2010年03月08日

旅客機運航の舞台裏

 
刷り上がったばかりの『月刊公明』4月号が編集部から送られてきました。「ヒューマン・ルポ/旅客機運航の舞台裏を追う」と題する計8ページのルポルタージュを発表しています〔写真〕。


私の寄稿する媒体は、総合誌からビジネス・経済誌、情報誌、旅行誌、航空専門誌まで多岐にわたります。『月刊公明』はその中でも珍しい部類に入るかも知れません。名称からわかるとおり公明党の機関誌ではありますが、担当編集者いわく「党派や政治色に偏らない雑多なメディアを目指しています」というのが編集の基本方針。いまから1年半ほど前に「全国の一般読者にエアラインの世界の現状や楽しさをわかりやすく伝えるレポートを書いてほしい」との依頼があり、ときどき寄稿するようになりました。

「おはよう!」
 ベテラン機長から背中越しに声がかかると、若い副操縦士はやや緊張した面持ちで振り返った。
「あ、機長。おはようございます。本日はよろしくお願いします」
 二人が揃って姿を見せたのは午前11時を回ったときだった。ここは空港に隣接する運航乗務員のオペレーションセンター。その日のフライトに乗務するパイロットは、決められた時間になると出社してくる。出勤時間は出発時刻のおよそ1時間半から2時間前で、これは国際線も国内線も変わらない。
 彼らの仕事は、コクピットに入る前からすでに始まっている。


レポートはそんなシーンから始まり、まざまな職種や部署の人たちと力を合わせながらの出発までの準備の様子と、すべてを整えて離陸するまでを詳細にわたって描写しています。『月刊公明』は一般の書店で手に入らないのが残念ですが、公明党の出版販売部で購入できますので、興味のある方はどうぞ。

2010年03月06日

ジャンボ・ホステル

 
ロンドンに在住の知人のTVプロデューサーと、メールを使って久しぶりに会話をしました。「どう、元気にしてる?」「頑張ってますよ〜」といった感じで。そんなやりとりの中で、彼女が「そういえば最近、ヨーロッパではこんなのが話題になっていますよ」と知らせてくれたのが、スウェーデンの首都ストックホルムのアーランダ国際空港に1年ほど前にオープンしたユニークなホテルです。


古くなって現役を退いたジャンボ旅客機(ボーイング747-200)を改造した、世界でも珍しいホテルです。空港近くでユースホステル事業を始めたいと考えていた起業家のオスカー・ディオス氏がこの退役機に目をつけました。

キャビンに450席あったシートはすべて取り払い、ベッド3台ずつを収容した25の部屋とシャワールーム、トイレ、カフェなどを設置。見晴らしのいいコクピットは、ご覧のようなスイートルームに生まれ変わりました〔写真〕。

オープン1周年を迎えた今年1月には、ホテル側から「世界中の旅行者から予約が絶えません」といったコメントが発表されました。ドアを入ると、CAの制服を着た受付嬢が出迎えてくれるのも人気の秘密のようです。料金はリーズナブルで、コクピットのスイートルームでも日本円で3万5,000円程度。地上に降りて動かない旅客機には私は興味がありませんが、マニアにはたまらないかも知れませんね。

2010年03月03日

3月3日は何の日?

 
3月3日は──ひな祭りで、ミミの日で、そして私の長男の誕生日です(男の子なのに)。あ、そんなことは、このBlogの読者にはどうでもいいことですね。失礼しました。じつは日本のエアライン業界にとっても、3月3日は歴史的な日です。


成田空港にはその日、朝から大勢の報道陣が集まっていました。彼らの視線の先で「創業以来の夢がやっと実現した」と満面の笑みを浮かべたのは、当時のANA社長、中村大造氏です。ANAの東京/グアム線新規就航セレモニーで中村社長が口にしたその思いは、どの社員も同じだったに違いありません。多くの関係者たちが拍手で見送るなか、乗客287人を乗せたL‐1011トライスター〔写真〕はグアムに向けて離陸しました。いまから24年前──1986年3月3日のことです。

「社内的にも、ものすごい盛り上がりでしたよ。それまでは業界のすみ分けルールがあって、私たちは国際線の定期便はいっさい飛ばすことが許されなかったわけですから」と、のちに幹部の一人が私に語りました。「86年3月3日のグアム線就航で、ANAはついに念願だった国際線の扉を開いたのです」

その後は米国本土や中国、オーストラリアなどに着々と路線網を拡大したものの、しかしANAの国際線ビジネスは決して順風満帆だったわけではありません。この24年間は、まさに試行錯誤とチャレンジの繰り返しでした。

さて、今年は新しいプロダクト&サービスの導入や羽田のD滑走路開設にともなう国際路線網の拡充、ボーイング787の1号機受領などのビッグイベントが目白押しです。国際線就航から25年目を迎えた2010年は、ANAにとって近来にない大きな転機の年になるのではないか。ちょうど「3月3日」に日付が変わったいま、そんなことを考えながら、この文章を書き進めています。

2010年02月26日

パリの思い出が……

 
思い出の詰まった曲、というのがあります。その音楽を聴くと、自分がある時代にふっと引き戻されていくような。たとえば、クラスの女の子に心ひかれた小学校高学年の頃に。たとえば、野球に明け暮れた中学校の3年間に。そしてたとえば、旅に目覚め、夏休みや春休みになるとバックパックを背負って北海道から沖繩までを放浪した高校時代に──。


最近、いまから20年ほど前に流行ったある曲をYouTubeで検索して見つけ、それを繰り返し聴いていました。深夜に、書斎で照明を落として、軽くお酒を飲みながら。その曲に身をゆだねるとよみがえってきたのは、パリの街なかを当時、ウォークマンを胸ポケットに入れてレンタサイクルで走り回った記憶です〔写真はそのときに撮ったシャンデリゼ通り〕。

懐かしい音楽とともに過ごすひとときは、仕事を終えたあとの癒しの時間でした。それが大失敗だったことに気づくまでは。というのも、いまになって繰り返しその曲に触れたことで、そこにセットになっていた当時のパリの思い出が「現在の記憶」に塗り変わってしまったようなのです。同じ曲を聴いても、悲しいことに、もうあのときのパリの情景が浮かんでこなくなりました。何年かして改めて聴き直してみても、きっとその曲に貼り付いているのは、原稿書きにひーひー言っている2010年2月の記憶でしかないのでしょう。

みなさんも、思い出がセットになっている曲は、ごくたまに忘れた頃に聴く程度にとどめておいてくださいね。大切な記憶をリセットしてしまわないためにも。私は思い出をもう一度つくり直すために、この4月にプライベートでパリに飛ぶことを決め、今週チケットを申し込みました。


S.Akimoto at 23:44|PermalinkComments(1)clip!ヨーロッパの旅 

2010年02月23日

お笑い出身

 
今日の夜、フジテレビ系列で“ピン芸人”の日本一を決める「R-1ぐらんぷり」の生放送がありました。司会者の話では、今年は過去最多の3,539人がエントリー。これとは別に、テレビ朝日系列では漫才の日本一を決める「M-1グランプリ」を、TBS系列ではコントの王座を競う「キングオブコント」を開催しています。お笑いブームはずっと続いているようですね。


そういえば、この4月にANAに新卒社員として入社してくる客室乗務員の中に、昨年のM-1出場者がいるそうです。先日インタビューした同社の人事担当者が教えてくれました。決勝大会までは進めなかったそうですが、どんな人なのでしょう。いずれ彼女が訓練を終えて乗務につき始めたら、私も世界のどこかの空で会えるかも知れません。楽しみです。

2011年4月入社の新卒社員の募集要項も、ANAから発表になっています〔写真は同社採用HPより〕。客室乗務員の募集人数は、ここ1、2年よりも50名ほど少ない200名。いまごろはきっと、空の仕事を夢見る多くの人たちがエントリーシートに向き合っていることでしょう。人事担当者も「今回の採用活動でも、またいろいろな“個性”に出会えることをいまから楽しみにしています」と話していました。

2010年02月20日

飛機如何飛上天?

 
本日のBlogタイトル──これ、何だかわかりますか? 中国語(北京語)です。日本語に訳すと「飛行機はどのように飛んで天に昇りますか?」。じつは翻訳された私の著書『みんなが知りたい旅客機の疑問50』の中国語版タイトルで、台湾の晨星出版社から最近発売になりました。


まだ私にも見本が届いていないのですが、今週、上海で会った人たちとのディナーの席でこの本のことが話題に。で、そうだ、日本の読者のみなさんにも一応ご報告だけはと思い立ちました。

上の写真がその表紙です。オリジナルとはずいぶん違いますね。サブタイトルは「從機場發現50個航空常識」で、これは「空港で航空の50の常識を発見する」という意味だそうです。その下の著者名は漢字で「秋本俊二」のままですが、これは中国語だとどう発音するんだっけ? 地元の人に教わってきたのですが、飲みながらだったので、忘れちゃいました。

台湾で発売になったのに続いて、中国の出版社との契約も済み、翻訳作業が現在進んでいます。中国語圏は広いので、さまざまな国の人たちに手にとってもらえるようになるといいなと思っています。

2010年02月17日

上海だより

 
今年5月1日からの万博開催を控えた街の様子を取材するため、上海に来ました。天気はよく、気温も東京と同じくらいだと思うのですが、実際はすごく寒い! ビル街の無機質な壁に風がはね返って舞っているせいか、空気がとても冷たく感じます〔写真は旧「石庫門」のレンガ建築が残る新天地〕。


中国での万博初開催が決まったのは、2002年の12月でした。モンテカルロで開かれた国際博覧会事務局総会での各国代表による投票で、候補にあがっていたのは上海(中国)のほか麗水(韓国)とモスクワ(ロシア)、ケレタロ(メキシコ)、ブロツラフ(ポーランド)の5都市。それぞれが果敢に誘致合戦を進めてきたものの、どこも総票数の3分の2以上にはなかなか届かず、4回目の投票で上海が麗水に20票差をつけて万博開催を勝ち取りました。

私はそのときも、いまと同じように上海にいました(あれは何の取材で来ていたのだっけ?)。南京東路の広場の巨大スクリーンで地元テレビ局が生中継で結果を伝えると、集まった数千人の市民からわき起こる大歓声。花火の音を合図に、年配の人々が手にした小旗を振り上げ、広場のあちこちで若者たちが誰かまわずに抱き合いはじめました。目が合ったふくよかな女性が両手を広げて私のほうにも向かってきたのですが、あまりの体格のよさに怖くなり、あわてて避難したのを昨日のことのように覚えています。

そんな当時のことを思い出しながら、私は先ほど、約束していた現地の関係者二人と新天地の一画にあるカフェで合流。上海の現状や今後のことについて2時間ほど意見を交換し、いったんホテルに引き上げました。

