2010年04月29日
緊急事態発生!
キャビンの足もとには煙が充満し、気圧も低下しはじめています。徐々に息苦しさが増すなか、目の前に降りてきた酸素マスクに私は必死で手を伸ばしました。

「みなさん、落ち着いて!」と、乗客一人ひとりに客室乗務員が懸命に声をかけます。「マスクのゴムを頭の後ろ側にまわして」
予期せぬ緊急事態の発生です! ──というのはウソで、上の写真は、この4月にイスタンブールのトルコ航空トレーニング施設を訪れた際に見学した客室乗務員の訓練風景です。実際の機内を再現したモックアップを使用しての緊急時訓練に、私も乗客のモデルとして参加させてもらいました。
客室乗務員の仕事はじつに多彩です。では、その中で最も重要な役割は何でしょうか。笑顔での対応? おいしいワインや機内食の提供? いいえ、彼女らに課せられた最重要任務は「保安要員」としての役割です。火災発生時の消化活動や緊急時の脱出誘導、救命措置などの厳しい訓練を、彼女たちは日々重ねています。今回の取材で、私はそのことをあらためて実感しました。
さて、今日からゴールデンウィークですね。夕方のテレビニュースで、成田空港の出国ラッシュの様子を伝えていました。みなさんのフライトが、事故やトラブルのない、思い出に残る楽しいものになることを心から願っています。
2010年04月26日
カフェで一服
海外にいて時間が空くと、私はよくその街のカフェを訪ねます。朝食もホテルのレストランを利用するより、外に出かけてカフェで摂るのが好き。とくにヨーロッパの各都市では、これまでたくさんの洒落たカフェに出会いました。

カフェ文化発祥地であるオーストリア・ウィーンのカフェなどは、趣があっていいですね。また先週予定したいたパリでも、ホテルをカルチェ・ラタンの中心にとったので、数冊の本とノートPCを持ってそこからサンジェルマン通りあたりに繰り出すつもりでした。通り沿いに店を広げる気に入ったカフェで、読書をしたりPCを開いて書き物をしようかな──と。今回のパリ取材は残念ながらアイスランドの火山噴火の影響で実現できませんでしたが。
ところで、最近私がよく訪れるのが「AAカフェ」です。カフェとは言っても、これは実在のものではなく、アメリカン航空〔写真〕がネット上にオープンしているコミュニティサイト。「旅についてのあれこれをカフェのような気軽さで自由に語り合える場に」という目的で、今年2月に誕生しました。
今朝もアクセスしてみると、たとえば女性パイロットについての話題が目につきました。女性のパイロットを世界で最初に採用したのが、じつはアメリカン航空なのだとか。アメリカン航空には現在も478名の女性パイロットが同社に在籍し、そのうち56名がキャプテン(機長)として活躍しているそうです。
ほかに米国内を中心とする旅行先の情報や、イベント・キャンペーンに関する話題なども。アメリカン航空の広報担当者は「これからもっともっと内容を充実させていきますので、ご期待くださいね」と話していました。みなさんも、ときどき覗いてみませんか。仕事に疲れたときなど、ちょっとした息抜きを兼ねて。
2010年04月23日
空の旅のトリビア集
お知らせです。今週からANAマイレージクラブの上級カード会員向けサイト『Premium Traveler』で、私の新連載がスタートしました。「Trivia/知れば知るほどフライトが楽しくなる空の雑学」というタイトルのコラム集です〔写真〕。

エアライン各社がサービス向上に役立てようと乗客へのアンケート調査を実施すると、ときどき寄せられるのが「客室の窓がもっと大きければいいのに……」といった意見。窓が大きければ、たしかに地上の景色もよく見えて楽しいでしょうし、鉄道の世界では窓を大きくとった観光用の車両も走り始めました。しかし旅客機の窓は、じつはむやみに大きくつくることはできません。
そこで連載第1回目は「旅客機の窓の大きさの不思議」と題して話を展開。窓を大きくつくれない旅客機の構造上の理由や、日本の空を近い将来、そんな“常識”をつくがえすような画期的な旅客機が飛び始めることに言及しました。はたして、その旅客機とは?
連載は1年間を予定しています。『Premium Traveler』は残念ながらANAのプレミアムメンバー限定のライフスタイルマガジンですが、このBlogの読者に上級カード会員の方がいましたら、どうぞサイトにアクセスしてみてください。次回以降も、毎回さまざまな空のトリビアをお届けしていく予定です。更新は毎月1回、第3水曜日です。
2010年04月20日
ジェット気流に乗って
この時期、高度1万メートル付近の上空では、かなり強烈なジェット気流が観測されます。シンガポールから東京へ向かうSQ638便で機内モニターに映し出されるデータをチェックしていたら、追い風がときおり時速180キロ以上を表示。飛行速度も時速1,000キロをゆうに超えていました。

向かい風の中を飛ぶ成田からシンガポールへの行きのフライトは7時間以上もかかったのに、帰りは6時間弱で着きました。エアバスA380の巨体もこの強い追い風に乗せることで、パイロットも操縦がずいぶん楽だったでしょう〔写真はA380の窓からの風景〕。
予定していたパリ行きのチケットを急きょ東京行きに変更したので、ビジネスクラスは満席で取れませんでした。が、気をつかってくれた現地のスタッフから「ゆったりできる席を確保しておきますね」と渡されたチケット番号は、エコノミークラスでも2階デッキのビジネスクラスとの境にある非常口に隣接したシート。膝の前に何もない空間が広がり、足を前にで〜んと投げ出せてとても快適なフライトでした。
さて、帰国から一夜明け、日付は4月20日に変わりました。このBlog『雲の上の書斎から』も、今日から5年目に突入です。4月20日は私の誕生日でもあり、パリで誕生日を迎える予定がアイスランドの火山噴火という思わぬアクシデントで台無しになりましたが、悔やんでいても仕方ありません。5月以降に計画しているいくつかのヨーロッパ取材に向けて心機一転! 私自身も元気にジェット気流に乗って、またさまざまな角度から“世界の空の旅”をお伝えしていきます。
2010年04月18日
大自然の怒り?
シンガポールでの休暇を終えて、今夜の便でパリ取材へ! ──と思ったら、わお、飛行機が飛びません。アイスランドの火山噴火の影響です。成田を発った16日にもヨーロッパ便にちらほら欠航が出ていたものの、現地では遅くとも18日には各地の空港閉鎖は解除されるだろうと報じられていたので、あまり心配はしていなかったのですが。

もしやと思ってシンガポール航空の現地サイトを今朝チェックしてみら、予約したパリ行きSQ334便がなんとキャンセルに。ガビ〜ン! チケットインフォメーションにホテルから電話してみても、回線が混雑してつながりません。とりあえず、パリのカルチェ・ラタンにとったホテルに「明日は到着できない」とキャンセルの連絡を送ってから、早めにチャンギ空港に来ました。
シンガポール航空のカウンターで聞くと、パリだけでなくフランクフルト、ロンドン、アムステルダム、バルセロナ、チューリッヒ、ウィーンなどヨーロッパ各地への便は軒並み欠航に。これはまずいと思って、入手できる情報を片っぱしから仕入れたら、ローマへの便だけ飛ぶことがわかりした。
「お、これだ。これしかない! ローマへ飛んで、パリへはそこから列車で入ろう」
チケットの変更手続きをしようと急いでカウンターに行ったのですが、ああ、遅かった。ヨーロッパ各地へ帰る人たちの振替予約がこの便に殺到していて、すでに満席状態です。明日まで待ってもパリ行きが飛ぶかどうかは保証できないというし、私はどうしても23日(金)には日本へ戻らなければならないし……。帰国を先へ延ばすことは不可能なので、やっぱり今日中にパリに向かわないと、現地で何もできません。
あちこち空の旅を続けていると、当然のごとくいろんなことが起こります。ですが、遠い異国の火山の怒りに触れた、というのはさすがに初めてのケース。私の日頃の行いがよっぽど悪かったのでしょうね。もう八方ふさがりで、やむなく今日の23時45分発のSQ638便で東京へ戻ることにしました。パリ取材はまたいずれ、仕切り直して──ということで。
写真は、チャンギ空港のターミナル1と2と3を無料で結ぶ「スカイトレイン」です。出発までだいぶ時間が余ったので、さっき3回往復してきました。それぞれのターミナルを、行ったり来たりして。だって、ヒマなんだもん! あ〜あ、帰ろ。
2010年04月17日
ロングバーで再会
シンガポールはやっぱり暑い! 昨日はチャンギ空港に18時過ぎに到着し、MRT(地下鉄)を乗り継いで市内へ。東西線のブギス駅からはマリーナエリアの近くに予約したホテルまで荷物を引きづってテクテク歩いて行ったら、全身汗でびっしょりになりました。

でも、汗をかくのは、決して不快ではありません。むしろ気分爽快です。チェックイン後、部屋でシャワーを浴び、待ち合わせのラッフルズホテルを目指しました。待ち合わせの相手は、前にニュージーランド取材の際にお世話になったライターの片木友美子さんです(当時のBlogはこちら)。その頃、オークランドを拠点に活動を続けていた片木さんは、現在はシンガポールに拠点を移して編集関係の仕事で活躍。指定されたラッフルズホテル2階のロングバーに20時過ぎに入ると、彼女はすでに到着していまいた。
まずは再会を祝い、定番のシンガポールスリングで乾杯です〔写真〕。その後はラオ・パ・サの巨大なフードコートの屋台でたらふく飲んで食べて語って、最後は洒落たバーが建ち並ぶウォーターフロントエリアへ。気がつくと、深夜の1時を回っていました。
今日もこれから、MRTのチャイナタウン駅で彼女と待ち合わせです。「これ、明日の予定です」と昨夜見せられたスケジュールは、夜までびっしり。チャイナタウン駅から仏教寺やインドの有名な寺院などを散策し、アラブ街のモスクを訪ねたあとはホーカーセンターで彼女イチ押しのフィッシュスープとごはん。食後は有名な茶処ティーチャプターでゆったりと優雅に中国茶をいただき、夕方からはセントーサ島へ。ビーチで夕暮れのビールで休憩してから、噴水とレーザーショーによる「ソング・オブ・ザ・シー」を鑑賞し、暗くなってからは──。
え、これを1日で? とちょっと戸惑いましたが、もともと「シンガポールでオフを過ごすことにしたので、どこかへ案内しろ〜!」とメールを送ったのは私のほうなので、文句は言えません(笑)。シンガポールは何度も訪れているのにまともに観光したことはないので、いいチャンスだと思ってしっかり街歩きしてきます。いま、カメラバッグに、汗拭き用の大きなタオルをしまいました。
2010年04月16日
気温34度の熱帯の国へ
執筆を進めている新著の確認取材&撮影のため、昨日は午後から成田のANAスカイセンターへ。仕事を終えたあとはそのまま空港近くの成田エクセルホテル東急にステイして、大浴場やサウナで身体を解きほぐし、今朝はまた空港に来ています。

