の花などはいかがですか?」と、いつもの女性の店員が正月らしい松などといっしょに可憐な白い花を添えてくれました〔写真〕。


水仙の花言葉って、何だっけ? デスクの花瓶に飾ってから調べてみると、最初に出てきた言葉が「うぬぼれ」で、そのあとに「自己愛」「エゴイズム」などが続きます。あんまりいい花言葉ではないけれど、まあ「来年も自分を信じて頑張れ!」といったメッセージとでも受け取りましょうか。あ、それこそ“うぬぼれ”かな(笑)。

もう一つ、水仙には「思い出」という花言葉もあるようです。で、この1年を振り返ってみると──今年もいろんな国に行きました。1月のロンドンに始まり、2月から3月にかけてはタイのサムイ島とバンコク、そして4月には香港へ。そんな中でも一番の思い出は、ノルウェー第二の都市ベルゲンを出発点にフィヨルドの壮大な自然を巡りながら、何年かぶりに首都オスロを訪ねたことでしょうか。再訪といえば、アッフェルワイン酒場が並ぶフランクフルトのザクセンハウゼンで知人に再会できたこともいい思い出です。

私用ではロサンゼルスをはじめ何度かアメリカへ渡り、この12月には取材で初めてオレゴン州のポートランドも訪ねました。その一方で、予定していたシアトルやカナダの取材が中止になったり、オーストラリアやインド、スイスなどスケジュールが合わず渡航を断念した国もあります。

水仙の白い花びら越しに、この1年で出会ったいろんな方々の顔が浮かんできます。来年は、どんな国でどんな出会いのドラマが待っているのでしょうか。2009年も世界の空を旅し、また“雲の上の書斎”からみなさんに報告を書きたいと思います。

S.Akimoto at 23:23|Permalink

2008年12月23日

Happy Christmas !

 
今日はクリスマス直前の休日。原稿書きやら資料整理やらに追われて珍しく一歩も外へ出ずにオフィスに篭っていたら、ほぼ一日中、ドアホンとメールの着信音が鳴り響いていました。


この季節、私の書斎では『Yule Struttin'』というクリスマスソングだけを集めたジャズの名盤〔写真〕がCDプレーヤーにかかっています。ドアホンが鳴るつど曲を止めて出てみると、そこに立っているのは郵便局や宅配の配達員の人たち。届けられる大半は、クリスマス向けの心あたたまるメッセージです。エアライン関係者や航空に携わるみなさん、メディアの担当者、旅先でお世話になった海外の方々からグリーティングカードや来年のカレンダーなどのちょっとしたプレゼントを贈っていただきました。

最近のクリスマスカードは、とても華やかですね。シャンパンのボトルを形どったもの、本物のポインセチアをカードの間に挟んだもの……。成田空港に勤務するグランドスタッフの方からの真心こもった便りにも感動し、英国の本格的なプディングを宅配で送ってくれたエアライン関係者の気遣いに気持ちがほんのりとあたたまったりもしました。

常夏の国や、いまごろは昼の時間帯がほとんどない厳しい冬を迎えている国からも「また機会を見つけて訪ねてこい」といったメッセージが届き、来年はどんな国を訪れるチャンスがあるのかと心をときめかせています。

それらのすべてに返信を送ることはできませんが、本当にありがとうございました。みなさんにも、どうぞ素敵なホーリーナイトが訪れますように。Happy Christmas !

S.Akimoto at 23:55|Permalink

2008年11月05日

コンコルドの遺品

 
ロンドン市内からヒースロー空港に向かうと、その手前にBA(ブリティッシュ・エアウェイズ)の歴史を知るための貴重な資料や写真が保存・展示されているBAミュージアムがあります。事前に申請すれば見学できると聞き、予約して足を運んでみました。


約束の時間に待っていてくれたのは、長年勤務したBAを定年退職してボランティアで同ミュージアムの管理人を始めたジム・デービースさん(62歳)。さっそく館内をひととおり案内してもらいました。フロアにはBAの古い年代の航空機模型や客室乗務員の歴代ユニフォームなどが並べられています。10年前のヒースロー空港の空撮写真を見ながらデービースさんに説明を受けていたとき、どこかで見たことのある、円筒形で先が鋭く尖った白い金属の物体に目が止まりました。