──と、ここまで読んで「えー、うちの原稿は?」と声をあげた新聞社のMさんと雑誌編集部のTさん。大丈夫ですよ(笑)。明日と明後日の締め切りはちゃんと守るため、仕事はこっちに持ってきていますから。これからディナーに出ますが、今日は“夜遊び”もほどほどに、早めにホテルに戻ります。その後は朝まで原稿書きに集中し、明日午前中の便で帰国する予定です。

2010年02月14日

ルフトハンザの巨人機

 
エアバスのオール2階建て機A380が世界の空を舞い始め、すでにフライトを体験した人たちの間ではそのゴージャスさが話題になっています。今年5月には、ドイツのルフトハンザもいよいよ第1号機を受領。塗装が完了した1号機に「フランクフルト・アム・マイン」と命名したことが、先週同社から発表されました〔写真〕。


アム・マインとは、ドイツ語で「マイン川沿いの」の意味。ドイツには旧東ドイツ側の、ポーランドとの国境近くにフランクフルトという同じ地名のついた街が別にあるため、国内ではアム・マインを付して呼ばれます。ちなみにハンブルグのエアバス社施設に到着している2号機は、ルフトハンザのもう一つのハブ空港がある「ミュンヘン」と命名される予定だそうです。

さまざまな革新技術が導入されたA380には、じつは塗装にも下塗剤と希釈剤、硬化剤のみを混合した静電気スプレーによる新しい手法が用いられています。これにより、約200リットルの塗料削減に成功しました。一般に旅客機の塗装に必要な塗料の量は、ジャンボ機(ボーイング747)クラスで約600リットル程度ですので、200リットルの削減は環境保護の面でも間違いなく効果的です。

さて、気になるのは、ルフトハンザのA380の就航路線です。1号機と2号機はアジア線と北米線に投入すると同社は発表していますが、具体的な路線についてはまだ明言していません。私が昨年、フランクフルトで経営陣と話した印象では、アジア線ではまずは香港あたりが有力でしょうか。しかし成田/フランクフルト線もロードファクター(利用率)が常に高く、ビジネス需要を中心に満席の日も珍しくありません。チケットが取れず、仕方なしに羽田から関西へ移動して関西発の便でフランクフルトに向かったことも何度かあります。

そんなロードファクターの高さを考えると、3号機、4号機の受領後は早い時期に成田線への投入プランが浮上するのでは? 私は期待も込めて、そう予想しています。

2010年02月11日

セミナー準備

 
昨年秋、取材で中国・北京へ向かう機内でのことです。ANAの905便が成田を発って1時間。水平飛行に移り、座席のテーブルにノートPCを広げて書き物をしていたら、やがて昼食のサービスが始まりました。


「お食事、少しあとでお持ちしましょうか」

私にそう声をかけてくれたのは、担当のチーフパーサーです。仕事の調子が乗ってきていただけに、彼女の申し出はありがたかったですが、中国線はわずか3時間半のフライトでサービスできる時間も限られているはず。心遣いには感謝しながらも、そう思って「いちいち個別に対応していたら大変でしょう」とPCを片づけ始めたら、彼女は首を振ってこう言いました。

「限られた時間だからこそ、マニュアル通りではない、パーソナルなサービスが大事だと私たちは考えています。短時間のフライトでできるだけお客さまと接点をもち、心からの“おもてなし”を感じていただくことが、ANAを知っていただく近道ですから」

さて、当Blog右欄の「Information」コーナーでもお知らせしているように、明後日(2月13日)にエアライン業界を目指す人たちに向けた応援セミナーを開催します。今日は書斎で朝からその準備を進めていたら、あのときの彼女の言葉をふと思い出しました〔写真はANA客室乗務員の拠点である成田スカイセンター〕。

マニュアル通りの一律なサービスではない、もう一歩進んだ“パーソナル”な対応──これは決して簡単なことではありません。目の前の乗客が何を望んでいるかをコミュニケーションをとる中で正確に把握し、それに最も相応しいサービスを自分たちで考えて提供していく。その仕事でポイントになるのが、サービスに当たるCA一人ひとりの「人間力」です。

憧れの“空の仕事”を手にいれるために、いまやるべきことは? エアライン各社はその「人間力」を秘めた人をどうやって見極めようとしているのか? 新しく迎え入れた社員たちを、組織の中でどう育て、どんな活躍の舞台を提供していくのか? セミナーで受講生のみなさんに話してやりたいことはたくさんあります。たくさんありすぎて、予定の2時間では足りないかも知れません。さて、どうしましょう(笑)。

2010年02月08日

飛んでイスタンブール

 
混沌か、秩序か? アジアとヨーロッパの二つの大陸にまたがるイスタンブールは、本当に不思議な都市です。アジア側から足を踏み入れた人は「イスタンブールは秩序正しいヨーロッパの都市という印象」と言い、反対にヨーロッパ側から入った人に聞くと「あの混沌とした雰囲気はまさしくアジア」と答えました。


私もイスタンブールは好きで、これまで何度か訪れました。アジア各国を転々としたのちにたどり着いたこともあれば、ヨーロッパを周遊してイタリアから船で入った経験も。どういうルートをとるかで、街の印象はたしかにがらりと変わります。

先週開催されたトルコ共和国大使館でのレセプションで、トルコ航空のトゥーバ・トプタン・ヤブズ日本支社長〔写真〕とお会いした際に、その話題が出たあとで彼女は笑いながら私に言いました。

「秋本さん。これからイスタンブールに行く場合は、ヨーロッパ側からではなく必ずアジア側から、それも日本からの直行便でお願いしますね。もちろん私たちの飛行機を利用して」

トルコ共和国は2010年を「トルコにおける日本年」と位置づけ、国をあげてのさまざまなPRキャンペーンをスタートしました。その一つが、トルコ航空による「ワンナイト・イン・イスタンブール」です。トルコ航空はこれまで、イスタンブールをハブ空港に世界76カ国156都市に就航するネットワークキャリアとして成長を続けてきました。東西文明の十字路であるイスタンブールを起点に、ヨーロッパへ、中東へとどこへ行くにも乗り継ぎがとても便利。そこで、東京からトルコ航空を利用してトルコ以遠に出発する人に、中継地イスタンブールでのホテルを1泊無料で提供しようというのが「ワンナイト・イン・イスタンブール」キャンペーンです。

ヤブズ日本支社長は「とにかく、まずは一晩だけイスタンブールを体験してもらいます。そうして魅力を感じてもらえたら、次の旅行ではゆっくりと心ゆまで滞在を楽しんでほしい。今回のキャンペーンをそのきっかけにしていただけたらと願っています」と話していました。

2010年02月05日

冬枯れの銀杏並木

 
最近、メディア各社との新規のつき合いがいくつか始まって、この1週間は編集者との顔合わせや企画の打ち合せが集中しました。主だったところでは、今月後半に新聞(全国紙)の文化欄にエッセイを寄稿。3月には月刊誌の特集ページにレポート記事を発表し、そして4月からはWeb媒体での1年間の連載企画もスタートします。


昨年1年間はテレビ・ラジオへの出演や雑誌社からの取材対応などに多くの時間をとられたので、2010年は物書き本来の“書く”仕事に集中したい──そんな気持ちを先日のBlogで伝えたら、さっそくさまざまな媒体から執筆オファーをいただきました。本当にありがたく思っています。

さて、昨日はトルコの新しいデスティネーションキャンペーンに向けた記者会見&レセプションに出席するため、夕方から明治神宮前のトルコ共和国大使館へ。上記メディアとの打ち合せや私用・雑用をその前に市ケ谷と四谷、信濃町で済ませ、少し時間が空いたのでトルコ大使館までのんびり歩くことにしました。

JR中央本線・信濃町の駅前から神宮外苑を経由して青山通りへ。通り沿いのカフェでひと休みしてから、表参道を原宿に向かい、明治通りの交差点を大使館を目指して右に折れました。写真は、途中で歩いた神宮外苑の銀杏並木通りです。寒い一日で人影もまばらでしたが、いい天気で、都心にありながら冬枯れの樹々に覆われた歩道だけは空気がとても澄んでいるように感じられました。

S.Akimoto at 11:53|PermalinkComments(0)clip!オフタイム 

2010年02月02日

5回目の増刷

 
2007年9月にソフトバンク社から出した拙著『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(サイエンス・アイ新書)の、5回目の増刷が決まりました。下の写真は、表紙デザインに使った初就航前のエアバスA380です。これまで本当にたくさんの人たちに手に取っていただき、心から感謝しています。


この本の「まえがき」を、私は以下のような一文で始めました。

「いま、どちらにいますか? 本書をどこで手にとっているのでしょうか。ちょうどこれから海外に向かうところで、現在は離陸前の機内に──そんな人もいるかもしれません。機体から伸びる主翼を、そしてその向こうに広がる空港の様子を、キャビンの窓越しにワクワクする気持ちで眺めながら」

どの本もそうですが、私は「まえがき」の部分をたいてい取材先の海外で書きます。本文はきちんとスケジュールを空けてオフィスの書斎に缶詰めになって書き上げますが、その原稿を編集部に提出したら、次の海外取材へ──というのがいつものパターン。で、現地のホテルで「まえがき」を書き、その文章の末尾に滞在している国と都市名を入れるのが恒例になりました。『みんなが知りたい旅客機の疑問50』の「まえがき」は、昨年3月の増刷の際に取材でボーイングの工場を訪れていたときに書き直しましたので、最後に「アメリカ・シアトルにて」と記録してあります。

以前、熱心な読者の方から「毎回どんな地名が『まえがき』に出てくるのか楽しみです」といった言葉をいただきました。へえ、こんなところにも注目してくれている人がいるんだな。そう思って、なんだか嬉しくなったのを覚えています。現在はすでに次の著作に向けての取り組みを始めていますが、その「まえがき」には、はたしてどの国のどの都市を書き入れることになるのでしょうか?