4月中旬とは思えない寒さですね。しかも、朝から冷たい雨。第1ターミナルの46番ゲート付近からは、駐機スポットで忙しく出発準備を進めるシンガポール航空のSQ637便──エアバスA380が窓越しに見えます〔写真〕。
何度も書いてきましたが、目の前で見るとやっぱりでかい! 近くのスポットに停まっている他の旅客機が、まるで小さな子供のよう。11時30分発のこのオール2階建て巨人機に乗って、これから約1年ぶりにシンガポールに向かいます。
外気温は現在、摂氏6度と表示されています。ネットでシンガポールの天気を調べてみたら、今日の最高気温はなんと34度と出ていました。今週末はこの常夏の国で、久々の完全オフ。どちらかというと暑いのは苦手なのですが、炎天下の屋台で汗だくになりながら栄養補給して体力をつけ、今後夏場にかけて続くハードな海外取材に備えたいと思います。
それにしても、暑そう。34度かあ。ふう。──行ってきます!
2010年04月13日
庶民派グルメ
フレンチ、中華とならんで世界三大料理のひとつに数えられるトルコ料理。帰国後に会った人たちから「何が一番おいしかった?」と訊ねられ、思い出してみると──トルコ料理の魅力はやっぱり街にあふれる庶民派グルメだという結論に達しました。

イスタンブールの街なかには、安くておいしい屋台料理がいっぱい出ています。たとえば日本でもよく知られるのが、大きな牛肉のかたまりを回転させながら焼き、表面をそぎ落としてパンにはさんで食べる「ドネル・ケバブ」。現地では日本円でだいたい230円くらいで売られていました。
前に来たときには、よく「サバサンド」を食べました。これは塩味のきいたサバの開きを鉄板で焼き、それをレタスとタマネギといっしょにパンにはさんでシンプルにレモンを振りかけただけのトルコの名物料理です。値段はこちらもだいたい230〜240円。
さて、今回の旅で私が一番おいしいなと思ったのが、ひと口サイズの「ミディエ・ドルマス」です〔写真〕。イスタンブールに着いた日の夜、トルコ航空日本支社長のトゥーバ・トプタン・ヤブズさんと新市街の路地裏を歩いていたら、ずらりとムール貝を並べた屋台の前で彼女は「ちょっと待って」とふいに立ち止まりました。お金を払って、いくつか買っています。
「これ、食べてみて」
「貝の身の下に、何が詰まっているんだろう?」
お米のようなそれを貝といっしょに口に入れてみると──味付けされた炒めご飯のようなものでした。いわば、ムール貝のピラフ詰めです。ちょっとレモンをたらして食べるのですが、これがなかなかいけます! 値段を聞くと、5個で200円程度。その安さと味に魅かれて、帰国までの間に3回食べました。
2010年04月10日
旅の終わりに
旧市街をたっぷり満喫した翌日は、初日の夜に歩いた新市街のイスティクラール通りへ再び。今回は昼間なので、タクシム広場からテュネル地区へ結んでいる路面電車にも会うことができました。

通る電車はどれも満員です。レトロな赤い車両が「チン、チン」とベルを鳴らして人をかき分けながら進んでいくのを見ると、みんなつい乗ってみたくなるのでしょう。歩いたほうがよっぽど早そうなのに。車両の外側に無賃乗車の子どもたちがぶら下がっている光景も、すっかりイスタンブールの風物詩になりました。
しばらく歩くと、やがて前方の高台に、ガラタ塔の三角屋根が見えてきました〔写真〕。塔に近づくにつれ、平坦だった道が急な上り坂や階段道に変わりはじめます。周囲に目をやると、同じ方向に歩いているのは観光客風の人がほとんど。みんな塔を目指しているのかも知れません。
ガラタ塔は、14世紀にジェノヴァ人が監視塔として建てたものです。てっぺんの展望台に行くとボスポラス海峡からマルマラ海までが一望できると聞き、旅の終わりに私ものぼってみることにしました。なるほど、360度の絶景です。次はいつ再訪できるかわからないイスタンブールの街並みを、しっかりと目に焼きつけておこう。そう思って、しばらく景色に見入っていました。
2010年04月09日
ブルーモスク
イスタンブールを訪ねるのは、かれこれ十数年ぶりです。で、今日は一日、市内観光に充てることにしました。トルコ航空本社での取材も昨日で無事に終わったので、気ままに、のんびりと。

さっそく足を向けたのが、ヨーロッパ側の旧市街でした。イスタンブールを代表する観光名所といえば、この旧市街に建ち並ぶ次の3つでしょう──「トプカプ宮殿」と「アヤソフィア大聖堂」と「スルタンアフメット・ジャミイ」と。どれも狭いエリアに集中しているので、徒歩で回れるのですが、見学するとなるとこれがけっこう大変です。トプカプ宮殿だけでも本当は丸一日かかりますから。
宮殿内に飾られた86カラットダイヤなどの秘宝はもちろん、壁や天井のタイルがまた美しい。日本や中国のおびただしい数の陶磁器コレクションに触れながら「これらがみんな、かつて船やラクダの背中に乗ってここまでやって来たんだなあ」と、遠い昔を空想してしまいます。隣のアヤソフィアは赤い聖堂で、暗くてひんやりした内部にステンドグラスを通して差し込む光がとても幻想的でした。
そして最後に訪ねたのが、「ブルーモスク」の名で呼ばれるスルタンアフメット・ジャミイです〔写真〕。靴を脱いで中に入ると、その名のとおりの“青の世界”にうっとり。でも、外は決して静かとは言えません。いつ来ても世界中からの観光客でいっぱいで、モスクにたどり着くまでの怪しいトルコ人たちの“日本語攻撃”には、めまいがしてきます。「オハヨウゴザイマス」「コンニチハ」に始まって「シャチョウサン」「センセイ」まで。無視して行き過ぎようとすると「チョットマッテクダサイマセヨ」と追いかけてきます。
前に来たときも同じで、地元の知り合いのトルコ人にそのことを話すと、彼は日本語で「気にしない、気にしない」と手を振りながら言いました。
「でも、ブルーモスクは美しかった? 素晴らしかった?」
「うん」と私はうなずきます。「すごく」
「でしょ、でしょ。だったら気にしない、気にしない。美しいものにはみんな、トゲがあるよ」
トルコの人たちは親日的で、みんなとてもフレンドリーです。日本語も上手に操る人が多いのですが、ときどき間違った使い方をするので、話していて頭が混乱します。
2010年04月08日
トルコ航空CEO
世界地図を広げて、現在いるトルコのイスタンブールにコンパスの針を当て、ここから3時間のフライトで行ける範囲に円を描いてみます。すっぽりと収まったエリアは、欧州全域とロシア、北アフリカ、そして中央アジア──。じつはここに、欧州No.1の“ネットワークキャリア”を目指すトルコ航空の成長戦略の秘密が隠されています。

「この立地的な利点を生かすことでイスタンブールを拠点にさまざまな都市へ旅行者を運べる、というのが、トルコ航空の最大の強みです」と話すのは、同社CEOのテメル・コティル氏です。「けれどもその強みを、私たちはまだまだ発揮し切れていません」
昨日トルコ航空の本社を訪ね、コティル氏へのインタビューを行いました〔写真〕。世界同時不況で各国のエアラインが業績不振に苦しむ中、トルコ航空の2009年の総旅客数は前年比11%増の2,510万人を記録。2008年につづき着実に成長を遂げています。
「イスタンブールを経由して他の都市に向かう旅客の急増が近年のトルコ航空の成長を支えてきました。ですが、トランジット客の比率は私たちが扱う旅客全体のまだ34%に過ぎません」と、コティル氏は続けます。「その数字を3年後には50%、5年後には80%に伸ばすことで、さらに大きな成長を続けていけると考えてます」
ヨーロッパでは、同様なネットワークキャリアを目指すエアラインが少なくありません。しかし欧州各都市での乗り継ぎは、離陸して上昇し、すぐに高度を下げて着陸するという1〜2時間の路線がほとんど。燃料費などのコストがとても高くつきます。それに対してイスタンブールからはどの都市へも3時間程度のフライトになり、トルコ航空が短距離路線の中心に据えるボーイング737シリーズなどの機材が最高のパフォーマンスを発揮します。
「3時間のフライトなら私たちの充実したフルサービスを楽しんでいただくことができますし、また経営的に見れば、最適な距離を最適な機材で飛ぶことで乗客一人当たりを一定距離運ぶためのコストを低く抑えられるメリットも出てきます」
イスタンブールでは、現在のアタチュルク空港の西側にロンドン・ヒースロー並みかそれ以上の規模を持つ新空港の建設プランも動き始めました。完成予定は、トルコ航空が「トランジット客を80%に」と目標を定める5年後です。ヨーロッパとアジアの接点に位置し、古くから東西文明の交流に寄与してきたこの街が、今後も“世界の空の交差点”としてますます重要な役割を果たしていくことは間違いありません。
2010年04月06日
ボスポラス海峡を望む
かなり強い向かい風の中、イスタンブールまでは結局13時間のフライトになりました。新市街の海沿いのホテルにチェックインしたのは、現地時間の夜10時過ぎ。しかし遅い時間に到着しても、私がそのままホテルにとどまるわけはありません。さっそく車を拾ってタクシム広場まで行き、そこから南に広がるイスティクラール通りを夜の散歩へ──。

イスティクラール通りは、トルコで一番の繁華街です。17世紀頃からヨーロッパ人の居住区として利用され、各国の在外公館やさまざまな宗教・宗派の関連施設がこの界隈に集中。通りには洒落た店が1キロ以上にわたって続きます。昼間は通りの真ん中をレトロな赤い路面電車が走っているのですが、さすがにこの時間は終わっていました。
メイン通りから一歩路地に折れると、いい感じの居酒屋が軒を連ねています。そのうちの一軒で、私もトルコビールと地酒のラクを注文。ほろ酔い気分になったところで、もう一度車を拾い、次はボスポラス海峡に面したカフェを目指しました〔写真〕。以前この街を訪れたときに知り合った地元の人が「イスタンブールっ子はボアーズ(ボスポラスのトルコ語)に家を持つのが一生の夢」と言っていたのを思い出したからです。
私もイスタンブールが好きですが、さすがに家を買うつもりはないので、お茶代だけ払ってその夢をひとかじり。テラス席で海風に当たって1時間ほど過ごし、夜中の2時過ぎにホテルに戻りました。
2010年04月05日
空のシルクロード
出発時間のぎりぎりまで書き物をつづけ、先ほど成田へ向かうスカイライナーに飛び乗りました。この文章をいま、成田空港第1ターミナルのスターアライアンスラウンジで書いています。

