2019年03月11日

8年目の“3.11”

 
自宅で経験したあの大きな揺れと、そのあとでテレビ画面で見た衝撃的な津波の映像は、8年経ったいまも忘れることができません。地震が発生した午後2時46分、私は翌日からの海外渡航に向けて荷造りしていたのを思い出します。スカンジナビア航空がデイリー運航する成田からコペンハーゲンへの便が、3月12日の一日限りで北極圏に位置するノルウェーのトロムソ行きの特別便になり、それに乗ってオーロラ観測の取材に出かける予定でした。

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スカンジナビア航空のその機材は結局、地震があった成田に飛んでくることができず、取材は中止に。同社便は数日後に運航を再開したものの、欧州系キャリアの多くはその後もしばらく日本路線の運休を続けます。日本へ飛ばない理由は震災そのものではなく、福島原発の事故によるもので、被曝(ひばく)を恐れたクルーたちが日本へのフライトの乗務を拒否していました。

一方、国内の空はどうだったのでしょうか? 震災後は東北地方のほとんどの空港が閉鎖されました。出張などで東北を訪れていた人たちは当然、帰ることができません。地震の直後も唯一、機能していたのが山形空港です。大阪・伊丹を拠点にローカル路線を運航するJALグループのジェイ・エア〔写真〕が、逃げ遅れた人たちを助けるためそこに臨時便を飛ばしつづけました。

3.11から丸5年になる2016年に、私はその数日間を再現したレポートを旅行・観光専門サイト『トラベルボイス』に発表しました。この記事の反響は大きく、アクセス数の記録はいまも破られていないそうです。先日、同サイトの編集長と話したときにそう聞きました。飛行機のうんちくや航空会社のサービスの紹介だけでなく、エッセイやフィクションも含めてこうした狄祐屮疋薀洵瓩鮑8紊盻颪つづっていきたいと思っています。「臨時便を東北へ!」と題して上・下の2回に分けて掲載したレポートは、以下からどうぞ。

≫≫≫「臨時便を東北へ!(上)
≫≫≫「臨時便を東北へ!(下)

S.Akimoto at 10:00│日本のエアライン 
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら各媒体にレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『空を飛べるのはなぜか』『これだけは知りたい旅客機の疑問100』(サイエンスアイ新書)『羽田空港のひみつ』(PHP新書)『ANAとJAL──こんな違いがあったのか』『飛行機はなぜ、空中衝突しないのか?』(KAWADE 夢文庫)など著書多数。

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