S.Akimoto at 21:05|PermalinkComments(0)clip!空の旅の資料館 

2010年01月30日

機内で入国手続き

 
成田から人気リゾート・バリ島のデンパサールへ飛ぶガルーダインドネシア航空〔写真〕のGA881便で、2月1日よりちょっと便利なサービスが始まります。そのサービスとは、到着前の機内で入国審査などの手続きを済ませてしまうというユニークなもの。他のエアラインにはない試みだけに、注目です。


旅行者はまず、成田空港でチェックイン後にインドネシア入国に必要な短期ビザ(25米ドル)をカウンターで購入し、レシートを受け取ります。出発して機内でのミールサービスが終わると、搭乗機に同乗しているインドネシアの入国管理官が乗客一人ひとりの席に回ってくるので、パスポートといっしょにそのレシートを提示。入国審査済みであることを証明する水色のカードをくれるので、到着したデンパサールの空港でそれを係官に渡すだけで、イミグレーションの列に並ぶことなく簡単に入国できます。

日本からの便は午前11時に発ち、デンパサールには夕方17時35分に到着します。それからすぐにホテルへ向かい、荷物を解いて夕陽を眺めに行ったり、ショッピングや食事に出かけたり──。入国手続きの時間が節約されることで、バリ島の夜を着いたその日からフルに満喫できるようになるでしょう。

このサービス、じつは今回が初めてではありません。ガルーダインドネシア航空は以前もトライアル的に実施していた時期があり、ずいぶん前ですが私も利用したことがあります。世界中を放浪していた頃だから、もう20年以上も前──1980年代の終わりだったでしょうか。当時はフリーライターとして、普段は日曜日や祝日も休まずに働くだけ働き、その後まとめて時間をつくって海外へ。そんな生活を続けていました。日本を発つと、3カ月くらい戻らなかったりして。いい思い出です。また、あんな旅がしたいなあ。

2010年01月27日

人気ランキング

 
おお、総合第1位は3年連続でシンガポール航空ですか。さすがです。これはダイヤモンドビッグ社が発表した「地球の歩き方/2010年版エアラインランキング」の結果で、2位には昨年の4位から二つジャンプしてエミレーツ航空が、3位には昨年の2位から一つランクを落としてヴァージンアトランティック航空が続きます。以下、4位がキャセイパシフィック航空(前年5位)で5位がルフトハンザ(同10位)──。


1位から10位までの顔ぶれは、アジア系が5社、ヨーロッパ系が3社、中東系が2社です。アメリカ系は残念ながら入っていません。20位までの中では、18位にアメリカン航空が、20位にエア・カナダがかろうじて顔を出しています。ちなみにANAは12位、JALは16位でした。

アメリカ系エアラインの関係者から、よく「うちの会社は人気がなくて……」と嘆く声を聞きます。それに対する私の返答は「あまり気にする必要はないですよ」ということ。調査対象をどこに置くかで、人気ランキングは結果が変わってきますから。アンケート回答者の多くを男性旅客が占めていれば、若い乗務員を配置して“笑顔のサービス”を売りにしているアジア系にどうしても人気が集ります。反対に、女性ビジネス客からは「ベタベタしたサービスは要らない。安全第一で時間どおりに飛んでくれればそれでいいので、あとはシートで仕事に集中させてほしい」といった声も。そういう人たちの中には、アメリカ系の支持者も少なくありません。

ただしシンガポール航空に関しては、どの人気ランキングにも必ず上位に顔を出しているのも事実です。何時間かのロングフライトを終えて目的地に降り立つと、乗客たちは「やれやれ」とか「やっと着いた」と言ってホッとした表情を見せます。が、シンガポール航空の機内では乗客から何度かこんな言葉を聞きました──「え、着いちゃったの? なんだあ。もう少し乗っていたかったなあ」。これ、なかなか言ってもらえる言葉ではありません〔写真はシンガポールからシドニーへのフライトで出会ったCAたち〕。

2010年01月24日

静かな週末

 
デスクに向かう時間が続いています。進めているのは、主婦の友社から今年春に出版になる書籍の校正作業。やはり航空関係の本ですが、今回は私は著者ではなく監修者として関わっていて、その最初の原稿(第一稿)が編集部から送られてきました。


別のライターの方が書いた原稿の内容を、最初から最後まで一つひとつ入念にチェックし、間違った記述の指摘やこう書き直した方がいいといったアドバイスを赤ペンで細かく指示していきます。今週半ばには戻さないといけないので、この週末は書斎を離れることができません。まさに“缶詰”の状態です。

とはいえ、一日中デスクに向かっていては、集中力が持ちません。作業の頃合いを見てコーヒータイムを入れたり、気分転換に散歩に出てみたり。オフィスから歩いて20分ほどの高台に、富士山を眺望できる絶好の場所があります。夕方近くにカメラ持参で出かけ、視線を遠くに解放して疲れた目と頭を休めてきました〔写真〕。

いまはまた書斎での作業に戻っています。しかし、物書き本来のこういう孤独な時間が、私は決して苦痛ではありません。考えてみると、昨年は書く以外の仕事で忙しすぎました。もちろんいい物を書くには、取材活動も欠かせません。大切なのは、表現(アウトプット)する時間と、そのための材料を収集(インプット)する時間のバランスですね。

旅をしているか、物を書いているか──今年はそんな1年にしたいなと思います。余計なことに目をくれず、書く時間をしっかりと生活の中心に据えて。先ほど、富士山に向かってそんな小さな誓いを呟きました。

2010年01月21日

2000年代を英語で何て?

 
今朝、仕事を始める前に手元にあった英語版『TIME』誌の12月28日/1月4日合併号〔写真〕をぱらぱらとめくっていたら、あるコラム記事に目が止まりました。タイトルは“Brief History Naming the 2000s”──日本語に訳すと「2000年代を何て呼ぶ?」。


1990年代は英語で“the 90s(the Nineties)”と表し、1980年代は“the 80s(the Eighties)”です。でも、2000年から2009年までの10年間は“the 00s”とは書いても、言葉に出して呼ぶことができません。このことはアメリカやイギリス、オーストラリアなど英語圏の国でもうだいぶ前から議論になっていて、その呼び方については各国のメディアや識者からさまざまな案が出されてきました。たとえば、以下のような──。

“the Ohs”(オウ年代)
“the First Decade”(最初の10年)
“the Aughts”(零年代)
“the Zeroes”(ゼロ年代)
“the Double Os”(ダブル・ゼロ年代)

うーん。どれも、いま一つ。いずれの案も採用には至りませんでした。いっそのこと“the 2000s(the Two Thousand's)”ではどうかという意見もあったそうですが、日本語でも「2000年代」とすると、2000〜2009年の10年間だけでなく2000〜2099年の1世紀を指す言葉にもなりますし、2000年から2999年の千年紀にもとれてしまい曖昧です。

というわけで、21世紀最初の10年は終わってしまったものの、まだ命名ができていません。後にこの10年を振り返るとき、「○○年代は良かったなあ」という言い方はできないのです。もっともこの10年は、アメリカの同時多発テロに始まり、SARSや、最近ではリーマンショックに新型インフルエンザと暗い話題が多く、あまり振り返りたくないと思う人も多いかも知れません。

そうであるなら、むしろこれからの10年間をいい思い出にするためにきちんと命名しておいたほうが──と、コラムを書いた記者は提案します。そうしてあれこれ考え始めるのですが、じつは2010年から2019年までの英語での呼び方も、同じように難しい。“the Teens”はどうか? いや、Teenは「13から19」のことだから、適さない。では、“the Tweens”では? こちらは一般に「12」くらいまでなので、やっぱりダメ。試行錯誤のあげく、最後に記者は投げやりな感じでこんな言葉でコラムを結びます。“Here we go again(また同じことの繰り返しだあ!)”

S.Akimoto at 21:04|PermalinkComments(0)clip!オフタイム 

2010年01月18日

巨人機、世界の空へ

 
“空飛ぶホテル”の異名をもつエアバスのオール2階建て機A380の就航路線が、世界に広がっています。その機体の先進性や実際のフライトの豪華さ・快適さについては、私も拙著『エアバスA380まるごと解説』(サイエンス・アイ新書)で報告しました。これまでに多くの読者から「私も乗ってきました!」「素晴らしい体験でした!」といった便りが届いています。


A380の世界初就航は、シンガポール航空によるシンガポール/シドニー線でした。シンガポール航空はその後、ロンドン、東京、パリ、香港、メルボルンと就航路線を拡大し、今年3月28日には7番目の就航地となるシンガポール/チューリッヒ線への導入も決定しています。

エアバス社は2009年に計10機のA380をエアライン各社に納入しました。シンガポール航空のほかでは、エミレーツ航空がドバイからロンドン、シドニー、オークランド、バンコク、トロント、パリ、ソウルの8都市へ、カンタス航空がシドニー/シンガポール/ロンドン線やシドニー/ロサンゼルス線などに導入。さらに2009年11月にはエールフランス航空もパリ/ニューヨーク線への導入で欧州最初のA380運航エアラインとなり、現在は成田線での運航準備を進めています。

A380の活躍舞台が世界の空に広がり、今後は乗る機会もますます増えるでしょう。私はちょうど1年前の2009年1月以来、残念ながらしばらく利用していません。今年は個人的なテーマでヨーロッパの数都市を訪ねる予定があるので、そのうち1回はシンガポール航空のA380を利用し、成田からシンガポール経由でパリかロンドンへ向かおうと計画しています。

2010年01月15日

再生への道

 
このところ、メディア各社から取材を受けたり見解を求められたりといったことが続いています。テーマはご想像のとおり、JALの今後について。一般の読者の方々からも「JALはどうなってしまうんですか?」といった心配の声が絶えません。


会社更生法の適用申請──つまりナショナルフラッグキャリアを事実上倒産させるということで、世間は大騒ぎしていますが、じつは海外では多くのエアラインが同じ経験をしています。JALへの“救済話”を持ちかけているアメリカのデルタ航空も、2001年の同時多発テロ以降、旅客重要が低迷して経営が行き詰まり、2005年9月にアメリカの会社更生法にあたる「チャプター11(連邦破産法第11条)」の適用を受けました。その状況下でコスト削減を中心とする大胆な改革を進め、1年半後には再生を果たして株式も再上場しています。

デルタ航空はその後、ノースウエスト航空と合併し、世界最大のエアラインになりました。その合併相手であるノースウエスト航空や、同じくアメリカ大手のユナイテッド航空もやはり同時期にチャプター11の適用を申請して再建への道を踏み出しています。

要はJALも、できるだけ早く具体的な再建プランのもとで動き始めるべきでしょう。そうして積み重ねてきた債務を整理し、黒字化に向けた新しいビジネスモデルをつくっていってほしい。もちろん社員のリストラや不採算路線からの撤退を進めても、利用者がJALを信頼してためてきたマイレージはしっかりと保護し、サービス面ではむしろ強化していかなければなりません。「やっぱりJALに乗りたい」──そう思うファンを増やすことが、結局は再生への道に直結するのですから。

2010年01月12日

史上最強のグッズ

 
下の写真──キャリーバッグをそのまま小さくしたようなこの洒落たケースは、ルフトハンザがファーストクラスの搭乗客にのみ配布しているアメニティポーチです。正真正銘のリモワ製で、2008年夏に新しく登場しました。


発表されたとき、このBlogで「これ、欲し〜い!」という文章を書いたところ、去年フランクフルトを取材で訪れた際にルフトハンザの関係者から「ひとつ記念にどうぞ」ともらってしまいました。