書籍や各メディアに寄稿する原稿書きに追われ、先週後半からいろいろいただいている連絡への返信ができずにいます。すみません。渡航先のホテルでも、執筆や雑誌のゲラチェックなどの作業を継続することになると思いますので、必要な返事はその合間に現地から送るようにします。
さて、これから利用するのは、トルコ航空のイスタンブール行き051便です。同路線は昨年10月に新しいボーイング777-300ERを導入し、今年3月28日からは便数を増やし週6便での運航をスタート〔写真〕。このフライトがたどるルートを、私は以前から「空のシルクロード」と呼んできました。
地球儀を見てみると、イスタンブールは北緯41度で、日本の仙台とほぼ同じ。つまりトルコと日本は似たような位置関係にあり、成田を発つと、地上のシルクロードに沿って西へ西へと飛行を続けていきます。東京は雨ですが、ルート上の天候はまずまずとの予報ですので、ときどき上空からの景色を眺めながら12時間強のロングフライトを楽しみたいと思っています。
2010年04月02日
下町のニューシンボル
4月ですね。昨日は都心の桜の開花状況を偵察するため、打ち合わせに出たついでに浅草まで足を伸ばしました。午後から晴れ間がのぞいて気温も上昇し、隅田公園の桜はもう8分から9分咲きといったところ。大方の予想どおり、今週末がピークになりそうです。

ところで、今年は桜の背景に、昨年まではなかった物体が姿を現していました。隅田川をはさんだ向こう側で、2012年春の開業を目指して建設が進んでいる「東京スカイツリー」です。
その雄姿に引き寄せられ、吾妻橋を墨田区側に渡って、建設地である押上方面へ。私は東京都荒川区の出身ですが、この界隈にも若い頃に2年ほど住んでいた関係で、とても馴染みがあります。
う。で、でかっ!
まだ完成時の半分程度の高さですが、それでも今週、338メートルまで背を伸ばし、日本一だった東京タワー(333メートル)を抜きました〔写真〕。現場に近づくにつれ、てっぺんを見上げる首の角度も大きくうしろ側へ倒れていきます。ふと周囲を見わたすと、同じように首を倒してのけぞっている人がなんと多いことか。観光客っぽい集団に混ざって、明らかに地元の人もいます。
「1日に5回ぐらいはこうして外に出て、見上げているよ」と、近所の金物屋のおばさんが言いました。「出来上がったツリーはいつでも拝めるけど、建設中の様子を見られるのはいまだけ。毎日少しずつにょきにょき伸びていく姿を見ていると、長生きして頑張ろうって気になるよ」
完成まであと2年。地元の人たちが期待を寄せる下町の新しいシンボルの成長過程を目に焼きつけておくため、私もときどき通おうと思います。
2010年03月30日
ソーラーインパルス
ここ数週間、5月に刊行予定の新しい本の執筆に集中していましたが、今日は午後から作業を一時中断。月刊誌『航空ファン』(文林堂)6月号に発表するあるプロジェクトについての原稿書きに着手しました。化石燃料をいっさい使わず、太陽エネルギーだけを動力とする有人飛行機「ソーラーインパルス」〔写真〕で世界一周を実現する──そんな夢みたいなプロジェクトのレポートです。

ソーラーインパルスは全重量が1,600キロと車1台分に過ぎませんが、主翼幅はエアバスの大型機A340と同サイズで63.4メートルもあります。その大きな主翼に設置した1万2,000個のソーラーパネルで太陽光を吸収。昼間蓄えた電力で夜間の飛行も可能にし、2週間から1カ月をかけて世界一周を果たすという壮大な計画です。プロジェクトは2003年からスイスの技術者や冒険家らが中心になって進め、昨年12月にはプロトタイプ機を完成させ初飛行にも成功しました。
この3月には、広報担当のフィル・ムンドヴィラーさんが来日。スイス大使館で開催された記者会見のあとで、私は個人的に1時間ほど彼と話しました。
「プロジェクトの一番の目的は?」
「地球環境に対する人々の意識を高めることです。燃料がゼロだから、公害もゼロ。空気をまったく汚さない飛行機での世界一周を成功させ、人類はこんなこともできるんだということを強力にアピールしていきたい」
やりとりの中で、私がある取材で4月と5月にパリとフランクフルトに飛ぶ予定があることを伝えると、ついでにスイスにも足を伸ばすよう彼はしきりにすすめました。
「パリからもフランクフルトからも、チューリッヒまではひとっ飛びだよ。プロジェクトのメンバーにぜひ会ってみてよ」
「取材のあとで? うまく時間がとれるかなあ」
「チューリッヒ空港に到着する時間に、車で迎えに行くから」
プロジェクトを率いる一人が、1999年に熱気球による初の無着陸世界一周飛行を成し遂げた冒険家のベルトラン・ピカール氏です。彼のもとに、75人の有能なエンジニアや気象専門家などが集っています。会ってみたいですが、せっかく行くのなら、今後段階的に実施される重要なテスト飛行の日に合わせて改めて日本から飛ぶほうがいいかも知れません。
そんなことを考えながらこの文章を書いていたら、いまちょうどスイスからメールが届きました。次のステップである1,000メートルまで高度を上げてのテスト飛行の準備がすべて整った──という報告です。いずれにしても、最終目標である世界一周飛行は、2012年を予定。プロジェクトの詳細も含めて、その経過については今後逐一、みなさんにもお伝えしていきたいと思っています。
2010年03月27日
オフラインの旅の誘い
オフライン、という言葉をご存じですか? 日本には就航していない──つまりその国のその都市に行かないと体験できないエアラインを、こう呼びます。日本に乗り入れているエアラインは60社ほどありますが、未就航のエアラインを含めるとその数は15倍から20倍に! きっと私たちの知らない、アッと驚くような会社が世界には数多く存在するのでしょう。

そんな“オフライン”を求めて世界中の空を旅してきたのが、先日のBlog「大空が恋しい」でも紹介した航空写真家のチャーリィ古庄さんです。彼はこれまで150以上のエアラインに搭乗し、『月刊エアライン』(イカロス出版)に「世界オフライン紀行」と題する搭乗レポートを連載してきました。
「私は仕事というよりも、“アドベンチャー”だと思って撮影旅行を続けている」
チャーリィ古庄さんはよくそんな言葉を口にします。仕事ではなく、アドベンチャー。いい響きですね。その連載をベースに、未発表の写真やストーリーを加えて1冊にまとめた彼の新著『世界ヒコーキ紀行』(同)がこのたび刊行になりました〔写真〕。
私も、さっそく読みました。写真を眺め、遠い異国の地に心を解き放って。これはオススメです! みなさんも本書の表紙を開いて海外の僻地へ出かけ、ふだん体験できないレアな旅と、少しばかりの冒険を味わってみてください。
2010年03月24日
成田からマカオへ
成田空港の年間発着枠が3月28日より現行の20万回から22万回に増え、まずはエミレーツ航空とエティハド航空の中東系2社が、成田/ドバイ線と成田/アブダビ線でそれぞれ週5便の運航を開始。さらにマカオ航空も、成田からマカオへの週3便の直行便を新規に就航します。

マカオ航空は1994年に設立され、中国本土を中心にタイ、フィリピン、韓国へと路線網を拡大してきました。日本では2007年7月より、関西/マカオ線で定期便運航をスタートしています〔写真は関空で撮影したマカオ航空のエアバスA321〕。
アジアの中でも近年、最も大きな変貌を遂げ、訪れる観光客も急増しているのがマカオです。日本人旅行者にとっては、従来は「香港へ行ったついでに日帰りで足を伸ばしたい観光地」といったイメージでしたが、マカオ航空の関西からの直行便が就航してからはぐっと身近になりました。就航直後の2007年9月に私もプライベートで同路線を利用してそのことを実感し、当時のBlogに感想を書き残しています。
ここ数年は外資系カジノホテルの進出が相次ぎ、「東洋のラスベガス」と呼ばれるほどの賑わいを見せています。カジノの売上高では、マカオはすでに本場ラスベガスを抜いてしいました。関西/マカオ線に加えて成田からの直行便も就航することで、かつての“香港からマカオへ”という流れとは反対に、今後は“マカオを訪れたついでに香港へ”といった旅のスタイルも出てくるかも知れません。
私もそう遠くない将来、日本からダイレクト便で行くマカオの旅をもう一度味わってみたいと思っています。
2010年03月21日
マイレージ、マイライフ
日付は変わってしまいましたが、日本でも昨日から封切りになったジョージ・クルーニー主演の話題作『マイレージ、マイライフ』。この映画のオフィシャルエアラインであるアメリカン航空主催の特別試写会&パーティーが3月16日(火)の夜、東京・南青山のジャズハウス「ブルーノート東京」で開かれ、私もお邪魔してひと足先に観てきました。

クルーニー扮するのは、企業のリストラ対象者に解雇を通告するプロの“リストラ宣告人”です。年間322日も出張で全米を飛びまわる彼の生きがいは、航空会社のマイレージを1,000万マイル貯めること。“バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない”が彼の人生哲学でしたが、ある日、予期せぬ出会いが訪れて──。
いいえ、ここでストーリーをくどくど書くことはしません。上記の紹介文も、パンフレットのコマーシャルコピーをそのまま写しただけです(笑)。興味のある方は、ぜひ映画館でご覧になってみてください。
さて、試写会会場には同作品でアカデミー助演女優賞にノミネートされた女優のアナ・ケンドリックさんも姿を見せ、彼女の挨拶のあとでいよいよ上映開始となりました。私のテーブルにはアメリカン航空広報の稲川晶子さんが来て、ときどきお喋りを交えながら最後までいっしょに作品を鑑賞。「現代の社会世相を反映させながら、ウィットの効いた都会的でオシャレな映画」というのが、彼女と私との一致した感想です。
そして試写会終了後に、アメリカン航空から「お土産に」と旅行用キャリーバッグをいただきました。なんとこれ、映画の中でジョージ・クルーニーが持ち歩いていたのと同じものです(写真)。青山の骨董通りを、夜風に吹かれ作品の余韻に浸りながら、自分も主人公になったつもりでバッグをころころ転がして帰りました。
2010年03月18日
大空が恋しい
200機を超える数の機体がずらりと並んだ下の写真──これ、模型でもオモチャでもありません。すべて本物の旅客機です。アメリカ・カリフォルニア州のビクタービル空港で撮影したもので、友人であり、拙著『みんなが知りたい空港の疑問50』にもたくさんの写真を提供してくれている航空写真家のチャーリィ古庄さんが取材先から送ってくれました。