これ、もしかして──コンコルドのノーズ(機首)の部分? 私がつぶやくと、デービースさんはニヤリと笑ってうなずきます。それからは、あの“マッハの怪鳥”の昔話で話題が尽きません。

「乗ったことはあるかい?」
「いいえ、残念ながら」と私。「デービースさんは乗ったの?」
「乗ったさ、3回ね」と彼は自慢げに答えます。
「どうだった?」
「最高だったさ」
「うらやましいな」
「ロンドンからニューヨークへ2回。残る1回は反対のニューヨーク/ロンドン線で、そのときは母親も連れて行ったんだ。スリリングな乗り物が大好きな彼女は、大喜びだったよ」

上の写真で私と彼が座っているのは、2003年にコンコルドが引退するときまで実際に使われていた客室のシートです(背中に見えるのが現物のノーズ)。思った以上に狭く、これといって大きな特徴もありません。「意外なほどどうってことのないシートだね」と私が感想を口にすると、デービースさんは言いました。

「いまと違って、豪華なシートやぜいたくな機内サービスにお金を払っていた訳じゃないからね。コンコルドに乗る人たちは誰もが、そのスピードに対してお金を払っていたんだ。そんないい時代だったさ、昔はね」


S.Akimoto at 13:50|Permalink

2008年10月05日

空を舞う美のフォルム

 
「恒例の“グライダーカレンダー”が今年も完成しました。歴史的な機体から最新鋭のものまで、2009年版に採用された写真はいずれも力作ぞろいです」


友人である航空写真家の山康博さんから先日、そんな連絡が届きました。このカレンダー〔写真〕は1930年に創立された日本学生航空連盟の制作によるもの。毎回、美しい風景をバックに大空を舞うグライダーの写真を、山さんらが提供しています。

JALに入社後、社内報の編集委員を担当したのをきっかけに自分でも航空写真を撮り始めたという山さん。私とは、もう20年近く前になりますが、ある雑誌の取材でお会いしたのがつき合いのきっかけでした。

「ずっと空が好きで、少年時代は広場に出かけてはラジコンのグライダーを飛ばすことに熱中し、大学に入ってからはグライダー同好会に籍を置いて自ら大空を駆け巡ったりもしました」と山さんは言います。「無駄のない設計といい、流れるようなボディラインといい、私はグライダーこそ空を飛ぶものの中で最も美しいと思っています」

山さんを魅了したその“美のフォルム”の数々を、ぜひ楽しんでみてください。購入ご希望の方は、官製葉書またはeメールで希望部数と送付先住所・氏名・電話番号を明記の上、下記の販売窓口(学連関東OB会)まで。価格は送料込みで1部1,200円だそうです。

申込先:〒351-0005 埼玉県朝霞市根岸台7-25-22 石渡利明宛
電子メール:ishiwata-t@joy.tvnet.ne.jp

S.Akimoto at 22:12|Permalink

2008年09月26日

ルフトハンザ巡航中

 
燃油費高騰やLCC(ローコストキャリア)の台頭で、メガキャリアの多くが路線撤退など厳しい選択を迫られています。そんな中でじつに元気なのが、ドイツのルフトハンザ。同エアラインは2006年度に旅客実績、運航便数、売上ともに過去最高を記録し、翌07年にはそれをまたあっさり更新してしまいました。


’07年度の総旅客数は同年7月に傘下に入ったスイスインターナショナルエアラインズを含めて6,290万人に達したほか、グループ総運航便数は74万9,431便、売上高224億ユーロ(約3兆6,960億円)といずれも新記録を打ち立てています。好調さは今年に入っても続き、08年上半期のグループ総旅客数は前年同期比29%増の3,500万人に膨れ上がりました。

最近ではブリュッセル航空の買収を発表し、オーストリア航空の買収も視野に入れた水面下での動きも始まったと伝えられるルフトハンザ。昨今の厳しい競争下でのこの好調ぶりは、いったいどこからくるのか?