エアライン各社の上級クラスを利用すると、さまざまなアメニティキットが手に入りますが、私は機内でそれらをほとんど使いません。歯ブラシセットなど簡単な洗面用具はすべて自前のものをバッグに入れてありますので。持ち帰ったキットは、そのままケースごと誰かにプレゼントしてやると、とても喜ばれます。

で、ルフトハンザのこのアメニティポーチも欲しい人がいたらあげようと思っていたのですが、これがじつはマニアの間で相当な人気商品であることが判明しました。先日、あるエアライングッズ専門店で1万6,800円の値が付いていたのを発見して、ビックリ! 店の人に聞くと、“Lufthansa”と“RIMOWA”のダブルロゴ入りのこのポーチは「史上最強のエアライングッズ」との呼び声も高いのだとか。「だから、あげちゃあもったいないですよ」とクギを刺されたのですが……。

でも、私が持っていても仕方ないしなあ。私、モノに対する執着心がどうも欠落していて。誰かに「欲し〜い」とせがまれると、きっと断ることができないかも。近々お会いする予定の方、もし興味があれば、声をかけてみてください(笑)。

2010年01月09日

キリマンジャロ

 
本を何冊か小さなバッグにつめて、午後からオフィス近くの行きつけのカフェでへ。マスターに「いらっしゃい。いつもので?」と訊かれて「お願いします」と答えたら、しばらくしていい香りのキリマンジャロがテーブルに運ばれてきました〔写真〕。


マスターが「いつもの」と言うコーヒー銘柄がタンザニア産のキリマンジャロになったのは、昨年の夏頃からでしたでしょうか。それまでは、エチオピア産のモカがずっと私の定番だったのに。

標高の高い地域でとれるコーヒー豆は良質で、キリマンジャロも酸味が香ばしくて好きな銘柄の一つです。が、私はそれ以上にモカの大ファンでした。そのモカが、いま危機に瀕しています。

エチオピア産のコーヒー豆から日本の定める基準値を超える農薬が検出されたのは、一昨年の春でした。原因はいまも特定されていません。結果、業者は輸入を控えざるを得なくなり、昨年の輸入量は例年の10分の1以下に。豆が調達できないため、多くのカフェのメニューから「モカ」の名前が消えました。

「マスター。モカ、まだ入ってこない?」
「だめですね。当分、期待できないんじゃないですか」

そんな会話を、この1年間で何度交わしたことか。私が注文するのは以来、ずっとキリマンジャロになり、その味に舌もすっかり慣れてしまいました。

さて、これから午後の読書のひとときです。今日はアメリカの文豪ヘミングウェイの小説『キリマンジャロの雪』も持ってきているので、酸味の利いたテイストを楽しみながら、この豆の産地であるアフリカ最高峰の山に思いを馳せようかな──なんて考えています。

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2010年01月06日

新春セミナーのご案内

 
日系エアラインの旅客スタッフとして成田空港で働くFさんは、学生時代に留学していたアメリカ西海岸のあるテーマパークでアルバイトをしていたそうです。その当時のことを、彼女はこんなふうに話してくれました〔写真はイメージ〕。


「来園されるお客さまに、ゲートで『Enjoy!(楽しんでね)』とか『Have a nice day!(よい1日を)』とお迎えするのがとても楽しかったんです。ゲートをくぐると、この先に夢と希望がいっぱいの世界が待っていますよ──という気持ちを込めて。その体験が忘れられなくて、将来は笑顔でお客さまを出迎えたり見送ったりする仕事に就きたいと思うようになりました」

なるほど。旅客スタッフとは、新しい世界や未知なる国へ人々が気持ちよく旅立っていけるようサポートする仕事といえるかも知れません(以上は拙著『みんなが知りたい空港の疑問50』より)。空港で私たちが最初に接する旅客スタッフや、フライトで出会う客室乗務員たち。その一人ひとりが、それぞれの動機で“空の世界”を目指し、現在の仕事を手に入れました。取材で多くの人たちに話を聞いていると、エアライン業界が本当に夢のある舞台であることを実感します。

金融危機に端を発する世界同時不況の影響で現在、エアライン業界もとても厳しい状況に置かれています。が、こういう時代にこそ、各社は知恵と努力を結集して“空の旅”をより進化させていかなければなりません。そのために何よりも必要なのが「人の力」です。

そこでこの2月に、航空業界を志望する人たちに向けた新春応援セミナー『秋本塾』を、エアラインスクール「ARK ACADEMY」で開催することになりました。これまで世界の空を旅し、1,000人以上のエアライン関係者と接してきた経験をもとにこの業界の魅力と現状をお話しするとともに、サービスに当たる第一線の現場や人事担当者らの本音をお伝えするため現在さまざまな角度から最新情報の取材も進めています。

客室乗務員や旅客スタッフ、総合職としてエアラインへの就職を目指す人たちのみならず、すでに何らかの形で業界に携わっている人たちにとっても有意義な業界研究セミナーにしたいと思いますので、どうぞふるってご参加ください。詳細はこちらから。

2010年01月01日

謹賀新年'10

 
あけましておめでとうございます。


いよいよ2010年代に突入ですね。数えてみると昨年は計14回も取材で海外に出て、本当に忙しい、しかし充実した1年でした。それらの旅をお手伝いしてくれた方々に、そして各国で知り合いお世話になった方々に、改めて感謝を申し上げます。

さて、今日から始まる2010年は、どんな出来事が待っているのでしょうか。帰国便の機内から朝日を眺めていたら、新しい年への期待が高まりました。今年も“世界の空”を旅し、人と人との出会いを通じての大小さまざまなドラマを、一人の旅人の視点からみなさんにお伝えしていきたいと思っています。

みなさんにも、新しい思い出の1ページが刻まれるような素晴らしい旅の機会が多々訪れますことを、心よりお祈りしています。

2010年元旦 秋本俊二

2009年12月28日

サンダカンの丘から

 
ボルネオ島の北東、サンダカンという東マレーシアの小さな街に来ています。うまい具合に連続して空いた年末の時間を利用して、急きょ旅に出ることを思い立ちました。


このBlogでは主に航空ジャーナリストとして「エアライン」や「空の旅」についてつづっていますが、私はほかに作家として追っている個人的なテーマをいくつか持っていて、今回の渡航目的もその一つに関連するものです。昨日の夕方、クアラルンプールに入り、今朝一番の便でサンダカンに到着。そこから車で市内へ移動し、南シナ海に面した坂の多い港町を半日かけてのんびり歩きました。

街の中心部の北側、小高い丘の上には、1934〜52年にこの地に滞在した作家アグネス・キースが住んだコロニアル風の民家が復元・保存されています。だいぶ汗もかいたので、同じ敷地内にある「イングリッシュ・ティーハウス」で30分ほどティータイムをとることに〔写真〕。サンダカンにはまた、かつて日本の貧しい農村や漁村から娼婦として売られていった「からゆきさん」たちが眠る日本人墓地があります。休憩後、ティーハウスから東の方向へしばらく歩いて古い石段をのぼりきったところに、それは港を見下ろすようにひっそりとたたずんでいました。

さて、明日予定している現地在住の人たちへのインタビューを終えたら、すぐに帰国の途につかなければなりません。Blogの更新は今日が今年最後になります。お世話になった方々、そして読者のみなさん、1年間ありがとうございました。また来年、元気で、笑顔でお会いしましょう。2010年がみなさんにとって、充実した実りある、楽しい1年になりますように。

2009年12月25日

ANA塗装の787

 
世界中のファンたちが待ちわびたボーイング787の初飛行から1週間。日本時間の23日未明には、テストフライト用1号機に続いて2号機がペインフィールドから離陸し、高度1万3,000フィートを時速370キロで航行して約2時間後にボーイングフィールドへ着陸しました。


ANAの広報スタッフが届けてくれた上の写真が、その様子です。ご覧のように、2号機のボディに施された塗装はローンチカスタマーのANAカラー。量産1号機を2010年末までに受領し、2011年初めに世界初就航というスケジュールが、いよいよ現実味を帯びてきました。

もちろんそれまでには、今後約9カ月間、計6,800時間におよぶ過酷な条件下でのテスト飛行をクリアしていかなければなりません。離陸滑走中のエンジン停止や滑走路上での急ブレーキ試験、上空からの急降下や横風着陸試験、氷点下55度の寒冷地でのエンジン始動や落雷試験など──。その経緯と成果については、今後も逐一報告していきたいと思います。

ANAにとっては、2010年はさまざまな意味で飛躍の年になりそうですね。スカパー「旅チャンネル」で放映中の情報番組『世界のエアラインガイド』では、いよいよ今日からANA編のオンエアがスタートです。

2009年12月22日

ハブ空港とは?

 
最近、テレビなどのニュースで「ハブ空港」という言葉をよく聞くようになりました。なかにはワケ知り顔で「ハブ空港とは大都市の大きな空港のことだよ」などと解説している人もいますが、残念ながら違います。


ハブ空港が大都市に置かれるケースが多いのは事実ですが、大都市にあればすべてハブ空港かというと、そうではありません。優れたハブ空港には、各地からの便がほぼ同じ時間帯に到着し、さらにその1時間か1時間半後には再びそこから各地へ向かう便が飛び立っていく──そんな仕組みができあがっています。

では、ハブ空港で乗り換える場合に、通常どれくらい時間的な余裕を見ておけばいいのか? その際に参考になるのが、空港ごとに定められた「ミニマム・コネクティング・タイム(MCT)」です。これは乗り継ぎに必要な“最低時間”を示したもので、乗り継ぎ時間がMCTに満たないときは、航空券の予約・発券はしてもらえません。

たとえばデンマークのコペンハーゲンやドイツのミュンヘン、オランダのアムステルダムなど乗り継ぎに便利なハブ空港が多いヨーロッパで、「25分」という最も短いMCTを設定しているのがオーストリア航空のハブであるウィーン国際空港です〔写真〕。

先週発売になった新著『みんなが知りたい空港の疑問50』ではハブ空港の概念を図を使ってわかりやすく解説し、またウィーン空港についてもカラー写真入りで紹介していますので、興味のある方はご覧になってみてください。

2009年12月19日

グアムからフィジーへ

 
以前のBlog「フィジーへの新ルート」でも報告したコンチネンタル航空のグアム/フィジー線の就航第1便が、現地時間の今朝8時30分(日本時間4時30分)にナンディ国際空港に到着しました。フィジーは世界で最初に朝を迎える国で、上空の機内から眺める朝日の美しさには私も感動したことを覚えています〔写真〕。


さて、初便となったCO948便は、ほぼ満席で昨夜22時50分にグアム国際空港を出発。取材のため同便に搭乗していた記者からは「到着したナンディ国際空港ではポリスバンドによる歓迎の音楽などで盛大に出迎えられた」と報告がありました。