現役を退いた各国エアラインの旅客機がここに集まり、中古機として再び世界のどこかに売られていくのを待っています。乗客の激減で路線を維持できなくなったり、燃料効率の悪い飛行機を手放すエアラインが増えたり──厳しい航空不況が続いている現実を思い知らされますね。
BA(ブリティッシュ・エアウェイズ)やユナイテッド航空、キャセイパシフィック航空などの大型機が見えます。退役したばかりのJALのジャンボ機(ボーイング747)は、塗装が落とされて真っ白なボディになっていたそうです。どの機体も、大空に恋焦がれて悲しげな表情に見えるのは、私の気のせいでしょうか。届いた写真には、チャーリィさんのこんなメッセージが添えてありました。
「きちんと整備し直せば、まだまだ飛べそうなものばかりです。いまなら機体の価格も安いし、このチャンスにどうですか? 何機か購入して『アキモト・インターナショナルエアラインズ』を立ち上げては」
アキモト・インターナショナルエアラインズ? 冗談とはわかっていても、夢のような話につい引き込まれます。私が、新興エアラインのオーナーかあ。それからしばらく空想の世界に浸り、ふと我に返って首を2、3回強く振ったら、現実に戻されました。いけないいけない、そんなことを考えている場合じゃない、原稿書きに集中しなくちゃ──と。
2010年03月15日
KIXエアサイドアベニュー
海外では、空港自体をもうかるビジネスとしてとらえている国が少なくありません。多くの空港が“手本”としてきたオランダ・アムステルダムのスキポール空港を例に見ると、空港収益の5割以上を占めるのが物品販売やホテル、スペース賃貸などの非航空部門。そうして得た利益を、ファンを増やすために、さらに新しい施設づくりへの投資にまわしてきました。常に拡充工事が続いているためか、スキポール空港はいつ行っても、どこかしらで電動工具の槌音が響いています。

日本の空の玄関口は、アメリカやヨーロッパに比べ、以前は空港づくりの発想からして違っていました。それがここへきて変化し、免税ブランドモールなどもかなり充実しはじめています。
たとえば成田空港では、第1ターミナルに2006年夏に免税ブランドモール『narita nakamise』が、2007年4月には第2ターミナルに『ナリタ5番街』がオープン。チェックインを済ませ、出国審査場を抜けると、その先に日常とは別世界の華やかな空間が出現します。2005年2月に開港したセントレア(中部国際空港)も商業施設が充実し、飛行機に乗る予定がなくても、空港内でショッピングなどを楽しむために訪れる人が毎年500万人以上にのぼっていることを拙著『みんなが知りたい空港の疑問50』でも紹介しました。
そして今日──3月15日からは、関西国際空港でも国際線出国エリアが大規模リニューアルされ「KIXエアサイドアベニュー」として生まれ変わります〔写真〕。面積は約3,770平方メートルから約5,580平方メートルに拡張。「ティファニー」「コーチ」のほか、国内の空港では初出店となる「スワロフスキー」など海外の人気ブランドショップや、空港を眺望できるすし店、カフェなどがオープンしています。
空港をビジネスとして成功させるためには、非航空部門での収益力アップが不可欠です。先日、産経新聞・大阪本社の社会部記者から新しい「KIXエアサイドアベニュー」について取材を受け、そんな観点からお話ししました。記事は本日の同紙地方版に「海外ブランドや眺望すし店──関空出国エリアがリニューアル」と題して掲載されています。
2010年03月12日
Mr.ヨーロッパ
シックなスーツに、蝶ネクタイとボーラーハット(山高帽)──そんなちょっぴりレトロな装いで登場するのは、俳優の役所広司さんです〔写真〕。この3月28日より成田/ヘルシンキ線でデイリー運航を開始するフィンランド航空が、新しいイメージキャラクターとして役所さんを起用。今週、その記者発表会がありました。

役所さんが扮しているのは、日本と欧州の各国とをつなぐ業務に携わってきたグローバルなビジネスマン役です。人からは「Mr.ヨーロッパ」と呼ばれ、MBAと地理学の博士号をもつ彼は、独自の世界観からこう呟きます。
「私は日本人に驚いた。かの有名な地理学者、ゲラルドゥース・メルカトルが『メルカトル図法』を発表したのは1569年。日本人は子供の頃から、このメルカトル氏がつくった地図に慣れ親しみすぎたので、地球は丸いという当たり前の事実を実感することなく暮らしてきたのだ。一度、地球儀を手に取って北欧の国フィンランドを指さしてみるといい。ヨーロッパの玄関口として、日本から驚くほど近い距離にあることに気づくだろう」
たとえば上司からチェコ・プラハへの急な出張を命じられ、「プラハへ今日中に? そんなあ、無理ですよ」と頭をかかえる若いビジネスマンに、どこからともなく彼の声が届きます。
「ほら、ここにも何も知らない日本人がいる。チェコのプラハには、13時間半で今日の夜には到着できる。君はそんなことも知らないのかい?」
ヨーロッパへの“最短最速エアライン”を標榜するフィンランド航空の直行便を利用すると、成田・中部・関空からヘルシンキのヴァンター空港まではわずかに9時間半。さらにヘルシンキを経由することで、直行便のない都市へはもちろん、直行便のある都市でさえ同等レベルのフライト時間で到着できる──と彼は続けます。
「日本人はもっと賢くエアラインを選ぶようにと、私は常日頃から言っているのに」
「あのう、あたなは?」
「私かね。私の名前は──Mr.ヨーロッパ」
これからみなさんも、新聞や雑誌、交通広告などでそんなCMを目にする機会が増えるでしょう。同社Webサイトでもすでに展開が始まっていますので、ぜひ覗いてみてください。
2010年03月09日
旅客機運航の舞台裏
刷り上がったばかりの『月刊公明』4月号が編集部から送られてきました。「ヒューマン・ルポ/旅客機運航の舞台裏を追う」と題する計8ページのルポルタージュを発表しています〔写真〕。

私の寄稿する媒体は、総合誌からビジネス・経済誌、情報誌、旅行誌、航空専門誌まで多岐にわたります。『月刊公明』はその中でも珍しい部類に入るかも知れません。名称からわかるとおり公明党の機関誌ではありますが、担当編集者いわく「党派や政治色に偏らない雑多なメディアを目指しています」というのが編集の基本方針。いまから1年半ほど前に「全国の一般読者にエアラインの世界の現状や楽しさをわかりやすく伝えるレポートを書いてほしい」との依頼があり、ときどき寄稿するようになりました。
「おはよう!」
ベテラン機長から背中越しに声がかかると、若い副操縦士はやや緊張した面持ちで振り返った。
「あ、機長。おはようございます。本日はよろしくお願いします」
二人が揃って姿を見せたのは午前11時を回ったときだった。ここは空港に隣接する運航乗務員のオペレーションセンター。その日のフライトに乗務するパイロットは、決められた時間になると出社してくる。出勤時間は出発時刻のおよそ1時間半から2時間前で、これは国際線も国内線も変わらない。
彼らの仕事は、コクピットに入る前からすでに始まっている。
レポートはそんなシーンから始まり、まざまな職種や部署の人たちと力を合わせながらの出発までの準備の様子と、すべてを整えて離陸するまでを詳細にわたって描写しています。『月刊公明』は一般の書店で手に入らないのが残念ですが、公明党の出版販売部で購入できますので、興味のある方はどうぞ。
2010年03月06日
ジャンボ・ホステル
ロンドンに在住の知人のTVプロデューサーと、メールを使って久しぶりに会話をしました。「どう、元気にしてる?」「頑張ってますよ〜」といった感じで。そんなやりとりの中で、彼女が「そういえば最近、ヨーロッパではこんなのが話題になっていますよ」と知らせてくれたのが、スウェーデンの首都ストックホルムのアーランダ国際空港に1年ほど前にオープンしたユニークなホテルです。

古くなって現役を退いたジャンボ旅客機(ボーイング747-200)を改造した、世界でも珍しいホテルです。空港近くでユースホステル事業を始めたいと考えていた起業家のオスカー・ディオス氏がこの退役機に目をつけました。
キャビンに450席あったシートはすべて取り払い、ベッド3台ずつを収容した25の部屋とシャワールーム、トイレ、カフェなどを設置。見晴らしのいいコクピットは、ご覧のようなスイートルームに生まれ変わりました〔写真〕。
オープン1周年を迎えた今年1月には、ホテル側から「世界中の旅行者から予約が絶えません」といったコメントが発表されました。ドアを入ると、CAの制服を着た受付嬢が出迎えてくれるのも人気の秘密のようです。料金はリーズナブルで、コクピットのスイートルームでも日本円で3万5,000円程度。地上に降りて動かない旅客機には私は興味がありませんが、マニアにはたまらないかも知れませんね。
2010年03月03日
3月3日は何の日?
3月3日は──ひな祭りで、ミミの日で、そして私の長男の誕生日です(男の子なのに)。あ、そんなことは、このBlogの読者にはどうでもいいことですね。失礼しました。じつは日本のエアライン業界にとっても、3月3日は歴史的な日です。

成田空港にはその日、朝から大勢の報道陣が集まっていました。彼らの視線の先で「創業以来の夢がやっと実現した」と満面の笑みを浮かべたのは、当時のANA社長、中村大造氏です。ANAの東京/グアム線新規就航セレモニーで中村社長が口にしたその思いは、どの社員も同じだったに違いありません。多くの関係者たちが拍手で見送るなか、乗客287人を乗せたL‐1011トライスター〔写真〕はグアムに向けて離陸しました。いまから24年前──1986年3月3日のことです。
「社内的にも、ものすごい盛り上がりでしたよ。それまでは業界のすみ分けルールがあって、私たちは国際線の定期便はいっさい飛ばすことが許されなかったわけですから」と、のちに幹部の一人が私に語りました。「86年3月3日のグアム線就航で、ANAはついに念願だった国際線の扉を開いたのです」
その後は米国本土や中国、オーストラリアなどに着々と路線網を拡大したものの、しかしANAの国際線ビジネスは決して順風満帆だったわけではありません。この24年間は、まさに試行錯誤とチャレンジの繰り返しでした。
さて、今年は新しいプロダクト&サービスの導入や羽田のD滑走路開設にともなう国際路線網の拡充、ボーイング787の1号機受領などのビッグイベントが目白押しです。国際線就航から25年目を迎えた2010年は、ANAにとって近来にない大きな転機の年になるのではないか。ちょうど「3月3日」に日付が変わったいま、そんなことを考えながら、この文章を書き進めています。
2010年02月26日
パリの思い出が……
思い出の詰まった曲、というのがあります。その音楽を聴くと、自分がある時代にふっと引き戻されていくような。たとえば、クラスの女の子に心ひかれた小学校高学年の頃に。たとえば、野球に明け暮れた中学校の3年間に。そしてたとえば、旅に目覚め、夏休みや春休みになるとバックパックを背負って北海道から沖繩までを放浪した高校時代に──。

