2013年05月19日

成田と歩んだ35年

 
成田空港が開港したのは、いまから35年前──1978年の5月20日でした。明日からは36年目に入ります。これは意図したことではなく、まったくの偶然なのですが、私が初めて海外に飛んだのは成田が開港した1カ月後の1978年6月でした。アルバイトでためたお金で大韓航空のチケットを買い、ホノルル経由でアメリカの西海岸へ。それが世界のエアラインと私の関わりの始まりでした。


開港当時、成田に乗り入れていたエアラインは日系も含めて34社でした。それが現在は83社と3倍近くに増え、世界38の国・地域の98都市とつながっています。上の写真は、エプロン側から見た現在の第1ターミナルのスポットの様子です。関空やセントレアが開港し、羽田が再国際化したいまも、乗り入れエアラインの数も就航都市数も国内最多。成田は今後も日本から海外へのゲートウェイとして、多くの旅行者に利用されていくでしょう。

ターミナルや空港周辺の施設も、この35年の間にずいぶん変わりました。今朝の朝日新聞にも出ていましたが、ターミナル内には第1と第2を合わせて約260の店舗がひしめき、年間3,000万人以上が訪れるそうです。また周辺は飛行機の撮影スポットなどレジャーゾーンとしての整備も進み、地元の有志と成田市、成田空港が手を組んで発足した“地域おこし”のグループ「成田空援隊」も2010年から活動を開始。目の前の迫力ある離陸シーンにカメラを向けるヒコーキ大好き女子──“空美ちゃん”ブームも巻き起こりました。

さて、成田から初めて海外へ出た私が日本に戻ったのは、その1年後でした。異国でさまざまな人たちと出会い、見聞を広めたその1年間の旅が、現在の物書きとしての私のベースになっていることは間違いありません。その後も今日まで35年間、成田から何百回と海外へ飛び、同じ数だけ成田に帰ってきました。そして36年目以降も、いままでと変わらず成田から旅を続けていくと思います。

S.Akimoto at 21:42│世界のエアポート 
Profile

秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『これだけは知りたい旅客機の疑問100』『ボーイング787まるごと解説』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)や『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)など著書多数。

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