その取材には私の知人の写真家らも参加しています。ナンディ国際空港に到着した一行は、そこから小型機に乗り継いで人気のリゾート、マナ島へ。彼らはそこでも陽気で人懐こいフィジアンたちにギターの生演奏とコーラスで迎えられ、いまごろはきっと、思い思いに“真夏のクリスマス”を楽しんでいることでしょう。

2009年12月16日

新著が発売に

 
この秋に執筆を進めてきたサイエンス・アイ新書シリーズの新しい著書『みんなが知りたい空港の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ)が、発売になりました〔写真〕。各地の空港や都心部の大手書店では本日から、それ以外でも今週中には並び始めると思いますので、見かけたらどうぞ手に取ってみてください。


全体には次の5つの章で構成し、計50の疑問に答える形で空港の楽しみ方や基本構造、海外のユニークな空港などを紹介しています。

第1章/空港を楽しむ・利用する
第2章/空港の“キホン”を知る
第3章/空港で働く
第4章/空港の未来技術に触れる
第5章/世界の空港を探検する

第3章の「空港で働く」では、エアライン業界を目指す人たちの参考になればと、空港を舞台にした多種多彩な仕事にスポットを当てました。空港は利用する人にとっても働く人にとっても本当に楽しい場所で、その魅力について私はこんなふうにも触れています。

「この文章をいま、中国・北京首都国際空港の空港ラウンジで書いています。帰国便の搭乗開始を待ちながら。(中略)世界中からさまざまな目的をもった人たちが集まり、出会いと別れのドラマの舞台となる空港は、とてもエネルギッシュで魅力的な場所です。『空港』をテーマにした本書の執筆過程では、私自身にも多くの発見があり、興味も広がりました。帰国してこの原稿を担当編集者に渡したら、私はまた次なるテーマに向かいたいと思います。この本が書店にならぶ頃には、私はまた違う国の空港に降り立って、新しい旅を始めているかもしれません」(本書「はじめに」より抜粋)

2009年12月13日

787、初フライトへ

 
間近に迫ったボーイング787の初フライトの日程について、世界中が注目するなか、同社から急きょ「15日(火)に実施する」と発表がありました。ボーイング関係者は「最低でも実施1週間前には公表する」言っていたので、びっくりです。


先日のBlogでもお知らせしたとおり、初フライトはクリスマス前というのが大方の見方でした。私も18日(金)か21日(月)のどちらかだろうと予測し、17日発または20日発の便でシアトルに飛ぶ予定も立てていたのですが──。明日の14日と15日、16日の3日間は取材&打合せ、テレビ出演、イベント参列などの予定が立て込み、日本を発つことができません。

もちろん、関係者や多くのファンが待ち望んだ初フライトの実施が正式に決まったのはとても喜ばしいことです。地上での走行試験の成功や社内での最終見直しを経て、連邦航空局の了承が出ることが前提ですが、おそらく発表どおり15日の実施で間違いないでしょう。“Xデー”をめぐる噂は、当初のクリスマス直前から18日、そして15日と次第に早まり、主翼と胴体接合部分の改修を終えて地上での各種試験も順調に進んでいることをうかがわせていました。

開発当初の予定からおよそ2年4カ月遅れで、ドリームライナーがいよいよ大空に舞います。その現場に立ち会えないのは残念ですが、昨日の夕方、懇意にしているANAの広報担当から「私が現地に飛びます」と連絡が入りました。当日の様子については、彼の帰国後にゆっくり報告を聞こうと思います。787初フライトの成功を祈っています。

2009年12月10日

啓徳空港の思い出

 
香港へ飛ぶ用事があるとき、私は必ず右側の窓側席をリクエストしていたことを思い出します。前方に目的地が見えてくると、旅客機は少しずつ高度を下げて空港へ進入し、着陸直前になって右に急旋回。右側の窓からは九龍の繁華街が手の届きそうな距離に見え、スリル満点でした〔写真〕。


それも、もう遠い昔の話です。旧香港国際空港──通称「啓徳(カイタック)空港」は1998年、香港の中国返還の1年後にその役割を終えました。

世界には、本当にさまざまな空港があります。毎日25万人が利用する世界一巨大な空港から、海岸線の砂浜に小型機が水飛沫をあげて着陸する空港まで。取材中に、敷地内で地ビールを製造している空港にも出会いました。

間もなく刊行になる新著『みんなが知りたい空港の疑問50』(サイエンス・アイ新書)では、第5章に「世界の空港を探検する」という項目を設け、私がこれまで訪れた各国のユニークな空港を紹介しています。いよいよ来週、発売です!

2009年12月07日

Xデーは聖夜前?

 
ボーイングが開発を進める次世代中型機787のファーストフライトが、年内にも実現するかも知れません。「これで6月の悪夢を吹き飛ばせる」と、シアトルではスタッフたちの興奮も高まっているといいます。


今年6月に予定していたファーストフライトが、主翼取りつけ部に構造上の強度不足が見つかったことで中止に。そのときは、社内でも大きな落胆が見られました。再三にわたる開発の遅延で「787は本当に飛ぶ日がくるのか」といった論評も出始めていた矢先です。

しかしその後、主翼と胴体の結合部分34カ所の縦通材に新しい器具を取り付ける補強作業を進め、11月中にフライトテスト用の機体2機と静止テスト用の機体で全行程が完了。その補強状態を確認する静止テストも無事に終了したことが先週発表されました〔写真はフライトテスト用の2号機〕。

現在行われている静止テストの最終分析の結果、何も問題がなければ、今週からは走行試験がスタートします。最初はゆっくりと、そして少しずつエンジンを高速回転させ、最後は機体が浮く寸前まで速度を上げて走行試験は終了です。

あとはテストパイロットが操縦桿を少し引けば、787はいよいよ大空へ──その“Xデー”はクリスマス前というのが私の予想です。初飛行が実現することで、2010年秋のANAへの1号機納入というスケジュールも見えてくるだけに、期待は高まりますね。

2009年12月04日

フレンチの巨匠の挑戦

 
この秋、丸の内のビジネス街に誕生した大型ショッピング&グルメゾーン「丸の内ブリックスクエア」の2階に東京・四谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフである三國清三さんの新しいフレンチレストラン「mikuni MARUNOUCHI」がオープンし、話題を集めています。


ユニークなのは、地域で生産されたものを地域で消費するという三國さんらしい“地産地消”の料理哲学。フレンチの巨匠は大都会・東京で、その高すぎるともいえるハードルへの挑戦を始めました。千住葱や亀戸大根、寺島茄子などの江戸野菜や秋川牛、小平の次郎柿などを契約農家から取り寄せ、これまた東京産の蜂蜜や牛乳などを使って身体に優しい三國流フレンチへと昇華させます。

三國さんの料理は、私もこれまで何度か味わってきました。といっても、私が訪ねたのは四谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」でも新しい「mikuni MARUNOUCHI」でもありません。私がときどき利用するのは、いわばレストラン・ミクニの「“雲の上”支店」です。

成田/チューリッヒ間でデイリー運航を続けるスイスインターナショナルエアラインズ(以下SWISS)の日本発のファーストクラスとビジネスクラスで、三國さんが手がけるメニューを楽しむことができます。三國さんは2001年にSWISSの前身であるスイス航空と契約し、自身のプロデュースによる機内食の提供をスタート。今週水曜日に「mikuni MARUNOUCHI」で、SWISS日本支社長の岡部昇さんと三國さんを囲んでの記者懇親会が開催され、私もちょっとお邪魔してきました〔写真は三國シェフ(左)と岡部さん〕。

「レストランで出す料理とは違って機内食にはいろいろと制約があります」と、三國さんはその難しさについて話します。「地上で調理したものを一度冷蔵保存して機内に搭載し、再び温めてお客さまに提供するときに最もおいしい状態にならないといけません。それにふさわしいメニュー開発を進める一方で、サービスに当たる客室乗務員にも何度もレストランに足を運んでもらい、私たちのコンセプトとやり方をしっかりと体得してもらいました」

一流ホテルや有名レストランとタイアップしての機内食を提供するエアラインは最近でこそ珍しくありませんが、その先がけとなったのがSWISSです。ライバルとの競争が激しさを増すなかで、三國さんの言葉には“元祖”としての自信が感じ取れました。

2009年12月01日

モヒカン刈りのあいつ

 
新婚旅行で行くなら、どこがおすすめですか? よくそんな質問を受けます。欧米かアジアか? 定番のハワイあたりが無難か? 休みを何日とれるかや、予算によっても変わってくるので、難しい質問です。季節も考えなければいけませんし。で、答えあぐねていると、決まってそれに続く次の質問が飛んできます──「ところで秋本さんは、どちらへ行かれたのですか?」と。


あちこち旅している私が、新婚旅行でどこを選んだのか。興味があるのでしょうね。そして私が質問に答えると、これまた共通するのが「へー、意外!」という反応です。普段あまり聞かないような国の名前が出てくることを期待するのかも知れません。

私の新婚旅行先は──宮崎と鹿児島でした。もうずいぶん昔の話ですが。あの頃はフリーライターとしての仕事が本当に忙しくて、1週間も10日も休んでいるわけにはいかず、国内の温暖な地方でのんびり過ごそうということになって羽田からANAを利用して南国・宮崎へ。当時は機体の塗装も、現在のANA機のものとはずいぶん違っていました。

じつは今日、その当時の機体デザインが、同じ羽田/宮崎線で20年ぶりに復活しました。12月1日はANAの創立記念日であり、社員の「初心に立ち返る象徴に」という提案で実現したものです。その就航セレモニーが今朝、羽田空港で開催され、新潟に出張中で式典に参加できなかった私に記者仲間から届いたのが上の写真です。

機首から尾翼にかけて伸びる青いライン。それが“モヒカン刈り”のように見えることから、多くのファンたちに「モヒカンジェット」の愛称で親しまれました。このデザイン機が活躍した1969年から1989年までの20年間は、ちょうど日本経済の高度成長期に当たり、私たち旅行者にとっても夢が大きく広がった時代です。復刻デザイン機は今後、2013年まで羽田/宮崎線と羽田/鹿児島線を中心に運航されるそうですので、私も早い時期に宮崎か鹿児島を旅してこようと思っています。“モヒカン刈りのあいつ”に乗って、かつての古き良き時代に思いを馳せながら。

2009年11月29日

KLMオランダ航空

 
オランダは、決して大きい国ではありません。面積は日本の九州と同程度で、人口は約1,600万人。KLMオランダ航空はそのオランダの“フラッグキャリア”で、1919年に設立されました。現存する中では世界で最も歴史の古いエアラインです〔写真は同社のボーイング777〕。


強力なブランド力と充実した国際線ネットワークがKLMオランダ航空の特徴です。国内の航空需要がさほど大きいとは思えない小国オランダで、なぜこれほどのエアラインが誕生したのでしょうか?