私のその質問に対し、ガラス張りの応接室の向こうを行き交う社員たちを指さして「立役者は彼らですよ。過去最高という業績はすべて、利用者たちから積極的に選ばれるエアラインに育て上げてきた彼らによってもたらされたものです」と話してくれたのは、同社の会長兼CEOヴォルフガング・マイヤーフーバー氏でした。

マイヤーフーバー氏をはじめ幹部数人に会うため、私は今年6月にフランクフルトのルフトハンザ本社を訪ねました。その取材をもとにした報告レポートは、今週発売になった幻冬舎の『GOETHE(ゲーテ)』11月号〔写真〕に掲載されています。

S.Akimoto at 18:03|Permalink

2008年07月30日

ボーイング幹部が来日

 
米ボーイング社から、民間航空機部門のマーケティング担当副社長ランディ・ティンゼスさんやセールスコミュニケーション担当のマイルズ・コティさんらが来日し、今朝10時からマスコミ各社を集めての会見が開かれました。


また来日に先立って、私宛に「会見後、ぜひゆっくりお話ししませんか?」というリクエストをいただき、午後から個別での面会を実現〔写真〕。1時間弱という短い時間ではありましたが、有意義で楽しい情報交換の場を持つことができました。

ティンゼスさん(写真中央)が手にしているのは、ボーイングが開発中の次世代ジャンボ機747-8のモデルプレーンです。ティンゼスさんは1981年に757/767の型式証明取得の任務にあたるフライトテスト・エンジニアとしてボーイングに入社。その後、いくつかの職を経験して06年3月から747-8の担当になり、同機種のマーケティング戦略構築やセールス活動をリードしてきました。「私にとっては最も思い入れの深い機種なんですよ」と彼は前置きし、地球環境保護に向けたメーカーとしての取り組みと、747-8がいかに環境に配慮した航空機であるかを熱く語ります。

思えば、私がかつて航空工学を専攻したのも、ジャンボ機に憧れたからでした。ボーイング社の設計技師になって、あんな旅客機を自分の手で設計できたらいいだろうな──と。会話が弾み、ついそのことを口にすると、コティさん(写真左)がいたずらっぽい目を大きく見開いて満面の笑顔でこう言います。「アキモトさん、いまからでも遅くないですよ。ぜひ我が社へ!」

私が20代か30代だったら、この話に飛びついていたかも知れません(笑)。若き日の夢が一瞬、脳裏をよぎりました。が、心はすぐに現実に引き戻されます。エンジニアとしてボーイングの門を叩くのは無理でも、747-8や787などの次世代機の製造現場を取材するため、近々シアトルの本社へうかがうことを二人と約束。ティンゼスさんもコティさんも、別れ際に「必ずいらしてくださいね。取材に必要なスタッフを揃えて、お待ちしていますよ」と温かく手を差しのべてくれました。

S.Akimoto at 22:07|Permalink

2008年07月24日

飛び回るのに最適な街

 
何年か前に上海の取材でいっしょになったマレーシア人ジャーナリスト、アハマド・アズリさんから珍しく暑中見舞いのハガキが届きました。下の画像がそれですが、この写真は旧クアラルンプール中央駅でしょうか。現在は新しい中央駅が完成し、旧駅には一部の列車が停車するのみだったと記憶していますが、古い建物には風情がありますね。


常夏のマレーシアには、もちろん「暑中見舞い」なんていう習慣はありません。私の勝手な解釈です(笑)。でもeメール全盛のこの時代に、ハガキというのはいい。アズリさんの英語の文面はちょっとわかりずらいのですが、要約すると「首都クアラルンプールをベースに、相変わらず忙しく飛び回っている」と近況を伝えてくれています。

飛び回っている──という報告を読んで、本当にそうなんだろうなと考えました。上海で知り合ったとき、彼はホテルのバーで私にこんな話をしてくれたのを思い出します。

赤道に近いクアラルンプールでは、地球が自転している遠心力によって、計算では人の体重が平均200グラムほど軽くなるらしい。仮に自分の体重を正確に計算し、その体重と完全に等しい浮力を持つ気球を用意して乗ったとします。計算上は体重と気球の浮力がつり合うはずなのに、クアラルンプールでは静止しない。地球の遠心力で、徐々に浮き上がってしまうそうです。アズリさんは「だから忙しく飛び回るには、クアラルンプールはもってこいの街なんだ」と真顔で言っていました。