最近、いまから20年ほど前に流行ったある曲をYouTubeで検索して見つけ、それを繰り返し聴いていました。深夜に、書斎で照明を落として、軽くお酒を飲みながら。その曲に身をゆだねるとよみがえってきたのは、パリの街なかを当時、ウォークマンを胸ポケットに入れてレンタサイクルで走り回った記憶です〔写真はそのときに撮ったシャンデリゼ通り〕。
懐かしい音楽とともに過ごすひとときは、仕事を終えたあとの癒しの時間でした。それが大失敗だったことに気づくまでは。というのも、いまになって繰り返しその曲に触れたことで、そこにセットになっていた当時のパリの思い出が「現在の記憶」に塗り変わってしまったようなのです。同じ曲を聴いても、悲しいことに、もうあのときのパリの情景が浮かんでこなくなりました。何年かして改めて聴き直してみても、きっとその曲に貼り付いているのは、原稿書きにひーひー言っている2010年2月の記憶でしかないのでしょう。
みなさんも、思い出がセットになっている曲は、ごくたまに忘れた頃に聴く程度にとどめておいてくださいね。大切な記憶をリセットしてしまわないためにも。私は思い出をもう一度つくり直すために、この4月にプライベートでパリに飛ぶことを決め、今週チケットを申し込みました。
2010年02月23日
お笑い出身
今日の夜、フジテレビ系列で“ピン芸人”の日本一を決める「R-1ぐらんぷり」の生放送がありました。司会者の話では、今年は過去最多の3,539人がエントリー。これとは別に、テレビ朝日系列では漫才の日本一を決める「M-1グランプリ」を、TBS系列ではコントの王座を競う「キングオブコント」を開催しています。お笑いブームはずっと続いているようですね。

そういえば、この4月にANAに新卒社員として入社してくる客室乗務員の中に、昨年のM-1出場者がいるそうです。先日インタビューした同社の人事担当者が教えてくれました。決勝大会までは進めなかったそうですが、どんな人なのでしょう。いずれ彼女が訓練を終えて乗務につき始めたら、私も世界のどこかの空で会えるかも知れません。楽しみです。
2011年4月入社の新卒社員の募集要項も、ANAから発表になっています〔写真は同社採用HPより〕。客室乗務員の募集人数は、ここ1、2年よりも50名ほど少ない200名。いまごろはきっと、空の仕事を夢見る多くの人たちがエントリーシートに向き合っていることでしょう。人事担当者も「今回の採用活動でも、またいろいろな“個性”に出会えることをいまから楽しみにしています」と話していました。
2010年02月20日
飛機如何飛上天?
本日のBlogタイトル──これ、何だかわかりますか? 中国語(北京語)です。日本語に訳すと「飛行機はどのように飛んで天に昇りますか?」。じつは翻訳された私の著書『みんなが知りたい旅客機の疑問50』の中国語版タイトルで、台湾の晨星出版社から最近発売になりました。

まだ私にも見本が届いていないのですが、今週、上海で会った人たちとのディナーの席でこの本のことが話題に。で、そうだ、日本の読者のみなさんにも一応ご報告だけはと思い立ちました。
上の写真がその表紙です。オリジナルとはずいぶん違いますね。サブタイトルは「從機場發現50個航空常識」で、これは「空港で航空の50の常識を発見する」という意味だそうです。その下の著者名は漢字で「秋本俊二」のままですが、これは中国語だとどう発音するんだっけ? 地元の人に教わってきたのですが、飲みながらだったので、忘れちゃいました。
台湾で発売になったのに続いて、中国の出版社との契約も済み、翻訳作業が現在進んでいます。中国語圏は広いので、さまざまな国の人たちに手にとってもらえるようになるといいなと思っています。
2010年02月17日
上海だより
今年5月1日からの万博開催を控えた街の様子を取材するため、上海に来ました。天気はよく、気温も東京と同じくらいだと思うのですが、実際はすごく寒い! ビル街の無機質な壁に風がはね返って舞っているせいか、空気がとても冷たく感じます〔写真は旧「石庫門」のレンガ建築が残る新天地〕。

中国での万博初開催が決まったのは、2002年の12月でした。モンテカルロで開かれた国際博覧会事務局総会での各国代表による投票で、候補にあがっていたのは上海(中国)のほか麗水(韓国)とモスクワ(ロシア)、ケレタロ(メキシコ)、ブロツラフ(ポーランド)の5都市。それぞれが果敢に誘致合戦を進めてきたものの、どこも総票数の3分の2以上にはなかなか届かず、4回目の投票で上海が麗水に20票差をつけて万博開催を勝ち取りました。
私はそのときも、いまと同じように上海にいました(あれは何の取材で来ていたのだっけ?)。南京東路の広場の巨大スクリーンで地元テレビ局が生中継で結果を伝えると、集まった数千人の市民からわき起こる大歓声。花火の音を合図に、年配の人々が手にした小旗を振り上げ、広場のあちこちで若者たちが誰かまわずに抱き合いはじめました。目が合ったふくよかな女性が両手を広げて私のほうにも向かってきたのですが、あまりの体格のよさに怖くなり、あわてて避難したのを昨日のことのように覚えています。
そんな当時のことを思い出しながら、私は先ほど、約束していた現地の関係者二人と新天地の一画にあるカフェで合流。上海の現状や今後のことについて2時間ほど意見を交換し、いったんホテルに引き上げました。
──と、ここまで読んで「えー、うちの原稿は?」と声をあげた新聞社のMさんと雑誌編集部のTさん。大丈夫ですよ(笑)。明日と明後日の締め切りはちゃんと守るため、仕事はこっちに持ってきていますから。これからディナーに出ますが、今日は“夜遊び”もほどほどに、早めにホテルに戻ります。その後は朝まで原稿書きに集中し、明日午前中の便で帰国する予定です。
2010年02月14日
ルフトハンザの巨人機
エアバスのオール2階建て機A380が世界の空を舞い始め、すでにフライトを体験した人たちの間ではそのゴージャスさが話題になっています。今年5月には、ドイツのルフトハンザもいよいよ第1号機を受領。塗装が完了した1号機に「フランクフルト・アム・マイン」と命名したことが、先週同社から発表されました〔写真〕。

アム・マインとは、ドイツ語で「マイン川沿いの」の意味。ドイツには旧東ドイツ側の、ポーランドとの国境近くにフランクフルトという同じ地名のついた街が別にあるため、国内ではアム・マインを付して呼ばれます。ちなみにハンブルグのエアバス社施設に到着している2号機は、ルフトハンザのもう一つのハブ空港がある「ミュンヘン」と命名される予定だそうです。
さまざまな革新技術が導入されたA380には、じつは塗装にも下塗剤と希釈剤、硬化剤のみを混合した静電気スプレーによる新しい手法が用いられています。これにより、約200リットルの塗料削減に成功しました。一般に旅客機の塗装に必要な塗料の量は、ジャンボ機(ボーイング747)クラスで約600リットル程度ですので、200リットルの削減は環境保護の面でも間違いなく効果的です。
さて、気になるのは、ルフトハンザのA380の就航路線です。1号機と2号機は北米線に投入すると同社は発表していますが、具体的な路線についてはまだ明言していません。私が昨年、フランクフルトで経営陣と話した印象では、やはりニューヨーク線あたりが有力でしょうか。しかしアジアもルフトハンザにとっては重要マーケットで、なかでも成田/フランクフルト線はロードファクター(利用率)が常に高い。ビジネス需要を中心に満席の日も珍しくありません。チケットが取れず、仕方なしに羽田から関西へ移動して関西発の便でフランクフルトに向かったことも何度かあります。
そんなロードファクターの高さを考えると、もしかしたら1号機、2号機の成田線への投入プランも急浮上するのでは? 私は期待も込めて、そう予想しています。
2010年02月11日
セミナー準備
昨年秋、取材で中国・北京へ向かう機内でのことです。ANAの905便が成田を発って1時間。水平飛行に移り、座席のテーブルにノートPCを広げて書き物をしていたら、やがて昼食のサービスが始まりました。

「お食事、少しあとでお持ちしましょうか」
私にそう声をかけてくれたのは、担当のチーフパーサーです。仕事の調子が乗ってきていただけに、彼女の申し出はありがたかったですが、中国線はわずか3時間半のフライトでサービスできる時間も限られているはず。心遣いには感謝しながらも、そう思って「いちいち個別に対応していたら大変でしょう」とPCを片づけ始めたら、彼女は首を振ってこう言いました。
「限られた時間だからこそ、マニュアル通りではない、パーソナルなサービスが大事だと私たちは考えています。短時間のフライトでできるだけお客さまと接点をもち、心からの“おもてなし”を感じていただくことが、ANAを知っていただく近道ですから」
さて、当Blog右欄の「Information」コーナーでもお知らせしているように、明後日(2月13日)にエアライン業界を目指す人たちに向けた応援セミナーを開催します。今日は書斎で朝からその準備を進めていたら、あのときの彼女の言葉をふと思い出しました〔写真はANA客室乗務員の拠点である成田スカイセンター〕。
マニュアル通りの一律なサービスではない、もう一歩進んだ“パーソナル”な対応──これは決して簡単なことではありません。目の前の乗客が何を望んでいるかをコミュニケーションをとる中で正確に把握し、それに最も相応しいサービスを自分たちで考えて提供していく。その仕事でポイントになるのが、サービスに当たるCA一人ひとりの「人間力」です。
憧れの“空の仕事”を手にいれるために、いまやるべきことは? エアライン各社はその「人間力」を秘めた人をどうやって見極めようとしているのか? 新しく迎え入れた社員たちを、組織の中でどう育て、どんな活躍の舞台を提供していくのか? セミナーで受講生のみなさんに話してやりたいことはたくさんあります。たくさんありすぎて、予定の2時間では足りないかも知れません。さて、どうしましょう(笑)。
2010年02月08日
飛んでイスタンブール
混沌か、秩序か? アジアとヨーロッパの二つの大陸にまたがるイスタンブールは、本当に不思議な都市です。アジア側から足を踏み入れた人は「イスタンブールは秩序正しいヨーロッパの都市という印象」と言い、反対にヨーロッパ側から入った人に聞くと「あの混沌とした雰囲気はまさしくアジア」と答えました。