オランダはかつて、他のヨーロッパ諸国と同様に、海外に植民地支配を広げてきました。本国と植民地の間では、物資や郵便物の輸送が頻繁に行われます。人も行き来しなければなりません。その輸送手段として早くから重要な役割を果たしてきたのが航空機でした。航空路線網はその後、世界が植民地拡大を競う時代ではなくなってからも発展を継続。なかでもオランダは、自国のマーケットだけでは限界があるため、オランダ人のみならず世界中の人々にとって利用しやすいエアラインを目指してきました。

実際のフライトで感じるのは、乗る路線によってサービスの内容が少しずつ違うことです。「これが私たちのやり方です」と一方的に自己流を押しつけるのではなく、乗り入れている相手国の歴史や文化・風習を尊重し、その国の人たちができるだけ快適に利用できるよう路線ごとにさまざまな工夫を取り入れてきました。

日本人客室乗務員をヨーロッパで最初に採用したこと、機内食では“和食っぽい”食事ではなく“和食そのもの”という本格メニューの開発を進めてきたこと──スカパー「旅チャンネル」で放映中の情報番組『世界のエアラインガイド』では、そんな観点から同社を解説しました。KLMオランダ航空編のオンエアは一昨日から始まっています。

2009年11月26日

サンタの入国審査

 
クリスマスまであと1カ月。今週初めには早くもサンタクロースが本場フィンランドから来日しました。ソリではなく、飛行機に乗って。“サンタクロースのオフィシャルエアライン”を自認するフィンランド航空が毎年、自分たちの国をもっとよく知ってもらうための親善大使としてサンタクロースを招待しています。今年は7年ぶりに成田空港に降り立ちました〔写真〕。


空港ロビーでは、出発を待つ旅行者たちに「コンニチハ」と日本語で声をかけて手を振ったり、記念撮影に応じたり。子供たちにはチョコレートが配られ、成田はひと足早いクリスマスムードに包まれていました。今後は本格的なクリスマスシーズンに向けて、東京、名古屋、大阪を中心に幼稚園や医療センター、各地のイベント会場などを訪問する予定だそうです。

ところで、サンタクロースといえども、日本に入国する際にはイミグレーションでの審査を受けなければなりません。空港ロビーに姿を現す前には当然、彼も他の外国人旅行者と同じように入国手続きを行いました。

「滞在の目的は?」
「どこに何日間の滞在予定ですか?」

入国審査官はパスポートの写真とサンタの顔を見比べながら、いつものきりっとした態度でそんな質問をしたのでしょうか? 考えたら、ちょっとおかしくなりました。

2009年11月23日

『失敗学のすすめ』


失敗する、という言葉の裏側には、いつも「恥ずかしい」「うしろめたい」といった感覚がつきまとうようです。だから自分の犯した失敗を隠そうとしたり、他人の失敗にはそれを咎めようという気持ちが働くのかも知れません。それに対して、失敗は恥や減点の対象ではないですよ、と教えているのがここに紹介する『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著、講談社文庫)という本です〔写真〕。


この3連休は調べものがあり、何冊か本を読みました。そのうちの1冊が『失敗学のすすめ』です。

そこに出てくる「失敗は新たな創造のヒントになり、事故などを未然に防ぐ方法も示してくれる」という著者の言葉は、航空の世界に身をおく人にはとても興味深いのではないか、と思いました。「失敗は成功の母なり」といった古くからの言い伝えが単なる格言ではないことも、本書は具体的事例を挙げて科学的に実証しています。

エアライン業界ではここ数年、日々の運航で起こるさまざまな出来事や些細なトラブルを、すべてオープンにして報告し合おうという運動が始まりました。それらの小さな失敗を整理・分析して事故予防に活かそうという試みです。「失敗を率先して報告させる」という活動には、ときとして組織内部からも抵抗があるでしょう。が、そうした取り組みを先頭に立って進める人たちに、本書はそれが決して間違っていないことを示唆してくれるはずです。

S.Akimoto at 16:12|PermalinkComments(0)clip!空の旅の資料館 

2009年11月20日

羽田の国際化

 
成田ではなく、都心に近い羽田から海外へ飛びたい──そう願う人は多いようです。今年10月25日に羽田/北京線(ANAJAL中国国際航空の3社で1日4便を運航)が開設され、羽田から国際定期便としてデイリー運航されている路線はソウル、上海、香港、北京の4都市に拡大しました。


この4つの路線は、旅のスタイルを大きく変えつつあります。先日空港で取材した20代のOLグループは「東京からソウルへ有名タレントが日帰りでグルメツアーに行くという番組をテレビで観て、私たちも真似してみました。羽田発着なら、こんなことも可能になるんですね」と話していました。

さらに羽田空港では現在、B滑走路に並行する4本目のD滑走路と新しい国際線旅客ターミナルの建設が進んでいます〔写真〕。これらが完成する2010年10月には、年間の旅客機発着枠がそれまでの約27万回から約41万回へと拡大。増える発着枠の一部が国際線用に割り当てられることで、週末を使った各国への旅はますます身近になるでしょう。先週は早くもシンガポール航空が「2010年10月より羽田/シンガポール線を1日2便運航する」と発表しています。

前回のBlogで報告した12月半ばに刊行予定の『みんなが知りたい空港の疑問50』では、そんな「空港の発着枠」についても詳しく書きました。新著の“予告編”として、これから刊行までの間に内容を少しずつみなさんに紹介していきたいと思っています。

2009年11月17日

ぐっちゃぐちゃ!

 
見てください、このとっ散らかったデスクの上! ここ数日、取材や打ち合わせで出ている以外の時間は書斎にこもってゲラ校正に奮闘しているのですが、“雲の上の書斎”が聞いて呆れますね。少し整理しようとも思うのですが、これだけ乱雑だとその気も起きず、仕事に戻る前に気分転換に写真なんぞを撮ってみました(笑)。


赤鉛筆を片手にチェックを続けているのは、12月に刊行する新しい著書の初稿ゲラです。ソフトバンククリエイティブのサイエンス・アイ新書の1冊として、今回は「空港」をテーマに書きました。これまでの“疑問”シリーズの姉妹編として、タイトルも『みんなが知りたい空港の疑問50』に決定。空港の楽しみ方から、空港についての基礎知識、空港を舞台にした仕事、空港で触れられる未来技術、さらに私がこれまで訪ねた世界のユニークな空港の紹介までを、例によって実体験を盛り込みながらエッセイ風につづっています。

私の著書は空港の書店でよく売れるので、年末年始の旅行シーズンに多くの人に手にとっていただけることを目標に取り組んできましたが、なんとか間に合いました。12月半ばに、全国の書店に並びます。お楽しみに!

S.Akimoto at 23:51|PermalinkComments(2)clip!オフタイム 

2009年11月14日

ピラミッドへの旅

 
下の写真は、日本に就航しているあるエアラインのビジネスクラス・シートです。どこのエアラインか、わかりますか? ヒントは色のコンビネーション。レザー部分には砂漠をイメージさせる黄土色が、シート地にはナイル川を連想させるライトブルーが使われています。


答えは──そう、エジプト航空です。地球の裏側の南米と並んで、日本から最も遠い大地がアフリカ。そのアフリカと日本を結ぶ唯一の直行便を飛ばしているのがエジプト航空で、現在週3便で運航している成田/カイロ線が2010年5月31日より週6便に増便されると一昨日発表されました。

成田からカイロまでは、延々約14時間のロングフライトです。さすがにちょっと遠いですが、日本人旅行者に聞くと「一生に一度はピラミッドを見てみたかった」という人が少なくありません。エジプト航空のキャビンクルーは「本当に一生に一回という思いでエジプト航空を利用されるお客さまもいますので、そのフライトを最高の思い出にしていただけるよう、私たちも精一杯のおもてなしを心がけています」と話していました。

スカパー「旅チャンネル」で放映中の情報番組『世界のエアラインガイド』では、そんなエジプト航空の特徴と魅力について、さまざまな角度から解説しました。同社編のオンエアは昨日からスタートしています。

2009年11月11日

ANAの“ひらめき”

 
ANAが2010年から欧米路線に導入する新しいプロダクト&サービスが昨日、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京で発表されました。新ブランド名は「inspiration of Japan」──和訳すると「日本発のひらめき」。発表会見には、スカパー旅チャンネル『世界のエアラインガイド』でサブコメンテータを務める橋本絵里子さんをともなって私も出席してきましたが、これはすごい!


たとえばビジネスクラスでは、一人ひとりのスペースを従来の1.5倍に広げ、180度水平に倒れるフルフラットシートを互い違いの形でレイアウト。どの席からもダイレクトに通路に出られるようにしました〔写真〕。同シートは新しいボーイング777-300ERに導入されて2010年2月にニューヨーク線でデビューし、その後はフランクフルト線、ロンドン線へと拡大する予定です。

ハード面もさることながら、私が注目したのはソフト面です。各座席には新スタイルのエンターテインメントシステムを搭載。タッチパネル式パーソナルモニターで「食事」の画面を呼び出すと、料理家の栗原はるみさんや人気レストランが監修する30種類以上のメニューが写真入りで表示されました。ここで食べたいメニューを自由に組み合わせて選べるほか、2010年4月からは好きな時間に好きな食事を画面上で直接オーダーできるようになります。

まさに画期的といえるでしょう。これまでは、各社がどれだけメニューを豪華にしても、乗客にとっては「決まったやり方のサービスを待つだけ」という“受け身”の構図は変わりませんでした。それをANAは180度転換し、乗客一人ひとりの気分やコンディションに合わせた個別サービスに変えようとしているのです。

私が感心していたら、横で橋本さんが「本当に画期的ですね。従来の常識では考えられないサービスです。でもそのぶん、CAは大変だろうな」と呟きました。自身の客室乗務員時代の体験と照らし合わせての実感なのでしょう。その点について、私は会場にいたANAの現役客室乗務員に聞いてみました。

「新ブランドを展開するに際しての新しいサービス訓練も、これからスタートします」と彼女は言います。「パーソナルな対応というのは、たしかにものすごく労力もかかるでしょう。決して簡単ではないことは私たちも重々承知しています。でも、だからこそワクワクもしています。それをきっちりやりとげることで、他には負けない、誰にも真似できないANAの個性を世界に向けて発信できると思っていますから」

2009年11月08日

異国で“壁”を壊す

 
もうずっと前の話ですが、私はある月刊誌に『22歳の夢』という連載を持っていました。さまざまな世界で輝きを放っている22歳の人たちにスポットを当てた人物エッセイです。たとえば、朝日新聞の“ひと”欄のような企画をイメージしてもらうといいかも知れません。その第1回目として、ある女性チェロ奏者を取り上げ、以下の「異国で“壁”を壊す」と題する文章を発表しました。