ユニークな奴だったなあ、と思い出しながら、こうして元気そうな便りをもらうとまた会いに行きたくなりますね。クアラルンプール国際空港をハブ拠点に世界100都市以上に翼を広げているのが、マレーシア航空です。ここしばらくご無沙汰なので、取材を兼ねて久々に飛んでみようかな。

S.Akimoto at 21:57|Permalink

2008年07月21日

北緯43度の考察

 
海外へ出ると、私はとにかくよく歩きます。街のあちこちを、汗をいっぱいかきながら。そして汗をかくと、当然のようにビールを飲む機会も増えます。カフェを見つけてはひと休み。洒落た感じのバーの前を通りかかると、中を覗いてみずにはいられません(写真はフィジー・キャスタウェイ島のカフェで)。


どこの国でも自分の国のビールが最上だと思っている人が多いようで、前にアメリカ・ウィスコンシン州のミルウォーキーを訪ねたときもバーで知り合ったアメリカ人が言っていました──「ビールは断然、ミルウォーキー産だよ」。

勧められて、私も注文してみました。製造したての地ビールはたしかにおいしいし、2本目を飲む頃には味にも慣れてきます。でも感想として私が彼に伝えたのは「同じ地元産というなら、北海道の札幌ビール園で飲んだやつのほうがはるかにうまかったな」ということ。じつは反論を期待していたのですが、彼はあっさりそれを認めてしまったのです。

「サッポロビールは、たしかにイケるよ、うん。ミュンヘンのビールも同じくらいいいね」と、彼は真顔で言います。「つまりね、うまいビールというのは、昔から地球上の同じ緯度で出来るって決まってるんだ」

彼のその言葉で、思い出しました。サッポロビールがかつて、ビール造りの盛んな北緯43度線付近の都市として「ミュンヘン・札幌・ミルウォーキー」というキャッチコピーを自社CMに使用していたことを。やられたな、と思って彼を振り返ると、彼は「ワン・モア?」とビール瓶を持ち上げてニヤリと笑いました。

と、こんな話を書いていたら、そろそろビールが飲みたくなってきました(笑)。3連休の最後の日。今日は朝から書き物を続けていますが、夕方だし、いいかな──と。キッチンへ行って、1本開けちゃおっかな。

S.Akimoto at 17:20|Permalink

2008年05月28日

二人の女性キャスター

 
私の両側にいるのは、フリーアナウンサーの江崎友基子さん〔写真右〕と中澤麗華さん〔同左〕。江崎さんはNHK BS-1の『BSニュース50』や『日テレNEWS24』などのキャスターとして、中澤さんはフジテレビ『エンタ! 見たもん勝ち』や『BSフジニュース』などで活躍する姿を、私もよくテレビで拝見してきました。


写真の場所は東京・恵比寿の撮影スタジオです。ここで今日は彼女たち二人と午前中から缶詰めになり、BSジャパンで近く放映予定のエアバスA380に関する特別番組『公開! 世界一の旅客機』の収録を行いました。

江崎さんはA380を開発したエンジニアたちを取材するためフランス・トゥールーズのエアバス本社へ、中澤さんはこの5月20日に日本に就航したシンガポール航空のA380に乗るためシンガポールへ飛び、それぞれの取材結果を受けて私が解説するというスタイルで収録は進行。テレビ番組のナビゲーターなどという不慣れな仕事でしたが、二人のプロフェッショナルに支えられてどうにか完了しました。

その道のプロ──というのは、やっぱりすごいですね。話し方もメリハリが利いているし、掛け合いトークの中で二人ともじつにうまくこちらをリードしてくれる。江崎さんも中澤さんも旅と飛行機をこよなく愛する人たちだっただけに、とても和やかな空気の中で収録は進みました。休憩時間になっても、取材したフランスやシンガポールでのエピソードや裏話で話が尽きません。

放映される番組では、そんな楽しい雰囲気がみなさんに伝わるといいなと思います。オン・エアは6月6日(金)の夜8時から1時間。どうぞお楽しみに!