私もイスタンブールは好きで、これまで何度か訪れました。アジア各国を転々としたのちにたどり着いたこともあれば、ヨーロッパを周遊してイタリアから船で入った経験も。どういうルートをとるかで、街の印象はたしかにがらりと変わります。
先週開催されたトルコ共和国大使館でのレセプションで、トルコ航空のトゥーバ・トプタン・ヤブズ日本支社長〔写真〕とお会いした際に、その話題が出たあとで彼女は笑いながら私に言いました。
「秋本さん。これからイスタンブールに行く場合は、ヨーロッパ側からではなく必ずアジア側から、それも日本からの直行便でお願いしますね。もちろん私たちの飛行機を利用して」
トルコ共和国は2010年を「トルコにおける日本年」と位置づけ、国をあげてのさまざまなPRキャンペーンをスタートしました。その一つが、トルコ航空による「ワンナイト・イン・イスタンブール」です。トルコ航空はこれまで、イスタンブールをハブ空港に世界76カ国156都市に就航するネットワークキャリアとして成長を続けてきました。東西文明の十字路であるイスタンブールを起点に、ヨーロッパへ、中東へとどこへ行くにも乗り継ぎがとても便利。そこで、東京からトルコ航空を利用してトルコ以遠に出発する人に、中継地イスタンブールでのホテルを1泊無料で提供しようというのが「ワンナイト・イン・イスタンブール」キャンペーンです。
ヤブズ日本支社長は「とにかく、まずは一晩だけイスタンブールを体験してもらいます。そうして魅力を感じてもらえたら、次の旅行ではゆっくりと心ゆまで滞在を楽しんでほしい。今回のキャンペーンをそのきっかけにしていただけたらと願っています」と話していました。
2010年02月05日
冬枯れの銀杏並木
最近、メディア各社との新規のつき合いがいくつか始まって、この1週間は編集者との顔合わせや企画の打ち合せが集中しました。主だったところでは、今月後半に新聞(全国紙)の文化欄にエッセイを寄稿。3月には月刊誌の特集ページにレポート記事を発表し、そして4月からはWeb媒体での1年間の連載企画もスタートします。

昨年1年間はテレビ・ラジオへの出演や雑誌社からの取材対応などに多くの時間をとられたので、2010年は物書き本来の“書く”仕事に集中したい──そんな気持ちを先日のBlogで伝えたら、さっそくさまざまな媒体から執筆オファーをいただきました。本当にありがたく思っています。
さて、昨日はトルコの新しいデスティネーションキャンペーンに向けた記者会見&レセプションに出席するため、夕方から明治神宮前のトルコ共和国大使館へ。上記メディアとの打ち合せや私用・雑用をその前に市ケ谷と四谷、信濃町で済ませ、少し時間が空いたのでトルコ大使館までのんびり歩くことにしました。
JR中央本線・信濃町の駅前から神宮外苑を経由して青山通りへ。通り沿いのカフェでひと休みしてから、表参道を原宿に向かい、明治通りの交差点を大使館を目指して右に折れました。写真は、途中で歩いた神宮外苑の銀杏並木通りです。寒い一日で人影もまばらでしたが、いい天気で、都心にありながら冬枯れの樹々に覆われた歩道だけは空気がとても澄んでいるように感じられました。
2010年02月02日
5回目の増刷
2007年9月にソフトバンク社から出した拙著『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(サイエンス・アイ新書)の、5回目の増刷が決まりました。下の写真は、表紙デザインに使った初就航前のエアバスA380です。これまで本当にたくさんの人たちに手に取っていただき、心から感謝しています。

この本の「まえがき」を、私は以下のような一文で始めました。
「いま、どちらにいますか? 本書をどこで手にとっているのでしょうか。ちょうどこれから海外に向かうところで、現在は離陸前の機内に──そんな人もいるかもしれません。機体から伸びる主翼を、そしてその向こうに広がる空港の様子を、キャビンの窓越しにワクワクする気持ちで眺めながら」
どの本もそうですが、私は「まえがき」の部分をたいてい取材先の海外で書きます。本文はきちんとスケジュールを空けてオフィスの書斎に缶詰めになって書き上げますが、その原稿を編集部に提出したら、次の海外取材へ──というのがいつものパターン。で、現地のホテルで「まえがき」を書き、その文章の末尾に滞在している国と都市名を入れるのが恒例になりました。『みんなが知りたい旅客機の疑問50』の「まえがき」は、昨年3月の増刷の際に取材でボーイングの工場を訪れていたときに書き直しましたので、最後に「アメリカ・シアトルにて」と記録してあります。
以前、熱心な読者の方から「毎回どんな地名が『まえがき』に出てくるのか楽しみです」といった言葉をいただきました。へえ、こんなところにも注目してくれている人がいるんだな。そう思って、なんだか嬉しくなったのを覚えています。現在はすでに次の著作に向けての取り組みを始めていますが、その「まえがき」には、はたしてどの国のどの都市を書き入れることになるのでしょうか?
2010年01月30日
機内で入国手続き
成田から人気リゾート・バリ島のデンパサールへ飛ぶガルーダインドネシア航空〔写真〕のGA881便で、2月1日よりちょっと便利なサービスが始まります。そのサービスとは、到着前の機内で入国審査などの手続きを済ませてしまうというユニークなもの。他のエアラインにはない試みだけに、注目です。

旅行者はまず、成田空港でチェックイン後にインドネシア入国に必要な短期ビザ(25米ドル)をカウンターで購入し、レシートを受け取ります。出発して機内でのミールサービスが終わると、搭乗機に同乗しているインドネシアの入国管理官が乗客一人ひとりの席に回ってくるので、パスポートといっしょにそのレシートを提示。入国審査済みであることを証明する水色のカードをくれるので、到着したデンパサールの空港でそれを係官に渡すだけで、イミグレーションの列に並ぶことなく簡単に入国できます。
日本からの便は午前11時に発ち、デンパサールには夕方17時35分に到着します。それからすぐにホテルへ向かい、荷物を解いて夕陽を眺めに行ったり、ショッピングや食事に出かけたり──。入国手続きの時間が節約されることで、バリ島の夜を着いたその日からフルに満喫できるようになるでしょう。
このサービス、じつは今回が初めてではありません。ガルーダインドネシア航空は以前もトライアル的に実施していた時期があり、ずいぶん前ですが私も利用したことがあります。世界中を放浪していた頃だから、もう20年以上も前──1980年代の終わりだったでしょうか。当時はフリーライターとして、普段は日曜日や祝日も休まずに働くだけ働き、その後まとめて時間をつくって海外へ。そんな生活を続けていました。日本を発つと、3カ月くらい戻らなかったりして。いい思い出です。また、あんな旅がしたいなあ。
2010年01月27日
人気ランキング
おお、総合第1位は3年連続でシンガポール航空ですか。さすがです。これはダイヤモンドビッグ社が発表した「地球の歩き方/2010年版エアラインランキング」の結果で、2位には昨年の4位から二つジャンプしてエミレーツ航空が、3位には昨年の2位から一つランクを落としてヴァージンアトランティック航空が続きます。以下、4位がキャセイパシフィック航空(前年5位)で5位がルフトハンザ(同10位)──。

1位から10位までの顔ぶれは、アジア系が5社、ヨーロッパ系が3社、中東系が2社です。アメリカ系は残念ながら入っていません。20位までの中では、18位にアメリカン航空が、20位にエア・カナダがかろうじて顔を出しています。ちなみにANAは12位、JALは16位でした。
アメリカ系エアラインの関係者から、よく「うちの会社は人気がなくて……」と嘆く声を聞きます。それに対する私の返答は「あまり気にする必要はないですよ」ということ。調査対象をどこに置くかで、人気ランキングは結果が変わってきますから。アンケート回答者の多くを男性旅客が占めていれば、若い乗務員を配置して“笑顔のサービス”を売りにしているアジア系にどうしても人気が集ります。反対に、女性ビジネス客からは「ベタベタしたサービスは要らない。安全第一で時間どおりに飛んでくれればそれでいいので、あとはシートで仕事に集中させてほしい」といった声も。そういう人たちの中には、アメリカ系の支持者も少なくありません。
ただしシンガポール航空に関しては、どの人気ランキングにも必ず上位に顔を出しているのも事実です。何時間かのロングフライトを終えて目的地に降り立つと、乗客たちは「やれやれ」とか「やっと着いた」と言ってホッとした表情を見せます。が、シンガポール航空の機内では乗客から何度かこんな言葉を聞きました──「え、着いちゃったの? なんだあ。もう少し乗っていたかったなあ」。これ、なかなか言ってもらえる言葉ではありません〔写真はシンガポールからシドニーへのフライトで出会ったCAたち〕。
2010年01月24日
静かな週末
デスクに向かう時間が続いています。進めているのは、主婦の友社から今年春に出版になる書籍の校正作業。やはり航空関係の本ですが、今回は私は著者ではなく監修者として関わっていて、その最初の原稿(第一稿)が編集部から送られてきました。

別のライターの方が書いた原稿の内容を、最初から最後まで一つひとつ入念にチェックし、間違った記述の指摘やこう書き直した方がいいといったアドバイスを赤ペンで細かく指示していきます。今週半ばには戻さないといけないので、この週末は書斎を離れることができません。まさに“缶詰”の状態です。
とはいえ、一日中デスクに向かっていては、集中力が持ちません。作業の頃合いを見てコーヒータイムを入れたり、気分転換に散歩に出てみたり。オフィスから歩いて20分ほどの高台に、富士山を眺望できる絶好の場所があります。夕方近くにカメラ持参で出かけ、視線を遠くに解放して疲れた目と頭を休めてきました〔写真〕。
いまはまた書斎での作業に戻っています。しかし、物書き本来のこういう孤独な時間が、私は決して苦痛ではありません。考えてみると、昨年は書く以外の仕事で忙しすぎました。もちろんいい物を書くには、取材活動も欠かせません。大切なのは、表現(アウトプット)する時間と、そのための材料を収集(インプット)する時間のバランスですね。
旅をしているか、物を書いているか──今年はそんな1年にしたいなと思います。余計なことに目をくれず、書く時間をしっかりと生活の中心に据えて。先ほど、富士山に向かってそんな小さな誓いを呟きました。
2010年01月21日
2000年代を英語で何て?
今朝、仕事を始める前に手元にあった英語版『TIME』誌の12月28日/1月4日合併号〔写真〕をぱらぱらとめくっていたら、あるコラム記事に目が止まりました。タイトルは“Brief History Naming the 2000s”──日本語に訳すと「2000年代を何て呼ぶ?」。