※ ※ ※

「え、どうしてですか? もったいない!」。彼女は本当に驚いた声を出した。海外勤務を嫌う若者の増加が話題にのぼったときのことだ。外国暮らしの有意義さを身をもって体験中の彼女には信じられないことだったのだろう。9歳でチェロを始め、高校2年でコンクールに優勝。その後はリサイタルに、演奏旅行にと忙しい日々がつづく。「順調すぎるほど順調にきたし、このままでも大して苦労なくやっていけたかも知れません」。が、そんなときに出会ったのがドイツ・リューベック国立音楽大学のダヴィット・ゲリンガス氏だった。氏の演奏に彼女は魅了され、そして、気がついたら夢中で門を叩いていた。「本場欧州でいい先生につくのは大変です。第一に、大学の籍に空きがない。とにかく行って、弾いて、気に入ってもらうしかありませんでした」。リューベックはハンブルグの北、東西国境に近い町。留学が決まったのは“壁”が崩壊して間もなくだった。「こっちに来てすぐ、東側のある町に演奏会の合同リハーサルのためクラスの仲間と出かけたんです。そのときはもう、外国人である私に対してさえパスポートを見るでもなく、統一されたも同然の自由な往来ぶりでした」。40年も隔てられていた町の間で、行き来ができるようになった途端に音楽の交流が再開する。彼女にとってそれは大きな驚きだった。「伝統の違いなのでしょう。苦労はイヤという最近の風潮もわかりますが、早い時期に違った世界を見るチャンスがあるなら、私は行くべきだと思う。生徒のレベルも日本とは比較にならないし、ここで自分の“壁”を壊していくことで、また一歩前に進めそうな気がしています」

※ ※ ※

この文章に出てくる「東側」とは旧東ドイツのことであり、崩壊した「壁」とは、もちろんベルリンの壁です。私がドイツのリューベックに飛び、このチェロ奏者にインタビューしたのは、壁が崩れて間もなくのことでした。ベルリンでは明日──11月9日に、壁が崩壊して20周年を迎えます〔写真は、ベルリンの街なかにいまも残されている壁の一部。2006年秋に撮影〕。

2009年11月05日

冬のコペンハーゲン

 
毎年この時期になると、そろそろ「今年のクリスマスシーズンはどこを旅しようか?」といった話題があちこちで出始めます。クリスマスの旅──おすすめはたくさんありますが、そうですね、いまならデンマークのコペンハーゲンが狙い目かも知れません。


この季節、コペンハーゲン市内では11月中旬に始まるチボリ公園のクリスマスマーケットをはじめ、さまざまなフェアやイベントが開催されます。クリスマスプレゼント用に、北欧デザインの小物を集めてくるのもいいでしょう。レストランやカフェではこの時期にしか味わえない伝統料理やクリスマスの特別メニューが登場するほか、市庁舎広場とコンゲンス・ニュートー広場を結ぶ恒例のクリスマストレインも走り始めます〔写真は北欧デザインの巨匠、アルネ・ヤコブセンがデザインしたホテル「ラディソンSASロイヤル」の一室から眺めたコペンハーゲンの街並み〕。

しかも、嬉しいニュースが一つ。スカンジナビア航空(SAS)が、9月7日から10月31日まで実施してきた「コペンハーゲンカード」の無料プレゼントを、12月31日まで延長すると発表しました。コペンハーゲンカードは、私も取材で訪れるときにはよく利用しますが、これがとても便利! 市内の交通機関や有名博物館・美術館などを含む60以上の施設の入場が無料になる、24時間有効のカードです。コペンハーゲン空港からの地下鉄も無料で乗車できるほか、たしか市内のレストランやレンタカーも割引になりました。

コペンハーゲンカードは、通常だと225デンマーククローネ(30ユーロ)、現在のレートで4,000円程度します。それがSASを往復で利用するとタダでもらえるのですから、利用しない手はありません。北欧で過ごすクリスマス──素敵だと思いますよ。

2009年11月02日

高級ホテルの一室?

 
女性がベッドでくつろいでいる下の写真──これ、どこだかわかりますか? 自分の部屋? どこかのシティホテル? いいえ、違います。これはトルコ航空が10月25日から成田/イスタンブール線に導入した新機材ボーイング777-300ERの機内です。


ヨーロッパとアジアの接点に位置する“東西文明の十字路”──イスタンブール。そこに日本から唯一の直行便を飛ばしているのがトルコ航空です。成田/イスタンブール線では、10月25日から使用機材をそれまでのエアバスA340からボーイング777-300ERに変更したのにともない、全4便でファーストクラスのサービスを開始しました。

シートは、ご覧のような独立したコンパートメント仕様。まるでどこかの高級ホテルの一室に見えませんか? 乗客にはブルガリのアメニティキットとパジャマ、羽毛の寝具が用意され、機内食は希望の時間にオーダーできます。そしてイスタンブールのアタテュルク空港では、なんとメルセデスのリムジンでの送迎サービスも!

え、ファーストクラスなんて夢のまた夢? 私だってそうです。そこでトルコ航空では、ファーストクラスのサービス開始にあわせ記念キャンペーンを始めました。通常往復120万円(片道80万円)の同区間の運賃を、2010年3月27日まで期間限定で88万円(片道49万5,000円)で提供。それでも高すぎて手が出ないという人は、エコノミークラスでどうぞ。どのクラスで行っても、あのエキゾチックなイスタンブールの魅力は変わりません。

トルコ航空の詳細については、スカパー「旅チャンネル」の情報番組『世界のエアラインガイド』でご覧ください。先週金曜日より同社のオンエアがスタートしています。


2009年10月29日

雨に煙る摩天楼

 
マンハッタンは昨日も今日も雨です。でも、天気なんかに負けていられません。ニューヨーク滞在最終日となる昨夜は、初日の夜にワインバーに行った面々にANA広報の河又健尚さん、手塚愛美さんを加えたメンバーでグリニッジビレッジへ。私の気に入っているピアノのジャズライブを聴ける「KNICKERBOCKER」という店に案内し、遅くまでアメリカングリルとお酒を楽しみました〔写真〕。


部屋に帰りついたのは深夜2時過ぎで、それからほとんど寝る間もなく、今朝は7時にホテルをチェックアウト。帰りのフライトは午前11時10分発のコンチネンタル航空009便ですが、迎えの車が出発の4時間前に来ることになっているのです。さすがに早過ぎるのでは? と思ったら、案の定渋滞もなく、出発3時間前に空港に着いてしまいました。

ニューアーク空港に勤務する同社のインターナショナルコンシェルジュ・浜田久仁子さんに「到着したらオフィスに電話を」を言われていましたが、やはりまだ彼女は出社していません。電話に対応してくれた同僚というアメリカ人女性に、とりあえず搭乗手続きを済ませてラウンジに向かうと伝えてもらえるよう英語でメッセージを残しました。

専用の空港ラウンジ「プレジデントクラブ」でコーヒーを飲みながら書き物をしていたら、浜田さんは9時半過ぎに姿を現しました。

「来たばかりなのに、もう帰っちゃうんですね」と浜田さんは苦笑します。「秋本さん、まるで客室乗務員並みのフライトスケジュールですよ」
「友人のアメリカ人記者にも同じことを言われました」
「あと2日か3日滞在できるなら、夜のマンハッタンでお食事でもごいっしょしたかったのに──」
「次は、プライベートでゆっくり来ますよ」

浜田さんは出発前の機内にも来てくれて、そこでもまた少し話しました。CO009便はその後、定刻より5分遅れてニューアーク空港を離陸。上昇中のボーイング777の窓から外に目をやると、ハドソン川越しに雨に煙る摩天楼が見えます。その幻想的な風景をぼんやり眺めながら、私は「次はいつ来られるかなあ」と考えていました。

2009年10月28日

“空白の2日”を体験

 
現地時間の10月27日、コンチネンタル航空がスターアライアンスのメンバーとして新しいスタートを切りました。スカイチームからスターアライアンスへ──大手エアラインが航空連合を移行するのは初めてのケースです。


メンバー各社とのコードシェア提携やシステム変更などの準備に費した期間は、計18カ月。コンチネンタル航空がハブとするニューアーク・リバティ国際空港にはこの日、ANAルフトハンザユナイテッド航空シンガポール航空などのトップが一堂に集結し、世界中から約150人のメディア関係者を招待しての記念式典が開催されました。

その席で、社長兼COOのジェフ・スマイゼック氏は「コンチネンタル航空とスターアライアンスの間では路線網の重複が少ない。それぞれの弱い部分を強化できる」と加盟の意味についてスピーチ〔写真〕。スターアライアンスにとってはニューヨークにハブを置く唯一のエアラインである同社の充実した大西洋路線や、2007年1月末のヴァリグブラジル航空の撤退で空白地帯となっていた南米地域への路線がネットワークに加わることになり、メンバー各社のトップからも熱い歓迎のメッセージが贈られました。

ところで、コンチネンタル航空は10月24日に正式にスカイチームを脱退しています。それからスターアライアンスチームのメンバーとして再スタートを切る今日までの2日間、どの航空連合にも属さないという状況が生まれました。私が同社便で成田からニューヨーク入りした26日もその“空白の2日”のフライトで、機内では所属するアライアンスの紹介はありません。聞いていて、ちょっと不思議な感じでした。でも、今日10月27日のニューヨーク発の第1便からは、乗客は次のような機内アナウンスを耳にしているはずです。

「本日はスターアライアンスのメンバーであるコンチネンタル航空をご利用いただき、まことにありがとうございます」

2009年10月27日

カクテルパーティ

 
ニューヨークに到着後、マンハッタンに移動しミッドタウンウエストにあるヒルトンNYにチェックイン。同ホテルのイベントホールで夜7時から、コンチネンタル航空のスターアライアンス加盟を前にした前夜祭のカクテルパーティが開催され、各国からの多くの友人たちと再会しました〔写真〕。


時間に少し遅れて会場に入ると、私を見つけて真っ先に駆け寄ってきたのが、英アビエーションウィーク北米特派員のダレン・シャノン氏です(Blog「ヘッセン州の小さな町」参照)。ドイツで会って以来、半年ぶりの再会を喜び合っていたら、それを遠巻きに見ながら「やあ」と手で合図してきたのはコンチネンタル航空広報マネージングディレクターのデビッド・メッシングさん(同「デイブさんと再会」)。日本からも同じスターアライアンスのメンバーであるANAの広報スタッフとともに、先輩であり飲み仲間でもある航空評論家の青木謙知さん、航空サービスアナリストの鳥海高太朗さんの二人が来ていて、会場で合流しました。