S.Akimoto at 23:38|Permalink

2008年05月25日

見たよ! 聴いたよ!

 
先週20日にシンガポール航空のエアバスA380が日本に就航し、その関係で、このところあちこちのメディアに呼ばれています。月曜から金曜までNIKKEI NETにインタビューが掲載されたことは報告しましたが、一昨日の金曜日はTOKYO FMと東海ラジオの2つの番組にかけもちで生出演。東海ラジオでは「アイランドEYE」というコーナーで電話でインタビューに答え、TOKYO FMではスタジオに出向いてパーソナリティのリサ・ステッグマイヤーさんとおしゃべりしてきました。「見ましたよ!」「聴きました!」といった報告も、たくさんいただいています。


リサ・ステッグマイヤーさんはとてもキュートで、知的で、思っていたとおり素敵な人でしたね〔写真=出番を待ちながら本番中の彼女を記念にパチリ!〕。朝7時から放送の「WANDA モーニングショット」とういコーナーで、6時半過ぎには半蔵門のスタジオに入ってほしいと言われ、どうしようか少し迷いました。が、トークのお相手がリサさんだと聞いて、すぐに「行く〜!」と返事(笑)。リサさん、楽しかったです。また呼んでくださいね。

さて、昨日発売になった幻冬舎の月刊誌『GOETHE(ゲーテ)』7月号には、KDDIの広告ページに私がモデルとして大きくデーンと登場しています。4月に香港まで行って撮影しました。今週はBSジャパンの番組のスタジオ収録が控えています。6月6日(金)の夜8時からA380に関する1時間の特別番組が組まれ、私が番組のナビゲーターとして出演します。

さまざまな媒体に呼んでもらっておしゃべりするのはけっこう楽しいのですが、そのおかげで最近、“物を書く”という私本来の仕事がやや遅れ気味。執筆作業に影響が出てしまってはまったく意味がありませんので、気合いを入れ直さないと──と自分に言い聞かせています。

S.Akimoto at 01:59|Permalink

2008年05月07日

女性機長のかばん

 
国内外を移動していると、最近女性の活躍の場が増えたなと実感します。昨日も都内で電車に乗っていたら、乗務していた車掌は女性だったし、降りたホームでアナウンスしていた駅員も女性。JR各社は女性運転士の採用・育成にも力を入れ始めました。「運輸」という分野もサービス業の一つと考えると、女性ならではの能力やきめ細やかな感性はもっともっと生かされるべきなのかも知れません。


女性の進出が著しいのは、エアラインの世界でも同じです。整備の現場では女性エンジニアをよく見かけるようになり、空港では女性マーシャラーの活躍も目立ってきました。今後はパイロットをめざす女性もいままで以上に増えそうです。そういえば、今年2月末にタイへ取材に行ったときに広島から利用したバンコクエアウェイズの便も操縦を担当したのは女性でした。

「彼女が本日、機長席に座ります」

広島空港の出発ロビーで搭乗前に広報担当からそう紹介されたものの、ちょうど他のクルーと出発前のブリーフィング中で、話ができる雰囲気ではありませんでした。しかしその険しかった表情も、バンコクの空港に到着し、仕事を終えたあとは一変。笑顔のとてもチャーミングな一人の魅力的な女性に戻り、撮影の依頼にも快く応じてくれました〔写真〕。

話を聞くと、彼女はエアラインパイロットになる前はプロのモデルだったとか。ユニークな経歴ですね。パイロットたちが手にする黒い重そうななかばんには、可愛らしいマスコットがぶら下がっていて、そのギャップが返ってとても新鮮でした。

S.Akimoto at 11:29|Permalink

2008年04月13日

“元気”をもらって帰国

 
昨日、香港から帰国しました。忙しい旅でしたが、充実した二泊三日でしたね。ホテルでの撮影を終えてカメラマンと二人、旺角(モンコック)のマーケット〔写真〕へ繰り出したときには、立ち寄った飲茶屋さんでこんな出来事もありました。