1990年代は英語で“the 90s(the Nineties)”と表し、1980年代は“the 80s(the Eighties)”です。でも、2000年から2009年までの10年間は“the 00s”とは書いても、言葉に出して呼ぶことができません。このことはアメリカやイギリス、オーストラリアなど英語圏の国でもうだいぶ前から議論になっていて、その呼び方については各国のメディアや識者からさまざまな案が出されてきました。たとえば、以下のような──。
“the Ohs”(オウ年代)
“the First Decade”(最初の10年)
“the Aughts”(零年代)
“the Zeroes”(ゼロ年代)
“the Double Os”(ダブル・ゼロ年代)
うーん。どれも、いま一つ。いずれの案も採用には至りませんでした。いっそのこと“the 2000s(the Two Thousand's)”ではどうかという意見もあったそうですが、日本語でも「2000年代」とすると、2000〜2009年の10年間だけでなく2000〜2099年の1世紀を指す言葉にもなりますし、2000年から2999年の千年紀にもとれてしまい曖昧です。
というわけで、21世紀最初の10年は終わってしまったものの、まだ命名ができていません。後にこの10年を振り返るとき、「○○年代は良かったなあ」という言い方はできないのです。もっともこの10年は、アメリカの同時多発テロに始まり、SARSや、最近ではリーマンショックに新型インフルエンザと暗い話題が多く、あまり振り返りたくないと思う人も多いかも知れません。
そうであるなら、むしろこれからの10年間をいい思い出にするためにきちんと命名しておいたほうが──と、コラムを書いた記者は提案します。そうしてあれこれ考え始めるのですが、じつは2010年から2019年までの英語での呼び方も、同じように難しい。“the Teens”はどうか? いや、Teenは「13から19」のことだから、適さない。では、“the Tweens”では? こちらは一般に「12」くらいまでなので、やっぱりダメ。試行錯誤のあげく、最後に記者は投げやりな感じでこんな言葉でコラムを結びます。“Here we go again(また同じことの繰り返しだあ!)”
2010年01月18日
巨人機、世界の空へ
“空飛ぶホテル”の異名をもつエアバスのオール2階建て機A380の就航路線が、世界に広がっています。その機体の先進性や実際のフライトの豪華さ・快適さについては、私も拙著『エアバスA380まるごと解説』(サイエンス・アイ新書)で報告しました。これまでに多くの読者から「私も乗ってきました!」「素晴らしい体験でした!」といった便りが届いています。

A380の世界初就航は、シンガポール航空によるシンガポール/シドニー線でした。シンガポール航空はその後、ロンドン、東京、パリ、香港、メルボルンと就航路線を拡大し、今年3月28日には7番目の就航地となるシンガポール/チューリッヒ線への導入も決定しています。
エアバス社は2009年に計10機のA380をエアライン各社に納入しました。シンガポール航空のほかでは、エミレーツ航空がドバイからロンドン、シドニー、オークランド、バンコク、トロント、パリ、ソウルの8都市へ、カンタス航空がシドニー/シンガポール/ロンドン線やシドニー/ロサンゼルス線などに導入。さらに2009年11月にはエールフランス航空もパリ/ニューヨーク線への導入で欧州最初のA380運航エアラインとなり、現在は成田線での運航準備を進めています。
A380の活躍舞台が世界の空に広がり、今後は乗る機会もますます増えるでしょう。私はちょうど1年前の2009年1月以来、残念ながらしばらく利用していません。今年は個人的なテーマでヨーロッパの数都市を訪ねる予定があるので、そのうち1回はシンガポール航空のA380を利用し、成田からシンガポール経由でパリかロンドンへ向かおうと計画しています。
2010年01月15日
再生への道
このところ、メディア各社から取材を受けたり見解を求められたりといったことが続いています。テーマはご想像のとおり、JALの今後について。一般の読者の方々からも「JALはどうなってしまうんですか?」といった心配の声が絶えません。

会社更生法の適用申請──つまりナショナルフラッグキャリアを事実上倒産させるということで、世間は大騒ぎしていますが、じつは海外では多くのエアラインが同じ経験をしています。JALへの“救済話”を持ちかけているアメリカのデルタ航空も、2001年の同時多発テロ以降、旅客重要が低迷して経営が行き詰まり、2005年9月にアメリカの会社更生法にあたる「チャプター11(連邦破産法第11条)」の適用を受けました。その状況下でコスト削減を中心とする大胆な改革を進め、1年半後には再生を果たして株式も再上場しています。
デルタ航空はその後、ノースウエスト航空と合併し、世界最大のエアラインになりました。その合併相手であるノースウエスト航空や、同じくアメリカ大手のユナイテッド航空もやはり同時期にチャプター11の適用を申請して再建への道を踏み出しています。
要はJALも、できるだけ早く具体的な再建プランのもとで動き始めるべきでしょう。そうして積み重ねてきた債務を整理し、黒字化に向けた新しいビジネスモデルをつくっていってほしい。もちろん社員のリストラや不採算路線からの撤退を進めても、利用者がJALを信頼してためてきたマイレージはしっかりと保護し、サービス面ではむしろ強化していかなければなりません。「やっぱりJALに乗りたい」──そう思うファンを増やすことが、結局は再生への道に直結するのですから。
2010年01月12日
史上最強のグッズ
下の写真──キャリーバッグをそのまま小さくしたようなこの洒落たケースは、ルフトハンザがファーストクラスの搭乗客にのみ配布しているアメニティポーチです。正真正銘のリモワ製で、2008年夏に新しく登場しました。

発表されたとき、このBlogで「これ、欲し〜い!」という文章を書いたところ、去年フランクフルトを取材で訪れた際にルフトハンザの関係者から「ひとつ記念にどうぞ」ともらってしまいました。
エアライン各社の上級クラスを利用すると、さまざまなアメニティキットが手に入りますが、私は機内でそれらをほとんど使いません。歯ブラシセットなど簡単な洗面用具はすべて自前のものをバッグに入れてありますので。持ち帰ったキットは、そのままケースごと誰かにプレゼントしてやると、とても喜ばれます。
で、ルフトハンザのこのアメニティポーチも欲しい人がいたらあげようと思っていたのですが、これがじつはマニアの間で相当な人気商品であることが判明しました。先日、あるエアライングッズ専門店で1万6,800円の値が付いていたのを発見して、ビックリ! 店の人に聞くと、“Lufthansa”と“RIMOWA”のダブルロゴ入りのこのポーチは「史上最強のエアライングッズ」との呼び声も高いのだとか。「だから、あげちゃあもったいないですよ」とクギを刺されたのですが……。
でも、私が持っていても仕方ないしなあ。私、モノに対する執着心がどうも欠落していて。誰かに「欲し〜い」とせがまれると、きっと断ることができないかも。近々お会いする予定の方、もし興味があれば、声をかけてみてください(笑)。
2010年01月09日
キリマンジャロ
本を何冊か小さなバッグにつめて、午後からオフィス近くの行きつけのカフェでへ。マスターに「いらっしゃい。いつもので?」と訊かれて「お願いします」と答えたら、しばらくしていい香りのキリマンジャロがテーブルに運ばれてきました〔写真〕。

マスターが「いつもの」と言うコーヒー銘柄がタンザニア産のキリマンジャロになったのは、昨年の夏頃からでしたでしょうか。それまでは、エチオピア産のモカがずっと私の定番だったのに。
標高の高い地域でとれるコーヒー豆は良質で、キリマンジャロも酸味が香ばしくて好きな銘柄の一つです。が、私はそれ以上にモカの大ファンでした。そのモカが、いま危機に瀕しています。
エチオピア産のコーヒー豆から日本の定める基準値を超える農薬が検出されたのは、一昨年の春でした。原因はいまも特定されていません。結果、業者は輸入を控えざるを得なくなり、昨年の輸入量は例年の10分の1以下に。豆が調達できないため、多くのカフェのメニューから「モカ」の名前が消えました。
「マスター。モカ、まだ入ってこない?」
「だめですね。当分、期待できないんじゃないですか」
そんな会話を、この1年間で何度交わしたことか。私が注文するのは以来、ずっとキリマンジャロになり、その味に舌もすっかり慣れてしまいました。
さて、これから午後の読書のひとときです。今日はアメリカの文豪ヘミングウェイの小説『キリマンジャロの雪』も持ってきているので、酸味の利いたテイストを楽しみながら、この豆の産地であるアフリカ最高峰の山に思いを馳せようかな──なんて考えています。
2010年01月06日
新春セミナーのご案内
日系エアラインの旅客スタッフとして成田空港で働くFさんは、学生時代に留学していたアメリカ西海岸のあるテーマパークでアルバイトをしていたそうです。その当時のことを、彼女はこんなふうに話してくれました〔写真はイメージ〕。

「来園されるお客さまに、ゲートで『Enjoy!(楽しんでね)』とか『Have a nice day!(よい1日を)』とお迎えするのがとても楽しかったんです。ゲートをくぐると、この先に夢と希望がいっぱいの世界が待っていますよ──という気持ちを込めて。その体験が忘れられなくて、将来は笑顔でお客さまを出迎えたり見送ったりする仕事に就きたいと思うようになりました」
なるほど。旅客スタッフとは、新しい世界や未知なる国へ人々が気持ちよく旅立っていけるようサポートする仕事といえるかも知れません(以上は拙著『みんなが知りたい空港の疑問50』より)。空港で私たちが最初に接する旅客スタッフや、フライトで出会う客室乗務員たち。その一人ひとりが、それぞれの動機で“空の世界”を目指し、現在の仕事を手に入れました。取材で多くの人たちに話を聞いていると、エアライン業界が本当に夢のある舞台であることを実感します。
金融危機に端を発する世界同時不況の影響で現在、エアライン業界もとても厳しい状況に置かれています。が、こういう時代にこそ、各社は知恵と努力を結集して“空の旅”をより進化させていかなければなりません。そのために何よりも必要なのが「人の力」です。
そこでこの2月に、航空業界を志望する人たちに向けた新春応援セミナー『秋本塾』を、エアラインスクール「ARK ACADEMY」で開催することになりました。これまで世界の空を旅し、1,000人以上のエアライン関係者と接してきた経験をもとにこの業界の魅力と現状をお話しするとともに、サービスに当たる第一線の現場や人事担当者らの本音をお伝えするため現在さまざまな角度から最新情報の取材も進めています。
客室乗務員や旅客スタッフ、総合職としてエアラインへの就職を目指す人たちのみならず、すでに何らかの形で業界に携わっている人たちにとっても有意義な業界研究セミナーにしたいと思いますので、どうぞふるってご参加ください。詳細はこちらから。
2010年01月01日
謹賀新年'10
あけましておめでとうございます。