パーティのあとで、青木さんと「ちょっと飲みに出よう」という話になりました。鳥海さんやコンチネンタル航空アジア太平洋地区広報本部長の永田浩二さん、産経新聞から取材に来ていた社会部記者の石川有紀さんらを連れて、私がミッドタウンウエスト地区でよく行くワインバーへ。深夜まで飲み続け、店を出るときには赤ワインと白ワインの空ボトルが何本も足もとに転がっていました。

え、そうやってどこへ行っても飲んだくれているのかって? はい、飲んでます。いつもいつも。いっぱい。

2009年10月26日

再びニューヨーク

 
中国・北京取材から戻りました。タイトな日程でしたが、ANAの関係者のみなさんにも全面的に協力していただき、満足のゆく結果が得られたと思います。


さて、昨日のBlogでは、中国国際航空のサービスレベルがスターアライアンス加盟をきっかけに向上していることについて報告しました。スターアライアンスといえば、アメリカのコンチネンタル航空がこれまでのスカイチームからスターアライアンスに鞍替えし、現地時間の明日27日にニューヨークで加盟式典が開催されます。

じつはいま、また成田空港に来ていて、同式典に出席するためこれからCO008便でNYに飛びます。NYは今年7月にスカパー「旅チャンネル」の情報番組『世界のエアラインガイド』のロケで訪ねて以来、ほぼ3カ月ぶり。そのロケ取材の際に成田空港でお世話になったインターナショナルコンシェルジュの薄井美智子さんとも先ほど出発ロビーで再会し、オンエアされた番組DVDを手渡すことができました〔写真〕。同じロケでニューアーク・リバティ空港で会った現地駐在コンシェルジュの浜田久仁子さんからも「到着される日はちょうど私の勤務日です。空港でお待ちしています」と連絡をもらいました。こちらも再会が楽しみです。

おっと、時間です。間もなく搭乗が始まりますので、今日はこのへんで。報告はまた、現地から!

2009年10月25日

羽田発1番機が北京へ

 
この文章をいま、北京首都国際空港のラウンジで書いています。成田行きNH906便への搭乗開始を待ちながら〔写真〕。ANA便を利用する場合は、同じスターアライアンスのメンバーである中国国際航空のラウンジが使えます。予約はビジネスクラスなのですが、じつはついうっかりして、ファーストクラスラウンジに来てしまいました。


入口で間違いに気づき、ビジネスクラスラウンジの場所を受付けで聞いて移動しかけたら、中国国際航空の女性スタッフに呼び止められました。

「お客さま。どうご、ここをご利用ください」
「でも、私のチケットはビジネスクラスですから」
「大丈夫です。ANA便の搭乗ゲートはここのほうが近いですので、どうぞ」

この臨機応変で親切な対応、いいなあと思いました。スターアライアンス加盟に向けてのさまざまな取り組みを進めてきたことで、中国国際航空のサービスもずいぶん変わってきたように思います。

さて、私はこれから成田へ帰りますが、ここ北京首都国際空港にはもう間もなく、ANAの羽田からの就航1番機が到着します。到着ロビーではその歓迎式典の準備が整い、ANAの大勢のスタッフたちが待ちかまえていました。

就航セレモニーが行われた早朝の羽田でも、多くのスタッフと取材にきたメディア関係者らに見送られ、北京へ向けて飛び立ったはずです。機はそろそろ、天津上空あたりにさしかかったでしょうか。この羽田/北京線の就航により、ANAは成田発の2往復を加えて日中の首都同士を毎日3往復で結ぶことになります。羽田線は往路が成田発の午前便に比べて1時間5分早く北京に到着、復路の北京発は反対に1時間5分遅いことから、北京での滞在時間を計2時間10分延長できることに。1泊2日の出張や週末旅行も、これまで以上に身近になりますね。

2009年10月24日

老人を敬うこころ

 
ホテルを出てぶらぶら街なかを散策し、やってきたのは市内中心の北東部に位置する什殺海公園のあるエリアです。石造りの橋に隔てられた二つの湖(前海と后海)を遊歩道がぐるっととり囲み、その遊歩道を、観光客を乗せた名物の三輪リキシャが行き交います〔写真〕。湖畔からちょっと外れ、路地を一本入ると、人々が昔ながらの生活を続ける胡同(フートン)の様子も垣間見ることができました。北京の下町のレトロな雰囲気を味わうなら、このエリアが一番です。


土曜日の昼下がり。湖畔のカフェでは老人たちが集い、その前の道を若者たちのグループが大騒ぎしながら通り過ぎていきます。中国の人たちは良い意味でも悪い意味でも、本当にエネルギッシュ。昨夜訪ねた市内の中華レストランでも、数家族が合同で大きなテーブルを囲み、店じゅうに大声と笑い声を響かせながら何時間もかけて食事を楽しんでいました。

「そんな中国の人たちが、私は好きですね」

そう言っていたのは、今回の取材でお世話になったANA広報室の鈴木雄平さんです。彼は最近まで北京支店に駐在していました。

「一人ひとりが意見を主張し、自分の信念は絶対に曲げません」と彼は続けます。「そんなところが日本人には強引すぎる感じで、敬遠してしまう人もいます。でも、彼らには裏表がないんですよ。だから、本当はとてもつき合いやすい。みんな言いたいことは言いますが、老人を敬う心とか、人間に対するやさしさもしっかり持ち合わせている。私はそう感じています」

市内を移動するバスの中でのことでした。込み合っている車内で、数人が議論しています。言い合っている内容までは、もちろんわかりませんが。途中の停留所でバスが止まり、二人の老人が乗り込んできました。すると、それまで張り上げていた声が止み、二人の老人の前に彼らを通してやるためのスペースができました。座っていた二人の若者が席を立ち、老人を座らせます。そうして老人が無事に席に座れたことを見届けると、車内ではさっきまでの議論がまた再開する──今回の旅で、そんな光景にも遭遇しました。

2009年10月23日

北京首都国際空港

 
広い。とにかく広い。先ほど、ANAの905便で成田から中国・北京首都国際空港に到着しました。日本からのフライトは第3ターミナル〔写真〕に到着しますが、北京五輪を前に2008年2月にオープンしたこの新ターミナルの巨大さに、ただただ圧倒されています。


コンコースの長さはおよそ3キロ、総面積は98万平方メートルもあり、一つの空港ターミナルとしては世界最大です。ちなみに成田空港は第1と第2を合わせても約77万5,000平方メートル、韓国の仁川国際空港は約49万6,000平方メートル、アジア最大級のバンコク・スワンナプーム国際空港は約56万3,000平方メートル。それらと比較してみても、北京首都国際空港の第3ターミナルがどれだけ広いかがわかります。

英国の建築家ノーマン・フォスター氏がデザインした建物は、天井の高いドーム型で、上から見ると「Y」の字──まるで魚の尾ひれのような形をしていて、使い勝手も機能的です。しかし、問題はソフト面。到着して1時間ほどターミナル内を視察してみて、そう感じました。到着ロビーや出発ロビーには、スターバックスをはじめとするカフェやフードチェーン店、いくつかのブランドショップなどが並んでいますが、何かもの足りない印象です。この大きなスペースが、残念ながら生かし切れていません。

成功している空港は、空港自体をもうかるビジネスとしてとらえています。その代表例が、オランダ・アムステルダムのスキポール空港でしょう。私の大好きな空港で、ここは何時間いても退屈することがありません。200以上の店舗が立ち並ぶショッピングゾーンでは何でも揃うし、24時間使えるサウナやシャワールーム、ホテル、さらに本格的な美術館や礼拝堂、気軽に遊べるカジノまであります。

スキポール空港は、世界中の空港から手本とされてきました。その空港収益を見ると、全収入の5割以上を占めるのが物品販売やホテル、スペース賃貸などの非航空部門。そうして得た利益を、ファンを増やすために、さらに新しい設備拡充のための投資にまわしています。

社会主義国・中国にとって、空港は国の施設です。あまり“娯楽”に走るのは難しいのかもしれません。しかし「アジアのハブ」を標榜し、名実ともにアジアNo.1になるためには、飛行機を利用しない人でも行きたくなるようなアミューズメントスポットとしての魅力もやはり必要でしょう。こんな広い空間があるのに、もったいないなあ──ターミナルを歩いていて、ついそう呟いてしまいました。


2009年10月20日

路面電車

 
路面電車が好きです。ずっと好きでした。海外の街を歩いていて、街の真ん中を我がモノ顔で走っているのを見ると、必ず追いかけていって写真を撮ります。歴史ある街並みに個性的な車体が溶け込んでいる風景がとくに好きで、そういう街では写真を撮るだけではもの足りず、自分が車中の人に。


旅の足としても、路面電車は貴重です。初めて訪れた街ではとくにそう。乗り場はすぐに見つかるし、切符の買い方も地下鉄などに比ると簡単だし。自転車に追い抜かれそうなスピードで走る電車にガタゴト揺られていると、けっこういい感じです。別にどこへ行く当てはなくても。

路面電車は、環境にもやさしい。昨年12月と今年3月に訪れたアメリカ・オレゴン州のポートランドでは、市の中心部ではすべて無料で利用できました。そうすることでマイカー通勤を減らし、交通渋滞やCO2排出量の抑制に成功しているそうです。

さて、今日は夕方から東京・お茶の水にある主婦の友社で出版の打ち合わせを終えたあと、荒川区町屋の実家へ。私の生まれ故郷であるこの街にも、都内で唯一の路面電車(都電荒川線)がまだ走っています。食事に出ることになり母と駅前通りを歩いていたら、ちょうど都電が通ったので、急いでバッグから小型カメラを取り出してパチリッ〔写真〕。すると、それを見ていた母が言いました。

「おまえは相変わらず電車が好きだねえ。ちっちゃい頃からちっとも変わらないねえ」
「ちっちゃい頃、って──」

言おうとして、やめました。母にとっては、子供はいつまでたっても子供のままなのでしょう。私の“路面電車好き”が変わらないのと同じで。

S.Akimoto at 22:25|PermalinkComments(0)clip!オフタイム 
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秋本俊二(Shunji Akimoto)

作家/航空ジャーナリスト。東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながらエアライン関係者1,000人以上にインタビューを続け、各メディアにレポートやエッセイを発表。テレビ・ラジオの解説者としても活動する。著書に『みんなが知りたい旅客機の疑問50』『もっと知りたい旅客機の疑問50』『エアバスA380まるごと解説』『みんなが知りたい空港の疑問50』(以上ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)、『いますぐ飛行機に乗りたくなる本』(NNA)など。DVD『コンコルド1976〜2003──超音速飛行の27年』(ナウオンメディア)や児童向け図書『飛ぶしくみ大研究』(PHP研究所)を監修・解説。

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