店内はかなり混み合っていたので、私たちは団体用の大きな丸テーブルに他のお客さんと相席で座らせてもらいました。そしてメニューを見て、困ったことに。そこは地元の人しか来ない店らしく、メニューがすべて中国語です。店員に聞いても、英語がまったく通じません。私たちはメニューの漢字から推測して、ビールといっしょにホットヌードルと点心類をそれぞれ1品ずつ頼みました。

それにしても、香港の人たちはよく食べますね。同じテーブルの人たちは、目の前に点心類の皿をいくつも積み重ねて、次々に平らげていきます。ところが注文がうまく伝わっていなかったのか、私たちには麺類とシュウマイが二人で一つしか運ばれてきません。向かいの女性が心配して「オーダーに困っているなら、お手伝いしますよ」と英語で声をかけてくれました。

もうあまり時間もないし、ビールでお腹もふくれていたので、私はお礼を言って「大丈夫です」と答えました。すると少し経って、すぐ横にいた年配のカップルから、まだ手をつけていない小籠包の小皿がすっと差し出されたのです。

「二人で食べなさい。私たちはもうたくさん食べたから」と女性のほうが言います。「ここの小籠包、おいしいって評判なの」

最初は遠慮しましたが、熱心にすすめてくれるので、いただくことに。実際においしかったし、そしてちょっぴり感動もしました。もりもり食べて、エネルギッシュで、なおかつ他所からの旅行者を気づかってくれる親切心や優しさも持ち合わせている──香港ていいな、と。今回の取材でお世話になったインターコンチネンタル香港の山口有子さんも「香港の人たちはみんなパワーがあって、接していると元気をもらえます」と言っていましたが、ホント、その通りですね。

今週半ばからは、ヨーロッパへ取材で出ます。その出発までに、夏に出す予定の書籍の企画や現在書いている本の残りの原稿の入稿、All About『世界のエアライン』の記事アップの作業があり、またその合間を縫って月刊誌、Web媒体、テレビの取材を受けなければなりません。かなりタイトでハードな3日間になりますが、香港から持ち帰った“元気”をフル活用することで、どうにか乗り越えられる気がしています。

S.Akimoto at 10:17|Permalink

2008年02月05日

旅と出会いのきっかけ

 
今日はエアラインではなく、鉄道の話をちょっと。以下に掲載する一文は、いまから6年ほど前に産経新聞社主催の「鉄道を使った旅のエッセイ」のコンテストがあり、応募して最優秀賞をいただいた作品です〔写真〕。タイトルは『旅と出会いのきっかけ』。つづった内容も賞をもらえたこともとてもいい思い出で、私のプロフィールに受賞歴として載せていたことがあり、読者のみなさんから「読んでみたい」という要望が届いていました。


掲載紙は大切に保管してあるのですが、さすがに6年も経つと紙面が劣化しつつあるのを発見。このままだといずれ読めなくなってしまうのかな、と思い、当Blogで公開しておくことにしました。エアラインファンの方には興味のない文章かも知れませんが、“旅”も私の大事なテーマですので、軽い読み物として楽しんでいただけたらいいなと思います。