いよいよ2010年代に突入ですね。数えてみると昨年は計14回も取材で海外に出て、本当に忙しい、しかし充実した1年でした。それらの旅をお手伝いしてくれた方々に、そして各国で知り合いお世話になった方々に、改めて感謝を申し上げます。
さて、今日から始まる2010年は、どんな出来事が待っているのでしょうか。帰国便の機内から朝日を眺めていたら、新しい年への期待が高まりました。今年も“世界の空”を旅し、人と人との出会いを通じての大小さまざまなドラマを、一人の旅人の視点からみなさんにお伝えしていきたいと思っています。
みなさんにも、新しい思い出の1ページが刻まれるような素晴らしい旅の機会が多々訪れますことを、心よりお祈りしています。
2010年元旦 秋本俊二
2009年12月28日
サンダカンの丘から
ボルネオ島の北東、サンダカンという東マレーシアの小さな街に来ています。うまい具合に連続して空いた年末の時間を利用して、急きょ旅に出ることを思い立ちました。

このBlogでは主に航空ジャーナリストとして「エアライン」や「空の旅」についてつづっていますが、私はほかに作家として追っている個人的なテーマをいくつか持っていて、今回の渡航目的もその一つに関連するものです。昨日の夕方、クアラルンプールに入り、今朝一番の便でサンダカンに到着。そこから車で市内へ移動し、南シナ海に面した坂の多い港町を半日かけてのんびり歩きました。
街の中心部の北側、小高い丘の上には、1934〜52年にこの地に滞在した作家アグネス・キースが住んだコロニアル風の民家が復元・保存されています。だいぶ汗もかいたので、同じ敷地内にある「イングリッシュ・ティーハウス」で30分ほどティータイムをとることに〔写真〕。サンダカンにはまた、かつて日本の貧しい農村や漁村から娼婦として売られていった「からゆきさん」たちが眠る日本人墓地があります。休憩後、ティーハウスから東の方向へしばらく歩いて古い石段をのぼりきったところに、それは港を見下ろすようにひっそりとたたずんでいました。
さて、明日予定している現地在住の人たちへのインタビューを終えたら、すぐに帰国の途につかなければなりません。Blogの更新は今日が今年最後になります。お世話になった方々、そして読者のみなさん、1年間ありがとうございました。また来年、元気で、笑顔でお会いしましょう。2010年がみなさんにとって、充実した実りある、楽しい1年になりますように。
2009年12月25日
ANA塗装の787
世界中のファンたちが待ちわびたボーイング787の初飛行から1週間。日本時間の23日未明には、テストフライト用1号機に続いて2号機がペインフィールドから離陸し、高度1万3,000フィートを時速370キロで航行して約2時間後にボーイングフィールドへ着陸しました。

ANAの広報スタッフが届けてくれた上の写真が、その様子です。ご覧のように、2号機のボディに施された塗装はローンチカスタマーのANAカラー。量産1号機を2010年末までに受領し、2011年初めに世界初就航というスケジュールが、いよいよ現実味を帯びてきました。
もちろんそれまでには、今後約9カ月間、計6,800時間におよぶ過酷な条件下でのテスト飛行をクリアしていかなければなりません。離陸滑走中のエンジン停止や滑走路上での急ブレーキ試験、上空からの急降下や横風着陸試験、氷点下55度の寒冷地でのエンジン始動や落雷試験など──。その経緯と成果については、今後も逐一報告していきたいと思います。
ANAにとっては、2010年はさまざまな意味で飛躍の年になりそうですね。スカパー「旅チャンネル」で放映中の情報番組『世界のエアラインガイド』では、いよいよ今日からANA編のオンエアがスタートです。
2009年12月22日
ハブ空港とは?
最近、テレビなどのニュースで「ハブ空港」という言葉をよく聞くようになりました。なかにはワケ知り顔で「ハブ空港とは大都市の大きな空港のことだよ」などと解説している人もいますが、残念ながら違います。

ハブ空港が大都市に置かれるケースが多いのは事実ですが、大都市にあればすべてハブ空港かというと、そうではありません。優れたハブ空港には、各地からの便がほぼ同じ時間帯に到着し、さらにその1時間か1時間半後には再びそこから各地へ向かう便が飛び立っていく──そんな仕組みができあがっています。
では、ハブ空港で乗り換える場合に、通常どれくらい時間的な余裕を見ておけばいいのか? その際に参考になるのが、空港ごとに定められた「ミニマム・コネクティング・タイム(MCT)」です。これは乗り継ぎに必要な“最低時間”を示したもので、乗り継ぎ時間がMCTに満たないときは、航空券の予約・発券はしてもらえません。
たとえばデンマークのコペンハーゲンやドイツのミュンヘン、オランダのアムステルダムなど乗り継ぎに便利なハブ空港が多いヨーロッパで、「25分」という最も短いMCTを設定しているのがオーストリア航空のハブであるウィーン国際空港です〔写真〕。
先週発売になった新著『みんなが知りたい空港の疑問50』ではハブ空港の概念を図を使ってわかりやすく解説し、またウィーン空港についてもカラー写真入りで紹介していますので、興味のある方はご覧になってみてください。
2009年12月19日
グアムからフィジーへ
以前のBlog「フィジーへの新ルート」でも報告したコンチネンタル航空のグアム/フィジー線の就航第1便が、現地時間の今朝8時30分(日本時間4時30分)にナンディ国際空港に到着しました。フィジーは世界で最初に朝を迎える国で、上空の機内から眺める朝日の美しさには私も感動したことを覚えています〔写真〕。

さて、初便となったCO948便は、ほぼ満席で昨夜22時50分にグアム国際空港を出発。取材のため同便に搭乗していた記者からは「到着したナンディ国際空港ではポリスバンドによる歓迎の音楽などで盛大に出迎えられた」と報告がありました。
その取材には私の知人の写真家らも参加しています。ナンディ国際空港に到着した一行は、そこから小型機に乗り継いで人気のリゾート、マナ島へ。彼らはそこでも陽気で人懐こいフィジアンたちにギターの生演奏とコーラスで迎えられ、いまごろはきっと、思い思いに“真夏のクリスマス”を楽しんでいることでしょう。
2009年12月16日
新著が発売に
この秋に執筆を進めてきたサイエンス・アイ新書シリーズの新しい著書『みんなが知りたい空港の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ)が、発売になりました〔写真〕。各地の空港や都心部の大手書店では本日から、それ以外でも今週中には並び始めると思いますので、見かけたらどうぞ手に取ってみてください。

全体には次の5つの章で構成し、計50の疑問に答える形で空港の楽しみ方や基本構造、海外のユニークな空港などを紹介しています。
第1章/空港を楽しむ・利用する
第2章/空港の“キホン”を知る
第3章/空港で働く
第4章/空港の未来技術に触れる
第5章/世界の空港を探検する
第3章の「空港で働く」では、エアライン業界を目指す人たちの参考になればと、空港を舞台にした多種多彩な仕事にスポットを当てました。空港は利用する人にとっても働く人にとっても本当に楽しい場所で、その魅力について私はこんなふうにも触れています。
「この文章をいま、中国・北京首都国際空港の空港ラウンジで書いています。帰国便の搭乗開始を待ちながら。(中略)世界中からさまざまな目的をもった人たちが集まり、出会いと別れのドラマの舞台となる空港は、とてもエネルギッシュで魅力的な場所です。『空港』をテーマにした本書の執筆過程では、私自身にも多くの発見があり、興味も広がりました。帰国してこの原稿を担当編集者に渡したら、私はまた次なるテーマに向かいたいと思います。この本が書店にならぶ頃には、私はまた違う国の空港に降り立って、新しい旅を始めているかもしれません」(本書「はじめに」より抜粋)
2009年12月13日
787、初フライトへ
間近に迫ったボーイング787の初フライトの日程について、世界中が注目するなか、同社から急きょ「15日(火)に実施する」と発表がありました。ボーイング関係者は「最低でも実施1週間前には公表する」言っていたので、びっくりです。

先日のBlogでもお知らせしたとおり、初フライトはクリスマス前というのが大方の見方でした。私も18日(金)か21日(月)のどちらかだろうと予測し、17日発または20日発の便でシアトルに飛ぶ予定も立てていたのですが──。明日の14日と15日、16日の3日間は取材&打合せ、テレビ出演、イベント参列などの予定が立て込み、日本を発つことができません。
もちろん、関係者や多くのファンが待ち望んだ初フライトの実施が正式に決まったのはとても喜ばしいことです。地上での走行試験の成功や社内での最終見直しを経て、連邦航空局の了承が出ることが前提ですが、おそらく発表どおり15日の実施で間違いないでしょう。“Xデー”をめぐる噂は、当初のクリスマス直前から18日、そして15日と次第に早まり、主翼と胴体接合部分の改修を終えて地上での各種試験も順調に進んでいることをうかがわせていました。
開発当初の予定からおよそ2年4カ月遅れで、ドリームライナーがいよいよ大空に舞います。その現場に立ち会えないのは残念ですが、昨日の夕方、懇意にしているANAの広報担当から「私が現地に飛びます」と連絡が入りました。当日の様子については、彼の帰国後にゆっくり報告を聞こうと思います。787初フライトの成功を祈っています。
2009年12月10日
啓徳空港の思い出
香港へ飛ぶ用事があるとき、私は必ず右側の窓側席をリクエストしていたことを思い出します。前方に目的地が見えてくると、旅客機は少しずつ高度を下げて空港へ進入し、着陸直前になって右に急旋回。右側の窓からは九龍の繁華街が手の届きそうな距離に見え、スリル満点でした〔写真〕。

それも、もう遠い昔の話です。旧香港国際空港──通称「啓徳(カイタック)空港」は1998年、香港の中国返還の1年後にその役割を終えました。
世界には、本当にさまざまな空港があります。毎日25万人が利用する世界一巨大な空港から、海岸線の砂浜に小型機が水飛沫をあげて着陸する空港まで。取材中に、敷地内で地ビールを製造している空港にも出会いました。
間もなく刊行になる新著『みんなが知りたい空港の疑問50』(サイエンス・アイ新書)では、第5章に「世界の空港を探検する」という項目を設け、私がこれまで訪れた各国のユニークな空港を紹介しています。いよいよ来週、発売です!

TOKYO FMで平日朝6時から放送の「中西哲生のクロノス」にゲスト出演。時事的なテーマについて解説する「WONDAモーニングショット」(7時〜)で話題の“激安航空”を取り上げ、さまざまな角度からお話しします。
新著『