 Kさん。突然のメール、失礼します。Kさんがホームページ上で公開している1枚の写真の風景に魅せられ、私も旅に出ました。深い紅葉に包まれたアーチ橋を行く只見線の写真です。
 4月のある土曜日、桜の満開の知らせを聞き、会津方面に向かう列車に飛び乗りました。緑色の帯のディーゼル列車が会津若松駅を発ったのは昼過ぎ。会津坂本駅を過ぎたあたりから右手に只見川が寄り添ってきます。途中、温泉街を見下ろし、トンネルを抜け、いくつもの鉄橋を渡って……さあ、いよいよ只見橋のハイライトです。写真にあったアーチ橋はアッという間に渡り終えてしまいましたが、川面が視界から消えたあとも、しばらく渓谷の美しさの余韻に浸っていました。そして会津宮下駅を過ぎると、こんどは満開の桜が突然目に飛び込んできました。まるで旅の思い出に花を添えてくれているように。その見事さに、思わず窓を引き上げ、身を乗り出してしまったほどです。
 Kさん。これからも、旅のきっかけになるような写真を撮り続けてください。陰ながら応援させていただきます。
 Kさんへ。
 感謝を込めて。Aより。
 ※ ※ ※
 Kさんのホームページには、趣味で撮ったという美しい鉄道写真がいくつも飾られている。そのうちの1枚が、紅葉の中を行く只見線だった。ぼくは感動し、旅に出、そして作者にこんなメールを送ったのだった。
 それから2週間ほどして、思いがけずKさんからの返信メールが届いた。「お便りありがとう。このたび只見線の新しい写真をホームページに追加しましたので、ぜひご覧ください──」
 ぼくは読みかけのメールを中断し、すぐにKさんのホームページにアクセスした。「只見線」の項目をクリックすると、なるほど、写真が以前より3枚ほど増えている。そのうちの1枚を見て、ぼくは我が目を疑った。それは満開の桜の下を行く列車の写真で、先頭車両の窓からは、ぼくが身を乗り出している姿が小さくだけれどもはっきりと写っていた。
 Kさんのメールはこう結んでいた。
「4月のある土曜日、桜の満開の知らせを聞き──とお便りにあったので、もしやと思いました。私もその日、会津宮下駅と早戸駅の中間地点で、ずっとカメラを構えていたのです。この、窓から身を乗り出している茶色のセーターの方がもしかしてAさんなのかな、と思いました。もしそうであれば、連絡いただけますか? 何かの縁ですから」

 Kさんとぼくのつき合いは、こうして始まった。


S.Akimoto at 22:00|Permalink

2008年01月23日

ロンドンの旅の情報源

 
帰国便ではBAの新しいビジネス・シートを体験しながら、ロンドンから戻りました。シートに“無重力状態の心地よさ”を再現したというNASAとの共同開発で生まれた「Zポジション」は、文句なしに優れものです。詳しくはいずれ、取材したヒースロー空港ターミナル5(T5)についての報告とともに、All About『世界のエアライン』その他のメディアで発表しますね。


さて、ロンドンで私が訪れたいくつかのスポットについて現地から紹介しました。読者のみなさんからは「一番のおススメは?」といった質問も寄せられています。うーん、一番と言われると、ちょっと難しいですね。歴史を散策する、新しい文化・芸術に触れる、ショッピングやグルメを楽しむ──目的によっていろいろな歩き方ができるのがロンドンです。

私は今回の旅の情報を、『Visit London』というロンドン観光局のサイトで収集しました。ここには基本情報や最新スポット、宿泊施設などがとてもわかりやすく整理されています。ロンドン滞在中は同観光局のPRマネージャー、ジャクリーン・フレンチさん〔写真〕にもお会いし、限られた時間で十分にロンドンを満喫するためのアドバイスをいただきました。ロンドンはどこへ行くにも、南北に伸びるチューブ(地下鉄)で手軽に移動できるのもいいですね。

「もう間もなく、この2月より『Visit London』のサイトに日本語ページが誕生します。日本の旅行者のみなさんに、ぜひお伝えくださいね」

フレンチさんはそう話していました。グッドニュース、ですね。今年ロンドンへの旅を予定している人──ぜひサイトにアクセスし、自分なりの、自分だけのロンドンを発見してみてください。

S.Akimoto at 00:33|Permalink

2008年01月17日

BA本社にて

 
ヒースロー空港に隣接するBA(ブリティッシュ・エアウェイズ)本社に、本日(17日)朝10時に到着。エントランスロビーで、広報マネージャーのアビ・ムーアさんが出迎えてくれました。彼女とは、昨年10月に新シート発表のプロモーション活動(Blog「街角のBAスタッフ」参照)で来日したときに東京で会って以来、約3カ月半ぶりの再会です。


受付を通って奥に進むと、建物内部の動線に沿って緑の並木が配置され、そこはまるで街なかのショッピング・アーケードのよう〔写真〕。カフェあり、リカーショップあり、オープンテラスにはモーニングティーをすすりながら歓談している社員たちのグループが目につきます。

ここではプロダクトマネージャーのクリストファー・スタッブスさん、アジア・太平洋地区ゼネラルマネージャーのロビー・ベアードさんの両氏をムーアさんに紹介してもらう予定です。新しいビジネスクラス“クラブ・ワールド”の設計コンセプトや、BAにとっての日本市場の重要性、2012年に受領するエアバスA380の日本就航の可能性などについて、いろいろ話を聞いてみようと思います。

さて、まずはこれからスタッブスさんにインタビュー。その後11時過ぎから、ヒースロー空港のターミナル5(T5)で建物のつくりや最新の高速手荷物処理システム、6つのBA専用ラウンジなどを視察取材するため、建設中の現場にバスで向かいます。

S.Akimoto at 19:15|Permalink

2008年01月16日

ファーストクラスの旅

 
先ほど、ロンドンに到着しました。今回のメイン目的は、3月27にオープンするヒースロー空港のターミナル5──通称「T5」の視察です。11時15分発のブリティッシュ・エアウェイズBA006便で、成田からロンドンまで約12時間の旅。日本からは、昨年8月に同エアラインの日本・韓国地区支社長に就任したジュリアン・ロジャースさんが同行してくれました。


オーストラリア・ブリスベン生まれのロジャースさんは、とてもフレンドリーで気さくな人です。私とは成田空港の空港ラウンジで待ち合わせましたが、会うなりお互いに意気投合。日本に来る前に4年半赴任していたというタイでの話などに花が咲き、ラウンジでも機内でも楽しいひとときを過ごしました。しかも驚いたことに、私は東京/ロンドン線に最近導入された新しいビジネスクラス“クラブ・ワールド”を予約していたのですが、ロジャースさんはそれをファーストクラスにアップグレードしてくれていたのです。

もちろん、BAのこの最高級クラス〔写真〕を存分に満喫させてもらいました。昨年12月22日のblogでも触れた新しい“クラブ・ワールド”の「Zポジション」は、帰りの便で体験することにします。

さて、ロンドン滞在中はヒースロー空港「T5」の視察のほか、BA本社の訪問なども予定していますが、プライベートの時間もできるだけとるつもり。何年ぶりかのこの街を、ゆっくり歩いてみたいと思っています。

S.Akimoto at 06:16|Permalink

2008年01月15日

粋なおとなの花鳥風月

 
海外を旅して、帰国の際に必ずいつもず思うのが「絶対にいつかまたここへ戻ってきたい」ということ。なぜなのか、ずっと考えていました。楽しかったから、といってしまえばそれまでですが、楽しいのは国内の旅でも同じです。


その「なぜなのか?」の答えのヒントが、何となく見つかった気がします。中経文庫『粋なおとなの花鳥風月』〔写真〕という本の中に。著者の三浦康子さんはAll Aboutで『暮らしの歳時記』を担当するガイド仲間の一人。同書の中の「また会いたくなる見送りの余韻」の項で、彼女は言っています。

「駅まで出迎えてくれた場合と見送ってくれた場合を比較したら、“訪問してよかった”と思えるのは見送りのほう。(見送ってくれた人の言動に)会えてよかった、来てくれてありがとう、というメッセージを感じるから、またここに戻ってきたいと思うのです」

この「見送り」を大切にするのは、伝統的な“和の文化”なのだと三浦さんは言います。そのことを私が異国での出会いと別れで感じた、というのも、ちょっと皮肉のようで面白いですね。飛行機を降りるとき、取材で訪ねたオフィスを辞するとき、空港まで友人たちがわざわざ別れを言いに駆けつけてくれたとき──相手の、それぞれのシーンでの余韻を残すさり気ない仕草やひと言に、きっと思いが刺激されるのでしょう。またこのエアラインに乗りたい。またこの人と会いたい。またこの国を再訪したい。そんな思いを。

ふだん海外にばかり目が行っている私に、“和の文化”が熱く響いてくる。不思議だな──と思っていたら同書の「はじめに」に「和文化の包容力」ついて触れ、「世間や世界を知れば知るほど、和文化の素晴らしさに気づくのも面白い傾向で、西洋文化一辺倒だった人が『やっぱり、これだね』と打ち水をしていても決して不思議ではありません」と書いてありました。

じつは今日、これから今年最初の海外取材のために成田に向かいます。今回の旅では、はたしてどんな出会いと別れが待っているのか。続きはまた、現地から報告しますね。

S.Akimoto at 05:45|Permalink
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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